IS 進化のその先へ   作:小坂井

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20話 横槍

瑠奈としては人と出かけるのは珍しいことではない。

 

1ヵ月ほど前に世界に自分の存在がばれてから、いろいろな企業が瑠奈を手に入れようとアプローチをはじめ、さまざまな場所に重要人物や関係者を連れて出かけることがたびたびあった。

 

しかし、それは仕事としてだ。簪のようにプライベートで大切な人と遊びとして出かけることは初めてだ。

 

「えっと、まずは・・・・」

 

瑠奈は昨日ネットで調べた猫の日用品やメーカーなどが書いてあるメモを広げた。

ちなみにサイカは部屋の中で1匹で置いておくわけにはいかないので、簪には内緒で生徒会室にいる楯無と虚に預けてある。

 

「初めに、キャリーバッグは買いに行こう」

 

「うん・・・」

 

「・・・・ところで簪、なんでさっきから私の手を握っているの?」

 

「迷惑・・・?」

 

「いや・・・そんなことないけど・・・・」

 

どうにも人の手の感触というものは慣れない。

それは瑠奈があまり人付き合いを得意としていないからなのかもしれないが、それ以前にあまりにも長い間人との関わりを断っていたからなのかもしれない。

 

そう考えると、不思議なものだ。いくら正体を偽っているとはいえ、この親友に過ぎない簪と共に大勢人がいる町に出かけているなど。

 

 

 

 

買い物は順調に進んでいった。

ただ1つ、簪が疑問に思ったことは、瑠奈の支払いがすべてブラックカードで行われていたことだ。

 

「この場所に送っておいてください」

 

サイカの住処であるベット・ハウスはさすがに大きすぎて持ち帰れないため、送ってもらうことにした。

住所を書いて郵送の手続きを済ませて店を出ると、さっきまであった簪の姿がない。

 

「あれ・・・簪?」

 

周りを見渡してみると、彼女は隣の宝石店でアクセサリーをみていた。どうやら年頃の女の子として宝石やアクセサリーに興味があるらしい。

男だからなのだろうか、どうにもこういう宝石やアクセサリーといった装飾品に対しての理解は苦しむ。

 

確かに持っていると、自分の裕福さは他人にアピールできるかもしれないが、所詮はそこまでだ。

それに、自分の懐の広さなど他人に見せびらかすようなものでもない。能ある鷹は爪を隠すという諺も存在するぐらいだ。

 

「なにかほしいものでもあったの?」

 

「べ、別になかった・・・よ・・・・?」

 

なぜ、あきらかに嘘だとわかる反応をするのだろうか。宝石店に名残押しそうな目を向けている簪を連れて、店を出てしばらく歩いていると

 

「ごめん、簪。ちょっとトイレに行ってくる」

 

そういい、さっきの店に瑠奈は戻っていった。

トイレなら近くの店あるというのに、なぜわざわざ店の中に戻っていくのだろうか?簪が不思議に思っていると

 

「すみません」

 

黒いスーツの男に話しかけられた。その男は身長が高く、がっちりとした体つきのため、なにかのスポーツの選手を連想させる。

 

「な、なんですか・・・・?」

 

大男に簪が怯えた表情になる。

 

「先ほど、あなたと一緒にいた人物は小倉瑠奈という方ですか?」

 

「はい・・・そうですけど・・・お知り合いですか?」

 

「いえ、そういうことでは。質問に返答してくれまして感謝します。」

 

「あ、ちょっと・・・」

 

簪の声に反応せず、黒服の大男はさっさと人混みのなかに消えていってしまった。

小倉瑠奈は世界でも有名な人間だ。先ほどの男は瑠奈のファンなのだろうか?

