Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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古戦場中なので更新します、30000位行きたいけど無理っぽいです。


無限の剣製~Do you believe a world of happy endings?~

 

「……」

 

 冬木大橋を渡り、何とか新都へ辿り着いた切嗣達だが、状況は最悪だった。

 一夜にして火の海となった新都。更には泥によって大地は埋め尽くされ、救助どころか歩くことすらままならない。

 こんな状況で生存者など居るわけがない。無論、そんな可能性を信じる切嗣達ではないが……この火と泥の前では、三十秒もしない内に灰になるかあの泥の養分になるのがオチだ。

 これでもマシにはなったのだ、状況は。

 美遊が奪われたとアイリから連絡が入った直後、二つの大聖杯が確認され、台形型の山のような化け物が現れ……そして、忽然と姿を消した。

 バゼットによれば、それは士郎の固有結界によるものらしい。魔力を提供している凛もそれは把握していたようだが、

 

ーー今の衛宮くんで、固有結界をどれだけ保てるか分からない……発動するだけでも、衛宮くんにとって命懸けなのに、それを維持すればそれは衛宮くんにとって致命的になる。

 

 固有結界。

 それは術者の心象世界によって現実世界を上書きし、塗り替える大魔術。

 それは言わば、自分に有利な環境へ強制的に連れ込む、世界の形をした処刑場のようなものだ。

 逆説的に言えば、敵味方関係なく、その世界そのものに干渉することは術者以外極めて難しい。

 

「ふぅ……」

 

 ルヴィアから渡された宝石を飲み込み、魔力を補給するクロ。巨人を士郎が固有結界に引きずり込んだ後、クロはバゼットの手で町から救い出されていた。彼女はリムジンの席に座って休息を取りつつ、他の四人に自身が知った話を伝えていた。

 この世界の真実を。

 

「……つまり、この世界で生まれた人間は衛宮くんの記憶を基に作られた、ってことでいいのかしら、クロ」

 

 凜が感情を押し殺して問うと、クロは頷いた。

 

「ええ。あの金ぴかの言葉を信じるなら、だけど。少なくとも嘘を言っている感じじゃなかったわ」

 

 クロは切嗣を一瞬見て、そして目を伏せた。

 当然だ。凛やルヴィアは分からないものの、切嗣だけは死人だと判明している。士郎がもし、元の世界に戻したいと願った場合、切嗣はもう一度、死ぬ。

 それは凛やルヴィア、バゼットも想像がついていた。勿論切嗣本人も。しかし、

 

「……そうか」

 

 それだけだった。

 切嗣は自身の死を……十年の努力が水泡に帰すことを、あっさりと受け入れた。

 

「……つらくないの、おとーさん?」

 

「辛いさ」

 

 間髪いれず正直に話す。

 切嗣だって、クロと同じだ。

 本当はどうしてだと叫びたい。何故こんな残酷なことをと、神様を呪い殺してやりたい。

 けれど、全ては終わってから。

 まだ何も終わっていない。

 

「まだ子供が生きている。なら僕は親として、君達と別れるその日まで守る義務があるからね。なら、みっともなく泣いているなんて馬鹿な真似は出来ない」

 

「……おとーさん」

 

 クロは目頭をぐっと押さえて、平常まで保たせる。

 こういう人だから、きっと幻でも、世界を救う夢を諦められた。温かで、ささやかな家庭を築けた。

 泣いていたって、もうしょうがない。ここまで来た以上、そんな暇はクロにだって何処にもないのだから。

 ただ、クロには誰にも話してないことが一つだけあった。

 

(……痛覚共有の呪いが途切れてること、話した方が良いかしら)

 

 いつもリンクしていた痛み。それが固有結界に入ってから、共有されていない。

 世界が異なるのだから当たり前かもしれない。ただ、クロはこうも思っていた。

 それはつまり、痛覚共有の呪いが解けるほどの呪いか、はたまた共有の許容を越えるほどの痛みを抱えているのではないか。

 と、

 

「しかしどうしますか? 我々は現状、どう動けばいいのか皆目検討がつかない」

 

 バゼットがせめてもの抵抗にと町へ目を向ける。その意見には切嗣も同じだ。

 これは固有結界に入れないから、なんて話ではない。

 根本的な話だ。

 この場に居る人間が協力し、あの巨人と相対して勝てるか。

 答えはノーだ。

 あれは最早英霊の域を超えている。

 英霊と真っ向から当たって勝てる確率が低いバゼットでは、まず勝てない。他も同様。カレイドステッキがない以上切嗣達の魔術は全て対魔力によって無効化される。

 そういう意味では、士郎の剣製は無銘の剣すらも魔力で編まれた特注品だ。唯一勝ちの目がコンマ程度とはいえある……のだろうか?

 

「……、」

 

 魔術師殺し、衛宮切嗣。その実態はこと戦闘においても時に非情な手に染めなければいけないほど、魔術師としての才は凡庸だ。戦闘だけに特化した結果、索敵などは機械と使い魔の複合で行っていたわけだが、今回はそんなモノは使い物にならない。

 何もなかった。

 偽りの平和など簡単に崩れるのだと。からっぽの平穏など、脆く、砂のように流れ落ちるのだと言われてる気がした。

 世界から、或いは運命に。

 

「……無事でいてくれ、みんな……」

 

 神頼みを叩き壊した自分が、今度は神にすがるしかない。

 その事実に、切嗣は忸怩たる思いで、それでも祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交差する、剣と剣。槍と槍。斧と斧。矢と矢。鏡合わせのごとく激突する殺意の波と波は、一秒もなく片方が砕けて世界から消え去っていく。

 そんな欠片の中を、縫って走る。足場は奴の体、ではない。それでは泥によって足が腐り落ちる。ならばどうするか。簡単だ。

 この世界は無限の剣で構成された世界。無銘の剣であっても、一つの例外はない……だったらその少しを動く足場にすればいい。

 

「……!」

 

 足場の剣波を操作。奴の胸部へ最短距離で道を作り上げるべく、数多の剣を向かわせる。ギチギチ、と軍隊蟻のごとく殺到する剣は、しかし奴の後方から射出された宝物によって半数が弾かれる。

 だが関係ない。

 どんなに細くたって道はある。なら、あとは壊れる前に走り抜けるだけーー!!

