IS 進化のその先へ   作:小坂井

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普段は半月のペースで投稿していますが、早く仕上がったので投稿したいと思います。あと今後投稿ペースを上げていきたいと思っています。


69話 今へ

「これでわかっただろう、あいつーーー小倉雄星の正体は、対ISを目的としたデザイン・ソルジャー計画、通称『破壊者(ルットーレ)』計画の唯一の成功体だ」

 

長い説明を終えて喉が渇いたのか、千冬は持参していた缶コーヒーを懐から取り出して飲む。そんな千冬の余裕そうな態度とは反対に、話を聞いていた楯無と簪は凍り付き、声を出すことすらできない。

 

彼はISを倒し、滅ぼすために最愛の人を殺され、心を壊され、人として生きる人生を奪われた。当然、元凶であるISを恨み、憎んでいるはずだ。

彼のいたIS学園には当然だが、たくさんのISがあり、優秀な操縦者たちも大勢いる。楯無もその1人だ。ISが憎いーーーということはその操縦者も恨んでいることになる。

 

いままで楯無や簪は雄星と親しげに接してきた。ルームメイトとして、生徒会長として僅かな間だったが、共に過ごしてきた。だが、自分たちと親しげに接しているときの顔は偽りで、常に腹の底で自分たちに対して殺意を向けていたのだろうか?

自分の全てを奪った物を操る(かたき)として敵視していたのだろうか?

 

「っ・・・・」

 

「お姉ちゃん・・・?」

 

彼の正体を知った瞬間、大きな恐怖と怖気が心の中から染み出してきた。自分たちがいままでどれだけ危険な存在と一緒に居たのか。

自分たちを狩る存在と共に暮らしていた。ウサギが獅子と共に暮らしていた。

世界には467個のISのコアがある。もし・・・彼と機体(エクストリーム)が500機でも量産されていたとしたら、果たして自分たちは勝てるだろうか?血のように紅くて残酷な殺意に立ち向かえるだろうか?

 

「あっ・・・・・あぁぁ・・・」

 

それを自覚した瞬間、体中に鳥肌が立ち、震えてきた。体の震えを止めようと両腕で体を押さえつけるが、それでも恐怖や怖気は去ることなく、楯無の体の中で蠢いている。

 

「お姉ちゃん大丈夫・・・・?」

 

姉の異変を感じたのか、簪が安心させようと手首を握るが、簪の手も震えている。簪も楯無と同様に、恐怖を感じ取っているのはすぐに分かった。

 

「それが当然の反応だ。私もあいつの過去を知った時は、お前たちが今感じているような得体の知れない恐怖や戸惑いに襲われたな」

 

初めは千冬も信じることなどできなかったが、雄星の異常と言える戦闘能力や躊躇いのない殺意を見ていくうちに、それを真実だと納得していく自分がいた。だが、納得はしてもそれを受け入れていくにはそれなりの時間がかかったものだ。

 

「怖いか?」

 

「・・・・・はい」

 

小さい声だったが、楯無は確かにそう答えた。だが、こうして素直に答えてもらえただけで好感を持てるものだ。・・・・・だからこそ、これから伝えることに耐えられるか心配だ。だが、彼女達はその残酷な真実を知らなくてはならない。

 

「だが、そんな悪魔のような研究も小倉瑠奈が死んでほどなくして中止になった。最強の兵士(ルットーレ)を作り出すことができても、その生産効率の悪さに加え、ISと戦えるほどの兵器を作り出すことができる見込みがなかったからな」

 

「だったら・・・・それで雄星は自由になったんじゃ・・・・」

 

これで自由になれる、幸せになれる。そう思って安堵の笑顔を浮かべる簪だが、雄星の辛くて悲しい残酷な運命は終わらない。

 

「違う、あいつは研究が終わった後に売り出されたんだ・・・・・買い手の性欲処理用の奴隷としてな」

 

「そ、そんな・・・・」

 

「まあ、あいつは昔から見た目は良かったからな。研究の出資者の1人が少しでも損を取り戻そうとして買ったんだろう」

 

仮に解放されたとしても、暮らしていた孤児院は経営難で潰れてしまっていた。親もなく、家もない子供がこの世を生きていけるはずもない。大切な人を亡くして絶望しているというのに、それでも彼は利用され、弄ばれ、傷つけられる。それは一種の宿命というべきだろうか、生き残った者の終わりなき戦いの宿命。

