「これが被検体と対象を同室に入れた結果です。結論を言えば、非検体が対象を殺害することはありませんでした」
暗い部屋でプロジェクターが消え、明かりが灯されていく。部屋には無表情なスーツを着た男たちが、手元の資料を見ていた。
自分の作ったプレゼンに何の反応がないことに、レポティッツァ怪訝な顔を浮かべる。
「悪いが話にならないな。結局は自分の理性もコントロールできない猿のような動物になったということだろう?こんな資料映像に何の価値がある」
「我々が作りたいのは、ISを倒すことが出来る兵器と兵士だ。その人間1人殺せないのでは論外だな」
自分たちが見たのは、強姦映像だけだ。そう言い張る男たちがどれだけ低能な頭をしているのか軽く確認すると”切り札”を掲げた。
全てを超越する自分が創造した完璧な兵士の全てを。
「この映像で彼は豹変し、対象者に襲いかかりました。いままで穏やかな性格だった彼がなぜ、同室にいた少女に襲いかかったのだと思いますか?」
「豹変?あれはただの自分勝手な性行為だろ。ああやって、無理やり犯すのが実験体の性癖じゃなかったのか?」
「豹変して意識を失うまでの間、被検体の脳波、脈拍、血糖値、体温。全てが爆発的に跳ね上がり、対象を襲いかかりました。身体能力も限界まで跳ね上がり、攻撃的な性格の変化も見られます」
手元に配られた新たな資料に目を通した瞬間、全員目を見開いて驚きを表す。記されているグラフはどれも急上昇しており、人間が出来る体内環境変化とは思えない。
「ど、どういうことだ?」
「実は豹変した時、我々が被検体の脳波を通じてある命令を出しました。それは『目の前の少女を襲え』です。その命令通り、被検体は任務を遂行しました」
レポティッツァが掲げる最強の兵士の条件は3つ。
1つ目は圧倒的で最強の戦闘能力を有していること。
最強の戦闘兵器ISを倒すためには最強の兵器が必須だが、それを扱う操縦者にもそれなりのスペックが要求される。それも、ただ強ければいいという話ではない。判断力、運動性能、戦況把握。全てが人間を超越していなければならない。
2つ目はありとあらゆる環境に対応することが出来る状況及び環境対応力。
空中、水中、真空空間。優秀な兵士という者はありとあらゆる状況に対応し、どれほど過酷な環境でも変わらない戦闘能力を保ち続ける。
3つ目は変わらぬ高い士気と、司令官のどんな命令も実行する忠実さ。
さっき、被検体が愛しの者である少女に命令したら襲いかかったように、兵士が命令に『無理』や『できない』などは通じない。
優れた兵士という者はどんな命令だとしても遂行するものだ。たとえ、その結果命を落としたとしても、実行する狂気に似た思考を持ち合わせていなければ。
そして、その狂気の沙汰に満ちた士気を持つ軍隊に命令を下すのが自分だ。
先程の実験傾向を見ると、結果は上々だ。投入した薬がこの被検体と相性が良かったのか、それともただの偶然か。どちらにしても、この調子だと計画が完成する日もそう遠くないだろう。
1体でも
確かな結果と事を詳細に説明することが出来る確実な証拠。これを突き出されたら、誰もが彼女を認めざるを得ない。偶然の類だったのかもしれないが、レポティッツァはISを超える存在を見出したのだ。
「ともあれ、この被検体は貴重です。そのため我々はーーーー「失礼しますっ!!」」
そのレポティッツァの〆の言葉を遮り、この会議室に顔面蒼白な顔をしている白衣を着た男が慌てた様子で入ってきた。
「なんですか?今は会議中です。用件なら後でーーーー」
「
「・・・・何とかして対処することは出来ないのですか?」
「恐らく、投与した薬物の副作用に体が耐えきれなくなったのでしょう。進行が早すぎます。それにここまで進んでいては手の施しようが・・・・」
ここで唯一ともいえる貴重な被検体を失っては、計画のどれだけ遅れるか想像できない。やっとのことで成功したのだ、ここで失うわけにはいけない。
事態の危機を感じ取ったのか、現場がざわざわと騒がしくなる。
だが、それでもレポティッツァは余裕の態度を崩さない。成功体を作り出すことに成功したのだ。もう、他の実験体もデータも必要ない。自分には彼さえいればいいのだ。
そして彼の生きていく希望も不要だ。持ち主に逆らうことのないように、徹底的に絶望の淵に貶めておかなくては。
「緊急移植手術を行います。直ちに被検体と例の臓器提供者を手術室に運び出してください」
ーーーー
悲しい夢を見た。大きな消失感と虚しさを感じる悲しい夢を。
「ねえ、雄星」
「ん、なに?」
いつもの孤児院の食堂。隣で食事をしていた彼女が話しかけてきた。いつもとは雰囲気が違い、真剣な声のトーンだ。
「雄星は私と出会えてよかったと思っている?」
「いきなりどうしたの?そんな真剣な顔になって」
「いいから答えて。どうしても聞きたいの」
「そうだね・・・・僕に親はいない。そんな世界で君は僕を愛してくれた、肯定して信じてくれた。そんな人に出会えてよかったと思っているよ」
「・・・・ありがとう、雄星・・・・」
