バイトをこの冬にやったんですが6時間立ちっぱなしというのはつらいですね
瑠奈がコーヒーを買い終え、簪のいる自分の部屋に戻ると、簪の啜り声らしきものが聞こえてきた。
部屋に入ってみると、簪がベットの枕に顔を押し付けてプルプルと震えていた。
「どうしたの?」
と瑠奈が聞くと、簪は枕から泣いて真っ赤になった顔を上げ、泣いていた理由を話してくれた。
どうやら織斑一夏の専用ISを作るため、簪専用ISの制作を中断するという連絡を、さっき受けたらしい。
正直言って、製作者側の主張は正しい。
織斑一夏という突然現れたイレギュラーを調べるために、研究員が一体となって専用ISを作る。世間に聞いたら100人中100人が正しいと答えるだろう。
しかし、瑠奈は正しいと思っても納得はしていない。
日本代表候補生になるために努力をしてきた簪よりも先に、今までなんの努力をしてきていない一夏が甘やかされ、ISが与えられる。男女関係を除くと明らかにおかしい扱いだ。
しかし、関係者でもない瑠奈のできることは、簪が泣き止むまで近くにいてあげることだけだ。
自分の無力さを感じながら、簪のすすり泣きを聞き届けていた。
「昨日は、ありがとな」
次の日、朝、教室に入った瑠奈は一夏にお礼を言われた。昨日は、教室の女子だらけの空間に苦しんでいた様子だったが、表情はどこか嬉しそうな様子だ。
「あなたにお礼を言われるようなことをした覚えはない」
「昨日、クラスで笑われているところを、君だけ俺の味方をしてくれただろ?小倉瑠奈さんだったっけ?いい名前だな」
『いい名前だな』といわれて、普通の女子ならドキッとするところだが、瑠奈は男のためそうは感じない。
それどころかルームメイトのISを奪っておいて、そのようにヘラヘラしているところを見ているとなんとも言えない不快感を感じる。
「あなたの味方をした覚えはない。悪いけど通してくれる?邪魔」
その冷たく、冷淡な態度に隣にいた友人らしいポニーテールの女子生徒がギロリと睨みつけるが、軽く受け流し、瑠奈は席へ向かっていった。
ーーーーー
「それでは、授業をはじめる」
そういい、千冬が教室に入ってくる。ざわざわと騒がしかった教室が静かになり、授業を受ける雰囲気になる。
「そうだ、織斑。おまえには特別に専用機が用意されるそうだ」
と千冬は一夏に言い放った。
「え、専用機・・・・」
「すごい・・・・」
「でまぁ、世界で、唯一ISが扱える男だもんね」
とクラスが騒がしくなる中で『専用機?』一夏だけがよくわからないような顔をする。どうにも心配だ。
何度も思うが、こういう無知な人間にそう簡単に”力”を与えていいものなのだろうか。
無知ということは、恐れを知らないということだ。そして、恐れを知らないものほど危険な存在はない。
「ISは世界に467機しかなく、専用機は本来、どこかの企業か国家に所属する人間にしか、与えられないんだけど 織斑君の場合、一夏君という個人にISがあたえられるんだよ」
「へー」
一夏の隣の席の生徒か詳しく説明していると、教室に愉快で楽しそうな高笑いが響く。瑠奈はどうにも、こういうやかましくてうるさい声は嫌いだ。頭が痛くなる。
「安心しましたわ、まさか専用機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」
瑠奈の頭痛を知らぬ、セシリアが乱入しさらに高い声が脳内に響く。
いっそのこと、この金髪ロールの口を裁縫で縫い合わせてしまったらどうだろうか。
「まあ?一応勝負は見えていますけど?さすがにフェアではありませんからね」
と腰に手を当て一夏にそう言った。
「なんで?」
「無知なあなたに教えて差し上げましょう、このわたくしセシリア・オルコットはイギリスの代表候補生・・・つまり、現時点で専用機を持っていますの」
と勝ち誇った態度で言った。これは対戦相手である瑠奈と一夏に言った様だったが、2人ともいまいち専用機を持っている凄さがわからない。
一夏は乾いたリアクションをし、瑠奈はずっと無表情のままだ。
