桜はいいですね、なんだか心が浄化していくような感覚がしてきます。まあ、桜と言ったら桜小路、桜小路といったら『あの人』を想像するからかもしれませんが。
「♪~♪~」
昼、楯無と簪は弁当箱を持ち医療室へ向かっていった。無論、目的は
それでも、日頃の生活にはある程度の助けが必要だが。
「今日も瑠奈君は残さず食べてくれるかしらね~」
「・・・・・」
いつも通りの呑気で楽しそうな様子の楯無とは反対に、隣に歩いている簪は緊張している様子だ。今簪が持っているのは自分の弁当箱とは別に、数少ない得意である抹茶のカップケーキが入っている袋だ。実は昨日の夜、瑠奈に食べてもらおうと思って焼いておいたのだ。
(た、食べてもらえるかな・・・・)
今思えば、瑠奈と恋人関係になっても、自分の手料理1つ振る舞ったことがなかった。せっかく恋人関係になったのだ、なにか手料理でも食べさせてあげていたら自分の魅力をもっと伝えられていたのかもしれない、そんな乙女心を抱きつつ、瑠奈のいる医療室の前に立った瞬間
『食えっ!!』
室内から大きな怒声が聞こえてくる。ドア越しでも耳に響く声に怯みつつ、中にはいるとベットで寝ている瑠奈の腹部に千冬が跨り、持っているおかゆが掬われているスプーンを突き出していた。
「お前の体を回復させるためにはたくさん食べなくてはいけないんだぞ!!いつまで甘ったれているつもりだ!!」
「・・・・・」
腹部の上で
まるで梃子でも動かぬといった様子だ。その無表情で反抗的な瑠奈を見て千冬の苛立ちが募っていく。
「もういい加減にーーー「もうやめてください!!織斑先生ッ!!」」
強引過ぎるやり方に我慢できなくなったのか、楯無が持っていた弁当箱を簪に預けると、千冬が持っていたおかゆの入っている器とスプーンを取り上げると、2人の間に割り込む。
「なんで織斑先生は強引に言うことを利かせることしかできないんですか!?少しは彼に優しくしてあげてください!!」
「っ!・・・す、すまない・・・」
瑠奈の腹部から千冬をどかせると、ゆっくりと起き上がらせる。
「大丈夫?痛いところとかない?」
「・・・・・はい」
瑠奈はこうして誰の言うことも聞かず、誰にも従わず、無反応な態度を貫いている。そんな瑠奈が唯一反応を見せているのが楯無とその妹である簪だ。もしかすると、この2人がいなかったら食事もとらず、餓死してしまうかもしれない。
千冬としてはいつまでも更識姉妹に頼るわけにはいかず、こうして自分1人でも食べさせようとしていたのだが、結果はさらに瑠奈との溝を深めることになってしまった。
なかなか思い通りにいかない現実に内心ため息が出てくる。
「ごめんなさいね手荒なことをして。気分直しにご飯を食べましょう、ほら、簪ちゃん来て」
入り口に立っていた簪を呼んで弁当箱を受け取ると、開封して食事を開始する。楯無、簪、そして瑠奈の3人で食事をするのが最近の食事風景となっている。
「はい、あーん」
「はい・・・あ、あーん」
そしてこうして楯無と簪に食べさせられるのもいつもの風景だ。1人でも食べられるのだが、なかなか2人は瑠奈に食器を持たせてくれない。
だが、こうした他愛ないスキンシップが少しずつ楯無と簪との信頼関係の礎になっているのだ。
「なんで私の時はこう素直になってくれないんだ・・・・」
眩しい光景を見ながら1人取り残されている千冬が愚痴をこぼす。どうやら、完全に瑠奈の心の中には千冬の居場所はないらしい。まあ、こうして信頼できる者が出来たのは嬉しいことだが。
