正直言って失踪しようかと思ったことは何度かあったのですが、この小説も私もゴキブリ並みの生命力でダラダラとやってきちゃいました。
こうして続けてこれたのもこの小説を見てくれている皆様あってこそです。ここまできたら私も完結を目指して頑張っていくので応援よろしくお願いします。
親の再婚や養子の受け入れなどで、血の繋がっていない姉が出来るということは世の中珍しいことではない。
昔は血縁を持っていなければ家督や財産を引き継げないといった事情があったらしいが、急速に愛が失われつつあるこの時代ではそんなものなど関係なく、皆都合があることだし奇妙な関係を持って生きていくのも悪いことではないだろう。
たとえその関係が紛い物や偽りであったとしても。
「はい、雄星あーん」
「あ、あーん・・・・」
朝食の食堂。
そこで満面な笑みを浮かべた白髪の少女と、それとは正反対の黒髪の少年が苦笑いを浮かべながら少女の突き出されたスープが掬われているスプーンを咥えてた。
「ふふふ、美味しい?雄星」
「う、うん・・・美味しいよお姉ちゃん」
「もう、雄星は可愛いわね~」
可愛らしい笑い声をだすと、瑠奈は雄星の頭を優しく撫でる。当然だが、この孤児院の食堂には他の子供がいる。
周囲から異物を見るような視線が突き刺さるのだが、目の前の
この前に瑠奈の弟になってから瑠奈の雄星に対する愛情が一気に爆発し、周囲の視線を気にすることなく、部屋にいる時も公衆の面前でもこのような痛々しいまでのブラコンを見せつけるようになった。
まず手始めに雄星の部屋に引っ越してきては『今日からこの部屋は私たち姉弟の部屋よ』と高らかに宣言すると、頻繁に抱きついてくるようになってきた。
おまけに、雄星は普段寝るときは二段ベットの一段目のベットで寝ているのだが当然のように雄星と同じベットに潜り込んできては抱き枕のように抱きついて、一緒に寝てくる。
しかも、起床時は頬におはようのキス付きだ。別に嫌というわけではないが、姉弟の間でここまで頻繁にキスをするものなのだろうか?
それに加えて、瑠奈のキスは姉弟での愛やスキンシップ以上の深い何かを感じる。
「雄星?どうしたのぼーとして」
「え・・・いや、何でもないよ。気にしないで」
「調子でも悪いの?それとも今朝のおはようのチューが足りなかったかな?」
「大丈夫だから顔を近づけてこないでよ。皆見てる」
どうにも、今の現状を信じることが出来ない自分がいるのかもしれない。今までずっと1人だったのにこうして家族ができて、自分を愛してくれている人間がいる。
それがここまで温かくて安心するとは。
「家族か・・・いいな・・・・」
小さく呟くと、口角が僅かに上がり笑う。その笑顔は今までの得体の知れない不気味なものではなく、年相応の無邪気で可愛らしいものだった。
ーーーー
女性というものは気になる男性の前だと髪をかき上げる仕草をするという話を聞いたことがある。
これは異性の前で髪の臭いを嗅がせて誘惑しようとしているかららしく、少しでも自分の魅力を相手に伝えようとしているのだ。
だが、それは自分を”異性”として見ている相手に通じる手段だ。そのため、あまりにも身近すぎる存在だといくら自分が魅力的な動作や仕草をしても、伝えたいことやメッセージが届くことなく空振りしてしまうことがある。
自分の思いを伝えたい人が身近な人であれば、それだけ自分の思いを伝えるチャンスがあると思うかもしれないが、あまりにも身近すぎる存在だと思い通りにならないこともしばしばある。
「ただいま」
空が綺麗なオレンジ色に染まった夕方、自分と姉の部屋のドアを開けるが反応がない。いつもならば、ブラコンの姉が勢いよく飛びついてくるというのに。
