IS 進化のその先へ   作:小坂井

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GWですねぇ・・・


49話 不吉な綻び

翌日、一時間目のSHRの半分を使って全校集会が行われた。

その内容は今月の中程に行われる学園祭についてだ。

 

「ふぁぁ~・・・・・」

 

朝なのもあってか、列に並んでいる瑠奈が大きなあくびをする。

本来なら、こんな集まりなどサボってしまおうとしたのだが、一夏に『女子だらけの空間を一人でいるのはきつい』といわれ、付き添いという形で参加している。

 

「ねぇ、あれって小倉さんだよね?」

 

「やっぱり・・・・本当なのかな?・・・・」

 

「ちょっと誰か聞いてみてよ?」

 

列で並んでいると、周囲からごしょごしょと話し声が聞こえてくる。

やはり皆気になっているのだろう、あの()が本当かどうかを。しかし、互いに牽制し合っているせいか誰も真実を訪ねようとするものは現れない。すると

 

「ねぇねぇールナちょむ?」

 

この均衡状態を崩すものが現れた。声を聞いた瞬間分かる、この眠たくなるような声を出すものは1人しかいない。

 

「なんだい、本音?」

 

声の主はクラスメイトにして簪の幼馴染である本音だった。

 

「うい!かんちゃんと付き合っているってホント~?」

 

「ああ、本当だよ」

 

そう返答した瞬間、周囲の女子たちが大きな衝撃を受け、『うッ!!』と声にならない悲鳴を上げる。

あの孤高の存在である小倉瑠奈がとある女子生徒との交際を認めたのだ、瑠奈を狙っていた生徒にとっては衝撃的な出来事だろう。

 

周囲では哀しみのあまりにペタンと地面に座り込む生徒や、友人に慰めてもらっている生徒、新聞部に特ダネを売り込むために、手元のメモ用紙にガリガリとペンを走らせている生徒、様々な反応に軽く心の中で苦笑いをしていると

「それでは、生徒会長から説明させてもらいます」

 

生徒会役員らしき生徒がそう静かに告げると会場のざわざわが収まっていく。

 

「やあ、みんなおはよう」

 

そして生徒会長である楯無が登場してきた。

楯無を見た瞬間、少し気恥ずかしい気分になる。この間の生徒会室での露出プレイ以来、楯無のことを見ると何やら熱い感覚が体を巡っていくのを感じてしまう。

 

もともと、異性や性に対して疎い部分があったのは否めないが、先日に自分の目の前で全裸になった少女を目の前にして『意識するな』という方が無理難題だろう。

 

(落ち着け・・・・心を冷静に保て・・・・)

 

軽く、心の中でホイヘンスの原理を復唱して心の平穏を保つ。しかし、その行為はすぐに無意味に帰す。

 

「っ!!」

 

偶然、壇上で挨拶している楯無と目が合う。その瞬間先日の出来事が脳裏を掠めた。楯無の瑞々しい体、恥ずかしがる表情、ぷりっとしたマシュマロのように白くて肉付きいいお尻、そして豊かな胸。

 

普通の女性の体であったらここまで記憶に刻み込まれるようなことはなかったはずだ。

しかし、妹のためにあそこまでする彼女が大きな印象となっているため、忘れることが出来ない。自分の姉も全く同じような人だったのだから・・・・・・

 

目が合った楯無も瑠奈と同じような心境らしく、顔を赤くすると、恥ずかしそうに視線を逸らす。どうやらあの出来事を忘れるには互いに時間が必要だろう。

 

「ん?ねぇ~ルナちょむどうしたの~?」

 

「ごめん本音・・・・ちょっと外させてくれ・・・・」

 

「えぇ・・・でも始まったばかりだよ~」

 

「とにかく・・・・後は頼む・・・」

 

そう言い残すと、教師たちに気付かれないように静かに会場を出ていった。

 

 

 

ーーーー

 

「はぁ・・・・・」

 

