IS 進化のその先へ   作:小坂井

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この小説にたびたび出てくる『ルットーレ』という単語ですが、イタリア語で破壊者という意味です。ちなみに救世主は『レデントーレ』と言います。


73話 涙と鮮血

襲撃者である黒いISから逃げ延びた楯無と簪は、第4アリーナのISカタパルト装置のゲート内にいた。ISを射出するための施設であるからか、大きな洞窟のような形状をしており、逃げ込むにはうってつけの場所だ。

 

「ぐっ・・・うぅぅ・・・うぅぅ・・・」

 

「っ・・・大丈夫?お姉ちゃん・・・」

 

出血は止まったが、両膝に痛々しい傷がある楯無を横たわらせ、簪は不安な表情をしている。目の前で苦痛の声を上げている楯無も心配だが、同じぐらい心配なのは自分たちを逃がすためにゴーレムⅢに立ち向かっていった瑠奈とエストだ。

 

あれからずっと待っているが、一向に連絡がこない。こんな絶望的な状況で、様々な不安や葛藤に襲われて心が押しつぶされそうだ。すると、後ろで何やら激しい機械音が響く。振り向くと、見慣れた機体がゲートの入り口に立っていた。

 

『マスターっ!!やっと見つけました』

 

「エストっ!瑠奈っ!」

 

無人の打鉄弐式とそれに抱きかかえられているゼノンが目の前に現れて大きな安心感に包まれる。打鉄弐式やゼノンは所々に傷や損傷があるが、無事なようだ。

 

「はぁ、はぁ、・・・うぐぅぅ!!」

 

『瑠奈、しっかりしてください』

 

だが、抱えられている瑠奈はお世辞にも無事とは言えない状況となっており、頭が割れると思うほどの強烈な頭痛に襲われ、頭を押さえている。

 

「瑠奈、しっかりして!大丈ーーーっ!?」

 

苦しむ瑠奈を心配して近づいた瞬間、簪の表情が固まる。瑠奈の瞳が紅く輝いており、まるで獣のように狂い悶えていた。まるで、かつての実験施設で大切な人を守るために彼が初めて人を殺した時のように。

 

「瑠奈っ!!」

 

表情を歪めている瑠奈を簪が強く抱きしめる。今の彼はただ純粋に自分を見失っているだけなのだ。別に望んでこうなったわけではない、ただ彼は大切なものを守るために自分を壊し続ける必要があった。たとえ、自分が自分でなくなったとしても。

 

「大丈夫・・・大丈夫だから・・・・安心して・・・・」

 

強く抱きしめ、必死に耳元でつぶやき続ける。これが正しいこととはわからない。だが、今の簪に出来ることはこれしかない。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 

その簪の必死な思いが伝わったのか、体の震えや苦痛の声が徐々に収まっていく。そのまま簪の体に身を任すように寄りかかる。

 

「だ、大丈夫・・・・?」

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・ご、ごめんなさい、大丈夫です・・・・」

 

なんとか話せるまで回復したのか、ぎこちのない笑みを簪に向ける。息切れが起こり、疲れている様子だったが、どうにか落ち着いてきたようだ。

その間に、エストは楯無の負傷を診療している。ここを乗り切った後、少しでも治療を円滑に行うため、少しでも詳しい状況を把握しておかなくては。

 

『負傷状況は把握しました。今すぐにでも医療室にーーーー』

 

そこまで言ったところで打鉄弐式(エスト)に後方から放たれた超高密度圧縮熱線が直撃し、吹き飛ぶ。攻撃の飛んできた方向を見ると、新手と思われるゴーレムⅢが静かに佇んでいた。恐らく、打鉄弐式と瑠奈が入ったことによって敵側にも感づかれてしまったようだ。

 

「エストっ!!」

 

吹き飛ばされた打鉄弐式は、致命傷だったのかバチバチと機体全体からプラズマを放出し動かない。慌てて駆け寄った途端、機体が光の粒子に分解され、簪の指輪に収納される。今の強烈な攻撃でエストの機体制御のエネルギーが尽きてしまった。これではもうエストの助力は得られない。