とても、そうには見えなかったが・・・・

それよりも、人見知りな自分が初対面の人間と話すことができた。そのことが、簪は地味に嬉しかった。

 

それから数十分後

 

「ごめん、待った?」

 

瑠奈がトイレから戻ってきた。しかし、手にはトイレに行くときにはなかった大きな袋が握られている。

 

「大丈夫・・・瑠奈、その袋は?」

 

「クラスメイトへのお土産だよ」

 

「そうなんだ・・・ところで、さっき知らない人に話しかけられたんだけど・・・・瑠奈は何か心当たりある?」

 

「どんな人?」

 

「なんか、黒い服を着ていて大きな人だった・・・・」

 

「へぇ・・・・」

 

奇妙な尋ね人とは、これまた奇妙な展開になってきた。その事態を楽しむかのように瑠奈の目が鋭くなる。

 

 

ーーーー

 

その後、歩いていると

 

「ねえ、そこの君」

 

「ん?」

 

「今、暇?ちょっと俺たちと遊ばないー?」

 

そういわれ、4人ほどの背の高い若い男たちに囲まれた。

これは俗にいうナンパというものだろう。

世界各国で女性優遇制度を取られ、女性の嫌がることなどしたら即、警察に御免になる時代だというのにこの男たちはなんて怖いもの知らずなのだろうか。

 

「っ・・・」

 

 

内気な簪はどうもこういう雰囲気の男たちは苦手だ。

いきなりフレンドリーなところや知らない人間に話しかけられることは人見知りである簪にとって恐怖そのものだ。

簪は瑠奈の背中に隠れ、怯える小動物のようになってしまう。

 

「2人とも暇でしょ?おいしいクレープ屋があるから俺らといこうよ」

 

この言葉に瑠奈は心の中で思いっきり顔を窄めた。

なにが、悲しくて友達でもない男たちとクレープを食べなくてはいけないのだろうか。

さらに、自分を女と勘違いしているところもさらに気に食わない。甘いもので釣ろうとしているところもだ。

 

「いこ、簪」

 

簪の手を引き、逃げようとするが

 

「まぁ、そういわずにさぁ」

 

男の1人が瑠奈の右肩を掴んだ。

どうやら、男たちは瑠奈達をどんな手段を使っても引き入れたいようだ。自分は男だと明かせば男たちはあきらめるだろうが、瑠奈としてはやりたくない。

 

過去にナンパされ、男とあかしたとき、瑠奈に対する好意の目から一気に汚物を見るような目に変わったことがあるからだ。あのことはいつまでたっても忘れられない。

 

この男たちも言えばあきらめるだろうが、男をナンパしたという一生かかっても消えない心の傷を負ってしまう可能性がある。知らない方が幸せなことも世の中ある。

 

「いっしょにいこうよ」

 

「眼鏡の子はどうでもいいから君だけでも来てよ。ぶっちゃけそっちの子は好みじゃないし」

 

どうやら男たちは瑠奈が目当てらしく簪のことはどうでも良いようだ。

さらに、相手が女だと思っているのをいいことに1人の男がなんと、瑠奈の尻を痴漢のようないやらしい手つきで触ってきた。

 

「瑠奈・・・・・」

 

簪が瑠奈に心配そうな目線を送る。

 

周囲の人間も瑠奈のことを見てはいるが、見て見ぬふりをしたり、素通りしたりして助けようとする人間はいない。

休日の午後で町のど真ん中にいるのだ、気が付かないということはないはずなのに。

 

「やめてください」

 

「そんなこといわずにさ」

 

どうやら、逃がしてくれる気はないようだ。警告はした。それでも解放しないなら正当防衛ということになるだろう。

はぁとため息をつき、瑠奈は右肘を思いっきり肩を掴んでいた男Aの腹部に打ち込んだ。

 

ドンという大きな音に続いて男のかすれた声が響く。

その光景に、簪や男たちは驚愕する。打たれた男はその場にうずくまり、かすれた声を出し始めた。

 

「こんのぉぉ!」

 

 

誰よりもはやく、我に返った男Bは拳を繰り出し、瑠奈の顔を殴ろうとするが

 

