「篠ノ之箒、お前には独断行動と危険行動の罰として、1週間の自室謹慎と反省文を与える」
敵ISを無事撃破し、戻ってきた3人は千冬にアリーナのピットに呼び出された。そこで待っていたのは千冬の厳しい言葉と処分だった。
「ちょっと待ってくれよ!千冬姉!」
一夏は納得がいかないようで千冬に反論する。やはり幼馴染が罰をくらうのは情けや感情が邪魔をして、納得がいかないようだ。
それに一夏は千冬のことを『千冬姉』と呼んでいる。これは生徒としてはなく身内として頼んでいるということだろう。
悪いが、あの時の危険性が自覚すらできていないのでは話にならない。あの時がどれほど危険な状況だったのかは、一夏も十分わかっているはずだ。
そんな危険なことをした人間をどうして一夏は許していられるのだろうか?
同情する気持ち?幼馴染としての気持ち?違う。
それは一夏の感情と情けから来る甘さだ。
「箒は俺が守るから、罰を取り消してくれ!」
苦し紛れに一夏が言った言葉に瑠奈の堪忍袋がきれた。
「一夏」
「なんだよ!」
「現実性のない根性論をいうことはただの愚行だ」
その言葉に反応したのは一夏ではなく
「なんだと!!」
その言葉に反応したのは、箒だった。しかし当然の反応といえるだろう。
自分が思いを向けている幼馴染が、自分を守ることを愚行といわれて否定したのだ。それは怒るだろう。箒は怖い形相で瑠奈を睨むが、瑠奈にはきかない。
「一夏、君は今の自分の無力さをわかっていない。誰かを守る前に、まず、自分の身ぐらい自分で守れるようになれ。残念だが、今の君には自分以外を守る力はない」
否定できない真実を突き付ける。
これは『一夏は弱い』と遠回しで言っていることになる。だが、それは瑠奈に特訓で一撃も当てられなかった一夏には否定できない言葉だ。
「瑠奈、言い過ぎよ」
鈴は注意するが瑠奈はなにも言わずにピットをでていった。場には沈黙が流れる。
一夏も箒も純粋すぎるのだ。自分が頑張れば何でも出来ると信じて疑わない。
だが、どうしようもなく覆せないことが世の中にはある。
それに直面した時、彼らはどのような反応を見せるのか楽しみだ。
千冬の話が終わった一夏と箒と鈴の3人はその後、屋上の芝生である話をしていた。せっかく、説教から解放されたというのに、3人は深刻な表情をしている。
「敵ISを倒していた時の瑠奈の様子がおかしくなかったか?」
「そうよね」
「たしかにな」
戦いの最中の瑠奈の変貌についてだ。あの人間とは思えないほどの敵に対する容赦のなさや攻撃の手数。
それに加え、敵ISを破壊した時の乾いた笑い声を一夏と鈴は聞いていた。
「瑠奈の笑い顔がひどく不気味だった・・・」
まるで男のような濁った顔でわらっていた。そこには女として品性など欠片もない。悪女というより悪魔のようだった。
幸いにあそこにいたのは自分たち3人と瑠奈だけだったため、全校生徒に見られることはなかったのが幸いだが。
「あの顔は女が出せるようなものではないぞ・・・」
自己表現が苦手な箒さえもおかしいと思う。
そうしているとIS学園に来てからずっと鈴が瑠奈に向けていた疑問を一夏と箒に話した。
「もしかして、瑠奈って男じゃないの?」
「そんなのありえねぇよ・・・・」
鈴の意見を否定するが、一夏自身も瑠奈のことをよく知っているわけではないためわからない。
一夏が知っていることといえば、でたらめな強さがあるということだ。だが、よくわからないからこそ、『もしかして』の可能性を否定できない。
だが、いくら考えても理由がわからない。
「瑠奈が男だとしたらISをあつかえる2人目の男だということになるんだぜ。どうしてそんな人間が女装してはいってくんだよ?」
「わからないわ・・・」
男でISが扱えるというのならば、莫大な援助金や優遇が手に入るはずだ。それに、わざわざ高倍率の高校入試など受ける必要がない。
そんなメリットを捨ててまで、なぜ来た?