部屋のベットには姉の瑠奈が体育座りをして本を読んでいたのだが、どうにも様子がおかしい。静か・・・というより雄星に反応しないようにしているようだ。
「お姉ちゃん?」
名前を呼んでみるが、やはり反応はない。これはかなり妙だ。今まで名前を呼ぶと嬉しそうに反応するというのに。
疑問に思いながらベットに腰かけて瑠奈の顔をのぞき込むが、雄星に反応することなく本の文字に目を走らせて雄星のことはガン無視だ。
瑠奈がこんな反応をしているときは十中八九怒っているときと決まっている。
人は怒った時、大声を出して怒りを忘れたり1回寝て怒りをリセットするなどの様々な怒りの解消方法があるが、瑠奈はその中で『怒りの相手をガン無視する』という特にめんどくさい対応をするタイプだ。
しかも余計なプライドがついてきており、絶対に『自分からは謝らない』というポリシーというかモットーのようなものを掲げている。
前に『今夜はお互い裸で抱き合って寝るわよ』という瑠奈のとんでもない思い付きを断った時に、本気でへそを曲げてしまったことがある。
それから雄星が謝るまでの3日ほどの期間、瑠奈は一言も発さずに雄星と生活していた。無口で雄星の世話をする瑠奈は冷え冷えとしており、まるで倦怠期の夫婦を感じさせた。
(何か悪いことしたかな・・・・?)
ここ最近の記憶を思い出すが、思い当たるものがない。となると・・・・怒っているのは自分ではなく他の人間ということなのだろうか?
そういうことなら、瑠奈とその人間との問題で雄星が口を出すことはないだろう。
そう勝手に結論づけると、入浴するためにタンスから着替えを取り出そうと瑠奈から離れたとき
「何か声を掛けてよ雄星!!」
読んでいた本を怒りに任せてベットに叩きつけると同時にベットから降りて雄星の肩を掴み睨みつける。だが、その眼差しは怒りなどではなく、どちらかというと悲しみや嫉妬が混ざったように感じる。
「お、お姉ちゃん?」
「そんなにあなたは年上の女性が好きなの!?私じゃ満足できないの!?」
「え?え?」
「私は雄星を信じていたのに・・・・こんな・・・こんな・・・・ひどい・・・・」
プルプルと震え、涙目になりながら瑠奈は何かを必死に語り掛けてくるが、さっぱり話の内容が理解できない。よくわからないが、どうやら今回も自分に非があるらしい。
いつもならば瑠奈は相手が謝るまで何も言わないのだが、そのモットーを崩すとは自分はいったい何をしてしまったのだろうか。
「悪いけど何を言っているのかわからないよ。ちゃんと説明して」
「うぅぅ・・・雄星、今日先輩の
確かに今日、ちょっとした用件でこの孤児院の先輩である美津保という女性と話をした。
彼女は瑠奈や雄星より年上の『大人の女性』という魅力にあふれている人で、瑠奈も雄星を誘惑するために彼女の作法や礼儀を真似てみたりしていたのだが、運悪く彼女と最愛の雄星が廊下で親しげに話しているところを目撃してしまった。
そこから一番最悪の想像が脳裏をよぎり、こうしてベットでいじけていたのだ。
「乗り換えるって・・・・電車やバスじゃないんだから。大丈夫だよ、僕は瑠奈を捨てたりしない。ずっと君一筋だよお姉ちゃん」
「・・・・本当?」
「うん、本当だよ。僕は君が大好き。ずっと君と一緒に居たい」
「雄星・・・」
安心した表情を見せると、瑠奈が頭を撫でてくる。相変わらずこのように変な妄想や嫉妬を表に出してしまうところは、まだまだ子供なのだろうか。
そう思うと自分だけ騒いでいたことが恥ずかしくなってくる。
「それじゃあ、僕はお風呂に入ってくるよ」
「待って雄星。私も行くわ」
「・・・・ん?」
この孤児院は浴室が男女別に分かれておらず、1つの大きな浴室があるという構造になっている。
そのため、誰が入浴するかの時間帯を決めて交代で入るという体制なのだが、それで『私も行く』とはどういう意味なのだろうか?
