IS 進化のその先へ   作:小坂井

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60話 帰るべき場所へ

部屋に目覚まし時計の甲高い金属音音が鳴り響く。

時刻は朝の6時。この時間は彼女の起床の時間だ。

 

「はぁ・・・」

 

豪華な装飾や家具で囲まれた寝室。そこに置かれているふかふかなマットレスと高価な羽毛のベットの中でレポティッツァは目を覚ましたと同時にため息をつく。

彼女は朝が苦手だ。一斉に人が活動を始めるこの時間帯で今日もまた、世界中で人間同士の醜い争いが起こると思うと、鬱になる。

 

レポティッツァの考えは自己中心的な考えをしているため、別に他人がどうとは思っていない。だが、自分の周りで争いが起こって嬉しい人間はいないだろう。

ずっと仲良くしろとは言わない。せめて1日ぐらい人間は静かにこの地球で生きていけないのだろうか。

 

「永遠に夜が明けなければいいのに・・・・」

 

あの何もかもが寝静まり、静かで暗黒に包まれた時間がずっと続いていけばいいのに。子供の頃からずっと思っていたが、結局夢は叶わなかった。

そんな懐かしい願望を思いだしながら、レポティッツァはベットから出る。

 

朝はシャワーを浴びるのが日課となっている。

浴室の脱衣所に入ると、寝巻を脱ぎ捨てて生まれたままの姿となってシャワーを浴びる。

 

目の前の鏡を見ると、当然だが自分の裸体が写っている。

ふくよかな胸に肉付きの良いお尻、そして美形で整っている顔。それに加えて、大資産家を両親に持つレポティッツァは、幼い頃から様々な人間から狙われてきた。

 

時には財産を狙って、時には自分の身体を狙われ、ある時にはその両方を。

レポティッツァと婚約さえすれば、莫大な資産と美人の妻が手に入るという一石二鳥の性質が、自分を様々な汚い大人に巡り合わさせた。

 

小汚い金の亡者に、自分には何をしてもよい権利があると勘違いして、人を傷つけることも躊躇わないクズ。

そんな現実に失望し、両親に泣きつけば、いつも同じ答えが返ってくる。『お前は人を踏みつぶす側の人間だ。そんな人間が甘えるな』と帝王学に似た答えが。

 

ガンッ

 

目の前の鏡には、両親の顔を彷彿とさせる自分の顔が映っている。それを憎むかのように、鏡に向かって拳が放たれる。

 

「くだらない・・・・」

 

ーーー人も、このISなんて言う機械に支配された世界も、全て何もかもがどうでもいい。そんな自分の考えに自己嫌悪するかのように、頭を振り、長い髪に付着した水滴を飛ばすと、シャワーのノズルを止め、湯気で真っ白になった浴室を出ていった。

 

 

 

 

 

「本日の予定は?」

 

その後、使用人に身体を拭いてもらいながら、本日のスケジュールを確認する。

 

「午前はわが社での予算決案会議。その後は、明日の社交パーティーの具体的なプログラム設定。及び、報告書の記入作業です」

 

「そうですか・・・・」

 

何も変わらない日々、何もない日常。こんなことが続いていくことは前の彼女は何とも思わなかっただろう。しかし、今は大きな楽しみがある。

 

「それと追加で本日中に彼の『調整』が終わると研究員からのご報告です」

 

それを聞いた途端、今まで変わることのなかったレポティッツァの表情が大きく変わった。口角が吊り上がり、目が細められ、歪んだ笑顔へと。

 

「それは間違いないのですね?」

 

「はい、間違いありません」

 

彼を捕えて数週間が経った。今か今かと待たされ、夜も寝られない日々を味わってきた。気が遠くなるほどの時間抱いてきた願望。それが叶う、今日、この日に。

 

「彼の警備と管理は常に注意しておいてください」

 

「かしこまりました」

 