 

「そ、そんな・・・・」

 

項垂れる簪にゴーレムⅢは非情にも砲口を向けて超高密度圧縮熱線を放つが、間にゼノンが入り込み防ぐ。

 

「っ・・・・」

 

まだ、本調子とは言えないがここで引き下がっては彼女達の身が危険だ。戦わなくてはならない。だが、そこで楯無が悲痛な声で叫ぶ。

 

「簪ちゃんを連れて逃げなさい、瑠奈君!!」

 

「え・・・」

 

「お姉ちゃん?」

 

その一瞬の隙をつくようにゴーレムⅢが瞬間加速(イグニッション・ブースト)で一瞬で距離を詰め、ゼノンを吹き飛ばす。そのまま簪にブレードを振り上げるが

 

「爆雷球!!!」

 

体勢を立て直したゼノンの右手から放たれた輝く球体がゴーレムⅢに直撃し、吹き飛ばす。そのまま再びゼノンは楯無と簪を守るようにゴーレムⅢの前に立ちふさがる。

 

「やらせるかよ・・・」

 

闘志に満ちた表情をしている瑠奈に対し、不安で心が押しつぶされそうなのは後方にいる楯無だ。今の瑠奈ーーーいや雄星はただの無力の少年なのだ。戦闘経験もなければ機体(エクストリーム)のスペックもまともに把握していないだろう。

 

そんな状態で挑むなど無謀なだけだ。

 

「簪ちゃんを連れてこの学園から逃げなさいっ!!あなたじゃ勝てないわ!!」

 

「・・・・・・逃げろ?」

 

『逃げろ』 今この人は『逃げろ』と言った。今ここで愚かに大切な人を見捨ててノコノコと生き残れというのだろうか。

そんなことーーーー

 

「出来るかぁぁ!!」

 

自分の葛藤を吹き飛ばすかのように大声で叫ぶと、全身のブースターを起動させてゴーレムⅢに突っ込む。しかし、その行動を予想していたかのようにブレードを構えると、放たれたゼノンの拳を左腕部で弾きかえし、隙だらけとなったゼノンの顔面にブレードの斬撃を食らわせて吹き飛ばす。

 

強烈で重い一撃はゼノンの頭部の右半分の装甲を吹き飛ばし、周囲に白い破片を飛び散らせる。さらに地面に倒れたところで右腕部の超高密度圧縮熱線を食らわす。しかし、ゼノンは力尽きない。素早く立ち上がると、ゴーレムⅢに向かって再度突っ込む。

 

「やられるかぁぁぁ!!」

 

ブレードの斬撃によって破壊され、剥き出しとなった顔面の右半分から紅い瞳を輝かせながらゴーレムⅢに何度も食らいつく。だが、現実は諦めなければ何とかなるほど甘くない。挑むたびに何度もゴーレムⅢの巨大ブレードや超高密度圧縮熱線が直撃し、装甲を全身から飛び散らせながらながら吹き飛ばされる。

 

「雄星・・・・・」

 

もういいはずなのに・・・・大切な人を失い、彼自身も大きすぎる犠牲を払った。それでも小倉雄星という少年は戦い続ける。いつか自分を裁き、罰せられる日が訪れると信じて。

 

「うっ・・・・グスッ・・・・」

 

死ぬために戦い続ける・・・・そんなの悲しすぎる。そうさせないために、もう彼を戦わせないために自分たちは彼の名前を知り、誰にも見せない心の弱さを知った。なのに彼は戦っている、自分たちを守るためにこんなにも目の前で。

 

結局は自分たちは何も救えていなかった。今までと同じように彼を戦わせて、自分たちが生き残ろうとしている。何もできない、何も変えられない、自分の無力さに涙が出てくる。

 

「簪ちゃん・・・・」

 

