Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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エーデルフェルトの家族~変わらないこと、変わっていくこと~

ーーinterlude11-1ーー

 

 

 美遊を無事に保護し、三日が経った。

 幸いバゼットが美遊に暴行などした跡はなく、魔術を使用した形跡こそあれど、一時的な自失状態にさせる暗示程度だった。恐らく聖杯としての機能が暴走しかけた美遊を、押さえ込もうとした結果だろう。

 その美遊本人も、もう暴走の兆候は見られない。隠し事もなくなり、新たに心をさらけ出せる居場所が出来たことで、精神衛生的にもよろしい。今も士郎ーー正確にはイリヤの兄ーーを殺してしまったことには、深く悩み、傷ついているようだが、それでも一人で抱え込むことは止めたようだった。

 

(……まあ、正直あの子のことに関しては、全て事実だしね。故意か過失かなんて、本人からしたら同じことだもの)

 

 凛はエーデルフェルトの屋敷を掃除しながら、改めてこれまでのことを考える。

 比較的傷の浅かった凛は、既に美遊から粗方の事情を聞き終えていた。

 美遊が何者であるか、どういう状況にあったのか。

 神稚児信仰、というものがある。

 いわゆる稚児、つまり子供の死亡率が高かった時代において、稚児は神と人の中間の存在であると考えられることもあった。その稚児を人前に出さず、崇め、祈願することを神稚児信仰と言う。

 美遊もそうした神稚児信仰の生き残りらしい。

 名を朔月(さかづき)美遊。

 それが、神稚児として生きてきた美遊の最初の名前であり。願いを叶える力を持つ、願望機の誕生だった。

 

(にしても、願望機の機能を持つ家の名が、サカヅキとはね……)

 

 もしそれがただの偶然なら、とんだ偶然もあったものだ。

 神と人の中間と崇められるほどの、強大な力。それは稚児の命を削って起こす奇跡だ。これはあくまで凛の見立てだが、最初の神稚児は恐らく五度目の誕生日も迎えることなく死んだだろう。とすれば、美遊とて例外ではない。

 しかしそんな力も、七歳を過ぎれば力そのものは消え去るという。朔月家はそうして、神稚児を七歳になるまで屋敷に閉じ込め、力が消えたことを確認してから普通の子供として育てるのだ。

 優しい、愛の溢れた行為と言えよう。それが数百年一つの例外もなかったのだから、朔月家の真摯な願いが凛にも伝わる。

 ただし美遊の場合、少々事情が異なっていた。

 

ーー……でも七歳を迎える前に、朔月家は崩壊しました。エインズワースの手によって。

 

 エインズワース。置換魔術の使い手であり、千年続く魔術の大家。そのエインズワースがとある目的のために行った実験で、朔月家のみならず平行世界の冬木市は地図の上から消えかけたほどの、大災害が起きたのだとか。

 何の実験かは美遊にも定かではない、問題はそのエインズワースの目的だった。

 人類の救済。

 この世全ての人を救う、それがエインズワースの目的。

 

「……」

 

……美遊の住む冬木市は、人口がとても少ない。エインズワースの実験もそうだが、本当に少ない理由は他にあるのだ。

 本来、この地球にはマナという生命の塊が充満している。これがあるからこそ花は芽吹き、空は澄み渡り、海は青く、そして魔術が使える。生命の息吹、それがマナだ。

 ではそのマナが枯渇し、かつ惑星規模で天変地異クラスの災害が起きてしまったら、どうなるだろうか?