レポティッツァが彼の存在価値を例えるならば、家畜といったところだろう。

牧場にいる牛は自分の都合や事情など関係なく、自分の命が消えるその瞬間まで飼い主のために富を生み続ける。それと同じように、彼は自分のために金の卵を産み続けてくれればいい。その命が途切れるその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の様子はどうなっていますか?」

 

しばらくして、レポティッツァは自分が所有する研究室に立ち寄っていた。室内には大型の実験器具や得体の知らない生物がホルマリン漬けにされた不気味なカプセルが部屋に置かれていた。

この実験室を含めた実験器具は全て、実験体である彼のための用意したものだ。

 

「ああ、お嬢様、彼の体質どうなっているんですかッ!?」

 

入室した瞬間、研究員の代表者らしき人間が必死な形相で詰め寄ってくる。

他の研究員も、同じような様子で、部屋にあるパソコンやフラスコをいじっており、忙しそうな様子だ。

 

「なんのお話でしょうか?」

 

「とぼけないでください!!あんな生物が存在するんですか!?」

 

それと同時に、地面に散らばっているレポートをかき集めて、レポティッツァに突き出してくる。

生物学者ではないレポティッツァには、よくわからないが、書かれている心電図やグラフが用紙を突き抜け、用紙外へ突き抜けている。

 

これが示すことは、彼の身体能力は常人を超越していることだ。

 

「彼の常人とは異なる点は色々ありますが、私が驚いたのは、彼の細胞の異常なまでの”進化”です。おい、昨日やった実験結果をモニターに映してくれ!!」

 

モニターに映し出されたのは、2つの円型の気色の悪い物体が映し出されていた。

そのまま、2つは互いを引きあうように引き寄せ合う。そのまま、片方の物体がもう片方の物体を吸収し、消し去る。

 

「これがなんなんですか?何度も言っていますが、私は生物学者でも医者でもありません。あまり、専門知識を言われても困るのですが」

 

「あの映像の内、吸収した細胞は彼の体細胞。吸収されたのは『人食い』と言われる病原菌バクテリア。A群溶血性レンサ球菌です」

 

猛毒のバクテリアは、急激に増えた細胞を腐食し、体を侵食していく。本来は食われるはずの彼の細胞。そのはずなのに、バクテリアは逆に捕食された。

 

「恐ろしいことに、この細胞は取り込んだ細胞の性質を理解し、進化する。これほど恐ろしい生物がこの地球に存在すると思うと、恐ろしくて体が震えますよ」

 

一見すると、普通の少年にしか見えないが、その中身は自分の目的を達成するための生物兵器。そう、自分が作った最強の生物だ。

 

「お嬢様、答えてください。彼は何者なんですか!?」

 

研究員の問いかけを無視して、レポティッツァは実験結果のレポートを満足そうに眺めている。

 

「お嬢様!?」

 

「みなさん、もうすぐ昼食の時間です。ロビーに豪華なバイキングランチを用意しておきました。一旦研究は休憩し、お召し上がりください」

 

そう言うと、次々と室内にいる研究員が疲労困憊の様子で研究室を出ていく。缶詰状態になるこの仕事では、こういった雇用主であるレポティッツァが用意してくれる食事が数少ない楽しみとなっている。

 

「あなたもいったんお休みになったらどうでしょうか?」

 

「あっ、ちょーー」

 

研究員の声を無視して、レポティッツァは退出していく研究員達に紛れて部屋を出ていった。

 

 

 

ーーーー

 

「ねえねえ、この後の私らの仕事ってなんだっけ?」

 

豪華な装飾が飾られた廊下を歩いている2人のメイドの内、片方のメイドが呑気な声で質問した。

 

「あんた、今朝知らされたばっかよ。もう忘れたの?」

 

「仕方がないじゃない、面倒な仕事ばっかりなんだから」

 

「あんたと私は王子(・・)のお世話よ」

 

「お、ラッキー」

 

談笑をしながら、2人のメイドは階段を下り、薄暗い扉を開いた。

 

「お、いたいた。それじゃあ今日も楽しませてもらおうかなぁ」

 

