IS 進化のその先へ   作:小坂井

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本格的に暑くなってきましたね。
こんな季節には、冷えた部屋でホラー映画鑑賞などいかがでしょうか?


55話 砕けた日常

「調子はどう?」

 

「うう・・・・・まだ頭痛が直りませんわ・・・・」

 

その後、瑠奈は保健室のベッドにセシリアを寝かし、脳内の情報処理を行っていた。

セシリアの額に心電図を図るときに用いられる電極吸盤のようなものが張り付けられ、コードの先には小さな携帯端末に繋げられており、そこからさらに瑠奈の額へと続いている。

 

セシリアの脳内で処理しきれない情報を瑠奈が代わりに情報処理しているのだ。

 

「随分とビット制御の情報が多いな。セシリア、君はアリス・ファンネルばっか使っていただろ」

 

「うっ・・・・それは・・・・」

 

確かに、アイオスのビットの操作感覚は素晴らしいものだった。

ブルー・ティアーズのビット操作は、操縦者が制御に集中する必要がある。なので、その間ビット以外の攻撃をすることができない。

 

その反面、アイオスは全ての情報処理は脳内で自動的に行うため、制御に集中する必要がない。つまり、攻撃の手を緩めずに攻め続けることが出来る。

その利便性というか、一時とはいえ、弱点を克服した優越感というものに夢中になってせいだったのか、セシリアは気が付かなかった。

 

機体に、操縦者の危険を知らせる警告が表示されていたことに。

 

「瑠奈さんは・・・・・いつも戦いの後こんな頭痛を経験していたのですか?」

 

「いや、私は情報処理を脳内で速やかに行っているから、戦いによる後遺症はない。さすがに毎回そんな強烈な頭痛を感じていたら戦えないって。まあ、何事もため込まないことだね」

 

課題や宿題のようにね、と冗談のようにいうが、戦闘中にそんな膨大な情報処理を行うなど不可能だ。

しかし、その不可能を可能にすることが出来ない者などに、あの機体(エクストリーム)を扱うことは許されない。

 

操縦者が機体を選ぶのではなく、機体が操縦者を選ぶ。そして目の前にいる小倉瑠奈はその選ばれた存在なのかもしれない。

この機体を使えば、サイレント・ゼフィルスにも勝てるのではないかと思っていたが、やはり現実は思い通りにいかないものだ。

 

「よし、処理完了。もう大丈夫だよ」

 

立ち上がり、セシリアの額に張り付けられている電極吸盤をはがす。これで頭痛が消え、自由に動けるようになったのだが、セシリアはベットから動こうとはしない。

ただじっと瑠奈の顔を見ている。

 

「瑠奈さん」

 

「ん、なにか?」

 

「1つ・・・・お話があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「それは重大な話?」

 

「はい、それなりに」

 

そこまで聞くと、この保健室に誰もいないことを確認すると、近くの椅子に腰かける。

瑠奈と2人っきりのこの状況に少しばかりドキドキするが、瑠奈はそこまで意識している様子はない。

 

「余計なお世話だとは思いますが、瑠奈さんは進路はどう考えていますか?」

 

「それはこの間の進路希望調査に書いた通りだよ」

 

「IS学園に通っているのに進路が飛行機のパイロットだなんて、わたくしでも嘘だとわかります」

 

実際に進路希望用紙にそう書いて千冬に睨まれていたが、瑠奈は臆することなく提出し、後日職員室に呼び出されていた。

そもそも、飛行機のパイロットと書くなど、まるで小学生のような誤魔化し方だ。

 

「正直に答えてください。瑠奈さんは進路を決めていないんですか?」

 

「・・・・・そうだね、いまのところは未定だ」

 

未定という言い方も少し違う。正確には、進路を決める気はないという言い方が正しいだろう。

IS学園を卒業した後のことなど瑠奈自身もわからない。

 

皆、それぞれ帰る場所があるが、瑠奈には帰る場所も待っている人もいない。まるで居場所を転々と移り住んでいくモンゴルの遊牧民のようだ。

いや、遊牧民でも待ってくれている人はいるか。

 

「それならば卒業後、オルコット家に来てはくれませんか?わたくしやメイドであるチェルシーが来てほしいと思っています」

 