 その答えはただ一つーー地球という星の死であり、生命全ての死と同価である。

 花どころか草木は枯れ落ち、空はくすぶる毒を生み出し、海は泥のようになり、人は死ぬ。

 

(普通ならあり得ない。けど)

 

 それはあくまで凛が住む世界の話。つまりそれがあり得た世界が、美遊の生きていた世界なのだ。

 そしてエインズワースが行うのは、美遊という願望機を使った、人類の救済。

 星を復活させるのは等価交換では不可能。

 人を進化させ、単一で完成した存在へと押し上げる。

 つまりーー人類全てに第三魔法をかけ、地球という惑星の軛から解き放つ、それがエインズワースの目的なのだ。

 

「……極東の島国で礼装を回収するだけだったのに、いつの間にか聖杯だの第三魔法だのに巻き込まれるとはねえ……」

 

 いくら将来魔法に挑むとはいえ、まさかこんなに早くそんな争いに首を突っ込むことになろうとは。凛からすれば望むところだが、既に何百歩も出遅れた状態でレースに放り込まれたところで勝てるとは思い上がってはいない。

 第一星が滅ぶか滅ばないかの戦争なんて、それこそ英雄の領域だ。ましてや美遊がその戦争において、第一に切り捨てられるべき存在。今後敵対したとき、その天秤にかけるのは人類全ての命と、美遊たった一人の命だ。世界そのものを相手取り、生きていられる確率などゼロに等しい。

 何より、出来るのか?

……その世に住む人々を犠牲にし、美遊を選ぶことが。

 

「……はあ」

 

 直面する問題は、まるで銀河のように渦を巻いて、一つ一つ数えればキリがない。それこそ隕石のように、一つの問題が落ちれば大惨事だ。

 一人で考えたところで、どうにかなるわけがない。

 凛はこの三日で何度もそう自問自答した。しかしそれが逃げであることもまた、理解していた。

 

「……一人か、何億人の命かなんて、誰が選べるんでしょうね」

 

 少なくとも凛には選べない。選ぶには、美遊という個人を知りすぎた。だからこそ、相談する相手が必要だ。

 あの戦いで心身ともに傷ついたルヴィアと士郎は、エーデルフェルト邸の一室に治療と称して押し込められている。傷自体は完治しているが、念のためだ。

 まだ二人には美遊のことを全く話していない。掃除も終えたことだし、顔を見せるついでに話してみよう。

 凛は二人の居る部屋へ足を向ける。

 二人が療養している部屋は、屋敷の端にある客間の一つを改造して使っている。それ故、少し特殊な造りになっていた。

 

「シェっ、ローー!!」

 

 中からルヴィア(馬鹿)の声が部屋の外まで聞こえてくる。うんざりしながらも、凛はドアを開け放った。

 そこには、少し、かなり、いや大分可笑しい光景が広がっていた。

 二つあるベッド、ここまではいい。包帯でぐるぐる巻きになった士郎がその一つに寝かせられている。これもまあ、当たり前だ。あんな体で外に出たのだから。

 ただもう片方ーールヴィアの寝床が明らかに可笑しかった。

 ルヴィアが寝てるのはベッドではなく、ハンモックだった。しかも包帯のハンモック。さらに言えばルヴィアを押さえ付けるように包帯を巻き付けて、壁にくくりつけて宙ぶらりんな形になっていた。

 一言で言えば、金色のサナギである。しかもぶんぶん体を振って動かしている。ぶっちゃけ都市伝説にでもなりそうな感じなのであった。

 

「はいルヴィアさん、まだ寝ててくださいね。あなたの精神はズタズタだったんですから。しばらくは激しい運動を控えろと言ったハズですが?」

 

 尺取り虫にも近い、ゴールドワームルヴィアにそうストップをかけたのはセラだ。士郎の世話と称し、ここ三日は家事をリズに任せて一日の大部分をこの一室で消費している。士郎とルヴィアの治療とか何とか言っているが、十中八九ルヴィアのストッパーである。

 

「ええ、ですがそれはシェロも同じハズでして、ならばと私が寄り添って少しでも回復出来ればと……」

 

「ははあ? では何ですか? そうやって包帯の上でも分かる脂肪の塊で寄り添っていくと、そう言いたいわけですか? ははあ?」

 

