IS 進化のその先へ   作:小坂井

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10月となり、金木犀の香りが感じられてきました。
秋の金木犀の香りは昔から好きで、どこか安心するもののように個人的には感じます


59話 過去からの亡霊

「---ちゃん、---しちゃん!!」

 

「う・・・」

 

「簪ちゃん!!」

 

頭がズキズキと痛む。それと同時に聞き覚えのある声が聞こえ、目の前には青い髪が見える。だが簪は知っている、この声と髪の持ち主を。

 

「おねえ・・・ちゃん?」

 

「よかった・・・・目が覚めた!?」

 

場所は今までの簪とは無縁の場所であった保健室。

そこで、真っ白なベッドの上で寝かされていた。外を見ると、オレンジ色の夕焼け空が広がっている。いったいどのくらい寝ていたのだろうか。

 

「大丈夫?本当に心配したんだから」

 

ベットに寝ている簪の頭付近で、泣きそうな顔で名前を叫んでいた姉の楯無が優しく頭を撫でてくる。

 

「えっと・・・確か・・・うぅぅ!!」

 

体を起こし、記憶を思いだそうとしたとき強烈な頭痛が起こり、頭を抱えてしまう。

それと同時に、最後に自分が見た光景が頭の中でフラッシュバックする。地面に倒れる専用機持ち。そして、サイレント・ゼフィルスに頭を掴まれ、力尽きたアイオス。

その記憶が鮮明に思いだされた。

 

「雄星は・・・・?」

 

「簪ちゃん?」

 

「雄星はどこッ!?」

 

慌てふためながら、楯無に問い詰める。

ここで、『大丈夫、雄星君はみんなと一緒に別の医療室で治療中よ』と笑顔で答えてくれることを願ったが、非情にも現実は願いとは真逆の真実を少女に伝える。

 

「雄星君は・・・・その・・・・・行方不明なの・・・・」

 

そう伝えられた瞬間、頭をハンマーのようなもので叩かれたような衝撃を感じる。

そのせいでバランスを崩し、ベットから落ちそうになるが近くにいた楯無に支えられて持ち直す。

しかし、支えられた簪の顔は真っ青だ。それを心配しながら、楯無は再び簪の体をゆっくりとベットに寝かし、布団をかける。

 

「会場に教師部隊が突入した時、いたのは簪ちゃん達専用機持ちだけで既にサイレント・ゼフィルスと雄星君の姿はなかったの。襲撃者に連れ去られたと考えるのが妥当かしらね」

 

なるべく動揺を悟られないよう声を抑えたつもりだったのだが、近くで聞いていた簪にはバレバレだ。

 

「助けに・・・・行かなきゃ」

 

「無理よ。現状では、雄星君が何者に連れていかれたのかすらわかってないのよ?そんな手がかりがない現状では手のつけようがないの、わかって」

 

どうしようもない真実を突きつけられ、沈黙する。

それと同時に考えてしまう。もしあのとき、打鉄弐式が完成していたら雄星を助けることが出来たのではないかと。

撃破は無理かもしれないが、こっちには補助システムであるエストがいるのだ。ひょっとしたら致命傷を与えることもできたのかもしれない。

 

だが、時は巻き戻らない。自分がやられ、雄星が再び自分の前からいなくなってしまったのも真実なのだ。

やっとのことで再会できた雄星が、再び消えてしまったことに対する悲しさで心が押しつぶされそうだ。

 

「ぐすっ・・・うぅぅ・・・」

 

無意識に涙があふれてくる。それを誤魔化すように枕に顔を押し付けるが、聞こえてくる嗚咽や体の震えのせいで無意味だ。

 

今まで雄星はどんなピンチな場面を切り抜けてきた。

クラス対抗戦、学年別トーナメント、学園祭。夏休み前の臨海学校では、体の左半身を失いながらも簪たちのピンチに駆けつけて救ってくれた。

 

どんな状況でも最終的に勝利する存在。それは簪の思い描いているヒーロー像にそっくりだ。

だが、今回だけはダメだ。いくら雄星でも切り抜けられない状況になってしまった。いくら願ったところでどうにもならない。

 

「簪ちゃん・・・・」

 

枕に顔を押し付け、泣きじゃくっている大切な妹の頭を撫で、大切な家族が泣いている状況に何一つしてあげられない自分を悔やむように、静かに奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

『ねえ、雄星の将来の夢はなに?』

 

いつだっただろうか、彼女と各々の夢と未来を語り合ったことがある。まだお互いに幼く、当たり前の日常が当たり前のように続いていくと思っていた頃だ。

 

『将来の夢・・・・考えたこともなかったな。君の将来の夢は?』

 

『雄星のお嫁さん!!』

 

『そ、そう・・・』

 

『何、その反応!?すごく傷つくんだけど!?』

 

怒っていることを表すように、彼女は雄星の左右のほっぺたを両手でつまむ。

別に痛くはないのだが、喋りにくい。

 

