IS 進化のその先へ   作:小坂井

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38話 主人

自由時間が終わったら、次は入浴で食事になる。

 

「部屋と夕食はいらない」といっていた瑠奈は、入浴時も夕食時も姿を見せず、完全に行方不明状態だ。

彼がいないのは見慣れた光景だが、臨海学校でも姿をくらませている。

いったいどこで何をしているのだろうか?

 

「うわ・・・・随分と票に違いがあるね・・・・・」

 

目の前の紙を左右で二等分するように線を引き、左右で生徒たちの名前が書かれている。

簪のクラスである4組は、夜の自由時間を使い、一つのアンケートを行っていた。

 

それは「織斑一夏と小倉瑠奈の人気アンケート」だ

修学旅行で恋バナをするのは伝統になっているが、今回は2人いる男子生徒の内、どちらが好みかというアンケートを4組総勢でやっていた。

 

結果は一夏が瑠奈と3倍以上の差をつけて勝った。

 

瑠奈は学園では孤立した存在であるため、日頃はフレンドリーに接している一夏と違い、謎に包まれているため人によっては距離を感じてしまう。

だが、それがいいと言っている物好きもいるようだ。

 

「ねえ、更識さんはなんで小倉さんに票を入れたの?」

 

クラスメイトがふと思ったかのように部屋の隅で音楽を聴いていた簪に質問する。

瑠奈は一夏と3倍以上の差を付けられて負けたため、必然的に瑠奈に入っている票もすくない。

簪は瑠奈に票をいれた数少ない生徒だ。

 

「確かにそれ思った。てゆうかルームメイトだったらなにか知ってんじゃない?」

 

簪は瑠奈とはルームメイトなため、4組のなかでは小倉瑠奈という人間について詳しいと思っている人間がいるようだが、生憎簪も彼をよく知っているというわけではない。

その質問に簪は少し、考えるように頭を傾けると

 

「優しい・・・・・ところかな・・・・・」

 

そう答えるが、クラスメイトが難しい顔をする。

入学してから瑠奈には黒い噂が絶えない。

なんでも多数のセ〇レがいるとか、部屋に三脚木馬を持ち込んでルームメイトを調教しているなどといった変な噂が1人歩きしている。

ちなみに部屋のドアは三脚木馬が入れるほどの幅はないし、当然のごとく、ルームメイトの簪にも確認を取っている。

 

それでも噂話が好きな年頃だ。

あれこれと根も葉もない話をくっつけて広げていってしまう。

 

それでも簪は知っている。

小倉瑠奈という人間は皆がいうほど悪い人間ではないということを。

 

 

 

各班が部屋でハッピー青春を満喫している頃、瑠奈は一人で廊下を歩いていた。

目的地は一夏と千冬の部屋である。

少しの間外出する必要があったため、千冬に外出許可をもらいにいくのだ。

 

ところが

 

「「「・・・・・・・・・・」」」

 

目的の部屋の前で箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラの5人がドアに耳を張り付けていた。

 

「なにやってるの?」

 

「る、瑠奈・・・・・ちょっとこれを聞いて」

 

鈴に誘導され、瑠奈も他5人と同じようにドアに耳を張り付けてみる。

すると

 

『千冬姉、久しぶりだから緊張している?』

 

『そんなわけあるか、馬鹿者。---んっ!す、少しは加減をしろ・・・・・』

 

『すぐによくなるって。大分溜まっているみたいだし』

 

『ん・・・んぁ・・・・』

 

中から一夏の声と千冬の喘ぎ声が聞こえてくる。

 

これは非常事態だ。

普通は姉弟同士で生殖行為はしないものだが、この状況をみるとすでに我々人類のなかで遺伝子異常が始まっているらしい。

 

いや、そんな人類で解決するような問題だったらまだいい。

姉弟同士では結婚できないことをみると、これはお互いの体だけが目当てであり、一生を誓い合っての行為ではないだろう。

 

当然のごとく避妊はしていると思うが、もし・・・・運悪く破けて膣内射精をしてしまったら?

『やっちゃった』などど軽く済む問題ではないし、これが原因で妊娠してしまったら・・・・・・。

 

産むか中絶するか・・・・後者はともかく、前者の場合、千冬は半年以上の産休を取る必要がある。

その間、誰が学園内で瑠奈の要望に応える?

