IS 進化のその先へ   作:小坂井

20 / 101
19話 月光の猫

「小倉瑠奈ぁぁっ!!勝ったら私と付き合ってもらうぞ!!」

 

放課後の道場で耳の鼓膜が破れるのではないのかというほどの大声が響いた。

今日も学校が終わり、寮に戻ろうとしたところで、強靭な肉体を持つ柔道部の部員に囲まれると、『ちょっと面貸せ』と言われ、返事をする間もなく、捕らえられて道場に強制連行される。

 

何が始まるのかと思ったが、道場についた瞬間、待ち構えていた主将らしき生徒からこうして愛の言葉を大声で叫ばれた。

 

(またか・・・)

 

前回の出来事が出来事なだけに、こういう状況になると、心に何とも言えないざわめきを感じてしまう。

確かに、皆恋や恋愛に憧れる年頃だということはわかる。だが、だからと言ってそこで恋人の欲しさに同性愛の道に入るのは、何か違う気がしてくる。

 

何度も言うようだが、彼女たちには女同士ではなく男と付き合ってもらいたいと思うのは、瑠奈のわがままだろうか?

やはり、99%が女子が占めるIS学園だからか、ここの生徒は倫理辺りでなにか大切なものが欠落している気がする。

そんなことを考えていると、瑠奈を道場に連行してきた柔道部員が瑠奈を囲んだ。

 

「私たちも相手よ。」

 

「逃がさないよ」

 

「すべては部長のために!!」

 

さらに、道場の入り口から部員が入ってきて、瑠奈は10人ほどの人間に囲まれた。

どうやら、この求愛行動はは柔道部総意ということらしい。

 

「おまえたち・・・」

 

部長は自分のためにここまでしてくれる部員たちに感激し涙を流していた。これが女同士の絆というものだろうか。

 

「部長、泣かないで!!」

 

「これが、あたしたちにできる精一杯のことよ!」

 

「あとで一杯おごれよ!」

 

この瞬間、柔道部の心は完全に1つとなる。1対10という卑怯な対決でなければさぞかし、感動のドラマとなっていただろう。

部長は柔道着の袖で涙をぬぐうとキッと鋭い目つきになる。

 

「いくぞ!おまえたち!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

「かかれ!!」

 

その声を合図に瑠奈を囲っていた部員が一斉に瑠奈を襲い始める。誰が見ても絶体絶命なこの状況で、瑠奈は首をぐるりと回して1人微笑む。

 

 

 

「よし・・・やろうか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後

 

 

「それではまた」

 

柔道部員10人が全員が地面の倒れているなか、息切れ1つ起こしていない瑠奈が道場を静かに出ていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

「音楽室・・・・」

 

柔道から寮へ戻る途中で瑠奈は音楽室の前で立ち止まった。

放課後の音楽室はどうやら吹奏楽部の練習場所になってらしく、ドア越しからでも楽器の様々な音色が聞こえてくる。

なんとなく音楽室に入ってみると

 

「あ、瑠奈さん!」

 

3年生の部長らしき人物に話しかけられる。どうやら、学園の有名人が突如来てくれたことに、ほかの練習中の部員も驚いているようだ。

 

「瑠奈さんどうしたの?まさか、入部してくれるとか!?」

 

「いや・・・ただ立ち寄っただけですから気にしないでください」

 

「えぇ・・・じゃあ、せっかくだしなんか弾いて見せてよ」

 

急な注文に戸惑いながらも、弾ける楽器がないか、瑠奈は室内をぐるりと見渡す。金管楽器や木管楽器など、さまざまな楽器が目に付く中でお気に入りの楽器を見つける。

 

「あれをお借りしてもいいですか?」

 

そういい、指さしたのは大きなグランドピアノだった。

こうみえて瑠奈はピアノを弾くことができる。まぁ、”彼女”に喜んでもらおうと思って始めたことだが・・・・

 

「いいけど、何の曲を弾いてくれるの?」

 

「まあ、聞いててください」

 

ピアノの椅子に座ったとき、吹奏楽部の部員が練習を中断して瑠奈を注目する。やはり、あの小倉瑠奈の伴奏に皆興味津々な様子だ。

わずかな緊張感を感じつつ、瑠奈は深呼吸してゆっくりと演奏をはじめる。ピアノの音色が音楽室を包み込む。その曲名は

 

「これは・・・月光・・・?」

 

ベートーヴェンの月光だった。

神秘的な雰囲気を持つ瑠奈がその曲を弾くのはまったく違和感がなく、素晴らしい光景だろう。しかし瑠奈の『月光』を聞いていると吹奏楽部の部員にある変化があった。

 

(なに・・・この気持ち・・・)

 

曲を聞いていると、心が締め付けられるかのような苦しみを感じてくる。

なぜ、そのような気持ちになるのかは誰にもわからない。

音程を音階もなにも間違えていないのに、聞いていると、なにか大切なものや大切な人を亡くしてしまったような気分になり、心に大きな穴が開いたような空虚な風が吹いてくる。

 

