このまま頑張っていきたいと思います!!
「こら、動いちゃダメよ」
「あ、ごめんなさい・・・・・」
深夜の『1219』号室のシャワー室で一緒にシャワーを浴びている2つの人影があった。さっき海に身を投げて自殺を図ろうとした瑠奈と、それを止め、瑠奈の頬に平手打ちを食らわせた楯無だ。
あの後、楯無は瑠奈を部屋に強引に連れ戻すと、シャワー室に入れて、薄汚れている足や汗だらけになっている体を流してくれている。
てっきり逃げたことに対しての罰が与えられると思っていたのだが、こうして自分の体を洗ってくれるとは予想外だ。
だが、いずれ罰は受けるのだろう。今までそうだった、瑠奈を買った人間は少しでも自分を裏切るような真似をすると、忠誠を誓うまで痛めつけられる。その時を想像すると体が震えてくる。
「っ・・・うぅぅ・・・」
温かいシャワーを浴びているのに寒気を感じ、体に鳥肌が浮かんでくる。すると、ベチャっと水張りになっている床に何かが落ちる音がしたと同時に、背中に温かくて柔らかい感触が伝わってくる。
「大丈夫よ・・・・瑠奈君」
さっきまで体に巻いていたタオルを床に投げ、何も遮るものがない状態で抱きつかれたため、楯無の豊満な胸の感触が背中に伝わってくる。その母性の象徴と優しい声に包まれたからか、少しずつ体の寒気や鳥肌が収まっていく。だが、こうして楯無の優しさや温もりに包まれていると、さっき自分が逃げたことに対しての名状しがたい衝動を感じてきてしまう。
自分はこの人を裏切った。彼女にとって、自分は主人の厚意を踏みにじった裏切り者だというのに、なぜこんなにも優しくしてくれるのだろうか。この人は今まで出会って来た人達とは何かが違う。
「その・・・・ごめんなさい・・・・逃げ出したりなんかして・・・・」
「瑠奈君・・・・」
彼は今まで人間の尊厳を踏みにじられてきたのだ。自分たちをーーー人間を信じられなくなったのも無理はない。だが、こうして謝ってくれたのは素直に嬉しい。
「あなたは・・・・そんなに私たちを信じることができない?」
「・・・・・・」
「私はあなたに信じてもらうためならなんだってするわ。何も隠していないことを確かめるために、あなたが私の全身の穴という穴を開いてはその手で危険物を仕込んでいないことを確かめなさい。それでもまだ信じられないというのならば、あなたに何もしないことを伝えるために拘束具と首輪を装着して全裸で生活していくわ」
「っ!!・・・・そ、そんなこと・・・・」
「それでも信じられない?」
反論を許さないといった様子で威圧のある声で瑠奈に問いかける。本当にわからない、なぜ彼女はここまで自分に構ってくれるのだろうか。自分は遊び道具も同然の奴隷だというのに。
「・・・・あなたたちは・・・・僕を買ってきた人たちの中で優しい人達です。温かくて美味しい食事を食べさせてくれて、服を着せてくれた。だから怖いんです。いつか・・・・その善意が悪意に変わって捨てられるんじゃないかと思ってしまって・・・・」
「大丈夫よ、私たちはあなたを裏切ったりしないわ。あなたは私たちとずっと一緒なんだから・・・」
両腕を瑠奈の胸部に絡ませ、体をさらに密着させる。まるで、瑠奈を手放さないように、引き止めるかのように。安らかな微笑みを浮かべている楯無とは反対に困っているのは楯無の胸を背中に押し付けられている瑠奈だ。柔らかな感触とその先端にある固い突起が体全体に伝わっていく。
なんだか懐かしい感覚だ。昔、まだ自分が人間だった頃に誰かが体を洗ってくれたことがあった。その人の名前も顔も思い出せない。だけど、その人は今の楯無のように自分を愛してくれていた。
「う、うぅぅ・・・・」
「瑠奈君っ!?・・・一体どうし---っ!!」
瑠奈の泣き声が聞こえて焦り、胸部に絡ませていた両腕ほどいて密着していた体を離した瞬間、突如瑠奈が体を反転させ、楯無の体に抱きつく。楯無の体を求めるような肉欲にまみれたものではなく、必死に縋りつくような可愛らしいものだった。
「る、瑠奈君?」
「お嬢様・・・・図々しいことだとはわかっています。だけど・・・・どうか僕を近くに置いていてください。僕はあなた達の傍にいたいです。もう1人は嫌だ、ここにいたい」
