Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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深夜、双子館の森~呪いの繋がり~

ーーinterlude8-1ーー

 

 

 なんで、とイリヤは夜の森を走り抜けながら、頭の中で疑問を繰り返していた。

 美遊が並行世界とかいう別世界の住人で。その世界での家族は自分の兄で。

 それがバレたからオーギュストを傷つけたとは、考えにくい。そんなに浅はかな子ではないし、何よりそれだけなら美遊は何もしていないじゃないか。

 状況はドンドン変わっていく。分かっている、みんな意図的に何か隠し事をしてるくらいは。それに取り残されて、いくら走っても、きっと周回遅れだから美遊の事情だって全部は分からないかもしれない。

 

(……まあ正直、意味わかんないし)

 

 いきなり並行世界とか、美遊は聖杯だとか、よく分からない。

 やっと色んなことが終わって、また日常が帰ってきて、のほほんとしていた。だから美遊のことだって、正直に言えばイリヤはずっと蚊帳の外だった。

 友達なんてそんなモノ。美遊がその秘密を受け止めてくれる相手と認識しなかった時点で、イリヤは舞台に上がることは出来ない。

 だけどこれだけは、ハッキリしている。

 美遊がこの世界に来たから、自分と友達になった。

 それだけでいい。

 その事実があるのならーーイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、喜んでステッキを振ろう。

 

「……先に行きます、リンさん!!」

 

「あ? え、ええ! 気を付けてよイリヤ、何が来るか分からないんだから!」

 

「凛さんこそ、うっかり木の幹に足とかぶつけてあらやだ一回転な感じで転けないでくださいよー?」

 

「誰がそんな古典的な真似するか!?」

 

 でもやりそうだよね……とは声に出さず、凛のツッコミを背中にイリヤはふわりと宙へ浮かんだ。枝葉を突き破り、一気に森の上空へ出る。

 これで余計な障害物は何もない。イリヤがマントをはためかせ、加速。森の切れ目ーー黒煙がもくもくと立ち上る場所へ向かう。

 闇夜にあがる噴煙は赤みを帯びていて、それ自体がまるで巨大な腕のようにも見える。乗って来たリムジンの破片が道路に撒布していて、パチパチと未だに火の粉が落ちていた。

 見つけた。現場から離れた、森の近く。木に背中を預けて、血塗れのオーギュストが倒れている。

 

「オーギュストさん!!」

 

「……イリヤ様、ですか……」

 

 返事がある。モノクルは割れ、礼服はあちこち裂けてしまっているが、大事には至ってないらしかった。

 と。

 ふと、視線を左へーー町の方へと向けた。

 

「……あ」

 

 居た。

 一人。リムジンから少し離れた場所で、平然と空を見上げて、立っている少女が居る。

 車からあがる炎すら、霞んで見えるほどの、圧倒的な存在感。

 美遊・エーデルフェルト。

 

「……」

 

 酷い有り様だった。

 質素でありながら、めいっぱいお洒落しようと選んだ服は煤や泥に汚れ、髪もいつものような清潔感はまるでない。まるで、朽ち果てた日本人形のような、近寄りがたい印象が漂っている。

 何よりその目。

 いつものブラウンではなく、紅い月のような(・・・・・・)不吉な輝きを宿していた。

 

「……」

 

「……ミユ?」

 

 さっきまであんなに大声を出していたのに、反応がない。名前を呼び、ようやくそれで美遊の首がぐるりと、緩慢に動き出した。

 時計の針染みた、アナログのオモチャにも似たその動きは、人のそれではない。ある種それは、人を越えた何かに近かった。

 そうーー例えば、神様がもし居るのなら。こんな感じなのかもしれない。

 不気味な挙動に、人のモノとは思えぬ妖しい輝き。

 

「……あちゃあ。正気を失ってるどころの騒ぎじゃないですねこれは。ぶっちゃけガチの神様に片足突っ込みかけてませんか、美遊さん?」

 

「どういうこと、ルビー?」

 

「イリヤさん、美遊さんがあなたと同じ聖杯だということはさっき知りましたよね?」

 