瑠奈は何の危なげもなくかわし、すれ違いざまに男の腹部に膝蹴りを食らわせる。

これによって男の肺の空気が放出され一時の呼吸困難になる。

しばらくは満足に動けないだろう。

 

「なんだ!こいつ!!」

 

更に男Cは瑠奈を掴もうとかかってくるが瑠奈は男Cの顔面を思いっきり蹴飛ばし、吹き飛ばした。

これは痛い。吹き飛ばされた男は動かなくなった。どうやら気絶したようだ。残りは

 

「あなたはどうする?」

 

瑠奈の睨みに怯えている男Dだ。

完全にナンパした時の余裕の表情はなくなっている。

念のため全滅させておくかと瑠奈が男Dにむかって歩き始めたとき

 

「こっちです!」

 

人混みの中で大きな声がした。どうやら騒ぎを聞きつけ誰かが警官を呼んだらしい。

警官は呼んでくれるのに、なぜ、ナンパされたときは助けてくれないのだろうか。

とりあえず、見つかると面倒なのでひとまず御暇させてもらう。

 

「いこ、簪」

 

瑠奈は簪の手を握り、人混みになかに消えていった。

こうゆう男がいるのならセシリアがいっていた「下等な存在」という言葉は否定できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方

 

瑠奈と簪は買い物を一通り終え、公園のベンチに座っていた。

あの後、買い物のついでに色々な店を見たりして楽しい時間を過ごして休んでいたところだ。

 

「楽しかったね、簪」

 

「うん・・・」

 

簪は瑠奈に向かって笑いかける。買い物の荷物は、ほとんど学園に送ってもらったため荷物は少しだけだ。

ふう、と息を吐き、空を見ていると夕焼け空を眺めていると

 

「あの・・・ありがとう。今日・・・話かけられたとき助けてくれて・・・」

 

「気にしなくていいよ。ああいう輩に話しかけられるのは慣れているからね」

 

「瑠奈・・・強いね。カッコいい・・・・」

 

「あんな格闘技を覚えるぐらいなら、もっと女子力を高めるための自分磨きをした方がいい。あんなの出来たとしても何の役にも立たないから」

 

世界がグローバル化しつつあるこの時代で、『喧嘩が強いです』と言ったところで何の自慢にもならないだろう。

今、自分が必要なことを高めることが自身への成長につながるのだから。

 

「ごめん簪、ちょっとトイレに行ってくる」

 

雑談を交えていると、そう言い瑠奈はベンチを去っていった。さっき瑠奈に『必要ない』と言われてしまったが、どうしても瑠奈のあの戦う姿が脳内でリプレイしている。

助けてくれた時の瑠奈は強くて、立派だった。

自分を守るために戦っていたときの瑠奈の姿。それは簪にとって・・・・

 

「ヒーロー・・・・」

 

 

ーーーー

 

 

 

瑠奈はトイレに行くといっていたが建物の間の狭い通路を歩いていた。理由はとある”獲物”を誘い込むためだ。その獲物とは

 

「来たか」

 

瑠奈の通路の前から黒服の巨漢男が歩いてきた。身長が瑠奈よりもずっと高く、体格の良い体を見れば誰もが圧巻してしまう。

 

「小倉瑠奈さんですね?」

 

「知っているくせに」

 

「失礼しました」

 

「あと、交渉相手にはすぐに名刺を渡せと上司から教わんなかった?」

 

名刺を渡すのは社会であれば、当然の行為だが、男たちは瑠奈の言葉を無視し話をつづけた。

 

「瑠奈様には我々と一緒に来てもらいたいのです」

 

「どこに?」

 

「言えません」

 

「いますぐ?」

 

「はい」

 

この男たちは何処かの誘拐犯の人間たちだろか?