そこには、体中にチューブや点滴が差し込まれ、前かがみの状態で拘束されている生まれたままの姿の1人の少年がいた。この少年ーーー小倉瑠奈がここに来たのは数週間前の話だ。

 

突然、バタバタと慌ただしく白衣を着た科学者らしき人物達が来たかと思うと、この奥深くの実験室を占拠し、引きこもっていった。

当時は何事だと思っていたが、原因はすぐに判明した。

 

自分の雇用主があの小倉瑠奈を捕獲し、この部屋に監禁状態にすることに成功したのだ。それを知られたときは大騒ぎとなり、一時はこの出来事を警察に言うべきだと意見する人間もいたが、それは自殺行為だ。

 

雇用主が絶大な権力を持っていることは当然知っていたし、もし、彼を逃がそうとしていることがばれて報復でもされたら、自分の人生など簡単に吹き飛ぶだろう。

それに、高収入であるこの仕事を辞めたいと思っている人間などいない。

 

それなら残された道はただ1つ。この事態を受け止め、楽しむことだ。

テレビで見た通り、美形で整った容姿に真っ白な肌。あまりにも可愛らしい外見をしているため、王子というあだ名がついたこの小倉瑠奈の世話係。

 

体を洗ったり、健康状態の検査という名の体の撫でまわし。どんなに文句を言われても、『検査の一環です』といえば大抵何とかなるセキュリティの甘さに加え、王子は普段は意識が消失している。

つまり自分が何しようが、文句を言うこともなく、他言することもない。そのため、一部のメイドたちから天職の状態になっている。

 

「ふふふ・・・・」

 

変な笑い声を漏らしながら、胸板を軽く撫でる。当然だが、女性とは違く、固い筋肉を感じさせるその感触を味わっただけで、そこら辺にいる処女ならば、股を濡らしていただろう。

それに続いて。腹部、下腹部と指を這わせていく。

 

「いい感触だねぇ」

 

「ちょ、ちょっと、私にも触らせてよ」

 

「うっさいわねぇ、あんたはお尻を揉んでいるからいいじゃない」

 

「お尻だと挿入されているチューブが邪魔で手の平全体で触れないのよ」

 

ワーギャーと騒ぎながらも、小倉瑠奈を弄る手は止めない。

メイドという苦労の絶えない仕事をしていれば、いろいろ欲求不満になる。小倉瑠奈を弄るのは、その欲求不満を解消する有効な手段の1つと言えるだろう。

 

「ジュル・・・・あむ・・・」

 

今、研究員は昼食中でいないことをいいことに行動はどんどんエスカレートしていき、しまいには首筋を舐める。舐めるたびに、体がビクッと震えるところがまた、興奮を高めていく。

 

「あーあー、こんな子を捕まえられてお嬢様はいいなぁ。どうせこの子とベットの上で抱き合っているんでしょう?この子に抱かれるならばいくら払ってもいいのにね~」

 

「ほら、変な妄想はいいからちゃっちゃと仕事しちゃおうよ。楽しむのはそのあと」

 

「へーい」

 

やる気のない返事をして、メイドたちは仕事に取り掛かる。

持ってきた生ぬるい水を小倉瑠奈の体にかけて濡らすと、タオルで体を洗っていく。小倉瑠奈の世話係というのは、簡単に言えば、簡易な入浴係といったところだろう。

 

「ふ~ん、ふ~ん~」

 

呑気に鼻歌を歌いながら、体を洗っていく。

普段ならば、何の問題もなく終わるこの作業だが、今日だけはちょっとしたハプニングがあった。

 

「ねえねえ、脚・・・どうする?」

 

上半身は洗い終えたが、下半身ーーー主に脚が正座のような体勢になっているため、洗いにくいのだ。

左脚は義足となっているため不要だが、もう右脚がいささか洗いにくい。

かといって、洗わなかったら怒られるのは自分達だ。

 