 うん、と首肯した主に、ルビーは噛み砕いて説明する。

 

「ですがそれは訂正させてください。美遊さんは聖杯としての素質だけなら、イリヤさんより(・・・・・)間違いなく上です。というか単体ですら、願望機そのものとして成立してます。全くこれが調整されたホムンクルスとかじゃないんですからビックリですよ、才能こっわー……正直イリヤさんには勝ち目なさすぎるので、早くスタコラさっさと逃げるのをオススメしたいんですが……」

 

 退きそうになる足を、無理矢理前に出して、イリヤをその提案を踏みつける。

 ここで逃げたら、クラスカードを回収してたときと何も変わらない。今ここで逃げたら一生、イリヤは自分を許せない。

 それでルビーも覚悟が決まったらしい。弱気で悲観的な喋りは止め、いつもの気楽で振り回しがちなステッキを演じることにする。

 そんな主従を、美遊はただ黙っていた。だが話し終えたことを確認すると、口を開いた。

 

「……逃げないんだね、こんなわたしから」

 

「友達から逃げる必要なんて、何処にもないじゃない。ミユが相手なら、尚更」

 

 足を出す。まずは距離を詰める。こんなに遠くでは、喋ることすらままならない。

 

「わたしをまだ友達だって言ってくれるんだ。優しいね、イリヤは。そういうところが本当に……わたしには、真似出来ないところなんだろうね」

 

「それは違うよ、ミユ。わたしなんか自分が幸せならそれで周りが見えなくなって、友達が苦しんでても、その声を聞くことが怖かった。ミユと向き合おうとしなかった、臆病な自分が何処かに居た」

 

「イリヤの臆病は、優しさでしょ。友達でいたいから、あなたはあえてわたしが話すまで待っていた。それに甘えていたのは、他ならないわたし」

 

「だったらミユも同じだよ。友達だと思ってるのは、わたしだけじゃない。違う?」

 

 足は意外なほど、スムーズに動いた。美遊と話せば話すほど歩く速度は速くなり、すぐに目と鼻の先まで詰められる。

 あとは、簡単だ。

 美遊の手を握って、連れ帰るだけーー。

 

「違うよ」

 

「!?」

 

 なのに。

 伸ばされた手を、美遊は一睨みする。それだけでイリヤの肩に見えない空気のようなモノがのしかかり、膝をついた。

 

「あなたはわたしの友達なんかじゃない。もう、そんなんじゃ、ない」

 

 自動車でも落ちてきたかのような、実体のある重力。下半身がコンクリートに数センチ一気にめりこみ、手で地面を支えにしないと、イリヤは体ごとめり込みそうになる。

 

「重力操作……!? いえ、もっと原始的な圧そのもの!? イリヤさん、動けますか!?」

 

「大、丈、夫……!」

 

 いきなりの攻撃に面食らいはしたが、抗えないほどじゃない。イリヤにだって分かる、今の美遊が本気ならこの程度で済まない。同じ聖杯だからかは分からない。それでも手加減されている、そしてその理由はきっと。

 

「ミユ! もうやめよう!? こんな、こんなことしたってみんな、ミユも傷つくだけでしょ!?」

 

「うん、そうだね」

 

「だったら!!」

 

「だからダメなんだよ、イリヤ」

 

 圧が増す。ついに支えていた手が滑り、イリヤは全身コンクリートに叩きつけらる。

 眼球だけで、その顔を見ようと必死に目を凝らすイリヤに対し、美遊はあくまでも無表情なまま。

 

「わたしが居たらみんな傷つく。わたしが生きてるから、みんな争って、あげくの果てに死んでいく。もういい。もう、疲れた」

 

「ミユ!!」

 

「ねえ、イリヤ。友達なら、最後にわたしのお願い聞いてくれる?」

 

 言わせてはダメだ。漠然とそう感じるも、美遊の圧に抗おうとして魔力を放射するが……やはりルビーが言っていた、元のスペックが違うとは本当のことらしい。抗えず、美遊にそれを言わせてしまった。