全校集会が終了した後もこの心の波は収まることなく、瑠奈の心に渦巻いていた。一度簡易な身体検査もしてみたが異常なしの診断結果がでた。

肉体に異常がないとすると、これは精神的な問題だということだが、外傷が無い分、治療は難しいものだ。

 

「---なっ・・・おい、瑠奈!!」

 

すると、前方から自分の名を呼ばれて我に返る。

場所は放課後の教室、クラス委員である一夏が壇上から名を呼んでいた。副委員である瑠奈も本当は壇上に立たなくてはいけないのだが、生憎、瑠奈は左脚の義足を装着してから日が浅いため、こうして席に座らせてもらっている。

 

「瑠奈もなんか言ってくれよこの出し物に」

 

『織斑一夏のホストクラブ』 『織斑一夏とツイスターゲーム』 『織斑一夏とポッキー遊び』and more

これではクラスの出し物というより、合コンのゲームのようだ。

 

「そうだね・・・・『織斑一夏と野球拳』なんてどう?もちろん下着は最後に脱ぐというルールで」

 

「お!!いいアイデア!」

 

「流石小倉さん!!さらっとすごい案を出すよね!!」

 

「なるべく一枚も脱がずに、すべて脱がしたいところだけど・・・・・」

 

野球拳というお色気要素満々のゲームに熱が入ったのか、元気満々な女子達は次々に華を咲かせていく。

すこし悪乗りが過ぎたかと少し反省していると

 

「瑠奈・・・・ちょっといいか?」

 

頭を抱えた一夏が瑠奈の席までやってきた。

確かに今度の学園祭で自分が景品になっていては頭も抱えたくなるだろう。学園祭で1位になった部活に一夏を強制入部させるという本人の許可もとっていない強引で理不尽な出来事に気の毒だとは思うが、現実とはそういうものなのかもしれない。

 

「いまならまだ間に合うかもしれない、あの生徒会長に条件を取り下げてもらうように頼みに行きたいから付き合ってくれよ」

 

正直言ってあの楯無が説得に応じるかどうかは怪しいところだが、何事も行動してみなくては始まらない。このまま出し物の話もしばらく決着もつきそうもないし、ちょっとぐらいは席を外しても大丈夫だろう。

 

「わかった・・・・ひとまず生徒会室に行ってみよう」

 

熱論を繰り広げているクラスメイト達にばれないよう、静かに一夏と瑠奈は教室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「えっと・・・・ここでいいんだよな?・・・」

 

「ああ、ここでいい」

 

目の前の『生徒会室』と札がかけられているドアをコンコンと数回ノックする。すると

 

『どうぞ』

 

ドア越しにそう返事が来たため、少し緊張している一夏と共にドアを開いた。

 

「来ると思っていたわよ、織斑一夏君」

 

部屋には朝の全校集会でみた楯無が椅子に座って生徒会の仕事をしていた。

集会でのことがあってか、動揺が走るが、顔に現れないように堪える。それに対して、楯無はいつものように涼しげな生徒会長としての態度を貫いている。

 

「ふふ、お姉さんに用があるっていうことは朝の全校集会についてかな?」

 

「そこまでわかっているのなら、一位になった部活動に俺を強制入部させるという条件を撤回してください!!」

 

ドンッと両手を手について、一夏は楯無に訴える。確かに部活動に興味がなかったと言えば嘘になるが、今の一夏には放課後の時間を部活動などに費やしている余裕などはない。

 

「確かに私も悪いなとは思ったわよ?だけど男子生徒で唯一部活動を行える立場にある織斑一夏君が何の部活もやっていないとなると色々と生徒会にも苦情が出てくるのよ」

 

一夏は五体満足な体に対し、瑠奈は左脚が義足で左腕消失の三体満足状態だ。片腕だけの人間でできることなどたかが知れてる。

 

「それにこの話は織斑一夏君にも得がある話なのよ」

 

「それとは?」

 

