IS 進化のその先へ   作:小坂井

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地味に物語も終盤にさしかかってきました。
このペースで進んでいけば、最終回まであっという間のような気がします。この小説を完結することができると思うと嬉しい反面、なんとも言えない寂しさがあります。


75話 自己紹介

手元に一本のペンが握られている。ごく普通のフォルムをしており、ごく普通のグリップが付いているごく普通のペンだ。その大した特徴も無いこのペンを僕は忘れたくても忘れられない。

 

これが僕が初めて人を殺したときに使った凶器だからだ。このペンの先端を喉の奥深くに刺しこみ、人を殺した。

そんな思い出を振り払うかのように手中のペンを握りしめると、ペンは赤い血のような液体となって溶けだし、崩れる。そして再び手中で形を形成し、鈍く銀色に光るナイフに変形した。

 

手からはみ出すほどに大型のサバイバルナイフ。そういえば、次に人を殺したのはこれだった。殺した相手は同じ実験体だった子供達だ。

身体テスト及び銃器扱い試験と称して、武器庫のような広場に自分を含めた10人ほどの子供達が閉じ込められて殺し合わされた。

 

皆、ナイフより銃のほうが強いと考えていたようだが、銃など弾が切れたら投げつけるぐらいしか使い道がない。いや、それよりも接近されたら終わりだ。

それを理解していた僕はナイフを手に取り、同年代の子供達の首を切り裂いた。中には泣いて命乞いをする子もいたが、殺さなくては殺される。ならば、殺される前に殺すしかないのだ。

 

そうやって人を殺した日の夜、決まって夢の中で彼女が出てくる。

沢山の血だらけの死体の中で立つ僕に彼女は怒ることもなく、怒鳴ることもなく、ただただ悲しそうな目で見てくる。

 

『また・・・・やったの・・・・・?』

 

だって、仕方がないじゃないか。別に殺したかったわけじゃない。だが、殺さなくては殺されていた。君が預けてくれたこの命がなくなってしまう。だから、生きるしかない。君にこの命を返すまでは。

 

『私は・・・・・死んだのよ?いつまで私の死体を背負って生きていくつもり?』

 

そんなことを言わないで。僕は今まで君のために生きてきた。君になら全てを捧げていいと思ってきた。そんな君がいなくなったら僕は何のために生きればいい。何をして生きていけばいい。

 

『・・・・・』

 

その問いに彼女は何も答えない。いや、答えられないだけか。僕自身ですら知らないものを彼女が知っているはずがない。ため息をはいた時、ボトンと鈍い音がして体から何かが落ちる。見てみると、左腕が床に落ち、赤い血のような粘り気のある液体となって溶ける。

 

続いて両脚も赤い液体となって溶けたことによって立っていられなくなり、地面に倒れこんでしまう。彼女に助けを求めるが、聞こえていないのか、僕に背を向けて歩いて行ってしまう。どうやら、大切な人にも見捨てられたようだ。

それほどまでに僕は人を殺しすぎた。そして罪を犯しすぎた。

 

地面の氷のように冷たくて固い感触。それが体を伝い、広がっていく。人ならざる者の末路はこんな冷たい死がお似合いだろう。

徐々に体を支配していく冷徹で残酷な死。体が冷えていき、意識が消えかけてきたとき、突如、唯一残った右腕に優しくて柔らかくて、暖かい感触が伝わってきた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

最先端の病院と同じ施設が整えられているIS学園の集中医療室。そこで1つのベットの横で暗い顔をしている1人の少女がいた。

 

「・・・・・」

 

目の前のベットで全身に包帯が巻かれ、力なく横になっている少年の手を少女はーーーー楯無は握りしめる。

学園の襲撃から10日が経った。事件の後処理もおおよそ終わり、学園は穏やかな日常を取り戻しつつあった。楯無や簪などの専用機持ちの負傷も学園の最先端医療で癒えつつある。

 

しかし、彼のーーー雄星の状況だけは変わらず、深い昏睡状態が続いている。戦闘終了後、重体の雄星は速やかに学園の集中治療室に運び込まれ、長時間の医師による手術とエストが起動させた体内ナノマシンによる治療が行われた。

 

医師たちによる懸命な治療によって何とか一命は取り留めたが、いくら時間が経っても肝心の彼の意識が戻らなかった。医師やエストにも聞いたが体に異常はどこにもなく、原因の究明のしようがないらしい。

まるで、彼の魂だけがこの世から消え去ってしまったようだ。

 

親に捨てられ、人の何もかもが信じられなくなった孤独の幼少時代。そんな中で出会った自分を愛してくれる少女を彼は求め、信じた。

 