 

「汚い人間に心と体を穢され、遊ばれ、弄ばれ、飽きられては別の人間に引き渡されてまた同じことの繰り返し。そんな負の連鎖が何回も繰り返されていくうちに、あいつのーーーー雄星の心は壊れていった。私があいつを保護した時は心身ともにボロボロだったな」

 

正確には束が保護した時と言った方がいいだろう。束は自らの創造物のISを倒す『破壊者(ルットーレ)』計画の存在を感じ取っており、その唯一の成功体である雄星に興味を持った。そのため、束は友人である千冬に雄星を買い取るように頼んだ。

千冬としても『破壊者(ルットーレ)』計画の成功体を放置するわけにはいかず、多大な苦労をして雄星を保護した。

 

「今ではあんな調子だが、当時のあいつは悲惨な状態だったぞ。体中やせ細っては傷だらけ、長い髪はボサボサに乱れて足首には逃げられないように拘束ボルトが埋め込まれて自分1人では立ち上がることすらできなかった。だが、保護したおかげでわかったよ、あいつの正体が」

 

「しょ、正体?」

 

「ああ、『破壊者(ルットーレ)』計画の全貌がな」

 

ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器をはるかに凌ぐ。それを『化け物』という人間もいるが、雄星はそれすらも超える『悪魔(デビル)』だった。

過去に誰かが言った、『人は自ら悪魔を作りだす』と。人の疑心や怒り、そして欲望が彼を『悪魔(デビル)』に変えてしまった。

 

「異常なまでの戦闘能力に、反応速度、普通の人間にはない黒く曇った瞳。そして・・・・あいつの老いることのない肉体(・・・・・・・・・・)

 

持っていた缶コーヒーを机に置くと、足元の鞄から一枚の書類を取り出し、楯無と簪に見せつけた。何かの棒グラフのようなものが描かれているが、線は横に直線となっており、一切の変化がない。

 

「あの・・・これは?」

 

「この棒グラフは小倉雄星の身長の変化を計測したものだ。見てわかるようにあいつの体に変化ーーー成長はない。あいつの体内にあるナノマシンが成長を阻害してしまっているんだ」

 

戦争というものは1ヵ月や2ヵ月で終わるものではない。相手が大きな存在であれば何年間にも渡って行われるものだ。

実際にヨーロッパでは100年戦争と言われるイギリスとフランスとの戦いがあった。

 

小国相手ならまだしも、世界を支配しているISと全面戦争となれば長期化は避けられない。そのため、雄星の体は最も戦闘能力が高い今の状態に固定され、縛られ続けている。

たとえ10年経とうが20年経とうが雄星の体は変わることはない。永遠にナノマシンという名の鎖から解き放たれることはないのだ。

 

今思えば奇妙だった。幼い顔立ちに小柄な体格、そして男性とは思えないほどに高い声。それを自在に使い、彼は学園に女子生徒として潜り込んでいた。

『そんなのあり得ない』と否定するのは簡単だ。しかし否定する材料よりも、その話を肯定する証拠がありすぎる。

 

「それでも雄星がどんなものだったとしても、あいつを私は育てていこうと決心した。あのまま恨みや憎しみを抱いたまま死んでいくなど悲しすぎる。・・・・・だが、あいつはそれほど私を頼りにしてはいなかった。私がISの性能を世に示した初代ブリュンヒルデだと知ると、あいつは私の元を去っていったよ」

 

結局、雄星は救いなど求めていなかった。彼が求めていたのは自分の死地、この世界から消え去る終焉の日なのだ。

そして愛しの人が殺されたことによって雄星は人をーーー人間を完全な別種として見るようになった。

 

『自分は人間じゃない。だから誰も頼らない、何も信じない』その自分への暗示に似た言い聞かせは他者と自分との間に大きな壁を作り、孤立していった。

近くで同じような人物であるのならば、ラウラも同じような経歴の持ち主だ。しかし、ラウラはISの適応性を向上することを目的に生み出されたのに比べ、雄星はそのISを滅ぼすために創り出された存在。

ISを肯定する存在と、ISを否定する存在。両者の間には大きな溝がある。

 

