IS 進化のその先へ   作:小坂井

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地味に物語も中盤に突入してしまいました。なんだが感慨深いです。


51話 動き始める歯車

人間という生き物は不思議なものだ。

個々が別々の価値観や思考をもって生きているくせに、大きな障害や壁にぶち当たり、それを解決するために、各々が手を取り合い一丸となった瞬間、その障害を解決するための手段はどのようなものであっても正当化する。

 

どんな非道なやり方であっても、そこに大きな壁があった場合『仕方がない』や『これしか方法がない』と考え、どのような経緯があったとしても、最終的に人々はそのやり方を取る。

 

それが集団心理というものなのかも知れない。

 

 

 

 

学園祭当日、1組のラウラが提案した出し物である『ご奉仕喫茶』は朝から大忙しだった。

長蛇の列は外まで続き、並んでいる生徒たちは誰もが胸をときめかせ、楽しそうな様子だ。やはり、あの一夏と瑠奈が接客してくれる店に行くとなると多少の期待はしてしまう。

 

「いらっしゃいませ・・・・・お嬢様・・・・・」

 

そんな誰もが楽しそうな空間で不機嫌そうな瑠奈の声が響く。

 

瑠奈の体では厨房を担当することが出来ないため、一夏やセシリア、シャルロットと同じように接客を担当することになった。

そこまではいい、瑠奈もなにかしらの手伝いはしなくてはならない。

 

それは瑠奈も分かっている。

だが、だからと言って男である瑠奈がメイド服を着なくてはいけない道理はないはずだ。

 

「瑠奈さん、メイド服似合っていますわよ」

 

「褒めてないね」

 

上機嫌そうな笑みを浮かべたメイドのセシリアが嬉しそうに寄ってくる。男がメイド服を着るという非道な行為が今ここで行われているはずなのだが、クラスメイトはさも当然のように受け止めている。

 

開店前、瑠奈も接客をするのであれば、一夏が着ているのと同じ燕尾服が必要となるとクラスメイトに言ったはずなのだが、『ごめんねー、燕尾服は1着しか用意できなかったんだ』と笑顔で返され、こうしてメイド服で接客している。

 

だが、今思うと昨日、教室の床に燕尾服が2着ほど脱ぎ捨てられていたような気がしなくもない。

 

「はぁ・・・・結局こうなるのか・・・・」

 

メイド服を着て、しばらく経つが、今でも周囲の教室のテーブルに座っている客やクラスメイトがクスクスと笑っている。

 

男として転校して以来、女としての立ち振る舞いに気を遣う必要はなくなったのだが、女装していた時の名残なのか、たまに被服部からゴスロリ衣装の試着を頼まれることがあった。

 

女の衣装をきていると、女装していた時のストレスや緊張感がトラウマとなって蘇ってくる。しかも、その衣装が似合っているのだからタチが悪い。

 

「あっ!無理やり列に割り込まないでください」

 

「大丈夫です、必ず入れますから!!」

 

「お客様落ち着いて下さい!!」

 

廊下の長蛇の列を作っているスタッフの慌ただしい声が聞えてくる。やはり、何時間も待たされていることで客の不満が溜まっているようだ。

 

「悪いけどセシリア、少し外してもいいかな」

 

「え、ええ・・・・・」

 

そういい、廊下に出るとワアワアと列に並んでいる生徒が騒いでおり、列を整理しているスタッフが慌ただしく動いていた。

軽くため息をつくと、1度大きく深呼吸をして肺の中の空気を入れ替える。その動作を数回繰り返し、体の中に空気を充満させると

 

「ちゃんと並べッ!!」

 

その小さな体のどこからそんな大声が出るのかと思うほどの大きな声が瑠奈の口から発せられる。

 

「これ以上列を乱すんだったら、メニューであるオムライスにかける真っ赤なケチャップの代わりに君たちの真っ赤な血をかけるぞ!!」

 

瑠奈の大声と冗談に聞こえない殺人鬼が思いつきそうな恐ろしい発想に押されてか、乱れていた列が綺麗に整っていく。

冗談というより、瑠奈なら本気でやる可能性があるため、恐怖倍増だ。

 

「こらこら、お客さんに向かってなんてこと言うの」

 

呆れているような声が聞こえ、後ろから後頭部をコツンと小突かれる。

聞き覚えのある声に反応し、後ろを向くと、なぜかこのクラスでやっているメイド服を着ている楯無がいた。瑠奈も全く同じメイド服を着ているため、2人のメイドが向かい合っている少し不思議な状況だ。

 

「なんでそのメイド服着ているんですか?」

 

