Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
ーーinterlude 1-2ーー
深夜。 午前零時を前に、冬木の町は明かりも眠りに入るような、そんな静けさを醸し出している。 開発が進んだ新都方面も、この大橋から見れば立派に眠りこけているように見えた。
冬木大橋、その真下の公園。 誰もいない筈のそこ。 しかし今ここには三人の少女が、一人の少女の到着を待っていた。
一人は夕方、衛宮家で魔法少女アニメを凝り固まった頭で見ていた、美遊・エーデルフェルト。 もう一人は美遊の横で、勝ち誇るように自らのある部分を強調するため手を腰にあてる、魔術師ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
最後にそんな二人を、いやルヴィアを見て、半ばイライラしながら待つ遠坂凛。 この三人だった。
まぁ言うまでもないが、空気は悪い。 凛とルヴィアはとことん馬が合わず、魔術教会の総本山『時計塔』では魔術を使っての乱闘が日常茶飯事であり、しかもそれが原因で二人はこんな極東に居るのだ。 一歩間違えばフィンの一撃、いやフィンのガトリングにまで昇華されたガンドが飛び交うことだろう。 もし待ち人である少女が居たなら、場の空気を宥めようとするのだが、生憎この場には口下手な美遊と、そんな彼女のカレイドステッキであるサファイアしか居ない。 まさに最悪である。
「……一応聞いとくけど」
ギチギチ、と歯を噛み締め。 凛はなるべく平和的に、ルヴィアへ言及する。
「何故これみよがしに胸を張ってるのかしら、ルヴィア? 別に嬉しくもなんともない、だらしない脂肪を見せられるのだけは勘弁してほしいんだけど」
「あらあら、それはごめん遊ばせ」
ふふ、と上品に金髪ロールと胸を揺らすルヴィア。 魔術の名門だからか、仕草の一つ一つが様になっているが、それはもう豚を見るような目で台無しだ。
「
「あらそう。 ならその脂肪、切断してバターにしたら良さそうね。 それはジュウジュウよく焼けるわ、ケモノが」
「確かにそうかもしれませんが……でも困りましたわ。 あなたの脂肪は、余り焼けそうにありませんもの。 小さすぎて」
そこで。 ぶちん、とコードが真っ二つになるような、何か人として決定的な境界をぶっ千切った音がした。
そして。
「あんたさっきから聞いてりゃ何だゴラァ!! このホルスタイン縦ロール!?」
「あなたこそ人の美点を脂肪だの何だの言いましたわね、このぺったんこツインテール!?」
「だぁーれがぺったんこだオラァッ!?」
最早何度目か分からない、ストリートファイトが勃発した。
額を突き合わせ、鬼というか犬のような形相で掴み合いになる二人。 ギリギリギリと一介の女子高生が出す力にしては、色々とバイオレンスでデンジャラスな音が公園に響いていく。
「お待たせ~。 何かルビーが回り道ばかりするから遅れちゃった、ごめん」
「えー、人のせいにするのは良くないですよ、イリヤさん。 なんでも妖怪のせいにするのと同じです、全く」
「ルビー、やっぱり流行に敏感だね……」
と。 ふよふよと浮かぶルビーをともなって、待ち人であるイリヤが公園に現れた。 イリヤはそのまま美遊の隣に行くと、醜く争う年長者二人を見て、
「……今度は何が原因なのでしょうか……ミユさん」
「別に。 多分いつもの戯れだと思う……そう思いたい」
「あ、あれを戯れと言うには、少しレベルが高いような……」
うがーっ、うるぁーっ、と喚きながら殺気を振り撒く二人は、さながら猛獣が取っ組み合うソレだ。 しかしこれからすることを考慮してか、二人は戯れはそれぐらいにして、
「よーし揃った揃った。 リターンマッチね。 もう負けは許されないわよ!」
「……うん!」
とりあえずさっきのことは見なかったことにして、勇ましく返事をするイリヤに、無言で頷く美遊。 二人はそのまま己のカレイドステッキを手に取ると、転身を開始する。
「ルビー!」
「サファイア」
「はいはーい! サファイアちゃん、今回は初心に帰って、省略無しのフルバージョン。
「ええ。 華麗に、綺麗にいきましょう」
瞬間。 カレイドステッキから噴き出した魔力と、二つの光がイリヤと美遊を包み込む。
「コンパクトフルオープン!」
「鏡界回廊最大展開……!」
「プリズマ☆イリヤ!」
「プリズマ☆ミユ!」
「「爆☆誕!」」