だが、そんな愛しきものは人の疑心や欲望によって奪われ、彼自身も人ならざる者の体にされた。

それでも・・・・それでも彼は必死に生きてきた。穢れ、濁り、汚れているこんな自分を受け入れてくれる者がいつか現れると信じて。そして生きるために彼は戦い続け、こうしてベットの上で傷だらけになって眠り続けている。

 

「あなたは・・・・・どこまで不幸になれば気が済むのよ・・・・」

 

別に軽視していたわけではない。楯無にも簪にも彼を救って見せるという不動の決意があった。それなのにこの始末だ。結局自分たちは彼の何を変えることが出来たのだろうか。

 

「雄星君・・・・」

 

一滴の涙が頬を伝い落ちたその時

 

「・・・・る・・・・・な・・・・・」

 

「えっ?」

 

か細い声が聞こえたと同時に、楯無が握っている雄星の右腕が弱弱しく握られる。まるで、握られた楯無の手を握り返すかのように。

 

「雄星君・・・・?」

 

そして呼びかけに反応するかのようにゆっくりと目覚める。力なく、弱った様子だったが、彼は生きている。それだけでいい、彼がーーー小倉雄星という少年がこの世界にいてくれることだけが楯無の願いだった。

 

「楯無先輩・・・・」

 

「あなた・・・記憶が・・・・・?」

 

弱弱しい瞳だったが、今の雄星には自分が何者かを求めるような焦燥はなく、落ち着いた雰囲気が宿っていた。だが、それは自分たちを信じ、慕ってくれた少年がもうこの世界にいないことを表す。

 

「みんなは・・・・どうなったんですか・・・・?」

 

「無事よ・・・・あなたが戦ってくれたから私たちもこうして無事でいられてるわ・・・・」

 

「良かった・・・・」

 

「全然よくないわよ・・・・」

 

怒りの込められている低い声で呟くと、雄星の手にさらに力を込めて握りしめる。強く握りしめられて雄星の眉が少し垂れ下がるが、自分を心配してのことだと理解すると『はは・・・』と力なく微笑む。わかっている、大体のことはルットーレが教えてくれた。

 

「あなたの人生はISによって無茶苦茶にされたのよ・・・・それなのに戦い続けて・・・・こんな・・・・」

 

「・・・・知っているんですか?僕の・・・過去を・・・・」

 

「ええ・・・・織斑先生が教えてくれたわ。あなたの誕生、成長・・・・そして今日までの出来事を・・・・」

 

「・・・・・・」

 

それを聞くと、握られている手をゆっくりと振りほどくと、唯一残った右腕で目元を覆い隠し、『はぁ・・・』と何もかもが放棄するような重苦しいため息を吐いた。

 

自分(ルットーレ)の存在は何者にも知られてはいけない。知られてしまっては必ず何者かが自分を捕えにやってくる。そしてその襲撃者に捕えられたら自分はまた真っ白な部屋の研究室に閉じ込められるだろう。そしてまた研究させられる。あの時と同じように。

 

だから自分(ルットーレ)を知るものは消さなくてはならない。たとえそれが子供だろうが、女だろうが、老人だろうが。別にそれがひどいこととは思ったことなどない。いつもこうしてきた。だから自分(ルットーレ)を知った楯無も簪も消さなくてはならない。

 

だけど、もう彼女達を消すための武器を握る気力も体力もない。殺さなくては殺されてしまう、ならばもう自分は十分生きただろう。楯無や簪に利用されて殺させるのならばそれでいい。もう疲れた。何もかもが。

 

「楯無先輩・・・・僕を殺してください・・・・」

 

「そんなの・・・出来るわけないじゃない・・・・」

 

「お願いします・・・・もう、何もかもが疲れました。・・・・あなたに命を絶たれるのならば後悔はありません」

 

自暴自棄になり、発せられる声が震えている。戦闘による極度の精神疲労で体全体から生気が抜けている。今の彼はただ存在しているだけ、”生きている”というより、”死んでいない”という表現が正しいだろう。今にも消えてしまいそうなほどに儚くて脆い命。その命を救うために楯無は彼の全てを知ったのだ。

 

「・・・・雄星君」

 

短く彼の名前を呟くと、目元を覆い隠している腕をどかし、彼の目を見つめる。涙をわずかばかり流していたのか、雄星の目はわずかばかり充血して赤くなっていた。

 

「私の無断でいなくなることは許さないわ。あなたはもう私の所有物なの。勝手な行動をしていいと思っているの?」

 