「あ、いえなんでもないです」

 

 バギボギと笑顔で指の関節から怪音を鳴らすセラに、たまらずいつもの余裕を無くして大人しくなるルヴィア。そんな横で、ぐーすか寝てるもう片方の病人は呑気なモノだ。

 正直入りたくないが、バイトしてる以上身内なので(あくまで形式的に)、凛はミスパーフェクトモードで対応する。

 

「うちのがすみません、セラさん。ただでさえ衛宮くんの看病でお疲れでしょうに」

 

「あ、いえ。今回は士郎がまたお世話になりましたので……そればかりかこんな場所までお借りして、なんと礼を言えばいいか……」

 

 その割りには恩人を容赦なく簀巻きにするんですね、とは言わない。元々士郎が負傷したのも美遊、つまりこちらの不始末であり、こうやって部屋を一つ提供したのもルヴィアからの謝罪も込みなのだ。それにかこつけて既成事実でも作ろうと考える辺りがホントにどうしようもないくらいの最低金メッキ野郎なのだが。

 

「ルヴィアゼリッタも、一日経てば懲りると思っていたんですが。思ったより粘着質で薄汚く、ノブレス・オブリージュの欠片もなかったようです」

 

「それだけのバイタリティーがあれば、うちの子供達の肉壁ぐらいにはなるので頼もしい限りですよ」

 

 さらっと最上級のスマイルで使い捨ての身代わり人形認定されたぞオイ。ぐっと堪えた自分に凛は拍手を送りたくなる。

 とりあえず、

 

「アンタはいい加減諦めて寝ろ」

 

「ウガブッ!?」

 

 いつまでも見苦しい雇い主のどてっ腹に一発かましておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうやって、三人で帰るのは久しぶりな気がする、とイリヤは胸中で考えていた。

 左を見ればクロが居て、右を見れば美遊が居る。この三人での登下校はまだ一ヶ月しかやってなかったし、大抵クロと喧嘩になったり、美遊を襲おうとするクロと喧嘩になったりで騒がしかった。けど、それがいつの間にか当たり前になっていたんだなと、今更ながらイリヤは気づいた。

 けど、一つだけ違うことがあるとすれば、今日は騒ぐこともなく、淡々と口を開かず家へ帰っていることだった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 二日休んだ美遊が学校へ来た。色んなことを知って、色んなことが分かったけれど、一緒に登校し、授業を受け、ご飯も食べて、昼休みを過ごして、また授業を受けて。そして、下校のときまで三人一緒だった。

 それは一見何も変わらない。

 けれど、そこに以前と同じような会話はなかった。

 たまにかわす言葉も、ギクシャクとした、前とは似ても似つかないモノばかり続いていく。

 

(……話そうとは、してるんだけどなあ)

 

 イリヤはそんな言い訳じみたことを思う。

 登校するときも、学校でも、そして今このときですら、イリヤは何とか会話の糸口を探そうと必死だった。

 美遊と初めて喧嘩したくらいには本気で向き合った。色々偉そうに言ったのだから、自分から美遊に話してみたのだが……。

 

(ぜんっぜん上手くいかない……)

 

 はぁ、とため息をするイリヤ。

 とはいえこのまま家に着いてしまっては、結局これまでと同じだ。美遊はいつまでもひとりぼっちのまま。

 思い出す。三日前の美遊を。

 このままで良いハズがないのだ。

 意を決して、イリヤは口を開いた。

 

「あの、ミユ……」

 

「ね、イリヤ、クロ」

 

 が。それを遮って、美遊はイリヤとクロへ言った。

 

「一緒に来てほしいところがある。いい?」

 

「え? あ、うん……」

 

 不意をつかれて、イリヤは反射的に頷く。美遊はそれを見ると先導してつかつかと歩き始め、慌ててイリヤもそれを追いかける。

 同じく後を追うクロが、肘で小突きながら、

 