じゃーん、とちゃっかりルビーが特製の背景を魔力で作り出し、ポーズを取る二人。 見た目的には最高に似合っており、何よりそういう魔法少女をやっていても何ら可笑しくない年ではあるが……。
「いやルビー、何後ろの!? しっかり二人用のポーズを取らせる辺り、狙ってたよね明らかに!?」
「そりゃ魔法少女の変身シーンと言えば、中盤以降は省略されるのが常ですからねー。 しかしそれが、ライバルとの同時変身となれば話は別ッ! 同時変身、やらずにはいられないッ!」
「だから、結構この格好恥ずかしいんだからね!? ねぇミユさん!?」
「え? あ、うん。 そうだね……まぁでも、戦闘に最適化された服なら、致し方ないと思う」
「マントとか邪魔じゃないの!?」
バサバサしててかなり視界に入るし、と魔法少女の正装に身も蓋もないことを口にするイリヤ。 だがそれも、今からすることを考えれば、一種のリラックスなのかもしれない。
今ここ、冬木にはあるモノが眠っている。
それがクラスカード。 一見普通の玩具にも見えるそれだが、 その実時計塔ですら全容が掴めないほど高度な魔術理論で編まれた魔術品であり、平たく言えば英霊の力を引き出すモノだ。 そんなモノを悪用すれば、町一つ吹き飛ばすことなどわけないのである。
そんなクラスカードがここ冬木に七枚眠っており、うち二枚は前任者が回収、もう一枚はイリヤと美遊で回収、残り四枚となり、今日も今日とてカード回収というわけだ。
昨日のリターンマッチともあって、気合いは十分。これ以上同じ相手に手間取るわけにもいかない。
四人は作戦をたてると、
「それでは、そろそろいきましょう。 イリヤ、
「バッチリです、多分!」
「一応、跳べるようにはなりました。 いけます」
「ん、頼もしいことで。 OK、それじゃ今日こそはサクッと、終わらせにいきましょうか! ルビー!」
「分かってますって、凛さんの言う通りにしまっせー!」
ヴン、と四人の足元に現れる魔法陣。
「半径四メートルに反射路形成! 鏡界回廊、一部反転します!」
それはルビーの声に続いて光り輝いていき、それが臨界に達したときには、四人は元の世界から跳んでいた。
飛んだ場所は、先程と同じように見えて、全く違う場所だった。 隣同士であっても、全く違う万華鏡。 鏡の世界ーー鏡面界。
四人の頭上には既に、一面魔法陣が敷き詰められ、その狙いはつけられていた。 サポートである凛達は爆撃の範囲から退避しながら、
「
「二度目の負けは許しませんわよ!」
「「了解!」」
そうして、リターンマッチは開始した。
ーーinterlude outーー
深夜という時間帯は、余り良い思い出がない。 いや一年前まではそんなに無かったのだが……聖杯戦争を経験してからは、夜に出歩くこと自体を逃避するようになったと思う。
誰も居ない静けさと、人の営みである灯りを消す闇。 それらは人にとって、危険を察知させるには十分すぎる。 ほぼ毎日殺し合いを行っていた身からすれば、こんな時間に一人で出歩くことは本当に自殺行為だと分かっていた。
しかしそれも、妹が出歩いているとなれば、話は別。
「……は、はぁ、っ」
深山町を駆け回って、三十分。 既に魔術回路を起動し、出来るだけ早くイリヤを見つけようと努力しているが……肝心のイリヤの姿が、全く見えない。
確か俺が家を飛び出したのは、イリヤが外に出てから最低でも二分だ。 それだけあればイリヤの走りなら遠くにいけるかもしれないが、イリヤはまだ小学生だ。 あんなスピードは五十メートル持続できれば良い方。 更に言えば、今の俺は魔術回路を起動し、魔術まで使って追いかけている。 これで追い付けないなんてこと、あり得ない。
「……」
嫌な予感だけが、心の中を這いずり回る。 それはまるで蛇のように俺の心に絡まり、締め付ける。
「……間抜け。 魔術師が慌てて、どうする」
知らず、そう言って予感を吐き捨てる。
遠坂だって言っていた。 魔術師は平然とするモノ。 例え何が起ころうとも、自らの首を締める真似は、ただの死にたがりのすることだと。
心を落ち着けながら、下り坂を降りる。
可能性は二つ。
まず一つは、イリヤが何者かに誘拐された、或いは操られていた。 俺が前にキャスターに操られ、柳洞寺まで夢遊病患者のように誘き寄せられたことがある。 その可能性は……言ってみたが、無い。
そもそもイリヤは自分の意思で走っていたし、たまたま通りかかったイリヤを、たまたま誰かが誘拐したなんて、作り話にしても出来すぎだ。 どうやらまだ慌てていたらしい、今度はもっと考えてみなければ。
……じゃあ、イリヤが魔術師だとしたらどうだろうか?