 

「全く」

 

 対するは、雲にすら届く泥の巨人となった英雄王。奴は剣の激流を心底鬱陶しそうに、

 

「君って奴は、這いずる虫みたいな奴だな、本当ーー!」

 

 巨大な手で、その激流を跡形もなく叩き落とした。

 絨毯爆撃なんてものじゃない。さながら衛星でも降ってきたみたいに、目の前の道が圧殺される。

 直撃しなかったのは奇跡に近かった。目の前が真っ暗になりかけたときに、足場から飛んでいたのが幸いだった。しかし奴の手の風圧だけで雑草のように軽く吹き飛び、地面に叩き落とされる。

 

「そら、転がってる暇なんかないよ?」

 

 風を斬る音と共に、二百の宝具が射出される。だがそれに恐れることはない。ここは俺の世界。つまりこの世界は俺の目でもある。直接見なくとも、世界に現れた時点で、宝具の解析は完了していた。

 奴の二百の宝具を確認するやいなや、それと同じ数の贋作が迎撃に向かう。その間に体勢を立て直さなければ。

……状況は、最悪に近い。

 英雄王ギルガメッシュ。太古の昔、後にメソポタミアと呼ばれるシュメールの都市国家ウルクを治めていた、人類最古の王。

 かつて世界の全てを手中に収めたとされる王、それがギルガメッシュだ。

 奴はサーヴァントとしての桁違いの力を有しているが、その理由はただ半神というだけではない。世界の全てを手中に収めたという逸話が昇華された宝具、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)によるモノだ。

 本来、サーヴァントのシンボルたる宝具は、一騎につき一つ。多くて三つが普通の英霊だ。しかし、奴の宝具は、そんな宝具の原典を全て集めた、言うなれば宝具の宝物庫だ。

 つまりそれは、宝具という核兵器にも劣らない代物を数百、いや数千持ち合わせていることになる。

 魔剣、聖剣、妖刀、神剣。ポピュラーな剣ですら、そういったカテゴリーで枝分かれするほど様々な種類がある宝具だ。それらを全て手中に収めたとなれば、それは最早弾切れしないミサイルのスイッチを手に入れるより余程凶悪なのは明白だ。

 そしてそれは、相性が良いと言われる無限の剣製であっても例外ではない。

 

「ぐ、……!?」

 

 柄だけとなった直剣を投げ捨て、飛んできた剣を受け取り返す刀で迎え撃つ。だが奴の宝具の方が速い。撃ち漏らした幾数の宝具が脇腹を掠めていく。

……以前戦ったとき、無限の剣製によって奴の王の財宝を射出前に全て潰すことで動揺させ、その勢いのまま押し通せた。

 だがそのときの奴は、現代風の私服を纏っていた。戦闘用の衣装ですらなかったのだ。それに、あの高慢ちきが、俺などに本気を出していたとはとても思えない。

 

「せっかくお好みの展覧会を開いたってのに、いざ開いてみればこれかい? 贋作を披露する場を与えてやったっていうのに、蛮勇を見せるどころか物怖じするのはどういう了見かな、これは?」

 

 二本の腕を広げてはいるが、その背後、そして俺の目の前には絶えず黄金のゆらぎが発生し、命を狙いにその矛先を叩きつけてくる。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。以前であれば、相殺出来たハズの宝具は既に俺の捕捉可能域を越えている。更にその速度は、無限の剣製が捉えた時にはもう弾丸となって喉笛を裂こうとしてくる。

 防戦するだけでも手一杯。一度手を緩めれば、恐らく三回は首を飛ばされていたであろう凶器の乱舞。

 しかも今回の奴はあの巨体だ。当然、一度は敗北を喫した相手に宝具だけで何もしないわけがない。

 

「しょうがない。来ないなら、引き出す(・・・・)か」

 

 ぐぐ、と奴の巨体が重い音を立てる。片腕が、弓なりに振りかぶられ、そのまま極大の槌となって振り下ろされる。

 鼓膜が潰れたかと間違えてしまいそうな轟音の連鎖。地割れが荒野に走り、隆起した瓦礫が地底へと流れ落ちていく。強烈な光の点滅は、山そのものと同じ質量が落ちたことで無限の剣製内に走るノイズが更に激しくなったからだろう。つまり奴の巨体は、無限の剣製そのものにすら影響を与えるほどの威力を持っている。

 俺にそれを防ぐ術はない。

 衛宮士郎は、いとも容易くその命を散らしてーー。

 

「、……ふ、ざけ、やがって……!!」

 

 地割れが起きたことで発生した、崖。その中程で剣を突き刺して、俺はぶらさがっていた。事なきを得たが悪態でもついてないとやってられない。

 寸前でありったけの剣製を横から奴の腕に突き刺したかいがあった。ほんのちょっぴりではあるが、拳の軌道が変わってくれた。

 無論無傷ではない。飛び散った瓦礫は英霊の一撃さながら全身を殴打し、額からは血が溢れている。

 

「……地形そのものを変えるなんて、スケールが違いすぎるだろ……!!」

 

