今年も頑張っていきましょう。
『見えたぞ!!2人とも準備しろ!!』
前方を飛行していた箒が声を荒げると同時に、エクストリームのセンサーがその人影を探知する。
銀色の一対の翼が生えた人型の機体ーーーー福音の姿を。
『加速するぞ、一夏しっかり掴まっていろ』
「まて!早まるな!!」
瑠奈がそう叫ぶが、箒はその指示を無視し、スラスターと展開装甲の出力を上げ、さらに加速する。
向こうは本来の装備である展開装甲の性能に対し、こちらはブースターを取り付けただけの付け焼刃程度の装備だ。
当然ながら、向こうの方に利がある。
グイグイと差を開き、瑠奈を突き放し、福音に突っ込んでいく。
今の反応でわかった、箒は専用機を手に入れたことで浮かれているのだ。
力を手に入れた直後の人間というのは、その力を過信し、軽はずみな行動を取ることが多い。今の箒は紅椿の性能を過剰に見るあまり、『たぶん大丈夫』や『なんとかなる』といった根拠も証拠もない自信に満ち溢れているのだ。
大抵の人間は、そこで失敗をして、自分の無力さや無能さを再認識するのだが、この作戦ではその失敗が惨事になりかねない。
(ISを手に入れた途端、はしゃぎやがって・・・・・)
そう心の中で吐き捨てながら手元のディスプレイを操作し、腰部につけてある装備を素早く切り離して紅椿の後を追いかける。
最大出力で加速する紅椿はグイグイと福音との距離を縮めていく。そして
「うおおおおおお!!」
紅椿に乗っている一夏が雪片で切り裂こうとした瞬間
「なっ!?」
急に反転し、そのまま更に上空に方向転換し、飛び出した。
流石は軍用IS、反応が早い。
だが
「その動きは予想していた!!」
上空に先回りしていた瑠奈がゼノンのサーベルを抜刀し、福音に突っ込む。
ゼノンの強力な攻撃力を福音にぶつければ、なにかしらのダメージは通るはずだ。サーベルが福音に触れるその瞬間
「え?」
何故かサーベルは福音の前で止まる。
それは、当然だ、福音がゼノンの
通常なら、受け止めるか、かわすのが当たり前なはずなのに、福音は確実に攻撃を防げることに加え、ゼノンの動きを抑えることができる手段を取った。
この考えといい、行動と言い、まるで人間のような戦い方だ。
「くっ!!放せぇぇぇ!!」
掴まれた右手首を振りほどくため、左拳で福音を殴ろうとするがそれより早く、瑠奈を掴んでいる腕を振り上げると
「うわ!!」
「きゃっ!」
下から迫ってきている一夏を乗せた紅椿にぶつけて隊形を崩させる。そして追い打ちをかけるかのように背中から生えている翼の砲口から光の弾丸を撃ちだす。
弾速は速いがかわせないほどではない、弾丸の射線からギリギリ外れる角度で福音に迫るが、次の瞬間、自分がどれだけ軍用IS「福音」の性能を見くびっていたか思い知らされる。
「なにっ!!」
なんと光の弾丸がわずかに軌道をずらし、瑠奈に迫ってきた。
ブルー・ティアーズのように遠隔操作をしていないところを見るとこれは
「
この距離ではかわしきれない、腕を構えて何とかこらえるが、その隙に瑠奈に迫ってきた福音が、逃げられないように左手首を掴むと
「おぐっ」
強烈な右ストレートを顔にお見舞いさせた。
そのまま何度も殴りつけていく。
「ちょ・・・・うしに・・・乗るな!」
苛立った声をあげ、掴まれていない右拳で福音を殴りつけようとするが
「なっ!」
まるで読んでいたかというようにかわすと、右ひざで瑠奈の腹部にめり込むぐらいの強烈な膝蹴りを食らわせ、前かがみの体勢になったことにより露わになった背中に強烈なかかと落としを食らわせて、下方に吹き飛ばす。
そのまま撃ち落すため、砲口を開けた瞬間
「はぁぁぁ!!」
後方から二刀流の刀、『空裂』と『雨月』を握った箒が福音に斬りかかる。
そしてそのまま動きを抑える。
「一夏!!いけ!!」
そう叫ぶと同時に、紅椿の後方から白式が迫る、このままいけば雪片を直撃させられるだろう。
しかし一夏は福音と真逆の、直下海面に向かった。
「何をしている!?」