「交換条件として、私が学園祭までの間、君を鍛えてあげましょう」

 

「結構です」

 

コーチは専用機持ちに加え、最強(一夏の中で)の存在である瑠奈がいる。十分に教えを乞う相手はいるので必要ないと言い切った瞬間、意外な人物が口を挟んできた。

 

「いや、その話、受けるべきだ」

 

沈黙を貫いていた瑠奈が、顔の角度を変えずにはっきりと口にした。正直、瑠奈本人としては沈黙を貫き通す予定だったのだが、この話となれば話は別だ。

 

「え・・・でも、コーチはたくさんいるし大丈夫だろ?」

 

「私から見てもこの人(楯無)は強い。十分に特訓を受ける価値はある。それにロッカールームでの話をもう忘れたか?」

 

『君と私も明日生きている保証などどこにもない』『私がこの学園からいなくなったときは君たちがこの学園を守るんだ』一種の現実逃避のようなものだったのだろうか?心の中で『そんなわけはない』と否定していたが、目の前の瑠奈の目を見てわかった。

 

(瑠奈)の言っていることは本気だ。

そう自覚してくると、急に足元が冷えていくような恐怖を感じてきた。今の一夏にとってプライドや言い分など言い訳に過ぎない。

 

「わ、わかりました・・・・・」

 

それだけ言うと、一夏はクラス委員の仕事があるため、生徒会室を出ていった。部屋には瑠奈の楯無の2人だけが残される。

 

「あの・・・・とりあえず座って・・・・ね?」

 

「は、はい・・・・」

 

一夏が居なくなったことにより、場を引き締める第三者が居なくなったため、反応に困った楯無と瑠奈は急にしおらしくなる。

正直言ってここで一夏と一緒に教室に戻ればよかったと後悔したが、椅子に座った直後に『私はもう教室に戻ります』というのはおかしいだろう。

 

「瑠奈君、君は・・・・今朝の全校集会で途中で退出したけど、どうしたの?体調でも悪くなったの?」

 

「いえ・・・・そういうわけじゃありません」

 

あの胸の熱い波を思いだすだけで複雑な心境になる。一瞬、言おうかどうか迷ったが、このまま胸の内にため込んでいてもストレスの要因になるだけだ。

全てとはいかないが、この胸の内をさらけ出せる人間が必要だったのだろう。たとえ、相手が楯無であっても。

 

「・・・・あの時、壇上で楯無先輩を見た瞬間、なんだが・・・・・今まで体験したことのない奇妙な気持ちになったんです。その気持ちを言葉にするのは難しいですけど・・・・」

 

「そ、そうだったんだ・・・・」

 

瑠奈と話しているとどうしても考えてしまう、妹である簪の専用機が完成し、自分の体が瑠奈の物になった時、自分はどうなってしまうのかと・・・・・・

 

彼のことだから、売ったり売春させたりする人間ではないと思う。だとしたら残ったのはーーーー

 

「~~~~~ッ!!」

 

彼の性欲処理の道具となって体の隅々まで弄ばれてしまう自分を想像して顔が真っ赤になる。

いきなり暴力的に襲ったりはしないで、少しずついじくりまわし彼のことしか考えられない体に調教していくだろう。

 

そして長時間の(しつけ)に我慢できずに楯無が泣いて懇願するまで苛め抜き、そして最後の防壁が脆く崩れ去ってしまう時を見計らってベットに押し倒すと、優しくキスをして2人の体は1つになり、自分は『女』となる。

 

そのまま2人は本能に従ってひたすら互いを求めあう作業に没頭する。自分の豊満な胸を揉まれ、抱きつかれ、何度も何度も肉付きの良い身体に挿入を繰り返され、部屋には瑠奈の荒い息と楯無の喘ぎ声が響いていた。

 

全てが終わり、生まれたままの姿でベットで放心している自分に彼は『楯無、今日は頑張ったね』と優しく頭を撫でて子供のように微笑みを向けてくる。瑠奈に9割の鞭と1割の飴に喜んでしまう淫乱な身体にこのまま少しずつ・・・・少しずつ変容させられていってしまうのだ。