 

「ーーわたしを、殺して」

 

 瞬間。

 空気が凍りつき、そして。

 爆発した。

 

 

「ふっっっざっけんっ、なあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

 ゴゥッ!!、と。

 倒れていたイリヤの体から、美遊を越えるほどの莫大な魔力が膨れ上がり、四方に放たれた。

 燃えていたリムジンは勿論、周囲の地面や草木までも魔力が行き渡った瞬間にめくり上がり、弾ける。それはさながら爆発というよりは風の形をした刃だった。

 無論、それを受けた美遊も流石に後退していた。しかし、無傷。傷など一片も見当たらない。

 

「ミユは、いっつもそうだよ……!!」

 

 だけど関係なかった。そんなこと、一ミリたりとも、今関係ない。

 ガラガラと肩に乗った小石を立ち上がることで落としながら、少女は訴える。

 

「自分のこと、何も語らないで。一人で抱え込んで。なのにいつも寂しそうで、哀しそうで、ほっとけなくて。でも、笑ったりして」

 

 その時間は、いつも。

 

「ーー何となく、楽しくて、好きだったんだよ? わたし?」

 

「…………」

 

 ひょんなことから危ない目にあったり、痛い思いだっていっぱいした。それが嫌だったけど、でもだからこそ美遊の存在はイリヤにとって、こんなときに甘えられる唯一の存在だったのだ。

 同じような立場で、同じような力を持っていたから。

 

「怖かった。きっとミユが、何か大きなことに関わってるのは分かってたから。事情を知ったら、クロのときみたいに……ミユとこれまでみたいに、何となくな時間が過ごせなくなると思うと。怖かった」

 

 イリヤがステッキを振る。ボロボロになりかけていた防護の役割を持つ衣装が光に包まれ、一瞬で再構築される。

 

「でも、何となくは、これでおしまい」

 

 きっとこれまでの時間は、美遊にとっても楽しかったハズだ。あんなに笑っていたのだ、それは間違いない。

 だけど、同時に何処かで美遊の瞳に影がついてきたのは、苦しかったからだ。

 美遊と本当に楽しい時間を過ごしたい。嫌なことも、辛いこともある。楽しいだけじゃ生きていけない。だけど、イリヤの前くらいは、その苦しみを忘れるくらい、一緒に笑っていたい。

 それが、本当の友達だと思うから。

 

「何も言わなくてもいい……なんて、もう言わないよ、ミユ。わたしも知りたい。ミユがどんな世界で、どんな風に生きてきて、どんなことを感じていたか、わたしは知りたいから。ミユを悲しませるモノ、全部どうにかしたいから!!」

 

「……何も、話したくない」

 

「だったら!!!」

 

 だん、と大きく右足を踏み込んで、飛び込む。急加速した勢いのまま、ステッキを美遊の頭へ叩きつけた。

 勿論美遊には届かない。何か障壁でも張っているのか、空間を火花が走る。しかし意味ならある。目を見て喋るには遠すぎた、だから近づいたのだ。

 

「初めての喧嘩を、しようよ。ひっぱたいてでも、話してもらうんだから!!」

 

「!!」

 

 交錯するハズのなかった少女達。

 この激突すら、本当はあり得ることもなかった。

 だからこそ真っ正面から、本気で。

 少女達は月の下で、戦い始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude8-2ーー

 

 

 一方、双子館前の森中。

 イリヤと美遊の二人とは違い、こちらはもう既に戦い始めている。それもそのハズ、バゼットはともかく、ルヴィアとクロには明確な戦う理由があるのだ。

 士郎が重症を負い、美遊は自暴自棄になりかけている。例え知人であっても、その道を阻むのであれば、是非もない。

 

「でぇいっ!」

 

 投影した剣をブーメランの要領で、様々な角度からばらまくクロ。それに続いてルヴィアも、取り出した無数の宝石へ散弾を放ち、拡散させて回避する道を限定させる。まるで狩人のやり口だ。普通ならばどちらかに当たり、串刺しにされてそのまま終わりだ。