千冬は学園内で瑠奈の詳細を知っている唯一の存在だ。

 

その千冬が学園から一時とはいえ、離れるのは都合が悪い。

 

それに加え、場所から考えて布団か畳の上で生殖行為を行っているというが、それは最悪の状況だ。

 

布団の上だろうが、畳の上だろうが両者ともに人が踏んだり、寝転がっている物、つまり雑菌が溜まっている。

念入りに洗濯されていても雑菌を完全に除菌するなど不可能だ。

 

それが運悪く一夏や千冬の膣内から入ってしまい、性感染症などになったら人としての繁殖機能に大きな障害が引き起こされるかもしれない。

 

本来はビニールかガーゼの布などを敷いて行うというのに、これだから最近の若者の性意識の低下がゆゆしき問題となっているんだ。

 

「おい!!ビニールは敷いているか!避妊具はッ!?」

 

ほかの5人とはどこかずれた心配をしている瑠奈が勢いよく扉を開ける。

そのとき鈴が「ひっ」と小さな悲鳴が漏れたが、これは大きな問題だ。

だが、視線の先には

 

「うわっ、びっくりした・・・・・瑠奈かよ・・・・」

 

「ん?・・・・どうした?」

 

布団に寝そべる千冬とその背中に跨り、指を押し当てている一夏がいた。

一瞬、バックでやっていたのかと思ったが、生殖行為をしていた場合は部屋には独特のにおいがするものだ。

におい消しでも置いたら誤魔化せるが、それはそれで違和感を生む。

そのにおいもないとなると、どうやら一夏と千冬は完全に白だったようだ。

 

「ふぅ・・・・・」

 

安心したかのようにため息をつくと、ほかの5人も安心したかのように崩れ落ちた。

どうやら一夏と千冬はマッサージをしていたようだ。

 

「び、ビニール?なんの話をしてるんだ?」

 

突然現れた客に戸惑う一夏だが、寝っ転がっている千冬は状況が理解できたらしく、やらやれと困り顔をしている。

 

「なんでもない。そのことは忘れてくれ。織斑先生、お楽しみのところ悪いですけど、少しいいですか?」

 

「なんだ?」

 

ひとまず寝ていた体を起こし、千冬は瑠奈と向かい合う。

 

「しばらくの間、外出許可を貰いたい」

 

「いいだろう。許可する」

 

「どうも。これはお礼です」

 

「さすが、わかってるじゃないか」

 

懐から黒い缶ビールを取り出すと、それを千冬に投げ渡す。

千冬はその缶ビールを満足そうに眺めている。

 

「一夏、マッサージをして汗をかいているだろう。もう一度風呂に入ってこい」

 

「ん、そうする」

 

千冬の言葉に頷いた一夏はタオルと着替えをもって、瑠奈と一緒に出ていく。

 

「なあ、風呂一緒にどうだ?」

 

「さっき、外出するって言ったはずだけど」

 

「まあまあ、外に出る前の気分転換でさ」

 

「男と混浴する趣味はない」

 

そんな他愛のない会話をしている一夏と瑠奈が完全に見えなくなったことを確認すると

 

「とりあえず、全員好きなところに座れ」

 

扉の前で固まっている女子5人を部屋に引き入れる。

とりあえず、ベッドとチェアに座ったが、それからは誰も口を開かず、沈黙が続く。

 

「やれやれ、いつものバカ騒ぎはどうした・・・・」

 

呆れたような表情をすると、千冬は旅館に備え付けている冷蔵庫から5人分の飲み物を出すと手渡す。

全員が飲み物に口を付けたのを確認すると、千冬も瑠奈からもらった缶ビールを開けて一気に飲む。

ひと段落すんだところで

 

「で?何が知りたい」

 

「え?」

 

突然の話の切り出しに戸惑ったかのような声をあげる。

 

「な・・・・・なんの話ですか?」

 

「とぼけるな。顔に書いてあるぞ。「瑠奈のことが知りたい」と」

 

図星を突かれ、5人がぎくりとひきつった笑みを浮かべた。

実はこの5人は中学生の集団告白のように。おそらく瑠奈のことを一番理解しているだろう千冬に聞くために部屋に来た。

 

箒は専用機を作ってくれるにはどうしたらいいかとヒントを求め、ほかの4人は卒業後に祖国に引き入れるための情報収集が目的だ。

 

