IS 進化のその先へ   作:小坂井

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最終話と言いましたが、まだもう少しだけ後日談があります。
後日談といえば、つり乙2.1のさくっちゃんとルミ姉ルートが早く発売してほしいものです。


最終話 小倉雄星

人の愛を受けずに『それ』は生まれた。家族は存在せず、友達も存在せず、そして自分を自分ということが出来る証明もない。そんな存在で創造者から求められたことはただ1つ、戦うことのみ。初めは自分でそう思い込んでいた。自分は戦うことしかできない、戦うことが唯一の存在理由だと。

 

だから、それに従って人を傷つけた。しかし、それで喜んだ人はいなかった。残ったのは自分の宿主の少年の深く、辛い悲しみのみ。そしてその少年の涙を見た瞬間、自分が行ったことが正しいのかわからなくなった。そしていつの間にか嫌になった。親もいなく、唯一の家族である姉を失ったこの少年をこれ以上悲しませることを。

 

だけど、人ならざる存在である自分が人を喜ばせる方法などわからず、他人を元気づけたり説教する資格などない。だったら、自分のできることをして少年を支えていきたい。救うことが出来なかったとしても、手助けをすることぐらいはできるだろう。

 

だが、その少年はもういない。今まで得てきた全てを自分に託し、人間として生きる命を与えてくれた。ならば、その命で今なすべきことをことをするだけだ。

 

「お前だけは、---殺す」

 

短いながら殺意の籠った言葉をつぶやくと同時に、目の前のレポティッツァにナイフを振るう。その斬撃は正確に急所の喉元へ向かっていたが、刃先が当たるよりも先に手首を掴まれて防がれる。だが、力は破壊者(ルットーレ)の方が強く、少しずつ刃先が近づいていく。

 

「くっ・・・・作品が創造者に逆らうか・・・・」

 

「俺は雄星に言われたんだよ、お前を殺せとな」

 

紅い瞳を輝かせ、強靭な握力で手首を掴まれているというのに苦悶の表情を浮かべることなくナイフを握る腕の力を込めていく。そしてナイフの刃先が喉元にわずかばかり食い込み、レポティッツァの白い首筋から血が流れる。

 

「くっ!!」

 

このままではやられると瞬時に判断すると、掴んでいる破壊者(ルットーレ)の手首の軌道を僅かに逸らしてナイフを空振りさせる。空を切ったことにより、僅かに体の重心が傾き、硬直する。その隙を逃しはしない。右手で破壊者(ルットーレ)の手首を掴み、体に力を入れる。そして

 

「ふんっ!!」

 

肘を腕に打ち付け、骨を粉砕する。人間ならば完治に数ヶ月はかかり、到底耐えられないほどの苦痛を感じるはずなのだが、破壊者(ルットーレ)は表情一つ変えずに腕を振り払い、後方に下がる。

 

「腕を骨折・・・いや、粉砕されたか。だけど、そんなに痛くないな」

 

「・・・化け物が」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

赤く腫れている腕に一瞥し、再び構える。次は外さない、確実に殺す。その殺意を表したかのように紅い瞳が強く輝く。腰を低く落とし、わずかばかり体の重心を前に傾ける。

 

「っ!!」

 

次の瞬間、圧倒的な瞬発力でレポティッツァと距離を詰める。そのままナイフを突き刺そうとするが、アドバンテージを取ったのはレポティッツァだった。有利な戦い方である待ち構え戦法でほくそ笑む。

 

「くたばれ、化け物」

 

忌まわしいその紅き瞳を潰すように、破壊者(ルットーレ)の頭部へ向かってナイフを突き刺そうと腕を振るう。戦いにおいて、待ちかまえを取れるということは有利なことだ。既にカードを選択している相手と違い、後方は相手の隙を判断し、確実につくことが出来る。

 

だが、そんな戦法など今の破壊者(ルットーレ)の覚悟の前では無駄な行為だった。真っ直ぐ眉間へ向かってくるナイフの刃。それをあろうことか、破壊者(ルットーレ)は手の平で受け止める。

 

「なにっ!?」

 