「・・・・それだったら・・・・なぜ彼はIS学園に来たんですか?そこまで何も信じられなくなった彼が・・・・どうして・・・・」

 

「他者との関わりを断ち、全てを拒絶したとしても・・・・たとえ人間でなくなったとしても、あいつも人の心を持っている。・・・・結局は寂しかったんだ、偽りでもいい、自分を知ってくれる者が欲しかった」

 

名前を偽り、自分を偽り、そこには『小倉雄星』という者の真実など一片もない。いや、もしかして彼は小倉瑠奈になろうとしていたのかもしれない。彼女を殺し、人でなくなった自分が自分らしく生きていく資格などない。死者の骸を背負って、この壊れ、歪み、狂ったやり方でしか生きていくのが相応しいと。

 

それをわかっていても、人の温もりに溺れたいという欲求には逆らうことができなかった。だから、あんな形で人間のコミュニティに入って来たのだろう。

 

「それなら、雄星君は人として生きていくことは出来ないんですか?」

 

「・・・・無理だ。たとえ、人間社会になじめたとしても、あいつの心がそれを許さないだろう。だからこそ、お前たちみたいな人間が必要なんだ。あいつを『ルットーレ』としてではなく、『小倉雄星』として見てやれる人間がな」

 

小倉雄星はもう自分のために生きていくことはできない、人と関わって生きていくには誰かに尽くして生きていくしかない。その尽くす相手が”主人”だ。獅子がウサギに尽くすというのも奇妙な話だが。

 

「私ではあいつを救えなかった。だから頼む、あいつをーーーー小倉雄星を救ってくれ。これはブリュンヒルデとしてでもなければ教師としてでもなく、織斑千冬としての願いだ」

 

そう言うと千冬は楯無と簪に向かって頭を下げる。

小倉雄星は本来、誰よりも寂しがり屋で甘えん坊なのだ。そんな少年を自分たち女性とISは変えてしまった。憎しみや恨みで満ち溢れた悲しい存在へ。

これから自分のすることは償いや罪滅ぼしなのかもしれない。それでもーーーーー

 

「わかりました。雄星君は私たちが責任を持って預かります」

 

彼を救いたい。その思いは変わることのない不動の意志だ。それを示すかのように手を力強く握りしめる。隣に座っている簪も同じ気持ちの様だ。

 

「・・・・すまない」

 

それだけ言い残すと、千冬は部屋を出ていった。部屋には楯無と簪のみが残される。

 

「『破壊者(ルットーレ)』計画・・・・・」

 

その言葉で楯無が思い出すのは、学園祭で雄星を連れていこうとしたあの女性だ。彼女は雄星という名前を知っていた。

つまり、十中八九『ルットーレ』計画の関係者だろう。

 

本来は中止したはずの計画。だが、雄星とISを打破できる可能性を持った機体(エクストリーム)の登場で再び『ルットーレ』計画は動き出した。

その計画で重要な材料である雄星をそう簡単に手放すとは思えない。恐らく何かの手違いがあったのだろう。だとすると、彼女は来る。必ず、どんな手を使っても雄星を奪い返しにくるだろう。

 

だが、彼は渡さない。必ず守り抜く。

 

「お姉ちゃん?・・・・どうしたの・・・・?」

 

ぎろりと鋭い視線をしている楯無に怯えた様子で声を掛けてくる。どうにも秘めていた決意や闘志が簪に感じ取られてしまったようだ。

だが、今から力んでも仕方がないことだ。それよりも今の雄星の状態を解決するのが先決だろう。

 

「ふふっ、何でもないわ。ほら、急いで学園に戻りましょう。雄星君が待っているわ」

 

笑って誤魔化すと、立ち上がって簪の手を取り、部屋を出ていく。

その時、ちらりと自分たちがいた薬品が散乱している部屋を見つめた。雄星は何として自分の体を元に戻したかった。

しかし、その夢は叶わずこうして虚しい結果だけが残っている。だが、それでも彼は人間だ。理由や根拠などない。だが、学園での彼の顔を思い浮かべると不思議とそう思ってしまう自分がいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

医療室には看護師らの姿はなく、静かな機械音だけが響いていた。誰もいないことを確認すると、静かに楯無が部屋に入る。

そのまま、唯一この部屋でカーテンに囲まれているベットに静かに近づいていく。

 