泣きじゃくっている妹に寄り添おうと体を這って近づこうとした瞬間、バギッと耳を塞ぎたくなるほどの金属音が響き、周囲に赤いゼノンの装甲が飛び散る。

目を向けると、ゴーレムⅢの巨大ブレードによってゼノンの右脚の追加装甲が破壊され、吹き飛んでいた。

 

そのまま追加装甲がなくなった右脚に巨大ブレードの斬撃を食らわせ、動けなくさせる。

 

「ぐっ!!うぁっ!!」

 

追加装甲が破壊され、剥き出しとなった原型のエクストリームの装甲では防ぎきれるわけもなく、膝に深く切り付けられ装甲内部から血があふれ出てくる。義足ではない右脚をやられ、強烈な痛みのせいでバランスを取れなくなり、前かがみの体勢になってしまう。

自らの前で屈し、露わとなった背中。その背中を黒い襲撃者は踏みつけ、ゼノンを地面に這いつくばらせる。

 

「うっ・・・ぐぐぐぐ・・・・」

 

胴体にかかるとてつもないほどの重量。それに負けるかと腕と脚に力を入れて抗うが、突如ゴーレムⅢはゼノンの背中から脚を離す。

 

「え・・・・?」

 

奇妙だ、さっきまで戦っていたゼノンをまるで見えていないかのように無視し、目的らしい簪へ向かっていく。だが、これは好機だ。今の状態で奇襲を食らわすことが出来たらまだ勝機があるかもしれない。弱点であるうなじに狙いを定め、立ち上がろうとしたが、なぜか立ち上がれない(・・・・・・・)

 

・・・・いや、正確には右足が動かないといった方がいいのかもしれない。嫌な想像が脳裏を掠めたと同時に、動かない右脚がじわじわと熱を持っていく。震えながら自分の右脚に目を向けてみるとそこにはーーーー

 

「・・・あ・・・あぁぁ・・・・」

 

ゴーレムⅢの装備と思われる銀色に鈍く光る一本の小型のブレードが右脚の装甲を完全に貫通し、ふくらはぎに深く突き刺さっていた。右脚を完全に貫通した小型のブレードは地面に深く食い込み、まるで木材に打ち込まれた釘の様だ。ゴーレムⅢはゼノンを無視したのではない、さっき踏みつけたときに、這いつくばっているゼノンの右脚に素早く小型のブレードを突き刺し動けないようにしたため、相手にする必要がなくなったのだ。

 

ゼノンという邪魔者が居なくなった今、ゴーレムⅢはゆっくりと動けない楯無とISを展開できない簪を殺せる。普通ならば気が付いていはずの負傷。だが、思い込みというものは恐ろしいものだ。ゴーレムⅢを倒すことに夢中になっていて気が付かなかった。自分の身の危機を。

 

「っ!!あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」

 

自らの状況を自覚した瞬間、気が狂うほどの苦痛が体を襲う。体中を駆け巡る痛みによって体が震え、小型のブレードが突き刺さっている右脚から大量の血があふれ出る。

耳を塞ぎたくなるような悲痛の声を無視し、ゴーレムⅢはゆっくりと楯無と簪に向かっていく。

 

「・・・・やめろ・・・・やめろ・・・・」

 

ISを相手に動けない楯無を抱えて逃げることなどできない。楯無を見捨てて逃げれば、振り切れる可能性があるが、簪がそうするとは思えないし、逃げたところで生き残れる可能性は限りなく低い。簪も逃げることなく、負傷して動けない楯無を庇うように抱きしめている。

 

ーーーこのままでは彼女達は死ぬ、殺される。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 

その避けられない現実を感じ取ると、手に一本の刀を出現させ、突き刺さっている自らの右脚に振りかぶる。今から行うのは最悪の手段なのかもしれない。だが、ここで彼女達が殺されるのをただ見ているよりは何倍もマシだ。痛みに耐えるように奥歯を噛み締め、覚悟を決める。そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒いISがゆっくりと迫ってきている。自分たちを殺すために向かってきている。だから、逃げなくてはならない。

