Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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祝!FGO美遊実装!なので更新です。なお美遊は出ない


深山町~ゴールデントレイントレイン~

 

「ギルガメッシュ……!!」

 

「や、イリヤさん。一日ぶりかな、君の体感だと?」

 

 まるで再会が嬉しくて仕方ないとでも言いたげに、にこやかに笑ってみせる黄金の少年、ギルガメッシュ。それに、イリヤは最大限の警戒で応じるが、暖簾に腕押しと言う他ない。巻き起こる英霊同士の戦禍すら、この英霊の前では背景にまで霞んでしまう。

 英雄王、ギルガメッシュ。

 イリヤにとって、そして兄である衛宮士郎にとって、仇敵とも呼べるサーヴァント。その容姿は子供であっても、人をいたぶる悪辣さは既に持ち得ている。

 しかし、ギルガメッシュはあのとき確かに衛宮士郎に倒された。霊核すら両断されて、魔力へと還ったハズなのだ。

 なのに、

 

「ああ、再召喚された別個体とかじゃないよ? 確かに僕は君に真実を伝え、衛宮士郎に二度も負けたサーヴァントさ」

 

 体格こそ子供にまで戻っているが、こうして生きている。イリヤには、それが不思議でたまらない。

 

「……じゃあ、どうして? 確か、聖杯の巨人と一緒に消えて……」

 

「ああ、あれ? 確かにあのままなら死んでたね。何せこっちは運命を斬られたんだ。因果を逆転させたところで、普通ならまず死んでる」

 

 けど、とギルガメッシュは肩を竦める。

 

「僕はクラスカードを核としている黒化英霊じゃなく、クラスカードから受肉した存在だったからね。あの瞬間、どうしても消えるわけにはいかなかったから、残った魔力で受肉し直した(・・・・・・)のさ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし……」

 

 蚊帳の外になりかけていたルヴィアが、目を回しながら、

 

「えぇと、あなたがあの希代の暴君であるギルガメッシュ王……?」

 

「ん、そうだね」

 

「それを、イリヤスフィールの兄が倒した……? 人の身で?」

 

「そうさ。完敗だね、やられたよ。奥の手があることくらいは分かってたけど、まさかあんな奥の手があったとは。素直に負けを認めるしかない」

 

「……有り得ないですわ……受肉し直すということもですが、イリヤスフィールの兄はどんな魔法(・・)を使ったんですの……?」

 

「ははは、全くだね! いやあほんと憎たらしいったらこの上ないよあのお兄さん!」

 

 その割には満面の笑顔な辺り、イリヤには底が知れない。

 ともあれ、聞きたいことが山程ある。この訳知り顔ならば、知ってることも多いだろう。話してくれれば、の話だが。

 

「おっと」

 

 するり、と左に体を半回転させるギルガメッシュ。

 次の瞬間、前方、イリヤとルヴィアの背後から、音のない投擲が跡を追うように雪面を穿った。弾丸というよりは、銛に近いそれは、人体を貫通すれば容易く食い千切るであろう。

 暗殺紛いの攻撃に、ギルガメッシュは分かりやすく眉をしかめる。

 

「全く、守護者ってのは獲物を前にお上品に待ってすらくれないのか。これじゃあおちおち説明も出来なさそうだ」

 

「……では、本当に、あの山付近に降りてきたあの軍勢は……」

 

「ん、そうだよ。抑止の守護者、霊長類の代表とか言われてるけど、要は顔を剥ぎ取られた掃除屋さ」

 

 ギルガメッシュの唇に、少しの哀れみが込められる。

 抑止力、というモノがある。

 世界が滅亡するという未来が確定したとき、安全装置として世界にはいくつかの機能が設けられている。その一つが抑止の守護者、世界そのものと契約することで、死後も人類の継続を是とした者である。

 それが、あんなにも。

 数えるだけでも百はいるかもしれない。本来抑止の守護者は、人が無意識に考える集合的無意識の具現化であるため、意識して見ることが叶わない。無意識がカタチになるということは、意識あるイリヤやルヴィアの目に止まらないハズなのだ。

 しかし、どういうわけかこうしてその姿は二人にも見えている。

 

「……どういうことですの? 私達二人にすら、守護者が見えるだなんて……」

 

「それは簡単さ。あれには、意識がある(・・・・・)。だから君達にも見えるのさ」

 

「……無意識のカタチをした抑止力に、意識が、ある……?」

 

