IS 進化のその先へ   作:小坂井

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44話 アイドル少女

「~♪~♪~」

 

次の日、簪は待ち合わせ場所である街中の公園でアニメのBGMを口ずさみながら上機嫌に待っていた。

過去に何度か瑠奈と出かける事はあったが、彼と出かける時間は何とも言えない幸福感に包まれているのだ。

やはり、あの有名な小倉瑠奈と一緒に出掛けられることに満足感を感じているのだろうか?

 

「まだかな・・・・」

 

公園についてからしばらく経つが、彼の姿が見えない。

寮では『一緒に行こう』といったのだが、『急に先生たちに呼び出しがあって、少し遅れる』と返され、仕方がないため、先に待ち合わせ場所に来たのだ。

 

すると、簪の携帯にメールの着信音が鳴る。相手を見ると『小倉瑠奈』と表示されている。

何かのメッセージかとメールを開けた瞬間

 

「え゛・・・・」

 

口から潰れた牛蛙のような濁った声がでる。

そのメールには『ごめん、急用が入って今日は行けそうにない』と書かれていたからだ。

 

「そ・・・・そんな・・・・」

 

確かに瑠奈は多忙な身なのかもしれない。

だが、せっかくの約束をいきなりキャンセルされて悲しくない人間などいるのだろうか?しかし、ここで愚痴ってもどうしようもない。

 

今日は瑠奈と一日中遊ぶ予定だったため、今日は何の予定もない。

このまま、帰っても何もすることがないので、少し町をぶらついてから帰るとしよう。

 

「はぁ・・・・・」

 

そんな悲しいため息をつきながらトボトボと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー・・・すみません」

 

「はい?」

 

その後、暇つぶし目的で簪が街中を歩いていると、当然後ろから声を掛けられ、振り返ってみるとそこにはビジネススーツを着た若い男性が立っていた。

彼は何処かの会社の会社員なのだろうか?

 

「あの・・・なにか用ですか?」

 

「あ、はい。わたくしはこうゆう者なのですが」

 

財布から名刺を取り出し、簪に手渡す。

そこには『インフィニット・アイドル事務所 スカウトマネージメント中田 幸木』と書かれていた。

 

「スカウト?」

 

「はい、ぜひあなたにお話をお伺いしてもらいたくて、少し時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「は、はい・・・・」

 

「ありがとうございます。では立ち話ではなんですので近くのカフェでお話を」

 

そう言われ、簪はその中田幸木という若い男と共に近くのカフェに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではご説明させていただきますね」

 

カフェの席に座ると目の前の男ーーーー中田幸木はニッコリと笑顔を浮かべると持っていたカバンから数枚の書類を出して説明を始めた。

 

「まず最初にですが、あなたはインフィニット・ストラトスをご存知ですか?」

 

「はい」

 

簪はIS学園の生徒だ。ISや詳しい資料など毎日見飽きている。

 

「そのISに近年とある問題が浮上してきました」

 

手元にある資料の内の一枚のプリントを取り出し、簪に差し出す。

そのプリントには隠匿名の人達にISの問題点や悪口などが書かれている。

 

「これはとある世論調査の結果なのですが、この調査の結果、多くの人々がISに対して決して良いイメージを抱いているとは言えない結果がでました」

 

国という存在は国民の働きが大きい。その重要な国民がISの受け入れなどを拒むような事態になるのは大問題だ。

アラスカ条約によってISはスポーツに使用されることになったが、どの場所にもルールを守らない無法者はいる。

現にこの前の臨海学校帰りに簪たちはISを使うテロリストに襲われたところを瑠奈に助けてもらった。

 

「そのイメージを覆すため、我々はとあるプロジェクトを始動させました。それがこのインフィニット・アイドルプロジェクトです」

 

さらにカバンから数枚の広告をだすと簪に見せる。

なるほど、ISに良いイメージを持たせるため、国民的アイドルとISを組み合わせてみるという計画。なかなか面白そうなものだ。

 

「それで・・・私に何か用ですか?」

 

「はい、それなのですが、是非あなたにこのアイドルメンバーになるためのオーディションを受けてもらいたいのです」

 

「え・・・」

 

自分がアイドル候補?いきなりの現実離れした発言と誘いに一瞬思考が停止する。初めは何かのドッキリなのかと思ったが、こんな詳しい話と資料を見せてドッキリはないだろう。

 

「でも・・・私はスタイルもよくないですし・・・・歌も得意じゃないし・・・・」

 

「大丈夫。我々の用意した練習やプロが組み立てたカリキュラムによって成長できる可能性は十分にあります。あなたは磨けば光るダイヤモンドなのですから」

 

とても魅力的な話だが、自分が衣装を着てステージで踊っている姿などとてもじゃないが想像できない。それに練習をするとなると今より簪が自由に使える時間は無くなっていくだろう。

 

(やっぱり・・・・無理だよね・・・・)

 