冷たくて口調でかつての言ったことを改めて言い直す。自惚れだと笑われてもいい。だが、今の彼には自分が必要なのだ。道具として見るのではなく、1人の人間としてみてあげられる人間が。

 

「あなたが生きていくには私や簪ちゃんが必要よ。あなたは私たちに全てを捧げて尽くしなさい。あなたのお姉さん、小倉瑠奈が救った命。無駄にすることは許さないわ」

 

「あんたに・・・・あんたに何がわかるっ!?」

 

苛立ちと怒りの混じった声で怒鳴ると同時に、楯無の首を掴み、力任せに放り投げて吹き飛ばす。そのまま全身に挿入されているチューブを引きちぎり、歩こうとするが右脚がないことを思いだすと、地面に倒れている楯無の腹部に飛びつき、跨って体を押さえつける。

 

「幼い頃から家族もいて、何一つ不自由もなく安全な場所で育ったあんたなんかに僕の何がわかるっ!?理不尽で不条理な力に虐げられた弱者の気持ちがわかるかっ!?」

 

鬼のような憎しみに満ちた顔で楯無を睨みつけ、右手で楯無の首を掴む。学園最強である楯無にとっては抵抗することも、この状況を脱出することも当然できたはずだ。だが、ここで彼を拒絶しては意味がない。彼を理解するためには、彼の全てを受け入れなくて。

 

「いつもいつも何もかもがわかったような顔をして・・・・なんなんだよ・・・・なんなんだよあんたはっ!?」

 

「うぐっ!!ぐ・・・・うぅぅぅ・・・」

 

この女(楯無)は自分の愛しのものの命を奪った元凶となるISの操縦者だ。頭の中が真っ白になり、楯無の細い首を絞めつける。少年とは思えないほどの力強い握力に楯無の表情が歪み、苦しげな声が漏れる。

 

「お前たちが瑠奈を殺した。・・・・生き返らせろ・・・・お姉ちゃんを返してくれ・・・・」

 

「そんなの・・・・ぐぐっ・・ぅぅ・・・できない・・・・」

 

「だったら、僕の命を瑠奈に移せ。他にも必要なものがあるのならば、何でも用意する、何でもする。だから、瑠奈に会わせてくれ・・・・」

 

「無理よ・・・人は・・・生き・・・返らないの・・・・」

 

段々と雄星が楯無を締め上げる力は増していく。喉を圧迫され、呼吸をするのが苦しくなる。声も掠れてきたとき、楯無の顔に一滴の水が落ちる。いつの間にか、自分の首を絞め上げている目の前の雄星の目から涙が流れていた。

 

人間、生きていれば何かが恋しくなることがある。それが故郷だったり、料理だったり、友人や恋人の顔だったりと多種多様だ。

雄星は人間とは言えない体になったとしても、心は人間だ。

 

自分を愛し、自分を必要としてくれたあの温かい笑顔を持つ少女。その少女の顔を思い出すと無性に彼女に会いたくなってくる。何を犠牲にしてもいい、何を奪われてもいい。もう1度会えるというのならば、命すらも惜しくない。

 

その気持ちを姉である楯無は深く理解している。仮に大切な妹である簪が死んで独りぼっちになってしまったというのならば、自分の何を犠牲にしてでも、もう1度だけ簪に会いたいと願うだろう。だが、どんなに頑張っても死者は生き返らないし、自分の命を他者へ移すこともできない。

 

「・・・・・」

 

自らの無力さと恋しさで涙している雄星の顔を楯無は両手で優しく包み込む。そしてーーーー

 

「寂し・・・かったのよね?」

 

小さく呟き、雄星の顔を優しく抱きしめた。顔全体に感じる温かくて柔らかい感触。妙に懐かしいその感覚に体中の力が抜け、静かに楯無の胸元に全てを預けてしまう。

 

「誰もあなたを見てくれなくて・・・・寂しかったでしょ?辛かったでしょ?だけど、もう大丈夫よ、あなたには私が居るから・・・・もうあなたは1人じゃないの・・・・」

 

似ているーーーー誰もが自分を避け、無視し、いないものとして扱っていた部屋で、唯一自分に手を差し伸ばしてくれた少女の手の温もりと。

少年は愛しの者が殺されたときからもう二度と人を信じないと決め、他者と大きな壁を作り孤立してきた。そのはずなのに、目の前の少女を信じたいと思っている自分がいる。

 

『雄星・・・・もういいの・・・・。もう、自分のために生きていいのよ・・・・・』

 

「っ!?うっ・・・・くぅぅぅ・・・・」

 