「もしかしてお姉ちゃんが先に入るっていう意味?ならいいよ、お先にどうぞ」
「何言っているの雄星?私も一緒に入るっていう意味よ。変な勘違いをしないで」
当然だが、雄星の中で男女一緒に入浴するという文化はない。それに、自分は正しい常識を言ったはずなのだが、なぜ自分が間違っているという口調で言われるのだろうか。
「ほら、早くお風呂に入りましょう雄星」
「え、ちょーーー」
着替えを持つと、瑠奈は雄星の手を掴んで浴室へ向かっていく。こうなってしまった以上、いくら抵抗してももう遅い。これは瑠奈の中で決定事項なのだ。ローマ帝国の皇帝のように彼女が1度出した判決や意見を覆す方法はもうない。
ーーーー
「ほら、早く脱ぎなさい」
「う、うぅぅ・・・」
脱衣所で既に裸となった瑠奈と、服を脱ぐことに躊躇し中々下着を脱げないでいる雄星の膠着状態が続いていた。
異性の前だというのに瑠奈はタオルで体を隠すことなく、雄星の前で発達途中の胸や局部の外性器などの全てを晒していた。
「は、恥ずかしいよ・・・・」
「私だって恥ずかしいわよ。だけど姉弟でお風呂に入るのは普通のことだし、もう2度と浮気をしないようにあなたに私の体の魅力を徹底的に教えなきゃいけないの」
「う、浮気なんかしてないよ・・・・」
「問答無用っ!もう勘弁しなさい!」
じれったさに我慢できなくなったのか勢いよく雄星に近づくと、パンツを強引にずり下して脚から引き抜かせ、手を取って浴室へ連れていく。
互いが裸という状況に興奮しているのか、瑠奈がかすかに笑みを浮かべながら、太ももを擦り合わせた。
少年ーーー今の雄星は瑠奈という姉がいるが、普通の姉弟関係というものを知らない。
そんな雄星に瑠奈は『私が姉弟関係を教えてあげるから安心して』と言ってくれたのだが、その姉弟関係を知らない雄星であっても『それって本当に姉弟関係でやることなのか?』と疑問に思うことが多々ある。
この孤児院にいる子供が少ないからなのか、浴室は一般家庭の浴室より少し大きめぐらいの広さしかない。それでも2人が入浴するには十分な広さだ。
「ほら、動かないで雄星」
「ご、ごめんなさい・・・」
自分の白髪とは正反対の色をしている雄星の長い黒髪をシャンプーで優しく丁寧に洗っていく。当然だが、今まで瑠奈と一緒に寝ることはあっても一緒に入浴したことなどない。
人に髪を洗われるという経験は皆無だったため、気恥ずかしさや嬉しさが混じった何とも言えない気分になる。
耳の裏も丁寧に洗い、泡をシャワーで洗い流す。
そのまま、雄星の背後に回って体を洗うためにボディソープを手に付けるが、なぜかその手をタオルではなく自身の体にこすりつける。
「ひゃっ・・・・」
そのまま、背中に体をこすりつけて背中を洗っていく。まだまだ未発達とはいえ、膨らみかけの胸の固くなっている先端の突起を当てられて裏返った声が出てしまう。
「る、瑠奈・・・・?」
「大丈夫、私に任せて」
耳元で優しくささやかれてボディソープを再び手のひらにつけると、わきの下に通して雄星の胸部に手を当てる。そのまま、体を上下にスライドして自身の胸で雄星の背中を洗っていく。
浴室で誰も入ってこない2人だけの状態で、大胆な気持ちになっているのかいつもより過激な動作をしてくる。
「んっ・・・んっ・・・あ・・・ぁ・・はぁ・・・ンぁ・・・・」
むずがゆい感覚を瑠奈も味わっているらしく口から途切れ途切れに声が聞こえてくる。それと同時に、妙に甘ったるい香りもしてきた。これが女の匂いというやつなのだろうか。
