IS 進化のその先へ   作:小坂井

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37話 天災

「ねえねえルナちょむ、お茶飲む?」

 

「ありがとう本音。もらうよ」

 

臨海学校初日のバス内で瑠奈は隣の座席にいる本音からお茶のペットボトルを受け取り、蓋を開けて飲むが、心の中にある不安やもやもやで味がわからない。

今日は朝からずっとこんな調子だ、何やら嫌な予感がしてならない。そして、その嫌な予感というものは、大抵当たるものなのだからタチが悪い。

 

「あ!海が見えた!!」

 

長いトンネルを抜けると大きな海が広がっていてバス内が騒がしくなる。天気が快晴のため日差しは強く、陽光を海面が反射し、瑠奈の心とは正反対にキラキラと輝いていた。

 

それからしばらくして、バスは宿泊先である花月莊という旅館に到着し、4台のバスから一年生がわらわらと降りてきて、部屋割りの班ごとに整列する。

 

「全員整列!!礼!」

 

「「「「よろしくお願いします!!!」」」」

 

旅館の方々に挨拶し、代表らしい着物姿の女将さんが会釈をかえす。

そうしているとその女将さんが興味を持ったように一夏と瑠奈のもとに近づいてきた。

 

「こちらが噂の・・・・・・」

 

「はい、今年は男子がいるせいで手間をかけさせます。挨拶をしろ」

 

そういい、千冬は一夏と瑠奈の頭を押し、無理やりお辞儀させる。

 

「お、織斑一夏です。お世話になります」

 

「小倉瑠奈です」

 

「どうも、清州景子と申します」

 

清州景子と名乗ったその女性はまた丁寧にお辞儀をする。

 

「それでは皆さん。お部屋へどうぞ。部屋の扉に班の名簿が置いてありますのでお間違えのないように」

 

その言葉を合図に生徒たちは旅館に入り始める。初日は完全に自由時間のため、すこしでも早く海に行きたいのだろう。

 

「なあ・・・・瑠奈。俺とお前の部屋って同じだよな?」

 

「なんでそう思う?」

 

「だってさ男子同士が同部屋にならないといろいろおかしいだろ」

 

「ところがどっこい。私と君は同部屋じゃない。いや、正確には私に部屋は必要ないというのが正解かな」

 

その返答に一夏は首をかしげる。部屋が必要ないとはどうゆうことなのだろうか?。寝るときはどうする?まさか床で寝るとでもいうのだろうか?そんな風に、頭に疑問を浮かべていると

 

「小倉さん!部屋が必要ないってどゆうことですか!?」

 

一夏と全く同じ疑問を持った人物ーーー真耶がやってきた。生徒の部屋がないというのは教員からして大事らしく慌てている様子だ。

瑠奈は千冬にこのことを他言しないように言っておいたのだが、いったいどこから漏れたのだろうか。

 

「いった通りです。私には部屋も夕食も必要ありません」

 

「そんなこと許可できません!せめて理由を言ってください!!」

 

「いえません」

 

生徒の一人の部屋がないなんて大問題だ。必要ないなら必要内で理由を聞かなくては納得できない。瑠奈は言えないといい、真耶は理由を求める、これではいつまでたっても平行線で話が進まない。

 

「はあ・・・・・・」

 

疲れた様子で軽くため息をつくと

 

「私に部屋は必要ないと言っている。同じことを何度も言わせるな」

 

まさかの逆切れモードに突入。瑠奈の千冬に劣らず鬼のような不機嫌で重圧な声と顔に真耶の体内時間が停止する。

なぜだろう、とてつもないほどの危機感が体の奥から生み出されていくことを感じた。

 

「わ、わかり・・・・ました・・・・」

 

瑠奈と敵対することを心身ともに恐れた真耶は逃げるように逃げ去っていく。恐喝や、脅迫のように見えるが、誤解しないでほしい。これは教師と生徒の会話だ。

 

「たっく・・・・・・」

 

吐き捨てるような目線で真耶を見送ると、瑠奈が旅館に入っていたので一夏も続く形で旅館の中に入っていった。

 

ーーーー

 