「無理だ。そんな場所、私なんかが行っていい場所じゃない」

 

自分でも驚くほどに、即答していた。だが、その通りなのかもしれない。こんな死にぞこないの人間がどこに行っても足手まといになるだけだ。

そんな確信に近い自覚を感じている。

 

「君やそのメイドさんが来てほしいと言ったところで、こんな極東にいる死にぞこないの黄色い猿(イエローモンキー)など君の両親が許さないだろう」

 

「・・・・それは大丈夫です。わたくしの両親は・・・・3年前に他界しています・・・・」

 

トーンが下がり、寂しげな声でそう告げる。

セシリアの両親は3年前に鉄道の横転事故で帰らぬ人となった。そして両親の死によって手元には莫大な資産が残った。

 

「もし、わたくしの元へ来ていただけるのならば、オルコット家の莫大な資金や資産を全てあなたに捧げてもよいと考えています。そしてわたくしの未来も・・・・・」

 

「セシリア、会って僅かの人間をやすやすと信頼しすぎだ。もし、私が金の亡者で君の財産を狙って接触してきていたのならどうする」

 

「それはありません」

 

先程までの弱弱しい様子が嘘だったように、ニッコリと自信満々に微笑む。

 

「わたくしが見た限り、瑠奈さんは悪い人ではないということは一目でわかります。たしかに、ずさんでいい加減な所はありますが、とても頼りになる人です」

 

「やめてくれ」

 

楽しそうに瑠奈について語っているセシリアに嫌気がさしたかのような声で静止させる。照れ隠しや反応に困っている様子ではなく、本気で嫌気がさしているようだ。

 

「こんな自分勝手で弱くて、傲慢で、高慢な私は誰とも一緒にいる資格も権利もない。頼むから、そんな期待を向けないでくれ」

 

「なぜ、瑠奈さんはそんなに幸福や幸せを拒絶するんですか!?人は誰もが幸せになりたいものでしょうに」

 

「悪いけど、将来の相手なら他を探してくれ」

 

これ以上、この話をしたくない。座っている椅子を立ち、保健室を出ていこうとするが、ベットに寝ていたセシリアに袖を掴まれ、引き止められる。

 

「わたくしの身体では・・・・・瑠奈さんを満足させられませんか・・・・?」

 

顔がほのかに赤くなり、恥ずかしそうな表情で上目で見てくるブロンド髪の美少女。普通の男ならば、一発でノックアウトするであろうその姿を見ても、瑠奈の考えは変わらない。

 

「逆だよ。私では君を満たすことは出来ない。すまないが諦めてくれ」

 

「ならばせめて理由を聞かせてはくれませんか?」

 

「理由?」

 

「はい、なぜ瑠奈さんがわたくしの申し出を断り続ける理由を」

 

正直、面倒な所を突かれた。ここで適当にはぐらかしてもいいのだが、目の前にいるセシリアの真剣な眼差しを見ると、妙な疑問がでてくる。

真剣に自分のことを心配してくれているこの人を騙していいのかという疑問が。

 

「・・・・・・・」

 

どうにも最近、自分の心の変化に戸惑っている。

自分のことを他人に語るなど、昔の自分ではありえなかったことだ。いや、そもそも感づく人間はいても、語る相手がいなかっただけか。

 

「私は・・・・・」

 

静かで低い声だったが、はっきりとセシリアに聞こえる声で言った。

 

「私は昔とある施設の実験体(モルモット)だったんだ」

 

僅かな言葉だったが、声が強張り、悲しみが混ざった声だった。哀しみ、怒り、憎しみ、恨み、人間のありとあらゆる負の感情が混ざっているかのように聞こえる。

 

「そこで行われていた実験は非人道的なものだった。毎日大勢の実験体となる子供たちが来ては、その日きた子供の数だけの死体が運び出される。全ては上の人間の欲望を満たすための場所となったそこは地獄だったな」

 

薬で正常な判断が出来なくなった者、度重なる実験で動けなくなった者、現実に耐えられなくなって自ら命を絶つもの。実験に参加した者の数だけの命の終焉があった。

だが、恐ろしいことに同じ死因はあっても、同じ死に方は1つもない。

 

1つ1つ違う人間の嘆きと絶望が頭の中で鮮明に脳内に刻み込まれていく。それがまだ小さかった瑠奈にとって恐ろしいものだった。

 