彼には悪いが、とても両立できそうな様子はない。この話を断ろうとしたとき

 

「これはここだけの話なのですがね・・・・」

 

小声で簪に囁く。

 

「我々の事務所にはあの小倉瑠奈が在籍しているんですよ」

 

「え!?」

 

突然の衝撃事実に声から驚嘆の声が出る。

 

「彼もあなたと同じように初めは無理だと言って断ろうとしてきたんですが、我々が何とか奮い立たせて続けた結果、彼は今のような人気を持つ有名人になることができたんですよ」

 

瑠奈はIS学園に所属している身だが、ほとんどの授業に出ていないことを不思議に思っていたが、この事務所に所属し、日々訓練に明け暮れていたのなら納得も行く。

 

「まぁ、今日は我々の存在をあなたに知ってもらいたくて失礼ながら声を掛けさせていただきました。この話に興味があるというのなら明日、14時にこのカフェにきてください。あ、あと言い忘れましたがこの話は極秘事項ですのでご内密でお願いします」

 

この後に何やらの用事があるらしく、簪に渡す数枚の書類と名刺を残してテーブル上にある書類をカバンにしまうと席を立つ。

 

「あ、あの!!」

 

すると、まだ迷いがある顔で簪が縋るような思いで声をかけた。

 

「わ、私なんかでも小倉瑠奈みたいになれるんですか?」

 

「それは、あなた次第ですよ」

 

そう典型的な言葉を残して中田幸木は去っていった。

 

「瑠奈と・・・同じアイドル・・・・・」

 

『小倉瑠奈と同じ事務所に専属する男』この言葉だけで目の前にいた中田という男に対する疑いはきれいさっぱり消え去っていた。

小倉瑠奈が事務所に専属しているという証拠も、確証もないのに。

 

そしてその浅はかな考えと思考が大きな悲劇を引き起こすことをその時の簪は知らなかった。

 

 

ーーーー

 

「で、何か御用?」

 

一方その頃、瑠奈はIS学園のとある会議室で千冬と対峙していた。

ルームメイトとの大切な予定をキャンセルしてきたのだ、よっぽど大事な用件であることなのがわかる。

 

「では単刀直入に聞こう。瑠奈、お前は何処かの組織や企業に属しているか?」

 

「ありえない」

 

その返答に千冬は納得したかのように頷く。

小倉瑠奈という人間が国や組織に忠誠を誓うことなど未来永劫あり得ない。

 

「それを踏まえて話すが、最近、10代女性の拉致や誘拐が頻繁に起こっていることが判明した」

 

「道端でナンパでもしてお持ち帰りされたとか?」

 

「いや、そのような類ではない。やり方はとあるアイドル事務所と名乗っている人間にアイドル勧誘をされて事務所に連れていかれる。そこで対象の身体検査と称して細かなデータを入手し、商品として売り出す。あとは簡単だ、練習所に連れていくと称して、買い手の元に連れていけばもうどうしようもない。身も心も屈服させられて買い手を満足させるための奴隷になるように調教されていくだけだ」

 

なるほど、このやり方だと対象の友人や家族に何の怪しさや不審さを感じさせることもなく、安全に事態を運ぶことができる。

確かに被害者は気の毒だ。

アイドルという女性にとって大きな夢を掴むことができると思ったはずなのに、待っていたのは上の人間を満足させるための生贄。見事なまでのあげて落とす作戦だ。

 

「確かに気の毒だが、私には関係ない話だろう。そのような話は警察に相談すべきじゃないのか?」

 

「確かにそうだが・・・・・誘拐犯は全員こう口走っているらしい、『我々の事務所には小倉瑠奈が所属している』と』

 

その言葉にピクリと瑠奈が反応する。どんな人間だろうと自分の名前をカモるための餌にされて嬉しい人間などいないだろう。特に瑠奈のような名前に特別な思い入れがある人間は。

 

それにあの国民的アイドル(本人は非公認)の小倉瑠奈という有名な名前が出されたら大抵の人間は信じるのが普通だ。

 

「あとこれも見ろ」

 

そういい、千冬に突き出された書類には近年の少年少女の誘拐および行方不明事件のグラフが記載されていた。

2、3年前は緩やかな肩下がりの傾向であったが、今年に入ってから事件件数が増加傾向になっている。

とくに今年の4月、小倉瑠奈という存在が世界に知れ渡ってしまった時期に。

 

「見てわかるように事件数はお前がIS学園に入学してから増加傾向にある。そのため、警察はお前にある容疑をかけている」

 

「それは?」

 

お前(瑠奈)が共犯者ではないかという容疑だ」

 

「馬鹿げてる・・・・・」

 

被害者はまともな証拠1つ残さずに失踪しているため、捜査が難航していた。

その行き場のない不安と焦りが関係者と思われる小倉瑠奈にあてられた結果、共犯者というかすりもしない結論にたどり着いたのだろう。

まったく、警察の上層部の頭にはスライムでも詰まっているのだろうか?