 しかし当たらない。それに木々を盾にしつつ、疾走しながらバゼットはかわす。しかも時折速度が落ちた刀剣を掴み、ルヴィアの散弾を断ち切っている。走る速度を保って、だ。

 舌打ちしながらクロが投影した剣を指に出現させる。このやり取りも何度目だろうか。行き交う剣で木々は次々と伐採され、木の倒れる重い音が夜中に木霊する。

 ルヴィアが転身し、劣勢を悟ったバゼットは、イリヤを追いかける形で森へと飛び込んだ。当然それを阻止するためにルヴィアとクロも追いかけたが、それこそがバゼットの罠だった。

 クロの戦い方はバゼットも知っている。何せクロが身に宿すクラスカードは、バゼットが回収したのだ。その上で森を盾に戦う戦法が適していると考え、実行に移した。

 

「ああもう! あんなかさかさと、虫みたいに動いちゃって! ルヴィア、アイツ魔術とかで捕まえらんないの!?」

 

「これでもさっきからやってますのよ!? ただ相手もそれを理解していますわ、流石に戦いにおいてはエキスパート。簡単にやらせてはくれませんわね」

 

「だったらもうちょっと自分から突っ込めば良いじゃない!? なんでアンタは空から悠々と浮かんでるワケ!? あとパンツ縞々とかあざといにも程があるわこの年増!!」

 

「誰が年増ですかこの万年発情剣娘!! 私はあなたのようにそこまで接近戦は得意ではないんです、察しなさいなほんとに!!」

 

 空と地の間で、ぎゃーぎゃーとレベルの低い口喧嘩が繰り広げられる。これで真面目なのだから、やる気があるんだかないんだか分からない。

 

「確かに今のルヴィア様では、接近戦を仕掛けようが勝ち目はなく、切り札の限定召喚(インクルード)もあちらの宝具によって完全な餌食となってしまいます。見事なまでに足手まといですね、年増様」

 

「サファイアっ!? あなたまでそんなことを言い出しますの!? 私これでもあなたのことは信頼していましたのに!」

 

「いえ、一度見限った相手を罵倒だけで済んでいる辺り、私も丸くなったと言いますか……」

 

「……美遊が変な影響を受けてないか心配になってきましたわ……」

 

 ともあれ、八方塞がりだ。

 しかしそれは相手も同じこと、とルヴィアは分析する。

 近接戦なら英霊に匹敵し、宝具のみに限らずあらゆる切り札を封じる宝具。しかしそれらはあくまでショートレンジ、ミドルレンジの話だ。

 バゼットに遠距離を攻撃する手段はない。そこを突く作戦は、正解のハズだ。

 

「打つ手が、無いわけではありませんが……」

 

 打破するための手札は、ある。けれど出来るなら、それは使いたくない。リスクがあまりに高すぎる。

 だがいつまでも、時間はかけていられない。

 クロは今、爆弾を抱えているのだから。

 それは作戦会議をしている途中でのことだ。クロは申し訳なさそうに、

 

ーー実はー、痛覚共有の呪いをまだ解いてないから、今滅茶苦茶痛かったりするんだけど……。

 

 クロがイリヤと士郎を狙うため、その対策としてかけた呪い。一月前に和解してからはそれも必要ないと判断し、クロが自分で消しておくと言っていた為、放置していた。

 しかしクロのへその辺りには、普段は見つけられなかった呪いの紋様が浮かび上がっていたのだ。

 

ーーあ、別に今回の戦いに出ないってわけじゃないのよ? ただ、それも込みで作戦練っとかないとって。

 

 まさか、とその場に居る誰もが思った。

 今のクロは士郎が受けた肩から下半身までの裂傷、イリヤがこれから作る傷、そして自身が負う傷とで三重苦ということになる。百パーセントをフィードバックするわけでもないが、怪我が怪我だ。そんな痛み、痛覚をカットした魔術師でも体験した者は稀だろう。

 そんな状態で戦えるハズがない。

 全員で呪いを解けと説得したのだが、クロは頭を縦には振らなかった。

 それどころか、痛みを生み出す原因を、クロは愛おしそうに撫でて言ったのだ。

 

