IS 進化のその先へ   作:小坂井

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あけましておめでとうございます。
2017年もよろしくお願いします。


65話 日月星辰Ⅳ

瑠奈と雄星を乗せた車は人気のない港のような場所で停車した。

てっきり、自分たちの身柄の引き取り相手と待ち合わせているのかと思っていたが、そのような雰囲気は感じられない。

 

「お降りください」

 

短くそう告げられ、車のドアを開けられると警戒しながら下車する。自分たちしかいない空虚な空間。なにか妙な不気味さを感じさせる場所だ。

 

「雄星・・・・何だかーーーむぐっ!!うぅぅっ!!」

 

不安を感じた瑠奈が雄星に近づこうとした瞬間、突然男の1人が背後から口元にハンカチを押し付けて動きを抑える。

 

「瑠奈っ!?彼女を離せ!!」

 

助けようとするが、それを妨害するかのように残りの男たちが雄星を取り囲む。この時、雄星は理解した。『自分たちは騙されてここに連れていかれた』のだと。

相手の目的はわからないが、今は瑠奈を連れて逃げるのが先決だ。だが、当然ながら簡単なことではない。

 

いくら喧嘩慣れしているとはいえ、非力な雄星1人ではこれだけの屈強な男たちを相手に勝てるとは思えないし、仮に瑠奈を助けることができたところで追跡を振り切ることは困難だろう。

だが、たとえそれでもやるしかない。

 

「抵抗するなよ。悪いがお前たちには眠っていてもらう」

 

威嚇するかのように、懐からスタンガンを取りだしてバチバチと電流を放出させるが、雄星は怯むことなく男たちを睨み付ける。

 

「・・・来い」

 

その挑発と同時に男たちは襲い掛かってくる。

相手は戦闘を短時間で終わらせたいのか、真っ先に持っているスタンガンを突き出してくるが、そんなことは雄星も予想していた。

 

スタンガンを押し付けられる体の部位の芯をわずかにずらして避ける。それと同時に手首を掴み、肘をつま先で素早く蹴り上げる。

腕の関節に突然強烈な負荷が加わったことにより手首の力が緩み、スタンガンを手放してしまう。その手放したスタンガンを空中でキャッチすると、手首を掴んでいる男の腹部を蹴り飛ばす。

 

数、技量ともに劣る相手には短期決戦しかない。相手がとっさに反応することのできない足元に滑り込んで自分をとり囲んでいる男たちの包囲網から脱出し、瑠奈を抑えている男へ全速力で突撃していく。

 

「彼女を放せぇぇぇぇ!!」

 

そのまま持っているスタンガンを突き出すが、相手は捕まえていた瑠奈を乱暴に放り投げると、さっき雄星がしたのと同じように素早く手首を掴む。

まるで動きを読んでいたかのように余裕のある笑みを浮かべると、雄星の腹部に容赦のない蹴りがめり込んだ。

 

「がっ・・・う・・・ぁぁ・・・」

 

腹部から感じる強烈な痛みで肺の空気が押し出され、コンクリートに蹲ってしまう。どうやら、相手は雄星の単純な動きを完璧に予測していたようだ。

 

「ガキ相手に何を手こずっている!?さっさと捕らえろ!!」

 

荒々しい声を上がると、蹲っている雄星の体を男たちは取り押さえる。必死に抵抗するが、体に力が入らず両手首に手錠をつけられてしまう。

 

「雄星っ!!」

 

放り投げられた瑠奈が雄星を助けようと突撃するが、当然ながら敵うはずはなく、あっさりと捕らえられてしまう。

 

「腕は悪くないが、所詮子供の喧嘩だ。プロ相手には通じない」

 

吐き捨てるように言うと同時に、得体のしれない液体が入った注射針を雄星の首筋に投入される。すると、尋常じゃないほどの眠気と痺れに襲われて、動けなくなる。

 

「う・・・あ・・・・」

 

愛しの人の自分の名前を呼ぶ声を聞きながら、意識は途切れていった。

 

 

 

ーーーー

 

 

その後、気絶した瑠奈と雄星が連れていかれたのは山奥の研究施設だった。ここが何処なのかわからない。だが、寒い場所だったことは覚えている。

こんな人目のつかない場所に建てられたのだから、何かやばい研究をしていることは想像していたが、やはりそこで行われていた研究は目を覆いたくなるようなものだった。

 