 いくら無限の剣製が相討ちに巻き込めるほどのポテンシャルがあろうと、俺とギルガメッシュでは根本的にスペックが違う。当たり前だが、それを再認識せざるを得ない。

 それに、敵は外だけじゃない。

 

「ぐ、あぐ……っ!!」

 

 腐臭をたてて、脇腹と左手から煙が噴き出す。アンリマユの泥の侵食。鉄板を押し当てられたような火傷は、眼下に見える奈落よりも更に暗い。

 同時に、頭の奥でもカリカリとナイフで切りつけられるような痛みが走る。

 

「、あ、」

 

 ぶつ、っぶつ、と。

 ここで過ごした四ヶ月の記憶の幾つかが、呪いに塗り潰される。黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに書き足される悪意は、白いキャンパスみたいな過去を地獄へと変える。

 

ーー殺す。

 

 脳にその囁きが聞こえてくる。

 

ーー殺す。

 

 分かる。

 この声はかつて聞いた、地獄の爪痕などではない。

 

ーー殺す殺す殺す殺す。

 

 今なお続く、悪性の祈り。全てを救うなどとのたまった男に呪いあれと、この世の歯車を回すための最適解へ誘導する邪悪な声だ。

 

ーー殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 

 俺の行為は彼らにとって裏切りに過ぎない。

 既に死に、虚像でしかないモノを救おうとするのなら。

 過去に死んだ我らをまず救え。

 それが出来ないのなら捨てろ。

 お前のそれは、死者を救おうとすることとなにも変わりはしない。

 だから殺す。

 オマエの願いも。

 オマエの意思も。

 オマエの正義など。

 殺して殺して、殺し尽くした先にしかないのだからーーーー!!

 

「う、る、せえ……!!」

 

 声は振り下ろされる剣にも似ていた。

 一を助ければ、瞬く間に千の呪いがこの体を侵す。

 十の願いを叶えようとすれば、瞬く間に万の死がこの体を溶かす。

 百の声を無視すれば、瞬く間に無間地獄に居た。

 結局お前は何も変わらないと。

 十一年前。耳を塞いで、ひたすら歩き続けたときから何も変わっていないのだと。

 千の声が告げる。

 お前に人は救えない。

 お前はかつて、あの地獄で死んだのだから。

……敵は本気のギルガメッシュ。

 そしてアンリマユの呪いと融合による記憶の塗り替え、もしくは破壊。

 短期決戦など持ち込めず。

 長期戦になれば、全ての記憶を失うどころ、魂は呪いに食い潰されるだろう。

 どうする。

 こんな状況で、一体どうやってーー!

 

「一休みしてるところ悪いけど、そんな暇与えると?」

 

「!?」

 

 奴の声。何処だ、なんて考える理由もない。

 頭上。ノイズだらけの橙色の夕焼けを覆うように、またあの巨大な手が今度は拳の状態で落ちてくるーー!!

 

「くそ!!」

 

 咄嗟に出来たのは、握っていた剣を放すことだけだった。自由落下を開始した直後、またもやあの衝撃が世界に襲いかかる。

 二度目は轟音などなかった。

 ただ、つんざくような、ガラスの割れる音が木霊して。

 世界は夕焼けの荒野ではなく、氷の海へと変貌していた。

 

「な、ん……!?」

 

 驚く間もなく、氷の上に落下。肌を刺す冷たさに飛び上がりそうになるものの、遅れて目の前にギルガメッシュが降り立った。

 氷の海は地平線まで続いてるだけあって、海水全てが氷と化しているらしい。氷の中に登録した剣が埋まっており、これもまた固有結界だから為せる世界なのだろう。

 

「またこれは……みすぼらしい世界に変わったものだね。これ、君のじゃない(・・・・・)だろ?」

 

「誰だろうが、なんだっていいだろ……」

 

「ま、それもそうか」

 

 派手な号令などない。

 同時に、お互いの武具がノーモーションで撃ち出された。

 氷の海を割って、氷柱のごとく飛んでいく無限の剣。対するは暗雲の隙間から金色の霰かと錯覚するほど絢爛な宝物の数々。

 

「なるほど、墓場なことには変わらないらしいね」

 

「抜かせ!!」

 

 剣片のダイヤモンドダストと金色の霰を掻い潜る。胸部に直接剣の道を作っても、あの腕に壊されるだけだ。なら。

 五十四の魔術回路が焼け付くほどの魔力を叩き込み、身体強化。ジェット噴射した体は剣を足場に奴の右腕へ飛び乗った。

 これなら、奴も迂闊にはこの巨体に干渉出来ない。直に触れないよう剣を突き刺し、それを足場に駆け上がる。

 

「ははあ、考えたね。僕は確かにこの体の都合上、そこまで腕を伸ばせない。急がば回れなんて古典的なことも、こうすれば効果的なわけだ」

 

「、何が言いたいんだ、テメェ……!!」

 

「いや。乗ってあげようと思ってね。ほら、早くしないとイリヤや美遊が完全な魔力タンクになっちゃうだろうし、ね?」

 

 コイツ、言わせておけば……!