一通り荷物の整理を済まし、瑠奈は廊下の壁に背をつけ、恰好をつけていた。ちなみに瑠奈の荷物は一夏とルームメイトの千冬の部屋に置かせてもらっている。

不用心な荷物の扱いだが、あいにく中には見られて困るようなものは入ってないし、盗まれて困るものもない。

 

もっとも、瑠奈にはもう必要ないものなのかもしれないが・・・・・・・

 

「瑠奈?」

 

「ん?」

 

すると更衣室で水着に着替えるだろう簪に会う。タオルと水着を持っているが、やはり何度見ても簪がこの水着を選ぶ理由がわからない。

露出が多いし、水着のカットも他の商品より多いはずなのに、なぜ、彼女はよりにもよってこの水着を選んだのだろうか?まあ、いくら疑問に思っても、海に来た今ではもう遅いのだが。

 

「なにしてるの?」

 

「ちょっと考え事をしていたんだよ」

 

本音が『今朝からずっと様子がおかしかった』と言っていたが、何をそんなに思い悩んでいるのだろう?

大抵は、優れた頭脳や容姿で悩みができる前に、不安の種をロードローラーで踏みつぶしていくだろう瑠奈が悩みとは、珍しいこともあるものだ。

 

「あの・・・・・海に行かない?」

 

「え?」

 

「ほら・・・・その・・・・海で遊んだら何か解決策が・・・出るかもしれないし」

 

本心では瑠奈に自分の水着姿を見てほしかったのだが、ここまで悩んでいるとなってはなにかしらの形で力になってあげたい。

 

「まあ・・・そうしようかな・・・・」

 

苦笑いしながらそういうと、簪に並行して歩いていくが、そうしているとなぜか簪の頬が緩んできてしまう。

なんというか、隣にいると、妙な安心感がでてくる。そんな一方的で自分勝手信頼が、簪にはあった。

 

キィィィィン

 

すると突然不思議な音が聞こえ始める。

なんというか・・・・・これは・・・・何かが落下してくるような音だ。その瞬間

 

ドカーーーーーーン

 

大きな振動が聞こえた。この音を聞いた瞬間、瑠奈は瞬時に判断する。これは何かが地面に落下した音なのだと。

 

「この音は・・・・・」

 

目の前に歩いていた瑠奈も反応し、立ち止まる。だが、簪のように困惑した表情ではなく、怒りと恐れが混ざった影のある顔だ。

 

「・・・瑠奈?」

 

おそれながら尋ねると、突然瑠奈が向かうはずの更衣室とは真逆の方向へと走り始めた。その表情からは、日頃の冷静な雰囲気は感じられない。

 

「瑠奈!?どこに行くの!?」

 

「簪、先に行っててくれ!」

 

朝からの不安の原因がわかった。ここ最近、あの女が目の前に現れるということを体のどこかで感じていたからだ。

瑠奈という人間を作る原因と作った人間。

「天災」と呼ばれているあの女を。

 

 

 

 

「音がしたのは・・・・この辺りだが・・・・」

 

ぜえ、ぜぇと息を切らしながら音がした場所に行ってみるとなぜか巨大なにんじんが地面に刺さっていた。だが、これだけでわかる。ISに創造者である「篠ノ之束」が来ているということが。

 

「瑠奈!」

 

すると後ろから同じように息を切らした簪が来た。どうやら瑠奈を追ってきたようだ。

 

「簪、先に行っててっていったはずだ!」

 

「でも・・・・はあ・・・・はあ・・・・心配で・・・・」

 

まずい、簪を篠ノ之束と会わせたくはない・・・というよりあの女と合わせたい人間などこの世にいない。

 

「どこでもいい!早くどこかに逃げーーーー」

 

そこまで言いかけた時

 

「るー君っ!!」

 

突然、空からウサミミをつけ、青と白のワンピースを着ている女性が落ちてくる。

そしてそのまま地面を蹴り、瑠奈に抱き付いた。

 

「やあやあ!おひさーだね。元気していた?」

 

瑠奈とは正反対にその女性はテンションMaxの様子だ。

飛びつきの反動で後ろに押し倒されそうになるが

 

「やめろ!!」

 

それより前に振りほどき、地面に尻餅をつく。

 

「あれあれー大丈夫?るー君」

 

心配そうにする女性とは裏腹に人を殺すのではないのかと思うほどに怖い形相で瑠奈は睨み付ける。

 