部員のなかには、その悲しみに耐えられず、涙を流すものまでいた。だが、なぜ悲しくなるのかは弾いている瑠奈でさえも分からない。

 

結局はこれが瑠奈の能力なのだろう。なにをやっても、誰かを悲しませることしかできない。

なにをしても、人を傷つけることしかできない。

 

それで、一番つらいのは傷つけられた人間ではなく、傷つけることしかできない瑠奈なのかもしれない。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

その後、伴奏を終えた瑠奈は学園を出てとある廃墟の町の中を1人歩いていた。この地域はISが開発されたせいで地域開発が完全に破棄され、廃墟区域となってしまったため、周囲には人影1つない。

 

周りの寂しい景色のなか歩いていくと目的地に到達した。

その場所は古い孤児院だ。この廃墟区域のなかで、少し雰囲気を放っている建物。

 

「・・・・はぁ・・・・」

 

この場所に来ると、どうしても虚しい気持ちになってなってしまう。ここは、瑠奈と彼女の育ち場所であり、大切なものを手にした場所であり、そして・・・・大きな過ちを犯した場所である。

 

いくら、その過ちを忘れようとしてもここから逃げようとしても最終的にここに戻ってきてしまう。

まるでここに縛られているかのように・・・・

 

もし、あの瞬間に自分の人生の選択肢で正しい決断をしていたら、今の自分はどうなっていたのだろうか。

だが、いくら考えても時間は巻き戻らないし、彼女も生き返らない。

そして、そのことを思うとここで過ごした日々が愛おしく思ってしまうのは人間の本能なのだろうか?

 

「----」

 

ふと、悲しくなり”彼女”の名前を呼ぶと

 

ガタン

 

と瑠奈の声に反応するかのように、目の前で孤児院の中で、物音がした。ここは廃墟だ。人などいるはずがない。

 

(まさか!!)

 

そう思い、猛スピードで孤児院の中に入って物音のした部屋に向かうとそこには

 

  ニャー

 

「ね、猫・・・?」

 

一匹の白い子猫が部屋の真ん中で呑気に毛づくろをしていた。わかっていたことだが、こうして期待した分、なんだか拍子抜けだ。

立ち尽くしていると、子猫が毛づくろいを中断して、瑠奈の足元に何かをねだるかのように近寄ってきた。

どうやら、腹を空かせているようだ。

 

期待したところで、なにもないのだが・・・・とりあえず、偶然ポケットにあったクッキーを砕いて差し出すと

 

ミィィィ

 

嬉しそうに鳴き、食べ始めた。こうして見てみるとかわいいものだ。もっとこの子猫を観察していたいが辺りが暗くなってきたので、そろそろ帰るとしよう。それにしても、この子猫は”彼女”のように真っ白で綺麗な毛並みをしていた。

 

そんな妙な愛着を抱きながらも、瑠奈は孤児院を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

トコトコ

 

 

ニャー

 

 

トコトコ

 

 

ニャー

 

 

「なんでついてくるんだよ・・・」

 

 

ニャー

 

 

「ニャーじゃなくて・・・・」

 

 

孤児院を出てから、瑠奈はずっと白い子猫に後をつけられていた。

相当、気に入られたらしいが瑠奈としてはいつまでもつけられるのは気持ちの良いものではない。

 

すると、歩きから走りに移行した子猫が瑠奈に追いつき、足に頬をこすりつけてきた。

瑠奈を親と勘違いしているのだろうか?瑠奈としてはこのまま子猫を飼ってもいいのだが、IS学園の寮はペット禁制だ。

だが・・・まあ・・・寮長である千冬にお願いしたら何とかなるだろう。

 

(簪が許してくれるか・・・・)

 

だが、問題はルームメイトである簪だ。同じ部屋で暮らしている以上、彼女の許可なくして猫を飼うことはできない。

寮長である千冬よりも簪が最大の敵として立ちふさがるとは・・・奇妙な運命だ。

 

「はぁ・・・帰るか・・・」

 

とりあえずは、このまま帰るのが先決だ。足元をうろついている子猫を優しく抱っこして腕の中に収める。

慣れない抱っこに驚いているのか、手足をジタバタと暴れさせるが、しばらくすると疲れたのかおとなしくなってくれた。

 

「さて・・・なんて言おうかな・・・・」

 

まるでいたずらをした子供のように、簪を納得させる言い訳を考えながら瑠奈と1匹の子猫は歩いて行った。

 

 

 

ーーーー

 

 

夜8時、夕飯を終えた簪は部屋で地面に座ってアニメを見ていた。

 

見ていたアニメの内容は、電脳世界に囚われた一万人もの人々が元の世界に戻るため、大きな塔を攻略するというものだ。

 

もちろん、アニメを見ている簪としては、登場人物は全員好きなのだが、その中でも青髪で大きなスナイパーライフルをもった女性キャラクターがお気に入りだ。

 

凛々しく力強く戦うその姿は立派で、簪のあこがれだ。

しかし、気のせいだろうか?そのキャラクターの声と瑠奈の声が似ているような気がする。

 

「ただいまー」

 