刃は手の平に突き刺さり、貫通して周囲に血が飛び散る。自分の予想だにしないかわし方ーーーいや、防ぎ方に一瞬思考が停止する。その一瞬は破壊者(ルットーレ)にとって十分すぎる時間だった。冷静に狙いを定め、腕に力を込める。そしてーーー

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

ナイフの刃をレポティッツァの喉元へ突き刺す。痛みよりも、息ができないほどの苦しさが脳に伝わり、目が大きく見開く。それと同時に体に力が入らなくなり、バランスが崩れる。そして渾身の力でレポティッツァの喉を引き裂いた。

 

「がっ、がっ、ああ・・・」

 

致死レベルの攻撃を受けて倒れても即死はしなかったらしく、床を這いずって逃げようとする。だが、息が絶え絶えとなり、口からは血が出ている彼女を破壊者(ルットーレ)は都合よく逃しはしない。

 

「・・・・・」

 

浅ましく這いつくばっているレポティッツァの後頭部に銃口を向ける。彼女を殺せることに達成感もなければ満足感もない。だが、彼はーーー雄星は喜んでくれるのだろうか。血だらけになっている手を握り、引き金をかけている指に力を込めるそして

 

「っ!」

 

放たれた弾丸は正確にレポティッツァの頭部に命中する。そのまま何発も撃ち放ち、やがてマガジンの中に弾丸がなくなると、銃を投げ捨てて静かにその場に座り込んだ。

 

「くっ・・・うぅぅ・・・」

 

これが雄星の望みであったはずだ。レポティッツァを殺し、大切な人を救うことが今の自分のやるべきことだ。だが、それをわかっているのになぜこんなにも悲しい気持ちになり、涙があふれてくるのだろうか。心に大きな穴が空いたような虚無感が押し寄せてくる。

 

こんなはずじゃなかった。自分が雄星の未来を奪う気などなかった。だが、これが現実だ。雄星の命と引き換えに自分がこの世界に生まれ落ちた。

 

「いくら姉の仇を討てたとしても・・・・お前がいなくなっては意味がないだろうが・・・・馬鹿野郎・・・・」

 

悲しみに暮れている彼び耳に1つの手元の電子機器の着信音が届く。確認するとウルフ(エスト)からのメッセージであった。

 

『刀奈様を発見と同時に身柄を確保しました。合流を』

 

短いそのメッセージは再び彼を立ち上がらせた。そうだ、やるべきことはまだある。全てを終わらせなくては。既に出血が止まり、傷口が塞がっている手を握りしめると静かに執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

幸運なことに道中敵と遭遇することなく、目的地へ到着することができた。その部屋はどんな目的で作られたのかは分からない。だが、周囲が自然豊かな森の映像が流されており、静かな虫の羽音や鳥の鳴き声が聞こえてくる。そんな全方位がモニターとなっている不思議な部屋の中心でベットが設置されており、そこに彼女は横たわっている。

そして、その彼女を守るようにベットの傍でウルフ(エスト)が待機していた。

 

『御無事で・・・なによりです』

 

「エスト・・・・すまない、これが精一杯だった」

 

紅い瞳を見て、瞬時に状況を理解する。だが、それ以上は何も言わず、周囲に警戒を続ける。それを横目で確認すると、目の前の少女に目を向けた。

更識刀奈、雄星が命を賭してまで救おうとした存在。その少女が目の前で静かに寝息を立てて眠っていた。神秘的を感じさせるこの寝顔を見ると、まるで眠り姫のように感じられる。

 

「・・・・・」

 

今ならば大丈夫だ。そう心に言い聞かせながらナイフを引き抜き、振りかぶる。どんな形であれ、彼女は破壊者(ルットーレ)の因子を受け継いだ。ならば、もう殺すしかない。その遺伝子をこの世に残しておくわけにはいかないのだ。

 

「っ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」

 

殺すーーーー彼女を?大きすぎるほどの犠牲を払ってまでここに来たのは彼女を殺すためじゃない、家族の元へ帰すためのはずだ。その現実と目的の葛藤からか、息が乱れてナイフを握っている腕が震えてくる。

 

「っ・・・くっ・・・」

 