 舌打ちして、迫ってきた大剣を同じ大剣で弾く。

 確かにイリヤと美遊は今、小聖杯として奴の体のパーツになっている。そんな状況が続けば、どんな影響が生じるか分からない。下手をすれば、そのまま無機物になる可能性だってある。

 逸る気持ちはあるが、気を抜けば死神の鎌はいつだって首元を狙っているのだ。ここは慎重に、

 

「それに」

 

 と、呼び寄せた槍でまとめて宝具を打ち返したときだった。

 

「僕の財宝がこんな世界に劣ることなんて、有り得ないだろう?」

 

 背後にゆらぎが出現する。

 前しか注意を割いていなかった。

 故に、感知が遅れた。

 

「ぃ、ぎ!?」

 

 音速を越えて放たれた槍の宝具は、無限の剣の防衛ラインを易々と抜け、左肩を貫いた。何らかの細工があったのだろうか。貫いた瞬間槍の穂先が銛のようにかえしがあったようで、さながら肉食獣に噛みつかれたかのごとく前に突き飛ばされた。

 鮮血が長い線を描いて飛び散る。ただ前に移動しただけなのに、三秒も地に足がつかない。そして、恥も外聞も捨て去れと言わんばかりに転がされる。

 

「ぁ、がぐ……!! これ、は……!! ゲイボルクか……!?」

 

「その原典だね。海獣クリードの頭蓋を削って作られたモノさ。君、あの野良犬と因縁があるんだろう?」

 

 この際当て付けなんて気にしている場合じゃない。ゲイボルクを抜けるか試すが、ダメだ。かえしが茨のように体に食い込んでいて抜こうにも抜けない。もしこのまま抜けば、左腕は皮一枚繋がっただけの肉片になってしまう。

……抜かなければ何ら問題はない。だったら、まだ、やれる。

 

「う、おおおおおお……ッ!!」

 

 吠えて、一歩。力強く踏み出して、あとはもう左肩に突き刺さった槍など意識から追い出す。少し剣は振りにくいし、走りにくいが関係ない。それより、今はイリヤ達を助けないと全て手遅れになる。

 

「ぁああああああああああああッ!!」

 

 体裁なんて知ったことじゃない。叫んで痛みを紛らわす。腐りかけて悪意に塗り潰されかけた脳への信号を誤認させる。

 止まるな。

 止まったところで何になる。

 手元には、無限の剣があって。

 足はまだ動いている。

 だったらいつもと何も変わらない。

 前へ、前へ、ただ前へ。

 この絶望を打倒せずして、何が正義の味方かーー!!

 

「馬鹿だとは思っていたけれど、救いようがない阿呆でもあったね、君は。こんな世界のために命を賭すなんて」

 

「うる、せえ……! てめえなんかに分かってもらおうなんざ、思ってないんだよ!!」

 

「だろうね。僕には理解出来ないよ。こんな脆い世界を守る意味がね」

 

 王の財宝は更に激しさを増している。

 背後だけじゃない。上、下、横、斜め。三次元的な配置で放たれる王の財宝は脅威だ。それが無限の剣製より質、速度が上なら尚更だ。

 三百六十度全方位から首を狙われる。

 無限の剣製でもカバーしきれないほどの財宝の数々。

 

「……くそっ……!!」

 

 追い付かない。

 前に進みたいのに、後ろへ下がらされる。

 同じ剣を合わせることすら億劫。がむしゃらに突き出した剣は簡単に砕かれ、あるいは弾かれ、痺れた手の平が空を掻く。

 走るどころか歩けない。

 無限の剣は夢の破片へと還される。

 そして同時に、一つ、また一つと脳が撫でられる。

 思い出が業火に燃える。

 

ーー、ーー、……、ーーーー。

 

 指標が消える。

 俺を作り上げてくれたモノが、人に戻してくれた記憶が、全部。

 人としての強さも、魔術師としての弱さも。

 人としての弱さも、魔術師としての強さも。

 一つの例外なく、消えていく。

 振り返ることを止めても、もう遅い。

 後退を余儀なくされ。

 いつしか足は、奴の体どころか、凍った海にまで戻されていた。

 

「は、ぐ、……が、……っ、ぁ……!!」

 

 ぽた、と汗が混じった血が四肢から滴り落ちる。

 酷いモノだった。

 左肩のゲイボルクは既に骨にすら根を張り、動かせばそれだけで肉は裂かれ、左腕は千切れるだろう。

 全身の王の財宝による切り傷は、全て五センチ以上も深く刻まれており、さながら穴の開いたビニールホースみたい。

 そして、そんな傷すら黒く染める呪いの痣と、記憶の焼失。既に手足は鉛よりも鈍重になり、思い出そうとする脳の動きは亀の歩みよりも遅くなりかけていた。

 剣を支えにしていてなお、膝をついてしまう。

 死を感じさせ、諦めへ落ちるには余りに簡単な状況だった。

 

「ふむ。戦い始めてから五分も経ってないんだけど……まぁ、こんなものか」

 

 ギルガメッシュが巨体を悠々と動かす。雑音と空間があべこべになった墓場のような世界だからこそ、奴の強大さ、強靭さが滲み出ている。

 届かない。

 イリヤと美遊までたった数百メートル。

 もう何も変えられない過去より、よっぽど近い距離。

 だがこれは近くても、その距離は実に数千年前の怪物によってそれ以上に開いていた。

 

「君と僕では、生命として絶対的なまでの性能差がある。だからこんな世界を作ったところで、僕の財宝に対しカウンターになり得たとしても。十全に発揮出来ないのであれば、怖くなんてないのさ」

 

 簡単な話だ。

 俺では、この世界の全てを扱い切れるが、それはあくまで中途半端、魔術師の範疇でしかない。

 そしてギルガメッシュは、財宝全てを扱いきることは出来なかったとしても、自分なりに有効活用し、戦争にまで昇華させた。

 端から勝負になんてならない。

 元よりこれは、人と人の戦いなどではない。お互い兵器を指示一つで無尽蔵に撃ち続ける戦争だ。

 それに長けていたのが、ギルガメッシュであり、奴の財宝だっただけのこと。

 

ーー諦めろ。

 

