IS 進化のその先へ   作:小坂井

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56話 心の傷跡

放課後、簪は整備室へ向かっていた。

整備室には、自分の専用機があり、それを日没まで組み立てていくのが日課になっている。一度は失ってしまった夢だったが、大切な恋人(仮)のおかげで取り戻すことができた。

 

しかし、整備室に入るが、中には誰もいない。いつもなら頼れる恋人が組み立て作業をしているというのに。

 

「っ・・・・・」

 

こみ上げてくる虚無感と寂しさを堪えながら、専用機の元へ向かっていく。自分の専用機には、まだまだやるべきことがある。

1日でも早く完成させるため、今日も頑張らなくては。

そうわかってはいるのだ。だが、どうしても作業する気になれない。ここ数日、ずっとこんな調子だ。

 

怠けているわけでもなければ、さぼっているわけでもない。やらなくてはいけないと自分に何度も言い聞かせている。

だが、どうしてもできないのだ。

 

『マスター』

 

簪の挙動不審な動きに反応したのか、目の前にある専用機からAIであるエストが映し出される。

 

『今日は私だけで大丈夫です。マスターは部屋に戻って休んでください』

 

「でも・・・昨日もそうだったから、今日こそ手伝わないと・・・・」

 

『あなたには心を整理する時間が必要です。私のことは心配せずに部屋へお戻りください』

 

機械的だが、どこか感情の入っている不思議な声で整備室を追い出され、自分の部屋へ向かっていく。もしかして彼が部屋にいるかもしれないと無駄だと分かっている希望を抱きながら。

 

部屋の前までたどり着くと、震える手でドアを開けていくが、部屋には誰もいない。

 

「はぁ・・・・」

 

重々しいため息を吐きながら、簪はベットに転がる。

簪のルームメイトである瑠奈ーーーーいや、雄星がこの学園が去ってから数日が過ぎた。初めは学園での噂程度であり、簪も信じていなかったが数日前の夜に突如、姉である楯無がこの部屋を訪れて、勢いよく頭を下げられた。

 

話を聞いたところ、『彼がこの学園を去っていったのは、彼の本名である雄星という名前を知ってしまった自分のせいだ』と泣きそうな声で告げられた。

初めは何かの冗談だと思っていたのだが、寮長である千冬が認めたことにより、一気に確信へと変わっていった。

 

自分に何も言わず、突然すぎる別れだ。いや、仮に知らされていたら、簪は間違いなく止めていただろう。それを見越しての行動だろうか。

その日から、心にぽっかりと大きな穴が空いたような気がして、専用機の作業にも集中できず、今日みたいにエストに追い出される仕様だ。

もしかすると、あれから何もかもが自暴自棄になっている自分がいるのかもしれない。

 

だがそれと同じぐらいに驚いたのは、部屋を訪れたあの時の姉の様子だ。勢いよく頭を下げ、本当に申し訳なさそうな声で自分に謝ってくれた『雄星君を止められなくて本当にごめんなさい』と。

 

結果はどうあれ、自分にあんなに謝ってくれたのは少しだけ嬉しかったが、現状は変わらない。アニメを見て忘れようとしたこともあったが、依然として心には大きな悲しみに埋め尽くされている。

 

ミャァァ、ミャァァーー

 

ベットで横になっている簪に寄り添うように、子猫のサイカが寄ってきた。

どうやら雄星は簪のためを思ってか、サイカは残していってくれたらしい。それとも、単純に邪魔と思ってだからだろうか。

 

ミィミィ・・・ニャ!

 

落ち込んでいる簪を慰めるかのように頬を擦り付けてくる。擦り付けられるたびに、可愛らしいひげがちょこちょこと当たってくすぐったい。

 

「ふふ・・・」

 

偉大な猫パワーをもらい、少し微笑んだ時、トントンとドアがノックされた。誰かと思い、ドアを開けるとそこには

 

「あ・・・・」

 

「簪ちゃん・・・・その・・・大丈夫?」

 

姉の楯無が立っていた。意外な来訪者に奇妙な緊張が簪を包み、楯無もバツが悪そうな顔をしている。

 

「・・・・何か・・・・用?」

 

「その・・・・雄星君のこと、ごめんなさい」

 

「大丈夫、気にしていないから・・・・」

 

口ではそう言うが、簪の顔には寂しさが感じられた。その顔を見ると、罪悪感や無力感からか、心になんと言えない痛みを感じてしまう。

 

「簪ちゃん心配しないで、雄星君は必ず帰ってくるわ」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「勘・・・・かな?」

 

