IS 進化のその先へ   作:小坂井

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今回から過去編に突入します。
これまでの伏線を回収しきれているか不安ですが、頑張ります。


62話 日月星辰Ⅰ

千冬は楯無たちを連れて廃墟の中を歩いていた。今は昼間のはずなのだが、周囲が高い建物に囲まれているせいで道は日蔭となっていて暗い。

その中で、アットホームな雰囲気を放つ建物があった。

 

「ここが、あいつの育ち場所だ」

 

この廃墟区域の中では珍しい、小さな教会のような場所で千冬は足を止めた。その建物も廃墟になっていてしまい、ひどく寂れていたが、人が住んでいたような雰囲気がある。

だが、長い間人が手入れをしていなかったようで、入り口や中庭の草木は伸び放題で、建物全体からも、植物のツタのようなものに張り巡らされている。

 

まるで、どこかの幽霊屋敷だ。

 

「ここ・・・・知ってる・・・」

 

「え・・・どういう意味?」

 

楯無も簪も無論この場所に訪れるのは初めてだ。だが、簪はこの場所を知っている。いや、見覚え(・・・)があった。

 

「更識妹、お前は雄星からこの写真を見せられたな?」

 

「は、はい・・・」

 

そう言い、千冬は持ってきた鞄の中から1枚の写真を取り出し、2人に見せた。

その写真には、この建物を背景に、2人の黒髪の少年と白髪の少女が写っていた。楯無はわからないといった様子だが、簪はこの写真を前に、雄星に見せてもらったことがある。

 

まだ、雄星が男性と知らなかった頃、部屋で雄星が鞄からノートパソコンを取り出したとき、一緒に出てきたものだ。

 

「・・・・この少年が・・・・雄星ですよね・・・・?」

 

「ああ、この黒髪の少年が小倉雄星。そして、隣に写っている白髪の少女が、姉の小倉瑠奈だ。これは記念写真のようなものだな」

 

小倉瑠奈、彼の義姉。こうして改めて彼女の顔を見てみると、なんだか不思議な気分になる。

 

「ともあれだ、詳しい話は建物内で話す。ついてこい」

 

「え、建物内で話すんですか?」

 

「学園やこんな廃墟のど真ん中で立ち話をするわけにはいかないだろう。安心しろ、中は意外ときれいだ」

 

植物のツタで絡まれている門を開け、ボロボロな玄関のドアのドアノブを回し、中にはいっていく。どうやら、千冬は何度かここに訪れているらしく、慣れている様子だ。

 

「大丈夫?簪ちゃん?」

 

「う、うん・・・・」

 

不気味な雰囲気を建物をゆっくりと、並んでいく。

どこか話が出来る広い場所に案内するのかと思ったが、意外なことに、千冬は奥に進んでいくと、地下に続くらしき階段を降りていく。

 

「っ・・・・」

 

「・・・・・・」

 

暗く狭い通路を進んでいくと、千冬は1つのドアの前で立ち止まる。

 

「突然だが、お前たちは疑問に思ったことはないか?住所不明、経歴不明。仕事もしていない小倉雄星がいつも何をしているのかと」

 

これは入学した当時からのことだが、雄星は頻繁に学園から姿を消していた。

生活指導の教師が何度も注意はしていたが、適当にはぐらかし、再び学園から姿を消す。皆、何をしていたのか興味がないといえば嘘になるが、それを聞かないことが暗黙のルールとなっていた。

まぁ、聞いたとしてもあの雄星が素直に話してくれていたとは思わないが。

 

「これが・・・・今まであいつがやっていたことだ」

 

目の前のドアを開けた途端、鼻が曲がるのではないかと思うほどの強烈な薬品の臭いが鼻腔をくっすぐった。

薬品といっても、何重にも薬品の臭いが混ざった得体の知れない臭いだ。そして、部屋には小倉雄星の狂気にも似た風景がそこにあった。

 

「っ・・・・!」

 

部屋の中には数え切れないほどのフラスコや試験管、注射器などが散乱していた。床にも複雑な化学式やよくわからない計算式が書かれたメモ帳が何枚も落ちており、しまいには書く場所がなかったのか、壁画のように壁や床にも隙間なく数式や化学式が書かれている。

