8月に入り、IS学園も他の高校と同じように夏休みを迎える。
皆、遊びに行ったり、宿題をやったりしてサマーバケーションを楽しんでいるが、今の瑠奈は学生の夏休みという存在から最も遠いところにいた。
ガチャガチャ・・・・・・
瑠奈と簪の部屋である1219号室のベットの上で何やら奇妙な機械音が響いている。
「簪、そこにあるドライバーとボルトキャップ取って」
「えっと・・・・ど、どれ?」
「あの黄色いドライバーと少し大きい黒いボルト」
先月の臨海学校で左腕と左脚の膝下を失ってしまった瑠奈は、代わりとなる腕と脚をルームメイトである簪と制作していた。
外の工場で
ならば自分で作ればいいという結論に達し、数週間前から作業を開始していた。
といってもここには工場道具や重機械などは存在しないため、材料を集め、設計図を基にエクストリームのサーベルで切断していくというシンプルな手順だ。
そして切断した材料を質量反転能力で宙に浮かべるとくるくると回転させ、あっているかどうか比べていく。そこで僅かなミスがあるなら手元の超強力電動鋸で手を加えてパーツの完成だ。
そのパーツを必要な数を制作すると、あとはネジやチューブなどを使ってプラモデルのように組み立てていく。
初めは瑠奈をこんな体にした張本人である箒に協力してもらっていたのだが、あまりの機械音痴のせいで逆に手間が増えてしまい大きなタイムロスになってしまっていたため、気持ちは嬉しいが邪魔なので退場してもらった。
『私なんかでもできることがあったら呼んでくれ・・・・・』とがっくりとした背中を今でも覚えている。
そこで登場したのはルームメイトである簪だった。
箒より機械工業の知識があった簪は優秀な助手となり、義手、義足の制作に協力してもらっていた。
その簪の協力もあってか第一目標である義足が間もなく完成しつつあった。そして
「これで・・・・・終わりっと・・・・」
最後の部品であるネジを埋め込み、めでたく完成した。
さっそく、義足を装着しテストしてみる。
「簪、ちょっと手をとってくれる?」
そういい、差し出された手を握るとそのままベットを降り、おぼつかない様子で介護施設のリハビリテーションのように簪と瑠奈が向かい合ったまま歩きはじめる。
「瑠奈・・・・大丈夫?」
「ああ・・・・ゆっくり歩けば・・・・うわっ!」
「あ、危ない!!」
やはり、まだ慣れないせいか不意にバランスを崩し、前にのめり倒れそうになったところを簪が瑠奈の身体を抱きしめるような形で支える。
「ごめん簪、大丈夫?」
「う・・・・うん・・・・だ、だだ・・・大丈夫だから!!」
大丈夫だといったが、互いに抱きしめあう状況になっていることに加え、目の前に瑠奈の顔がドアップで映し出されていることで簪の心の中で大きな照れの嵐が吹き荒れる。
数センチ先にはあの有名な小倉瑠奈の顔がある。長い髪が綺麗で目も宝石のように艶やかに輝いており、男子にいう言葉ではないと思うが顔もかわいらしい。
「簪」
「な・・・・なに?」
互いが顔を合わせている状況で瑠奈が真顔で話しかけてきた。
もしかすると『離れてくれないか』と言ってくるのだろうか?確かにこの状況で言うセリフはそれしかないと思うが、それだとまるで簪のことを不快だと思っているような言い方で少し傷つく。
しかし、瑠奈の口から放たれた言葉は180度違ったものだった。
「よく見ると簪、君はかわいいね。好みだよ」
「え゛・・・・」
その言葉を聞いた途端、簪の中で何か止まってはいけないものが静止した。
『かわいい』---愛らしい魅力を持っている。主に若い女性や子供の対して使われる言葉。
言葉の意味がわかっていても頭が混乱して理解できない。顔も赤くなってきていることも感じる。
可愛い、好みそんな言葉を異性から言われたことなどないのに、こんな美男子から言ってくれた。
「あ・・・・あ・・・・・あ・・・・」
口からわけのわからない声が出たと同時に頭がくらくらとして周りの光景がぐらりと反転していき、そして
「ふにゅぅ・・・・・・」
そんな間抜けなこえが口から洩れ、簪の意識がどこか遠い場所へ飛び立っていった。
「ちょ、ちょっと簪!?」
瑠奈を支えていた簪が気絶したため、そのまま前に倒れてしまいちょうど瑠奈が簪を押し倒しているような状態になってしまう。
なんとか簪の上から退こうとするが、左腕がないのに加え、先ほど装着した義足になれていないため、身動きが取れない。
「どうするべきか・・・・・・」
瑠奈が悩んでいると
ニャッニャッ!!