楯無も簪も彼をーーー雄星の身を不幸にし、愛しの人の命を奪ったISを操るものなのだ。一緒に居る資格がないのは自分たちだ。そのはずなのに、彼はこんな自分たちを必要としてくれる、求めてくれる。
「瑠奈君・・・・」
名前を呼ぶと、さらに不安に襲われたのか、楯無の体に絡ませている唯一の腕である右腕にさらに力を入れて抱きしめる。まるで姉に縋る弟の様だ。いや、あながち間違ってはいないかもしれない。
彼の体は実験のナノマシンの影響で成長が止まっている。つまり、体だけでいえば、自分たちより年下ということになるのだ。弟ーーー楯無と簪の弟。
そう思ったらなんだか
「安心して、あなたはこれからもずっと一緒よ。あなたはずっとここに居ていいの」
涙目になっている瑠奈の目を見ながら、優しく囁く。すると、瑠奈の声が強張り、体がプルプルと震えはじめる。
「ふふっ・・・泣いているの?」
「な、泣いてなんかいませんっ!!泣いてなんか・・・・」
口ではそう否定するが、頬にはシャワーのほかに、目から流れ出た液体がしたたり落ちる。どうやら精神面も年相応に戻ってしまっているらしく、学園にいた頃の小倉瑠奈としての力も強さもない。目の前にいるのはただ1人の無力な少年なのだ。
『人間の最大の強みは成長すること』と人は言うが、彼はこれから先の未来、変わることはあっても成長することはない。それでも、彼は人間だ。自分の大切な人、自分に尽くしてくれる愛しきもの。
「うっ、うぅぅぅ・・・・グスッ・・・・・」
体に力が入らなくなったのか、地面に座り込み、流れてくる涙を必死にぬぐう。学園にいる間、彼は自分の弱さや悲しみを心のどこかで溜めていたのだろうか。だが、今は心を押しとどめるストッパーはない。自分の心に素直な感情をさらけ出す。
「グスッ・・・・グスッ・・・・うぅぅぅ・・・・うぅぅぁぁぁ・・・・」
「今は私以外誰もいないわ。だから、たくさん泣きなさい。泣いていいの・・・・もう・・・・我慢する必要なんてないから・・・」
地面に座り込み、大粒の涙を流して泣いている瑠奈を楯無が優しく抱きしめる。裸の少女の腕の中で子供のように泣きじゃくる小倉瑠奈。かつて彼では想像できないほどに弱弱しく、脆い姿が目の前にあったのだが、それを知るものはこの深夜のシャワー室に共にいた楯無以外知る者はいない。
ーーーー
放課後、無人のアリーナのピットに簪は緊張した顔で立っていた。今日は専用機である打鉄弐式の最終チェックの日なのだ。実際に飛行し、操縦者とプログラム上の誤差を修正する。それが終われば、めでたく専用機は完成だ。
「エスト・・・大丈夫?」
『はい、こちらの準備は出来ています。いつでも行けますよ』
「うん・・・・来て打鉄弐式・・・・」
そう呟くと同時に、光の粒子は簪の体全体を包み込んでいく。それが形として成立した時、全身が青のカラーリングが施され、両側に高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』が特徴の打鉄弐式が簪の体に装着されていた。
『起動良好、シールドバリアー、通信ハイパーセンサー、パーソナル通信網、全システムオンライン。システムオールグリーン。問題ありません』
ここまでは大丈夫、あとは実際に動かしてからだ。完全に全システムが起動していることを確認すると、PICを発動させて機体を浮上させる。
『それでは、今から私が表示するルートを最大速度で通過してください』
すると、機体のディスプレイに進行方向を表す矢印が表示され、光の道が続いていく。その上を沿う形で機体を疾走させていく。
『操縦者と機体の反応誤差コンマ0.5。ルートの誤差約3センチ。機体状況問題なし。機体設定変更、一斉適用・・・・・完了。システム異常なし』
凄まじいスピードで機体のディスプレイが消滅と表示を繰り返しながら、専用機の設定を終わらせていく。優秀なアシスタントである
『マスター、稼働データは十分収集できました。明日のタッグマッチトーナメントに備えて今日は早めにお休みください』
数十分の飛行で目的は達成し、無事試験飛行は終了する。あとは、エストが簪に会わせて機体を適応してくれる。上空で軽く息を吐き、力を抜いたとき、打鉄弐式が今いる無人のアリーナに人影を知らせる。