「まぁ、ちょっと拝借してね 」

 

学園祭なのもあってか、楯無も楽しそうな様子だ。

 

「ところで・・・・・体は大丈夫なの?」

 

上機嫌な声から、少し声のトーンが落ち、心配そうな表情をする。

先日の生徒会室での出来事から数週間経った。瑠奈はあの日以来、苦しむような動作はしていないようだが、あの濁った瞳をみた恐怖感は楯無の中では消えていなかった。

 

「楯無先輩は心配しすぎです、私の様子がおかしくなることなんて日常茶飯事じゃないですか」

 

「そうだけど・・・・・」

 

脆く、儚い物体を扱うように、両手で瑠奈の両頬を優しく挟むように触れ、目を見つめる。

あの日以来、こうして彼と触れることによって少しでも信用してもらおうと思っているのだが、なかなか心を開いてくれない。

それとは別に、こうしていると不思議な気分になる。なんだかあんなに強い瑠奈がとても脆く、小さな存在のように感じているのだ。

 

「あ・・・あの・・・・」

 

2人の美人メイドが頬を互いに見つめ合っている不思議な状況に申し訳なさそうな声が割り込んでいる。声の主は瑠奈と一緒に接客をしていたセシリアだ。

 

すぐに戻ってくるといっていたはずの瑠奈がなかなか戻ってこないため、様子を見に来たのだ。

 

「瑠奈さん、そろそろ接客に戻ってもらいたいのですが・・・・」

 

第三者であるセシリアが介入してきたことによって、瑠奈と楯無は一気に現実へ引き戻される。

 

「ほ、ほら!瑠奈君、いくらメイド服を着たお姉さんがかわいいからといって、いきなりキスしようとしないの!」

 

「そ、そんな事しませんよ!!」

 

互いに照れ隠しかのように、大げさなリアクションで誤魔化す。どうにも、最近楯無を特別な目で見てしまう自分がいる。

ちらりと時間を見ると、思いのほか時間が経っていた。

 

「時間を取っちゃってごめんなさいね、お詫びと言ってはなんだけど、お姉さんがしばらくお店を手伝ってあげるから君は少し校内を回ってきたら?」

 

「いいんですか?」

 

「いいの遠慮しないで、せっかくの学園祭なんだしね」

 

軽くウインクをし、店内に張りきった様子で教室へ入っていった。

校内を回ってこいと言われても行きたい場所などない、どうやって時間を潰そうかと考えていると

 

「あ、あの!」

 

少し大きめの声でセシリアが声を掛けてきた。

 

「も、もしよければわたくしと一緒に回りませんか?」

 

「別にいいけど・・・・・店は大丈夫かな?」

 

「少しの間ならば問題ないと思います。それでは行きましょう」

 

強引に瑠奈の腕を抱えると、2人のメイドは人混みの中を進んでいった。

 

 

ーーーー

 

瑠奈の腕を抱えたセシリアの歩みは『吹奏楽部の楽器体験コーナー』と書かれた教室の前で止まった。

 

「へぇ・・・・セシリアって音楽できたんだ」

 

「ええ、乙女のたしなみとして多少は、瑠奈さんは興味はおありで?」

 

「私はピアノしかできないな・・・・・」

 

正確には「ピアノもできないようになった」といったところだろう。

どこぞの手のかかる天災の妹のせいで右腕だけになってしまってはドレミの歌ぐらいしか弾くことができない。

 

自分の低スペックに呆れながら、扉を開くと中には客は1人もいなく、部長らしき人物が部屋の中心でぼ~と楽器の手入れをしていた。

 

「・・・・・・」

 

なんとなく声を掛けづらい雰囲気の中、立ち尽くしていると、瑠奈とセシリアの存在に気が付いた部長が嬉しそうに近寄ってくる。

 

「おお!おお!こんなに美人なメイドさんが2人も来てくれるなんて嬉しいよ!!」

 

暇なときに客が来てくれたからか、メイド服を着た瑠奈という一生見る機会のなさそうなものを見れたからなのか、部長のテンションが高い。

 

「ここにある楽器ならば何でも弾いてもいいよ。初心者でも私がサポートするから」

 

教室においてある椅子にはフルートやクラリネットといった管弦楽器からビオラやチェロといった弦楽器などが置かれている。

 

「それではあれをお借りしますわ」

 

その中でセシリアが選んだのは弦楽器のバイオリンだった。イギリス人であるセシリアと繊細な技術を必要とするバイオリンはある意味ナイスなチョイスと思えた。

左腕全体でボディを支え、軽く弓で弦を弾き、駒の微調整を行う。軽い準備運動を終えると

 