彼女を殺すことを雄星は望んでいるだろうか。いや、だがここで死んだほうが彼女にとって幸せかもしれない。既に人として生きていけなくなった彼女はこの先、未来永劫苦しみだけだ。ならばその連鎖はここで断ち切る。

 

「うっ・・・はぁ・・・」

 

その考えとは反対に、体がナイフを投げ捨てる。拾いに行こうと思ったが、なんだか面倒になってきた。もういい、これ以上人を殺すのも馬鹿らしい。

 

『よろしいのですか?』

 

「もう人を殺したくない」

 

疲労困憊の声で言い返すと、刀奈の頬を優しく撫でる。どの道、自分はもう学園に戻ることはできない。だとしたら、もうこれが最後になってしまうかもしれない。だが、それでもいい。彼女の命をこうして救うことができたのだ、もうこれ以上求めることなど何もない。

 

「ゆう・・・せい・・・くん・・・?」

 

すると、小さな声を上げて刀奈が目を覚ます。そして頬を撫でている手を優しく触れてきた。その柔らかくて暖かい感触を感じた瞬間、その安心からか体中の力が抜けて倒れてしまう。

 

「雄星君っ!?しっかりして!!」

 

違う、自分は雄星ではない。彼の皮を被った化け物なのだ。それを言おうにも口が重くてなかなか言い出せない。それから逃げるように、手元の端末を操作して地図を表示する。

 

「そこに・・・僕の機体があります。僕のことはいいです。・・・・行って・・・ください」

 

「雄星君!!」

 

置いていけと言われて、彼女が素直に従うはずもなく、体力のない体で支えて通路を歩き出す。近くにいたウルフに一瞬ビクッと驚くが、その正体がエストだとわかると地図のナビゲートを任す。

 

「ひどい怪我・・・こんなこと・・・」

 

「置いていって・・・ください。もう、僕は助かりません・・・・」

 

「ふざけたこと言わないで!学園の医療室で治療すればすぐによくなるわ。だから、そこまで頑張って・・・・」

 

だが、後ろを見れば床には点々と彼の血痕が続いていた。腹部をはじめとした体の所々にひどい負傷をしていて出血が止まらない。一瞬、最悪の結末を想像するが、頭を振って振り払う。彼は今までそんな最悪の状況でも生還してきた。それは今回もきっと変わらない。

 

それにこんなところまで自分を救いに来て、こんな結末なんてあんまりだ。

 

「ゆ、雄星君、どうせ・・・学園のみんなに無茶を言ってここにきたんでしょう?後でたくさん謝らなくちゃいけなくなっちゃうかしらね、ふふっ」

 

この胸の不安を打ち消すように普段の明るくていたずらっ気のある声で話しかける。もしかすると、自分が何か話しかけたら少しでも気分が楽になるかもしれない。

 

「あ、そうだ、無事学園に戻れたら一緒にお風呂に入りましょう?お互いの体を洗いっこして、いっしょのベットで寝て・・・そして・・・そして・・・・」

 

徐々に明るい声が震え、涙が溢れてくる。ゆっくりと俯いている彼の顔を見ると、垂れ下がった前髪から生気のない瞳が開いていた。体温は低下を続けている。既に心肺停止状態であり、脳波も消えている。つまり、医学的に『死』と定義されている状態を全て満たしている。

 

だが、その考えを自分勝手で現実逃避した妄想で塗り替える。今の彼は疲れて休んでいるだけだ。学園に戻り、治療を受ければきっとすぐに良くなり、『僕って冷え性なんですよ』と気さくに話しかけてくる。

 

「ダメ・・・死なないで・・・・」

 

そう心の中で祈りながら目的地の部屋に到着すると、室内には1機の人型の機体が佇んでいた。青と白のカラーリングが施され、背中には翼のような装備がある。だが、所々がボロボロになっているところをみると、この機体も彼と一緒に戦ってきたことがわかる。

 

「うっ、あ・・・・」

 

「えっ?」

 

そこで1つの奇跡が起こる。心肺が停止し、脳波も消えていた彼が掠れそうなほどに小さい声を上げる。瞳に生気が宿り、小さいが心臓の鼓動が聞こえてくる。なぜ生命が戻ったのかは楯無も分からない。だが、その命は確かに戻りつつある。