動けるものは一週間、動けないものは4日間、食事をとれないものは2日間、瞬きをしないものはその日のうちに死んでいくと言われている。

その残酷な死を瑠奈は誰よりも多く見てきた。

 

「私はたくさんの命の犠牲の上で生き残った存在だ。そんな者が人並みの幸せを掴もうだなんておこがましいものと思っている」

 

「だからこそわたくしとーーーー」

 

そこまで言ったところで校内放送が流れた。ひとまず、話を中断し、放送に耳を傾ける。

 

『1年1組小倉瑠奈、至急進路指導室に来るように。繰り返す、1年1組小倉瑠奈、至急ーーーー』

 

「呼んでいるようだから行くよ」

 

「え、ちょっと・・・・」

 

掴んでいた袖を振りほどかれ、瑠奈は保健室の扉へ向かっていく。何とかして呼び止めたいのだが、さっきの話のせいか、掛ける言葉が見つからない。

 

「セシリア」

 

すると、保健室の扉の目の前で振り返り、戸惑っている様子のセシリアを見つめた。

 

「君は家を遺していく道具じゃないだろう。自由に生きる権利がある。君は君の道を歩いていけばいい」

 

彼女には未来がある、帰るべき場所がある、待ってくれている人たちがいる。そんな人が周囲の人間を裏切り、自分なんかの為に道を踏み外す事などあってはならない。

それだけ言い残すと、瑠奈は保健室を出ていった。

 

 

ーーーー

 

「なんで呼ばれたかわかるな?」

 

進路指導室には怪訝そうな顔の進路指導の教師が座っていた。適当に誤魔化してこの教室を出ていきたいのだが、その様子だと簡単ではなさそうだ。

 

「はい、なんとなくは」

 

無表情でそう短く答える。

こういった呼び出しは今に始まったことではない。このように瑠奈の生活態度をよく思わない人間達に呼び出され、説教や自分勝手な持論を語られることは。

 

「なら話は早い。お前が所属しているこの学園は世界中の注目を浴びている場所だ。そしてお前は織斑一夏と並ぶ世界で稀な男性操縦者であることは自覚しているな?」

 

「ええ、もちろん」

 

正直言って、瑠奈の生活態度は良いとは言えない。

授業を無断欠席するし、学園からいなくなることなど毎度のことだ。だが、瑠奈はそれが悪いことだとは思っていない。

ここの教師には悪いが、瑠奈にはこの学園で『生徒ごっこ』に興じられるほど能天気にはなれない。

 

「ならば、なぜ生活態度を改めるように何度も注意しているのに改善しない?これ以上無視するというのならば、更生する気はないと見なし、相応の罰を与えるぞ」

 

「どうぞご自由に」

 

罰や懲罰など恐れないという様子で淡々と答える。

わざわざ招集をしてもらって申し訳ないが、馬鹿ばかしすぎて付き合っていられない。

 

クラス対抗戦、学年別トーナメント、臨海学校とその帰りの襲撃、そしてこの前の学園祭。この学園に入学して以来、様々な事件や事故が起こっている。

 

別にそのことに対しては何も言うつもりはない。ISを狙う連中は世界で星の数ほどいる。そしてIS学園はそのISがあるため狙われる。当然の流れだ。

 

だが、それに対しての教員の反応はどんなものだっただろうか。

皆、千冬のように指示を出して生徒に戦わせてばかりで、自分は戦おうとしない。ふざけるな、瑠奈もここにいる生徒たちもこの学園を守るための駒になるために入学したわけではない。

 

「ただ、生徒を盾にして逃げるような無能最低教師が私に罰を与える権利があるとは思いませんがね」

 

「ふざけるな!!教師に向かってその言い方はなんだッ!?」

 

「真実でしょ?」

 

生徒を闘わせている最低教師という図星を突かれたせいか、激しく激昂し、バンっと目の前の机を叩く。IS学園の教師には悪いが、瑠奈は『無能最低教師』を撤回することはない。

なぜならそれが真実であり、実績であり、功績に見合う称号なのだから。

 

教師陣もそれを薄々とわかっているが、現実を認められずに逆上し、瑠奈に向かって禁断の言葉を言ってしまう。

 