「ほんとアンタはトロくさいわよねえ、イリヤ。自分で話すからわたしに待ってなんて言っといて、結局ミユが話すまで待ってたじゃない」

 

「い、一応話そうとはしたもん」

 

「それであの体たらくと。やっぱりお姉ちゃんが居ないとダメねぇイリヤちゃんは?」

 

 む、となんだかカチンときたイリヤ。

 

「誰が誰のお姉ちゃんですってぇ……? 言っとくけど、わたしはクロのことお姉ちゃんなんてこれっぽっちも、ぜっったい、認めてないからね! 大体背伸びしてるようにしか見えないし! むしろわたしがお姉ちゃんだし!」

 

「はいはい。未だに夜トイレに行くのも怖くて少しビビってるイリヤちゃんはお姉ちゃんが手を繋いであげまちょうねえ~」

 

「こ、この野郎……言わせておけばねちねちと……!!」

 

「だったらちょっとはオトナとして頑張ってみることねー、このあんぽんたん」

 

 屈辱だわ、と袖を濡らすイリヤ。同時にあれだけいがみ合っていたクロとはこんなに話せるのに、どうして美遊が相手だとこんな風に話せなくなるのだろうか。イリヤは不思議だった。

 歩く。

 三人で歩いていく。

 家なんてとっくに通り過ぎた。

 住宅街を抜け、長い階段を歩きーーそして辿り着く。

 美遊が連れてきたのは、円蔵山の中腹、柳洞寺の近辺だった。美遊はその柳洞寺……というよりは円蔵山に用があるらしく、ちらりと辺りを見回した後、更に奥へ誘った。

 そこまで来れば、察しが悪いイリヤでも何処へ連れていこうとしているのか、分かった。 

 

「……ここ」

 

 そう、小さい呟きを残して、美遊は口を閉ざした。

 三人の前には今、小川が流れている。しかしその先は柳洞寺の地下へ繋がっており、水流が流れて鍾乳洞となった洞窟を抜けると、とても大きな空間がある。

 大空洞。大聖杯が眠る場所。

 

「……わたしがこの世界に転移したとき、気づいたらこの場所に居た。この世界の大聖杯がある場所に」

 

「……そして、ルヴィアさんと出会って、わたしと出会った」

 

 首を縦に振って、美遊は振り返る。

 そこには、自分を偽ることも、真実を怖がることを止めた少女が居た。

 

「わたしのことを、聞いてほしい。きっと、軽蔑すると思う。こんなことに巻き込まないでほしいって二人は絶対思う」

 

 イリヤは気付く。

 美遊の肩が、体が、小刻みに揺れていることを。

 怖いのだ。

 きっと。

 イリヤには想像もつかないような、理不尽な悪意と、救いようがない真実が待っていて。

 それに、美遊はずっと耐えてきた。

 今みたいに俯いて。

 自分だけが苦しめば良いと、そう呪いをかけるように。

 

「わたしもそう思ってる。二人を、この世界で出会った人達全てをわたしの事情に巻き込みたくない。例えどんなに苦しくても、関係ないあなた達を巻き込んだら、お兄ちゃんが何のためにあんなに頑張ってくれたのか、分からなくなるから。みんなに、泣いてほしくないから」

 

 でも。

 けれど。

 

「言ってくれたよね、イリヤ。話してほしいって」

 

 美遊が顔を上げる。

 その顔には、誰かを巻き込む罪悪感と、一人で戦わなくてもいい安心感が滲み出ていた。

 

「……もう。一人で抱え込むには、辛すぎるから……みんなに、相談、させてほしい……」

 

 その顔を見て。

 答えは一瞬の間も置かずに、出た。

 

「うん、わたし達で良ければ」

 

「今更よねえ、ほんとに。当たり前じゃない」

 

 だって。

 

 

「友達でしょ」

 

 