 

「雄星君!?」

 

「すみま・・・せん。少し眠っていました・・・・」

 

ぎこちない様子だったが、なんとか1人で歩けるところまで回復した体でヴァリアントへ近寄ろうとした瞬間

 

「っ!」

 

「きゃっ!?」

 

突如、覆い被さるように刀奈を押し倒した。突然の行動に困惑するよりも早く部屋に何発もの銃声が響く。そのたびに覆いかぶさっている彼の背中から血が飛び散る。

 

「ぐっ、ごぼっ・・・・」

 

「な、なにが・・・・」

 

吐血しながら、後ろを向くとそこには1つの人影があった。長い白髪に自分と同じように深い傷を負っている腹部。そして手には銃が握られている少女。

 

「くっ、邪魔を!!」

 

紛れもなく彼女はここに来る道中でヴァリアント・ソードで腹部を貫き、倒したはずの小倉瑠奈だった。あれだけの傷を負いながらも生き延び、こうして復讐のために姿を現した。

 

「その女が・・・雄星をたぶらかしたのね?死ねっ、更識楯無!!」

 

怒りで頭の中がいっぱいになっている小倉瑠奈の周囲を光の粒子が包み込む。どうやら再び機体を展開しようとしているらしい。

 

「ふふっ・・・」

 

だが、彼は笑った。それも仕方がないだろう、その浅はかで愚かな行動によって短いが時間が出来た。そう、彼女を逃がす時間が。

 

「雄星君?まさか・・・いや・・・・いや・・・・」

 

頭をよぎる最悪の予想。そして、その予想と予感は的中する。後方で控えていたヴァリアントが無人だというのに突如、動き出す。その先はーーー

 

「いやっ!!やめて!!」

 

愛しき者から否が応でも離れないといった様子の刀奈だった。腕を掴み、引き離そうとするが下手に危害を加えることはできない。そこで、機体の指先に装備されている非殺傷武器であるスタンガンを首筋に押し当てて気絶させる。

 

そして刀奈を機体に収容し、ブースターを起動させた。

 

「ヴァリアント、彼女を守れ!!未来永劫、その人にかすり傷1つつけることは許さない!!それが創造者である俺たち(・・・)の最後の命令だ!!」

 

その声に応えるように機体のツインアイが輝き、天井を突き破って飛行船を脱出していく。それを撃墜させようと準備が整ったエクセリアが大型ライフルを構えるが、トリガーを引くよりも早く、唯一動かせる状態であったゼノンを展開し、素早く距離を詰める。

 

そのまま拳を突きつけると、そこから衝撃波を発してエクセリアを吹き飛ばす。

 

「どこまでも私の邪魔を!!」

 

「俺は破壊者(ルットーレ)。お前を我が主への危険分子と断定。ただちに排除する!!」

 

懐から抜いた刃をブーメランのように投げつけ、エクセリアのバランスを崩す。そのまま脚部のブースターをフル稼働させて一気に距離を詰める。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

そしてエクセリアの大型ライフルごと胸部の装甲を引き裂く。だが、踏み込みが甘かった。ダメージは与えられたが、行動不能となるまでの損傷は与えられていない。

 

「死にぞこないがぁぁ!!」

 

大声を上げながらサーベルを引き抜き、ゼノンの顔面の装甲を吹き飛ばす。露わとなった破壊者(ルットーレ)の眉間に光の刃を突き刺そうとするが突如、黒い獣が視界に飛び込んでくる。

 

『彼をやらせはしません!!』

 

ウルフ(エスト)がエクセリアの顔面に張り付き、プラズマカッターとなっている牙で突き刺し、右目を潰す。続いて反対の目も潰そうとするが、それよりも早く引き剥がされてしまう。

 

「このクソ犬がっ!!」

 

絶好のチャンスを邪魔された怒りをぶつけるようにウルフを真っ二つに引き裂くと、残骸を投げ捨てる。バラバラに飛び散る黒い装甲と電子コード。その破片が床に落ちるよりも早くゼノンがエクセリアの肩を掴むと、飛行船内部へ投げ飛ばす。

 