「瑠奈さん、聴いて下さい」

 

少し緊張した表情でバイオリンを持って立ち上がり、瑠奈の座っている椅子の前に立つ。

そのまま数回深呼吸をし、構えると

 

『~~♪~~♪』

 

静かに曲を奏で始めた。セシリアはあくまで代表候補生であり、プロのバイオリン演奏者というわけではないのだが、その腕前にミスはなく、滑らかな音響が教室に響く。

 

「ねぇ・・・小倉さん。これってなんて曲かわかる?」

 

瑠奈の隣で曲を聞いていた吹奏楽部の部長が気恥ずかしそうに小声で質問してきた。吹奏楽部なのに、この曲名をご存じないのはいかがなものだろうか?

 

「このなめらかな音程の曲はフォーレの『夢のあとに』です」

 

「へー、小倉さん音楽分かるんだ」

 

「ちょっとした趣味なんですよ」

 

音楽というものは不思議なものだ。歌詞や歌手の国籍や文化、宗教など関係なく、様々な人の心に変化を促す。

 

(いい曲だ・・・)

 

静かに目を閉じ、鑑賞に浸る。誰かが自分のために音楽を奏でてくれることなど久しぶりだ。傷ついていた自分の心が癒されていくことを感じる。

まるで母親の腕の中で安心する子供のように目を閉じたまま、わずかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

場所は移り、4組の教室。4組も1組と同じようにカフェを営業していたのだが、1組にいる一夏と瑠奈の男子コンビに客を取られ、あまり繁盛しているとは言えなかった。

だが、そんなことはあまりクラスメイトは気にしていない様子らしく、普通に皆楽しそうだ。

 

簪は調理担当として厨房で注文のホットケーキを焼いていたのだが、持っているフライパンからはブスブスと煙が発せられ、ホットケーキの生地は炭の塊と化している。

だが、そんな事気にする余裕などなく、頭の中には昨日の夜の出来事がリピートしていた。

 

『美味しそうな体だ』あの時、瑠奈は簪にそう言った。あれは一種のプロポーズのようなものだろうか?改めて彼に聞いてみたいが、こちらから聞くとなると、とんだ羞恥プレイを強いられることになる。

さりげなく自然な流れで質問するのが望ましいが、はたしてそんなチャンスが来る時があるだろうか?

 

「美味し・・・そうな・・・・体・・・・」

 

彼に言われた褒め言葉(簪にとって)をつぶやき、顔が真っ赤になる。これはあれなのだろうか、『偽物の恋人っていう関係だったけど・・・・・私、もう我慢できないんだッ!!簪のすべてがほしい!!』というパターンなのだろうか?

 

もしそれが本当なのなら嬉しいが、流石に昨日の夜のようにいきなり来られてはびっくりしてしまう。そこらへんは彼とのちに話し合いたいものだ。

 

「へへへ・・・・」

 

「簪ちゃん~♪何を楽しそうにしているの~?」

 

「きゃっ!!」

 

突然、後ろから腕を回され、思いっきり体を抱きしめられる。危うく、持っていたフライパンを落としそうになるが、何とかバランスをとり、踏みとどまる。

 

「お、お姉ちゃん・・・・」

 

なぜメイド服を着ているかの疑問は置いておいて、4組に何か用だろうか?ひとまず、胴体に絡みついている腕を何とかほどくと、メイド姿の楯無と距離をとる。

 

「何か・・・用・・・?」

 

「そんなに警戒しないで。別になにもするつもりはないから。・・・・・ところで簪ちゃん?」

 

ニタリと妖しい笑みを受けべながら楯無は簪へ一歩ずつ歩み寄る。

 

「な、なに・・・?」

 

「簪ちゃんは瑠奈君と偽物の恋人関係ってお姉ちゃん聞いたけど・・・・・本当?」

 

「う、うん・・・・」

 

狭い厨房では逃げ場はなく、楯無から逃げるように退いていると、すぐに壁へ追い詰められてしまう。逃げ場がなくなってしまった以上、簪は楯無の言葉に耳を傾けるしかない。

 

「そう・・・・でも簪ちゃんはそれでいいの?」

 

「え?」

 

「瑠奈君の本当の恋人じゃなくて、世間体から守るだけの偽物の恋人、そんなので満足なの?」

 

「うん・・・・瑠奈の力になれるのなら・・・・・」

 

「本当に?瑠奈君と本物の恋人になりたいと思ったことは一度もないの?」

 