「はぁ・・・はぁ・・・ほら、綺麗になったわ・・・」
息を切らしながら小さく囁くと、雄星を湯船の中に座らせて彼の胸に背中を当てる形で瑠奈も座る。背中を胸に密着させたことにより雄星の心臓の鼓動が伝わってくる。
それは瑠奈が好きな感触だ。
「お姉ちゃん・・・さっきのは・・・・?」
「この前見た雑誌に載っていたの。気持ちよかった?」
「う、うん・・・」
恥ずかしそうに顔を逸らすと腕を瑠奈の腹部に回して抱きしめて互いを求め合う。瑠奈も雄星もお互いが大好きなのだ。
それを確認できるだけで2人は嬉しい。
「ねえ、雄星・・・」
「なに?」
「雄星は・・・将来結婚したいと思ったことはある?」
「け、結婚?」
「ええ、ずっと好きな人と一緒に居られるの。一緒に暮して子供を作って家族になる。とても素敵なことだと思わない?」
唐突な質問に暫し脳がフリーズする。
こんな名前も可愛げもない自分なんかが家族をもつ?あまりにも現実離れしていることだ。
「無理だよ・・・僕を好きになってくれる人なんかいるはずがない・・・・」
「・・・・私じゃダメ?」
腕を振りほどくと瑠奈は膝立ちになり、背後にいる雄星と向かい合う。膝立ちになったことによって顔から胸、腹部、下腹部、股と全てが彼の眼前に晒されている。
その体勢で必死な懇願を感じさせる瞳で見つめてくる
「私があなたの傍にいちゃダメ?」
「・・・・お姉ちゃん?」
恥ずかしいのか、それとも湯気でのぼせているのか顔が赤く呆けている。そのまま、雄星の首筋に指を這わせてきた。
目の前には芳紀ともいえる美貌の少年が自分の体を見ている。
初めは暗い印象で異彩を放つ存在だったが、今は自分を愛しき人として求めてきてくれている。
最近は雄星の美貌を他の女の子たちも気づいてきており、密かにアタックしてくるが雄星は既に自分の物なのだ。
自分と雄星の間に他の女が入り込む隙間などない。
「私は雄星のことが好き、弟としても異性としても。雄星は私のこと・・・好き?」
「僕も大好きだよ・・・・お姉ちゃんのことが大好き。君のためなら全てを捧げてもいい・・・・。僕の体と心は君の物だよ・・・・」
「雄星・・・・」
自分は弟を見捨て、彼に迷惑な愛情を押し付けていたのは知っているのに、こんなろくでもない小娘を彼は必要としてくれている。
彼に出会えて、触れ合うことができて良かった。そして背負った罪に負けずに今日まで生きていて本当によかった。
「雄星・・・動かないでね・・・・」
首筋に這わせていた手で顎を少し上に掬い上げて自分の顔に向かい合わせる。そのまま、赤い顔を近づけーーー
「じゅぷっ・・・・れろ・・・」
瑠奈の唇と雄星の唇を押し付けて濃厚なキスをする。
今まで頬や額にキスをすることはあっても、こうして唇と唇を合わせる大人のキスは初めてだ。これで、もはや姉弟間の遊びとは言い訳できない。
「ジュル・・・っ!ちゅぷっ、ぢゅちゅっ・・・んっ!・・・あぁ・・・」
唇だけでは物足りないと思ったのか、瑠奈が雄星の口内に舌を侵入させてきては激しくかき回してくる。
今まで味わったことのない快楽と興奮に背筋が震えてしまうが、意識が流されないように涙目になりながら必死に舌を絡ませて抵抗する。だが、今の瑠奈にとってその抵抗すらも愛おしさを感じさせるものだった。
「可愛い・・・雄星、あなたは本当に可愛いわ・・・」