「だが、私は仮にも教師だ。生徒の個人情報をばらすわけにもいかない。だが・・・まあ・・・・あいつに迷惑が掛からないレベルでなら話してもいい」

 

酒を飲んで酔っているのか、千冬は赤い顔でにやける。

 

「じゃあ・・・・いいですか?」

 

恐れながら手をあげたのは

 

「なんだ?」

 

セシリアだった。

実はセシリアは卒業後に瑠奈をオルコット家に来てもらおうと考えていた。

彼が優秀だということは、技術を教わり、学年別トーナメントで共に戦ったセシリアが一番よく知っている。

オルコット家に来てもらったらそのまま・・・・・・なんてことも考えていたりする。

そのため、ここで情報で差をつけるのが得策だ。

 

「じゃあ・・・瑠奈さんはなんでIS学園に来たんですか?」

 

「どうゆう意味だ?」

 

「いや・・・・その・・・・彼は十分優秀ですし、学園なんか行かなくても今からでも企業に就職すればいいのでは?」

 

瑠奈は現在どこの国の代表候補生でもない。

それに加え、全てが未知数の機体(エクストリーム)に加え、独自でISを修理できるほどの頭脳。

なにを犠牲にしても手に入れたい人材だ。

勧誘の書類は届いていたが、瑠奈は封を開けずに、即焼却炉に捨てている。

 

「あいつはISを学ぶために学園に来たわけではないからな」

 

「「「「は?」」」」

 

千冬の意味不明な発言に全員が首を傾げる。

IS学園はその名の通り、ISを学ぶために建てられた学園だ。

それなのにISを学ばないとなると学園の存在自体を全否定することになる。

 

「奴は自分の主人(・・)を求めているのさ」

 

「「「「え?」」」」

 

再び千冬の意味不明な発言に5人は再び首を傾げる。

 

「主人?」

 

「ああ、そんなに難しく考えなくていい。主人とはその名の通り、自分の仕えるべき相手だ。あいつは自分の決めた主人を相手には何でも従うぞ。浮気もしない」

 

「彼にとって、主人はどれほどの価値があるのですか?」

 

「そうだな・・・・・おい、ラウラ」

 

「なんですか?」

 

「突然だが、軍がもっとも重視しているものはなんだ?」

 

軍人であるラウラにはその返答は簡単なものだ。

世界中の軍隊がもっとも重視している物は資金でもなく、兵力でもない。

 

「規則です」

 

「満点だ。(瑠奈)にとってその規則を破っても救うべき存在。その身が滅んででも守るべきものだ」

 

その主人というのは瑠奈のなかでかなり大きくて重要な存在らしい。

そうなれば話は早い。

 

「わたくし、セシリア・オルコットがその命を請け負いましょう!!」

 

オルコット家には大勢のメイドや執事がいる。

その中で一人、執事が増えたところでなんの問題もない。

それに、彼の実力からいってセシリアが教えを乞うには十分すぎる相手だ。

 

得意げな顔でいるセシリアだが、それを見て千冬は苦笑いを浮かべる。

 

「悪いが、今のお前では無理だな」

 

「え?」

 

鼻の緒を折られたかのように、抜けた声をあげてしまう。

 

「あいつもそこら辺の人間を自分の主にするほどお人好しじゃない。どうしても主になりたいというのなら、あいつに認められることだな」

 

その話を聞いた途端、セシリアの中で湧いていた希望が無くなっていくような消失感を感じる。

あの小倉瑠奈をどんなことであろうと認めさせるのは骨が折れそうだ。

 

「まあ、自分を磨くことだな」

 

そういい、千冬は瑠奈からもらった缶ビールを一気に飲み干す。

顔が赤くなっているところを見ると、かなり酔いが回っているようだ。

 

「僕からもいいですか?」

 

「なんだ?デュノア」

 

彼の本名はなんですか?(・・・・・・・・・・・)

 

さっきまで千冬の発言に首を傾けたが、今度はシャルロットの謎の意味不明な質問に首を傾ける。

 

「な、何言ってんのよ。瑠奈の本名は小倉瑠奈でしょ?」

 

「いや・・・・そういう意味じゃなくて、みんなおかしいと思わない?小倉瑠奈って女性の名前だよね?だけど彼は男性だった」

 

この疑問点は名前と性別を偽り、転校してきたシャルロットだからこそ気が付いたものだ。

シャルロットはシャルルと名乗っていたが、女子として転校し直す時に、本名になおして転校したのに対し、瑠奈は名前を変えずに転校してきた。

それほどまでに彼は本名を隠す必要があるのだろうか?