「結局・・・瑠奈って何者なのかしらね・・・・」
誰もわからないとわかっている質問が鈴の口から静かに出る。
ーーーー
「学園を守ってくれてありがとう」
「IS学園を守るのがあなたとの約束です」
「そういわずにお礼ぐらい言わせてよ」
生徒会室で楯無と虚は上機嫌そうにお礼を言ってきた。やはりこうして瑠奈が学園を去らずに、約束を守ってくれたのが嬉しいのだろうか。
「それはそうと・・・転校してくる気になった?」
「うっ・・・どうでしょうか・・・」
先程の襲撃事件を楯無も別で中継を見ていたのだが、あまりにも異常すぎる戦いだった。
というより、なぜこうして正体がばれていないのか不思議なぐらいだ。
「あんな声を聞かれてしまったら、女として生きていくなんて難しいわよ」
「確かに、すごい顔でしたよ。あんな顔を見られたら、私だったら自殺しますね」
「そこまで!?」
楯無だけでなく、虚まで瑠奈を楽しそうに責め立ててくる。確かにあんな戦い方や声を出していて『女です』というのは無理があるのかもしれない。
「さぁ、どうする?」
獲物を追い詰めた猫のような顔で詰め寄ってくる。おそらく楯無は瑠奈が追い詰められていくこの現状を楽しんでいるのだろう。
瑠奈が必死にこの学園生活を過ごしているというのに対し、楯無や虚は『女装した人間がどれだけの間、隠し通せるか』というゲーム感覚でしかないのだ。
それほどに傍観者に徹することができる2人の立場が羨ましく思える。
「でも心配しないで、もうすぐあなたの仲間が来るらしいから」
「へぇ・・・・」
「驚かないのね」
「大体、予想できていたので」
IS学園には一夏のほかに、未知の技術である瑠奈がいるのだ。そんな場所にスパイを送り込んでくるなど、予想の範囲内だ。十分に対策は考えている。
というより、逆にいままでそれがなかったのが不思議なぐらいだ。
だが、瑠奈の仲間が来るということは、だとすると男装した女子がくることになるのか。
男装させられる人間は気の毒に思うが、奪いに来るのならやることは決まっている。
一夏の場合、基本的に人が良いので同情してISのデータぐらいなら渡しそうで不安だが。
「また、なにか厄介事でも起こるのだろうか・・・・」
学園を守ったことで悩みが減るかと思ったが、意外な情報によって逆に悩みが1つ増えてしまった。
しかし、悩みが尽きないのが人間なのかもしれない。
ーーーー
青空が広がっている屋上。そこで少々歪な風景だったが、一般の人々が『青春』といわれて連想するイベントが起こっていた。
「小倉さん!私、あなたのことが好きです!!付き合ってください!!」
目の前にいるのは先日瑠奈に手紙を渡した2年生の先輩。
彼女が顔を真っ赤にして瑠奈に愛の告白をしてきた。当然ながら、今、瑠奈は皆と同じように女子生徒の制服を着ているし、目の前の先輩は瑠奈を男とは知らない。
つまり、目の前の先輩は同性に愛の告白を叫んでいるのだ。
「あの・・・・私は女なんですけど・・・・」
「それはわかっている!!わかっているわ。だけど小倉さんよく考えてみて?愛に性別って重要だと思う?」
確かに世界には様々な愛がある。
家族愛、隣人愛、恋人愛、そして同性愛。それが目の前の先輩が自分に向けている感情なのだろう。
「あの・・・失礼ですが、先輩は同性愛者・・・・レズビアン何ですか?」
「何を言っているの小倉さん!?」
目の前で頭を下げていた先輩が、急に声を上げると、決意が籠った目で瑠奈の肩をがっちりと掴む。
初めはこういう冗談やドッキリかと思ったが、目の前の先輩の目から本気の愛しか感じられない。
正直言って愛が重い。
「私は小倉さんの全てが好きなの。あなたの顔から胸、お腹に腰回り、太ももからつま先。全てが私の好みなのよ!!」
人から褒められて嬉しくない人間はいないと思っていたが、褒められて恐怖を感じさせる人間がいたとは予想外だ。
なにか、彼女から危険な香りがしてくるのは気のせいだと信じたい。
「私と付き合えたらいいことがいっぱいあるわよ!毎日お風呂で全身洗ってあげるし、寝るときなんかは、抱き合いながら同じベットに寝れるんだから」
「いや、そんなことを言われても・・・・」
「私処女よ!?」
「関係ないですよね、それ」
このような状況は稀だが、セシリアと戦ってからこのようなアプローチはたびたびあった。
おそらく、彼女達はセシリアとの戦いで惚れたようだが、今回『敵ISから全校生徒をまもった』という余計な勲章をいただいたため、瑠奈の人気はグイグイあがっていった。
一夏の場合、『世界で唯一のIS操縦者』という大きな勲章に加え異性という近寄りがたい雰囲気があるが、瑠奈の場合『美しい女の子』という感じだ。
彼女達からしても同性として近寄りやすいのだろう。瑠奈は男だが。
「大丈夫よ、私と付き合ったらあなたはすぐに病みつきになるわ。お互いホテルに行って、裸で寝るぐらいに求め合うようになるから大丈夫よ」
当然だが、仮にも交際相手など作って彼女と行動を共にする時間が多くなれば、瑠奈の本当の性別がばれる可能性は当然高くなる。
自分に好意を持ってくれるのは嬉しいが、今この状況で恋人を作ることなど、百害あって一利なしだ。
「すみません、やっぱり出来ません」
勿論、誰が相手でも告白は全て断るようにしている。というより、彼女の場合、状況に関係なく断りたい。
「どうしても・・・・ダメ・・・?」
「私は専用機を持っている立場ですので、あまり人と関われる立場ではないんです。申し訳ありません」
そうはっきり口にすると、瑠奈は急ぎ足で屋上を出ていった。
確かに彼女は変わっていると思うが、本気で瑠奈を愛そうとしてくれているいい人だ。
彼女ならば、全てを受け入れてくれる相手が見つかるだろう。それこそ、瑠奈なんかよりもいいずっといい相手が。
ーーーー
暗い部屋の中、1枚の女性がパソコンを操作していた。
部屋が暗いため、パソコンを操作している女性の顔はわからない。しばらくすると、画面に数枚の画像が映し出される。
その画像は、前のクラス代表決定戦でイギリスの代表候補生と戦う瑠奈の姿や、日常で食事をする瑠奈瑠奈の姿、そして今日起こった、無人機ISの襲撃で戦う瑠奈の姿。
代表候補生との戦いは知られているが、食事をしている写真と無人機と戦う姿の写真は世間では
それなのにその彼女はその画像を持っていた。
それどころか世間は瑠奈がカレーが好きなことや、今日襲撃があったことすら知らないはずなのに、なぜかその彼女は知っていた。
さらに、操作すると瑠奈の顔がドアップで映し出された画像が表示される。
あぁ、
あぁ、
どんな手段を使っても
彼女が瑠奈に抱いていたものは、家族愛や恋愛などが混ざり、彼をどんなことがあっても決して放さないという覚悟がある。
そんな歪んだ愛だった。
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