猫のサイカが『任せろ!』というかのように、ベットの下から出現し、倒れた簪の頬をぺろぺろと舐める。
ここは我が忠実な愛猫サイカに任せるとしよう。
「いいかサイカよ。職員室にいる織斑千冬を連れてくるんだぞ?わかったか?」
それに返事をするかのように尻尾をブンブンと振り回し、ミィとかわいらしい甘声をだす。
「よし、では道中注意して行くんだぞ」
なんとか身体を起こし、閉まっている部屋のドアに向かって手を向けると、ガチャっという音がし半開き状態になる。
その隙間に体を押し込むような形でサイカが部屋を出ていく。
そして部屋には再び瑠奈と気絶した簪が残された。
今の状態は第三者がみたら完全に瑠奈が簪を押し倒しているようにしか見えない危険な状態だ。
そして目の前には気絶した簪の顔がある。さっきも言った通り改めて見てみると簪は美人だ。
姉と似て、整った顔立ちもそうだが、彼女には優しい心が感じられる。
今思えば、男として転校し直してきたときもそうだ。あの時、瑠奈は簪にパンチやビンタぐらいはくらう覚悟はしていたのだが、簪は文句や愚痴1つこぼさずに瑠奈を許してくれた。
「お人好しだな・・・・君は・・・・・」
気絶している簪の耳元で小さく呟くとぎこちない笑みを浮かべた。
その数分後、サイカが戻ってきたのはいいが、なぜか姉である楯無を連れてきており、大切な妹が押し倒されている光景を見た瞬間、大きな悲鳴が部屋にこだました。
ーーーー
「う・・・・・ん・・・・・」
それからしばらくして、ベットの上に寝かせられた簪が目を覚ます。
「あら、目が覚めた?」
すると、聞きなれた声がし、目を向けてみると瑠奈が使っているベットの上に姉である楯無が柔らかな笑みを浮かべて座っていた。
「お、お姉ちゃん・・・・・」
普通の姉妹であったなら、ここで他愛のない話でもするのかもしれないが、2人の間には気まずい雰囲気が流れる。
姉の楯無はスタイルもよくこのIS学園の生徒会長でもあり、ロシアの代表生というハイスペックなプロフィールを持っているのに対し、妹である簪は暗くてスタイルもよいとはいえない体形をしている。
その姉との出来の違いにコンプレックスを感じ、避けていたのだ。そんな関係であったのにいきなりこうして誰もいない部屋で対面するだなんて正直反応に困る。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
互い、何も言葉は発せず、チクタクと時計の秒針を刻む音が部屋に響いていく、そんな状態が5分ほど進んだ頃だろうか?
ガチャッと部屋のドアが開く音がし、
「ただいま、いい感じに慣れてきたよ」
制作した義足になれ、無事二足歩行できるようになった瑠奈が入ってきた。
「大丈夫・・・・・?」
「ああ、簪が手伝ってくれたおかげで早く完成することができたよ」
お礼を言われ、簪は照れるかのように顔を逸らす。楯無もその様子を温かく見守っている。
「それで突然なんだけど、明日って空いてる」
「え?」
「いや、手伝ってくれたお礼もかねて明日簪と一緒に街に遊びに行きたいと思っているんだけど・・・・ダメかな?」
少し悲しいことを言うようだが、簪に友人と遊びに行く予定はない。夏休みの宿題が終わったら寝るか、アニメを見るかの予定しかないため
「うん、もちろんーーーー」
いいよと言おうとしたとき
「ダメよ」
黙秘を貫いていた楯無が、短く、はっきりとした声で答えた。
「簪ちゃん、もう忘れたの?さっき瑠奈君は気絶した簪ちゃんを押し倒していたのよ!?サイカが生徒会室に来て知らせにきてくれたからよかったものの、一歩遅かったら・・・・・」
サイカは瑠奈が助けを呼ぶために送ったものなのだが、楯無は簪が襲われていることを知らせるために生徒会室に来たと大きな勘違いをしているようだ。
「あのまま服の中に手を差し込み、簪ちゃんの無垢でかわいらしい裸体を堪能し、メインディッシュとして手を下半身に移動させて指を秘所に挿し込んで・・・・・あああああ・・・・」
そこまで言ったところで頭を抱え、その場に蹲る。