それはずっと思っていたことだ。偽物ではなく、本物の恋仲として人前に出たい。それはここ最近、ずっと思っていた願いだ。

飾りだからといって瑠奈は2人っきりの時でも自分に冷たくなることなく、仲良くしてくれた。だが、どんなに仲良くなっていても、『偽物の恋人』という言葉が簪の心の奥底で消えることなく存在している。

 

そんな関係を続けていれば、『瑠奈の本物の恋人になりたい』という願望が出てくるのも仕方がないことだろう。

 

「・・・・・なりたい」

 

「うん?」

 

「瑠奈の・・・・・恋人になりたいっ!」

 

半ば、やけくそになりながらも自分の気持ちを目の前の姉に伝える。だが、この言葉は目の前の姉ではなく、瑠奈本人に伝えるべき言葉だ。

いくらここで願望を叫ぼうが、どうしようもないはずなのだが、今日の楯無はその願いを叶えられる可能性があった。

 

「だったら私についてきて。うまくいったら簪ちゃんは瑠奈君と恋人になれるかもしれないわよ?」

 

「え・・・・本当?」

 

「あくまで可能性よ?いいから私についてきなさい」

 

強引に手を取ると、楯無は簪の手を引っ張ってクラスを抜け出し、夢のステージへ案内していった。その光景は舞踏会行きたいと願うシンデレラの願いを叶える魔女のようだった。

 

 

ーーーー

 

「素晴らしい演奏だったよ」

 

「ふふ・・・・ありがとうございます」

 

吹奏楽部の演奏の帰り道、瑠奈とセシリアは上機嫌に廊下を歩いていた。どんな形であってもこれで少しは彼にいいところを見せることができた。

これで少しは自分の評価も変わるだろう。

 

「ふふふ・・・・・」

 

笑みを受けべながら教室に戻ると、瑠奈とセシリアがいた時よりさらに繁盛しており、同じ接客業である一夏や箒、シャルロットなどが忙しそうに働いている。

やはり、一気に2人の欠員は痛かったらしい。

 

「あ、瑠奈にセシリア!どこ行ってたんだよ!」

 

「ごめんごめん、ちょっと用事があってね。すぐに手伝うよ、ほら、セシリアいこう」

 

簡単な状況説明を受け、瑠奈とセシリアの2人は復帰する。

状況が切羽詰まった多忙な状況のせいか、教室のあっちこっちうろつき、お菓子を運んだり、注文をうかがいに行ったりして仕事をしていく。

 

(これは・・・・辛いな・・・・)

 

まともな社会労働を体験したことが無かったせいなのか、体が慣れない労働に戸惑っているようで不愉快な感覚だ。

それを誤魔化すかのように、器用に口で右腕を腕まくりし、気合いを入れた時

 

「ちょっといいですか?」

 

近くのテーブルに座ったスーツを着ている女性に話しかけられた。

 

「あなたが小倉瑠奈さんですか?」

 

「はい、そうですが・・・・・あなたは?」

 

「失礼しました、私はこういうものです」

 

そういうと、スーツ女性は懐から名刺を取り出し、手渡してきた。

 

「IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙玲子さん?」

 

目の前にいる女性の名前はともかく、知らない企業名だ。いや、単純に瑠奈がISの世界企業の対して無知なだけなのかもしれない。

 

「はい。突然なのですが、小倉さんがこのIS学園で独自に機体を開発しているというのは本当ですか?」

 

(ああ、打鉄弐式のことか・・・・・)

 

IS学園では瑠奈が簪のためにISを作っているという話は隠していない。隠したところでいずれは感づかれるし、ばれないようにコソコソと作業するのは性分に合わない。

おそらく、この巻紙玲子という女性はその打鉄弐式の存在を感じ取ったどこぞの企業の差し金といったところだろう。

 

「ええ、真実です」

 

「やっぱりですか!そのISの管理を私たちに任せてはいただけませんでしょうか!?」

 

ここぞとばかりに食いついた様子で瑠奈の手を逃がさないとばかりに握る。いきなり交渉相手に気安く触れられたことで軽く不愉快になるが、何とか顔には出ないように耐える。

 

「いや、この学園で十分設備は整っていますし、優秀な整備員(エスト)もいるので結構です」

 

「そういわずに」

 

握った手を自分の元に引き寄せ、食いついてくる。

 

「わたくしたちの設備ではスタッフが24時間体制の厳しい検査と監視を行っております。さらに、機体の武装までも研究しており、機体に合わせた装備を開発できます」

 

あれこれパンフレットをテーブルの上に出し、瑠奈の注意をひかせようとする。その必死な形相を歎賞したい気分だ。だが、そんな強引なキャッチセールス紛いの行動を追い払う方法を瑠奈は知っていた。