ーーわたしは……多分、そんなに長く生きられない。元々綱渡りの命だったモノを、無理矢理現実に縛り付けてるだけだもの。潔く死んだ方が、思い出としては良いんだろうし、だから本当は、こんなモノにすがりたくはないけれど。

 

 クロは困ったような、泣いてしまいそうな、そんな顔で告げる。

 

ーーこの呪いは、わたしにとって、家族を感じ取れるモノだから。

 

 それは。

 クロエ・フォン・アインツベルンという少女の、歪みだった。

 

ーーあやふやなわたしが、唯一すがり付ける、お兄ちゃんと、イリヤとの繋がり。短い人生の中で、この体が死ぬ最期のときまで、一秒でも長く刻み付けていたくて、残してるモノだから。だからこの呪いだけは、絶対手離したくないの……みっともなさすぎて、笑っちゃうでしょ?

 

 ほんの少しで良い。

 痛みだけで良い。

 何もかも亡くしてしまうときが来ても、その繋がりがあれば、クロエ・フォン・アインツベルンはそれで良いのだと。

 

ーーお願い。バゼットはわたしが抑える。だからルヴィアは、トドメをお願いね。

 

 そんな、余りに必死な願いに、ルヴィアは歯噛みしたモノだ。

……それを否定することも、どうすることも。その場の人間で出来る者は誰一人居なかったから。

 

「……無理を、強いてしまいましたわね」

 

 四人の中で一番白兵戦に特化しているのは、間違いなくクロだ。ルヴィアや凛も近接技を嗜んでいるが、あくまで嗜み程度。英霊に比べるべくもなく、それがバゼット相手なら尚更だ。そのクロですら分が悪いのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 だが仕方ないで済ませられない。ルヴィアだって美遊のためならなんだってやる覚悟だったのだ。クロの無茶は、生死に関わる。それを許せるほど、ルヴィアは人間を辞めていない。

 事実、剣を投げれば投げるほど、クロの動きが悪くなっていくのは明白だった。そしてそれを、見逃すほど甘い敵ではない。

 バゼットが、動いた。

 

「!」

 

 ざ、と地を蹴って跳躍するバゼット。木を足場に更に跳び、猿のように枝を伝って移る。クロはそれを見上げながら剣を放とうと構え、ルヴィアもバゼットが飛び移る枝に罠を仕掛ける。

 だが、バゼットはそれを待っていた。

 

「……ふっ!!」

 

 枝を蹴るまでは、先程と変わらない。

 しかし蹴った先は逆。枝が爆発したかのように弾け、バゼットはクロへ猛然と襲いかかる。

 

「クロ!!」

 

「分かってるってば!!」

 

 さながらパチンコ玉のように一直線の軌道に、ルヴィアが障壁を三枚ほど張る。しかしバゼットの方が速い。一枚目と二枚目を張られる前に通過、三枚目も拳で破り、ほぼ減速することなくクロの懐へ飛び込んだ。

 だが、一瞬あればクロとて防げる。

 夫婦剣を十字にし、英霊の膂力でその拳を受け止める。芝生が舞い、走り抜けた力で地面に亀裂が作られる。

 ざざ、と数歩押されはしたが、抑え込んだ。ここまで全力ならバゼットにも隙が出来る。クロは痺れが残る全身に力を入れ、続くバゼットが担いでいた鉄のラックによる刺突をもかわし。

 視界の隅が、チカチカ、と瞬いたことに気付いた。

 

斬り抉る(フラガ)ーー」

 

「まっ、ずっ……!?」

 

 バゼットが履く、革靴の裏。浮遊する黒曜石のような輝きを宿した、光の剣。頭の中で響く警鐘が余りに遅い。瞬間移動しようとするクロへ、絶光が彼方から貫いた。

 

「ーー戦神の剣(ラック)!!」

 