 どういうことか質問を追加しようとするルヴィアに、ギルガメッシュは人差し指を口にあててジェスチャーする。

 

「まずは落ち着いた場所に、ね。ついてきなよ、案内してあげるから」

 

 手招きする先は、町へ続く畦道。

 後ろは戦場で、前は正体不明の町。

……イリヤとルヴィアが取るべき選択など、最初から一つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わったか」

 

 そこは数十分前、イリヤがルヴィアと出会った円蔵山の勾配がある部分だった。見晴らし自体はとてもよく、針葉樹の枝を気にしなければ狙撃ポイントとしては上出来だ。無意識だったなら、の話だが。

 そこに居たのは、三十に差し掛かるか差し掛からない程度の若い男だった。色の抜けた白髪を後ろに撫で付け、浅黒い肌にはプロテクターのような防護服を身に付け、上から口まですっぽり隠れるくらい大きい、煮しめた色の外套を羽織っている。

 男の視線は、遥か先の県道だった。一般的な日本の山岳部ならよくある光景に、まるで似合わない英霊達と守護者達の戦争が、今終わりを迎えていた。

 結果は、こちらの惨敗。昨日ぶりに行われた掃除の続きは、たった十分にも満たない時間で唐突に終わりを迎えた。

 

「……抑止力の干渉を、毎度毎度こうも容易にはね除けるとは。やはり神稚児とあの力がある限り、外からの介入は難しい、か」

 

 持っていた洋弓が、男の手から弾けて消える。鷹のように鋭い眼は、黒化英霊に残らず処理される同類の姿を確認していた。

 同時に、エインズワースの城に展開されていた漆黒の箱が凄まじい勢いで回転、ばちん、と渇いた音を立てて消え、黒化英霊も夜の深い闇に溶けていった。

 このような光景は、今日に始まったことではない。三ヶ月前から、この世界はとっくに抑止力の対象として認定されている。つまり三ヶ月間、この町は抑止力に耐え続けてきた(・・・・・・・)のである。

 本来なら、こんなことはまずあり得ない。あり得てしまうからこそ、抑止力が働いている、とも言えた。

 

「僕はそうは思わない」

 

 びゅう、と風が外套の男に吹き付ける。すると、いつの間にか別の男が外套の男の横に立っていた。

 それは、イリヤ達を一番最初に襲った、フードの守護者だった。顔は依然として見えないものの、その振る舞いから傷を負った様子はない。

 

「最初に女子供を殺そうとしたとき、アンタ、邪魔しただろう? 矢の角度で騙されると思ったか? おかげでナイフの一つが破壊された上、一人も殺せなかった」

 

 フードの守護者が、イリヤ達を襲ったときのことだ。黒化英霊が阻止したように、外套の男がわざわざ矢の弾道を変えてまで偽装したのだ。

 無論、外套の男とて誤魔化しは効かないと分かっている。フードの守護者は暗殺者と呼ばれるほど対人戦闘に長けているからだ。

 しかし、外套の男はニヒルに笑う。

 

「こちらとしても、無為な殺生は遠慮したくてね。そら、掃除のときに飼い犬を殺しては目覚めが悪いだろう?」

 

「アンタの方針なんて知ったことじゃない。世界を救うなら、どんな要因だろうと見逃さずに抹消するのが守護者の仕事だ。今更シミの一つや二つ増やすのを躊躇ってどうする? 善人ぶってる暇があるなら黙って見ててくれ」

 

「手厳しいな」

 

「当たり前だ。世界のため(・・・・・)だからな」

 

 踵を返すフードの守護者に、外套の男は尋ねた。

 

「何処へ?」

 

「アンタは信用ならない」

 

「個々での行動は慎むべきだと思うが? 今の我々は平時のように不死身ではない、霊核を砕かれれば同類(彼ら)のように座に帰ってしまうだろう」

 

「後ろから射たれちゃたまったもんじゃないんでね。勝手にやらせてもらう」

 

 言葉を区切り、音もなくフードの守護者は雪に消えていった。外套の男ーー英霊エミヤは、小さく自嘲を口にした。

 

「……全く、運命という奴も意地が悪い」

 

 錬鉄の英雄が鷹の目を向けたのは一点。

 最も守護者を殺した、黒化英霊ですらない人形。

 その人形に、手足はなく。

 四肢には剣が(・・)、伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハデスの隠れ兜、という宝具がある。