 

「逃げなさい・・・・簪ちゃん・・・・」

 

自分を庇うように抱きしめている簪に優しく囁くが、簪は返事することなくぎゅっと楯無を強く抱きしめる。今は危険な状況だということは簪も分かっている。だが、ここで大切な姉を見捨てて自分だけ生き残るなどできるはずがない。

 

自分を抱きしめたまま動かない簪の意図を理解すると、楯無は目を閉じ、全てを簪に委ねる。ここで妹と一緒に消えるというのならば、それでいいのかもしれない。でも彼はーーー彼の未来だけは。

 

ーーー救えなくてごめんなさい。

 

ーーー力になれなくてごめんなさい。

 

ーーー役に立てなくてごめんなさい。

 

自分の無力さと無能さを後悔するように、一滴の涙が滴り落ちる。ゆっくりとゴーレムⅢが近づいてくる。そして楯無と簪に右腕のブレードを振り下げようとした瞬間

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

 

獣のような叫び声を上げて、ゴーレムⅢの背中にさっきまで這いつくばっていたゼノンが食らいつく。

 

「早く逃げてくださいっ!!」

 

「雄星君・・・・っ!?」

 

その時、楯無と簪は気づいてしまった。ゼノンのーーーー雄星の右脚が膝下から消失しており、断面図から大量の血が流れ出ていることに。ゼノンが飛んできた方向に目を向けてみると、床の上に広がっている血だまりの中に小型ブレードが突き刺さっている細長い白い物体があった。

 

優秀な楯無ならばわかってしまう。彼はーーー雄星は自分たちを守るために右脚を・・・・

 

「そんな・・・・雄星君・・・・」

 

「お姉ちゃん!!」

 

献身的で必死な自己犠牲。その衝撃的な行動に涙を流し動けない楯無を簪は支える。そのまま全身が血だらけのゼノンと、そのゼノンを引き剥がそうと暴れるゴーレムⅢから離れる。

 

「瑠奈君、逃げなさいっ!!」

 

こんな満身創痍の状態で満足に戦えるはずがない。今のゼノンの攻撃などゴーレムⅢにとってアリのひと噛みに過ぎないだろう。だが、ゼノンは逃げない。全身の傷口から大量の血をまき散らしながら、必死に食らいつく。

なかなか離れないゼノンに苛立ったのか、荒々しい機械音を上げると背中に張り付いているゼノンを引き剥がすと、床に叩きつける。

 

「瑠奈君っ!!」

 

「お姉ちゃん、ダメ!!」

 

「簪ちゃん離しなさい!!瑠奈君が!!」

 

必死に瑠奈を助けようとするが、まともに歩くことすらできない今の状態では助けられるはずがない。強引に簪に連れていかれる形でゼノンとゴーレムⅢから離れていく。

その楯無の必死な行動をあざ笑うかのようにゴーレムⅢは地面にうつ伏せに倒れているゼノンの後頭部を掴むと、楯無と簪によく見えるように高く掲げる。

 

「やめて・・・・やめて・・・・」

 

「お姉ちゃん、見ちゃダメ!!」

 

釘づけとなっている楯無の目を覆うとするが、遅かった。右腕の巨大ブレードにエネルギーを集中させ、殺傷能力を上昇させる。腕をわずかに引き、そしてーーーー

 

「やめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

楯無の叫び声と同時に、巨大ブレードを掲げているゼノンのーーーー雄星の背中に突き刺す。放たれた刃は背中のバックパックを貫き、装甲を貫き、腹部から大量の血を吹き出しながらゼノンの腹部を貫通する。

 

「あ゛・・・・あ゛・・・・」

 

その声を最後に機体のシステムが完全に停止し、手足も脱力する。そのまま意識のなくなったゼノンからゴーレムⅢはブレードを荒く引き抜くと、後方に投げ捨てる。

そのまま、血で真っ赤になった巨大ブレードを引きずりながら、再び楯無と簪へ向かって歩みを進めた。

 

 




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