目の前にいる女性の名前は篠ノ之束。

ISの創造者にして稀代の天才。

瑠奈の育て親にして、小倉瑠奈を殺した人間(・・・・・・・・・・)

 

「何しに来た?」

 

怒りと恐怖で震える体を押さえながらゆっくり立ちあがった。

そしてそのままわずかに後ずさる。

 

「まあちょっと送り物を届けにね。それよりも元気してた?久しぶりにあえて私はとてもうれしいよ!」

 

さっき瑠奈に振りほどかれたというのに束は再び抱き着く。

瑠奈がもがき抵抗するが、束の見かけによらず強靭な腕力で身動きがとれない。

 

「やめろ!やめてくれ!!」

 

抵抗できない悔しさに奥歯を強く噛み締めたとき

 

「や、やめてください!瑠奈が嫌がっているじゃないですか!!」

 

いままで黙り込んでいた簪が勇気を振り絞った様子で叫ぶ。

それに反応した束が抱きしめていた腕の力を弱めたため、瑠奈は腕から逃げ出すことができた。

 

「私とるー君の時間を邪魔するとはいい度胸だね。てか誰だよ君は」

 

「わ、私は・・・・・瑠奈とルームメイトの・・・・・・さ・・・・更識・・・・簪です」

 

束は久しぶりの再会に水をさされたことが気に入らないらしく、冷たい視線を簪に向ける。

 

「人様の子供をいきなり呼び捨てだなんて生意気だね。てゆうか劣等種なくせに私に意見するなんて馬鹿かな君は?」

 

劣等種という単語が心を突き刺す。簪は天才の分類に入る姉と自分との出来の違いに悩んでいた。

姉との問題にかかわらずここでも自分は「劣った存在」として扱われる。

自分の存在の小ささに目尻に涙が浮かんできた。

 

「るー君のルームメイトだからって君は友達にでもなったつもりなのかな?残念だっけど君とるー君とは釣り合ってないよ?」

 

反論できないことをいいことに束は簪に悪口や罵倒を浴びせていく。

口から嗚咽が出てきて心が壊れていくのを感じる。

 

「うっ・・・・・ぐすっ・・・・・」

 

心が苦しい。息が乱れる。

少しずつ心が壊れていくのを感じる。

 

「るー君の相手は私みたいな天才でスタイルもいい完璧なーーー」

 

ガァァァァン!!!

 

束が自分勝手な持論を語っていると突然大きな音と震動が響く。

音源に目を向けてみると

 

「それ以上彼女の悪口を言ったら本気で殺すぞ」

 

エクストリームの右腕部を展開し、拳を地面にめり込ませている瑠奈がいた。額には血管が浮き出ており、一目で彼が怒っていることがわかる。

だが、束はそんな瑠奈を心底理解できないように頭を悩ませている様子だ。

 

「はあーー、るー君はいつもそうだよね。私とは180度違う考えをしていて私の意見を真っ向から否定する」

 

「そうやって自分の価値観でしか物事を見ることしかできないから他人を壊して自分の意見を押し付ける。簪はあんたより何倍も素敵で魅力的な女性だ!!」

 

「素敵な女性」その言葉に簪の壊れかけていた心が反応した。

自分を素敵な女性と言ってくれた。

こんな暗くてスタイルもよくない自分を。そして

 

(怒ってくれた・・・・・)

 

天災と呼ばれている篠ノ之束を相手に本気で反論し怒ってくれた。

 

「ちぇ、なんだよるー君。急に怒っちゃって」

 

束は拗ねた子供のように頬を膨らませると、そのままどこかへ走り去っていった。

 

「大丈夫、簪?」

 

かけていた眼鏡を取り、涙目になっていた簪の目を持っていたハンカチで優しくぬぐう。泣いたせいか、心は落ち着いたが、目は真っ赤になってしまっている。

ひとまず近くにあった水道水でハンカチを濡らし、目に軽く押し当てる。

 

「本当にごめん。私の知り合いが迷惑をかけて」

 

「う・・・・うん。大丈夫・・・・・」

 

このままでいるわけにはいかないため、簪の班の部屋に案内してもらい、そこで休憩する。

幸い、簪の班員は全員海へ行っており、部屋には誰にもいなかった。

 

「ほら、とりあえず寝て」

 