 

なんというか、そこは”理学”という言葉に埋め尽くされた空間だった。

 

「っ・・・」

 

「・・・なに・・・これ・・・・」

 

「言葉にならないといった様子だな。・・・・はぁ、あいつめ、ちゃんと部屋の換気ぐらいはしておけとあれほど言っておいただろうが」

 

カチッとスイッチをおすと、ブィィィンと静かな音が部屋に響く。動けずにいる楯無と簪を横目で見つつ、千冬はテーブルの上の容器や器具をどかし、椅子を持ってきて3人が座れるスペースをつくる。

 

「汚くて狭い部屋ですまないが、とりあえず座れ」

 

あまりにも現実離れした光景に戸惑いながら、ゆっくりと楯無と簪は千冬と向かい合う形で座る。

 

「あの・・・・どうしてここに私たちを連れてきたんですか・・・・?」

 

「まあ、色々理由はあるが、ここでないと話を信じてもらえないからな」

 

「これは・・・全部雄星君がやったんですか?」

 

「ああ、ここはあいつの『研究室』といったところだな」

 

「研究室?ここで彼は何を研究していたんですか?」

 

「まあ、簡単に言うと、自分が人間になるため(・・・・・・・・・・)の研究だ」

 

「「?」」

 

普通に研究したいのであれば、学校や国に雇ってもらえればいいだけの話なのだが、この異常と執念を感じさせる研究状況をみると、どうにも普通の研究とは言えなそうだ。

 

今は戸惑いと未知の感覚に怯えている彼女達でも、雄星を思い、信頼できる者だ。それを確認すると、千冬は真実を語り始めた。

自分が救えなかった小倉雄星という少年の正体と過去を。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

ーー年前

 

「ねえ・・・なんでそんな目をするの?」

 

孤独を望んだ少年に少女はそう問いかけた。明らかに自分たちとは異なる雰囲気を放つ存在。少女が彼に近づいたのは、その真意を知りたかったからなのかもしれない。

 

「・・・・別にどうでもいいだろ。構うな」

 

小さく少女に聞こえるような音量で少年は呟くが、少女は去ることなく、じっと少年の顔を見つめている。どうやら、変な興味を持たれたらしい。

 

「・・・・なに?」

 

「いや、なんか・・・君って綺麗な顔をしているなって思って」

 

「・・・・そう、じゃあ、頼むからどこかに行ってくれ」

 

手を払って追い払う仕草をするが、少女はなぜか少年の隣に座り込み、肩に頭を乗せてきた。

ここで振りほどこうと思ったが、このまま何もせずにじっとしていればそのうち飽きて消えるだろう。

 

だが、現実とは予想外の出来事が起こるものだ。

次の日も、そのまた次の日もその少女はやってきた。来ては少年の肩に頭を乗せ、何も話しかけることもなく優しく安心するような笑みを浮かべている。

 

今日も変わらない日々が過ぎるのかと思ったが、面倒な人間が来た。

 

「おい、ハツカネズミ」

 

2人の元にリーダー格らしき少年と、お付き人らしき複数の少年が来る。この少年たちは、この孤児院で有名ないじめグループだ。

親や身内から暴行などを受け、ここ(孤児院)に送られた子供たち。その中で気性が激しい者たちだ。

その激しい目つきは少年に寄り添っている少女に向いていた。

 

「あそこにある道具、片づけておけよ」

 

指さした先には、さっき少年たちが遊んでいたらしき玩具が散らばっていた。年上で体格が良いことで調子に乗っているのか、上から目線で話しかけてくる。

 

「嫌だよ、自分で遊んだんだから自分で片づけなさいよ。あと、私をハツカネズミって呼ばないで!!」

 

「はぁ?普通は年下は年上に敬意を払う者だろ?年長の言うことは従えよ」

 

その自分勝手な言い分に便乗するようにお付きの少年たちも『そーだ』や『従え』とヤジを飛ばして騒がしくなる。

こうして数を揃えて多数決になれば、何でも思い通りになると考えているのは、子供故の浅知恵というものだろうか。

 

