午後
いつものことだが瑠奈は授業をさぼって屋上にある芝生に寝っ転がっていた。いつも・・・といわれたら弱いが、なんとなく授業に受けるような気分ではない。
(自分の存在が世界にしられている・・・)
いままで、人に知られないように生きてきたのに、とんだアイドルデビューだ。
ある程度知られるのは覚悟していたが、ここまで世界の注目を浴びてしまうことになるとは。
なかには、自分のことを調べるような物好きも出始めるかもしれないが、無論、足跡は消し去っておいてある。
そう内心でわかっていても、モヤモヤとした暗い雲が心を覆い隠している。
「授業をさぼるのはよくないわよ」
寝転がっていた瑠奈の上から声がした。授業中というこの時間帯で出てくる者など1人しかいない。
「あなたもさぼっているじゃないですか。楯無先輩」
声の主は楯無だ。
生徒会の特権とやらなのだろうか、授業中でも楯無は普通に瑠奈の元へ訪れては、転入の話での説明や煽りをしてくる。まるで悪質なセールスマンだ。
「わたしは授業の見回りよ」
「あなたは先生ですか・・・・今、考え事をしてるんで邪魔しないでくれますか?」
「あなたの今後の学園生活について?」
「まあ、そんなところです」
瑠奈がIS学園にいるということが世界に知らされたということはIS学園が狙われる可能性が格段に高くなった。
ISの専用機持ち組は自分で身を守れるから大丈夫だろう。逆に自分の身ぐらい自分で守ってもらわなければ困る。それとは別に専用機を持っていない生徒はどうなってしまうのだろう。
箒や本音、簪などは襲われたら自分の身を守ることなどできない。
瑠奈とエクストリームでも全校生徒を守ることなど無理だ。その時は選ばなければならない。どの命を切り捨てるかを。だが、IS学園が狙われる可能性を大幅に下げる方法がある。
「あなたは・・・IS学園を出ていこうと考えているでしょ?」
「なんでわかるんですか?」
「女の勘よ」
「まあ、おっしゃる通り、それが今のところ最善の策ですかね・・・・」
狙われる原因である瑠奈が出ていけば何の問題はない。時間も具体的な対策も何も必要ない。
それが瑠奈が今すぐできるかつ最善で確実な方法だ。しかし楯無はそれを許してはくれない。
「私たちを裏切るだけでなく、約束まで破るつもり?そんなの許さないわよ」
「あなたは事態の危険性をわかっているのですか?私はここに居たら襲われる危険性が高まる発信機のようなものなんですよ?」
「そんなもの、自分で何とかしなさい。あなたが蒔いた種なんだから」
それを何とかできないから悩んでいるというのに・・・随分と無茶をいうものだ。その言い分だと、こっそりとこの学園を夜逃げして出ていったら、この生徒会長のどえらい報復が待ってそうだ。
そういう信念や決意といった人間らしいものはどうにも苦手だ。いや、純粋に慣れていないだけか。
「まぁ・・・何とかしましょう」
「そう、それでいいのよ。頑張ったら私からご褒美をあげるから」
そういい、パッチリとウインクをすると、スカートを持ち上げて黒いストッキングに包まれた太ももを露出させる。
しかし、この深刻な状況では全く色気を感じさせない。むしろ、楯無の腹黒さを少し知っているから不気味に感じる
「はぁ・・・わかりましたから今は1人にしてください」
今の会話で、少し本調子を取り戻した瑠奈を『ふふっ』と微笑むと、屋上を出ていった。
とりあえずは、策を練る必要がある。自分がこの学園に居続けるための策を。
ーーーー
放課後
いつもなら瑠奈は部屋にいるのだが、なぜかアリーナにいた。
理由は一夏に放課後の『放課後の特訓を手伝ってくれ』と頼まれたからだ。瑠奈としてはめんどくさいと感じているのだが、一応、クラス代表だ。特訓に付き合って損はないだろう。一夏と一緒にアリーナに入ると