 真っ暗な森を小さな、月光よりも細い光が差し込む。しかしそれはただの光などではない。時空を斬り、未来を抉り、戦いを過去とする神の剣。

 結果は明らかだった。

 バゼットの背後に転移したクロが、下腹部から血を噴出させ、倒れる。

 

「クロ!!!」

 

 なりふりなど構っていられなかった。クロをも吹き飛ばす出力で、砲撃。位置はバゼットとクロの間。

 青い光が着弾した瞬間にルヴィアはクロをかっさらうと、そのまま上昇しながら傷を確認する。

 

「ぉ、ぶ、……」

 

「喋らなくていいですわ、じっとして」

 

 宝具は貫通しているようだが、褐色の肌は脂汗と出血が酷い。傷口からは血だけでなく魔力も溢れ、意識自体が虚ろだ。ルヴィアはクロの礼装を破り、その切れ端を傷口に宛がった。

 やられた。フラガラックはその特異な性能からして、宝具、またはそれに相当する切り札にだけ使用すると思っていた。しかしランクこそ低いが、その貫通力とスピードは並みの刀剣を遥かに凌ぐ。そのまま使えば、単に攻撃としても優秀なのだ。そこにクロの不調により、転移の魔術が遅れた。決定的だ。

 宝具の一撃とはいえ、クロがここまで憔悴したところなど見たこともない。宝具の一撃だけなら、まだ耐えられた。しかし背中も腹も貫かれたクロは、ある種のショックを起こしかけているようだった。

 

「は、は……ざまあ、ないわね……」

 

「動けますか?」

 

「ごめん、ムリ……やっぱ、足手まといだったわね……」

 

「……ふざけるのも大概にしてくださいまし」

 

 ぎゅっ、とルヴィアがクロの体を深く抱える。自分の温もりが、心音が、伝わるように。

 ちくしょう、と吐き捨てかけたのをクロに知られていないだろうか。

 全くもってふざけている。こんな子供を戦いに巻き込んでしまったことも、呪いを繋がりだなんて言っていることもそうだがーー何よりもふざけていたのは、この期に及んで、まだ自分がリスクを冒すことに躊躇っていたことだ。

 

「……謝るのはこちらの方です、クロ。あなたのその献身を、私には生かすことが出来なかった」

 

「らしくないわねぇ……ルヴィアの、くせに……」

 

「くせに、とは余計ですわ。まあ、否定はしませんが」

 

 憎まれ口を叩く。

 少しだけ、クロの表情が和らいだように見えたのは、ルヴィアの思い違いなのかもしれない。

 だからこそ切り札を切る。

 そんな体で無理を通したクロに、恥じないために。何より美遊の友達を目の前にして、やっぱり自分だけのうのうとはしていられない。

 

「サファイア、やりますわよ」

 

「はい。準備はいつでも出来ています、ルヴィア様」

 

 眼下では、今もバゼットがこちら目掛けて走っている。その顔は無表情そのもので、ただ獲物を処理する豹のようだ。

 ルヴィアは太股に巻き付けてあるカードケースを開け、クラスカードを一枚取り出すと、ステッキに添えた。

 

「告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に」

 

 詠唱。ただの魔術ではない。その詠唱を口にした途端、バゼットの顔付きが鋭くなり、その動きすらも鋭敏になった。

 そう、これは契約。座との契約。すなわち世界の外の理との契約、英霊召喚の儀に使われる文言だ。

 しかもこれは召喚と同時に、その身に憑依させる術式だ。

 

「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのならーーーー」

 

 ルヴィアはこの術式を知らない。しかし、サファイアが知っていた。何せ美遊が実際に何度かやってみせた。その経験で術式の解析は終えている。それを簡易化すれば、ルヴィアも行使することは可能なハズだ。

 いや、やらなくてはならない。

 妹に出来て、やり方も分かっているのに。姉に出来ないことなど、この世の何処にもないのだからーー!!

 

「ーーーーーー我に従え!! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!!」

 

 続く形で、サファイアが詠唱を引き継ぐ。

 バゼットがルヴィアの背後にまで迫ったが、もうそのときには契約は完了していた。

 

 

バーサーカー(・・・・・)に代わり、誓いを受諾する! あなたのその願い、このカレイドステッキが叶えよう!!

