「はぁぁぁ!!」
「うおぉぉぉ!!」
二学期最初のISの実戦訓練は1組と2組の合同で始まった。
クラスメイトが見守っている中、アリーナの上空で
1つは一夏の白式、もう1つは鈴の操る甲龍。この2機は互いに戦っているというわけではない。
むしろ逆、この2機は目の前の相手を倒すために、共闘関係にある。その相手は
「追い詰めたぞ!瑠奈」
翼の生えた機体ーーーアイオスを身に纏っている瑠奈だ。
初めは、白式と甲龍で戦う予定だったのだが、千冬が用意したゲストーーー瑠奈が相手となった。
瑠奈が相手と聞き、妙な緊張を感じていると同時に、大きな闘志が出てくるのを感じた。
IS学園の中でジョーカー的存在である小倉瑠奈。
その技術を学園の中ではトップクラスで、過去に多くの専用機が挑んでいるが、勝つことはおろか、まともに攻撃を当てる事すらできなかった人間。
練習中にセシリアが1回だけ、ビットによる攻撃で命中させることが出来たが、それは練習中での出来事であったため、瑠奈が本気を出していたかどうか疑わしい。
そのため、今度こそは瑠奈に攻撃を当ててみせると意気込んで挑んだのはいいが、状況はずっと平行線だった。
なぜなら瑠奈は手に握られているライフルで攻撃をすることなく、一夏と鈴の攻撃を避け続けていたからだ。
攻撃してこないことに若干の戸惑いがあったが、これは好機だ。攻撃されないのなら、負ける可能性はない。
そう強気になり、攻め続けるが、アイオスの驚異的な機動性で避けられる。
ちらりと、一夏が白式のシールドエネルギーを見てみると、
それは当然の状況と言えるだろう、攻撃を続ければいつかはエネルギーが尽きる。この調子だと、鈴の甲龍もエネルギーは決して多いとはいえない量だろう。
このままではどのみち負けるのだ。
(こうなったら!!)
残り少ないエネルギーを振り絞り、白式がアイオスに急接近し、雪片弐型で切り裂こうとするが、素早くサーベルを引き抜き、受け止める。
だが、これでいい。強力なエネルギーを持つ雪片弐型を受け止めたことによって、高速で移動していたアイオスの脚が止まった。
「今だ、鈴!!」
「ナイスよ一夏!!」
行動が止まったチャンスを鈴は見逃さない。アイオスの真下から双天牙月を持った鈴が急接近する。
今の瑠奈は雪片弐型もはじき返すほどの力はなく、左腕を消失している。
若干卑怯な戦い方のような気がするが、このまま攻撃を当てさせて押し切ることが出来る。
『この攻撃は当たる』と誰もがそう予想していたが
「「え!?」」
試合を見ていたクラスメイトを含め、多くの人間が驚きのあまり間抜けな声を出してしまう。
普通はアイオスを切り裂くはずの双天牙月がアイオスの右脛に受け止められていたのだ。
鈴からは見えなかったが、アイオスの右脚のつま先から膝までビームの刃が出現しており、それで鈴の刃を受け止めていた。
「なんでよ!?」
至近距離で自分の刃が受け止められている光景を信じられないように叫ぶ。
自分が思い描いていた結果とは真逆の光景。それによって動揺していたため、2人は気が付かなかった。
エネルギーが残り少ない自分達の後方から、先端にビームの刃が発生しているアイオスから射出されたビームスパイクのビットが接近していたことに。
ーーーー
実習後、専用機持ちは昼食を取るために食堂にいた。
「だぁぁぁーーー!!今度こそ攻撃を当てられると思ったのに」
鈴の悔しそうな声が食堂で響く。
あの瞬間、一夏も鈴も絶対に攻撃が命中したと確信していたはずなのに、まるで想定内と言わんばかりの態度で軽くあしらわれ、逆転負けだ。
「まぁ、勝利を過信しすぎた結果かな」
