IS 進化のその先へ   作:小坂井

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このままラウラ戦へ行きたいところですが、少し寄り道をしていきます。


25話 人の悪意と疑惑

「よし、測定が終わったぞ」

 

ある日の朝、保健室で千冬の声が響いた。

今日は瑠奈の身体測定の日だった。

普通の生徒は入学時に測定をし、身長や体格に合わせたISスーツを業者に作成を依頼するというのが通常の流れなのだが、瑠奈は場合が場合だ。

 

他の生徒と一緒に測定すると男であることがばれる可能性があるためこっそりと測定している。

 

「身長と体重は・・・・・・相変わらずだな」

 

「知ってるだろ。私が変わらない(・・・・・)ということは」

 

「そういうな。少しは前向きに生きようとしたらどうだ?」

 

「そんなことが私にできるものか・・・・・」

 

今の瑠奈は自分が不幸に慣れすぎてしまっている。

どんなに不幸や悲しみが瑠奈に襲ったとしても『まだマシ』や『いつもよりいい方』と誤魔化してしまう。

おそらく、いま瑠奈の目の前に『幸せ』があったとしてもそれに気が付かず過ぎ去ってしまい、『幸せ』を掴みとるチャンスがあったことにも気が付かない。

それが『小倉瑠奈』という人間だ。

 

「それじゃあ、お疲れ様」

 

そういい、瑠奈が保健室から出ていこうとすると

 

「ちょっと待て」

 

千冬に呼び止められる。

 

「今日の午後は一夏と一緒に企業の技術の交渉にいってもらう。一夏の取引内容はこちらが決めるから安心しろ」

 

要は『弟が心配だから一緒について行ってあげてほしい』ということだ。

取引内容が決まっているなら瑠奈が付いていく必要なんてない。

当然といえば当然だが、取引は互いに信用があって成り立つものだ。瑠奈が簡単に人間を信用しないことは千冬が一番よく知っている。

 

「わかった」  (相変わらず弟に甘いな)

 

それだけ言い残し瑠奈は保健室をでた。

 

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続いて瑠奈が言った場所は

 

「おはようございます」

 

生徒会室だった。

 

「あら、おはよう」

 

楯無が朝のニッコリスマイルで出迎えてきた。

 

「いつものください」

 

「えーー、また?」

 

楯無はそういい、生徒会室にある引き出しを開け、太田胃〇を取り出し瑠奈に渡した。

これは、瑠奈が入学してから続いている伝統のようなものだ。

周りが女子ばっかでいつ、自分の正体がわからないこの極限状態でストレスを感じない人間なんておそらくいないだろう。

 

というか、ストレスを感じない人間がどうにかしている。

なぜ太田胃〇かというと楯無の協力を得て、さまざまな胃薬を試したが太田胃〇が一番しっくりきたからだ。

 

 

「ふぅ~」

 

やはり、胃薬を飲むとなんか落ち着く。

ありがとう。いい薬です。

そんなことを考えていると楯無がこちらを凝視していた。

 

「あの・・・・なにか?」

 

「いやね、あなたって本当に男なのかなーっておもって」

 

「なにを今さら」

 

「だって、あなたの身長は高校生としては低いし、腕も男の中ではか細いじゃない。身長ってどの位?」

 

「・・・・・・155cm・・・」

 

少しためらった感じで瑠奈は答える。

 

「あら、私とほとんど変わらないのね。それにしても155cmって中学生じゃないの?」

 

楯無がアハハと笑うと

 

「中学生じゃないですっ!!!!」

 

 

ガタンを座っていた椅子を倒し、大声で瑠奈が叫んだ。

その顔はまるで苦虫を噛み潰したように歪んだ顔だった。

瑠奈が叫んだことでいやな沈黙が2人に流れる。

 

「す、すみません・・・・・」

 

それだけ言うと瑠奈は生徒会室を出ていき、それとすれ違う形で虚が生徒会室に入ってきた。

 

「あの・・・・・何かあったんですか?」

 

「何でもないわ・・・・・虚ちゃん。さぁ、今日も頑張りましょう」

 

なんで怒ったのか楯無には理解できないが『小倉瑠奈』という人間にはまだまだ秘密がありそうだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

午後

 

「それではこの件はーーー」

 

千冬の頼みを受け瑠奈は一夏の付き人という名のガードマンをし、取引相手のいる会社の会議室にいた。

一夏のISはちゃんとした研究所で作られたため、こういう世間からの干渉は避けられないだろう。

それに対して瑠奈のエクストリームは誰の手も借りていないため、干渉は最低限で済んでいる。

 

「それではこれはこちらに任せてもらいます」

 

取引相手の女性はこういう仕事に慣れているらしく、コツコツと取引を進めていった。

この様子だと思っていたよりも早く帰れそうだ。正直いって外はあまり好きではない。

 