視界モニターを合わせてみると、そこにいたのは
「瑠奈・・・?」
右腕でスポーツドリンクが入っている容器と、タオルを抱えている瑠奈だった。日頃、部屋から出ない瑠奈がこんな無人のアリーナに来るとは意外なことだ。
とりあえず、ゆっくりと降下して瑠奈の近くに着地して近寄る。
「瑠奈・・・どうしたの?」
「あの・・・・これをどうぞ。お疲れだと思っていたので・・・・」
緊張した表情で、持っていたスポーツドリンクとタオルを差し出してくる。どうやら、アリーナで頑張っている簪のことを思って差し入れに来てくれたらしい。
「ありがとう、瑠奈・・・・」
タオルで汗を拭き、スポーツドリンクを喉に流す。先週の楯無との会話以来、瑠奈は楯無や簪に明るい表情を見せることが多くなり、友好で親密な関係を築くことが出来ている。はじめの頃は楯無に懐いていたのだが、簪の趣味である特撮ヒーローやアニメを見せると、2人の心の距離はグイグイ縮まっていき、こうして楯無に負けず劣らず、瑠奈の信頼を得ることに成功した。
いつも姉に負けてばかりはいられない。たまには、自分から攻めなくては。
「あの・・・・かっこよかったです!!」
「え?」
「さっきの・・・・その・・・簪様が空を飛び回る姿が・・・・すごかったです!!」
『かっこいい』その少年のような表現に軽く微笑みが漏れる。同じようなことならば、簪も瑠奈の
前に楯無が『あなたの機体はどこにあるの?』と質問したことがあったのだが、楯無も簪も瑠奈の機体である『エクストリーム』という名前も『ゼノン』や『エクリプス』、『アイオス』の姿形は知っていても機体名は知らない。
『あの機体』や『あなたの機体』と言った指示語で話していたのだが、瑠奈は頭に?を浮かべ、理解不能といった様子だ。だが、そんな力がなくても今の彼は幸せそうだ。
「瑠奈・・・・その・・・」
「なんですか?」
「今日・・・・一緒に夕食を食べない?」
日頃の簪ではありえない直球な誘いだったのだが、ニッコリと笑うと『はい、では食堂で待っています』と明るい声で即答し、持っていたタオルとスポーツドリンクを再び抱え込む。そのまま、楽しそうな様子でアリーナを出ていった。
「エスト・・・私が手伝わなくても大丈夫?」
『はい、私1人で大丈夫です。今日中には終わらせられるでしょう。マスターは着替えて、
「で、デート・・・えへへへ・・・」
恥ずかしそうに頬を染めると、愛しの人が待っている食堂に急ぐように駆け足で更衣室へ向かっていった。出来れば、食堂での状況を傍観したいのだが、今は自分のするべきことが最優先だ。待機状態の打鉄弐式を収納すると、エストは最終調整を始めた。
「なあ、簪さん」
着替えを終え、食堂へ続いている廊下を歩いている途中、背後から声を掛けられる。女性ほど高くはなく、低い声。その声の主とは別に面識があるわけではないのだが、簪はすぐに分かった。自分に話しかけてきたのが誰なのかを。
「よう」
背後にいたのは、人懐っこそうな顔を浮かべた一夏だった。学園では人気者である一夏であるが、自分からISを奪われた存在である簪は毛嫌いしている。
「・・・・何か・・・用?」
「いや、用ってわけじゃないんだけどさ、瑠奈と同じ部屋で暮らしているって本当?」
「・・・・だから・・・・何?」
「もしそれだったら、俺が瑠奈を引き取ろうと思ってさ」
あまりにも衝撃的な発言に、頭が真っ白になる。だが、そんな簪に一夏は気が付いていないらしく、言葉を続いていく。
「俺の部屋さ、1つベットが余っているから瑠奈を入れることが出来るんだよ。瑠奈や簪さんからしても同性である俺の方が世話をした方が色々都合がいいと思うし、なんなら猫のサイカも一緒に引き取るよ。瑠奈としてもそっちの方が喜ぶぜ」
では、1つ聞くがこの男は雄星の何を知っているのだろうか?今まで彼がどれほどの苦難や苦悩、苦しみや悲しみを抱え、1人悩みもがき苦しんできたのか。それを知らない人間が雄星の何を語る資格がある。
「なあ、だからさーーー」
「っ!!」
人懐っこい笑みを浮かべたまま近寄った瞬間、簪の平手打ちが一夏の頬を直撃する。
「・・・・へ?」
「何も・・・・知らないくせに・・・・」