雄星の口角から垂れているお湯が混じっている唾液を舌でなめとると、さっき自分がしたように雄星の手首を掴むと自分の首筋に指を這わせる。
「私の体・・・どう?」
「き、綺麗だと・・・思うよ・・・」
いつも一緒に居る瑠奈なのだが、ここまで間近で裸体を見たことがない。シミ1つない彼女の白髪に似た白い体は綺麗で可憐で美しいものだ。
自分の体に見とれている雄星の指を首筋から下に移動させていく。
首筋から膨らみかけの胸へ、胸から引き締まった腹部に指を這わせ、腹部から少し下の下腹部へ移動させて優しく撫でる。そして下腹部からーーーー
「ん・・・あっ・・・」
神聖な女性の証を指で擦られて、体がビクッと震え、口から色気のある声が出てしまう。恥ずかしさのあまり、自分の体を今すぐにでも隠したい衝動に襲われるが、彼はこれから生涯を共にする大切な伴侶。
雄星の前では自分の体も心も全てをさらけ出さなくてはならない。
「んっ・・・見て、こ、ここから将来私と雄星の赤ちゃんが生まれてくるのよ?・・・はぁ・・あっ・・・き、綺麗でしょ?」
「こんな狭い入り口から生まれてくるんだ・・・女性の体ってすごいんだね・・・・」
さらっと子供を産むという妊娠願望を言ってしまってるのだが、瑠奈の裸体に見とれている雄星には耳に入ってこない。ひたすら子供が生まれてくる入り口に指を這わせて、喘いでいる瑠奈の反応を見ている。
「きゃっ・・・そ、そこは違う穴よ。もう少し下を触って」
「ご、ごめんなさい・・・」
「ふふっ、いいのよ雄星、もっとたくさん触って私の体を知ってね。・・・・じゅるる・・・ぢゅっ、れろ・・・じゅるっ・・・・」
そして再び雄星に唇を合わせると、舌を侵入させて濃厚なディープキスを味わっていくのであった。
ーーーー
彼ーーー雄星と出会ってどれだけの月日が経っただろうか。
大切な弟にして愛おしい恋人。これから一緒に生きていくと意識しては、互いを求めながら流れていく穏やかな日常。
だが、別れや終焉というものは突如訪れるものだ。
本来、必ず訪れるはずの終焉の日。だが、雄星とずっと一緒に居るために瑠奈はその宿命に抗い抵抗した。それが最悪の終焉に続く選択肢だということを知っていたら、こんな後悔など味わうことはなかったかもしれない。
「小倉瑠奈。君はこれから我々の主が養子として引き取ります。直ちに荷物をまとめるように」
突如、瑠奈を養子として引き取りたいという人間が現れたのだ。
孤児院は子供の保護施設であるが、家というわけではない。そのため、子供を引き取るという人間が現れたのならば、厄介払いとして子供を引き渡す。
いくら子供が『嫌だ』と拒否しても、『何を贅沢を言っている』と叱られて拒否権はない。
「雄星・・・」
当然だが、雄星は瑠奈の傍から離れたくないし、瑠奈も雄星が居なくなってしまうことなど耐えられない。だが、それでも従わなくてはいけないのだ。
「雄星・・・どうしよう・・・」
部屋で荷物のまとめを手伝っている雄星に瑠奈の泣きそうな声で縋りついてくる。何とかしてこの孤児院に残れる方法を模索するが、いくら考えてもこの状況を覆せるアイディアが思い浮かばない。
瑠奈の荷物が詰まったトランクの上で拳を力強く握りしめる。
「私は雄星と離れたくない・・・・どうしたらいいの?教えて・・・・」
「くそ・・・どうしたらいい・・・どうしたら・・・」
相手が悪人ならばまだ何とか出来たのかもしれないが、瑠奈を引き取るような絶大な権力を持っている人間が相手では瑠奈や雄星のような非力な子供が意見を覆すのはほぼ不可能だ。