そう叫んだと同時に押さえつけられていた福音が紅椿を振りほどき、距離を取る。
「何をしている一夏!!せっかくのチャンスを・・・・・」
「船がいるんだ!海上は封鎖されているはずなのに・・・・くそっ、密漁船か!!」
自暴自棄になったかのように、一夏が叫ぶ。箒も海面に目を向けて見ると、小型の漁船が船舶していた。せっかくのチャンスを・・・・・・いくらなんでもタイミングが悪すぎる。
このまま、戦闘を続けでもしたら危険が大きい、犯罪者といっても見殺しにはできない。
「馬鹿者!!犯罪者などにかばって・・・・・そんな奴らなど・・・・」
「箒ッ!!」
人の命を見捨てるような発言をする箒を、一夏は悲しい目で見つめる。自分が力を手に入れたら弱いものを下に見始める。
そんな事悲しすぎる。
「わ・・・私は・・・・・」
動揺を隠せない顔に浮かべ、それを隠すように箒は顔を両手で隠す。
任務の遂行が第一だ。----だがここで人の命を見捨てたら大切な人に失望されてしまう。
(どうしたらいい・・・・・)
大きな迷いと緊張が箒を包んでいく。箒は大切な人を守りたくて、そばにいたくて専用機を欲した。
だが、その大切な人がいなくなってしまっては意味がない。
「箒・・・・・」
顔を覆い、泣きじゃくる箒に向かって手を伸ばしたとき
ピーーーーー!!
高いアラームの音が紅椿と白式から同時に発せられた。原因はすぐにわかる、
本来、この戦闘は短時間での決着を想定したものだ。そうでなくては常に展開装甲を纏っている紅椿と自身のエネルギーをパワーとする雪片を装備した白式がもたない。
それと同時に、目の前にいる福音が全身の砲口を箒の乗る紅椿に向ける。当然だが、シールドエネルギーのないISなどひどく脆い。それは第4世代だろうと変わらない。
「箒ぃぃぃぃっ!!」
福音の砲口から光の弾丸が放たれた瞬間、一夏は自分もエネルギーがないことも忘れ、福音と箒の間に割って入る。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
箒を守るため、抱きしめた瞬間、一夏の背中に大量の弾丸が降りそそぎ、そのまま海面へ急降下していく。
「くっ!!はぁぁぁぁ!!」
なんとか一夏を抱えたままの状態で海面ぎりぎりのところで踏みとどまるが、福音はとどめを刺すため、腕にビームをまとわせて一夏と箒に迫る。
「う・・・・・あぁ・・・・・」
自分の失態に加え、一夏が自分の腕の中で傷ついている。さまざまなことが起こりすぎたせいで、頭の整理が追い付かない。
福音が腕部のビームソードで抱えられている一夏ごと、箒を貫こうとした瞬間
「やらせるかぁぁぁ!!」
間に瑠奈が入り込んで阻止する。だが、額からは殴られたせいなのか血が流れ、機体は機動性を極限まで上げるため、ゼノンの追加装備を外し、脚部にブースターをつけただけの原型のエクストリームだった。
バチバチッと大きな音をあげ、福音のビームソードとエクストリームの左腕部の装甲がぶつかり合う。
「箒ッ!!この作戦は失敗だ!!この空域から撤退しろ!!」
「瑠奈っ・・・・・一夏が・・・・一夏が・・・・・」
「そんなことは後回しだ!!撤退しろ!!」
『撤退する』言葉の意味は分かっている、そしてそれを今の自分がなさなくてはいけないことも知っている。だが・・・恐怖で体が動けない。
「早く逃げろ!!」
そう叫んだ瞬間、福音のビームソードを防いでいた左腕の装甲がビシッと砕ける音がしたと同時に破壊され
瑠奈の左腕を切断した。
ーーーーー
目の前で赤いしぶきが飛び散っている。だが、絵の具のように真っ赤な色ではなく、少し赤黒い色だ。そしてそのしぶきは間違いなくーーーーー血だ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
この世の物とは思えないほどの歪んだ顔と声を出して、死にかけの獣のように目の前のクラスメイトーーーーー小倉瑠奈は狂い悶える。
「あ・・・・あ・・・・」
そして当然ながら後方にいた箒にもその飛沫が当たり、自身の顔とたださえ赤い紅椿の装甲を赤く染めていく。