「っ・・・」

 

自分の周囲が騒がしくなることは、少年にとって苛立ち以外のなんでもない。だんだんと頭にイラつきが蓄積されていく。

 

「おら、さっさと立てよ!」

 

少女を怯えさせようと大声で叫び、腕を掴んだ瞬間、少年の堪忍袋の緒が切れた。

 

「失せろ・・・・」

 

「あん!?」

 

小さい声だったが、少年ははっきりとそう言い放った。

視線や顔も動かず、口も必要最低限でしか動いていないが、近くのいじめ少年たちにははっきりと聞こえた。

 

「なんだお前?新入りか?」

 

ターゲットが少女から少年へと移る。年上で鋭く迫力のある目つきで睨まれるが、少年は顔色1つ変えない。

自分の大きい声や体格だけで他人を従わせてきたそのリーダーの少年は、自分を恐れない存在に激しい嫌悪感と敵対心を向ける。

 

「自分で片づけもできないような無能で自堕落な人間が、他人に命令する資格があると思っているのか?こっちはあまり笑い慣れていないんだ、笑わせないでくれ」

 

「なんだとガキがっ!!」

 

少女を掴んでいた腕で少年の胸倉を掴むと、そのまま引っ張って立ち上がらせる。周囲の子供たちもこのハプニングには気づいてはいたが、皆怯えるあまり助けようとはしない。

 

「年下が俺の命令に逆らうんじゃねぇ!!殺すぞ!!」

 

感情的で単純な思考回路だ。

自分の考えていることを正義と信じ込み、自分にとって都合の悪いことや面倒なことを否定して生きていく。そんな人間との話し合いなど時間の無駄だ。

 

「言ったよな?失せろって」

 

「あーーー」

 

怯えさせようと出した声が突如、裏返る。

自分の胸倉を掴んでいた腕を振りほどくと、目の前の顔面を思いっきり掴んだと同時に、脚を振り払い、後方へバランスを崩させる。

そのまま、いじめグループのリーダー少年の後頭部を思いっきり床へ叩きつける。

 

鮮やかで無駄のない素早い動きだった。

 

「ああぁぁぁぁ!!痛てぇぇぇ!!」

 

後頭部に大きな衝撃が直撃し、大きな苦痛に襲われ、いじめグループのリーダー少年は床で狂い悶える。

相変わらず大きな声だ。せめて、痛がっている時ぐらい、静かにしてほしい。

 

「な、なんだこいつ!?」

 

「この野郎!!」

 

仲間も少年に敵意を向けるが、少年の異常ともいえる存在感と鋭い目つきに凍り付く。そんな子供たちに少年はこう言い放った。

 

「やるか?」

 

「ひっ!!」

 

その声はいつも聞いてる脅しや威厳だけの声と根本的に違い、本気の殺意とやる気を感じさせた。

目の前にいる人物は本気で自分たちに殺し合いを挑んでいる。つまり、相手がどんなに弱かろうと、負ければ自分は死ぬということだ。

 

「ちっ・・・つまんねぇな・・・」

 

目の前の闘志ややる気のない小僧共。その光景に失望したかのように、吐き捨てるような言葉を吐くと、少年は静かにこの遊び部屋を出ていった。

 

 

ーーーー

 

 

「はぁ・・・・」

 

その後、少年はベットに寝っ転がり、静かにため息を吐いた。

さっき、なんで自分はあんな行動をしたのだろうか?後悔しているわけではない。だが、どうにも自分の行動が理解できなかった。

 

あのまま、無言でいたほうが面倒事も争いも起きずに済んでいたはずだ。あの傲慢な少年たちが目障りだったから?それとも、自分の周囲が騒がしくなったから、その元凶を潰したかったから?

 

それとも、あの少女を助けたかったから?