 ギリシャ神話において、ゼウスの弟(より正確に言うなら兄だが)であり、冥界の主とされる神ハデスが使っていた宝具である。神話の中でも最もポピュラーなギリシャ神話、その最高神の親族ともなれば、いかにハデスという名がビッグネームか分かるだろう。

 

「それをこんな間抜けな格好で使うことになるとは、我ながら特異な状況に巻き込まれてしまいましたわね……」

 

 げんなりと、ルヴィアが肩を落として愚痴る。

 イリヤもそれには大いに同意したい。

 何故ならギルガメッシュを含めたイリヤ達三人は、深山町を、仲良く電車ごっこのように密着して歩いていたからだ。

 ギルガメッシュに先導され、冬木市までたどり着いたイリヤとルヴィアだったが、出発する直前に布のようなモノを渡されたのである。

 ようなもの、と言ったのは、それがギルガメッシュの頭にあった三角帽子がひとりでに分解し、マフラーのようになったからだ。

 これこそがハデスの隠れ兜。キュクロプスによって作られ、かのティタノマキアで結果的にティターン神族を打ち破ったとも言われる一級の宝具である。

 

ーーここから先は、エインズワースの監視があるからね。これで姿を隠して町に入ろう、っていうわけさ。

 

 なるほど道理だ、と二人が頷いたのも束の間。織物になった隠れ兜を何故か両手に持たされ、以下略という形である。

 

「だから何回も言ってるでしょ? この隠れ兜の効力は絶大だけど、身に纏っていないと意味がない。だからこうやってロープのように伸ばして、三人をまとめて囲まないといけないのさ」

 

 ギルガメッシュに買い与えられた冬物の服に身を包んだ二人は、そう簡単に割り切れるわけもなく。

 

「見られてないから良いとしても、やっぱりなんだか恥ずかしい……」 

 

「イリヤスフィールの言う通りですわ……というか、この遊び本当に日本でやってますの? もしや低年齢も低年齢の頃にやってそれっきりみたいな遊びに思えるのですけれど……」

 

「そうかい? 僕は結構楽しいよ、何せほら、男だしね!」

 

 人の心が分かってない王様である。多分大人になったらモテないな、とイリヤとルヴィアが心の中でシンクロした。

 

「で、そろそろ説明してもらっても? 第六次聖杯戦争とは? あの英霊達や守護者達との関係を教えてくださる、ギルガメッシュ王?」

 

「ギルでいいよ、お姉さん。今の僕はただの王子、王なんて程遠いもんさ。それで第六次聖杯戦争のことだけど……まあ、君達も予想はついてるだろう?」

 

「……クラスカードを使った、殺し合い?」

 

 正解、とイリヤの解答を採点するギルガメッシュ。

 

「ま、正しくは君達が持っているクラスカードを使った、と言った方がいいかな。エインズワースが主催した聖杯戦争は、平行世界の聖杯戦争とは些か形式が違う。それは景品が神稚児である美遊のこともそうだけど、その最たる例がクラスカードさ」

 

 平行世界の、とはつまり、ルヴィアの世界の聖杯戦争だ。七騎のサーヴァントに七人のマスターによる、現代に甦った神秘による原始的な生存競争。

 こちらでは虎の子であるサーヴァントの強さが鍵となるが、この世界の聖杯戦争は違う。

 

「クラスカードによって、魔術師自体を英霊に置換する……こんな馬鹿げた話、中々他の世界じゃお目にかかれない」

 

「でも、ミユのお兄さんが勝ったんでしょ? ならその聖杯戦争も終わったんじゃ……」

 

「何言ってるのさ、終わってないよ。だってそのお兄さん、死んじゃったでしょ?」

 

 死んだ。その言葉が飛び出したとき、イリヤが咄嗟に思い出したのは、自身の兄のことだった。

 

「願いは叶えたけど、優勝者は既に死んでしまった。そしてまだ景品は残ってる……となれば、まだ聖杯戦争は続行される。そして美遊が帰ってきたことによって、三ヶ月間休止されていた第六次聖杯戦争も再開された、というわけさ」

 

「マスターはやはり七人なのですか?」

 

「ま、実質エインズワース陣営の一強だけどね。あそこだけでエインズワース含んで五人のマスターがいるからねえ」

 

「五、五人!?」

 

 そんなの、反則的ではないか? イリヤはたまらず悲鳴を出しかけるが、ギルガメッシュがしーっ、と唇に人差し指をあてた。

 