 

「わかりました・・・・・あなた方に機体を一任してもいいでしょう」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ・・・・・ですが1つ質問があるんですが・・・・いいでしょうか?」

 

「はい、私にお答えできるものであるのならば」

 

念願の言葉を聞けてか、目の前の巻紙玲子という女性は嬉しそうに笑みを浮かべている。だが、その笑みは次の瞬間凍り付くことになる。

 

「あなたがこのIS学園の学園祭に入場したときに使ったチケットを見せてもらってもいいでしょうか?」

 

「え・・・・」

 

予想外の質問をされてなのか、口から間抜けな声が出てしまう。

 

「えっと・・・・どういう意味でしょうか・・・?」

 

「この学園は一般開放されていません。入場するためには生徒からもらった招待券、企業の人間ならばIS学園の理事長のサイン入りの招待書が必要です。学園に入るときに入場ゲートで係員の者に見せたでしょう?それを私に見せてくれるのであれば、あなたを企業の人間だと認めましょう」

 

普通の人間ならば、簡単なことだ。上司から渡された招待書を目の前の人物に見せればいいだけの話だ。だが、それはできない。初めから招待書など持っていないのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「もう一度聞く、どうやって入った?」

 

低く、濁っている警戒心が露わになっている声が鼓膜を振動させる。その声に体が強張った時

 

「小倉さーん、なんかお客さんが来てるよーー!!」

 

クラスメイトの瑠奈を呼ぶ、明るい声が聞こえてきた。それがスイッチとなったかのように、顔に笑みを浮かべると

 

「それではお客様ごゆっくりどうぞ」

 

先程とは180度違った明るい声を出すと、クラスメイトのいる方向へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「楯無お姉さん参上!」

 

「はぁ・・・・・」

 

「なによ、人にあった途端ため息なんて失礼ねぇ」

 

いかにも厄介事を持ち込んできそうな人間の登場により、体の中の疲労がどっと倍増するのを感じた。いや、実際今も疲労は蓄積し続けているかもしれない。

 

「なにかご用ですか?」

 

「そんなに警戒しないでよ。私は君を生徒会の出し物である演劇に招待しに来たのよ」

 

「え、演劇?どういうものですか?」

 

「まあまあ、詳しいことは来ればわかるから」

 

「え・・・でも店が・・・・」

 

「君のシフトはもう終わりでしょ?」

 

ちらりと時計を見ると数分ほど前に瑠奈のシフト時間は終了していた。教室をみてみても同じ時間帯の一夏や箒の姿はない。

 

「いいから来なさい」

 

強引に手を取ると、そのまま瑠奈を教室から連れ出していく。今日はよく女性にエスコートされる日だ。別に悪いこととは言わないが、こうして他人が自分の手を握っているのは、以前の自分では想像できないことだ。

 

「なんか嫌な予感しかしないんですけど・・・・・」

 

「大丈夫よ瑠奈君。・・・・・・人は恥ずかしすぎて死ぬことはないから」

 

その腹黒い笑みを見た瞬間、やっぱりその予感は的中していたと確信した。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「ちっ、あのガキ・・・・こっちの弱点を突きやがって・・・・」

 

愚痴りながら1人の女性が人気のない廊下を降りていた。

本来ならば、あそこで交渉が成立し、今日中にISを持ち帰ることが出来た筈だというのに。しばらく階段を降りたところでポケットに仕舞っていた携帯が鳴り、ちっと舌打ちをして携帯に出る。

 

『オータムですか?交渉の方はどうなりましたか?』

 

「あのガキが意外と鋭くてな。失敗したよ。これからセカンドフェイスに移行する。てめぇもさっさと配置につきやがれ」

 

『はぁ・・・・ISばかりに頼っているからそういう技術面での弱点を突かれるんですよ、この愚か者が』

 

「あとでいくらでも説教は受けてやる。さっさと終わらせるぞスポンサー様」

 

強引に通話を終了して、IS学園の整備室に向かう。

 

(なんであの女は小倉瑠奈とかいうガキにあんな異常なまでの執念を持ってやがるんだ・・・・?)

 

何度も頭の中でその疑問が浮かんでくるが、戦闘員であるオータムなどでは答えにたどり着けない。

いや、あの女の考えがわかる人間など、この世にいるのだろうか。

 

亡国企業(ファントム・タスク)』最大のスポンサー企業の女社長にして対ISを想定した究極のデザインソルジャー計画、通称『ルットーレ(破壊者)』計画の研究責任者であるレポティッツァのことなど。

 




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