この世界を支配しているIS(インフィニット・ストラトス)を超える兵器と兵士の開発。通称『ルットーレ(破壊者)』計画と命名されたデザイン・ソルジャー計画。

 

瑠奈と雄星はその実験材料として孤児院から引き取られ、連れてこられたのだ。

 

当然ながら、瑠奈も雄星もISを知っている。

今から数年前に開発された宇宙開発を目的としたマルチフォーム・スーツ。だが、本来の目的である宇宙進出は一向に進まず、有り余るスペックを持て余した機械は『兵器』へと変わってしまう。

しかも、そのISは女性しか扱えないため各国は女性優遇制度をとり、優秀な操縦者を常時募集している。

 

孤児院にもその風潮に影響された子供がおり、男子に上から目線で命令してくる女の子がいた。雄星にも命令されたことが度々あったのだが、そのたびに同じ女子である瑠奈が庇ってくれていたことを覚えている。

『大丈夫、私はISなんかで雄星を嫌いになったりしないよ』と優しく言ってくれたのだが、こんな形でISという単語を聞くことになるとは。

 

 

 

まず瑠奈と雄星には最初に実験体番号を付けられて、牢屋のような冷たく汚い部屋に押し込まれる。そこで検査と称して浣腸液を入れられて検便をされた。

異常なしと診断されると、逃げられないようになのか赤いランプが点滅している白いブレスレットのような機械を付けられて放置される。

本格的な実験は明日から始めるらしい。

 

「う・・・うぅぅ・・・」

 

先程入れられた浣腸液が強力なものだったらしく、腸がズキズキと痛んでくる。薄汚れたシーツが敷いてあるベットの上で横になるが、なかなか痛みは治まらず、口からうめき声がでてくる。

 

「雄星・・・・うっ・・・大丈夫・・・?」

 

雄星と同じように腹痛を感じているのか、腹部を庇いながら瑠奈が同じベットに入って抱きしめてくる。いつもと変わらない笑顔を向けてくるが、腹痛やこの状況だからなのか、どこか虚しさを感じさせる。

 

「お、お腹が・・・・痛い・・・・痛いよ・・・」

 

「大丈夫・・・大丈夫だから・・・・うっ・・・うぅぅ・・」

 

2人とも強烈な腹痛に襲われているはずなのだが、お互い励まし合い、何とか前向きに考えていく。そうしなくては、不安で心が押しつぶされてしまうかもしれない。

そんな絶望的な状態でも瑠奈の温もりは変わらない。それがこの世界で信じられる唯一のものなのだから・・・

 

 

 

 

 

この施設で心と体が休まる時間帯などない。

瑠奈と雄星のいる部屋にはカレンダーや時計もない。まさに外の世界から途絶された空間といえるだろう。

 

毎日昨晩の薬物実験とデータ収集で疲れ果てて寝ていると、突然白衣を着ている人間が部屋に入ってきて瑠奈か雄星を連れていく。

そのたびに片方が『やめて!!』と必死にお願いするが、無情に突き放されて強制的に連行されていく。

 

その昼も夜も関係なく、真っ白の空間で毎回たくさんの注射を打たれる。それがどのような薬品なのかはわからない。

ただ、打たれたら体中が燃えるように熱く感じるものや、尋常じゃないほどの痒みを味わうもの。中には一時的に自分が誰なのかわからなくなったこともある。

そんな得体の知れないものを体の中にいくつも注入され、数時間の観察の末に部屋に連れ戻される。

 

この薬物実験も恐ろしいが、本当に恐ろしいのはこれから数時間後だ。打たれた薬物の後遺症が一斉に出始める時間帯。

疲れて寝ていると異常なまでの発熱と発汗、そして頭痛と吐き気で目が覚める。

 

瑠奈は薬物の後遺症や影響はあまり受け付けない体質らしく、声を上げて苦しむことはなかったが、雄星の苦痛の叫びを聞いていると『なんで自分は苦しんでいないんだろう』という自己嫌悪に陥る。

だが、いくら頑張っても瑠奈が雄星の痛みや苦しみを肩代わりすることなどできない。

 

今の瑠奈ができることなど、抱きしめてあげることと実験の影響で動けない雄星に食事を食べさせてあげるだけだ。

腕が麻痺して食器が持てないときは自分が食べさせ、食べ物を噛むことすらできない時は、自分が代わりに物を噛んで唾液で液状にして口移しで雄星の喉に流させる。

 

