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瑠奈が登校したときから少し時は遡る。
一夏の試合を見終わった瑠奈は楯無に連れられ生徒会に案内された。
「ここよ」
そう言い楯無は生徒会室のドアを開けると中には2人の生徒がいた。
「本音、起きなさい。お客さんよ」
「ごめん・・・あと・・・5分だ・・・け・・・」
「起きなさい!」
そういい、うつ伏せで寝ている生徒を、もうひとりの眼鏡をかけた生徒が持っていたボードの角で思いっきり頭を叩いた。
「いったぁ!!」
それは痛いだろう。痛さで飛び起きた生徒を瑠奈は知っていた。
「本音!?」
「あ~、ルナちょむだ~」
叩かれた生徒は瑠奈のクラスメイトである、布仏本音だった。相変わらず眠たくなる声だ。
「あら、2人は知り合いだったの?」
と言い、本音を叩き起こした、眼鏡をかけた生徒は笑みを浮かべた。
「お茶とお菓子の準備をして頂戴。瑠奈君は座っていて」
「わかりました。お嬢様」
「わかった~」
瑠奈が座ると、眼鏡をかけた生徒はお茶を入れに行き、本音は酔っ払いのような千鳥足で冷蔵庫に向かい中から白い箱を持ってきた。本音が瑠奈の前で箱を開けると中身はバームクーヘンだった。
「へへ~、ルナちょむ。このバームクーヘンはね~すごくおいしんだよ~。いただきまーす」
「お前が食うんかい」
「本音、いい加減にしなさい」
といい、お茶を入れてきた眼鏡の生徒は拳をグーにして本音の後頭部に思いっきり打ち込んだ。これは痛いだろう。
「ごめんなさいね」
そういい、眼鏡の生徒は瑠奈の前にお茶を並べた。そうしている間に楯無も椅子に座った。
「えーと、まずは自己紹介からしましょうか。眼鏡をかけている子は布仏虚。わたしの使用人のようなもので、そこに寝ているのが布仏本音。虚の妹で簪ちゃんの使用人よ。2人ともあなたが男というのは知っているから安心してね」
なるほど使用人だから『お嬢様』と呼んだのか。どうやら楯無も面倒な関係を持っているようだ。
「はあ・・・ところで重大な話というのは?」
「あなたの今後についてよ」
「今後について?」
「あなた、いつまで女でいるつもり?」
「IS学園を卒業するまでですよ」
「騙し通せると思っているの?」
それは薄々感じていたものだ。楯無や千冬といった素性を知っている人間がいるとはいえ、いつも周りから監視されているような環境で3年間偽りの仮面を被り続けるなど不可能だ。
まあ、それ以前に精神が持たない。だが、無理は承知だ。
「騙し通してみせますよ」
「無理よ。少なくとも初日から私にばれているようではね。あなたは絶対に隠し通せない。それで提案なんだけど、男として入学し直さない?ISを扱える2人目の男として」
「は?」
瑠奈は頭に?マークを浮かべた。なにを言っているのだろうか、この女は。
「正確には転校してくることになるわね」
「そんなこと可能なんですか?」
「生徒会と織斑先生の力があったらできないことはないわよ」
普通の人間ならそこでその話に乗るところだが瑠奈はそれを思いとどまった。瑠奈は怖いのだ、男だとわかったときの周囲の反応が。
上級生やクラスメイトからの拒絶、そしてルームメイトである簪からの拒絶が。簪から拒絶されたときの想像をすると全身が震えてくる。
IS学園に入学する前までは他人から、悪口を言われたり嫌われたりすることなど平気だったのに。ここ最近、随分と臆病になったものだ。
(拒絶されるぐらいなら、このまま女でいたほうがいいのではないのか・・・)
そんなことを瑠奈が考えていると
「あなたは”嘘”をつくことに慣れ始めている」
楯無が口を開く
「嘘をつくのに慣れた人間というのは、自分の都合の良いことのみを受け入れ都合の悪いものは貶めて、目を逸らす。それが周りの人間を裏切っていることに気付かず」
「何が言いたいんですか?...」
「あなたがその姿でいるのは、わたしや簪ちゃん、そしてあなたを知っているすべての人を裏切っていることになるのよ」
「.......」
「あなたは今、大きな障害にぶつかっている。あなたはその障害を壊さなくては前に進めないのよ。答えは急がないわ、とりあえずゆっくり考えてね」
そう言われ瑠奈が部屋を出ていくとき
「瑠奈くん」
楯無に呼ばれ振り向くとカシャっと携帯のカメラ機能で写真をとられた。
「もうすぐその姿でなくなっちゃうのかもしれないのだから残しておかないとね」
「そうですか・・・」
急にからかわれて、さっきまで警戒していた自分が馬鹿らしくなる。再び生徒会室を出て行こうとすると
「瑠奈くん」
「なんですか?」
再び呼び止められる。
「あなたは今、臆病になっているわ。だけどそれが悪いことだなんて思わないで。人間、臆病なぐらいがちょうどいいのよ」
『人間臆病なぐらいがちょうどいい』それはどうにも反応に困る言葉だ。楯無の目の前にいる者は人間ではなく、人間の皮を被った化け物なのだから。
その言葉を聞き、瑠奈は今度こそ生徒会室から出て行った。
ーーーー
『僕と契約して魔法少女になってほしいんだ』
瑠奈が部屋のドアを開け、中に入ったとき明るい声が聞こえてきた。。奥に進んでいくと簪がテレビを食いつくように見ている。
「簪?」
「あ、瑠奈・・・」
テレビに夢中で気が付かなかったのか、話しかけると瑠奈の存在に気が付いた簪は大慌てでテレビの電源を消し、顔を赤くして俯いた。
「どうしたの?見ててもいいのに」
そうすると簪は
「その・・・子供っぽいとおもった?」
よくみてみると、簪の足元にたくさんの戦隊ものやアニメのDVDがあった。どうやらアニメを見ているところを見られて子供っぽいと思われていると簪は思っているようだ。
「全然、そんなことないよ」
プリOュアが大人にも見られているこの時代だ。そんなことはないだろう。というか、アニメも手品やダンスなどの人を楽しませるエンターテイメントの一つだろう。
「そう・・・ありがとう・・・」
簪は瑠奈に笑顔を返した。このとき瑠奈は楯無から裏切っていると言われたことを思い出した。
こんなに素直でいい人を私は裏切っていていいのだろうか。簪が悪人だったのならば良かったのだが、こんなにもいい人だと罪悪感を感じてしまう。
瑠奈は3年間IS学園で性別を捨て、女として生きるつもりだった。しかし楯無に『あなたは女として生きていけない』と宣言され、瑠奈の中で小さくはない不安が生まれ始めた。
やはり、心を持っている生き物はどんなに悪に染まろうと、完全なる悪役にはなれないのだろうか。
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