いっそのこと、瑠奈を引き取ろうをする主と向かい合って『瑠奈を欲しかったら僕を倒してからにしろ』と宣戦布告でもするべきだろうか。
「こら、瑠奈。既にあなたの引き取り相手が来ています。はやく正面玄関に行きなさい」
まともな案が思い浮かばないまま、マザーが部屋にやってきて瑠奈を部屋に連れ出す。面倒な子供がいなくなってくれて少しでも維持費や経費が浮くのが嬉しいのか、顔には微笑が浮かんでいる。
そんなマザーを睨みつけながら、雄星も見送るために共に部屋を出ようとするがマザーに肩を掴まれる。
「雄星。あなたは部外者でしょう。関係ない人間は部屋の中でーーーーいたたたたっ!!」
雄星を部屋の中に押し戻そうとした瞬間、肩を掴んでいた腕の手首を強烈な握力で握りしめる。相手が女性だとか日頃世話になっているだとかなど関係なく、その痛みと行動からは『邪魔をするんじゃねぇ』と怒りと殺意が混じったメッセージが込められていた。
通路で蹲りながら痛む手首を押さえているマザーを置いて、瑠奈と雄星は玄関で靴を履いて正面玄関に出る。外には既に黒い車とガードマンらしき黒服の男たちがおり、瑠奈の受け入れの準備はできていた。
「っ・・・・お姉ちゃん・・・・その・・・元気でね・・・・」
近くにいる瑠奈にすら聞こえるかどうかの弱弱しい声で別れの言葉を口にする。それが聞こえたのか、繋いでいた手をギュッと握りしめる。
「小倉瑠奈さんですね?では車にお乗りください」
黒服の1人が車のドアを開けて中に瑠奈を誘う。荷物のトランクを車内に置き、そのまま足を掛けた時ーーー
「っ!!」
突如、体を反転させて雄星に向かって全速力で走ってくると、力強く抱きしめる。
「お、お姉ちゃん・・・?」
「お願いします!!この子も私と一緒に連れていってください。私の大切な弟なんです!!」
瑠奈が必死な懇願を叫んで、周囲が唖然とした反応をする。
この孤児院に残ることができないことはわかった。だったら、自分と一緒に雄星を連れていけないのかと瑠奈は考えた。
とはいえ、可能性は限りなく薄いだろう。
相手はペットの衝動買いなどではなく、1人でも手間や費用がかかる人間なのだ。1人引き取った時と、2人引き取った時では大きく費用も違う。
それでも、これが最後の望みなのだ。
「お願いします!!」
長い白髪を振り回して勢いよく頭を下げる。すると、このままでは埒が明かないと思ったのか、黒服の1人が『主に問い合わせてみますので、待っていてください』と言い、携帯電話を持って車内へ入っていく。
「瑠奈・・・・」
「大丈夫・・・大丈夫から・・・安心して・・・」
それから10分ほど経った頃だろうか。車内から携帯電話を持った男が出てきて瑠奈と雄星の前に立つ。
「主に問い合わせてみたところ、もう1人だけなら引き取ってもいいと返事をもらいました。あなたもすぐに準備をしてください」
「瑠奈っ!!やったぁ!!」
「雄星っ!!」
思いもよらない朗報に2人は笑顔を浮かべながら抱き合う。まだまだ2人は一緒に居られるのだ。そう思うと心の中が喜びと希望に満ち溢れてくる。
自分を引き取ってくれる者の家で2人仲良く暮らしていく。自分の幸福を雄星にも分け与えることができたと当時の瑠奈は思っていたが、非情にも現実は思惑とは真逆の結末を迎える。
この行動と選択を瑠奈と雄星は一生悔やんで行くことになることを、まだ誰も知らない。
評価や感想をお願いします