「この宝具は声までは隠せないから気を付けてくださいね、イリヤさん」

 

「う、はい……む、でもずるくない? それじゃあ勝てっこないんじゃ……」

 

「その上黒化英霊もいるしねえ。簡単に勝てる相手じゃないのは確かさ」

 

 ところで、とギルガメッシュが視線を周囲に投げた。

 

「意外とバレないものですね、これでも。まあ僕の宝物庫に入ってるモノだから当たり前だけど」

 

「ちっこいときでも自信はたっぷり……」

 

 確かに、とイリヤは街灯が点きだした周囲を見回す。

 この世界の深山町も、元の世界の深山町と余り変わらなかった。変わった点と言えば、人通りの少なさと廃墟が多いことか。道中ちょこちょこ人に出会ったが、町としての機能は何とか働いているようで、暗くなった今も町は電気で明るい。が、隠れ兜の効力はかなりのモノだったらしく、話しかけられはしなかった。

 

「……町の中は、比較的人がいるんだね。わたしと同い年くらいの子供もいたし」

 

「ここはむしろ栄えてる方さ。エインズワースが居なければ、とっくにゴーストタウンになってたろうね。丁度良いし、順を追ってこの世界について説明しよっか」

 

 ばっちり冬着な黄金(こがね)持ちは、この世界について解説を始める。

 

「まずこの世界が滅びそうになってる、というのは知ってると思うけど、その理由は知ってるかい?」

 

「まあ、一応。マナが枯渇して星が死んでいってるとかなんとか……」

 

「そうそう。それでエインズワースは世界を救う手立てとして、自分達で何とかしてやろうとしたわけだ。美遊を使ってね。だがそれは、手段はともかく不可能なのさ」

 

「?……どうして?」

 

「抑止力が出てきたから、ですわね?」

 

 正解、とギルガメッシュは肯定する。

 

「抑止力は基本的に人類が継続するためにしか動かない。だからこそカウンターという名前がついてる。つまりエインズワースのやる救済なんてモノは、人類が滅ぶことと同義ってこと」

 

「……でも、エインズワースの人達はそれが分かっててやってるんだよね……?」

 

「ま、魔術師だからそれくらいはね。ロマンを求めてるにしたって、限度があるけど」

 

 というか。

 イリヤは疑問の声をぶつける。

 

「あなたはエインズワースの人達が何を企んでるのか知らないの? どうやって救うのか、とか」

 

「さぁね? 今の僕には千里眼を発揮するほどの霊基はないし。ま、推論がなくはないけど、あんまり混乱させるのもね」

 

 話を戻そう、と前置いて、

 

「さっき、抑止の守護者とエインズワース側が呼び出した黒化英霊が戦ってたでしょ?」

 

 間一髪、命の危機を救ってくれたあの英霊達。やはりアレは、黒化英霊で間違いなかったようだ。イリヤは身震いする。あんな数の黒化英霊を呼び出せるエインズワースは、やはり計り知れない。

 

「あれね、もうずっとそうなんだ。大体三ヶ月前だったかな。毎日夜の六時になると、冬木市の外に守護者が召喚されて、冬木市ごと(・・・・・)エインズワースを抹殺しようとしてるのさ」

 

「……な、!?」

 

 イリヤとルヴィアは絶句する。

 確かに手慣れていると、そう思っていた。しかし、

 

「三ヶ月……? 三ヶ月もの間、ずっと抑止力をはね除けていますの!?」

 

「完璧ではないけどね。ほらイリヤさん、君には分かってるハズだ。何せ君の存在自体が抑止力の対象になってたわけだからね」

 

「……ミユが、二つの世界の(・・・・・・)抑止力を弾いてたってこと?」

 

 今度の絶句はルヴィアだけだった。いや、ルヴィアだったからこそ、絶句したのかもしれない。それが魔術世界でどれだけの意味を持つのか、イリヤには正確に分かっていないから。

 

「そう。美遊はお兄さんの世界を、そして自分の世界を抑止力から守ってた。とはいえさっきも言った通り、完璧じゃない。今じゃもう守護者から不死性を奪うくらいで、抑止力そのものを弾けるほどの力は美遊にはない」

 

「……神稚児としての力が尽きかけてるから、なのかな」

 

「だろうね。まあでも、だからと言ってすぐにどうこうはなさそうだけど、ね?」

 

