IS 進化のその先へ   作:小坂井

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今年もよろしく残りわずかになりました。
来年で完結できる様に頑張っていきたいです。


63話 日月星辰Ⅱ

この人類で男女間での友情は存在するのだろうか?

野生で仲の良い雄雌の動物は、大抵発情して交尾中か夫婦かのどちらだろう。それに夫婦では夫婦愛はあっても互いに友情愛はない。

 

だが、人類には複雑な友情表現があり、それと同じぐらいに複雑な愛情表現がある。

人類なら男女間での友情も成立させてくれるような気がするが、果たして目の前にいる少女は自分に友情表現と愛情表現のどちらを向けてきているのだろうか。

 

 

 

昼下がりの午後、少年はタブレットに向かって難しそうな表情をしていた。今少年がタブレットでしているアプリは、人工AIのレベルが最高難易度のチェスだ。

元は世界チャンピオンの戦い方を真似て作られたせいなのか、なかなか相手の行動が読めなくて一筋縄ではいかない。

 

だが、今はその人工AIとは別に、思い通りに動いてはくれない人物が隣にいた。

 

「うーん・・・ここで女王(クイーン)を動かすと、相手の騎士(ナイト)が上がってくるよな・・・」

 

「ねえ、雄星!」

 

「だが、こっちの僧正(ビショップ)をやらせるわけにはいかない・・・どうしたら・・・」

 

「ちょっと聞いてる雄星!?」

 

「ここで歩兵(ポーン)を出したらーーー」

 

「ゆ・う・せ・い!!」

 

「うるさいな!!何だよ!?」

 

さっきから隣で大きな声を出している少女ーーー瑠奈に雄星は怒りの混じった怒鳴りつける。

脳をフル回転させて集中していたのに、彼女の声で完全に途切れてしまった。なんだか集中だけでなく、やる気もなくなっていっているような気がする。

 

「そんなつまらなそうなゲームなんてしてないで私と遊ぼうよ」

 

「・・・はぁ・・・わかったよ・・・」

 

タブレットの電源を切って放ると、立ち上がる。

出会った当時は肩に頭を乗せて、互いに静かにしていただけだというのに、最近スキンシップが過激化してこうして、隣であだ名を大声で騒ぐようにまで発展した。

どうやら『雄星』というあだ名がつけたことによって瑠奈の中で一気に親密度が急接近したらしい。

 

「今日は何をするの?」

 

「外で遊ぼうよ、雄星はずっと室内でいるからね。そんなんだともやしみたいに細くなっちゃうよ?」

 

「余計なお世話だ。それにもやしを馬鹿にするなよ、あれほど飼育が容易で食べることが出来る万能作物もないぞ」

 

「まあまあ、うんちくはいいから早く行こうよ」

 

手を取ると瑠奈はそのまま雄星を外へ連れ出していく。

自分を連れまわしている少女。こうしてみると不思議なものだ、なぜこんな自分を見てくれるのだろうか。

 

 

 

ーーーー

 

 

「ふあぁぁ・・・・」

 

その日の深夜、時計の短針が右に傾いた時間帯で瑠奈は大きなあくびをした。

皆とっくに寝てしまい、瑠奈も寝なくてはいけないのだが、彼女はずっと玄関で静かに座り込んでいた。

 

(遅いなぁ・・・)

 

今夜、雄星と一緒に寝ようと思って彼の部屋に訪れたのだが、なぜか姿がなかった。

孤児院の管理人であるマザーらにも聞いてみたのだが、なんでも雄星はこうして夜に姿を消すことがあったらしい。

 

孤児院に姿はなく靴もなくなっていたため、どこかに出かけているらしいのだが、こうして夜遅くまで帰ってこないと心配になってくる。

警察に連絡するべきだとマザーらに言ったが、どうやら彼女としても大きな問題にはしたくないらしく、『そのうち帰ってくる』と投げやりな返答する。

 

よく考えてみると、瑠奈は雄星がいつも何をしているのか知らない。薄々とは感じていたが、雄星はこの孤児院では独立した一匹狼のような存在だ。

 