「ああ、そうだ更識姉。お前が先日だした案件だが、審査を可決しておいた。一応いつでも引き取りは可能だ」
「ありがとうございます、織斑先生」
それだけ言い残すと、ため息をつきながら千冬は医療室を出ていった。千冬の退室を確認すると、差し出していた箸をひっこめると、『ちょっとごめんね』といい、瑠奈の右腕の二の腕を揉む。
毎日ちゃんとした食事と十分に睡眠をとっているからか、ちゃんと肉が付き、なんとか健康体といえる状態になっていた。
(この調子だと、大丈夫そうね)
元々治癒力が高い体質だからか、ルットーレの性質だからか、常人よりも高い回復速度だ。これで少しは動くこともできるだろう。
「ねえ、瑠奈君」
「・・・・なんですか?」
「突然だけど、今日の夕方から私たちの部屋に引っ越すわよ」
「え・・・・?」
突然の話に瑠奈だけではなく、隣にいる簪も驚いている様子だ。
「私たちの部屋に来ればこの医療室よりはいい環境になれるし、朝と放課後にはあなたの面倒を見ることが出来るわ」
「でも・・・・迷惑になるんじゃ・・・・」
「部屋は広いし、あなた1人が増えたぐらいどうってことないから大丈夫」
「だとしても・・・・」
「瑠奈君」
提案を拒み続ける瑠奈の頬を両手で包むと、自分の顔を向かせる。これから言うことは自分でも横暴なことだと思うが、彼に言うことを利かせるにはこれが一番効果がある。
「1つ勘違いしているようだから言っておくわ。あなたはもう私と簪ちゃんの所有物なの。あなたは私たちの言うことに従いなさい、反論や反抗は許さないわ。いい?」
「っ・・・・は、はい・・・」
こうして主人として接すれば、彼は大抵言うことを利く。どうやら、彼の中で奴隷として仕えていた頃の風習や記憶があるらしく、楯無や簪を主人と認識している。
だが、所有物と言ったが、当然ながら楯無も簪も瑠奈を性奴隷として扱うつもりなどない。あくまで言うことを利かせる最終手段だ。
「よしよし、素直な子はお姉さん好きよ。簪ちゃんも瑠奈君が部屋に来ていいわよね?」
「う、うん・・・・」
先程の強気な表情とは違い、優しい笑顔を浮かべながら瑠奈の頭をなでる。さりげなく、簪も便乗して頭を撫でてくるが、その抜け目なさが彼女らしいといえる。
「はい、それじゃあ食事を再開しましょう。あーん」
「わ、私のも食べて・・・・」
この後、瑠奈は楯無が作った料理と簪の作ってきた抹茶のカップケーキを残さず平らげ、静かに眠りについた。その時の寝顔はルットーレや小倉瑠奈としての憎しみや偽りに満ちたものでもなく、1人の少年----小倉雄星としての可愛らしいものだった。
ーーーー
「・・・・・」
「そんなに警戒しなくて大丈夫よ。ここに悪い人はいないから」
「瑠奈・・・大丈夫、安心して・・・・」
放課後、寮の人気のない通路を楯無と簪、そして瑠奈が歩いていた。放課後といっても、楯無と簪は瑠奈を連れた状態で生徒と会うと、面倒な事態になることを見越して、少し早めに授業を終えて瑠奈を自室へ案内している。
「この部屋よ」
楯無と簪の部屋ーーーーいや、3人の部屋というべきだろうか。1219号室の前で3人は立ち止まる。
「この部屋が今日からあなたが私たちと一緒に住む部屋よ。さあ、入って」
「はい、お邪魔しまーーー「ニャァぁ!!」---ぶっ!!」
部屋のドアを開けた瞬間、白い物体が突如部屋から飛び出すと瑠奈の顔面に直撃し、後ろに吹き飛ばされてしまう。
部屋から飛び出し、瑠奈の顔面に張り付いているその白い物体とは
ニャ、ニャァぁ、フシュッ・・・・ミィィィ!!