これから一生、彼を求めるためのペットとして・・・・

 

「んっ、へへへ・・・・はっ!」

 

太ももをこすり合わせて、ピンク色な乙女の妄想を膨らませていた楯無の目の前には、複雑な表情を浮かべた瑠奈が静かに座っていた。

それを見た瞬間、とてつもない羞恥心に襲われ、机に突っ伏した。なんていうことだろう・・・・・前の裸と言い、今回のだらしのない顔と言い、なぜこうも彼には自分の痴態を見られてしまうのだろうか。

 

「瑠奈君!!」

 

「えっ!な、何ですか・・・・」

 

「ちょっと立ちなさい!!」

 

いきなり命令のような勢いのある口調で立ち上がらせると、ゆっくりとした歩みで瑠奈を壁際に追い詰めてゆく。瑠奈も身の危険を感じ、逃げようとしたが、楯無の目が『逃げるなよ』と鋭いメッセージを送ってきている。

 

「ひっ!」

 

とうとう壁に背を付けるほどに追いつめられ、逃げ場を失う。これは楯無の癖だ。恥を感じたら、その恥を忘れるためにさらに大きなリアクションをして忘れようとする。しかし、頭がパニックを起こしている状態でリアクションを起こしてもいい方向に転ぶはずがない。

それどころか、思考が働かないせいで自分でも自分の行動が理解できない分、タチが悪い。完全なる暴走状態だ。

 

「瑠奈君、君は約束を覚えている?」

 

「や、約束ですか?・・・」

 

「ええ、簪ちゃんの専用機が完成したら私の体を好きにしていいっていう約束」

 

「もちろん・・・・覚えていますよ・・・うおっ!!」

 

すると、赤く熱を帯びた楯無の顔を突きつけられて、裏返った声が出る。瑠奈は男性の中では低身長の分類に入るため、年上の楯無と同じぐらいの身長だ。そのため、大きな高低差が無く、真正面にドアップで顔が映し出される。

 

「だったら話は早いわ、あなたのことだから、どうせもうすぐ専用機は完成するんでしょ?」

 

危機感を感じながらコクリと小さく頷く。次の行事であるキャノンボール・ファストには間に合わないが、その次の行事の全学年合同のダッグマッチには間に合う予定だ。

 

普通ならば、二、三か月ほどではISを完成させることなどできないが、AIのため疲れを知らないエストと驚異的なプログラミング能力を持つ瑠奈に簪という最強チームが結集したため、ハイスピードで完成へ進んでいっている。

 

「この生徒会室には私とあなたの2人だけ・・・・・・せっかくだから味見していかない?」

 

「な、なにをですか?・・・・」

 

「私の体を」

 

そうはっきり言うと、ドンッと瑠奈に壁ドンとして逃げ道を塞ぐと、もう片方の手でカーディガンのボタンを外し、さらにその下のワイシャツの胸のボタンをはずし始めた。

 

「た、楯無先輩・・・・・なにを・・・・」

 

突然の楯無の行動、壁ドンによって退路はない、そして目の前の熱を帯びている美しい女性の双眼、いつもの自分ならばパニックになっているはずだが、なぜか心は静寂を保っていた。

理由は簡単だ、瑠奈は見とれていたのだ、楯無に。

 

かわいらしい顔に、スタイルの良い体、そして家族を想う優しい心、そのすべてが瑠奈にとっては懐かしいものだった。

いまのように心身ともに穢れた存在になるまえに感じていた温かい心、それが楯無にはあった。

 

「楯無先輩・・・・・」

 

胸のボタンがブラジャーに包まれた谷間を強調するところまで外されたところで、瑠奈は楯無の頬に手を当てた。手の平から温かい体温を感じ、瑠奈の冷たい手を温めていく。

 