 息が漏れた。

 それは、声にならないほどの安らぎを、安息を得たことで漏れた息だった。

 たった十一の子供が出すには、余りにも様々な感情がそれには巡っていた。

 

「…………うん……っ」

 

 美遊はイリヤとクロに寄り添うと、自身のことを包み隠さずに話した。

 自分が神稚児であること。

 家族が全て亡くなったときに、たまたま冬木に来ていた衛宮切嗣と兄に拾われたことを。

 それから十年後、神稚児である美遊を狙って魔術師に拐われたこと。

 美遊の兄が美遊を取り返すために聖杯戦争へ参加し、沢山の人が傷ついたこと。

 美遊の世界は今、人類が絶滅する危機に立たされており、美遊はその世界を救うために犠牲にならなければならないこと。

 それでも、美遊のためだけに戦い、守るために死力を尽くした美遊の兄の願いで、ここへ来たこと。

 

「お兄ちゃんはわたしに願ってくれた。幸せでありますようにって。だからわたしは……この世界でサファイアと出会ったとき、やっぱりこうするしかないんだと思った」

 

「……」

 

 美遊の肩がまた、震える。

 

「あなた達と出会って、初めて友達が出来て。居場所が出来て。みんなに、真実を知られるのが怖くなった」

 

「……それは、真実を知ったら。わたし達を巻き込んじゃうから?」

 

「……うん」

 

 そっか、とイリヤは一言だけ返した。

 とてつもない話だと思った。

 美遊は違う世界の人で。

 神稚児で。

 その世界ではみんなが死にそうになっていて。

 そのみんなを救うために美遊は死ななきゃいけなくて。

 それでも美遊の兄は助けてくれて。

 けれど、最後にはそんな人すら置いていくことになって。

 何を言えば良いだろう。

 何か言っても、今はきっと軽い言葉になって美遊に伝わってしまう。

 が、隣でそれを聞いていたハズの真っ黒な奴はそうでもなかったらしく。

 

「……ったく。そういう事情があるなら、さっさと言いなさいよね、ミユ。一人で何とか出来る問題じゃないでしょ?」

 

「ちょ、クロ!? そんな軽く言うけど……!」

 

「軽く言わなきゃやってられないでしょ? 人類絶滅の危機に、友達が巻き込まれてるのよ? 何を言ったところで軽いも重いもナイナイ」

 

 それは……そうかもしれないが。

 イリヤのそんな複雑な感情を読んで、クロが大きく手を広げて、朗らかに笑う。

 その姿はまるで、翼を広げて飛ぶ鳥にも似ていた。

 

「結局どうだっていいのよ。友達が苦しんでる。だから助ける。もしそれが罪だと言われたら言ってやるわ、『女の子の命は世界より重いのよ』、ってね」

 

「……クロが言うとなんかやらしい」

 

「あらやだ、イリヤってばそういう妄想してるの?」

 

「してない!!」

 

「イリヤとならわたし、そうなっても……」

 

「しないっ!!!」

 

 断じてノーと腕でバツを作って意思表示するイリヤ。そこで、美遊がくすりと笑い、それに釣られてクロもけらけらと笑い、そしてイリヤもあははと笑った。

 誰も知りたくない真実を、知ったハズだった。

 それでも、また以前と同じような会話をして、笑えた。それが重要だった。

 

(……クロは凄いな)

 

 嫉妬よりも前に、挫けそうな現実の中でも笑える切っ掛けを作ったクロを、素直にイリヤは凄いと思った。とてもではないが、自分に真似出来るとは思えなかった。

 

「……じゃあ、イリヤはどうなの?」

 

「? なにが、クロ?」

 

「イリヤはミユの話聞いて、どう思ったの?」

 

 突然だった。

 でも当たり前の話だ。

 クロは自分で答えを出したが、イリヤはまだ答えを出していない。

 今の話を聞いて、どうしたいか。

 それを、一度自分だけで考えてみる。

 