空耳や幻聴だったのかもしれない。だが、彼女の声が聞こえた瞬間、不意にそんな声が漏れた。長い間ずっと1人だった。頼れる人も信頼できる人もいなくて、あるものといったら望んでもいない大きすぎる力だけ。苦しんできた、悩んできた。だけど、人とは言えない化け物である自分を目の前の少女は受け入れてくれた。

 

「グスッ・・・・うぅぅぅ・・・あぁぁぁ・・・・」

 

それを自覚した瞬間、雄星の心の中に溜めていた悲しみや涙が一気にあふれ出した。みっともなく泣き声や嗚咽を漏らし、抱きしめている楯無の胸に顔を押し付ける。たとえ、小倉雄星となったとしても、彼は何も変わらない。

 

いつも心の中に弱さや悲しみを押しとどめ、我慢しているのに、愛しの者の前ではこうして自分の全てをさらけ出して甘えてくる。甘えん坊で寂しがり屋の1人の少年なのだ。

 

雄星は楯無の胸の中で泣き続けた。今までの涙を全て吐き出すように。その泣き声は泣き疲れ、涙が枯れたとしても、止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと、とりあえず君はもう少し休んでいなさい。この部屋には関係者以外入れないから」

 

「あ、ありがとうございます・・・・」

 

右脚がなく、歩けない瑠奈を楯無を支えると、ゆっくりとベットに寝かせる。今はこんな調子だが、現在エストが急ピッチで右脚の義足を制作中だ。彼女の制作ペースではもうすぐ完成するだろう。

 

「・・・・・・ねえ、瑠奈君・・・・」

 

優しく話しかけると、なぜか楯無も同じベットの中に入って、瑠奈と向かい合う。そのまま、吐息がかかるまでに口を耳元に近づける。

 

「瑠奈君の本名は・・・・小倉雄星っていう名前なのよね・・・・?」

 

「・・・・はい、その名前は・・・・瑠奈からもらった大切な名前です・・・・・」

 

自分は瑠奈から小倉雄星という名前をもらった。しかし、それは瑠奈の死んだ弟の名前だ。自分が小倉雄星というわけではない。そんな影武者のような関係だったとしても、自分にはそれが必要だった。それが生きていく大切な支えになっていたからだ。

 

自分には誕生日も、帰る家も、名前も何もない。唯一の家族であった瑠奈ももうこの世にはいない。そんな何もない状況で、自身の名前すらも否定されてしまっては自分を自分と言える物はなにもない。それこそ、瑠奈と出会う前と同じだ。

 

あの何も知らず、何もわからず、ずっと1人でいた冷たくて孤独の日々。思い出したくもない日々に震えている瑠奈の体を抱きしめて小さく耳元で囁いた。

 

「・・・・刀奈(かたな)

 

「かた・・・な・・・・?」

 

「そう、刃物の刀にあなたのお姉さんの名前である瑠奈の奈。それが私の本名・・・・」

 

「なんで・・・僕なんかに・・・・」

 

「私と簪ちゃんはあなたの大切な名前を知っているのに、私のことを知らないのは不公平じゃない?」

 

この刀奈という名前が彼女にどのような存在なのかはわからない。だが、今まで自分を偽り続けてきた雄星にとっては、自分の本名を教えることは、よほど信頼されているという証でもある。少なくとも、雄星は絶対的に信じている相手でなくては教えたりはしない。

 

「そ、それじゃ・・・・私は生徒会の仕事があるから・・・・」

 

気恥ずかしくなったのか、赤みのかかった顔を見られないようにベットから抜け出すと、扉に向かっていく。

 

「ま、また、後で来るから。ゆっくりと休んでいてね瑠奈君」

 

「雄星です」

 

慌てている刀奈に内心苦笑いを浮かべ、小さくとだが、はっきりとした声で言った。

 

「僕の名前は小倉雄星。ここ(IS学園)では小倉瑠奈とお呼びください」

 

改めての自己紹介。つまり、彼は自分が雄星と呼ぶことを許してくれたということだ。かつて、姉である小倉瑠奈のように、そして今ここで刀奈という少女に自分の全てを教えてくれた。

 

「ふふっ、それじゃあ後でね、雄星君」

 

「お待ちしています、刀奈さん」

 

更識家当主として自分を偽ってきた少女と、愛しの者の仮面を被り自分を欺いてきた少年。人と壁を作ってきた互いとって人を信じることは簡単なことではない。だからこそ、今ここにある信頼を大切にしていきたい。たとえ、その先にどんな結末が待っていたとしても。

 

 

 




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