「私は・・・・・あなたのことが・・・・・」

 

呆けた顔で小さく、だが目の前にいる楯無にははっきり聞こえる声で今の自分の気持ちを伝えようとしたとき

 

「ぐっ・・・・・あ゛ぁぁ!!」

 

突如、かすれた声をあげ、胸を抑えて地面に蹲った。

 

「瑠奈君!?どうしたの!!」

 

突然の異常事態に楯無が声を荒上げる。そういえば一学期にこんなことがあった、部屋で薬剤のカプセルをぶちまけて倒れていることが。

 

「ぐぅぅぅ・・・がっ、あぁぁ!!」

 

「どうしたの!?しっかりして!!」

 

意識を確認しようと瑠奈の目を見た瞬間、楯無が凍り付いた。瑠奈の目が赤く濁った眼に変異していたのだ。楯無はその目を見たことがある、学年別トーナメントで自分の首を締めあげた冷徹で残忍な目だ。

 

「あ・・・・あぁ・・・」

 

そのことがトラウマとして刻まれているせいなのか、本能的な恐怖を感じ、地面に蹲っている瑠奈から数歩離れる。

楯無は怖い、なにやら自分が・・・・いや、人間が触れてはいけないものに接触しているようで。

 

「ぐぅ・・・・・ぐぅぅぁぁぁッ!!!!」

 

突如叫び声をあげたかと思うと、強引にドアを開け、生徒会室を出ていった。部屋には楯無だけが残される。

 

「どうしたのよ・・・・瑠奈君・・・・」

 

確かに互いに『信用しろ』などと言える立場ではないのかもしれない。瑠奈には瑠奈の、楯無には楯無の秘匿があり、テリトリーがあり、プライバシーがある。

それは従順承知だ、だが何か月もこの学園で暮らしているのだ、少しは『生徒会長』としての自分を頼ってくれてもいいのではないのだろうか?

 

しかし、それを彼に言うのは横暴な行為。結局は彼が自ら心を開いていくのを待つしかないのだ。

彼に頼られない自分と一瞬でも彼を恐れてしまった行為に対する無力感を感じ、楯無は静かに悔しさを噛み締めた。

 

 

ーーーー

 

真夜中

 

とあるアリーナの客席で前かがみの姿勢で静かに座っている人影があった。その人物はもう何時間もこの姿勢のまま身じろぎ1つせずに座り続けている。

 

「・・・・・・・・」

 

聞こえてくるのは僅かなせせらぎと風の音だけ。まるで自分だけがこの世界から切り落とされたような寂しい光景だ。だが、その光景に1つの人物が入り込んできた。

 

「ここにいたか・・・・」

 

寝間着らしいのか、軍服を着たラウラが静かに声をかけてきた。そのとき、夜空の雲がはれ、月明かりに、その人物が照らされる。

 

「教官たちがお前を探している。寮に戻るぞ瑠奈」

 

前かがみの姿勢になっているせいで、長い黒髪が前に下ろされ、顔が確認出来ないが、左腕のないところを見るとすぐに瑠奈だとわかる。

 

「ラ・・・・ウラ・・・・・」

 

かすれたような声でそう返事する。瑠奈は放課後の生徒会室を出ていったあと、ずっとこのアリーナの観客席で静かに何もせず、夕食もとらず、じっと座っていた。

 

そのせいでルームメイトである簪が瑠奈が夜中になっても帰ってこないと騒ぎ出したため、教師や生徒会といった生徒たちがこうして探索に乗り出したのだ。

 

「いきなりいなくなってどうしたんだ?夕食もとらないでずっと行方不明で心配したんだぞ。さあ、帰るぞ」

 

手を差し出すが、ピクリとも反応せずに前かがみの姿勢のまま観客席に座っている。強引にでも立ち上がらせようとさらに近寄った時、ラウラは気づいた。瑠奈の肩や頭がわずかながら震えていることに。

 

「どうしたんだ・・・・・・泣いているのか?・・・・・」

 