 

いや、それはない。あの少女と関わりはあっても、話したこともない。そんな関係で情が移るなどあり得ないだろう。

 

「ねぇ・・・大丈夫?」

 

すると、噂をすればなんとやらだ。部屋の入り口に先ほどの少女が立っていた。

 

「・・・・何か用?」

 

「その・・・ちょっと話をしたくて来たんだけど・・・・いい?」

 

「ご自由に。とりあえず入りなよ」

 

隣をポンポンと叩いて誘う。

とりあえず、入り口では話が出来ないため、少女は気恥ずかしそうにして少年の隣に座る。

 

「あの・・・ありがとう。さっきは助けてくれて」

 

「さっきって?」

 

「ほら、遊び場できた子達。あの子たちはいつも私のことをハツカネズミって呼んできてからかってくるの。ありがとう、助けてくれて」

 

少女の髪や肌は眩しいほど白い。その身体的特徴からあの少年たちにからかわれていたらしい。

だが、自分のことを何一つできないくせに、人をバカにする人間の存在価値などハツカネズミ以下だ。自分なんかと比べたことを全世界のネズミ科の動物に焼き土下座をして詫びるべきだろう。

 

「別に君を助けたわけじゃない。ただ、あいつらがうるさかったからぶっ飛ばしただけだ」

 

「素直じゃないなぁ・・・・」

 

苦笑いしながら、少女はさっきと同じように少年の肩に頭を乗せる。なんだかこうやって肩に頭を乗せられ、恋人のような状態になるのが日常化してきているような気がする。

 

「ああ、そう言えば君の名前ってなんていうの?」

 

突如、思い出したかのように少女は頭を上げ、少年の正面に向かう。よく考えてみたら、2人はまだお互いの名前すら知らなかったのだ。それでは不便すぎる。

 

「・・・・・ない」

 

「ない君っていうの?変わった名前だね」

 

「違う、名前がないっていう意味だ。僕は親に捨てられたから名前なんてないんだよ。だからここでは『君』とか『お前』とか『新入り』っとかで呼ばれている」

 

少年はここにきて日が浅い。そのため、少年は周囲から『新入り』と勝手に名付けられていた。まぁ、何と呼ばれようがどうでもいい話しだが。

だが、少女は今までの人間とは違う反応を見せた。

 

「ええー、それじゃあ寂しいよ。そうだ、せっかくだし私が名前を決めてあげるよ。いいよね?」

 

「・・・・ご自由に」

 

「それじゃあ・・・『サイカ』なんていう名前はどう?私の好きな絵本に出てくる猫の名前」

 

「・・・馬鹿にしてんのか?」

 

猫と同等の扱いや立場としか見られていないような言われ方に、少年はギロリと睨みつける。

 

「そ、そんなに怒んないでよ。でも絵本の主人公だと『エスト』っていう女の子っぽい名前になっちゃうし・・・うーん・・・あ、そうだ!!」

 

何やらグッドアイディアが浮かんだのか、少女は目を輝かせる。どうせろくでもない予感がするが、ひとまず聞いてやる。

 

「『ユウセイ』、『ユウセイ』なんてどう?」

 

「ゆ、ユウセイ?」

 

「そう、『コクラ ユウセイ』いい名前でしょ!?」

 

相当この名前が気に入ったのか、机の上からメモ用紙とペンを持ってくると、”小倉雄星”と書いて見せつけてくる。

 

「まぁ・・・好きにしたら?」

 

「ありがとう!!あ、私の名前は小倉瑠奈、よろしくね」

 

ちゃっかりと自分の姓が目の前の少女と同じになっていることに疑問を持つが、これは互いを呼び合うあだ名のようなものに過ぎない。

そこまで気にすることはないだろう。所詮、遊びなのだから。

 

「ああ、よろしく瑠奈」

 

「ふふーん、雄星~~」

 

上機嫌そうに瑠奈は少年ーーー雄星に抱きつく。なんだか一気に瑠奈に気にいられたような気がする。やはり、このあだ名現象や瑠奈を助けたからだろうか。

 

「なんか・・・一気に状況が悪化したな・・・」

 

「ん、何か言った雄星?」

 

「いや、何でもない」

 

頭を傾げながら、瑠奈は再び雄星の隣に座ると、肩に頭を預けた。

 

 




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