「はぁ・・・あぁ・・・・ううぅ、あぁ・・・」

 

カーテンをめくると、苦しげな表情をしている雄星がベットで横になっていた。

点滴で凌いでいたせいか体中がやせ細り、眠れていないのか目の下には大きなくまが出来ている。ぜえぜえと息切れも起きていて体力が限界なのは一目でわかる。

それに加え、激しい発作や暴れることを見越してか、手首や足首にバンドやベルトが巻かれており、まるで捕虜のような扱いだ。

 

「・・・・雄星君・・・・」

 

小さく彼の名前を呟くと、手首や足首に巻かれている拘束具を外して自由にさせる。これから自分がすることが正しいことなのかはわからない。だが、今の自分にはこれしかできない。

両腕を横たわっている雄星の背中に回し、そしてーーーー

 

「大丈夫、大丈夫だから・・・・・」

 

優しく抱きつく。体を密着させたことで楯無の温もりが伝わってくる。体に籠っている熱とは違って、温かく、柔らかく、優しい感覚が心身を包んでいく。

 

「・・・あ・・・・うぅ・・・・」

 

妙な心地よさを感じ、口からうめき声が漏れる。そのまま楯無の体に包まれたまま、静かに眠りについた。いままでの高熱や咳などにうなされるような苦しい眠りなどではない。優しい温もりの中で就く安心できる眠りだ。

 

「もう大丈夫よ、雄星君。もう苦しまなくていいの・・・・」

 

言い聞かせるように雄星の耳元で囁くと、布団を掛け直し静かに部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う・・・・ん・・・・」

 

奇妙な感覚を感じながら目が覚める。なんだか右手が温かく、柔らかい感触がする。目を向けてみると、水色の髪をした美しい少女が自分の右手を握りながら静かに寝息を立てて眠っていた。

少女の顔を見ていると、自分が眠りにつく瞬間に聞こえた彼女の優しくて安心する声が脳内に響いてくる。

 

「・・・・」

 

無意識に握られている手を握り返す。自分の手と違って細く柔らかい手の感触が伝わってくる。

 

「ん・・・あ、起きたの?」

 

手を握り返されたせいか、少女が欠伸をしながらゆっくりと起き上がる。

 

「ちゃんと眠れた?」

 

「・・・・はい」

 

悪い人・・・・というわけではなさそうだが、なんだか不思議な人だ。妙な親近感というか、フレンドリーな気持ちで自分と接してくる。

 

「あの・・・・あなたは誰ですか?」

 

「私?私は更識楯無。このIS学園の生徒会長にして、あなたの主人よ」

 

「主人・・・・ですか?」

 

なんだか訳のわからないことだらけだ。状況の把握に頭を悩ましていると、グゥゥゥーーと腹が大きな音を立てる。よく考えたら、栄養補給は点滴ばかりで、ここ数日まともなものを食べていない。

 

「お腹減ったの?ちょっと待ってね」

 

体を起こすと、足元に準備してあった弁当箱を持ち、開封する。そこからピーマンの肉詰めをスプーンで掬うと差し出してくる。

 

「はい、あーん」

 

「あの・・・1人で食べられますから・・・・」

 

「ダメよ。ほら、食べなさい」

 

「いや、だから1人で・・・・」

 

「食べなさい」

 

気迫のある目力をしながらスプーンを差し出してくる。この年で食べさせられるのは恥ずかしいが、断ったら断ったでひどい目に合う気がしてくる。

周囲に誰もいないことを確認すると、ゆっくりとスプーンを咥えこむ。

 

「美味しい?」

 

「は、はい・・・・美味しいです・・・・」

 

ピーマンの苦さと肉の歯ごたえが見事にマッチしている。ここ数日まともなものを食べていないからなのか、とても美味しく感じられる。

 

「はい、次は五目御飯よ。口を開けて」

 

「あ、あーん」

 

美味しい料理を食べさせてもらったからか、すっかりはじめの頃の警戒心はなくなり、餌をねだるひな鳥のように口を開けて食べ物をねだる。

そんな年相応の可愛らしい光景に楯無は笑みを浮かべた。

 

 

 

 




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