 だとすれば、イリヤとルヴィアが黒化英霊に守られたのも納得がいく。

 つまるところエインズワースも、住民そのものを失いたくはないのだ。例えそれがイリヤやルヴィアのように部外者であっても、守るように命令はセッティングされているのだろう。

 

「そんなわけで、町の人達には話を聞かない方がいいよ。ほら、エインズワースによってこの町は成り立ってるわけだからね。そのエインズワースを敵対視する行いは避けた方がいい」

 

「一般市民に魔術の存在が知られているのですか? それは……」

 

「神秘の秘匿がどうとかそんな段階じゃないよ。何せ、抑止力が意識下(・・・)で動いているような世界さ。そんなことになりふり構ってられる状況じゃないよ。まあ、それだけじゃないけどさ」

 

「……じゃあ、逆にわたしのやろうとしてることって」

 

 冬木市の住民を危険に曝す、もしくは敵に回す行為なのか。そう考えると、歩みも重くなっていく。

 

「驚きって言ったら、君もそうさ。まさか何も影響がないなんて」

 

 なんて、ギルガメッシュが切り出した。

 

「? 何が?」

 

「ほら、君はあの理想の世界の産物だろう? 本来なら、あの世界を離れた時点で死んでいても可笑しくないんだけど……美遊がまだ、君を守ってるのかな?」

 

 はっとなって、イリヤは胸の奥が急に熱くなったのを感じた。

 そう、本当ならイリヤはとっくに死んでいるのだ。その命は、良くも悪くも美遊の手の平に転がされている。美遊の一存で、生かすも殺すもイリヤは自由なのだ。

 誰がどう言ったって、それは正しい関係ではない。生殺与奪権を持った飼い主と、都合のいい人形。端から見れば、そんな薄情で何の温かみもない、歪な関係でしかない。

 けれどこうなって、イリヤは思うのだ。

 きっと自分達は、決して正しくはなかったけれど。

 だからこそ、相手に優しくなれた。

 時にぶつかって、間違えたとしても。

 頭ごなしに否定するのではなく、互いに理解しようとした。

 だから真実を知った今も、美遊はイリヤに生きていてほしいと願っているのだ。

 例えそれが、本質的にはただのごっこ遊びにしか見えなくても。

 それが偽物であっても、その熱だけは誰にだって否定など出来たりしない。

 だから踏ん切りがついた。

 あえて、これまで言わなかった質問を、説明に差し込むことに。

 

「ねえ、ギルガメッシュ」

 

「ん?」

 

ミユとお兄ちゃん(・・・・・・・・)は、どこにいるの?」

 

「……へえ?」

 

 ようやくか、とでも言いたげなギルガメッシュ。それもそうだ。本来ならイリヤにとってまず、いの一番にでも聞かなきゃいけないことだった。

 それを後回しにしていたのは、イリヤが受け身だったから。立ち向かうと決めても、状況に振り回されていたから。

 しかし今からは違う。

 ここからは、受けに回るのではなく、攻める。だからこそ聞いた。取り戻すという意志を見せるために。

 ギルガメッシュもその意図くらいは察し、

 

「君も分かっているんだろう? 美遊とお兄さんは、生きてるならあそこーーエインズワースの本拠地である、あの城の何処かに幽閉されてる」

 

 だが、と現実を見せる。

 

「行くのはおすすめしないな。何せ魔術師の工房は虎の縄張りみたいなものだ。それも今のエインズワースともなれば、サーヴァントですら並大抵に突破は出来ない。無数の黒化英霊を城中に配備してるかもしれないし、その上ほら、ドールズまでいる」

 

「……ドールズ?」

 

「ほら、美遊とお兄さんを拐ったあの二人さ。言っておくけど、あの二人は強いよ。それこそトップクラスのサーヴァントと拮抗するくらいにはね」

 

 ギルガメッシュが忠告するほどの力を持つ二人に、未だ謎に包まれたジュリアン。そして無数の黒化英霊に、まだ見ぬ二人のマスター。敵はこの上なく強大だ。例えステッキがあっても、イリヤでは弾除けにしかならない。

 

「なのに君達ときたら、片や他人の財産を食い漁ってぶくぶく太った年増に、片や聖杯の器として最高クラスの性能を持っておきながら、その全てをぶん投げた普通の少女ときた。仮に僕を入れたところで、まあ、接触したら十秒持たずに皆殺しルートだね」

 

 だが、それでも。

 

「ーーそれでも、君は二人を助けに行くのかい?」

 

 催眠どころか強制ですらない、ただの事実確認。

 大切な誰かのために、死ねるか?