その質問にも反応することなく、静かに座り続けている。まるで体から魂が抜けだしてしまったようだ。

 

「隣・・・・・座るぞ・・・・」

 

ひとまず、様子を見ようと瑠奈の座っている隣の席に座り、ひとまず様子を見る。幸いにも周りには誰もいない。この場所にいるのは瑠奈とラウラの2人だけだ。

だが、座ったのはいいが、どんな会話をするべきなのか思いつかない、先ほどから声はかけているが、その反応は薄い。そんな状態でかけるべきことなど思いつかない。

 

「ラウラ・・・・・」

 

すると意外なことに瑠奈の方から声をかけてきた。顔を合わせることもなく、俯いたままの状態で1つラウラに問いかける。

 

「君は・・・・・人間なのか(・・・・・)?」

 

質問された瞬間、言葉にできない緊張感がラウラを包んだ。言われてみれば、普通の人間は左目が金色に輝いたりしない、遺伝子を人工合成されたりなどしない。

それはラウラの大きなコンプレックスであった。言われてみれば、確かに自分は普通とは呼べない存在なのかもしれない。だがーーーー

 

「私は人間だ」

 

「なぜ?」

 

「私がそう思うからだ」

 

理屈や理論など一欠片もないラウラらしいストレートな理由だ。この地球上で『お前は人間じゃない』と他人を差別する人間などいない。

仮にいたとしても、そいつは神紛いの行動をするペテン師に過ぎないだろう。神が人になれないのと同じように、人は神になどなれない。

 

「いくらほかの人間が私を否定したとしても、自分のことを決められるのは自分だけだ。他人の意見などその判断材料にすぎないと私は思うぞ」

 

瑠奈を勇気づけるかのように必死に自分の持論を語っていく。すると、指一本動かすことのなかった瑠奈の手がゆっくりと動き、ラウラの左目の眼帯へ向かっていった。

 

そのまま、眼帯を優しく外す。眼帯を外されたことによってラウラの左目の金色に輝く『超界の瞳(ヴォーダン・オマージュ)』が露出し、この暗いアリーナで小さく輝く。

 

ラウラにとってコンプレックスであるこの瞳は他人になど絶対に見られたくないものなのだが、不思議と瑠奈に見られたことに対しての不快感は感じなかった。

 

「綺麗な瞳だ・・・・・」

 

小さくつぶやき、左目の瞼を優しく、ゆっくりと撫でていく。

 

「ほ、ほらっ!!いつまでもこんなところにいないで寮に戻るぞ!!」

 

褒められて嬉しいのか、瑠奈の持っていた眼帯を強引に取り返すと、少し大げさな動作で席を立つ。

 

「夜間の無断外出で反省文を書かされるかもしれないが、少しは手伝ってやってもいい」

 

この暗い雰囲気を晴らそうと少し大きい声で瑠奈に寮に戻るように呼びかける。その言葉に影響されたのか、ずっと席に座っていた瑠奈が静かに立ち上がる。

 

「ラウラ・・・・」

 

だが、アリーナを出ていこうとするラウラを静かな声で呼び止めた。

 

「君は・・・・・さっき言ったよね?自分を決めるのは自分だと」

 

「ああ・・・・」

 

かすれた声ではなかったが、ラウラに向ける声は悲しく、冷たい空気をまとっているように感じる。そのせいだろうか?ラウラが体が冷えていくような感覚を感じる。

 

「だったら・・・・・もう私は・・・・・・戻れないのかもしれない(・・・・・・・・・・・)・・・・・・」

 

「え・・・・」

 

低く泣き声のような言葉が発せられたその瞬間、アリーナ全体に強い夜風が吹き荒れ、瑠奈の顔を覆い隠していた髪が大きく後頭部へ引っ張られる。その時ラウラは見てしまった。

 

 

 

瑠奈の両目の濁りきった赤い眼から大粒の涙があふれ出ていることに。

 




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