IS 進化のその先へ   作:小坂井

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何やかんだで学校が始まってしまいました。
夏休み最終日に過去にタイムスリップしたいと本気で思うのは私だけでしょうか?


57話 揺らぐ心

人間には愛という感情がある。

それは一見素晴らしいように感じる感情だが、行き過ぎた愛からは嫉妬が生まれ、嫉妬から妬みが生まれてしまう。そして、その感情からは別に本人にその気が無くても、嫉妬や妬みは他者を蹴落とし、自分が一番であろうとする行動が生まれていだろう。

他人の不幸により、自分が幸福になるという略奪に似たこの行為は、対象が人であれ、物であれ、人間に愛という感情がある限り、免れられないものなのだろうか。

 

「あれ・・・なんでないの?」

 

朝、学園内にはいろうとしている簪だが、そこで大きな不安に襲われていた。

校内に入るための内履きが自分の下駄箱にないのだ。昨日、帰るときは間違いなくあった・・・・というより、簪本人が履いていたというのに。

 

必死に記憶の糸を辿ってみるが、どうしてもわからない。

というより、下駄箱で靴を履きかえるなどという習慣化している行動など、毎日意識など簪本人もしていない。

 

『どうしましたマスター?もうすぐ朝のHRが始まりますよ?』

 

行動の異常性を感じたのか、目の前にエストが映し出された。

つい最近まで、機体調整が不安定だった打鉄弐式だったが、エストと簪の努力によって基本的な組み立てはほぼ完了した。

それによって機体を小さな指輪状に収納できるようになり、こうしていつでもエストと話すことが出来るようになった。

 

「それが・・・私の靴が無くて・・・・」

 

『見間違いなどではなくて?』

 

そう言われて、下駄箱を何度も確認するが、やはり、ないものはない。再度、記憶の糸を辿るが、思いだせず、頭を悩ませていく。

だが、こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

 

『マスター、当然のことを聞きますが、あなたは昨日、その靴を履いていたのですよね?』

 

「うん・・・なのになくて・・・」

 

すると、足元がぼんやりと光ると、モグラのホログラムが映し出された。周囲に鼻をピクピクト動かしていてとても可愛らしい。

 

『面倒なのであまり使いたくないのですが、この際仕方がありません。マスター、申し訳ありませんが、その映し出されているモグラの鼻に足の裏を(かざ)してくれますか?』

 

「何をするの?」

 

『モグラは嗅覚が発達している生き物です。その習性を基にして今作ったそのモグラのホログラムでマスターの足の臭いが付いている靴を探し当てます』

 

つまり、簪の足の臭いを嗅いで、犬のように探し当てようということだ。

頼りになるのはいいが、人(?)に足の裏の臭いをかがせるというのは、多少の羞恥が襲ってくる。

 

『ほら、早くしてください。時間がありません』

 

急かされ、遠慮しがちに足を差し出すが、少し引け腰になりながらのせいか、認識が甘い。

 

『もっと近づけてください。足の指と指の間も広げて。そう、そのまま、そこがいい位置です。エロいですよマスター』

 

「う、うん・・・・」

 

複雑な心境でいると、臭いを認識したモグラのホログラムがぴくっと反応し、猛スピードで駆けていった。

 

『マスター、追ってください。ホログラムの先に靴がある確率が高いです』

 

靴下のまま、廊下を走るのは若干の抵抗があったが、仕方がないと思い、モグラを追っていく。階段を上がっていき、たどり着いたのは・・・・

 

「と、トイレ・・・?」

 

生徒から教員まで幅広く使われている女子トイレだった。

この時点で嫌な想像が脳裏を掠めたが、それでも確認しなくてはいけない。震える手でドアを開けると、一番奥の個室トイレのドアの前で、モグラのホログラムが待機していた。

 

「っ・・・・・」

 

そしてその個室トイレの便器の中に、2つのシューズーーーー簪の両靴が突っ込まれていた。

この犯行は、恐らく、昨日整備室に来ていた生徒の仕業だろうか。

本来ならば、国家あるいは企業に属する人間にしか与えられない専用機。それを一度は代表候補生を辞任した簪が手にすることに、周囲の嫉妬や反感は前々からあった。

 

そして、今日ついにその感情がこうして実害になったわけだ。

 

『これは・・・・ひどいですね・・・・』

 

両靴とも完全に水浸しになっており、使用不可能の状態だ。この容赦のなさから、犯人の相当な憎しみが感じられる。

 

『別にマスターは犯人に何の迷惑もかけていないのに・・・・人間とは面倒な生き物ですね』

 

機械は、自分の障害となるものは排除しようとするのに対し、人間は何の迷惑もかけられていない人にもこうして感情で害を及ぼす。

どうにも人間は複雑で面倒なものを兼ね備えている。

 