「簪ちゃん、絶対にその話を受けちゃダメ!どうせ明日も路地裏に誘い込むと『ぐへへへ・・・・小振りだがいい形してるじゃねぇかよ・・・・・』といやらしい口調で言い放ち、乳房を舐めまわすとそのまま乙女の純潔を奪って体に一生消えない傷を刻み込むつもりなんだから!!」
「そんなことするか!!」
そこまで言ったところでいよいよ我慢できない様子で瑠奈が叫ぶ。
流石にいきなりそんなありもしない冤罪を騒がれても困る。
「えっと・・・・とりあえず明日を楽しみにしているから・・・・」
「簪ちゃん!?」
ぎゃぁぎゃあと騒ぐ楯無を苦笑いすると『じゃあ、ちょっと用事があるから』といい、少し不自然な歩きで瑠奈が部屋を出ていった。
すると、さっきまで騒いでいた楯無がぴたりと静かになり、動かなくなった。
「お、お姉ちゃん・・・・・?」
なぜだろう、姉の背後に禍々しい何かが見える、人が見てはいけない何かが。
「簪ちゃん」
「な・・・・なに?」
「パンツを脱ぎなさい」
「え゛・・・・・・」
「パンツを脱ぎなさぁぁぁぁい!!!」
そう叫んだと同時に獣のような目をした楯無がベットで寝ている簪にとびかかり押し倒す。
「えっ!!?お姉ちゃん!?」
「明日簪ちゃんの純潔が奪われるというのならもういっそのこと私が今奪ってあげるわよ!!!」
荒々しく簪の来ている衣服を取り上げていき、あっという間に下着姿になってしまう。控えめな胸に加えて健康的な肉付きの太もも。それをなぜか実の姉の前に晒している。
「お、お姉ちゃん止めて・・・・」
涙目で抗議するが、今の暴走状態のシスコン姉の耳には届かない。ポケットからなぜかピンセットを取り出し、ゆっくりとした動きで簪に迫る。
「大丈夫、痛いのは最初だけでしばらくしたら体の違和感も感じなくなるわよ・・・・ハァ・・・ハァ・・・・」
そして、簪のパンツに手を掛けてずり下していく。次の瞬間
「い・・・・イヤァァァァーーーーー!!!」
簪の涙交じりの叫び声が部屋に響いた。
ーーーーー
瑠奈は綺麗な草原を歩いていた。
周りには人はおろか小屋一つない。澄んだ青空の下には綺麗な緑が広がっている。
手元には一束の綺麗な花束が握られており、花弁が風にそよがれて動いている。
道のない場所をしばらく歩いたところに『彼女』がいた。
「やぁ、久しぶりだね」
歩みを止め、目の前に現れた墓石の前にしゃがむと優しく花を添え、目を閉じ、静かに黙祷する。
その墓に刻まれていた名前は
『小倉瑠奈』
ーーーーー
墓参りが済み、瑠奈はIS学園に帰るため、夏の青空を飛んでいた。
やはり、夏ということもあってか、下の町からはざわざわとにぎやかな声が聞こえてくる。プールに花火に夏祭り。
今の季節はたくさんの行事がある。
だが、生憎普通という人生を歩んできたとは言えない瑠奈にとってはそれが楽しいのかはわからない。
そんな自分の異常な人生に内心苦笑いをしているとエクストリームがピーと警報が鳴り響く。
「これは・・・・二つのIS反応?なぜこんな街中に・・・・・」
その二つのIS反応とここからの距離はそんなに離れていない。IS関連の事件だとすると十中八九IS学園の生徒が引き起こしたものだと考えるのが普通だ。
「なにやってんだか・・・・・」
そう小さくつぶやくと瑠奈はIS反応のあった方向へ機体を向けた。
「ぜらぁあ!」
「はぁぁぁぁ!!」
とある大きなプールパークの上空で蒼いISと赤いISがぶつかり合っていた。
蒼いISはセシリアの専用機である『ブルー・ティアーズ』もう赤いISは鈴の専用機である『甲龍』互いが衝撃砲やピットのレーザーを撃ちあっている。
いきなりのISの戦いとなったため、ほかのプール客が下でパニックとなり、騒ぐ声が聞こえるが、今の二人には届かない。
「く、これではどうですか!!」
ブルー・ティアーズのビットが鈴を取り囲むように配置され、レーザーを撃ち放つ。
瑠奈に特訓を付き合ってもらうようになってからはセシリアの個人技術が著しく成長していっており、かなりの腕前となっている。
「くっ・・・なかなかやるじゃない!!けどね!!」
僅かなレーザーの死角を見つけた鈴がその部分を突き抜けてセシリアに向かっていく。
そのまま手に持った大型ブレードの『双天牙月』でセシリアを切り裂こうとしたとき
ガキィ!!