 呪いの声は耳陀をしきりに叩いていた。

 最初から、戦う必要もなかったと。

 わざわざ負けて、死ぬのであればそれは無駄でしかない。

 それでも。

 くるくると手元に回ってきた、夫婦剣。それを受けとると、よろつきながら構える。

 

「……しぶといね、相変わらず。まあだろうなとは思ってたよ。でもさ」

 

 奴は双眸を妖しく光らせると、

 

 

「ーー君はこの戦いで勝ったとして、それでどうするんだい?」

 

 

 俺の心を、折りにきた。

 

 

「……なに?」

 

「まさか。君は真っ正面から説得でもしようって言うんじゃないだろうね? だとしたら傑作だ、君は喜劇の主役になれるよ」

 

 英雄王は攻撃してこない。ただ話をするだけだ。

 なんだっていい。

 今なら前に進める。前に進んで、それで全部終わりだ。

 なのに、

 

「そうやって君はイリヤスフィールや美遊を、助けたとしよう。それで? 君はその後元の世界と今の世界、どちらかを選ばなくっちゃならないことを忘れてないかな?」

 

 奴は、見たくもない現実を理解させようとする。

 

「元の世界を選んだとしよう。君はあの乱雑でありふれた悲劇の現実に戻れるが、しかしイリヤスフィールをまた切り捨てなければならないし、美遊は兄が死んだ記憶を受け入れなければならない」

 

 奴の腕の上。妨害は言葉だけ。先より移動は驚くほど楽だし、歩いていても数分で辿り着ける。

 

「今の幸せな理想のままであれば、イリヤスフィールと一緒に生きていけるし、美遊は自分の運命によって兄を殺した記憶を思い出さなくて済む。ほら、クロだっけ? あの子も真っ暗な場所で寂しく一人にならなくていい」

 

 なのに、どうしてだろう。

 体は動くのに。

 脳が走れと命じているのに。

 心が、止まりかけている。

 

「その代わり、君が今まで守ってきた人達全てに偽りの役を押し付けて、千秋楽のない演劇の始まりだ。ほら、選びなよ。君はどっちがいいのかな?」

 

「……」

 

「ああ、君は明白にしておいた方が答えやすいタイプか。他人に叶えてもらった理想(・・・・・・・・・)か、自分では決して届かない現実(・・・・・・・・)か、君はどっちがいい?」

 

 止まりかける足に夫婦剣の柄をぶつけ、馬車馬のように走らせる。

 止まらない。

 酸素なんて要らない。

 無呼吸で奴の喉元を食い千切ってやらないと、もう、走れなくなる。

 知らない間に、額の汗は冷や汗に変わっていた。

 そんな俺を見て楽しそうに、

 

「おいおい、そんなに悩むことかい? 君は正義の味方なんだろう? だったらほら、誰かを悲しませちゃいけないだろう? イリヤと美遊も、共に家族を失っている。その傷を受け止められるほど、彼女達は大人かな?」

 

「……受け止められる……二人は、お前が思っているほど、弱くなんて……!!」

 

弱いさ(・・・)。じゃなきゃ、二人はどうして僕の中に居るのかな?」

 

 足を剣の道から滑らせる。泥の上に倒れ、内側からの呪いが呼応してその声を荒げた。

 独り善がりな偽善者め、と。

 

「イリヤスフィールは衛宮士郎という家族が居たから、魔術に関わっても最後まで折れることはなかった。美遊に至ってはほら、自身の罪から逃れるためにこの世界を作った。君を愛しのお兄ちゃんと呼んでね」

 

 起き上がろうとして、力が抜ける。

 左手の感覚がない。痛覚どころか暑い、冷たいといった五感すらない。

 目をやって、心臓を鷲掴みにされた。

 そこにあったのは、赤黒く染まった肌。蠢く泥に堕ちてしまった、もう俺のモノではないナニかだった。

 

「それを、君は壊した。彼女達だけじゃない。君という存在がこの世界の理を壊したのさ」

 

 動かない左手を構ってられない。

 幸い、右手がある。右手の代わりは操作した剣で補えば何ら問題は、

 

 

「まあ、この世界はあと二ヶ月もしない内に消える(・・・・・・)けれど」

 

「……、」

 

 

 今度の今度こそ。

 そこで、ぴたりと足が止まった。

 

 

「おや? 止まったね。そんなに気になる話題かな?」

 

「……どういう、意味だ」

 

「どういう意味? はて、どれのことか……僕は色々話したからちゃんと質問してほしいんだけど」

 

「この世界が消えるって、どういうことだ!! 答えろ、ギルガメッシュ!!!」

 

「……等価交換くらいは、君も知ってるだろう?」

 

 英雄達の王は、それこそ憎たらしいほど明確に事実だけを伝える。

 

「美遊は瞬間的な力だけなら、大聖杯に匹敵する、とはさっき言ったけれど、じゃあどうしてそんな機能を持っておきながら、人としての人格を保っていられる? 小聖杯ですらサーヴァントの魂を数騎蓄えれば人としての機能は失われるのに」

 

 美遊は神稚児だ。

 なら、その力の源は……。

 

「……美遊の命」

 

「正解。美遊は類い希なる神稚児としての才を持ってはいるが、所詮は人の器。神様の役割を果たすにはちょっと消耗品が過ぎる。そして今の美遊は、その神稚児としての力を使って何をしていたかな?」

 

 思い当たった。

 思い、当たってしまった。

 最悪の結末に。

 

「……世界の、改変」

 

「そう、世界の改変さ。四ヶ月。それを虚構の世界ではなく、抑止力が働く現実世界で行えば、命なんていくつあっても足りない。君の幸せな理想のために、美遊はその命が尽きようとしている」

 

 そう。

 ここは美遊が望んだ、衛宮士郎ーーつまり俺の理想の世界でもある。

 そのために美遊はその命を費やした。

 ただ、兄の幸せを願って。

 その願いが、彼女にとって幸せでありながら、その身を蝕む猛毒だったなど、なんて皮肉だろう。

 

「でもそれも、二ヶ月すれば神稚児としての機能に命を吸い取られて終わり。そうなれば嫌でもこの世界は終わる。

 ね? だから言ったろ? 君が勝ったところで、負けたところで、選ばなきゃいけないって」

 

「……、」

 

 じゃあなんだ?