誰とも関わらず、誰にも心の内面を吐露せずにいつも1人でいる。

マザーらならば、何か知っていると思って聞いてみたのだが、彼女自身も雄星のことを知らないらしい。急に居なくなったとおもったら、いつの間にか戻っており、何をしていたのか聞いても何も話さない。

 

そして奇妙なことにその雄星の周りにはなぜか、新しい服や日用品が散乱している。

この孤児院では、大抵の服やおもちゃは皆で使いまわしているのだが、なぜか彼の周りには買ったと思える新品の服や日用品があった。

 

初めはどこから盗んできたのではないのかと思っていたが、そのような騒ぎを聞かないため黙認していたらしいが、こうして夜遅くまで出歩いていることと何か関係しているのだろうか。

なにやら嫌な予感を感じとっていると、目の前の玄関の扉を開けて雄星が帰ってきた。

 

「っ・・・瑠奈・・・」

 

「雄星!!」

 

玄関で瑠奈が待っているとは思っていなかったらしく、駆け寄ってきた瑠奈に戸惑いの表情を向ける。

 

「こんなに夜遅くまでどこに行ってきたの!?心配したのよ!!」

 

「・・・・・」

 

瑠奈の必死な表情とは反対に、雄星は無表情のまま沈黙を貫いている。だが、その沈黙こそが瑠奈の疑いをさらに深めることになってしまった。

 

「雄星っ!!いったいどこに・・・・ん?」

 

問い詰めようと近寄ったら、何やら嗅ぎ慣れない臭いが鼻腔をくすぐった。日常では嗅ぎ慣れない甘ったるくて臭いがきつく、嗅いでいると頭が痛くなってくる。

 

「まさか・・・雄星っ!!」

 

「っ!!やめろ!!」

 

上着のポケットに手を入れられそうに必死にもがくと、ズボンのポケットから数枚の万円札が落ちた。本来なら瑠奈や雄星のような子供が持っているはずのない高額の金額、それを見た途端疑いが確信に変わった。

 

「まさか・・・雄星・・・・あなた・・・」

 

こんなに夜遅くになって彼は何をしていたのか。

簡単な話だった。彼は体を売って稼いでいたのだ。自分の容姿を利用して小汚い金持ち女の相手をしてチップ()を手に入れる。

雄星はそのチップ()で日用品を買っていたのだ。服に付着していた臭いは、そこの客がつけていた香水の匂いなのだろう。

 

「・・・その金は君にあげるから、このことは黙っていてくれ。皆にばれたら面倒なことになる」

 

「雄星っ!!」

 

反省の色1つ見せずに通り過ぎようとする雄星の肩を掴むと、夜遅いというのに大きな声で語り掛ける。

 

「なんでこんなことをするの!?そんなに人を頼るのが嫌!?」

 

「関係ないだろう、君に僕の生活を指図する資格なんてあるのか?ほっといてくれ」

 

「雄星っ!!私の目を見なさい」

 

肩を掴んでいる手にさらに力を入れて瑠奈は雄星の顔を見つめる。

自分の大切な人がこんなことをしていたなんて悲しすぎる。なんでこんなに彼は人をーーーーそして自分を信じることができないのだろうか。

 

「そんなに自分が嫌いなの!?雄星を私は信じていたのに!?」

 

「・・・・・」

 

「雄星っ!?「うるせぇ!!」ーーきゃっ!!」

 

自分の肩を掴んでいた手を振りほどくと、瑠奈を思いっきり突き飛ばして離れさせる。明確な拒絶を突きつけられて、瑠奈は悲しげな表情を向けてくる。

 

「なんなんだよ!?いつもいつも僕の傍で図々しく付きまとって!君は僕に何をしてほしいんだよ!?」

 

「雄星・・・・」

 

「その名前で呼ぶな!!僕は雄星じゃない!こんな存在価値のないクソガキ相手に構うな!!」

 

日頃の静かな雄星とは想像できないほどに表情と声を荒々しく乱して目の前の少女に感情をぶつける。愛や大切に思われることに慣れていないからなのか、不愉快な感覚と感情が体中を巡ってくる。

 

「君も雄星とかいう名前も何もいらない!!もうーーーっ!?」

 

そこまで言ったところで、目の前で尻餅をついていた瑠奈が立ち上がると、力強く雄星に抱きついた。怒り・・・・というより必死さを感じさせる抱擁だ。

 

「雄星・・・・そんなことを言わないで・・・・お願いだから・・・・」

 

グスッと涙交じりの弱弱しく儚くて小さい声が聞こえてる。

この少女は泣いているーーーー自分なんかのために・・・・なんで・・・・?なぜ自分なんかのために泣いてくれている?