 

「そのため、上層部はお前に潔白を求めている。そのためーーー」

 

「ああ、もういい!!わかったよ!要するに私がその誘拐組織の尻尾を掴めばいいんだろう?回りくどいよ。とりあえず、私が独自で調査を進めておく。協力が必要になったら言うから」

 

やけになりながらそう叫ぶと、会議室の机に置かれていた資料をひったくるように取ると退室していった。

 

 

ーーーー

 

「はぁ・・・・・」

 

さて、面倒な出来事の中で一番面倒なことに巻き込まれた。

もし、神というものが存在しているというのなら、あなたは瑠奈を面倒なことに巻き込むのがお好きらしい。

学内の廊下を歩きながらそんな自傷気味なことを考えていると

 

「おーーーーい、小倉ーーーー!」

 

背後から聞きなれた元気いっぱいの大きな声が聞こえてきた。

 

「そんなに大きな声で叫ばなくても聞こえていますよ。主将(キャプテン)

 

そう言われ、声の主ーーーー柔道部3年の主将はニッコリと笑う。

4月に『試合で自分が勝ったら付き合ってもらう』という勝負し、見事に返り討ちにあった主将だが、その後に気まずい関係になることもなく、いまもこうしてたまにだが時間をともに過ごすことがある。

 

それでも彼女からのアプローチがたえることはないが。

 

「いま昼だしさ、一緒に昼食なんてどう?」

 

そういう主将の手元には2つの弁当箱がある。どうやら彼女は瑠奈の分まで昼食を作ってくれたらしい。

ちらりと壁に掛けられている時計を見てみると、12時すぎだ。そうやら会議室で千冬と随分と長い間くだらないことを話していたようだ。

 

「ええ、喜んで」

 

「おお、それはよかった」

 

そうすると善は急げというかのように瑠奈の手を取り、昼食を取れる屋上に向かっていく。

 

「メニューは何ですか?」

 

「今日は卵焼きと唐揚げが自信作だから期待していろよ」

 

「それは楽しみですね」

 

「お前が私の物になったら毎日私の料理が食べ放題だぞ~」

 

「まあ・・・考えておきます」

 

そう無難な返答をし、瑠奈と主将は屋上へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったいどうなっている!!レポティッツァはこの学年別トーナメントで確実に小倉瑠奈を捕獲できると言っていたではないか!?」

 

とある会議室で男の怒声が響く。

小倉瑠奈とその機体の貴重なデータを作ったプロトタイプ(黒いゼノン)の消失、これは大きな損害だ。

 

「我々の計画には小倉瑠奈の存在は必須だ。いったいどうする!?」

 

その怒りに似た問いに答えず、誰もが顔を逸らし、無言を装う。今回の作戦で小倉瑠奈を捕獲できると誰もが信じて疑わなかったはずなのに、プロトタイプは倒され、作戦も失敗した。

プロトタイプでも倒せなかったものを相手に1か月や2か月かけて作った兵器など相手にもならないだろう。

 

「なにをそんなにお怒りになさっているのですか?」

 

沈黙が続いていくなか、会議室の扉を開けてスーツで身を包んだ美女ーーーレポティッツァが入ってくる。

誰もが怒りや怯えを顔に浮かべている中で彼女はどこまでも余裕を感じられる表情をしている。

 

「貴様がそもそも事の発端だろう!!お前が立案した作戦が成功していれば我々も頭を悩ませずにすんだはずだ!この責任どのように償うつもりだ!!」

 

ドンッと怒りに任せた拳が机に叩きつけられた瞬間、周りの人間も「そーだ、そーだ」と便乗してレポティッツァを責め立てる。

自分への責任を避けるために、一人の人間をつるし上げるという、人間の浅ましく、醜く、悲しい感情。

 

「だが、そこが美しい・・・・」

 

帯びせられる暴言や悪口に怯んだ様子もなく、ポケットから一つのリモコンを取り出すとスイッチを押す。

そうすると会議室の照明が消え、天井にディスプレイが映し出され、学年別トーナメントでの小倉瑠奈とプロトタイプとの決闘の映像が流された。

 

機体性能が劣っているはずのエクストリームがプロトタイプを圧倒している。

 

「いまさらこんな映像を見せられたところでなんだ?」

 

「わからないのですか。この戦いでは小倉瑠奈の身体能力、戦闘能力、反射神経、状況把握力、空間認識力、全てが常人を大きく上回っておりました。小倉瑠奈の中で『彼』はいまだに失われていない(・・・・・・・・・・・)のです」

 

そう言うと同時にレポティッツァの秘書が男たちに資料を配る。その資料を見ていくにつれ、さっきまで怒り狂っていた人間たちが次第に落ち着いてゆく。

その光景をレポティッツァは満足そうに眺め、口角を上げる。

 

小倉瑠奈は必ず自分の元に来る。

なぜなら彼は自分の研究の最高傑作(・・・・・・・)なのだから。




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