「瑠奈ぁぁぁッ!!」
一夏を左腕で抱え、箒は刀を抜刀し、瑠奈に組み付いてる福音を切り裂こうとするがそれよりも先にピピッと機械音が聞こえたと同時に、エクストリームの脚部に装備されていたブースターが
「おい!!何をーーーー」
箒がそう言いかけた瞬間に『自動操縦』という文字が表示され、紅椿は白式を抱えたまま、急速に空域を撤退していく。
『La・・・・・』
逃げていく紅椿と白式を撃ち落そうと福音が全砲口を開こうとするが
「させ・・・・るかぁ!!」
左腕を切り捨てられた瑠奈が強烈な蹴りを頭に浴びせる。
そうされたことによって大きく照準がぶれ、攻撃は失敗する。この距離では紅椿は攻撃できない。だとすると残ったのは
「ぐ・・・・ぅぅぅ・・・・・」
左腕がなくなり、今にも失血多量で死にそうな瑠奈だけだ。
福音は全身の砲口を開け、瑠奈にとどめを刺すため、一斉射撃を放った。
いつもの瑠奈ならばかわせた攻撃なのかもしれない。しかし、今は失血で意識は朦朧し、まともな装備もない機体だーーーーーーーかわしきれない。
全身が見えなくなるほどの攻撃が瑠奈を包み込んだ。そしてそのままたっぷりと火力集中を食らわせていく。
「あ・・・・あ・・・・」
瑠奈は攻撃をかわそうとせず、ただ光の弾丸を受け続けている。
5秒ほど攻撃を受け続けただろうか?エクストリームの全身から青白いプラズマと煙が出始め、装甲が溶かした鉄のようにオレンジ色に変色していく。
その刹那、
ーーーーー
福音との戦闘終了から数時間後、千冬のいる旅館の作戦会議室に小型端末を持った真耶が入ってきた。
「織斑先生、報告します」
「はい」
奥で、千冬は飲んでいたコーヒーを机の上に置き、報告を受ける姿勢を取る。
「本日行った作戦は失敗。上層部が我々に待機命令を指示しました。戦闘区域に侵入した密漁船は現在取り調べを行っており、密漁船の船員に戦闘による負傷者はいません。それと・・・・・小倉さんのことですが・・・・・」
声が弱弱しくなり、真耶の顔が俯く。正直報告したくない内容だが、それでも報告するのが真耶の仕事だ。
「戦闘終了後に墜落したと思われる海域を代表候補生に探索させましたが、は、発見できず・・・・・。夕暮れになり作業が困難になったため・・・・・・・・・数分前に・・・・・探索を中断させました・・・・・」
「そうですか・・・・・」
そう返事した千冬の重苦しい空気に耐えかねてか、真耶は「失礼します」といい、速やかに部屋を退出していった。
だれもいなくなった静寂の部屋で
「はぁ・・・・・」
重苦しい千冬のため息が静かに響いた。
時を同じくして、旅館のとある一室。
ベットに横たわった一夏は深い昏睡状態が続いている。その傍らで控えていた箒は自分の愚かさと自責の念に襲われていた。
(私のせいで・・・・・)
もし、自分が瑠奈の指示に従っていたら、今頃3人揃って無傷で生還し、祝勝のパーティーでもしていたかもしれない。
一夏が照れたかのような笑みを浮かべ、箒が素直じゃない態度と取り、瑠奈がつまらなそうな顔をしてその光景を眺めている。
そんな未来、あったかもしれない時間。だがそれはもう叶わない。自分のせいで。
「う・・・・うぅぅ・・・・・」
何度目かすらも分からない嗚咽と涙があふれてくる。そして決まってある映像が脳裏を掠める。
瑠奈の絶叫、斬り飛ぶ左腕、そして自分にかかる血しぶき。
「っ!!!うぁぁ・・・・・」
それを思いだした途端、吐き気がこみ上げてくる。
このままISを乗り続けていたら、自分もあんな死に方をするのだろうか?いやだ・・・・・死にたくない・・・・・。
警察の死体処理班でも大きな衝撃を受ける光景を、間近で見てしまった箒の心に一種のトラウマが刻み込まれる。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・」
息が乱れ、体中を悪寒が駆け巡り、嫌な汗が出てくる。そのまま、体を両腕で抱きしめ、みっともなくその場に蹲ってしまう。