 俺が守ろうとしているのは、なんだ?

 

ーー■■■■う、■兄■■ん!

 

 記憶が、喰われる。

 これは何の記憶だっただろうか。

 何か手に持っていて、三人の女の子が、お礼を言っているように見える。

 つい最近だったことは覚えているけれど、何の記憶かまではもう、覚えていない。

……そうか、今分かった。

 これも美遊による世界改変の産物。俺は衛宮士郎であり、美遊の知る衛宮士郎ではない。違う情報があるバグだ。世界からの修正力だと思っていたこれは……美遊から受けていた改変だったのだ。

 それが今、アンリマユの呪いと合わさり、記憶を数倍の速度で奪っているのか。 

 

「……ぁ、」

 

 時間が経てば経つほど、自己を保てなくなっていく。

 衛宮士郎というパーソナルが、びりびりに破かれていく。

 すがるものを忘れ、目指す道は閉ざされ、守る対象は全てどうすることも出来ない。

 どうすればいい?

 どうすれば、何をすれば、俺は、みんなを、助けられる?

 地獄だった。

 考えれば考えるほど何かを忘れる今、生きていれば生きているほど後悔し続ける今、何も聞きたくないと耳を塞いでも苛烈な被害者達は囁き続ける。

 十一年前の地獄よりも更に上の、地獄。

 あらゆる責め苦を同時に味わう最悪の地獄だった。

 

「さて。じゃあそんな君に提案しようか。一つ、簡単なことを」

 

「提案、だと?」

 

 いっそ口が思わず滑ったとでも言うように、

 

 

「簡単さ。こんな世界、諦めてしまえばいい(・・・・・・・)

 

 

 奴は、悪魔のごとくそう持ちかけた。

 

「ここに居るのは死人の情報を元にした偽物か、生者を上書きした偽物だけさ。君がそれらの上書きから外れた生者で、この世界の理をイリヤ達が知った以上、もう元の関係になんて戻れるわけがない……だとすれば、今ここで戦うことそのものが無意味だ。だってほら、守ったところですぐ死ぬだろう、みんな? そんなの守ったところで無駄でしかない」

 

「無駄なんかじゃ……!!」

 

「じゃあ君に、死者が救える(・・・・・)のかい?」

 

……それは。

 それは。

 右手を強く握る。爪が皮膚を食い破り、骨まで削った。

 衛宮士郎は世界の改変なんて出来ない。

 衛宮士郎に世界は救えない。

……今も泣いてる死人を、本質的に救うことは、決して、出来ない。

 その記憶を燃やしても。

 命を使い切ろうと、絶対に。

 その結果。

 顔も分からなくなってしまうであろう誰かなど、救えはしない。

 

「何も恥じることなんてない。人の子どころか、神ですら、この楽園を永久に維持することは不可能だ」

 

 奴はそう話しながら、王の財宝を俺の周囲に展開する。

 連なるそれは、まさしく処刑台だった。

 何かしなければ死ぬ。

 衛宮士郎は死ぬ。

 けど、何をすれば?

 何をしたら、俺はみんなを救える……?

 

 

「諦めろーーーー死者は、誰にも救えない」

 

 

 瞬間。

 英霊すら屠る、極死のギロチンが数十本単位で襲い掛かってきた。

 

「ーーーー、ぁ、」

 

 死んだ、と思った。

 これまで死を感じたことは何度かあるが、これは決定的と言ってもいい。

 だから、走馬灯だって流れ始めていた。

 

ーー■■■■■。

 

 時間の感覚が引き伸ばされる。

 脳裏を流れていく景色は、どれも曖昧で。

 どの記憶も鮮やかだったのに、真実を知った後では、それは結局死人の再現でしかない。

 色褪せていく。

 あんなに楽しかったのに、きっと得難いモノだったのに。

 枯れてしまった花のように、地に墜ちて、風化していく。

……これは罰なのか。

 理想を求め、叶わなくてもいいからと、手を伸ばそうとした愚者へ与えられた、末路なのか。

 理想で成り立った世界。

 それは虚像と我が儘で構成された、幼稚なモノだと。

 諦めろ、と奴は当然のことを告げた。

 死者は誰にも救えない。

 そんなこと、ずっと、ずっと前から知っている。

 だから救えなくなってしまう前に、守ろうとした。

 全てが終わってしまった後では遅いから、そうならないようにと。

 でも間違いだった。

 何もかも遅かった。

 

ーー……だったら、どれだけ一緒に居たいって思っても、それはいけないことなのかな。それがお兄ちゃんでも、一緒に居たいって思っちゃいけないのかな……。

 

 美遊の言う通りだ。

 悔しくて、涙が零れそうになる。

 分かっていた。

 ギルガメッシュの言葉が真実だということも。

 それを認められず、否定するために戦っていただけであって、もうどうしようもなく事は進んでしまっていることも。

 全部、分かっていたのに。

……分かって、いたのに。

 

 

 

 

 

ーーお■ちゃ■。

 