「遅いぞ、一夏」
「遅刻ですわよ」
箒とセシリアが待ち構えていた。なぜ、いつも一夏の近くには箒やセシリアがいるのだろうか。セシリアはブルー・ティアーズをまとっていたが、箒は・・・
「お、訓練機を借りることができたのか?箒」
訓練機である打鉄をまとっていた。
接近ブレードにアサルトライフルという無駄のない武装に加え、高い防御力を誇る第2世代IS。
「まあな、特別使用許可がおりた」
箒が勝ち誇った表情をすると、箒の隣にいたセシリアがなぜか悔しそうな顔をした。
箒が笑えば、セシリアが悔しがり、箒が悔しがれば、セシリアが笑う。どうにも、この2人の感情は反比例しているようだ。
「とりあえず、特訓をはじめたら?」
瑠奈がそういうと、それに火が付いたのか箒とセシリアが一気にやる気を出し始める、
「よし! 行くぞ一夏!」
「いきますわよ!一夏さん!」
「え、2対1かよ!」
「当然だ」
「当然ですわ」
「えっと・・・瑠奈、助けてくれ!」
2人の威圧に圧倒されたのか、一夏が瑠奈に助けを求め始めた。
どうでもいいが、この3人はトレーニング内容も決めていないのだろうか。その短絡的な考えにため息をつくと、エクストリームを展開した。
「とりあえず、一夏かかっておいで」
「いきなりいいのか?」
「いいよ。一撃でも攻撃を当てることができたら、今日の特訓はおしまいでいい」
「なにを勝手に決めているんだ!」
勝手に話を進められたことで、箒やセシリアから文句がでるが、瑠奈は完全無視だ。
「とりあえず2人はアリーナからでてくれる?そこにいると邪魔になるから」
「なっ・・・」
自分たちを邪魔者のように扱っていることに、不満がでるが、今から試合が始まるようなのでおとなしく引きさがる。
「全力でいくからな」
「どうぞ、ご自由に」
瑠奈と一夏の特訓が始まった。
ーーーー
30分後
「はあ・・・はあ・・・」
アリーナの中央では苦しそうに息切れをしている一夏と、それとは正反対に額に汗1つ流していない余裕で涼しい顔をした瑠奈が立っていた。
「もう終わり?情けない」
30分間、一夏は瑠奈を攻め続けていたが、攻撃を当てるどころかかすらせることすらできない。
瑠奈は基本的に一夏を攻撃せず、接近してくるまで待ち、攻撃をかわして再び一夏と距離をとるという行動を繰り返していた。
そこには、攻撃をするという意思は感じられない。現に、瑠奈は武器を取り出すこともなく、素手の状態だ。
「まだ・・・まだ・・・・」
一夏が雪片を構え、地面を蹴りかかってくるが
「甘い」
雪片の斬撃をかわし、隙だらけになった一夏の腹部に蹴りを食らわせ、一夏を吹き飛ばす。
「もう、特訓はおしまいにしよう」
「まだ・・・うぅぅ・・・終わってねぇ・・・」
「残念だけど、そんな単純で直線的な戦い方では、今の君は私に勝つことはおろか攻撃を当てることすらできない。絶対にだ」
体力は切れ、体の疲労により、集中力も完全に切れている。こんな状態で訓練を続けても、無理な運動で体を壊すだけだ。
それだけ言うと、瑠奈は機体を外し、アリーナの出口へ歩いて行く。
「ちょっとまってくれ!」
一夏の悲痛な叫び声に反応することもなく、箒とセシリアの元へ向かっていき
「私が出来るのはここまで。2人とも、あとはよろしく」
そう短く言うと、アリーナを出ていってしまった。その瞬間”くそっ!!”と悔しそうに声を上げる。自分が弱いことなどわかっていた。だが、ここまで惨敗して悔しさを感じない人間などいないだろう。
圧倒的な存在を目の前にして人間が出来ることは、己の無力さと悔しさを噛み締めることぐらいだ。
そのことを、この場にいる全員が感じていた。
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