興奮しきった様子のサイカだ。久しぶりに瑠奈と出会えたのか、可愛らしい鳴き声を発しながら張り付いている瑠奈の鼻や頬を舐めている。
「ふふっ、久しぶりの再会に喜んでいるようね」
「うん、とても嬉しそう・・・・」
「いてて!あだだだ、鼻に噛みつくな!!」
人気のない寮の通路に、瑠奈の悲痛な声が響いていった。
ミィミィ、ニャァぁーーー
「こらこら、あまり髪に体を擦り付けるな。ボサボサになっちゃうだろ」
部屋に並んでいる2つのベット。奥の方にベットに寝っ転がってサイカとじゃれている瑠奈を、楯無と簪が手前のベットに腰かけて眺めていた。
こうしてみると、
ならば、彼は人間なのだろうか。・・・・・その問いに応えられる者はいない。そしてその無邪気な彼を見ていると、心の中で棘を刺すような痛みを感じてくる。
「ねえ、お姉ちゃん?」
「なに?」
「もし・・・・記憶が戻ったら・・・・
「・・・・そうかもしれないわね・・・・」
本来、瑠奈は既に学園を退学した身なのだ。今は千冬や生徒会の力を使ってこうして学園に置いておけているが、もし、一緒に暮していく過程で何かの拍子に記憶が戻り、小倉雄星となったら彼はどうするのだろうか。
命の恩人として一緒に居てくれるのならばまだいい。しかし彼の性格を考えると、この場所や自分たちにそこまでの名残やこだわりがあるとは思えない。
ならいっそのこと、このままつらい記憶もルットーレも忘れたまま自分たちと一緒に生きていったほうが幸せではなのだろうか?
(っ!・・・・私ったら何を考えているの!?)
自分勝手な思考が脳内をよぎるが、頭を振って振り払う。これは本来彼が向き合わなくてはならないことだ。そこに自分たちが口を出すなど彼にとっては迷惑なだけだろう。
「もし、瑠奈君がこの学園を出ていこうとしたら、簪ちゃんのその可愛らしい体で誘惑するのよ。『雄星っ!毎晩私の体で満足できるまでご奉仕するから行かないで!!』ってね☆』
「う、うん・・・・頑張る・・・・雄星に気に入ってもらえるように・・・・」
簪は過去に『美味しそうな体』と褒め言葉(簪にとって)を頂戴しているのだ。もしかして下着姿で彼の太ももに股を擦り付ければ、いけるかもしれない。
(が、頑張んなきゃ・・・・)
楯無としては冗談で言ったものなのだが、どうやら真に受けてしまったようだ。そんな正直で可愛らしい妹に内心苦笑いを浮かべると、少し緊張しながら話題を切り出した。
「ねえ、簪ちゃん。その・・・・専用ISは順調?」
「っ・・・・・う、うん・・・・」
どうにもこういったIS関連の話題を話すのは苦手だ。ロシアの代表生となり専用ISをもっている楯無と、1度は専用機を失い、日本の代表候補生の称号を剥奪された簪。両者の間には小さくはない溝がある。
気まずさを感じ、言葉に詰まってしまう。沈黙する楯無と簪。その沈黙状態を破ったのは意外な人物だった。
『現在、打鉄弐式はコアとの制御を確認、適正値も良好。武装データ及び機体制御プログラムの全ての組み合わせは完了しています』
ブンとモニター音がし、目の前にエストが映し出さる。
「それだったら、もう簪ちゃんのISは完成しているの?」
『いえ、機体はほぼ完成しているとはいえ、実際に動かしたときの機動データを収集して、
「それはどれぐらいかかるの?」
『十分なデータがあれば、数日中に完璧に終わらせることが出来ます。もうすぐ行われる専用機持ちのタッグマッチトーナメントには出場できるでしょう』
いままで専用機を持っていなかったため、簪は行事に出ることが出来なかった。だが、エストと自分と雄星の3人で力を合わせて作り上げた打鉄弐式でもうすぐ出場できるのだ。
今までの努力が報われるからなのか、簪の頬が緩む。だが、それとは反対に楯無の表情は何処か緊張した様子だ。
「そうなんだ・・・・ねえ、簪ちゃん、その専用機持ちのタッグトーナメントはペアで出るっていうことは知っているわよね?」
「う、うん・・・・」
「そ、それで・・・・その・・・・私と組まない?」
「え?」
姉の意外な提案に口から抜けた声が出てしまう。一瞬、何かのからかいかと思っていたが、楯無の目からは真剣な眼差しが送られてくる。
