(う・・・ん・・・?)
頭に鈍い痛みで簪は目を覚ました。
捕えられるときに嗅がされた薬品の影響なのか、頭にまだ痛みがのこっており、不愉快な嘔吐感がある。
そんな頭で周りを見渡してみると、自分の目線の横に床があった。
手足が縛られているところをみると、どうやら自分は手足を縛られて床に寝かせられていることがわかる。
まだ、痛みが残る頭で周りを見渡してみるとボロボロな壁や天井が見受けられる。
どうやらどこかの廃ビルの中の部屋のようだ。
窓がないため、外の様子わからない。
「うぐ!!」
声を出そうとしても、口の中に布のようなものがつめられて口もガムテープでふさがれているため、満足に声も出せない。
このような扱いされる理由は1つしかない。
(誘拐されたんだ・・・)
自分の不甲斐なさと無力さに自己嫌悪してしまう。
そして、自分が失敗した時いつもある人物が頭の中で浮かび上がる。
(楯無・・・姉さん・・・)
憧れであり、絶対に手が届かない目標である更識楯無。
優しい姉であり、優秀な人であり。魅力的な人であり、完全無欠。
ーーー自分はあの人には敵わない。
そう思ったときだっただろうか。姉の影に隠れて生きていくようになったのは。そのことを考えると涙が出てくる。
もし、あの人ならばこんな失態など犯さないだろう。それに対して自分は・・・・
「ぐすっ・・・うぅぅ・・・」
身近に潜んでいる圧倒的存在。その存在と自分を比べると、大きな劣等感が押し寄せてくる。
結局はいつも同じだ。現実のコンプレックスに捕えられたときに、自分が出来ることは惨めに泣くことだけだと。
ーーーー
「・・・はい・・・はい・・・・わかりました」
簪が囚われているビルの一階の出口付近で3人の男が集まっており、そのうちの1人が電話をかけていた。
彼らは会社に瑠奈を連れてこいと命令されたグループだ。
4人のうち、3人が瑠奈に接触し、それが無理だった場合は余った1人が瑠奈の近くにいた人物を拉致し、瑠奈との取引材料に使う。
それが今回の作戦だ。
電話を切ると、男は大きなため息をする。
「どうだった?」
「やはり、彼女は会社に連行して交渉材料に使うそうだ」
「そうか・・・」
男たちには、任務を遂行したという達成感でもなければ喜びもなかった。あるのは
「やはり、おかしい!!」
この任務に対する反感だ。
「子供を誘拐するなんて大人のすることじゃない!!」
「わかっている・・・俺だってこんなのしたくない。だが、誰かがやらなくてはいけないんだ・・・・」
実は男たちはただの会社員だ。誘拐犯でもなければ、人さらい業者でもない。
数日前、彼らの努めている会社で突然社長に呼び出され、小倉瑠奈の拉致を命令された。
なぜ、こんなことをしなくてはいけないのだと質問したらどうやら、この会社に投資している『
今回の任務を男たちは部下に押し付けることも出来たが、それをしなかった。
下の人間にこんな汚れ仕事を押し付けたくはなかったし、このような罪悪感を味わってひしくもない。
誰もこんなことしたくないが社長直々の命令となれば無視などできない。
「とりあえず、彼女を連れて帰ろう・・・」
「あ、ああ・・・」
自分たちとは別に、外で見張っている仲間を呼びに行こうとしたとき
『うあああああ!!』
外で、仲間らしき男の絶叫が聞こえた。
「どうした!?」
仲間が様子を見ようと出口にでたとき、一筋のビームが男の胴体に当たり吹き飛ばされた。
「な、なんだ・・・お前は・・・?」
陽が沈み、暗闇となったこの空間で明らかに異彩を放つ存在。
エクストリームの銃口を男たちに向け、うっすらとした笑みに目が赤く光った瑠奈がいた。
「どうもこんばんわ。また会いましたね」
瑠奈は礼儀正しくお辞儀をし、男たちに挨拶をする。今は空もすっかり暗くなった夜の8時だ、こんな廃ビル周囲に目撃者や通り人は当然いない。
普通の人間ならここで驚いたり、恐怖したりするところだが、男たちに恐怖の心はない。
誘拐だなんて危険な行為をしているのだ、殺されることや警察に捕まるぐらいの覚悟はある。
「我々を消しに来たのか?」
「いいえ、だた彼女を返してもらうだけです。あなた方に用はありません」
その返答は男たちにとっては予想外のものだった。普通なら殴られたり、殺されたりしても文句は言えないはずなのに。
自分たちのみを案じてくれているのは嬉しいが、それだとしてもターゲットである簪を渡すわけのはいかない。
「通してもらいますか?」
「・・・・・」
瑠奈の質問に誰も答えることなく沈黙の空間が続く。当然、瑠奈としてはこのまま簪を返してもらえるのが最善だ。
だが、なかなか分かり合えないのが人間という生き物だ。
突如、男の1人が懐から銃を抜き出して、瑠奈に警告もなしに発砲する。
辺りは明かりもなく、真っ暗な状態だ。
常人なら撃ちだされた弾はおろか、銃を向けられていることすらわからない。
だが、瑠奈はまるで予想していたかのようにかわし、一気に接近し男に強烈な蹴りを食らわせる。
「ゔぁ・・・あぐ・・・」
蹴りが直撃した男はその場で倒れ、地面にのたうちまわる。
そのまま、近くにいた男たちも、急所を一点集中で攻撃して動けなくさせる。
すると瑠奈は近くで気絶している男の上着をあさり始めた。別に知ってどうこうするつもりはないがこの男たちが雇われている会社を知っておこうと思ったからだ。
名刺を探すためにポケットをあさってみたが、奇妙なことに名刺はおろか、会員証すらでてこない。
これでは渡せないというより
やはり何かがおかしい。
(どういうことだ・・・・・?)