持っていたフォークを置くと、雄星の肩に腕を回すと抱き寄せる。いつもならば安心するはずなのに、なぜか今は寂しさを感じる。
彼女も同じように寂しさを感じているらしく、涙目になっている。
「この後ちょっと用事があるの。行かなきゃ・・・・」
「どこに行くの?僕も一緒に行くよ」
「ごめんね、雄星を一緒に連れていけないの」
残念そうにいうと、席を立って歩み始める。後を追おうとするが、なぜか体が動かない。このままでは置き去りにされてしまう、追わなければ。
「ねぇ!?」
すると、口から大きな声が出て彼女を呼び止める。続いて席を立とうとしたが、それよりも先に言葉が出た。
「どれぐらいで帰ってこれる?」
「うーん・・・わからないなぁ。・・・・だけど、私は必ず帰ってくるから、待っていて」
「わかった。僕はずっと待っている。だから、絶対に帰ってきてね」
「うん、約束だね。必ず雄星に会いに行くから・・・迎えに行くから待っていてね・・・」
声が強張り、彼女の瞳から一滴の涙が滴り落ちる。彼女がいなくなるのは寂しいが、すぐに会える。それまでの暫しの別れだ。
「じゃあね、雄星」
「うん、気をつけてね」
軽く手を振ると、彼女は食堂を出ていった。大切な人がいないのは物寂しいが、しばらくの辛抱だ。そう心の中で励ますと、再び目の前の食事に手を付けた。
「う・・・・」
寂しく、悲しい夢で目が覚める。ぼやける視界が捕えたのは大きな照明器具だ。それと同時に強い消毒液の匂いも感じる。
なぜかひどく息苦しい、体も怠い。
「ここは・・・・」
視界を動かして見ると、真っ白な壁や天井が見える。ここは何処かの手術室のようで、手術台にのせられている。自分は何かの手術を受けたのだろうか?
「ゴホッ・・・・うぅぅ・・・」
手術台から下りて周囲を見渡すが、人影はない。ただ、手術道具が辺りに散乱している。だが、今はそんなことなどどうでもいい。
あの寂しい夢を見たせいか、愛しの人に会いたくなってきた。
「瑠奈?どこ・・・」
体と心に大きな空虚感が押し寄せてくる。まるで、内臓がなくなって剥製になったような感覚だ。その辛さにたえつつ、周囲を見渡していると、さっき自分が横たわっていたのと同じ手術台があった。
シーツのようなものが被せてあり、誰なのかはわからなかったが、台から見慣れている白髪が垂れ下がっている。
「瑠奈・・・・」
台に近寄り、被されているシーツを少しめくると愛しの人の寝顔があった。大切な人がいる安心感、愛しの人がいる安堵感。それを感じながらさらにめくった瞬間、体が凍り付く。
首から下からは赤色の塊が広がっていた。得体の知れない形の肉の塊、鼻がねじ曲がりそうなほどの強烈で生臭い死臭。不思議と、ハエも飛んできている。
彼女の首から下は人間の形をしていなかった。腹を切り開かれ、内臓を抜き取られ、まるでアジの開きのように体を切り開かれている状態だ。
「ひっ!!ああ・・・・あぁぁ・・・」
恐ろしさのあまり腰が引け、その場に座り込んでしまう。その拍子に足が台にあたり、その振動で頭部が台から落ちた。
落下の衝撃で白い髪が抜け落ち、辺りに散乱する。
見たくないと思っていても視界が釘付けになり、凝視してしまう。髪に隠れて目は見れない。だが、目の前にいあるのは彼女”だった”ものなのだ。
「あ・・・あぁ・・・あ・・あぁぁぁ・・・」
目の前の光景が理解できない。人が”物”になった。自分の大切な人が"物"になった。それに対して感じたのは悲しみでもなければ絶望でもなく、たた純粋な”恐怖”だった。
ふと、自分の腹部を見てみると、胸部から下腹部にわたって大きな縫い目があった。大きな傷跡、手術跡。
自分の臓器に腐敗が進んでいたのは知っていた。自分を助けるために、救うために彼女はーーーー
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
確信した瞬間、頭を抱えて涙を流しながら雄星は泣き叫んだ。
『なんでこんなことになった?』『なぜ彼女が自分なんかのために彼女は犠牲にならなくてはならなかった?』頭の中をそんな疑問ばかりが渦巻く。
それと同時に、彼女の声が響いてきた。もう戻らないあの穏やかで暖かい日常の中で嬉しそうに自分の名前を呼んでいる。何度も何度も何度も。
結局自分が最後に返せたものは何だっただろうか。自分が最後にしたことは、感謝することもなく、礼を言うこともなく、獣のように彼女を犯し、傷つけ、凌辱したことだけだ。
「うぅぅぁぁぁ・・・・あぁぁ・・・・」
ドス黒い感情が心を染め上げてくる。自分は誰だ?自分は何者だ?何故存在している?全てがわからない。
人間ではなくなった少年がどんな心境になっていたのかはわからない。だが、心の中は大きな恐怖と"何か"が身を潜み始めた。自分を肯定できる術を無くした瞬間、心に大きな亀裂が入ったことを雄星”だった”ものは感じ取っていた。
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