 

 

 

 ああ。

 それでも。 

 今も、思い出せることが幾つもある。

 

 

 

 

 

ーーお兄ちゃん。

 

 はっきりしなくて、色褪せていて。

 だから、一番思い出せたのは名前を呼ばれていたときのことだった。

 枯れた花のように散ってしまった、もう戻れない時間だけど。

 それは、とても心地よかったのだ。

 その響きは、その記憶は。

 いつも、一人じゃなかったんだ。

 

ーー士郎。

 

 誰かが俺を、呼んでくれる。

 笑って、なんてことないように。

 血の通った顔で、みんな俺の側にいてくれて。

 それは奇跡だった。

 もう二度と聞けないと思っていた。

 

ーー辛そうな顔して。また、わたしにそうやって嘘つくんだね。

 

 だから。

 お前が泣いている顔だけは。

 もう二度と、見たくなかったんだ。

 

 

「ーーーーああ」

 

 

 まさに一瞬のことだった。

 走馬灯から現実に帰った瞬間。

 ギルガメッシュの脳天を、三本のロングソードが串刺しにした。

 

「……貴様」

 

 奴の殺気が倍にまで膨れ上がる。

 三本のロングソードはたちまち弾かれ、地面へ落ちていく。傷など無かったかのように復元する。

 それを気にする余裕はない。

 何せ、野郎の攻撃を防ぐ分の剣すら、脳天にお見舞いした。

 反撃の代償は、実に三分の一の肉を削がれた右太股。

 だがそれをおくびにも出さない。

 

「なぁ。知ってるか、ギルガメッシュ?」

 

 笑って、言ってやる。

 

「イリヤってさ。俺の前で、楽しそうに笑うんだよ」

 

「……なに?」

 

 予想通り、困惑している奴に続けて、

 

「イリヤだけじゃない。爺さんも、アイリさんも、セラも、リズも、クロも、美遊も。みんな、笑ってるんだよ。時には泣いたり、怒ったりするけど。でも、なんでもないときが楽しくて、だから、笑ってる」

 

「……身体どころか、頭まで壊れたか?」 

 

「かもな」

 

 皮肉を否定しない。

 だって、気づいてしまったのだ。

 

「俺、知らなかったんだよ。イリヤがあんな風に笑えること。あんなに綺麗で、幸せそうで。なのに儚くて」

 

 覚えている。

 まだ、覚えている。

 その最後の顔を。

 鮮烈な傷痕のように。

 

「聞こえるんだ、泣いてる声が。イリヤが、美遊が。ずっと笑っていてほしいと、そう思っていた子が、今、泣いてるんだよ」

 

 死人なのかもしれない。

 あと数か月もすれば消えるだけの、ただの願望器なのだろう。

 でも。

 どうすればいいか分からなくなって。

 泣くことでしか感情を表現出来なくて。

 だから。

 

「俺はイリヤも美遊も、どっちも助ける」

 

 だからきっと。

 こんな地獄から、救いだしてほしかったんだ。

 

「……そのために、元の世界を捨てるか?」

 

「捨てない」

 

「あと二か月で美遊の命が消え、この世界も消えるのに、それはどうする?」

 

「そんなことはさせない」

 

「元の世界も捨てず、かといって今の世界も見捨てられないだと? 事情を知ってなお、君はそんな馬鹿げたことを言うつもりか?」

 

「ああそうだ、ギルガメッシュ。事情は分かった。だからとりあえず(・・・・・)全員助ける。でもこれは、誰だって無意識に考えることだ」

 

 そうだ。

 状況が余りに複雑だから、大事なことが何も見えていなかった。

 

「元の世界か、今の世界か。どちらかしか選べないなんて、そんなこと知ったことか」

 

 十一年前。

 あの地獄から逃げながら、沢山の断末魔を聞きながら。だからこそ願ったのだ。

 どうか、覆してほしいと。こんな地獄から、一人の例外なくみんな助けてほしいと。

 

「忘れてたよ。そんな選択肢で、俺はずっと後悔してたこと。みんな助けたかったのに、何も出来ずに蓋をして、悟ったように走り続けて」

 

 そうして今、また地獄がある。

 なら、今がそのときだ。

 その全てを背負って俺は進む。

 

「方法も、手段も。何も思いついてなんかいない。だけど、誰だって全てが救われてほしいと願うだろう。どうか頼むって、そう訴えるだろう。どんなに夢物語だったとしても、一度は、第一希望にするだろう!

 ならそれが一番正しいことだ。それが俺の目指す道だ。それ以外の道なんて、もう俺は要らない」

 

 その道は困難を極めるだろう。

 一人で走ればたちまち、死んでしまうだろう。

 それでも、もう絶対に逃げない。報いを受けながらでも、走り続けないと誰も救えないなら、俺はその茨を断ち切ってやる。

 

「分かっているのか……?」

 

 ギルガメッシュは心底理解出来ないと、

 

「貴様の言っていることは、結局誰かを助けるのではなく、全てを助けようと全てを零す(・・・・・・)最も愚鈍なやり方だ。それでも貴様は、」

 

「それ、泣いてる誰かを見捨てる理由になるのか?」

 

「、……」

 

 ほんの一瞬。

 一瞬だけだが、あのギルガメッシュが、言葉を失った。

 それも当たり前か。

 奴からすれば、絵空事。それを叶える方法はなく。そんなモノのために死にかけている。

 なのに俺はそれのために、謳う。

 

「善悪で言えば、きっと俺のやろうとしていることは、悪なんだろう」

 

 がくがくと、しきりに笑う右膝に一発拳を入れ、立ち上がる。

 