『とりあえず、緊急処置を施すとしましょうか』

 

突っ込まれているシューズを浮遊させると、圧縮を加えてしみ込んでいる水を一気に絞り出す。

そのまま、軽く熱を加えて乾燥させる。乾燥機に入れているわけではないので、多少の皺は残ってしまうが、ひとまず履けるようにはなった。

 

『どうぞ、滅菌処置と消毒をしておいたので清潔ですよ』

 

「うん・・・・ありがとう・・・・」

 

彼が恋人になってからは、一緒に登校していたため、こうして陰湿な嫌がらせやいじめはなかった・・・・というより、報復を恐れてやる者はいなかった。

だからこそ、考えてしまう、『もし、彼が今自分の隣にいたらなんて言うか』と。

 

『大切な恋人を傷つけた愚かな罪人には裁きが必要だね』『犯人の家族に泣きながら防人(さきもり)の歌でも歌わせてやろうか』『さて、どうやって泣かせようかな・・・・』

 

「ふふっ・・・・」

 

自分のために行動してくれる彼を思い浮かべると、笑みが出てくる。

 

『ほら、にやけてないで早く教室に行きますよ』

 

「うん・・・・急ごう・・・・」

 

奇妙な元気をもらって、簪は教室へ歩きだしていった。

 

 

ーーーー

 

「これも失敗か・・・・」

 

ほのかな明かりが灯る部屋の中、苛立ちの混ざった声が響いた。

目の前の机には、見たこともない実験器具が並べられており、数え切れないほどの注射器やフラスコ、試験管などが置かれている。

 

「細胞変化なし・・・・この薬品も取り込まれたのか・・・・・」

 

小声でぶつぶつと呟きながら、また新たに得体の知れない液体を、目の前の机に置いてある高度な機械に入れ、手を加えていく。

それと同時に、手元にあるメモ帳に化学式を書き込んでいく。

 

「細胞は遺伝子とDNAの構造を覚えている。だったらその上から個々のDNAの記憶を上書きして、遺伝暗号表の突然変異を引き起こして、形質を組み替えることが出来れば・・・・・」

 

カリカリとペンを走らす音。それがこの部屋の唯一の音だったのだが、不意にその音が途切れる。

 

「もうここに来るなと言ったはずだ」

 

ペンと膝上に置いていたメモ帳を机に置いて立ち上がり、背後に振り向く。そこには、この薄暗い部屋で不自然に光る少女ーーーーエストの姿があった。

 

『雄星、千冬様があなたに贈り物を出しました。受け取ってください』

 

「いらない、今の私は学園ともお前とも何の関わりがない。無断に部屋に入ってきたことは見逃そう。さっさと出ていけ」

 

『そう言わずに受け取ってください。千冬様も「受け取った後は自由にしろ」とおっしゃられていました』

 

両手を胸前にあてると、目の前に光の粒子が集まり、1枚の紙きれが構築された。

 

「それはなんだ?」

 

『今月末に行われる行事のキャノンボール・ファストの会場の入場チケットです。千冬様が特別にあなたのために取ってくださいました』

 

チケットを受け取り、軽く目を通す。9月27日、もうすぐ行われるこの行事のチケットを渡してどうしようというのだろうか。

『私の弟が活躍するから見に来い』などという、のんきな理由ではなさそうだが。

 

「わかった・・・・確かに受け取った。これでもう用件は終わりか?」

 

『はい』

 

「だったら早く簪の元に帰れ。ISを完成させるんだろう?」

 

『わかっています、それでは私はここで失礼させてもらいます』

 

それだけ言い残すと、ブツッと何かが切れるような音を発して消え、再び部屋は元の状態に戻った。沈黙、静寂、閑静と微かな明かりが灯されている部屋に。

 

「はぁ・・・・」

 

妙な疲労感を感じ、近くの椅子に腰かける。

手元には先ほど受け取ったチケットが握られている。これがあれば、会場に入ることが出来るのだろう。

つまり、簪や楯無、一夏やセシリア達などの専用機持ちの面子に再び会うことが出来る可能性があるということだ。

 

「馬鹿か・・・・何を考えているんだ・・・・いまさら・・・・」

 

邪念を振り払うように頭を振るが、脳裏には学園を去るときに、自分の名前を呼んでいた楯無の顔が思い浮かんだ。あの悲しく、寂しげな少女を思うと、罪悪感を感じると同時に、自身の心にもあのにぎやかだった学園生活が蘇る。

 

専用機持ちとの訓練で、一夏の白式をゼノンの肉弾戦でボコボコにしたり、セシリアの4機のビット攻撃を、アイオスのアリス・ファンネルのシールド1つで全て防ぎ、へこませたこと。