「……いや、無いだろ」
思わずその考えを、否定する。
もし俺が考えた通りに、イリヤが魔術師だったとしよう。 だがそれなら、イリヤはあんな普通の小学生で居られるだろうか?
俺の世界のイリヤは、年も違うし、魔術師ですらない。 だがマスターとしてならば、彼女は最強と言っても差し支えなく、その一面も立派なマスターだった。
善悪の判断すらつかないものの、殺すときは殺し、奪うときは奪う……冷酷なところは、まさに魔術師だ。
だが、彼女は不安定だ。
余りに精神の安定を欠いていて、アーチャー相手に一回バーサーカーを殺されたときも、アレは癇癪を起こす寸前だったと思う。
しかし、こちらのイリヤはどうか?
アニメや漫画が好きで、昔はよく泣いていた。 すくすくと育ち、そういった教育は何もなかった。 よく言えば良い子、悪く言えば普通。 それがこの世界のイリヤだ。
でもこちらのイリヤは、その精神は未熟ではあるが、一つの個として安定している。 あの年でそれだけの魔術師になれたのなら話は別だが、あの遠坂だって、そういうわけにはいかないと話していた。
「……は、っ、は、……!」
深山町を抜けて、冬木大橋にたどり着く。 橋には街灯があり、居るならばすぐ分かるが……どうやら外れのようだ。 深山にも橋にも居なかったということは、後は新都ぐらいだ。 しかしいくら新都でも深夜の時間帯に人通りは無いに等しい、探すのにそう苦労はしないだろう。 居たならの話だが。
「……ふぅ」
近くの手すりに体を預け、空を仰ぐ。 雲は月を隠しており、今宵の月はまだ一度も見ていない。 だが何となく、そのときに見えた月は綺麗だろうな、と漠然と思った。
振り返り、真下の川を見る。 川は微かに届く街灯の光を反射せず、ただ呑み込んでいる。
「……どうなってんだ、全く」
イリヤは魔術師ではない。 だが、魔術師でもなければ不可能な出来事が起こっている。
それに何だか、今日は寒い。 本当に何事も起こらなければ良いが……?
「!」
そのとき。 本当に一瞬、感じたことのある気配が発せられた。
閉じかけていた魔術回路が強引に開く。 そのまま手すりに預けていた体を伏せ、格子の間から気配の元を盗み見る。
ほんの僅かだが、今確かに感じた。 あの圧倒的な、原初の恐怖を思い出させるその気配、間違いなくサーヴァントのモノーー!
「……っ、」
何故。 俺はそう考えることを放棄し、大人しく息を潜めてその場で待つ。
サーヴァント相手に、この程度は気休めにもならないが、逃げる方が危険だ。 いざとなれば障害物があるここの方がまだ良い。 そもそも魔術師がサーヴァントに叶うハズがないのだ、セイバーも居ないのに、こんなところで鉢会わせたのが運の尽きかーー。
「……ぁ、れ?」
冷や汗は止まらない。 なのに、何故だか酷く安心している。 自分には危害が加えられないと、本気で安心している。
行くべきか。 気配がしたのは公園だ、ここは。
「……」
……問うまでもない。 イリヤも大事ではあるが、今の気配は到底見過ごせるモノではない。 ここには居ない筈のサーヴァント、聖杯戦争に関わったものとして、その正体を確かめねば。
橋から降りて、公園に入る。 投影では隙をつかれる。 ゆっくりと、そこらで拾った手頃な木に強化を施し、辺りを警戒しながら歩いていく。
気配がしたのは、公園にある時計の前だ。 街灯で比較的明るいが、それでも警戒は怠るモノではない。
「……っ」
時計の前に近づいていく内に、その正体を徐々に掴んでいく。
俺が感じた気配の辺りには、とても濃い魔力の欠片が、煙のように噴出している。 余りに濃いそれは間違いなく、サーヴァント。
だが、何処と無く違うことも分かる。 サーヴァントは意志がある。 魔力だけでは分からないが、これはバーサーカーに近いような……。
「なんだ……これ?」
そうして、そこにたどり着いた。
俺の目の前には、亀裂がある。 ガラスや氷などで見られるアレだ。 空間に刻まれたそれは、どこかに繋がっているのか、知らない景色が見えた。 だが同時にそれを覗き込めば、二度と戻れないだろうことを理解する。
……そうか。 俺が安心した理由に、何とか合点がいく。
俺は結界の感知にはそれなりに自信がある。 故にサーヴァントの気配が、この向こう側から来ることに、無意識に気づいていたのだ。