震えた声で呟くと同時に一夏を睨むと、体を反転させ、廊下を走って行く。赤く腫れている頬をさすりながら、その光景を一夏は眺めていたが、脳内には学園祭前に瑠奈に言われた言葉が響いてくる。
『もし、私が死んだり居なくなったりしたら君たちがこの学園を守っていくんだ』 心の奥底で瑠奈をあてにしていた自分がいたのかもしれない。
だが、今はどうだ。今の瑠奈はとてもじゃないが、戦えるような状態ではない。これでは、自分たち専用機持ちがこの学園を守っていくしかないのだ。
「なあ、瑠奈・・・・おまえはこの事態になることを予想していたのか?」
ぼそりと小声で呟くが、その答えなど誰にもわからない。それは、瑠奈本人も知らないことなのだから。
ーーーー
ニャァぁ・・・・ミィィィ・・・・ニャッニャ・・・・
タッグマッチトーナメント当日、全校生徒が試合会場である第4アリーナへ移り、無人となった寮。その一室のベットの上で1つの人影とそれにじゃれる1匹の獣の姿があった。
「あまり体を擦り付けるな。毛の駆除はめんどくさいんだ」
ペロペロ・・・・
「舐めるのも禁止。サイカ、君は群れるのを嫌う猫なんだ。少しは孤高の生き物っぽく振る舞ったらどうだい?」
そう言っても言葉が通じるはずもなく、読んでいた本を押しのけて頭を突き出してくる。まるで『自分に構ってくれ』と伝えたそうな仕草だ。
人懐っこい猫が多いとしても、ここまで警戒心がなくて甘えん坊な猫もまた珍しい。
首筋を撫でて気持ちよさそうな甘声を聞きながら時計を見てみると、午前9時を回ったところだった。そろそろ開会式が終わり、試合が始まっている頃だ。
そう思うと同時に、朝笑顔で部屋を出ていった楯無と簪の顔が思い浮かぶ。
彼女達に会いたい。今すぐにでもこの部屋を飛び出して会いに行きたい衝動に襲われるが、自分の勝手な行動など、彼女達にとって迷惑なだけだろう。それに焦らずとも、すぐにまた会えるのだ。
そう気持ちを整理し、サイカの頭で押しのけられてしまった本を手に取ろうとした瞬間
ーーーーズドォオオオンッ!!
地震のような震動と大きな轟音が部屋を震わす。それも1度だけではない、何度も何度も繰り返し震動や轟音が部屋に響く。
「なんだ・・・・この音・・・・っ!!」
この音を聞いた瞬間、恐怖と不快な感覚が体中を巡っていく。この血生臭く、ドメッとした不愉快な感覚・・・・多くの人の血と悲鳴で出来ている『戦い』の感覚だ。
「何かが来ている・・・・怖いものが・・・・」
根拠や証拠があったわけではない。だが、感じる。何か危機が近づいていることを。
ミャァぁぁぁ!!ニャァァァ!!
今の振動と轟音で軽くパニック状態になっているサイカを落ち着かせると、瑠奈は大急ぎで部屋を出る。廊下に出ると、壁や天井に『非常事態警報発令』と緊急事態を告げる赤いディスプレイが表示されており、何か危機が迫っていることが一目瞭然だ。
たとえ、彼女達に嫌われてもいい。後で、お説教や罰ならいくらでも受ける、今はどうしても楯無と簪の無事な姿をこの目で見ておきたかった。大きな焦りと不安を感じながら、瑠奈は震源と思われる試合会場である第4アリーナへ走って行く。
「はあ、はあ、はあ・・・・」
それから数十分後、息を切らした瑠奈が試合会場である第4アリーナ扉の前で立っていた。『どうか何事もありませんように』と心の中で祈りながら扉を開くが、非情にも現実は瑠奈の思い描いていたものとは真逆の真実を映し出す。
「っ!!これは・・・・」
扉の先に広がっていたもの、それは『戦場』だった。
逃げ惑う人々、襲撃者と思われる黒いIS。そしてそれに応戦する専用機持ち達。広いアリーナは戦火に包まれ、まるで地獄の業火だ。
「あ、あれは・・・・・」
その中でISを展開しておらず、生身の状態である者がいた。両膝から大量の血を流し、地面に這いつくばっている楯無、そしてその楯無を抱え上げ、何としても逃げようとしている簪だ。
だが、そんな2人にゆっくりと襲撃者である黒いISがゆっくりと迫りゆく。
自分の大切な人達を傷つける明確な『敵』
それを瞳に焼き付けた時、瑠奈の中で何かが切れ、次の瞬間、
「エクストリィィィーーーームッ!!!」
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