「ところで瑠奈さん」

 

「なんですか?」

 

一夏と取引していた女性がなぜか瑠奈に話しかけた。

 

「あなたがあの(・・)有名な小倉瑠奈さんですよね?」

 

「まぁ・・・・・そうですけど・・・・」

 

「ぜひ、わが社とも契約をー」

 

「お断りします」

 

 

女性が言葉を言い終える前に瑠奈が拒否の意を示す。

 

 

「まぁ、そういわずに・・・・・」

 

「お断りします」

 

「そこをなんとか・・・・」

 

「いやです」

 

「お願いします!上司から絶対に契約させて来いといわれているんです!」

 

「そんなの知りません」

 

女性が必死になって瑠奈を説得させようとするが瑠奈は冷徹に切り捨てる。仕舞には女性は泣き出してしまった。よっぽど上の人間からプレッシャーをかけられていたのだろう。

 

「おいおい、瑠奈・・・・。いくらなんでも契約内容や書類も見ないで断るのはひどくないか?」

 

泣いた女性に感化されたのか一夏が口を挟んできた。

 

「はぁ・・・・・。やはり一夏は一夏だったか・・・・・・」

 

「どういう意味だよ・・・・・・」

 

「とりあえず書類だけでも見てみます」

 

「ほん・・・・ぐす、・・・・ですか・・・・?」

 

「ええ、だから泣かないで」

 

いつの間にか元気になった女性が、うきうきな気分で書類を持ってきた鞄から取り出し、瑠奈のまえに開いた。

 

「こんな内容でどうですか?」

 

『契約してもらえるかも』という小さな希望が見えて嬉しいのか、まるで自信作の問題用紙を担任に見せるような顔でみせる。

 

それから3秒後

 

 

「お断りします」

 

「「ええぇ!!」」

 

 

書類の内容をまともに見ないで瑠奈は突き返した。これではまるではじめから契約する気などなかったような態度だ。

 

「瑠奈!!流石に失礼だぞ!!」

 

お人好しでおせっかいな一夏は瑠奈の態度に怒り、大声をあげた。

 

「怒鳴んないで。耳が痛くなる」

 

「だけど・・・・・瑠奈・・・・」

 

やはり、一夏は家族である千冬に守られてきた人間だ。そのため人間の悪意や裏切りについて触れてこなかったのだろう。

まぁ、知らないことが一番の幸せなのかもしれないが・・・・・。

 

「一夏、見てて」

 

そうゆうと瑠奈は契約書を手元に引き付けると書かれている文字の上に指を置き、こすると

 

「はがれた!?」

 

まるで、宝くじのスクラッチカードのように文字がはがれ、書類の内容が改ざんされた。

契約や取引において、書類が一番有効な証拠だ。

 

 

仮に一夏と瑠奈が契約書の内容を丸暗記し、偽装された書類にサインしたあと『サインした書類と内容が違う』と言い、裁判沙汰になり瑠奈が裁判で立ち、一夏が証人になったとしても一夏の『男』であることで裁判はかなり不利になるだろう。

 

「ちょっと!これってどうゆうことですか!?」

 

さっきまで瑠奈を責めていた一夏は怒りの矛先を女性に向ける。瑠奈に怒ったり女性に怒ったりして、忙しい人間だ。

 

「わ、わかりません・・・・・。私は上司にこの書類を契約させて来いと言われているだけで・・・・・。」

 

「じゃあ、上司の人を呼んでください!!」

 

「そんなことをしても無駄だよ」

 

 

一夏は怒りをぶつけているのに対し、瑠奈は冷静な態度を崩さない。

 

おそらく、女性のうろたえは演技ではなく本物だろう。

上の人間は瑠奈の技術を手に入れるため、偽造の書類をこの女性に渡した。

そのとき、瑠奈だったらこの書類が偽造されていることを絶対に伝えない。

教えるメリットがないし、教えたところで不自然な動作や心境で怪しまれる可能性があるからだ。

 

「はぁ・・・・・・」

 

やはり、いくら人間が進化してもこうゆう根本的な部分は変わらない。

他者を騙し、蔑み、踏みにじって生きている。それが『酷いこと』を人が気がづいたとき、人はどのくらい成長するのだろう?