「……とはいえ」
これは困った。 この亀裂がどうやって生まれたのか、そもそも何故サーヴァントが居るのか、どうやってここに入り、接触するか……その全てがてんでわからないのだ。 これではどうしようもない。
「……そうだ。
世界が違えど、冬木は一級の霊地。 当然協会から管理を任された魔術師ーーすわわち
その
「って、何かおっきくなってないか、これ」
もう一度見てみると、何故か亀裂が大きくなっている。 それは段々俺にも分かるスピードで大きくなり、やがて人一人入れるぐらいになった。
……ここまであれば嫌が応にも覗ける。 俺は細心の注意を払って、遠目から亀裂、をーー。
「……な」
そこに、あったのは。
荒れ果てた公園、イリヤを守るように立った少女と。
そして剣を向ける、今は遠坂と契約をしているハズのセイバーの姿だった。
ーーinterlude 1-3ーー
ごぅ、と風が吹き荒れる。 それは風というには余りに強く、さながら嵐だ。
鏡面界。 ここでは今、到底あり得ない状況が起きていた。
イリヤ達は昨日惨敗したキャスターと対峙し、ピンチにこそ陥ったが、最後はイリヤの機転と美遊がクラスカード、ランサーを
そう、そのハズだった。
だがこの鏡界面にはもう一人、キャスターすらも上回る最強が居た。
セイバー。 最優と言われるその万能な力は、近接遠距離、共にカレイドの魔法少女が使う両方の攻撃を悉く踏み潰した。
それに緊急時の特例とし、本来の形である凛とルヴィアがゲスト登録して対抗。 公園ごと川にまで影響をきたす斉射で、セイバーを飲み込んだ。 イリヤ達とは段違いの性能を見せた二人の魔法少女だったが、四人は思い知る。
「
その真名と共に。 戦乱の時代を統べた、今もなお刻まれる王の力を。
「ーー
障壁を張ろうが、地面に横ばいになろうが、関係ない。
それは、そんなもの容認した上で、黒に染まった極光を振りかざす。
光、轟音、衝撃。 その全てが川から灰儘に帰させんと迫り、少女達はそれに茫然としたまま食われた。
もしセイバーが繰り出したモノが闇ならば、まだ何か悪足掻きが出来よう。 しかしそれは無意味な話だ。 アレは星が造りし最後の幻想。 黒く染まっていようと、その光はまさに人の思いそのものだ。 それを何も知らない者が直視すれば、感動したまま焼き払われるのは道理。
ぎぃ、と。 まだ残っていた木々が、丸裸の状態で倒れていく。 あの極光を受けて消し飛ばなかったのが不思議だが、こうして倒れている時点で、あの木々はもう死んでいる。
そう。 あの光に飲み込まれた者は、例え特殊な力に守られていようと、それすらもねじ伏せる。 あの凛とルヴィアですらも。
「……ぁ、ぅ……」
距離が離れていたからか。 美遊はイリヤと一緒に、ギリギリのところでその極光から逃れていた。 それでも吹き飛ばされ、何とか立ち上がったのだが、その惨状をみて目を見開く。
凛とルヴィアの姿はない。 それどころか、カレイドステッキの二本すらない。 その証拠に川から後ろにある森、そして鏡面界そのものまで、綺麗に一本の亀裂が走っていた。
「そん、な……」
へたれ込みそうになる体を、何とか押さえつける美遊。 しかしもう彼女達には、既に戦う力はない。
正直に言って、手詰まりも良いところだ。 相手は自分達より強力な魔術師を打ち倒し、更にはカレイドステッキすら消し飛ばしたのだ。 もう手など、一欠片もない。
「……っ、」
セイバーが公園へと上がる。 何らかの加護があるのか、彼女は多少傷があるだけで、濡れてはいなかった。
それだけ。 たったそれだけで、美遊の欠片になっていた戦意は今度こそ消え失せた。
死ぬ。 このままでは死ぬ。 何も出来ずに切り捨てられる。 ガチガチと歯が鳴り、口の中が枯れ、意識が凍りついて動けない。
セイバーが美遊達へ、視線を向ける。 バイザーの奥にある黄金の瞳は無機質で、まるで機械だ。 セイバーはそのまま一歩ずつ、美遊達へ近づいていく。
出来ることなどない。 自分達はこのまま、死んでいく。
「……っ、」
だが。 美遊はそれを自覚して、にらみ返す。
……それは出来ない。 このままみすみす死ぬことだけは、絶対に許されない。 まだ何も成し遂げてなど居らず、あまつさえ幸せを掴んですら居ないのに……何故死ぬことが出来よう。
だから。 出来ることだけは、するーー!