千冬に職員室で怒鳴られると、『怒ってばっかりだから結婚できないんだよ処女が』と笑いながら言って、千冬の怒りに油を注いだこと。

 

そして簪と一緒に専用機を作ったこと。

学園に入学する前は、人との関わりを極力避けていたため、あんなに人との関わりを持ったのは初めてだった。そのことを思い浮かべると、心に空虚感が押し寄せてくる。

 

だが、今更どうしようというのだろうか。

今さら学園に戻って『寂しくなったから、もう1度学園に入れてくれ』と頭を下げるなど、いい恥さらしだ。

 

「本当に・・・どうしたらいいんだろうねぇ・・・・」

 

普通の人ならば、この胸の内を吐露し、友人や家族に相談しているのだろうか。

だが、自分にはそんな存在はいないし、自分なんかが人と関わる資格などない。結局は全て自分で決めるしかないのだ。

 

「行かないで・・・・か・・・・」

 

口から消えてしまいそうな声でそう言ったとき、夜が明け、部屋に備え付けられている窓からほのかな朝日の光が差し込んだ。

 

ーーーー

 

キャノンボール・ファスト当日。

会場は満員で、空にはポンポンと花火が上がっている。

 

「かんちゃん晴れてよかったね~」

 

隣から幼馴染である本音の声が聞こえてくるが、今の簪にはそれに答えている余裕はなかった。会場に入った途端、こうして会場の観客席をきょろきょろと見渡している。理由は当然、彼が原因だ。

 

「大丈夫、ルナちょむはきっと来てくれるよ~」

 

「そうかな・・・・」

 

もし、会場で見つけることが出来たのならば、どんな手段を使ってでも引き戻すつもりだ。

最悪、姉の手を借りてでも拉致し、考えが変わるまで部屋に監禁してまで学園に連れ戻して見せる。そんなストーカーや誘拐犯に近い考えが、簪の頭に渦巻いている。

 

「かんちゃん、顔が怖いよ~」

 

若干引き気味の様子の本音と共に、席に座る。ひとまず、彼を見つけるのは後回しにして、準備をするために、ディスプレイを呼び出し、指を走らせる。

すると、簪の顔の横に、手元にあるディスプレイとは、また別の空中投影のディスプレイが現れる。

 

「エスト、見える?」

 

『えっと・・・・もう少し右上で・・・・そう、その位置がベストです。その位置にモニターを固定してください』

 

ひとまず、競技場全体を見通せる視界にモニターを固定する。

このキャノンボール・ファストはISの追加装備の高速機動パッケージを使用する競技だ。その追加装備を実際に使った時のデータは、簪の専用機に役に立つので、こうしてエストの力を借りてデータ収集に来た。

 

まぁ、データ収集と言っても、簪の役割はエストの視界モニターの設定だけで、肝心なデータはエストが行ってくれる。

やれることがなくなると、ISの視界モニターを使って再び観客席にいるであろう、雄星の探索に戻る。

 

確かに、人は皆、誰にも言えない秘密を抱えているだろう。

だが、いくら大きな秘密だとしても、本名を知られただけで、学園を去る必要があるとは思えない。いったい、雄星という名前にはどのような秘密が隠されているのだろう。

 

知りたい欲求に襲われるが、もちろん簪は無理に聞き出そうとは思っていない。簪としては、雄星がこの学園に居てくれるだけいいのだ。

 

『マスター呆けているところ申し訳ありませんが、モニター角度に多少の誤差が生じました。1年生のレースが行われる前に、修正してくださいませんか?』

 

「えっ・・・あ、ごめん・・・」

 

なんだか最近、エストの言葉が辛辣になってきているような気がする。脳内を見透かされているような焦りが心の中から感じてた。

そんなことを考えていると、会場が『わぁぁぁぁ・・・・』と大きな歓声に包まれる。

 

見てみると、レースのスタート地点には、高速機動仕様のISを纏う専用機持ちのがいた。やはり、企業や学園から期待されている存在なのだろうか。

 

そんな簪の複雑な心境をよそに、1年の専用機持ちはスタート地点につき、一斉にスタートする。

どの機体が優勝するか気になるところだが、今はデータ収集が最優先だ。できるだけ、エストが作業しやすい環境を作っていく。

 

『イギリスの専用機は高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備。そのパッケージを装備した時の性能の差は・・・・』

 

エストの声に比例して、手元のディスプレイにも細かくデータが書き込まれていく。

簪や本音にはなんと書かれているのか理解できないが、きっと精密なデータを取っているのだろう。

 

1年生の専用機持ちによる白熱するレース。

それが2週目に入った時、突如レース会場に一筋のビームが降り注ぎ、襲撃者がこの会場に飛来した。

 




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