 

「雄星・・・・私を捨てないで・・・・お願い・・・お願い・・・」

 

「っ・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・」

 

自分でもわからないだが、少年はーーーー雄星の口から目の前の少女への謝罪の言葉が小さく溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ・・・うぅぅ・・・・」

 

その後、瑠奈と雄星は部屋のベットの上で座っていた。

この孤児院では2人1部屋が与えられるのだが、相部屋相手は雄星の得体の知れない存在感に耐えられずに出ていってしまった。

そのため、今は雄星が1人で使っている。とはいえ、二段ベットが部屋の半分を取るほどの小さい部屋なのでそこまで広々としているわけではないが。

 

時刻は深夜の2時を過ぎ、部屋も電気をつけていないため真っ暗だ。そんな暗い空間で瑠奈は雄星の隣でずっと泣き続けている。

先程までの怒りは既に消え、何とも言えない複雑な気持ちが体中を渦巻いている。

 

「・・・瑠奈」

 

「・・・・なに?」

 

「小倉雄星という名前って・・・・君にとってなんなの?」

 

瑠奈が雄星という名前を呼ぶとき、とても嬉しそうな顔をする。友達相手とは思わないほどの初々しく、楽しそうな顔を。

その笑顔にはなにか大きな秘密があるように思えてくるのだ。

 

「・・・・小倉雄星っていうのはね・・・・私の弟の名前なんだ・・・・」

 

「それじゃあ、僕にその名前は受け取れない。どっちが小倉雄星なのかわからなくなってしまう」

 

「大丈夫・・・・雄星は私がこの孤児院に来る前に死んでるから・・・・」

 

この小倉瑠奈とその弟の両親は暴力を振るう人間で、毎日死んではおかしくないほどのDVを受けていた。瑠奈と雄星は何度もこの家から出ていこうと思ったが、常に監視されている状態で子供の浅知恵では逃げ出せるわけもなく何度も失敗し、その数だけ激しい暴行を味わっていた。

 

「どんなにつらい状況だったとしても私と雄星は互いを支え合ってきた。どちらかが傷ついたらもう片方がその傷を癒えるまで傍にいてあげる・・・・それが私と雄星の姉弟としての愛だったの」

 

だが、別れの日は突如訪れた。

ある日の夜中に激しく興奮した両親が刃物を持って襲ってきた。普段は殴る蹴るなどの暴力、ひどいときはバットで殴られるといった暴行だったのだが、その日だけはいつもとは違く、全身から恐ろしいほどの殺気を2人に向けてきた。

 

「このままじゃ殺されるって思った雄星が私を窓から逃がしてくれたの・・・・・だけど、2人とも逃げたら追われて連れ戻される。だから、雄星は私が逃げる時間を稼ぐために家の中に残って両親に立ち向かっていった・・・」

 

それからしばらくして血まみれの両親が家から出てきて瑠奈を追ったが、既にその時瑠奈は近くの交番に保護されており捕まることはなかった。

瑠奈の証言を元に家に警察が踏み込んだが、その時すでに遅く、家の中で全身に刺し傷を追った弟の雄星が血まみれで歪んだ表情をして死んでいた。

 

それが家庭内のDVが発覚して両親は逮捕され、瑠奈は弟の雄星という大きな犠牲と引き換えに安全と自由を手に入れてこの孤児院に入ることが出来た。

だが、喜びはなく代わりに大きな後悔と苦しみを味わい続けていた。

 

”もし、あの時弟の代わりに自分が残ったら最愛の家族である雄星は死なずに済んだのではないか”と

 

「せめて両親に雄星を殺した償いを生きてするべきだと思っていたけど、なにか危ない薬を両親はやっていたらしくて・・・・刑務所に入ってしばらく経った頃に薬のショック症状で2人とも亡くなって・・・・何もなくなっちゃった」