 ただそれだけだ。

 イリヤにのし掛かる声は一つではない。内外から押し寄せるそれは、不安と自信がない交ぜになった、血迷っているとしか言いようがない心理状況だった。

 まともな判断など出せるハズがない。

 どう考えたって、何の作戦もなしに敵の本拠地に突っ込むよりは、この町を散策して仲間を見つける方がよっぽど利口だ。

 しかし。

 

「うん。助けに行く。ミユも、お兄ちゃんも。今から(・・・)乗り込んで助けにいく」

 

 イリヤは、そんな論理をすっ飛ばした。

 

「っ、イリヤスフィール!? 敵の根城に真っ正面から挑むなんて正気ですの!? こちらは戦える人間など実質私一人しか……!!」

 

「ごめんルヴィアさん、勝手に決めて。でもね、思い出したんだ」

 

 ああそうだ。

 イリヤは美遊の友達で、イリヤは衛宮士郎の妹だ。

 だったら何も迷う必要なんか無い。

 手首に巻いたアクセサリーが、きらりと光った。夏の思い出。同じモノを持っている女の子。

 

「目と鼻の先に、二人がいるとして。今行かなきゃ、ミユの友達にも、お兄ちゃんの妹も名乗る資格なんてわたしにはない。助けられてばかりだったのに、こんなときまで逃げたら笑われちゃう。

……うん。これは、わたしの我が儘。だからルヴィアさんが付き合う必要なんてないよ」

 

「そういえば、ルヴィアさんはイリヤさんを知り合いに送り届ける役なんだっけ? ならほら、もう叶ってるし、ここでお別れでもいいんじゃない?」

 

「な、ななな……!!」

 

 みるみるうちに顔を紅潮させるルヴィア。それは羞恥ではなく、無論怒りだった。

 

「あなた方、私を馬鹿にしてますの!? してますわね!? うら若き少女が自殺紛いの特攻をしようとしていますのに、それを放って逃げるなど、誰がそんな誇りも愛嬌もない行為が出来ましょう!?」

 

 ふんっ!、と鼻息荒く、

 

「知り合いの方に送り届けるというならば、丁度いいですわ。美遊という少女にも会っておきたいですし、ついでにあなたを預けて、エインズワースに手袋でも叩きつけてあげましょう……!!」

 

 と、ルヴィアは闘争心を滾らせる。しまいには手持ちの宝石の残弾を確認するなど、どうするかは一目瞭然だった。

 焚き付けたギルガメッシュは、これ幸いといった風に、

 

「いやあこんな簡単に首を縦に振ってくれるなんて、これだから人間っていうのは面白い。普通は二の足くらい踏むものだけど」

 

「……扇動したあなたが言う、それ?」

 

「そして口も減らないと。いいね、実に僕好みの展開だ」

 

 小さき王は口笛でも吹きそうなほど機嫌がいい。その様子はいささか、いやかなり違和感があった。この英霊がこんなにも舞い踊っているのは初めてだ。

 城までもう僅かしかない。さっきも言った通り、生きて帰れるかは分からない。まさか敵陣に踏み込んでから敵でした、ではそれこそ全滅になる。だからこそ、イリヤは気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「……ねえ、どうして?」 

 

「? 何が?」

 

「どうして、わたし達を助けてくれるの? だって、あなたはお兄ちゃんに……その……」

 

「負けたって? んー、勝った側に蒸し返されるのはまあ気に食わないけど、君にはまだ理解出来なさそうだし、話しておくだけ話しておこうか」

 

 ギルガメッシュはやや不貞腐れ気味に、

 

「まあ、そうだね。正直僕個人としては、人類の救済だなんだはどうだっていい。そして負けたことだってそうさ。それに執着するつもりはなかった……んだけどね。相手が相手だ」

 

 にわかに、若き英雄王の目に殺意が宿る。それは衛宮士郎という男を計り間違えたことか。

 

「同じ相手に二度も負けることなんて、大人の僕にとってあり得ないことだ。子供の僕からしても、あの衛宮士郎という男は時に説明しづらい力を出してくるからね。正直、三度目があっても遠慮したいくらいさ」

 

「……は、はあ……それで?」

 

「うん、まあだから……褒美(・・)くらいないと、こう、示しがつかないでしょ?」

 

「……んん???」

 

 今、なんつった? 