「とりあえずセシリア、席に座ってくれる?自慢話なら後でしてくれ」
名誉ある自分の話にヤジを飛ばされた様な感じがして、顔を歪めるが、代表候補生としての誇りを思い出してか、こほんと軽く咳をして冷静を装い、席に座り直す。
どうでもいいが、なぜこんなにも女はうるさいのだろうか。
瑠奈のルームメイトを見習ってほしいものだ。
「織斑一夏」
「ん?」
瑠奈は授業の間の休み時間に一夏の席に行き
「あなたは、自分のことで誰かが不幸になっている自覚はある?」
と一夏に質問した。
頭上に?マークを浮かべていた
「何の話だ?わけがわからねぇよ」
と返答した。
まぁ、これが妥当な反応だろう。大抵の人間は今自分の目の前で起こっている出来事が、誰かを不幸にしているなどと想像もしないだろう。
仮にも気がついたとしても見て見ぬふりをして現実から目を逸らして現実逃避をする。
「そう・・・・」
と言い返し瑠奈は教室を出ていった。それ以来、セシリアとの対戦する日である来週の月曜日まで瑠奈の姿を見たものはいなかった。
ーーーー
「ん、もう朝・・・・」
瑠奈とセシリアの試合当日である月曜日の朝、簪はベットの上で目を覚ました。ここ1週間、瑠奈は授業に出席していないどころか簪のいるこの部屋にも帰って来なかった。
毎日のように千冬や真耶が『小倉瑠奈は帰って来ていないか?』と質問に来たが、簪には帰って来ていないとしか答えることができない。
瑠奈はここ1週間、完全に行方不明だ。
突然の自分専用ISの制作中止にルームメイトの失踪など、入学してまだ1か月も経っていないのに、さまざまな不安要素が簪を襲う。不安要素は次第に大きくなっていき、終いには
(なにか、嫌われるようなことをしちゃったのかなぁ・・・・)
と謎の罪悪感まで芽生え始めていた。
もしかすると・・・もしかするとだ、もしかすると自分に生理的嫌悪なことがあって彼女は居なくなってしまったのかもしれない。
この前寝る前に見ていたアニメが気に入らなかった?いや、もしかすると自分のどんくさい行動が彼女の怒りに触れたのかもしれない。
日本人特有の奥ゆかしさなのか、自分の行動をいくら分析しても思い当たることしかない。
入学早々、急な展開に簪の心の中はどんよりとした雲に覆われている。
(何がダメだったんだろう・・・)
いくらなんでも急すぎる別れだ。
確かに、自分なんかがルームメイトでいい気はしないのかもしれないが、せめて、一言言ってほしかった。
今更になって後の祭りなことを思いながら、簪は重い目をこすりながら顔を洗うために、重い体を起こそうと腕に力を込めようとしたとき
「あ、簪起きたんだ」
と隣から声がきこえた。その声を簪は聞き覚えがある。急いで顔を上げ、声のした方向をみると
長く黒い髪に、中性的な容姿をした、IS学園の制服を着た1人の女子生徒が床で脚を広げてストレッチをしている。その人物はここ1週間、簪が会いたかった人物であった。
「瑠奈!?」
「うっ・・・朝っぱらから大きな声は遠慮してほしいね」
「あ、ごめん・・・」
意外な人物の登場に、驚きのあまりさっきまでの眠気が一気に吹っ飛ぶ。一週間もいなくなっていたのだ、普通は退学したかと思うはずなのだが、こうして戻ってきたことは、衝撃的なことだ。
「いままで、どこに行っていたの?」
「まあ、家に帰省していたってところかな。ちょっと家に忘れ物をしてね」
「そんなに家が遠いの?」
「まぁ、距離はあるかな」
適当に回答を濁しつつ、瑠奈は立ち上がる。
個人的には、自分の詳細は探って欲しくはない。ここらへんで切り上げるとしよう。
「とりあえず、支度をしてきてくれる?」
「あ、うん・・・・」
さっきまで騒いでいた自分が恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら、簪は洗面台へ駆けていく。
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