「なんで・・・・」
「この行事が簪ちゃんとエストちゃんの初陣でしょ?その晴れ舞台に・・・・姉として手伝いたいの。大切な妹の晴れ舞台だからね」
姉ーーー今思えば、いつからこうして姉である楯無と普通の姉妹のように話せるようになったのだろう。前までは互いを避けていたというのに。
これではまるでーーーーー
『共に手を取り合って戦うとは、姉妹仲が良いのですね』
向かい合っている楯無と簪にエストが微笑みを向ける。
「仲が良い・・・・姉妹?」
『はい、仲が良く、お互いが信頼し合っていなければ、自分の背中を任せることなど出来ません』
”信頼”少し恥ずかしい言葉を言われたからなのか、楯無が恥ずかしそうに顔を逸らす。意外とこういう家族愛を褒められるというのは恥ずかしいものだ。
だが、楯無が簪を信頼しているのは真実だ。ならば、その信頼に応えてあげたい。
「お姉さん・・・・私なんかでいいの?」
「私が出来るのは手伝いまで。頑張るのは簪ちゃんよ?」
「う、うん、頑張る・・・・・」
姉ーーー楯無は学園最強を意味する生徒会長だ。実力は保証されているのに加え、
「それじゃあ、ちょっと待っていてね。今ペア申請の申請書を持ってくるから」
申請を受けてくれて嬉しいのか、上機嫌そうに鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。自分が
だが、姉妹でISのペアを組むことはおかしいことではないだろう。不思議とそう確信している自分がいるのだ。
ーーーー
『あなたが奴隷番号ーーー番?今日から私があなたのご主人よ。私の言うことには従いなさい、いいわね?』
自分は奴隷ーーー商品なのか。自分は人間ではない、人間の形をした物なのだ。その物がいくら叫んだところで誰にも聞こえない、誰も気が付いてくれない。
『はぁ、全然気持ちよくなかったわ。まともに主人への奉仕も出来ないの?とんだ役立たずね』
役立たず、自分は何もできない、何の役にも立たない無力なのか。物は人の役に役立つために存在する。だが、それが役に立たないとなると、自分はいったい何なのだろう。
『あんなに高い金を費やして買ったというのに、使い道が痛めつけるだけなんて使用方法がないだないんて・・・・まあ、いいわ、せめてあなたにはいい声で鳴いてもらおうかしらね』
痛い・・・・だけど、声を出して叫ぶことは出来ない。自分は物なのだ、声を出すなんて可笑しいだろう。
『・・・・もうだめね、全然面白くないわ。もっと遊べるかと思ったけど、この子にも飽きたわ。さっさと他の誰かに売り渡しちゃって。もういらないわ』
いつもこうだ。自分の役割を徹底しているというのに見捨てられる。自分に居場所などない、自分を見てくれる人間などいない。そして未来永劫終わらない、この連鎖は。逃れられない、この宿命からは。なぜなら、それが自分の運命なのだから・・・・・
「はっ・・・・」
暗い部屋の中、体中に汗を掻いた瑠奈が息を荒くして飛び起きる。時刻は深夜の2時半、隣のベットには楯無と簪が寝ているが、今の瑠奈には目に入らない。
思考が落ち着いてくると同時に、脳内によぎるのは自分を弄び、痛めつけてくる濁った目をした大人たち。自分を人などではなく、自分の欲望を満たすための道具としか見ていない人間達。
「・・・・っ!うぅぅぅ・・・・」
それを思い出すと、体中が痛んでくる。いままで体中に受けた苦痛の日々、思い出したくない生活、それが鮮明に思い出してくる。
ここに居ても、あの時と同じように裏切られ続けるだけだ。逃げなくては、幸いなことに今は鎖も首輪もつけられていない。今なら逃げれる。
「はぁ、はぁ、うっ・・・・」
高鳴る心臓の音を抑えながら、ベットを降りると、隣のベットで寝ている楯無と簪が起きないように静かに部屋を出ていった。
部屋のドアを開けた瞬間、ベット下で寝ていたサイカの猫耳がピクリと動いた。
「はっ、はっ、はっ、はっ・・・・」
寮に続く道を靴も履かずに走って行く。裸足で走っているせいで足が汚れてしまっているが、そんなことなど気にせず、全速力で走って行く。
だが、瑠奈はこの学園の地図や見取り図など知らない。本能の赴くままに電灯に照らされている道をただひたすら走って行くだけだ。