「どうしよっかなぁ・・・・面倒だし、手の鎖外しちゃう?」

 

そういい、手元から鍵の束を出す。小倉瑠奈の世話係は担当として、監禁部屋の鍵をよくわからない鍵の束と共に渡されていた。

 

「確かこの鍵が・・・あっ、外れた」

 

鍵を、腕の拘束されている手枷の鍵穴に差し込むと、カチャッという音をたてて外れる。

 

「よし、じゃあ仕事をーーーーおごぉ!!」

 

そう言った瞬間、昏睡状態であるはずの小倉瑠奈の目が開き、外れた腕がメイドの腹部に食い込み、吹き飛ばされる。

 

「え!?ちょっーーー」

 

もう片方のメイドも言い訳や抵抗する時間もなく、鎖につながれた左脚の容赦のない膝蹴りが腹部に食い込む。おまけに左脚は義足のため、尋常ではないほどの衝撃を受ける。

そのまま、肺の中の空気を吐き出し、吹っ飛んでいく。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 

自分以外いない空間で瑠奈の息切れが響く。通用しないと思っていたトラップがこんなに簡単に引っかかるとは。

ひとまず脱出だ。この機会を生かせずに捕まれば、さらに、警備の厳しい監視状態に追いやられるだろう。

そうなったら、それこそ詰みだ。

 

「はぁ・・・ううぅ・・・ごほっ、ごほっ!!」

 

激しい頭痛や咳に襲われながら、瑠奈は近くに落ちていた鍵の束を拾い上げ、残りの足首に付けられている拘束具を外すと、メイドたちが持っていたバスタオルらしきもので体を包む。

そのまま、フラフラとふらつきながら自分に挿入されている点滴やチューブを引きちぎり、部屋を出ていった。

 

 

ーーーー

 

 

「うっ・・・ごほっ!!・・・・あ・・・・ぐぁぁ・・・」

 

瑠奈の苦しげな声が誰もいない通路に響く。

視界が定まらない、バランスが取れない。目下には大きな隈があり、眼球がぐらぐらと回っている、典型的な不眠症だ。

おまけに体もやせ細り、少し動いただけで息切れが起こる。

 

ここに連れてこられて数週間。実験ばかりでまともに寝ることも許されなかったため、予想はしていたが、こうしてみるとつらいものだ。

おまけに激しい頭痛や、口から内臓が飛び出るのではないかと思うほどの吐き気と咳もある。

 

 

痛い、苦しい、助けて。

ここにいてはダメだ、帰らなきゃーーーーどこへ? 自分なんかがどこへ帰る? 誰が必要としてくれている?

 

「あ・・・・う・・・・」

 

誰も必要としてくれない。ならばここに居ればいい。幸いなことにあの女は自分を必要としてくれている。

 

「う・・・・うぅぅ・・・」

 

今すぐ通路を戻れ。今ならまだ間に合うぞ。まだ許してくれる。

 

ーーー黙れ。この世界には、自分を必要としてくれる人間がいる。あの場所に。

 

「行かなきゃ・・・・帰らなきゃ・・・・あの場所に・・・」

 

行き方も場所もわからない。だけど、あの少女の自分を必要としてくれている顔だけは覚えている。あの少女がいる場所へ行こう。

だが、体に力が入らない。

その時、不意に脚の力が抜け、通路のど真ん中で前にめり倒れてしまう。

 

「あ・・・あぁ・・・・」

 

激しい頭痛に襲われ、意識が途切れていった。

 

 

 

 

 

通路に倒れている瑠奈に1人の少女が近寄ってきた。

黒のワンピースに黒いジャケットを着ており、服装が見事なまでに黒で統一されている15、16ほどの少女だ。

 

「・・・・」

 

首筋の脈を触ってみると、かすかだが動いていた。まだ、彼は生きている。

 

「・・・・愚かな男だ・・・・」

 

そう吐き捨てるような口調で言うと、少女は倒れている瑠奈を抱きかかえ、暗い通路を歩いて行った。

 

 




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