『目の前で私がプロポーズしているんだよ、そこで『大丈夫、僕も君を世界一愛している。大人になったら互いを求めて生きていこう』ってプロポーズ返しするところじゃない?』

 

『ドラマの見過ぎ。あと、普通プロポーズは男の方からするもんじゃないの?』

 

ほっぺたをつまんでいる手を振りほどき、的確なツッコミを入れる。

絵本や子供向けアニメの影響を受け、まだこの世の複雑な事情や仕組みを知らない少女だからか、彼女の言うことはどこか非現実的だ。

だが、それがこの世の冷たさや残酷さを知っている雄星にとってはどこか眩しく感じられた。

 

『ぶーー、じゃあ、雄星は私と結婚したくないの?』

 

『姉弟では結婚できないよ』

 

『何言ってるの雄星?私と君は血が繋がっていないでしょ?』

 

『君が僕を弟にするって言ってきたんじゃないか』

 

「まーまー、細かいことを気にしていると、私と結婚できないぞ』

 

そう言い、雄星にその少女は大胆に抱きつく。初めは恥ずかしくて振りほどいてたのだが、今は慣れっこだ。むしろ、抱きつかせてあげないと、後に面倒なことを言われるのを知っている。

 

『だから雄星。私とはずっと一緒に居てね、約束だよ』

 

『うん、僕も君とずっと一緒に居たい』

 

腕の中で優しく囁かれて安心したように、目を閉じる。雄星は彼女に抱きしめられることが好きだった。自分の大切な人の温かさが感じられ、心が和んでいく。

 

ありがとう、こんな自分を必要としてくれて。そして

 

 

 

ーーーー約束守れなくてごめんね、瑠奈

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・」

 

妙に懐かしい思い出がそこで途切れ、目が覚める。既に忘れ、記憶から消え去ったはずの夢の断片。それをなぜ今更になって見るようになったのだろうか。

 

「ここは・・・・」

 

目の前には知らない空間が広がっていた。壁や天井、全てが白に統一された広い空間。まるで実験場のような場所だ。

動こうとしたが、右手首と両足首には鎖が巻かれ、背後の壁に押さえつけられるような状態1人拘束されている。おまけに身ぐるみは取られ、真っ裸の姿。

逃げられないために、捕虜や人質の身ぐるみを剥ぐのは当然の行動だ。つまり、相手はこの手の行為に慣れている。

 

「ご丁寧に義足の関節ボルトも外されている・・・・」

 

義足の膝と足首には、体重を支えるための重要な部品が全て外されていた。この状態では左脚は走ったり、蹴ったりなどの激しい動きをすることが出来ない。

見事なまでに行動が封じられた状態だ。

 

「はぁ・・・こうなったか・・・」

 

自分を捕えた連中がどこかの国の秘密機関とかならまだ交渉の余地があるが、相手があのサイレント・ゼフィルスを奪って学園を攻撃するような連中だ。

交渉はおろか意思疎通が出来るかすら怪しい。

 

この殺風景な空間に1人全裸で拘束されているような状態が続いていく。

別に寂しいというわけではないのだが、こうして何の抵抗をすることなく大人しくしているのだ。早く犯人側の要求や目的というものを聞いておきたい。

 

その要望が叶ったのかは定かではないが、しばらくして1人の若い女性がこの空間に入ってくる。尋問係かとおもったが、服装はどこにでもいるビジネススーツのような服装だった。

 

容姿は整っており、スタイルもよく、胸のふくよかなふくらみがスーツを押し上げている。髪は雄星と同じような黒の長髪で、枝毛が1本もなく、手入れが行き届いている。

 

なんというか、『美人』という言葉が似合う女性だ。

 

そんな美人に自分の裸を見られているこの状況。常人ならばとてつもないほどの羞恥が襲ってくるが、今の雄星には謎の疑問に駆られていた。

 

(この女・・・どこかで見たことがある(・・・・・・・・・・・)・・・・)

 

会った日も、状況も思いだせない。だが、この女にはどこかで会っている。そんなぼんやりとした面識があった。

 

「久しぶりですね、小倉雄星」

 

目の前の女性も覚えているらしく、やや親近感のある挨拶をしてくる。それよりも、驚いたのはこの女性が『雄星』という名前を知っていることだ。

 

「あんた・・・・誰だ?」

 

「ふふふっ・・・」

 

怪しげな笑い声を出しながら、その女性は臆することもなく、雄星に近づき、首筋を綺麗な指で撫でる。だが、その目は人を見るような目ではなく、まるで宝石や芸術品を見るような卑しく、欲深い目だ。

 

「ようやく手に入れた・・・・私の雄星・・・・」

 

「悪いが、あんたみたいな穴ポコポコ女の所有物になった覚えはないな。あと、指が臭う、早く離れてくれない?」

 

お得意の煽りや悪口で心を乱そうと思ったが、表情1つ変えることなく、ゆっくりと指を首筋から胸部へ走らせていく。

 

「聞こえなかったのかアバズレのケツ穴女。さっさと手をーーーうぶっ!」

 