「うぐっ、・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・うえっ、うっ、ぐっ・・・・」
しかし、靴も履かず、体力も本調子とは言えない状態では走り続けていられるはずもなく、数分も走ったところで膝をつき、止まってしまう。
額からは汗が流れ落ち、口からはぜーぜーと乱れた呼吸音が発せられる。
そんな疲労困憊状態の瑠奈の目の前にあったのは、このIS学園の校門だった。がむしゃらに走っていたのだが、偶然校門前までたどり着いていたらしい。
最後の力を振り絞って歩みを進めて校門を通る。この学園から出ることが出来れば、逃げ切れる可能性が少なからずある。だが、その希望はすぐに消え去ることになる。
「なんだよ・・・・これ・・・・」
校門を抜けた瑠奈の目の前に広がっていたのは、夜の月光に照らされた海だった。
このIS学園は貴重なIS操縦者を保護するために全寮制となっており、場所もどの国の政府の介入を防ぐため、周囲が海に囲まれた孤島となっている。外へつながるモノレールが学園内にあるが、こうして海に囲まれてては、人が歩いて学園を出るなど不可能だ。
絶望に打ちひしがれるが、まだ手はある。この場所から逃げることが出来ないのならば、せめてーーー
「くっ・・・・」
震える体を抑えながら、ゆっくりと道を歩き、目の前の柵に手を掛けて乗り越える。瑠奈の数センチ先はもう道はなく、代わりに数十メートル下は海となっている。
この場所から逃げることは出来ないのならば、今ここでこの命を絶ってしまえばいい。そうしたら、これ以上苦しむことはない。
もう夏は終わり、気温は冷え込んできている。この海に飛び込んでしまえさえすれば、ゆっくりとこの海水が自分の体温と体力を奪っていくだろう。おまけにこの真夜中の時間帯だ。いくら叫んだところで人など来ない。
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・」
死ぬのは怖くない。どうせ自分が死んでも悲しむ人間などいないのだ。それでも本能だからか、わずかに躊躇いが生まれてしまう。だが、もう関係ない。もうすぐ自分は救われる。
目を閉じ、柵を掴んでいた手も放す。そのまま全身の重心を前に移したことによって体が前方に傾く。そのまま足を踏み外そうとした時
「っ!!うわっ!!」
後方から誰かが瑠奈の手首を掴み、体を静止させる。そのまま間髪入れずに後方へ引き戻すと、両腕で瑠奈の体を抱え上げると、強引に柵を乗り越えさせて内側へ引き戻す。そのまま、バランスを取れず、瑠奈と体を抱え込んでいる人物ごと倒れこんでしまう。
その瑠奈の体を抱きかかえている人物は
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」
瑠奈と同じぐらいに息を乱しているパジャマ姿の楯無だった。大急ぎで瑠奈の後を追ってきていたのか靴を履いておらず、綺麗な彼女の足は瑠奈と同じように汚れてしまっている。意外な人物の登場に、さっきまで自分が自殺しようとしていたことを忘れ、固まってしまう。
「ご、ご主人様・・・・これはーーーーうっ!」
その言葉が終わるより早く、楯無が瑠奈の腹部に跨ると、渾身の平手打ちを食らわせる。手首のスナップが効いたその平手打ちはパシンッ!!と爽快な音を周囲に響かせた。
「あなたは・・・・どうして・・・どうして・・・・こんなことをするの?」
腹部に跨っている楯無の体が震え、口から嗚咽のようなものがあふれ出る。暗くて見えないが、彼女は泣いているのだろうか。
「なんで・・・こんなことしかできないの?・・・なんで・・・・」
悲しげな声を漏らし、両手で顔を覆い隠す。そのまま、瑠奈の腹部で蹲り、グスッと涙の音が聞こえ始めた。さっき、自分が死のうとしたことに対しての後悔はない、だが、彼女をーーーー楯無を泣かせてしまったことに後悔している自分が心の中にいた。
だから、こんなにも体ではなく、心が痛むのだろう。
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