 

 

 夢幻召喚(インストール)!!」

 

 

 月光より絢爛な、神代の光が森を照らす。吹き飛ばされたバゼットが軽やかに着地する。

 同じく、後ろ。局地的な地震かと勘違いするほどの地響きを起こしながら、それが降りた。

 肩からきわどいラインで伸びる、亜麻布で織られたキトンに、青い一枚布のワンピースを羽織った姿は、さながら星の海から舞い降りた天女のように美しい。しかし髪は戦士のように荒々しいバサラ髪であり、何よりその右手に携えた巨大な石斧が加わることで、危険な色香を漂わせていた。

 ルヴィアは木を背にするようにクロを置くと、小さな声で語りかけた。

 

「……ここで、吉報を待っていてください。あなたを連れ回るには、少し、危なくなりそうですから」

 

「ええ……任せたわよ」

 

 踵を返し、ルヴィアはバゼットと対峙する。

 バゼットは最早無表情ではない。険しい顔で体に仕込んだルーン魔術を起動させながら、

 

「バーサーカー……ヘラクレスのカードを夢幻召喚(インストール)したのですか。無謀にもほどがある。あなたはもっと、聡明な魔術師だと思っていましたが。エーデルフェルト嬢」

 

「あら、知らなくて? 私の異名? こちらとしては使えるモノは何でも使っていく主義でして。何せ一切合財使おうと、無くなるモノなどありませんから」

 

「……狂戦士のクラスカードは夢幻召喚時に暴走する危険性が一番高い。それが大英雄ヘラクレスを狂わすほどの狂気となれば、強靭な精神でなければ正気を保てないハズだ」

 

 バゼットの言葉は正しい。

 バーサーカー、ヘラクレス。ゼウスの息子にして、ギリシャ神話最強の英雄。その半神を殺戮兵器に仕立てあげるほどの狂気を今、ルヴィアは受けている。

 精神に作用する魔術を幾度も重ね掛けし、その上で一級の宝石で自身の精神を補強、サファイアによるプロテクトを張った上でなお、ルヴィアには想像を絶するほどの負荷がずっとかかっている。

 それはまさしく、神の呪いをその身に受けているにふさわしい拷問。まるで骨という骨が、蛇のようにのたうち回り、皮膚を突き破ろうとしているのではないかとルヴィアは錯覚するほどだ。

 もって五分ーーいや、三分。ダメージがあればその時点で夢幻召喚は解け、気力の欠片すら削ぎ取られて死ぬ。

 でも、それがなくては、取り戻せない人が居る。

 

「構いませんわ。エレガンスには欠ける振る舞いかもしれませんが……」

 

 ニィ、と肉食獣を思わせる、獰猛な笑みを張り付かせて。ギリシャの狂戦士となった少女は叫ぶ。

 

「いい加減、その頬をぶん殴らないと、こっちも気が済みませんのよッ!!」

 

「……いいでしょう。殴り合いを望むのであれば、目の一つか二つくり貫いて大人しくさせますから」

 

 片やハイエナ。片や豹。

 瞬間、同時に飛び出して交錯する……と思いきや、豹ーーバゼットが一目散に逃走を開始する。

 また最初のように逃げながら隙を伺い、確実に倒す算段なのだろう。

 しかしそれは、甘すぎることこの上ない。

 

「言っておきますが」

 

「!?」

 

 自然と右へ視線を外した瞬間。バゼットの目には、回り込んでいたルヴィアが既に拳を握り締めていた。

 

「二度も、同じことを許すとお思いですかッ!?」

 

 雷のような速度で撃ち出された打撃。ルヴィアの拳はバゼットの頬を貫き、揺さぶる。首が千切れても可笑しくないほど折れ曲がると、そのままバゼットの体は面白いくらい真横にあった木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。

 断続する、木の倒れる音。

 それすら生温く聞こえるどっしりとした踏み込みで、更にルヴィアは追撃すべく疾駆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 


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