「……正直に言って、分からないよ。というか、ぶっちゃけ受け止めきれないというか……話してくれたところ美遊には悪いけど」

 

 異世界人でも身近に居れば(・・・・・・)別だが、やはりイリヤにとって美遊の話は突拍子がなかった。

 けれど一つだけ、はっきりしていることがある。

 

「……お兄ちゃんが言ってた。みんなを助けたいんだって。今ならそれがわたしにも、何となく分かる」

 

 子供の戯言だなんて、初めから分かっている。

 

「そのエインズワースって人達も、美遊も。みんなみんな、戦いたくて戦ってるわけじゃない。誰かのために傷ついて、失って、それが止まらないまま続いて」

 

 それは、口に出したら真っ先に踏み潰される、クレヨンで描いたような拙い道筋なのだろう。

 

「だから」

 

 でも。

 

「わたしはみんなを助けたい。世界も、美遊も。失いたくないモノを捨てたりなんて、絶対しない」

 

 その夢を、誰もが求めていることを。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは知っている。

 

「ーー何かを諦めることに、わたしは慣れたくなんてないよ」

 

 兄のおかげでそれが分かった。

 何かを犠牲にしなければ誰かを救えない。アニメのような奇跡は現実では万に一つも起きないし、犠牲にしたところでそれ以外の全てを救えるわけでもない。

 それでも、目指す。

 その先に誰もが笑える未来があるのなら。

 諦めない先に兄が居るのなら。

 きっと、価値はある。

 

「……そうだよね、お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlud end.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その話を聞いた。

 美遊のことも、その世界のことも。

 美遊の兄のことも。

 俺とは違う道を選んだ、衛宮士郎(オレ)のことも。

 

「……このこと、イリヤには?」

 

「話してはいないわ。でもそろそろ、美遊が話す頃よ。遠からず知ることになるでしょうね」

 

……そうか。

 エーデルフェルト邸の一室を改造した部屋には今、同じく療養中のルヴィアと遠坂、そしてセラが居る。

 余りに絶望的な話。

 余りに悲しく、運命なんて言葉では片付けたくはない現実がぶちまけられていた。

 それでも、何故だろう。

 不思議と気分は、落ち着いていた。

 

「うん、そうか。じゃあ何か作戦考えないとな」

 

「……は?」

 

 何故か絶句する遠坂。む、いつも山があれば自分の足で山頂まで行く女の子には珍しいネガティブな顔だ。

 

「いやあの、衛宮くん……人の話聞いてた? もしかして鼓膜割れてて聞こえてなかった? それとも半身が抉られたせいで体が麻痺してた?」

 

「ちゃんと聞いてたぞ? まあ、確かに規模は凄いけどやることは何も変わらないだろ?」

 

「やることって……あなた、何か考えがあるの?」

 

「おう、美遊も人類もどっちも救う」

 

 かくん、と派手にリアクションしてくれるのはありがたいんだが遠坂。せっかくのメイド服なのにそんなポーズで良いのか?

 

「いや良いもくそもないわよ!? あなた、分かってるわけ!? 美遊を選べば確かに人類は滅ぶし、人類を選べば美遊は死ぬ。ならそれを回避するために全部助けようなんて、等価交換の理から外れてる! ううん、そもそもそんなこと出来るわけ……!」

 

「出来る」

 

 迷いはない。

 いや、迷いはあるか。

 本当はこんなことで誰かを救えないことなど分かっている。

 それでも、みんなを救いたい。

 これはあのとき俺が目指した道だ。

 なら、一歩目から躊躇うことなんて絶対にしない。

 だって俺には。

 

「みんなが居る。だから俺は言えるんだ。例え俺が片方しか助けられなくても、遠坂がもう片方を助けてくれるだろ?」

 

 遠坂の動きが止まる。やがてかちこちと電池の切れたオモチャのように、顔を真っ赤にしてそっぽをむいた。

 