そこまで言ったところで怒りに触れたのか、勢いよくビンタが飛んできて、先ほど懐かしい夢を見たせいか、涙でぬれている頬に直撃する。

 

「主人に対してその口の利き方はなんですか、奴隷風情が」

 

(ふんっ、いいぞ・・・もっと怒れ)

 

怒って冷静な判断が出来なくなれば、脱走のチャンスなどいくらでもある。この女の監視の目が緩んだところで、エクストリームを使ってこの部屋ごと吹き飛ばしてやる。

内心ほくそ笑みながら、さらに、怒らせようと侮辱や悪口を言うが、まるで聞こえていないかのように雄星の体を撫でまわしていく。

 

先程の言葉が気に触れたのならば、次々に暴力を振るってきてもいいはずなのに、あれ以来全くと言っていいほど反応がない。

 

(どうなってんだ・・・・この女・・・・)

 

予想外の状況に戸惑いながら、一通り雄星の体を堪能した女が、わずかに離れる。

 

「主人に暴言を吐くような奴隷は好ましくありません。少しあなたには躾が必要ですね」

 

「ああ、そうかよ。私もあんたのような女は好みのじゃないから、主人としては願い下げだな。ところで、いい加減名前を教えてくれないかな?」

 

若干嫌気が混じった声で再び問い詰める。相手の名前をさっきからずっと聞いているのに、それに答えることもなく、体を撫でまわしてくる対応だ。

これはあれだろうか、『私の手で名前を感じなさい』とかいうニューハーフ御用達の自己紹介だろうか。残念ながら、雄星はそっちの趣味はない。

 

「じゃあ、名乗らせてもらいましょうか。私の名前はレポティッツァ(美女)亡国企業(ファントム・タスク)のスポンサーにして、あなたの主人よ」

 

「噛みそうな名前だな。もう少し呼びやすい名前に改名して出直してきな」

 

敵に拘束されているこの状況でも、冷静な態度を崩さない。

ここで下手に怒り、冷静な判断が出来なくなれば、どんな形であれ自分を不利な状況に追い込むことになることを雄星は知っているからだ。

しかし、そのモットーは次の言葉を前にして脆く崩れ去った。

 

「そして、あの場所(・・・・)の実験施設の創造者よ」

 

「あの場所?」

 

「覚えてないの?あなたが生まれた場所(・・・・・・)ですよ、ルットーレ」

 

それを聞いた瞬間、雄星の心の底に押しとどめていた禁断の記憶が蘇った。子供の死体で埋まった空間、泣き叫ぶ自分の大切な人の姿、血まみれで立つ自分。

その中で自分に、艶めかしい笑みを向けてくる女の姿。

 

「そうか・・・・お前が・・・・お前が・・・・」

 

プルプルと震えながら呟く。

簡単な状況だ。目の前にいるこの女が・・・・・

 

お前が瑠奈を(・・・・・・)ーっ!!よくもっ!!」

 

さっきまでの冷静な態度が崩れ、怒りのままに、目の前にいるレポティッツァに向かって手を伸ばすが、繋がれている鎖のせいであとわずかに届かない。

 

「くぅぅ!!くそがぁぁ、ぶっ殺してやる!!エクストリームっ!!」

 

そう叫ぶが、機体が纏われることなく、虚しく叫び声がこの密閉された部屋で跳ね返りを繰り返す。

額には血管が浮かび、手足に巻かれている鎖が強く引っ張られたことによって皮膚が裂くが、そんなことを気にすることなく、目の前にいる大切な人の仇となる女に食らいつこうとする。

 

「はぁ・・・まるで獣だ。まだあんな少女を思っているの?もう小倉瑠奈は死んだのよ?」

 

「お前も同じ場所に送ってやるっ!!地獄で悔め、くそ野郎が!!」

 

日頃の雄星では想像もできないほどに乱れた様子で襲いかかるが、いくら頑張ったところで鎖は千切れない。

 

「エクストリームっ!!こいっ!!」

 

必死に何度も自分の機体を呼び込むが、何も起こらず、叫び声だけが響く。

 

「あなたの機体は既にこちらの手の内にあるわ。いくら頑張ったところであなたは逃げ出せない。まあ、逃がす気もありませんが」

 

それだけ言うと、用はすんだらしく、出入口まで自分を殺そうとしている獣の叫び声と雄叫びを聞きながらゆっくりと歩いていく。

 

「躾は明日から行いましょうか。今日はゆっくり眠りなさい」

 

「待てっ!!くっ、待てぇぇぇ!!」

 

しかし、その叫び虚しく、レポティッツァはこの実験室とも思える部屋から出ていった。それと同時に、壁の隙間から白いガスのようなものが発生し、部屋を白く染めていく。

 

「あ・・・あ・・・・あぁぁ・・・・」

 

そのガスは催涙ガスか何かだったのだろう。吸った途端、体の力が抜けてくる。

こんなにも仇が目の前にいるのに何もできない自分。そんな無力感を感じながら、静かに倒れ込み、意識を失った。




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