そんな鈴を見ながら、向かいのテーブルで食事をしていた瑠奈が言う。
あの時、瑠奈の死角から攻撃して来たらまだ命中させる可能性があったはずだが、最後に詰めを誤り、正面から馬鹿正直に突っ込んでしまった。
慢心で負けた真実に鈴は『はぁ・・・』とため息をこぼす。
「それでわかったかな?セシリア」
すると、突然セシリアに瑠奈が話を振る。
「え・・・・あの・・・・なんの話でしょうか?」
「この前の実習で君と一夏が対戦した時があっただろう?あのとき、ほかの専用機持ちは一夏に勝っていたのに対し、君だけが負けていた」
そう言われ、セシリアは苦虫を噛み潰したような表情をする。
白式第二形態はエネルギーを無効化する盾を持っているのに対し、セシリアのブルー・ティアーズはビーム兵器を中心に組み込まれているISだ。当然、相性が悪い。
「さっき私がやっていたみたいに、敵に無駄撃ちをさせてエネルギーを消耗させればいい。そうしたらどんな機体だろうと勝機が見えてくるんじゃないかな?」
「あ・・・・そ、そうですわね!確かに瑠奈さんの言う通りです!」
その解説に、かすかな希望を見れたことに喜び、手元からメモ帳を取り出すと、メモしていく。
瑠奈はたまに試合を見て、アドバイスをしてくれることがある。
それは専用機に限らず、一般生徒の同級生から上級生まで幅広くやっている。
様々な感想があるが、その大半が好評で埋め尽くされており、一時『小倉瑠奈を実習の教師にするべきだ』と生徒の要望もあったほどだ。
しかし、肝心の瑠奈が『やる気がない』と拒否したため、却下となった。
「でも、相手のエネルギーが少ないとどうやって判断すればいいのでしょうか?こちらからは相手のエネルギー残量はわかりませんし・・・・・」
「当然ながら、相手は自分のエネルギーが少ないと知ったら攻撃の手を緩めるだろう。その瞬間を狙えばいいんだけど、まだ君にそれをするのは難しい。初めは試合の終盤辺りから攻めていったらどうかな?」
ふむふむと顔を頷かせながら、メモ帳にペンを走らせていく。
そんな勉強熱心はセシリアに微笑み、ちらりと時計を見てみると、昼休み終了の時間が迫っていた。
それに少し焦りつつ、瑠奈は目の前のラーメンを啜った。
ーーーーー
「なあ、1つ質問してもいいか?」
場所は移り、ロッカールーム。
授業のためにISスーツに着替えた一夏が目の前のロッカーに背を預けている瑠奈に声をかけた。
本来なら、瑠奈は午後の授業に出る予定ないのだが、昼食を終えた一夏に『ちょっと付き合ってくれ』と言われ、このロッカールームに連れてこられた。
このロッカールームは男子専用と言われているが、この学園では男子は瑠奈と一夏しかいないため、周囲は誰もいない。
そのため、聞かれたくない話をするにはうってつけの場所だ。
「なんで瑠奈は俺たちの特訓に付き合ってくれるんだ?」
瑠奈は専用機持ちを初めとする、IS学園の生徒たちに指導や特訓に不定期だが行っていた。
やはり瑠奈だからなのか、セシリアを初めとする生徒たちはどんどん腕を上げていっていることを感じているが、瑠奈をそれに対して一切の対価を求めない。
そんな瑠奈を一夏は不思議にーーーーーいや、後ろめたく思っていたのかもしれない。
なんの要求や取引を持ちかけずに、人々を助ける者。まるでヒーローだ。
「別に気にすることないんじゃないか?そんなこと」
「いや、このまま世話をかけっぱなしっていうのはなんか申し訳ない気持ちになるし」
「そう思うなら私に攻撃を当てられるぐらいには強くなってほしいよ」
それを言われては何も言えない。
確かに一夏は強くなっているが瑠奈に攻撃を直撃させたことは入学してから一度もないからだ。