「……あ、あなたねえ! 美遊を助ける間にわたし達には人類を救えって、どんだけ厄介なこと押し付けてくるのよ? というか、無理だから! 普通に無理だからね!?」

 

「む、そうか。じゃあ逆にするか?」

 

 正直俺が美遊以外の全ての人間を救えるとは思えないが、遠坂が言うならそうしよう。

 

「そうじゃないっ!! ああもう知らんこのばかっ!!」

 

 何故かどかどか、と大股で立ち去っていくメイドさん。

 やっぱり作戦がいい加減過ぎただろうか? 遠坂は理論立てて考えて動くタイプだからなあ……。

 

「いえ、シェロ。違いますわ」

 

 こちらでは何故か笑っているルヴィア。そんなに可笑しかったか?

 

「恐らく遠坂凛は、私達にこのことを話すまで一人で悩んでいた。自分がちっぽけに思えるほど考え抜いて、いざ相談してみたらあなたは簡単に答えを出した。それが、悔しいのでしょう」

 

……つまり何か?

 ずっと悩んでた自分が馬鹿みたいで、恥ずかしくなって怒ってたのか、あいつ?

 

「やれやれ、魔術師といえどまだまだ子供ですね。士郎があのように答えることなど想定出来たでしょうに」

 

 呆れ顔のセラ。

 と、聞き忘れてた。

 

「ルヴィアは今の方針で良かったのか? 極論で言えば、美遊だけ助ければいいだろ?」

 

「ええ。美遊を捨てた世界に慈悲など毛頭差し上げる気なんてありませんわ。ですが、それでも美遊は、きっとその捨てられた世界を誰かと見たかった。ならばそちらも守らねば、姉失格でしょう? それに美遊は私が助け、残りはシェロに任せるのが効率的ですわ」

 

……それもそうか。

 何はともあれ方針は決まった。

 これからやろうとしていることは、砂漠の砂を一つも風に飛ばされないようにすることと同じ。

 敵も味方もなく、一人でも死ぬならそれは失敗したのと同じこと。

 妥協を一切許さない優しさが必要になる。

 それはまさしく、エミヤ(アーチャー)のように、どんなに剣を刺されても手を伸ばし続けることに他ならない。

 

ーー理想を抱いて溺死しろ。

 

 そう言った男は、一体そうまでして何を守ろうとしたのだろうか。

 ふと、窓から外へ視線を飛ばす。

 見えた景色に、思わず笑みを浮かべた。

 そこには、仲良く手を繋いで、夕暮れの中エーデルフェルト邸へと入る三人の姿があったからだ。

 

「……うん」

 

 何処にでもあるようなその光景は、世界中の何処でも起こっていることだ。

 それを守るためなら、どんなことがあっても、絶対に乗り越えられる。

 それは、あの男も同じだ。

 なら足を踏み出すことに恐れはない。

 その先が地獄だとしても、心が欠けてしまったとしても、そこしかもう走れないと分かってしまったから。

 だから。

 

「……もう少しだけ、頼む」

 

 タイミリミットが近いだろう己自身へ、そう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煙が、顔をねちっこく撫でる。

 眠ろうとした意識が、中途半端に起きてしまう。

 寝ぼけ眼ながら辺りをぐるっと見回し、首を傾げた。

……ここは何処だろう?

 外国にあるような立派な城のように見えるが、視線を何処に置いても、瓦礫と土煙が覆い被さるように散布している。それに酷くうるさい。廃墟なのにまるで耳元で、何かと何かが戦っているような轟音が響いてくる。

 頭痛も酷い。何か、訴えてくるような、呼び止めるような。

 

ーーここに居てはいけない/ここにしか真実はない。

 

ーー今すぐ目を覚まさないといけない/目を覚ましても何も変わらない。

 

 誰かの声がする。

 知らない人の声がする。

 堪えきれず、その場で耳を塞いで座り込む。

 うるさい。

 うるさい。

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……!!