 

『はは・・・』と自虐じみた乾いた笑みを向けてくるが、あまりにも虚しすぎる笑みだ。

結局はこの後悔に小倉瑠奈という少女は苦しんできた。誰にも理解されず、誰にも相談できず、時は巻き戻らないと分かっていたとしても、あの時一緒に逃げて自分と雄星が共に生きている未来を想像してしまう。

 

「僕は・・・君の弟の代わりなのか?」

 

「・・・・そう・・・なのかもね・・・・」

 

今の後悔や苦悩で苦しみ続けている瑠奈には、紛い物であっても雄星という存在が必要不可欠だった。

それほどまでに小倉瑠奈という少女の心は追い詰められていたのだ。そしてその行き場のない罪のはけ口が行きついたのは、目の前の美貌を持つ少年だった。

 

結局、目の前の少年に向けていたのは友情愛でもなければ愛情でもなく、罪の贖罪場所だった。

雄星という最愛の者の名前を名づけ、一方的な愛を向ける。それが、今の瑠奈にとって罪から解放されている時間なのだろう。

 

少年のように親の顔も思い出も知らないものならばまだいい。だが、瑠奈は親の顔も家族との思い出も覚えている。

それが瑠奈を苦しめるものとなった。

 

「・・・ごめんね・・・そんな気持ち悪い感情をあなたに向けちゃって・・・・」

 

後ろめたさを感じていたのか、小さな声で謝罪するが少年の反応はない。

結局はどうするべきなのだろうか。小倉雄星という名前が瑠奈にとって大切な名前なのはわかった。だが、そんなものを自分なんかがもらっていいのだろうか。

 

「・・・とりあえず・・・もう遅いし寝よ?」

 

「・・・・うん・・・」

 

2人はベットに横たわると、掛け布団を掛ける。この部屋のベットは二段ベットだが、今は2人とも一段目のベットに共に横たわっている。

 

「グスッ・・・・雄星・・・」

 

すると、目の前の少年に許しを請うかのように優しく胸元に抱きついてきた。

いつもならば振りほどいているかもしれないが、ここで拒絶したら瑠奈の心は壊れてしまうかもしれない。

 

「ごめんね・・・・ごめんね・・・・雄星・・・」

 

小声で瑠奈は許しを言い続けた。今までの苦悩を吐露するように、目の前の少年に縋るように。やがて疲れたのか、2人から静かな寝息が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から朝日の日差しが差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてきた。外は晴天で青空が広がっている。

 

「ん・・・・」

 

昨日、泣いていたせいなのか目は真っ赤で声もかすれ声だ。いや、まだ心が弱れば涙が出てしまうかもしれない。それほどまでに、昨晩の自分が嫌になってくる。

勝手に人に弟の名前を付け、一方的で迷惑な愛情を押し付けていた。自分が情けなくなると同時に彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「あ・・・起きたんだ・・・」

 

顔を上げると、柔らかな慈愛に満ちた顔をしている少年がいた。昨日、自分が迷惑を掛けてしまった後ろめたさなのか、何と話しかけたらいいのかわからない。

 

「あの・・・その・・・・」

 

言葉に詰まっていると、目の前の少年が優しく自分を抱きしめる。昨晩、自分が彼にしたような弱弱しく儚いものではなく、柔らかく、温かく安心できるものだ。

 

「昨日はごめんね、お姉ちゃん(・・・・・)

 

「え・・・」

 

彼が発したのは自分にとって救いの言葉。自分が求めていたものだった。

 

「雄星・・・・?」

 

「何?お姉ちゃん」

 

「あぁ・・・雄星・・・雄星・・・・」

 

昨日泣き続け、もう出ないと思っていた目から涙があふれ出る。紛い物なのかもしれない、それでも彼は自分を受け止め、救ってくれるのだ。

 

「ほら、泣いてないで朝食を食べに行くよ」

 

「う、うん・・・・」

 

体を起こし、涙を拭うと瑠奈と雄星(・・)は食堂に向かっていく。

この2人は血が繋がっていない。だが、2人にとっては姉弟以上の絆と愛があるのだ。




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