「ルールや規則すら守れないお前のような生徒はこの学園に不要だ!!更生する気がないのならば出ていけッ!!」

 

『この学園から出ていけ』その言葉が、瑠奈の中で何かを壊した。

別に分かっていたことだ、自分なんかが人と関わる資格すらないことなど。しかし、ここで過ごしていくうちに淡い希望や望みが脳内に浮かんできてしまったのかもしれない。

 

『自分はここに居ていい』という、甚だしい勘違いを。

 

「おい・・・・どうした?」

 

瑠奈のただ知れぬ雰囲気を感じ取ってか、目の前にいる教師が恐る恐る声を掛けてくる。

 

「・・・わかりました。それがお望みならば、その希望に応えましょう」

 

「おい!どこに行くつもりだ。話はまだ終わっていないぞ!」

 

「さようなら」

 

教師の言葉を無視して、瑠奈は進路指導室を出ていった。

 

 

ーーーー

 

次の日、天気のいい昼下がりの午後。

空には雲一つない快晴が広がっている。最近はずっとこんな天気が続いている。まるでこれからしようとすることを祝福してくれているかのように。

 

「いい天気だな」

 

学園の校門に1人佇んでいる瑠奈がぼそりと呟く。

今日は平日で、今は午後の授業の真っ最中なのだが、瑠奈は授業に出席することなく、こうして校門付近で空を見上げている。

 

別に瑠奈が授業を無断欠席することは珍しいことではないのだが、今日は少しだけ様子が違っている。

学園にいる間、瑠奈は基本的に制服を着ているのだが、今日は黒のジーンズに紺色のTシャツ、その上にパーカーを羽織っている普段着だった。

 

その服装のまま、学園外に出ようとしたとき

 

「瑠奈君ッ!!」

 

後方から自分の名前を叫びながら生徒会長である楯無が走ってきた。

なるべく、生徒が自由に動けない時間帯を狙ったのだが、この人は猫のように神出鬼没だ。

 

「これはいったいどういうこと!?説明しなさい!!」

 

息を切らした楯無が持っていた書類を突きつける。

出された書類は『退学届』。名前には小倉瑠奈と書かれ、印鑑欄には偽造制作した『小倉』の判が押されている。

 

「その書類の通りです。私はこの学園を去ります。僅かな間ですが世話になりました」

 

「なんで・・・・どうして・・・・」

 

現実を認められないといった様子で慌てふためく楯無に何も感じることなく、淡々と状況説明する。

 

「この学園には私のことを気に入らなかったり、厄介に思っている人々がいるようですのでね。元凶である私がこの学園を出ていけば問題解決ですよ」

 

「昨日の進路指導室でのことを気にしているの!?あの先生も『少し言い過ぎた』って謝っていたわ。だから考え直して・・・・」

 

「別にあの先生は間違ったことはしていません。あの人はこの学園の教師で、私のような不良生徒を処理するのが役職であり、役割であり、仕事です。ただあの人はこの学園での職務を全うしただけの話です」

 

この学園の教師は職務には忠実だ。

だが、その職務に忠実すぎて、本来の教師の役割を見失っている。昨日、それを指摘したが認めてもらえず反感を買った。

ならば、もうここに長居してこの学園を守る盾であり続ける理由も道理もない。

 

「あなたは簪ちゃんの彼氏なんでしょ!?あなたがいなくなったら間違いなく簪ちゃんは悲しむわよ!それでもいいの!?」

 

「私とは世間体を守るための関係であるということは彼女も承知しているはずです。それなのにその約束を忘れ、感情的になられても困る」

 

「この学園はどうなるの!?」

 

「生徒を守るのは、本来教師と生徒会長であるあなたの役目だ。その義務と責務を私が背負わなければならない道理はありません」

 

いくら言っても結局は一般生徒がこの学園を退学するだけの話に過ぎない。

そこにいくら楯無の感情や説得を加えても何も変えることは出来ないだろう。だが、今の楯無には切り札があった。

 

「ダメよ・・・」

 

「はい?」

 

「小倉瑠奈君、今すぐ学園に戻りなさい。これは生徒会長命令よ」

 

「従う義務はありませんね」

 

「あなたはこの学園の生徒よ。ここを見なさい」

 