「、ミユさん!?」
こちらまであと二歩、剣ならば悠々に届く距離。 その距離を塞ぐように、美遊はイリヤの前で手を広げた。
セイバーが止まる。 魔力の霧が辺りに漂い、震えながら立つ美遊に視線を向ける。
「……私が囮になる。 逃げて、イリヤスフィール」
喉に詰まった不安を飲み下し、イリヤにそう言い聞かせる。 しかしそれはイリヤの目から見ても、虚勢だと分かった。
「でも……!」
「良いから早く、どこでもいいから!!」
美遊はそう怒鳴り、思わず顔を歪める。 カレイドステッキすら無い今、一体どこへ逃げるというのか。 イリヤも困惑しているのか、背中で独り言のようにぶつぶつと呟いている。
聖剣が突きつけられる。 これで終わり。セイバーはそのまま、聖剣へ霧を纏わせーー。
「ーー伏せろ、二人ともっ!!」
その懐かしい声が、響いた。
ーーinterlude outーー
あれこれ作戦を立てることも、魔術師らしく冷静に判断することも、出来なかった。
イリヤに剣が向けられている。 たったそれだけで、イリヤの末路が用意に想像出来て、頭に血が回った辺り、やはり俺は未熟なのだろう。 俺は無意識に地を蹴って、その亀裂に飛び込んでいた。
「……っ!!」
余分な思考など無い。 イリヤの救出、ただそれだけで体が動き、今俺はこうして魔術を公使する。
出た場所は、イリヤ達の後ろ五メートル。 この距離では接近戦など持ち込めない。 木を放り捨て、右手に魔力を叩き込む。
だとすれば合理的なのは剣を投影し、それを投げつけること。 要はブーメランだ。 名のある剣ならば、あのセイバーも反応せざるを得ないハズ。
「……
あのセイバーが相手。 何故あんな風に黒く染まり、イリヤを殺そうとしているのかは全く分からないが、止めることは変わらない。 例えセイバーが相手でも、イリヤだけは傷つけさせない。 それが今の俺だ。
だが俺が全力で投影したモノであっても、セイバーならば軽く粉砕する。 アレは烈風だ。 岩すら切り刻む烈風。 未だイメージに綻びがあり、かつ投影を制限された俺では、投影したとしても、セイバーを足止めする剣を作れまい。
「……っ!」
なら。 セイバーですら弾くことしか出来ない、巨大な岩山を作ってしまえば良い。
幸い俺は、それを見たことがある。 かの大英雄ヘラクレスが持っていた、あの無銘の斧剣。 アレほど巨大な剣、衛宮士郎の筋力では扱えない。 だがそれは別に構わない。 投げるだけならどうとでもなる。
八節の理念を出来るだけ丁寧に。 しかし迅速に組み上げ、俺はまだ出来かけでそれほど重さがない斧剣の柄を握り。
「ーー伏せろ、二人ともっ!!」
それを、体ごと回して飛ばすーー!