 イリヤがジト目で視線をやるが、英雄王は当たり前と言わんばかりに、

 

「この僕に二度も勝ったっていうのに、褒美すら無しじゃ労いもないでしょ? というかそれくらいしないと、英雄王の名前が安く思われそうでね。だから肉体労働をしてるってわけ」

 

「……つまり、負けたから助けてくれるの?」

 

「言葉を選びなよ、前金さ。正式な褒美は本人に聞くとしても、まずは世界でも救ってやらなきゃ、せっかくの褒美が無意味になっちゃうからね。それはほら、英雄王的に困るし」

 

……自己中もここまでくると、最早立派な理論にでも聞こえてくるのがこの英霊なのだった。イリヤはため息をつくと、

 

「じゃあ敵対する意思はないってことでいいの?」

 

「さあ? それはほら、僕基本的に人間嫌いだから。僕が助ける価値のある人間だと判断させるくらい、カッコいい生き様、期待してますよ!」

 

 にぱー、って暴君ムーヴをかます辺り、何度しっぺ返しを食らおうと変わりそうもない王様なのだった。

 さて。

 そんな話をしている時間も、ついに無くなった。

 

「着いたよ」

 

 三人が縦に並んだ先にあったのは、城だった。冬木市の中心に屹立する、町と町の間に流れる川の上に、さながら橋のように建設されたそれは、エインズワースの居城。

 つまり、敵の本丸である。

 

「……なんか、普通に着いてしまいましたわね」

 

「うん、もっとなんか妨害とかあるのかと思ってた……」

 

「まさか。いくら君らが弱っちいとはいえ、町中で戦闘を開始したら意味がない。そもそも殺すのが理由なら、二人とも守護者に殺されてたしね。何か意味があって、見逃してるんだろうさ」

 

 エインズワースの居城は、一般的な西洋のそれと相違ない。石造りで横に長く、また高さもある。さながら王冠のように凹凸の装飾を施された外観は中々に壮観で、噴水や花壇などで自然の彩りも加えられている。黒化英霊を吐き出していた、あの巨大で真っ黒な箱もなくなっているため、見ようによってはロマンチックにも見える。

 だがそれも、全て雪で真っ白に塗り替えられていた。おかげで寒々としていて、尖塔からずり落ちた雪が屋根を滑り、庭の花壇にべしゃっ、と落ちる姿は、人が住んでいるとは思えない。

 凍結した大理石をえっちらおっちら歩きながら、三人は城までほんの一メートルにも満たない地点で止まった。これより先は置換魔術が付与された結界がある。つまりここから一歩先は、全くの別世界。

 一切ノープランなままここに来たわけだが、流石にここでは作戦会議を開くことに。

 

「さて、じゃあどうしよっか」

 

「真っ正面から行ったら、流石にバレるよね……やっぱり裏側から?」

 

「しかないですわね。探索しつつ、適時という形でしょうか。とりあえずこちらの勝利条件だけでも決めておきましょう」

 

「勝利条件?」

 

 首を傾げるイリヤに、ルヴィアが一本指を立てた。

 

「一度のトライで、全てが上手くいくとは限りません。ですから何か最低限一つ、これだけは成し遂げるべきというタスクを考えておきましょう」

 

「成し遂げるべきこと……」

 

「我々は今、非常に危うい綱を渡っています。本当なら縛って引きずってでもこんなところからは離れたいのですが」

 

「僕はイリヤさんの意志を尊重するよー」

 

「……言っても聞かないでしょうし。これを成し遂げたら、すぐ撤退する、そんな目標を作っておきましょう」

 

 イリヤも、今回の侵入で美遊も兄も助けられるとは微塵も思ってはいない。出来て、精々二人に自身が生きていること、そして助け出すという意志を伝えること……最終的には、助けたい。

 イリヤがルヴィアにそれを伝えると、狩人は反映した勝利条件を提示した。

 

「では、今回は美遊、もしくは衛宮し、しろ、……ああ、言いにくい! シェロでよろしくてイリヤスフィール!?」

 

「あ、うん。こっちのルヴィアさんもそう呼んでたからそれでいいと思う」

 

「では美遊、衛宮シェロ、どちらかの接触を条件と致しましょう。敵との接触はなるべく起こさず……というのは無茶でしょうが。まあそこは何とかするしかありません」

 