何の根拠もない推測に『ははは・・・』と乾いた笑みで笑う。やはりか、楯無もどこか寂しそうな様子をしている。

楯無も強がっているだけで、心は弱っているのだろう。だが生徒会長として、学園の長としてその弱みを人に見せるわけにはいかないのだ。

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

「それで、ここからが本題なんだけど・・・・その・・・雄星君が戻ってくる間、私があなたの部屋に居てもいい?」

 

「え・・・」

 

急な話に戸惑いのような声が出る。今まで避けていた姉と同じ部屋で暮らしていくなど、展開が急すぎる。楯無も照れ隠しのような感じだ。

 

「どうして・・・・」

 

「私は雄星君が居なくなって寂しいわ。だけど、ルームメイトだった簪ちゃんはもっと寂しいと思うの。だから、せめて私がその寂しさを紛らわせてあげたいの」

 

優しい笑みで頭を撫でられると、なぜか涙があふれてくる。それは寂しさに耐えかねた心から溢れたものなのだろうか。

 

「ぐすっ・・・・ぅぅぅ・・・」

 

近くに自分を考えてくれている人がいる。それがこんなにも安心するとは、心に空いていた穴が少しずつ埋められていくような感覚がしてくる。

 

ニャッ! ニャッ!

 

更に、楯無を歓迎するようにサイカが部屋から飛び出すと、足元をうろつき始める。どうやら同居人の許可は取ることが出来たらしい。

 

「とりあえず・・・・ぐすっ・・・・入って・・・・」

 

「ありがとう・・・・お邪魔します」

 

楯無は、新たなルームメイトと共に部屋に入っていく。その後、部屋には楯無の荷物が持ちこまれ、その日のうちに楯無の引っ越しは完了するのであった。

 

ーーーー

 

次の日の放課後、昨日より少し心が軽くなったように感じながら、簪は整備室に向かっていった。

姉が一緒に居てくれたおかげか、寂しさが紛らわされ、前向きになることが出来たような気がする。ここ数日、専用機の作業が行えなかったため、今日から挽回していかなくては。

 

そんなことを思いながら、整備室前に近づいたとき

 

「だからなんども言っているだろう!なんでわからないのよッ!!」

 

大きな怒声が整備室から聞こえてきた。室内をのぞいてみると、数人の上級生が専用機である打鉄弐式を取り囲んでおり、その中心にエストの姿が見える。

なにやら上級生とエストが揉めていることは一目でわかった。

 

「なんで私に専用機を作ってくれないのよッ!!」

 

『我が創造主である瑠奈からは、あなた方に専用機を作る許可は下りていません。申し訳ありませんが、諦めてください』

 

淡々とマニュアル通りのような回答に、上級生たちは苛立ちが積もっていく。

このように、エストや瑠奈に専用機をねだるような連中は前々から存在していた。だが、瑠奈の怒りや怖さを恐れて直接来る者はいなかった。

 

だが、今こうして瑠奈が居なくなったこといいことに、AIのエストに来客が殺到している。

 

「じゃあ、なんで1年の更識っていう子には代表候補生でもないのに専用機持ちなのよ!おかしいじゃない!?」

 

『マスターへ専用機の贈呈は、マスターがこれまで行ってきた努力への相応の答えだと私は考えています。失礼ですが、あなた方は専用機を受け取るほどの努力をこれまでしてきたと胸を張って言えるのですか?』

 

人と同じ努力をして、他人より先に行こうなどおこがましい。結局、エストが言いたいのはそれなのだ。

誰にも負けないと思えるほどの努力をし、自分を高めることを忘れなかった人間に与えられるものが専用機。果たして、目の前にいる少女たちにそれを受け取る資格があるのだろうか?

 

「・・・・・」

 

何も言えない正論に、少女たちはぎりぃと歯を噛み締める。

そのまま、逃げるように部屋を退出していった。そのとき、リーダーと思われる生徒が、入り口にいた簪にぎろりと睨みつける。

 

その瞳に恐怖しながら、簪はエストの元へ向かっていく。

 

「・・・・大丈夫?なんか大変そうだったけど・・・・・」

 

『御心配には及びません。あのように困った方々に絡まれることは、前々から予想していたことです』

 

そう無感情のように言うエストには、雄星が居なくなったことに対しての悲しみや寂しさが感じられない。

そもそも、AIであるエストには、感情が備わっているかどうか不明だが、大切な人が居なくなってしまったのだ、なにか悲しい素振りの1つや2つしてもいいはずだ。

 

「ねえ、エスト」

 

『何でしょうか?マスター』

 

「エストは雄星が居なくなったことは悲しくないの?」

 