だが、機体の不安定な状態なのに関わらずエクセリアから放たれたエネルギー光球がゼノンの装甲を焼く。ダメージが蓄積されている警告音が聞こえてくるが、構うことなく力強い歩みを進めていく。

 

「調子に乗るな!!」

 

反撃と言わんばかりに引き抜いた光の刃のブーメランをゼノンの脚部に直撃させて身動きをとれないようにする。その隙にエクセリアの両腕から大量エネルギー弾が撃ち込まれ、ゼノンの装甲を削っていく。そのうちの数発が足元の床を破壊してゼノンが真下の部屋へ落下し、仰向けに倒れる。

 

「くっ!」

 

衝撃で視界が揺れる中、上階からサーベルを突き出しながらエクセリアが降下してくる。

 

「これで死ねぇぇぇぇ!!」

 

突き出されている刃先は正確に破壊者(ルットーレ)の額を捕えていた。だが、ここで素直にやられてやるほど諦めは良くない。

 

「っ!」

 

自分を殺すために向かってくる敵を紅い瞳で見開く。そして燃え続ける命の全てを費やし、必殺の一撃に全てをかける。

 

「タキオン・スライサーァァァァァ!!」

 

その叫びと同時に、ゼノンの腕の追加装甲から放たれたサーベルがエクセリアの腹部を貫いた。それによってエクセリアの剣筋の軌道が大きく逸れ、額を貫くはずの剣先はゼノンの左胸を貫く。

 

「なん・・・・で・・・・」

 

明らかに反応できる時間などなかったはずだ。それなのに否が応でも自分を道ずれしようと牙をむいてくる。そして自分はそれから逃れることはできなかった。なぜ、どうして、その現実に答えのない疑問が頭に渦巻いていく。

 

「どうして・・・・なんで・・・・勝てない・・・・」

 

「あぁ・・・・」

 

歪んだ表情をしている瑠奈と違い、破壊者(ルットーレ)の表情は穏やかだった。だんだん意識が遠ざかっていくような奇妙な浮遊感を感じる。互いの体を貫きあっている2機の機体。その双方の機体のエネルギーが暴走し始めているのか、青白いプラズマが全身をかけていく。

 

そして爆発が起こる刹那、真っ白となった視界に少年と少女の姿が映る。楽しそうに手を差し出してくる長い黒髪の少年とそれを優しい笑みで見守っている白髪の少女。

 

「そうか・・・雄星、小倉瑠奈。あなた方と出会えたことが・・・・俺の・・・・」

 

目から一粒の涙が流れ出た瞬間、ゼノンとエクセリアが大爆発し、この前方デッキを吹き飛ばす。そのままバランスを失った飛行船は炎を放ちながらゆっくりと海に沈んでいく。だが、その飛行船がどの海域に沈んだのかは目撃者がいないこの状況では誰もわからない。

 

目撃者もいなく、見送り人も存在せず、少年とその機体は全ての役目を終え、静寂で深刻の海へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日が昇り、海面が鮮やかに煌めき始める朝。そんな太平洋の海の上空数十メートルにまるで母親の中にいる胎児のように蹲っている機体があった。動くこともなく、助けを求めることもなくただ静かにこの空を漂っている。そんな機体に接近していく機体があった。

 

『ようやく見つけました・・・・』

 

翼が生えたケンタウロスのようなフォルムをした機体ーーーーエストのミステックであった。この機体の微弱な機体反応を感知し、こうして迎えに来たのだが、お世辞にも喜ばしいとは思えない。機体にある生体反応は1つだけ、彼女は彼の忘れ形見だ。

 

『っ・・・雄星・・・・』

 

機体に触れた瞬間、装甲が光の粒子となって消え去り、1人の少女が姿を現す。やさしく受け止めると、落ちないように優しく抱きしめる。

 

『さあ、帰りましょう・・・・刀奈様。皆が待っています』

 

今の現実は彼女にとって辛く悲しすぎるかもしれない。だが、どんなに痛くても、悲しくても生きていくしかないのだ。天馬に似たフォルムを持つその機体は心身ともに深く傷ついた1人の少女を抱きかかえ、昇り始めた朝日に向かってゆっくりと飛び立っていった。




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