 一人にしてほしい。

 何も知りたくない。

 痛いのも、苦しいのもうんざりだ。

 

 

「へえ? じゃあ、自分が死んだ理由も知りたくないんですか? お姉さん?」

 

 

 振り返る間もなかった。

 胸から、小さな腕が飛び出した。

 

 

「、ぇ?」

 

 

 理解が。

 追い付かない。

 視界がまるで花火みたいに点滅してるのに、胸元から噴き出す鮮血はそのどれよりも鮮烈で、熱を奪っていく。溢れてはいけないモノが体から引き抜かれる。

 ずるるるるるるるる、と濡れた音。座っていた体は横に倒れ、だらしなく口が開いた。

 

「危ない危ない。演目には順番がありますから。次は僕の番ですから、少し待っててくださいね」

 

 視界の端で何とか姿を確認する。

 後ろに居たのは、自分と同いくらいの子供だった。男の子。金髪で、目がまるで毒をもった蛇のように赤い。

 

「またすぐ会えますよ、お姉さん」

 

 その手にあるのは、何かよく分からないモノだった。

 不規則に動いた固形物。

 ピンク色で何か管が繋がっており、まるで何処かから引き千切ったみたいにーー。

 

「、……」

 

……ああ、なるほど。

 どうやら自分はそうやって、■んで、

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、はぁ、っずっ……!?」

 

 イリヤは目蓋が開くと同時に、跳ね起きていた。

 肩で息をしながら、Tシャツの上から胸を何度も触る。穴が無いことは分かっているのに、何度も何度も触って、確かめる。 

 一分は続いたその後、ようやく認識が夢から追い付き、ため息をついた。

 

「……今の、は……?」

 

 夢……で良いのだろうか。

 自分が殺される夢を見るなんて、厄日にもほどがある。おかげで寝汗をかいて全身が蒸れて仕方がない。

 着替えよう、と毛布から抜けて、自室から洗面所へ向かうイリヤ。

 イリヤは知らない。

 その胸元から、小さな羽がひらりと落ちたことを。

 その羽が壁をすり抜けて、地下深くを潜ったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、地下だった。

 柳洞寺の地下には大空洞と呼ばれる、大聖杯が設置された巨大な空間があるのだが、更にそれより下の、深い場所……でもなく。

 それを、反転させた世界ーーつまり鏡面界が、その場所にふさわしい名前だった。

 

「全く。やっと残すは僕だけになったのに、イリヤさん勘が鋭いんだから。僕が夢として割って入らなきゃ(・・・・・・・・)、今頃エインズワースがこの世界に生じた違和感を観測してそのまま、美遊を取り返しに来てたところだよ」

 

 地面に押し潰されるように挟まれた誰かは、そうひとりごちてみる。結果的に悪夢を見せた形になったわけだが、それについてはどうでも良いらしい。

 

「お、帰ってきた」

 

 誰かは、落ちてきた羽を見てそう呟くと、赤い目を光らせる。するとどうだろうか。目の前の空間がまるで飴細工のようにどろりと溶け、羽は黄金の沼へと落ちていった。

 

過ぎたる恐怖は泡沫の羽(オネイロイ・ポベートール)。他人の夢に入り込む宝具なんて、大人の僕からしたら何も面白くなさそうだけど、きちんと宝物庫に納めてる辺りコレクターの鑑だなあ」

 

 ふふ、と誰かは笑う。

 暗闇の中でなお輝くーー紅の瞳で全てを見通しながら。

 

 

「劇も終盤ーーそろそろ現実に帰らなきゃ、ね?」

 

 

 夢は未だ深く。

 しかし夢にも終わりが来る。

 鏡の夜もこれにて最終章。

 終わらぬ夢へ、始まりの開闢が加速度的に迫っていた。

 

 

 

 


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