持っていた瑠奈の退学届の一番下の承諾欄。そこには瑠奈の承諾欄の下に、生徒会の承諾欄があり、印鑑は押されていない。

 

「ここを承諾しない限り、あなたの退学は学園が認めないわ。つまり、あなたの居場所はこの3年間この学園。わかった?」

 

確かに、退学にはこの学園の生徒会の承諾が必要不可欠なのだが、困ったことに目の前にいる生徒会長はその判を押す気はないらしい。だが、こちらにも切り札がある。

 

「生徒会長はこのように言っているけど、あんたはどう思う?」

 

妖しい笑みを浮かべながら、学園側からこちらに歩いてくる人物に向かって声を掛ける。その人物は

 

「織斑先生・・・・」

 

今は授業中だからか、ISスーツを着た千冬だった。

 

「今は授業の真っ最中のはずなんだけど・・・・職務放棄かい?」

 

「授業は山田先生に任せてきた。それよりもお前のことが優先だ」

 

「そうか・・・・じゃあ簡単に言おう。私はこの学園から出ていく。私の退学届の書類に判をよろしく」

 

教師である千冬だったら彼の考えを変えることが出来るかもしれない。そんな微かな希望を宿った目を楯無は千冬に向ける。

 

「事を急ぐな。私個人としても、お前がこの学園を去ってほしくはない。考え直してはくれないだろうか?」

 

「愚問だな」

 

そう短く答えると口角が上がり、千冬に笑みを向かべる。しかし、その笑みは人を蔑むような冷たいものだった。

 

「生徒を闘わせるような学園に居たいと思う方がどうかしてるな、初代ブリュンヒルデ」

 

何の反論もできない意見に、千冬は固く閉ざす。ここで何を言っても、瑠奈の中で教師が生徒を闘わせたという真実が変わることはない。

だが、千冬が聞きたいのはそれではないのだ。

 

「雄星という名前を知られたことを気にしているのか?」

 

「・・・・・どんな形であれ、彼女は雄星という私の名前を知った。こうなった以上、私か彼女、どちらかが消えるしかない」

 

「そんな・・・・」

 

自分のせいで瑠奈ーーーいや、雄星がこの学園を去らなくてはいけない現実に、楯無の口から悲しげな声が出る。

偶然や、事故の類だったのかもしれないが楯無は踏み込んでしまった。彼の禁断の領域を。

 

「さよなら、約束だったあなたの身体は結構です。あえてお願いするのならば、もう私と関わらないでください」

 

その言葉と同時に、彼は学園外の外へ歩いていく。

 

「ダメッ!!」

 

その状況に耐えられず、楯無が走っていき、瑠奈の服を掴む。

 

「行かないで雄星君。私はーーーきゃっ!」

 

そこまで言ったところで、掴まれていた袖を勢いよく振りほどくと、そのまま楯無の胸倉をつかむ。

 

「私の名前は小倉瑠奈だ。二度とその名前で呼ぶな、あんたにその名を呼ぶ資格はない。わかったか?」

 

低く、小さな声だったが怒りを感じさせる声ではっきりという。そのまま、恐怖で硬直している楯無を突き飛ばして尻餅をつかせると、そのまま学園外へ歩いていき、校門を出たところでアイオスを展開して飛び去っていった。

 

「雄星君・・・・」

 

いくら名前を偽ったところで、何も変わらないというのになぜ彼はここまで人を拒絶するのだろう。

 

「大丈夫か?」

 

雄星の去っていく光景を見ていた千冬が寄り、手を差し出してくる。

 

「すみません・・・・」

 

暗い気分になりながらも、差し出された手を握り立ち上がる。すると、なにか心に大きな穴が空いたような空虚感が押し寄せてくる。

 

「そう落ち込むな。元々雄星はああいう奴だ。あいつが自分勝手なのは今に始まったことではないだろう」

 

「そうですが・・・・」

 

「とりあえず、今は授業中だ。お前も教室に戻れ」

 

それだけ言い残すと、千冬は学園へ戻っていった。その足取りからは悲しさや寂しさは感じられない。

彼がなぜそんなに自分の名前を偽るのかわからないし、過去に何があったのかも楯無はわからない。

 

しかし、なぜ彼はーーーー雄星はここまでこの世界で歪な存在なのだろうか。




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