「けど。泣いてる誰かを見捨てる正しさなら、俺はそんなもの微塵も要らない」

 

 相手は未だ無傷。

 固有結界を維持出来る時間は、もう二分とないだろう。

 アンリマユの呪いは既に左上半身を覆い、首が内側から腐り始め、記憶は思い出すという行為が億劫なほどだ。

 だが、そんなことは関係ない。

 肩のゲイボルクを引き抜く。本当に骨すら引き剥がされる痛み、掻き出される血液。

 

「そこに助けを求める人が居る限り。俺は命を懸けて、その誰かのためにこの無限の剣を振るい続ける」

 

 しかしまだ立っている。

 何故なら俺は全てを助け、救い、守る者。

 無辜の民の盾であり、剣であり……そして鞘である存在。

 

「お前がここの全てを破壊するのなら。俺は、全ての人々をこの世界で守ってみせよう」

 

 故に呼び名は正義の味方。

 いかなる時代、いかなる悲劇にも直面するが故に、永久に人々の内で渇望される都合のいい神様(デウス・エクス・マキナ)

 

「この地獄を終わらせる。いくぞ英雄王」

 

「……その先は地獄ですら生温いぞ、贋作者」

 

「それはお前が出来なかったからだろう。最初から守れないと考える馬鹿になった覚えは一ミリもない」

 

 一蹴する。

 無手だった右手に、剣が収まる。

 その切っ先は、奴の脳天。

 倒すべき敵へと突きつけられる。

 

「……君は馬鹿でも阿呆でもないな。愚か者、でもない。本当にそう信じきっているか」

 

 く、とギルガメッシュが口を歪めた。

 それ以上何も言わなかった。

 目の前の小さな塵芥のような存在だろう俺には、どんな言葉も通じないと呆れたか。

 だからそこから、言葉なんて無粋極まるモノは捨てた。

 ドッ!!、と。

 瞬時に撃ち出される王の財宝と、無限の剣製。

 さながらそれは獣の大きな群れが互いを食い合うような、そんな一つの意思のぶつかり合いだった。

 

「……馬鹿の一つ覚えか」

 

 ギルガメッシュが吐き捨てる。

 先と何も変わらない。俺は奴の財宝をひたすら捌き、徐々に押し返される。

 それも当たり前。

 いかに俺が意志を持とうとも、それで無限の剣製に分かりやすい変化があるわけじゃない。

 更に片腕が動かないという、最大級のデメリットすらあるなら、むしろ精彩さが欠けていた。

 無限の剣は壊され、至高の財宝達は変わらず輝きを放ち続ける。

 それも一つの縮図。

 本物だけが暴虐を許され、偽物はそれだけで砕かれる。

 けど。

 その偽物が無限であるのなら、続けていけば届くことだってある。

 

「……!」

 

 魔術回路が異常なまでに唸りをあげる。

 アクセルを踏み砕く勢いで、魔力を左手を重点的に、全身に送り込む。

 途端に、それまで動かなかった左手が、踊るように剣を取った。

 

「……なに?」

 

 奴の顔を見る暇すらない。

 だが怪訝な顔をしていることだろう。

 呪いに支配されたハズの左腕は今、確かに、脳からの信号を受信しているのだから。

……簡単な話だ。

 回路すら溶けるほどの呪い。だがそれを外と内から受け続ければ、いかに魂すら溶けようと、慣れる(・・・)

 後は腕に魔術回路を即席で作り、それを神経に繋げてやればいい。

 命がけの作業ではあるものの、なに、今に始まったことじゃない。五年以上習慣である自殺行為なら、どうやったところで出来る。

 無論、両腕が使えるようになったところで奴には勝てない。

 だから。

 

「ーーッ!」

 

 足りない力は、()で補った。

 処理限界を突破した脳。熱を発し、全身の魔術回路が断裂しながらも、なお体は動く。

 細い糸を束ねるように、剣の世界そのものを奴に叩きつける。

 まるで俺だけ加速したようだった。

 ざ、と世界に走るノイズが更に大きくなる。それを薙ぎ払うように剣を振り続け。

 そして。

 奴の財宝その全てを、俺の剣製は弾き返した。

 

「……馬鹿な」

 

 まぐれなどではない。

 間違いなく、俺よりも奴が全てにおいて上だ。

 だが。

 この世界では上回る。

 叶えられた理想を守るため。

 英雄の領域に押し入り、玉座に傷をつける。

 

「どうした、展覧会やってるんだろ? なら一回だけでも本物が偽物に負けてどうすんだ、コレクター? アンタの宝はそんなもんだと思っていいのか?」

 

「……クッ」

 

 奴が小さく、俺の言葉に口の端が裂けた。

 ただそれまでの傲慢さが消え、代わりに今まで感じたことがないほどの怒濤の意志が発露した。

 怒気。

 己の財が一部でもある奴にとって、余程効いたのか。

 混じり気が一切ない、世界すら軋ませる殺気が俺一人にのみ向けられる。

 

「……教えてやろう、贋作者(フェイカー)。本物が持つ価値を。偽物の無価値さを。貴様の贋作なぞ、所詮(オレ)の財の錆にすらならないと」

 

「そうか。言ってろ、金ぴか」

 

 英霊すら震え上がるほどの殺意。

 だが、そんなものはこけおどしだ。

 何も怖がることなく、敵を見据えるだけでいい。

 

「返してもらうぞ、あの子達を」

 

 刻限はもうすぐ。

 されど魂は未だ死せず。

 剣の世界は、まだ一本たりとも錆びてなどいない。

 ならばこそ謳おう、夢の物語を。

 幸せな世界を。

 この世が果てるその日まで。

 

 

 

 

 


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