 

「ほう・・・・なかなか鋭いところを突いてくるな」

 

「織斑先生は本名を知っているんですか?」

 

「もちろん知っている。あいつの本名はゆーーーーっと、これは私の口からは言えないな」

 

「えーーー!!そこまで言ってですか?」

 

「主になったらあいつの方から話してくれるさ」

 

千冬は、無駄だとわかっていても瑠奈の本名についてあれこれ議論している5人を一瞥すると、2本目の缶ビールを取るため、冷蔵庫に歩いて行った。

 

ーーーー

 

「なにをしにきた?」

 

日が完全に沈み、辺りを月下が照らしている。

その中を歩きながら、瑠奈はある人物と会っていた。

 

「まあ、大事な家族である箒ちゃんにプレゼントを届けにね」

 

岬の柵に腰かけながら、ある人物ーーー束はにっと口角をあげる。

この2人は、会う約束していたわけではない。

だが、お互いの深い因縁ゆえなのだろうか?互いにひきつけあう宿命があった、運命があった。

 

「それはまさか・・・・・・」

 

「その通り、これが箒ちゃんの専用ISの『紅椿』だよ」

 

空中投影のディスプレイを浮かび上がらせ、おもちゃを自慢する子供のように、瑠奈に見せつける。

『紅椿』----篠ノ之束が開発した第四世代IS。

僅かしか見えなかったが、現代ISを大きく上回るスペックだ。

 

「だめだ!彼女はまだ自分の実力がわかっていない。そんな人間がISに乗ったら大参事が起こるぞ!」

 

自分を知らない人間がISに乗るなど、目隠しをして車を運転するようなものだ。

行く方向も分からず、現在地も分からず、ただひたすら進んでいき、いずれ壁にぶつかり事故が起きる。

 

「大丈夫だよ。私の妹なんだし」

 

「だがーーーー」

 

「そんなにISを渡したくないのなら」

 

柵に腰かけていた腰をくるりと反転し、瑠奈と向き合う。

 

「私の元に帰っておいで。くーちゃんも心配しているよ」

 

手を差し出し、微笑みかける。

普通に見たら優しい笑みを受けべている女性だと思うだろう。

だが、騙されてはいけない。

目の前の女性も瑠奈と同じように、何枚もの仮面をかぶっているということを。

 

「何度も言っているだろう、私はあんたの元に帰る気はない」

 

束がISを開発したせいで、瑠奈の大切な人はその残酷な運命に傷つき、弄ばれ、死んでいった。

瑠奈はその恨みを一生忘れない。

忘れたら彼女の死が無駄になってしまう。

 

「もしかして彼女のことを気にしているの?実に心外だな。彼女を殺したのは私じゃないのに」

 

「あんたが・・・・あんたがあんなもの(IS)を開発しなければ・・・・・・」

 

あのまま、2人寄り添って暮らしていくことができたかもしれない、生きていくことができたのかもしれない。

彼女が傷ついていくなか、何もできずに見ていることしかできなかった自分が憎い、無力だった自分が憎い。

『力があれば』と何度願ったことだろう。

 

「ぶぶーーー、あんなものなんてひどいなぁ」

 

ISは束が心血を注いで作ったものだ。

一般人が束の前でISをあんなもの呼ばわりなどしたらただでは済まないだろう。

だが、束は怒らない。

彼女にとって瑠奈のような同類がいること自体が喜びなのだ。

 

「まあ、待ってるよ。ゆーくん(・・・・)

 

すると、束は後ろに下がって後ろ向きの体勢で岬の崖に飛び降り、姿を消した。

崖は数十メートルはあり、落ちれば無事ではすまないだろうが、瑠奈は心配などしていない。

彼女がこんなことで死ぬなど思っていないからだ。

 

帰り道を歩いている途中、空を見上げてみると満月が光を放ち続けている。

 

瑠奈()---彼女は今の自分に何をしろというのだろう。

そして、なぜ己の存在を犠牲にしてでも自分を生かしたのだろうか・・・・・

 

 




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