 

本来なら明るいうちに帰れるはずだったが、一夏の怒りが収まるのに時間がかかってしまい、瑠奈と一夏が外に出たとき、太陽は完全に沈んでいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

 

暗い夜道を一夏と瑠奈は無言で歩いていた。

瑠奈としては別に気にしていないのだが、一夏の中では「友人を疑った」ということが心のなかで気にしているようだった。

 

「なぁ・・・・・・」

 

「なに?」

 

「疑ってごめんな」

 

「別に気にしてない」

 

そういわれても、やはり詫び言を言いたくなってしまう。

人を信じたことは後悔していないが、瑠奈に怒鳴ってしまったことや、己の感情のままに怒ってしまい瑠奈に迷惑をかけてしまった。

なんとかして償いをしたい。

 

 

「なぁ、瑠奈?。夕食って決めているか?」

 

「決めてないけど・・・・」

 

「なら、夕飯をおごらせてくれないか?うまい店を知っているんだ」

 

 

瑠奈がちらりと時計をみると、時刻は6時半を過ぎていた。たしかに夕飯にはちょうどいい時刻だろう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

そういうと、瑠奈は笑顔になり元気に案内を始めた。

こうゆうシチュエーションはあまり体験したことはないが、一夏からしたら瑠奈は女性だ(そういうことになっている)

ならば、高級なレストランにでも案内してくれるのだろうか?

瑠奈としては、なにかを奢ることはあっても、されるということはあまりなかったので楽しみだ。

 

 

 

「ここなんだけどな」

 

それから少し経ち、案内された店は「五反田食堂」とのれんがかけられている古い定食屋だった。

そのとき、瑠奈は心の中で微笑していた。

よく考えたら、女性の心境や気持ちに疎い一夏だ。気持ちが読めない人間に雰囲気を読めというなんて、足し算ができない子供に掛け算をやれといっているようなものだ。

 

「この店は俺の中学生からの友達の親が経営しているんだぜ」

 

「へぇ・・・・」

 

どのようなリアクションをしていいかわからず、店に入ってみると

 

「おう、いらっしゃい」

 

店にはいった瑠奈を迎えたのは筋肉質な元気そうな老人だった。身長は瑠奈が見上げないと顔が見れないほど高く、料理人らしく鍋を持っている腕は瑠奈の腕より何倍も太く、大きな剛腕だった。正直いって怖い。

 

「どうも久しぶりです」

 

そういい、一夏はその老人に挨拶をする。

 

「その子は彼女かい?」

 

「彼女じゃないですよ」

 

「がっはっは、そうかそうか」

 

老人はがはははと大きな声でわらう。瑠奈がポカーンとその光景を眺めていると

 

「瑠奈。この人はこの五反田食堂を営んでいる五反田厳さんだ」

 

「は、初めまして!。小倉瑠奈です」

 

おうと返事をすると厳は廊下にでて母屋に大きな声をかけると、しばらくして2人分の足音が聞こえてきた。

 

「なんだよ、じいちゃん」

 

まず、はじめに顔を見せたのは赤いバンダナを頭に巻いている一夏と同じぐらいの少年だった。

 

「おう、弾」

 

「よう、一夏。来るならくるって連絡くれよ。で、そちらの方は・・・・・ってえええええ!!!」

 

一夏が弾と呼んだ少年は瑠奈の姿を見ると大声で叫んだ。幸い、瑠奈と一夏以外に客がいなかったため、誰も迷惑がかからなかったが。

 

「小倉瑠奈さんじゃないですか!」

 

「ど、どうも・・・・」

 

「まさか会える日が来るとは・・・・・。あっ、俺は五反田弾っていいます。一夏とは中学からの友人なんです」

 

「そ、そうなんですか・・・・」

 

どうにも、初対面の人間との会話は苦手だ。

 

「お兄!小倉さん嫌がってるよ!」

 

そういい、出てきたのは弾と同じように赤いバンダナを頭に巻いている少女だった。

 

「こんにちは一夏さん!」

 

「よう、蘭」

 

一夏に挨拶するとその少女は瑠奈の元に近寄り、挨拶をする。

 

「どうも初めまして。このバカ兄の妹の五反田蘭です」

 

「こ、小倉瑠奈です・・・・・・」

 

そんな、感じで互いに挨拶もそこそこに一夏と瑠奈は席に座ったが、なぜか弾と蘭も向かいの席に座る。

 

「いやぁ、小倉さんはお美しいですねぇ」

 

「瑠奈でいいですよ」

 

「本当ですか!!じゃ、じゃあ俺のことも弾でいいです!!」

 

「わかりました。弾君」

 

非常に心が痛むが彼は瑠奈のことは完全に『女』と認識している。

 

「俺の学校で瑠奈さんのファンクラブができていて部員に入部希望者が殺到しているんですよ」

 

「そうなんですか」

 

「中には小倉瑠奈と会ったことがあるって嘘を言っている奴まで現れてきて困っていましてね。あ、写真いいですか?」

 

弾の話を聞いているとやはり世間は『女の小倉瑠奈』を求めている。

それがこの『小倉瑠奈』に与えられた役なのだろうか。

それに男だとわかったら学園内で瑠奈を蔑んだりバカにしたりする人間がでてくるかもしれない。

その人間が自分と仲良くしていた人間だったらなおさらショックだ。

 

「あのー、瑠奈さん?」

 

瑠奈の心境をよそに弾の明るい声が食堂に響いた。

 




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