「役者にアドリブは付き物だからね、良い奴期待してるよ?」

 

「黙らっしゃいこの放蕩王子」

 

 配列は変わらず、ギルガメッシュ、イリヤ、ルヴィアの順番だ。いざというときはギルガメッシュをパージして即逃げる、という手段も辞さない布陣である。

 

「じゃあ……いくよ」

 

 少し緊張した声色で、ギルガメッシュが告げる。イリヤとルヴィアも、程度はあれ張り詰めた様子で目の前に集中する。

 とん、ギルガメッシュが一歩進めば、もう止まらない。三人は結界内に、エインズワースの工房へ入った。

 ぶわっ、と三人に走り抜けるのは、風とは違う何か。それは魔力だ。やはり置換魔術らしく何処かへ繋がっていたらしい。一瞬の浮遊感に目を閉じて、そして。

 そこへ、入った。

 

「……ん……?」

 

 目を開く。目映い光源は、太陽ではない。人工的な明かりだ。

 三人が結界を潜り抜けた先は、広間だった。いきなり外から中へ、空間の繋がりが滅茶苦茶になったとしか言いようがない跳び方に、狼狽えそうになる。

 広さからして、正面玄関口だろうか。真っ直ぐいけば階段があり、左右には迷路のように幾つも出入り口がある。豪奢なシャンデリアと、レッドカーペットがずらりと並ぶが、何処かそういう屋敷を演じているようにも見える。

 

「まさかほんとに正面玄関から入ることになっちゃうなんて……どうしよう……」

 

「なるほど、これが置換魔術か。いや驚いた、中々の魔術だね。いきなり敵の胃袋に放り込まれるなんて滅多に味わえる経験じゃない」

 

「冷静に分析するのもいいですが、今は先に……」

 

 

 

「ーーーーめんどくせえ」

 

 

 

 突然響いた第三者の声に、三人は固まった。さながら、だるまさんが転んだと言われてしまったかのように。

 こっ、こっ、と響く革靴の音は、正面階段から。ややしがわれた声は生気がなく、元々高い声を潰したように枯れていた。

 

「めんどくせえよ、本当に。ああ、ああ。どんなに脚本を理不尽(アドリブ)に対応させても、本当の理不尽って奴には押し潰される。知ってたつもりだったんだがな」

 

 そして、三人は同時に気づいた。

 ハデスの隠れ兜が、手元から消えていることに。

 

「あの姿を隠す宝具なら、こちらで置換して、宝物庫に叩き込んでおいた。透明になってうろちょろされて、ジャイアントキリングでもするつもりなら生憎だ。そんな古典的な手が俺に通じると思ってんのか、侵入者ども」

 

 ばっ、とイリヤが正面階段を見据える。

 そこに立っていたのは、まだ高校生くらいの男子学生だった。背は低く、体つきも英霊のように筋肉質でもない。眼鏡の奥の目付きは、悪人と言われても仕方がないくらい悪い上、もうずっと寝てないのか隈が深い。

 しかし、だからこそ、言葉に出来ない何かが少年にはあった。

 そう、まるで、

 

「……魔術師が劇作家気取りかい? 娯楽なんて、今の君には最も遠いモノだと思っていたけれど」

 

「何とでも言え、英雄王。こっちだって、お前のような負け犬(・・・)にかかずらってる暇はない」

 

「……口の聞き方に気を付けなよ、舌を千切りたくなるだろう?」

 

 少年の視線が、ギルガメッシュ、ルヴィア、そしてイリヤへと移る。

 それが、イリヤには酷く怖かった。ただの視線なのに、まるで直接肌を触ってくるかのような、不躾な目。それはルヴィアの時とはまるで違う。本物の魔術師の目だ。

 しかしイリヤも怯まない。

 

「あなたは……だれ?」

 

 問いに、少年が睨み付ける。いっそ殺意ならまだいいと、そう思えるほど苛烈なプレッシャー。せり上がる吐き気を堪え、耐える姿はいつ折れても可笑しくなかっただろう。

 そんなイリヤの姿に、少年は何か感じることがあったらしい。

 

「……受け答えする程度には、覚悟があるか。ただの夢見がちな間抜けじゃなさそうだな」

 

 いいだろう、と少年は名を名乗った。

 

 

「俺は、ジュリアン。ジュリアン・エインズワースーーエインズワース家の当主、世界を救う者だ」

 

 

 


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