これは人間ではないエストには『悲しい』や『寂しい』という感覚は理解できないのかもしれないが、それでも聞いておきたいことだ。

 

『・・・・私には人間の感情という物は理解できません。人が感じる痛みや感触などは肉体を持たない私には未知の感覚です』

 

やはりというべきか、予想通りの返答が返ってくる。だが、返答時の表情は、どこか寂しさを感じさせた。

 

『それでも・・・・奇妙な物足りなさが私の中であります。もしかすると、これはバグや深刻なシステムエラーである可能性があるため、後程、私の管理プログラムを再確認します』

 

結局はエストも寂しさを感じているのだが、それを素直に言わない辺りが彼女らしいといえる。そこがなんだか可笑しくて、ふふっと簪の口から笑みがこぼれる。

なんだか、自分の気持ちを人に直接言えない不器用な所が、雄星に似ている気がする。まあ、エストの人格は雄星を基に作られているらしいので、似てる部分があっても不思議ではないか。

 

「少しいいか?」

 

すると、入り口から声が掛かる。この声は簪も聞いている声だった。

 

『何か御用でしょうか千冬様』

 

振り返ると、黒いスーツを着た千冬が立っていた。狼を思わせる鋭い吊り目にびくっと簪の体が震えるが、エストは平常通りに対応する。

 

「突然で悪いが、お前から雄星に連絡を取ることは出来るか?」

 

『はい、少し時間がかかりますが、雄星の機体にリンクすることは可能です』

 

「ならば話が早い。お前から学園に戻ってくるようにあいつに言ってやってほしい」

 

千冬としても雄星がこの学園に居てほしい。そう思ってのお願いなのだが

 

『申し訳ありませんが、その用件には対応できません。雄星からは、学園関係の通知を送ることを禁止されています』

 

学園の近況を知らされて、情が移ったり、恋しくならないようになのか、緊急時以外の報告をすることは出来ない。

だが、ここで『はい、そうですか』といって食い下がる訳にはいかない。

 

「お前は雄星がこの学園に戻ってきてほしくはないのか?私は何としてもあいつをこの学園に引き戻すつもりだ。そうするためにはお前(エスト)の協力が必要不可欠なのは、お前自身も理解しているだろう」

 

『あなたにそんなことを言う資格があるとは思えませんね』

 

「なんだと・・・・」

 

心外なことを言われてぎろりと睨むが、AIのため、恐怖を知らないエストは怯まない。

 

「お前も私に教師の資格がないというつもりか?」

 

『いえ、私が疑問を感じたのは、あなた方の雄星に対する対応です』

 

「対応だと・・・」

 

いまさらだが、千冬と雄星の仲は良好とは言えない。正確に言えば、千冬は雄星に歩み寄ろうとしているのだが、雄星は千冬が歩んできた分だけ、後ろに下がり、千冬を拒絶する。

そんな関係であっても、雄星を不憫に扱ったことはない。

 

『雄星はこの学園を守ってきました。それこそ自分の居場所を守るために命を賭けて。しかし、あなた方教師は雄星を都合の良い存在として扱っているように思えます』

 

地下深くに存在する解析室に、特別区画であるオペレーションルーム。別にすべてを話せと言っているわけではない。

だが、命を賭け、必死にこの学園を守ってきた雄星に、この学園の都合の悪いことを話さずに守ってもらおうなどと、都合が良すぎるのではないだろうか。

 

『申し訳ありませんが、雄星はあなた方上層部の為に戦う兵士ではありません。何度も言いますが、諦めてください』

 

何とも言えない正論を言われ、千冬の口が堅く閉ざされる。学園の秘密を言えなかったのは、雄星のことを信頼しきれていなかったからなのかもしれない。

そんな人間が雄星の生き方を指図する資格などない。

 

「ならば・・・・せめてこれをあいつに渡してやってほしい」

 

ポケットから1枚の紙きれを差し出す。肉体を持たないエストには受け取れないため、ぎこちない様子で待機状態の打鉄弐式の腕を動かし、受け取る。

 

『これは何ですか?』

 

「今月下旬に開催されるイベントの『キャノンボール・ファスト』のチケットだ。もし必要ないのなら、適当に破り捨てればいい」

 

『・・・・わかりました、渡しておきますが、当日に彼が来るかどうかは保証できませんよ』

 

「渡しておいてくれればいい」

 

ひとまず、チケットを粒子に分解して、収納する。すこし時間がかかるが、数日中には雄星に送ることが出来るだろう。

 

「用件はこれだけだ、邪魔した」

 

教師としての仕事があるからか、早々に千冬は整備室を退室していった。簪はドアに向かっていく千冬の背中が不思議と悲しいように感じた。




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