指示に従い、畳の床に寝っ転がろうとした簪だが、瑠奈が簪の頭を両手で支えると、

 

「え?・・・え?・・・」

 

自然な動きで自分の太ももの上にのせる。

俗にいう膝枕というものだ。

 

「る、瑠奈!?何を!?」

 

突然のことに驚き、がばっと大慌てで起き上がる。

いきなりの状況に理解が追い付かない。更識家といえど簪だって年頃の乙女だ。異性と親しくなりたいと思っているし恋愛にも興味はある。

だが、普通は手を握るあたりから始まることを、なぜか膝枕という高レベルな技術を受けている。

 

「こら、簪!安静してないと」

 

まるで親のように注意すると、瑠奈は簪の後頭部を再び太ももの上にのせ、濡れたハンカチを簪の目に被せる。

さっきは痛みで心が壊れそうだったがこんどは緊張で心が壊れそうだ。

いきなりのシチュエーションで頭の整理が追い付かない。

 

(えっと・・・こ、これ・・・・どうしたら・・・・)

 

混乱のせいでうまく話題を切り出せず、瑠奈と簪の間で沈黙が続く。

なんか気まずくなり、なにか話そうと思ったとき

 

「うれしかったんだ」

 

脈拍もなく、瑠奈が簪に話す。

目をハンカチでおおわれていてわからなかったが、からかっているのか瑠奈はいま簪の眼鏡をかけていた。

だが、目を少し嬉しそうに笑っている。

 

「私は少しの間束と一緒に暮らしていたことがあったんだけどさ、ほら、束はああゆう性格というか・・・・・自分中心みたいなところがあってさ。人目も気にせずに抱きついて来たりすることが過去に何回かあったんだ」

 

「篠ノ之束と暮らしていた」それだけで常人は驚くが、不思議と簪の中で驚きはなかった。

なんというか・・・・・彼には納得させるほどの説得力がある。

 

「私が嫌がっていることをわかっていても、周りの人間は相手が天災と呼ばれている束を恐れてみて見ぬふりをして、助けてはくれなかった」

 

相手は天災と呼ばれている束を相手に下手な口出しをすれば、機嫌を損ねてしまうかもしれない。

普通の大人だったらそんなことはないのかもしれないが、人として何かが狂っている束なら気に入らない国1つや2つなんの躊躇いもなく潰すだろう。

そんな人間だとわかっていて、しかも自分は関係ない他人ごとに口を挟むなど百害あって一利なしだ。

 

瑠奈は束をよく思っていない・・・・いや、正直言って大っ嫌いだ。その嫌いな相手から一方的な愛情など押し付けられても、嬉しいはずがない。

 

「簪が初めてだよ。あの束を相手に立ち向かってくれた人間は」

 

束に罵倒されたときは落ち込んでいたが、瑠奈の「初めての人間」になれたこととこうして瑠奈に膝枕されて2人だけの時間を過ごすことができたと思うと、多少は得したような気がする。

せっかくだ、この雰囲気に便乗して我儘をいってみるのもいいかもしれない。

 

「る・・・・瑠奈・・・・・?」

 

「なに?」

 

「その・・・も・・・・もう少し・・・・こ、このままで・・・・いい?」

 

心臓が破裂するのではないかと思うほどの緊張で、言葉が途切れ途切れになりながらも、渾身の我儘を言ってみる。

もし断られたらどうしようかと大きな不安があったが

 

「もちろんいいよ」

 

瑠奈がそう即答し、大きな安心が心を包む。

その返事を聞けたことに安心すると、簪は体中の力を抜き、リラックスする。

 

 

束とのコンタクトやあの機体(エクストリーム)のこと。

そして先日の転校について。

瑠奈の実力はどこの企業や国も喉から手が出るほど欲しがっているはずだ。

 

そのはずなのに、なぜ彼は女装してまでIS学園に来たのだろうか?

 

結局その日の自由時間は簪の膝枕で終了した。

 

「そろそろいいんじゃない?」という瑠奈の呼びかけに簪は「まだ治っていない」という返答を繰り返しては延長していき、最終的には夕方に自由時間を終え、戻ってきた簪の班員たちの「瑠奈の膝枕」という行為の驚愕と嫉妬の声で、簪の夢の時間は終了した。

 




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