ここでは人の死に対する水準が低い。

実験中に死ぬことなんてざらだし、自分たちと同じ実験体同士での争いやトラブルで死んでしまうことなど日常茶飯事のことだ。

 

そのたびに死体袋が運び出され、知らない子供が入ってくる。たとえ、自分が死にそうであったとしても誰も助けてくれない。

雄星は自分が支えていくしかないのだ。そしていつか2人とも生きたままこの悪魔の施設から逃げてみせる。

 

だが、瑠奈のその夢とは反対に雄星の薬の後遺症は日に日に悪化していった。

体の麻痺や嘔吐といった症状が同時に起こり、日頃から胸が締め付けられるような苦しみと頭が割れるのではないのかと思うほどの頭痛も感じている。

 

「ぐぅぅぅ・・・あぁぁぁ・・・・」

 

「雄星・・・・雄星・・・・」

 

表情を歪め、口から低い唸り声がでる。だが、この時瑠奈は知らなかった。

この苦痛は雄星の体に薬が馴染んできている(・・・・・・・・・・・・)証拠だということを。そして、雄星の体に『破壊者(ルットーレ)』が宿りつつあることを。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

永遠に続くと思われていた地獄の日々。その日常に変化が起こったのはここにきて半年ほど経った頃だった。

この日もいつもと変わらずに、ベットの上で弱っている雄星を抱きしめていた。

すると、白衣を着た男が部屋のドアを開けて入ってくる。

 

「な、なに・・・・?」

 

いつも実験場に連れていかれるときは、複数の男たちが部屋に来るのだが、今日はなぜか1人だけだった。しかも、息を荒々しく乱しており、どろっと濁った眼は瑠奈を見ている。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・うぁぁぁぁ!!」

 

「嫌っ!やめてぇぇ!!」

 

すると、突如、男は雄星を吹き飛ばして瑠奈に襲いかかる。

研究者がこのように被験者に手をだすという行為は前々からあったことだ。この刑務所のような施設に閉じ込められてストレスが溜まり、そのはけ口として被検体に手をだすことは。

 

殴る蹴るなどの暴行をされることもあれば、服を破りレイプ紛いのことをして犯すこともある。どうやら、この男はサディストらしく、まだ悲鳴や抵抗するほどの気力や元気がある瑠奈に目をつけたらしい。太い腕で首を絞め、苦しげな表情をしている瑠奈を満足そうに見ている。

 

そのまま着ていた病衣のような服を強引に破って、瑠奈の白い肌を露出させる。すると、さらに虐待心をくすぐられたのか、男はさらに息を荒々しく乱して襲いかかる。

 

「暴れるんじゃねぇ!!大人しくしろ!!」

 

「ぐっ・・・瑠奈を放せ・・・・やめろぉ・・・」

 

吹き飛ばされた雄星が痛む頭を押さえながら、瑠奈を掴んでいる男の腕に食らいつくが、所詮は子供の微力な力に過ぎない。

 

「邪魔すんじゃねぇクソガキが!!」

 

「ぐっ!!」

 

食らいついていた腕を振りほどくと、手首に付けていた金属の腕時計で思いっきり雄星の額を殴りつける。そのせいで再び吹き飛ばされて地面に這いつくばる。

その時、腕時計で思いっきり殴られたせいなのか、おでこから血が流れ、視界を赤く染め上げていく。

 

「やめて!!やめてぇぇ!!」

 

「ぐへへへ・・・・ふへへへ・・・」

 

服をはぎ取り、晒された白い裸体。それを愛でるかのように全身に手を這わせていく。いくら悲鳴を上げても男は体を撫でまわすのを止めない。

それどころか、瑠奈の頬をべろりと唾液の付いた舌で下劣に舐める。

 

「る、瑠奈ぁぁ・・・!」

 

「雄星!こっちに来ちゃダメ!!離れて!私は大丈夫だから!!」

 

床に這いつくばっている雄星に必死になって叫ぶがまともな抵抗もできておらず、されるがままの状態だ。

ボロボロに服を破られ、着ているというよりまとわりついているといった格好にされて首筋や胸、腹部を舐めまわされている。

 

「ふざけんじゃねぇ・・・」

 

目の前で大切な人が凌辱され、傷ついているというのに何もできない自分に怒りが出てくる。このまま瑠奈が苦しんでいるところを指をくわえて見ていろというのだろうか。

 

「ぐっ・・・・ぅぅぅ・・・・」

 

無力な自分、そして瑠奈を傷つけている研究員の男。それに対しての怒りで心が埋め尽くされたとき、脳内に声が響いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