何者かが、鈴とセシリアの間に入り込み、その斬撃を受け止める。
その入り込んできた人物は
「何をしている?」
千冬に劣らず鬼のような形相の瑠奈だった。
この瞬間、二人の間で何かやばいことになったとそう勘が告げていた。
ーーーー
「いったぁ!!」
「ひんっ!!」
プールサイドでガンッと痛々しい音が響いた次の瞬間、鈴とセシリアの泣き声が発せられた。
瑠奈が二人の脳天に強烈な拳骨をくらわせたからだ。
「君たちの言い分もあるだろうからあえて理由は聞かない。けどこれだけは言わせてくれ、自分勝手な理由でISを使うとは何事か!!!馬鹿者がッ!!」
周りには大勢の客が瑠奈とセシリアと鈴を見ているというのに、大きな怒声はだして怒る。
今回のこの事件はISの無断使用にくわえ、一般客への被害。幸いなことに大きな事故は起きなかったが、一歩間違えていたら大惨事になっている。
「君たちが専用機持ちだというのなら自分たちが大きな力を持っていることを自覚しろ!!いちいち安っぽい感情で他人に力を行使するな!!わかったか!!」
今まで見たことがないほどに怒り狂った瑠奈の声と顔にセシリアと鈴の身体がびくっと震える。
「あの・・・・そ、それくらいで・・・・」
付き添いであるプールの関係者が瑠奈を止めに入ろうとするが
「じゃかしい!!今は取り込み中だ!!黙ってろッ!!」
額に青筋を立てて一喝して黙らせる。
すると、言われてばかりで癪に思ったのか鈴が必死な様子で自分勝手な言い訳をする。
「な、なによ!!甲龍はあたしの専用機ISなんだからどう使おうがあたしの勝手じゃない!」
「君の専用機じゃない。
ほとんどの専用機が理解してないようだが、専用ISを動かすエネルギーを初め、弾丸、整備代、輸送費。
そのすべてを国は国民の税金で賄っている。
このことは、学年別トーナメント前の演習で自分勝手な行動を取ったラウラにもきつく叱っておいてある。
「君は祖国の税金を使わせてもらっているんだ。その貴重な税金を無駄使いする資格など君にはない!!いいか?どうしても嫌いな奴がいるのならばISなんかに頼らないで、自分自身が土俵に上がって自分たちの拳で殴り合え‼︎その審判ならいつでも引き受けてやる」
完全に論破され、鈴はがっくりとうなだれる。
はぁ・・・とため息をつくと
「私の友人が迷惑をかけて申し訳ありません」
先ほどとは180度違ったニッコリした笑みでプール関係者に語り掛ける。
さっきとはあまりにも違う反応に相手も軽く戸惑っている様子だ。
「今回の被害はわたくしが全額弁償いたしますのでどうかお怒りを収めてはいけませんでしょうか?」
「は・・・はい・・・・」
「ご理解ありがとうございます。ほら、二人ともいつまでも落ち込んでないで帰るよ」
鈴は先ほどの正論を言われたせいで落ち込んでいるが、セシリアも叱られたせいでがっくりと項垂れている。
ここで鈴に勝ったら少しは自分を臨海学校で千冬が言っていた『主人』の候補生として見てくれると思っていたが、彼は結果を出せば喜ぶタイプではなかったようだ。
(うう・・・・・ついていませんわ・・・・・)
そんな鈴とセシリアに苦笑いすると
「鈴、セシリア」
内心で『少し言い過ぎたか』と反省する。
「今回のことはこれからの未来のために礎にすればいい。いつまでも落ち込んでいるんじゃない、代表候補生なんだろう?」
そういい、二人の頭を軽く撫でる。
「ほら、さっさと立つ。こんな時間だし帰りに何かおいしいものでも食べて帰ろう」
時刻は日が沈みかけている午後5時半。少し早いが帰りに夕飯でも食べていくとしよう。
「はい・・・・」
「わかったわよ・・・・」
ふてくされた様子で立ち上がるとトボトボと出口に向かって歩きはじめる。
2人はこれからもまだまだ成長できる存在だ。こんなことも人生の糧にして強くなっていけばいい。
「君たちはまだまだ強くなれるんだ。
「ん?何か言いましたか?」
「いや何も」
オレンジ色に染まった夕日に向かって3つの影が歩んでいった。
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