心のどこかで、自分は特別だと思っていた。稀代の天才である篠ノ之束を姉に持ち、世界で2人しかいないISの男性操縦者の1人である織斑一夏の幼馴染。
この世界でこれほど大きな人間関係を持っている人間がいるだろうか。それ故に思い上がっていた自分に彼は言った。『甘ったれるな』と。
だが今ではどうしろというのだろうか?わからない・・・・・・。
「うぁぁぁぁ・・・・・」
箒の心が自問自答の迷宮に迷いこもうとしたとき、バンッと大きな音を立て扉が開く。開けた人間は
「何やってんのよ・・・・・・」
鈴だった。そしてそのままズカズカと入り込み、箒の隣までやってくる。
「あんたさ・・・・もしかして瑠奈が死んだのは自分のせいだと思ってない?」
「え?」
自分の図星を突かれてなのか、箒は甲高い声をあげる。
「出撃前に
鈴は出撃前の瑠奈に『瑠奈は強いから必ず戻ってくる気がするわ』と冗談半分で言ったことなのだが、戦場では強さなど関係なく、運が強いものが生き残っていくものだ。
「だからなんだ・・・・・・私の命令無視で死んだことには変わりない」
箒の投げやりと自傷のような声に鈴がはぁーとため息をつく。しかし、そのため息は疲労を感じさせるものではなく、呆れるような反応だ。
「あたしの言ったことを何も分かってないわね。
「え?」
「あのまま福音と戦っていたら
一夏と箒を逃がすために、自身の左腕を切り捨て、ブースターを箒に譲った。
瑠奈はどこまでも客観的な意見を持っている。それは福音の作戦会議での発言で箒も知っている。
しかし、客観的ということは自分の都合など関係なく、全体での都合を優先する。簡単な計算だ。1つの命よりも2つの命が助かる方がいい。
「・・・・・・瑠奈・・・・」
決して開き直ったということではなく、重い罪の意識が消え去ったわけではないが、少しだけ心が軽くなった。客観的で合理的で冷静で冷淡な判断だったかもしれない。
それでも
(・・・・・ありがとう)
自分と大切な人を助けてくれた恩人に感謝しよう。それが今の箒にできることだ。
「いいところ悪いけど、瑠奈はもう1つ面白いものを残していったわよ」
そう呆れ気味な声と同時に懐から1枚の電子パッドを取り出す。のぞき込んでみると、画面中央で赤い点が点滅していた。
「これは?」
「福音の現在位置よ」
この電子パッドは作戦開始まえに瑠奈が鈴に渡されたものだ。もし、この作戦が失敗することを読んで渡していたとしたらなんと巧妙な頭をしているのだろうか。
「これは瑠奈からの挑戦状よ。できるもんなら破壊してみろっていうね」
苦笑いを浮かべたとき、ドアが開き、ラウラが入ってきた。
「どう?場所はあってた?」
「ああ座標ぴったりだ。瑠奈のこの発信機は座標だけでなく、高度まで細かく表示しているから確認は容易だったぞ」
ラウラに続き、セシリア、シャルロットが部屋に入室し、1年生の専用機持ちが勢ぞろいする。
「皆、準備はいいか?」
「ええ、たった今完了しましたわ」
「準備オッケーだよ、いつでもいける」
「で、あんたはどうすんのよ?」
全員の専用機持ちは箒へ視線を向ける。その視線を受けた瞬間、箒の中で何かが固まり、闘志があふれ出してくる。
「私も・・・・私も行くッ!!!」
さっきまでは、瑠奈の惨劇が脳内で浮かび上がっていて、ISに乗ることが怖かった。恐れていた。だが、もう迷いはない。専用機を持った責任、そして一夏と瑠奈が命を命を賭してまで守ってくれた責務を果たさなくてはならない。
「一夏・・・・・いってくる」
目の前のベットで昏睡状態の一夏に軽く挨拶すると、箒たちは部屋を出ていった。
数時間後、各国の代表候補生と紅椿に加え、復活した一夏と
ーーーー
深海
昼夜問わず、光が差し込むことのない暗黒の空間。その闇が支配する領域で
『進化発動・・・・・・』
人間味を感じられない声が響いた。
2016年も小坂井をよろしくお願いします。
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