だが、ターゲットの質問に『答えられません』と答えるのはいくらなんでも怪しすぎる。相手に『疑ってください』と思わせているようなものだ。

 

もし、プロならばこんな失態は起こさないというのに・・・何かが変だ。

 

「今日は気分がよくないからお断りかな。それに、今日ずっと私のことを尾行していたでしょう?」

 

「ばれてましたか」

 

「あんだけ違和感ある視線を向けてたらばれるでしょ。とりあえず、私は行かないよ」

 

「どうしてもですか?」

 

「ええ」

 

「そうですか・・・・なら仕方がありませんね」

 

そうゆうと、瑠奈の後ろからさらに2人の男が歩いてきて、男たちに囲まれた。

ここで大声をあげてもいいのだが、周囲はもう暗くなっているしここは狭い通路だ。

大声を上げたとして気が付く人間はいないだろう。・・・・やるしかない。

 

「骨を数本折るぐらいなら構わない。やれ」

 

その言葉を合図に、後ろの男2人が一斉に襲い掛かってくるが、瑠奈はひらりとかわし、隙だらけの男の脇に回し蹴りを食らわせ、吹き飛ばす。

 

「なっ!」

 

相手はたかが女子高校生と思って見くびっていたからなのか、瑠奈の素早い動きに黒服の男たちは驚く。

さらには瑠奈は地面を強く蹴り、隣にいた男の胴体をつま先で蹴り飛ばして気絶させた。

 

本来なら、瑠奈の程度の体格からでは男たちを吹き飛ばすことなどできないのだが、つま先に全体重を乗せて、男たちの胴体の肺に攻撃を集中させる。

そして、人間の急所である肺を麻痺させて呼吸困難で動けなくさせることができる。

 

「こいつ!!」

 

最後に、瑠奈に話しかけてきた男が懐からナイフを取り出し、襲い掛かってくるが手首を押さえつけさっきの男のように蹴り飛ばした。

戦闘時間は数十秒しかたっていなく、非常になめらかで鮮やかな動きだった。

 

「訓練して出直してきな」

 

そういい、瑠奈は来た道を引き返していった。

しかし、瑠奈の姿が見えなくなった後、気絶したと思われていた男の1人がフラフラと立ち上がった。

 

 

「くっ、・・・計画は失敗だ。やってくれ・・・ゲホッ、ゲホッ」

 

肺をやられたせいなのか激しい咳が出るが、ひとまずは別動隊の連中と合流するのが先決だ。

 

「大丈夫か?しっかりしろ」

 

近くで倒れている仲間の体をゆすり、ぎこちない様子で軽い手当てを始めた。

 

 

 

ーーーー

 

 

「瑠奈、遅い・・・」

 

簪は公園のベンチに座り、静かに瑠奈の帰りを待っていた。

瑠奈がトイレにいくと言って、居なくなってからもう15分は経過している。トイレにしては流石に遅すぎるだろう。

 

 

(なにか、事件にでも巻き込まれたのかな・・・)

 

今日はなんだか胸騒ぎを感じる日だ。そう思っていると、急に瑠奈のことが心配になり、瑠奈に電話しようと携帯を取り出したとき

 

「ふぐ!」

 

急に後ろから手が伸びてきて簪の口と目をふさがれた。抵抗しようとするが力が強くて振り払うことができない。

そうしていると鼻にハンカチが押し付けられ、なにかの薬品のような強い臭いが鼻腔をくすぐる。

その匂いをかいだ瞬間、簪の意識が遠のいていく。

 

(瑠・・・奈・・・)

 

そして簪の意識は途切れていった。

完全に動けなくなったことを確認すると、後ろで顔を抑えていた男が優しく簪の体を抱え上げる。

そのままキョロキョロと周囲に目撃者がいないことを確認すると、静かに連れ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん簪。待たせた?」

 

 

それからしばらく経ち、瑠奈が帰ってきたとき、ベンチには今日買った買い物袋とアニメのカバーかつけてある簪の物らしき携帯がベンチの上に置いてあった。

 

 




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