「で、でもなんで俺たちの面倒を見てくれるんだよ?」
「まぁ・・・・強いて言えば保険かな」
「保険?」
「ああ、もし私がこの学園からいなくなった時のみんなを守るための保険」
『瑠奈がこの学園からいなくなる』という予想外の話になって、さっきまで冷静だった一夏の態度が急に慌ただしいものへ変わる。
瑠奈はこのIS学園の中でもトップクラスの実力を持っていることは練習試合をしている一夏たちーーー専用機持ちが一番よく知っている。
現に、瑠奈は一学期に起こった数々の事件を皆と協力して解決してきた。
「いなくなるってどういうことだよ!?」
「そのまんまの意味だ。もし私が死んだり、自主的にこの学園を退学したりしたら君たちがこの学園を守っていくんだ」
「そういう意味じゃなくて、なんでこの学園を出ていくんだよ!?」
「だから『もし』と言っているだろう。必ずいなくなるわけじゃない」
「だけど・・・・・」
あーだこーだとどうしようもない言い分を聞いて瑠奈は『やはり一夏は優しい世界で生きてきた人間』だということを改めて認識する。
守ってくれる存在があり、家族があり、友人がいる。
その存在があることはなんの間違いでもなければ過ちでもない、ごく普通のことだ。しかし、だからこそ、その優しい世界で生きてきた一夏には理解できない、小倉瑠奈という人間の心境を。
「残念だが一夏、君も私も明日生きている確証なんてどこにもないんだぞ?」
極論をいえば、一分、一秒後に生きている保証などどこにもない。
もしかするとこのロッカールームのどこかに爆弾が仕掛けてあって一分後に爆発して吹き飛ばされているかもしれない。
一般人なら『そんなことがあるはずない』と笑うかもしれないが、瑠奈はその可能性があることを踏まえて後悔しないように生きている。
簡単に言えば、瑠奈には明日生きている自分を想像することが出来ないのだ。
「それにこんな体で学園を守っていくだなんて無理難題もいいところじゃないか?」
あははと笑いながら、一生袖を通すことのない左袖を沈黙している一夏に見せつける。
どうやら日頃想像もしない日常のリアルを突きつけられて言葉を失っているようだ。
一夏にとって瑠奈と話すことはまるで動物と話すことと同じような感覚なのかもしれない。
普通の人間ならある程度納得のできる言葉を聞かされるものだが、瑠奈相手だと、どんな言葉を言われるのか想像できない。
まるで次に何をするのか予想できない犬を相手にしているように感じる。そしてその予測できない人間の心の扉の隙間を一夏はわずかに触れた。
「まあ、私の青臭い持論やヒューマニズムはどうでもいい。それより固まっているけど、時間は大丈夫なのか?」
「え?」
嫌な予感がして壁に掛けられている時計を見ると瑠奈と話しすぎたせいか、授業開始の時刻を大幅に10分近く過ぎていた。
当然ながら次の実習の担任は千冬だ。その千冬を相手に遅刻したなどいえばただでは済まない。
「うぁぁぁl!!やべぇ!!殺される!!」
「せっかくだし、途中までついていくよ」
準備を整えながら廊下を早足で歩く一夏の隣を駆け足をする瑠奈が並ぶ。
「時間のことをわかっていたのなら教えてくれよ!!」
「授業前にちょっと話がしたいと呼び出したのはそっちだろ」
「このままじゃ千冬姉に殺されるって!!」
「そのときは『あまり怒ると、眉間に皺ができて既に過ぎている婚期に影響が出る』って笑いながら言ってやればいい」
「そんなこと言ったら、それこそただじゃ済まねぇよ!!」
慌てている一夏とそれと反対に涼しい表情をした瑠奈の2人が昼下がりの午後の廊下を進んでいった。
評価や感想をお願いします