いろいろ気になることはあるが、とりあえず入り口で2人気絶。ここで1人再起不能。残ったのは
「ひっ・・・・い・・・」
男の後ろで怯えたような表情で瑠奈に銃を向けるロン毛の男だけだ。
瑠奈は男に歩み寄ると持っていた銃を奪い取った。
「ひぃ!」
「怯えないでくださいよ・・・流石に傷つきます」
苦笑いを浮かべながら、瑠奈は奪い取った銃をじろじろとみる。黒光りした小さな拳銃だが、整備は行き届いている。
「うん、悪くない銃だ。ちょっと借りていく」
そういい、瑠奈は銃を片手にビルの中に消えていった。
ーーーー
コツコツ
簪のとらえられた部屋に何者かの足音が近づいてくる。
だんだん、足音が大きくなっているところを見ると、どうやらこの部屋に向かってきていることがわかる。
それから、しばらくして簪のいる部屋のドアがギィィと鈍い音を立てながら開いた。
そしてドアをあけた人物は
「
簪のルームメイトであり、大親友である瑠奈だった。
意外な人物の登場に内心驚くが、この状況で考えてみたら自分を助けに来てくれたのだ。
「ごめん、待たせたね」
そういい、瑠奈は簪の手足を縛っている縄を解く。
助けに来てくれたのは嬉しい。だが、簪の気分は晴れない。
また助けられた。こんな自分を助けてくれた・・・・自分は助けられてばかりで、何も返すことが出来ない。
「傷は・・・なさそうだね・・・・」
あの男たちの簪の扱いが丁寧だったらしく、腕や脚を見渡すが、傷はなさそうだ。
よかった、報復する手間が省けた。
「う・・・うぅぅ・・・」
「え、簪!?どうしたの!?」
安心していると、突如簪が泣き出してしまった。
何か傷つくことをしたのかと思ったが、心当たりがない。・・・・どうするべきだろうか。
「・・・ごめんね、助けるのが遅くなって」
泣いている簪を静かに抱きしめる。
自分が守らなくてはいけない存在。そのはずなのに、自分はこうして失態を犯してしまった。
これは自分の甘さが招いた結果、瑠奈も人のことをあまり言えないものだ。
「ぐすっ・・・瑠奈・・・・」
「帰ろう、もう夜遅いしね」
抱きしめている状態から、優しく肩を掴むと、ゆっくりと立ち上がらせる。
簪の目元にある涙もハンカチでぬぐったが、目元は真っ赤になってしまった。
「うん・・・」
みっともない泣き顔を見せてしまったため、少し照れくさいがいつまでもここにいるわけにもいかない。
瑠奈が差し出した手を握ると、ゆっくりと2人は廃ビルの階段を下っていった。
ーーーー
「かぁぁぁぁんんんざぁぁぁぁしぃぃぃぃちゃぁぁぁんん!!」
「ぎゃっ!!」
IS学園の校門を入った瞬間、奇声を上げながら、何者のスペインの闘牛に劣らない突進が簪を直撃した。
近くで見ていた瑠奈も痛そうだ。流石にこれは簪に与えるダメージが大きいだろう。
突進した相手は
「お、おねえちゃん?」
生徒会長にして簪の姉の更識楯無だった。
それにしても、最近の女子高生の中では好意のある相手の腹部に突進することが流行っているのだろうか。
随分と過激なスキンシップをしてくるものだ。
「もー、お姉ちゃん心配したんだからね!あまりにも帰るのが遅くて・・・もしかしたら、誘拐とかされたかと思うと心配で心配で」
あながち間違っていない冗談に瑠奈と簪の心拍音が上がる。どうにも、その無駄に鋭い勘は侮れないものだ。
自分の妹の帰りが遅いことをよほど心配したのか、楯無は自分の頬を簪の顔面にこすりつける。
「お姉ちゃん・・・その・・・やめて・・・・」
隣で、がっつりと自分の姉のシスコンぶりを見られているのが恥ずかしいのか、簪は耳まで真っ赤にして楯無の顔を押しのけている。
しかし、わずかばかり口角が上がっているところを見ると、簪も楯無と無事に会えて嬉しいようだ。
それから、数分ほど感動の再会をすると、楯無は生徒会の仕事があるといって校舎のなかに消えていった。
あっという間に来て、あっという間に居なくなる。嵐のような人だ。
「あの・・・・瑠奈これは・・・・・」
自分の姉の恥ずかしいところを見られ、口ごもりながら言い訳を始めようとしている簪を、瑠奈はひどく悲しそうな表情で見つめてきた。
「いい家族だね。どんな人でも家族は大切にした方がいい」
「る、瑠奈・・・・どうしたの・・・」
自分を憐れんでの目ではない、むしろ自虐的で虚しい色をした目だ。
「私にはもう・・・待っている人も帰る場所もないから・・・・」
小さくそう言い残すと、静かな足取りで瑠奈は学園の寮に歩いて行った。
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