「っ、……!?」
寸前で気づいた少女が、イリヤと共に倒れ込む。 そのせいかは分からないが、セイバーからは少々見えない位置からの不意打ちだ。 回転する斧剣は手裏剣のようにセイバーに食らいつき、流石のセイバーもそれを弾き、一度距離を取る。
二人に駆け寄って無事を確かめたいが、状況を聞くなんて悠長な真似は出来ない。 離した距離は五メートルない。 セイバーをもっと遠くに離さねば、彼女ならこの程度一瞬で詰める。
「、おに……!?」
「イリヤを頼む! 俺がアイツを何とかするから、その間に脱出してくれ!」
そう言うなり二人の側を走り抜け、両手に慣れ親しんだ重みが加わる。
陽剣干将、陰剣莫耶。 しかしやはり先程と同じく、その夫婦剣は不出来だ。 もしかしたら、初めてこの剣を投影したときよりも。 精巧だったアーチャーのそれとは、比べるべくもない。しかし今の俺にはそれが必要だ、それを手に、俺はセイバーへと走る。
ズキ、と鈍い痛み。 魔術回路が悲鳴をあげる。 しかしそれを何とか押し留め、前を向いた。
セイバーは俺を迎え撃つことにしたか、どっしりと要塞のように構えている。 しかしこちらから斬りかかれば、すぐさま烈風の剣に切り刻まれてお仕舞いだ。
だからこそ隙を作る。 俺はわざと干将の振りを大きくし、そのままセイバーに近づく。
袈裟に繰り出される聖剣。 それをもう片方の莫耶を滑り込ませて軌道を薄皮一枚のところまで逸らすと、振りかぶっていた干将をセイバーの頭に振り下ろす。
「……!」
無論、かわされる。 機械じみた最小限の動きだけで俺の干将は空を切り、今度は袈裟に振り下ろされた聖剣が、さっきと同じ軌道を返ってくるーー!
「……っ、
だが俺だって、一年間、セイバーと稽古を積んできたのだ。 彼女の技は、それなりに予想は出来る。
投影魔術で出来た、無銘の剣。 それは聖剣と俺の体を塞ぐように出現し、セイバーによって一撃で破壊された。
だが勢いは減衰するだろう。 俺は襲いかかる聖剣を夫婦剣を交差させて防ぎ、そのまま刀身を滑らせて反撃に向かい、
「……■■■ッ!!」
真下からきた膝を、叩き込まれた。
「お、ぶ、……!?」
さながら丸太が食い込んだように。
体が九の字に折れ曲がり、そのままふわっ、と浮かぶ。 一秒ほどの浮遊の後、俺は無様に背中から地面に激突した。
……今のは、効いた。 急所である鳩尾に膝蹴り。 セイバーは何も剣だけが取り柄ではない。 やろうと思えば、体術とて出来る。 普段の稽古だってそうだ。 非道でも外道でもなくとも、どんな手だろうが使う、それが彼女なのである。 そんなことすら忘れていたのか自分は。
「は、づ、……!」
呼吸しようと何とか肺を動かすが、言うことを聞かない。 節々が鉛のように重くなって、俺は身動きすらとれずに居た。
もし俺の知るセイバーだったら骨が折れていただろう。 このセイバーには鎧がない。 そのため幾分かはマシだが、これでは立ち上がれない。
「■ッ!」
トドメを刺そうと、セイバーが再度剣を振りかぶる。 俺は即座に体を回転させ、聖剣が地面を抉った。
その威力、下手な魔術など粉微塵に出来る。 衝撃で横に転がり、俺は体を起こそうとセイバーに目を向ける。
が、そこまで。 俺の前には、黒く染まった聖剣だけがある。
「……っ」
殺される。 投影なぞする前に、聖剣は俺の頭を軽々と粉砕する。
終わりだ。 あと一秒の間もなく、俺はここで死体へと成り果てる。 時間稼ぎすら出来ない。 これでは。
これではイリヤを、守れないーー!!
「!」
そのときだった。
一つの閃光。 それはセイバーの後ろから、一陣の風となって来た。 寸ででセイバーも気づいたが、それは彼女のバイザーを破壊し、目頭辺りから鮮血が飛び散る。
ご、と後ろで爆発。 着弾して爆発などミサイルか何かかと思ったが、俺には分かっていた。 前にも一度、見たことがある。
偽・螺旋剣、カラドボルグ。 それを剣としてではなく、矢として使う者など、俺が知る限りアイツ一人ーー。
「……え?」
たん、と。 呆けている間に、俺の目の前には誰かが背を向けて、セイバーと対峙していた。
赤い外套と、弓の代わりにその手に握られた夫婦剣。 さっきまでのモノとは違い、完璧と言えるほどに昇華されたその剣製に、俺は見惚れていた。
だがその背中は小さい。 それもその筈、何故なら今目の前に居るのはーー。
「イリ、ヤ……?」
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。 守るべき少女は英霊となって、俺が目指した背中を晒していた。