すると、今日丸一日姿を消していた瑠奈が帰ってきた。

別に瑠奈が姿を消すことは珍しいことではないのだが、今日は無人機の襲撃があったため、少し心配していたが、無事なようだ。

 

「おかえり・・・・瑠奈、どこに行っていたの?」

 

「ちょっと、面倒なことがあってね」

 

「そうなんだ・・・ところで・・・その・・・なんでずっと両腕を後ろに回しているの?」

 

「まぁ・・・・ちょっとね・・・・」

 

嫌な汗を掻きながら苦笑いをしてる瑠奈に、簪が怪しむような目を向けていると”ニャー”と明るく低い変な声がした。

 

「え?瑠奈、今ニャーって・・・・・」

 

「私が言うはずないだろ・・・・・」

 

そういい、瑠奈が腕を前に出すとそこには白い猫がいた。白猫といってもまだ小さくて無垢な瞳が可愛らしい。

 

「可愛い、その子・・・・どうしたの?」

 

「ちょっと、拾ってね・・・・それで餌をあげたら懐かれちゃって・・・・」

 

そういい、瑠奈は悪戯のばれた子供のような顔をする。この猫の紹介はいい、問題は彼女の許しがもらえるかだ。

 

「それで・・・ここで飼いたいと思うんだけど・・・・ダメかな?」

 

「私はいいけど・・・寮の規則が・・・・」

 

「大丈夫、許可はとってあるから」

 

正確には、許可というより脅しといった方がいいだろう。寮長の千冬に言ったところ、どうしても首を縦に振らないため、『許可をくれなきゃ学園を守らない』脅す形で許可をもらった。

千冬としても規則という理由で瑠奈という切り札を失うわけにはいかないため、数秒間、瑠奈を睨んで、頷いてくれた。

 

一通り、説明し終えると、子猫が瑠奈の腕を抜け出して座っていた簪に膝の上に乗り、丸まった。

かなり人懐っこい猫だ。

 

「そういえば、この子の名前は?」

 

「それは決めてある」

 

そういい、簪の膝にいる猫に近づくと優しく頭をなでる。

 

「この子の名前はサイカ」

 

「さいか?」

 

「そう、オスだからそういう名前にしたけど・・・・ちょっと猫の名前には贅沢かな?」

 

「そんなことな・・・・いい名前だと思う・・・・」

 

「ありがとう。今日から、お前の名前はサイカだ」

 

ニャー

 

その声に反応するように、サイカが返事をした。

それから、瑠奈と簪はサイカを撫でながら他愛のない会話をしていると

 

「そういえば、サイカの日用品はどうするの?」

 

簪が質問してきた。

いくら、寮で飼う許可が出たとしても、当然、世話は自分たちでするという条件だ。

 

「明日、買に行く予定だけど」

 

「私も行っていい?」

 

「そんな悪いよ、この子を飼うと決めたのは私の我儘だし」

 

「明日は休みだし、私も付き合う・・・」

 

「いいの?」

 

「うん、大丈夫・・・」

 

「じゃあ、一緒に買いに行こう」

 

そういい、明日の買い物についての待ち合わせ場所や何時集合といった話をしていった。

今日、この部屋で猫という奇妙なルームメイトが加わったのであった。

 

 

ーーーーー

 

次の日

 

ショッピング街の中、簪は瑠奈との待ち合わせ場所である公園に向かっていた。瑠奈は午前に用事があるらしく、待ち合わせ時間は午後になった。

 

休日なので待ち合わせ場所である公園には多くの人がいた。

しかも、その多くはカップルだったのだが、その光景を見て変な劣等感を感じるのは気のせいだろうか。

 

変な気分になりながら公園にはいった瞬間、簪はふと、違和感に気が付いた。

なぜか、皆簪に背を向ける形で、ある一点を見ていた。視線の先には

 

(あれは・・・瑠奈?)

 

私服姿の瑠奈がいた。その姿は紺色のトレンチコートに黒のタイトデニムを着ており、ショートブーツをはいていた。その姿はまさに『かっこいい女の子』といった感じだ。思わず簪も見とれてしまう。

 

「あっ、簪?こっちこっち、ここだよ」

 

大きな声で瑠奈が手を振ってきたため、周りの人間の目線が一斉に簪に集中する。

内気な簪にはこの状況は地獄のようなものだ。恥ずかしさのあまり顔を俯かせていると、瑠奈が簪の近くまで歩いてきて手を握り、引っ張っていった。

 

「まず、どこからいこうか?」

 

「ま、まずは・・・」

 

周りからは、『眼鏡の子は友達?』『彼女じゃないの?』といった話し合いが聞こえてきて、さらに気恥ずかしい気分になってしまう。

 

簪と一緒に居るのが瑠奈とは皆気が付いていないようだが、注目を集めるのには十分すぎる状況だ。

しかし、瑠奈はそんなことを気にした様子もなく簪の手を引いて公園から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、遠くで黒いスーツを着た怪しい男たちがその光景を見ていることに簪は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 




評価や感想をお願いします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。