『殺しちゃえよ』

 

 

 

 

 

 

どんな声なのかはわからない。男のような声でもあるし、女のような声のようにも感じられる。そんな得体の知れない声が悪魔の言葉を囁く。

 

 

 

『自分の大切な人を傷つける。ならば、あの男は”敵”だ。お前が倒すべき存在だ』

 

 

・・・・自分が倒すべき存在。殺すべき相手。

 

 

『あんな人間、生きていてもいなくても何も変わらない。そんな人間がお前の大切な人を傷つけているんだ。ならばやるべきことは決まっているだろ?何を迷っている』

 

 

・・・・自分のやるべきこと・・・・それは大切な人を助けることだ。瑠奈は今苦しんでいる、助けなくちゃ。

 

 

『そうだ。”敵”を滅ぼせ、倒せ、消せ、潰せ、壊せ、叩きのめせ。そしてーーーー』

 

 

そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せ」

 

 

その言葉を口にだした瞬間、雄星の中に植え付けられていた”種”が芽吹いた。

心の中で恐れや恐怖というものが消え去り、血のように紅くて残酷な殺意がまるで真っ白なパレットに絵の具を垂らしたように心を染め上げていく。

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

 

目が紅く染まり、殺意に支配された雄星が獣のような雄叫びをあげて、瑠奈に体に覆いかぶさっている男の首を掴むと、子供とは思えないほどの強い怪力で引き離す。

そのまま、仰向けに倒れた男の腹部に跨ると細い腕で首を絞め上げる。

 

「がっ・・・あぁぁ・・・」

 

男の口から肺の空気が漏れて、目の瞳孔が開いてくる。自分を本気で殺しに来ていると理解した男は、自分の首を絞めてる雄星の腕を必死に引き離そうとする。

どんなに強い力で締め付けてこようと、子供と大人の力では勝てるはずがない。

 

それを表すかのように、ゆっくりと雄星の腕が首から離れていく。

 

「この・・・が、ガキがぁ・・・・」

 

ヒューヒューと荒く呼吸をしながら自分に跨っている雄星を睨みつける。自分を見つめるその紅い瞳は殺意以外感じられない。

 

このまま引き離すことが出来ると思った瞬間、突然雄星が掴まれていた両腕を振りほどくと、素早く男の着ていた白衣の胸ポケットに仕舞われていたポールペンを引き抜くと、そのまま男の喉に刺しこむ。

 

「ぐがっ・・・あっ・・・あぁぁぁ・・・」

 

突然、男は呼吸困難になり、脳が混乱する。

それと同時に体中に危険信号を送り、自分の喉にボールペンを刺している腕を強靭な握力で握って引き離そうとするが、雄星は更に力を込めてポールペンを侵入させていく。

 

男の握力で爪が腕に食い込み、血がでるが雄星は力を一切緩めない。ジタバタと乗っている体がもがき、抵抗されるがバランスを崩すことなく腕に力を込める。そして

 

「死ねぇぇぇぇっ!!!!」

 

その叫び声とともにボールペンが半分ほど埋め込まれ、完全に男の命を絶命させた。自分を腕を絞めていた男の握力もなくなり、ボールペンが刺しこんである喉から少量の血が噴き出す。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

荒く息を乱しながら雄星は紅き瞳でゆっくりと瑠奈を見る。

今の雄星は瞳が紅く輝き、額からは血が流れ、服も喉から噴き出した血で所々汚れている。それに雄星はさっき人を殺した。愛しき人の前で。

 

「雄星・・・・」

 

それでも瑠奈は雄星を抱きしめる。瑠奈の服はほとんど破られ、全裸に近い格好だ。そのせいか、瑠奈の体温がよく感じられる。

 

「ごめんね・・・・ごめんね・・・・雄星・・・」

 

ひたすら瑠奈は雄星の耳元で謝罪の言葉を言い続けた。

この地獄に雄星を招いてしまったこと、なにも力になれなかったこと、そして自分のせいで大きな悪と罪を背負わせてしまったこと。

 

「お、お姉ちゃん・・・・・ごめんなさい・・・」

 

2人は必死に謝罪の言葉を言い続けた。互いに自分の罪の贖罪と裁きを求めるように。その言葉の言い合いは異常事態を知らされ、研究員が来て瑠奈と雄星が引き離されるまで続いた。

 

不思議と普段感じていた頭痛と吐き気は収まっていた。

 




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