Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
学校に着いた。
二人の妹を見送った俺は、ルヴィアと共にリムジンを降りる。 今日は遠坂が休むようで、クロの見張りなのだという。 あと金がどうたらこうたらと呟いていたのだが、やはりそっちだったかあのあくま。
「では、行きましょうシェロ。 今朝は少し遅れてしまいましたが、まだ談話する程度の時間はありますわ。 オーギュスト、もう下がって結構よ」
さ、と頭を下げたのは、今しがたリムジンのドアを閉めたルヴィアの執事、オーギュストさんだ。 年は五十を過ぎた頃だろうか、丸眼鏡がよく似合う紳士で、矍鑠な振る舞いは年を感じさせない。 控え目であっても、そのがっしりとした体は、まさに男の憧れる男、と言った体格である。
「はい。 いってらっしゃいませ、お嬢様、士郎様」
「今日はありがとうございました、オーギュストさん。 何かこんな凄い車に乗せてもらって……」
「いえ、士郎様はお嬢様が懇意にしている御仁ですから。 この程度はエーデルフェルト家として当然です。 が、士郎様」
と、何やら顔をずい、と寄せるオーギュストさん。 眼鏡の奥の眼光は鋭く、まるで猟犬が牙を剥き出しにするかのようだ。 怯みそうになるのを何とか抑える。
「私はお嬢様に、煩わしい羽虫が寄ることだけは我慢なりませんので……努々お忘れなきよう」
「は、はい……ぜ、善処します」
誰が羽虫かは、この際置こう。 やんわりとオーギュストさんが相好を崩すも、目が笑っていないし。
「何していますの、シェロ? 早く行かないと、談話の時間が無くなってしまいますわ」
「あ、ああ……じゃ、じゃあ」
ナイスルヴィアと思ってしまう自分が、どうにも情けない。 逃げるように会釈してみたが、変わらず彼は礼を尽くす。 それが今までのジャンルとはまた違う怖さを感じてしまうのは、気のせいではないハズだ。
ルヴィアの隣につくと、彼女は俺の顔色に何かを察したのか、
「……何かありましたか? 冷や汗が出ていますが?」
「い、いや。 それよりも今日はありがとうな、ルヴィア。 俺、こういうの乗るの初めてだったから、結構恥ずかしいところ見せたかもしれない」
「いいえ、そのようなことは。 私としても、登校する前の行動は少しはしたなかったと思っていますし」
特に遠坂との喧嘩だな、うん……。
「まぁはしたないとは思わないけど……流石に朝からガンドなんて見たくないぞ。 お前達のアレ、下手な鉄砲玉よりよっぽど殺傷能力あるんだからさ」
「で、ですから私も反省しています……しかしあの田舎レッドがですね、シェロ」
「あのな、お前達は常識を、というか、我慢を覚えるためにここに来てるんだろ? なら少しは、魔術を使うことは避けないと……」
「ハッ! では、かのバリツならよろしいのでは!? それなら遠坂凛を真っ正面から押し潰すことが」
「問題を起こすなって意味だろ、今のは!?」
当たり前に暴力を行使して、何処が優雅なのか。 被害損害大目玉である。
下駄箱で履き替え、俺達は廊下を歩きながら、話を続ける。
「そもそも、ルヴィアは何で遠坂を目の敵にしてるんだ? 確かに同じ魔術を使うし、何でもそつなくこなしたりするのも似てるけど……でもだからって、何も毎回手袋を投げることないじゃないか」
「む……そ、それは……何と言いますか、自分でも制御出来ないと言うか……ただ私としては、やはり大師父のこともありますし、余り事を荒立てるようなマネはしたくありません」
「だろ? なら、仲直りとは言わずとも、軽口ぐらいで済ませるよう、ルヴィアから歩み寄るくらい」
「いいえっ!」
ばん、とおおよそ平均からはみ出た胸を揺らし、ルヴィアは断言する。
「確かに、こうなった原因の一端は、私にありますわ。 しかしかと言って、同じ競争相手に媚びへつらうようなこと、エーデルフェルト家として恥ずべき行為。 あちらから歩み寄るというのならば、それはもう馬車馬のように働かせますが」
ククク、と金髪を妖しく光らせるけもの一匹。 実際今、遠坂はその馬車馬の気持ちを味わっている頃なのだろう。 アイツとルヴィアが時間を作ってくれたからこそ、こうして俺達は生きているのだし、御愁傷様と言いたくなるが……言ったら最後、宝石と鉄山靠が飛んできそうである。
「……ま、まぁなんだ。 一応考えておいてくれ。 お前達が暴れると、俺もつらい。 ものすごくつらい。 流れ弾来るから。 転校してきたときに、机が頭にめり込んだときは死ぬかと思ったんだからな?」
「わ、分かりましたわ。 考えておきます」
流石に実例を出されてはたじろぎ、ルヴィアは羞恥に頬を染める。 しかし今は素直だが、実際溜め込んで、火山のように勃発させたらそれはそれで大変なので、適度に貧乏クジを引くとしよう。
廊下を歩き、階段を登って、再度廊下。 見知った顔がちらほらとこちらを見て手を上げる中、
「ん? 誰かと思えば、衛宮とルヴィア嬢か。 おはよう」
こうして声をかけてくる奴が一人は居る。 しかも今回はレア、氷室だ。 陸上部の朝練を終えてきたハズなのに、少しも疲れた様子は見えない。 ルヴィアと共に挨拶しつつ、辺りを見回す。
「おす……氷室、今日一人か?」
「まぁな。 蒔寺は一年と絡んでいるだろうし、由紀香は雑務。 私もたまには一人で居るときもある。 そういう君達は、やけに親しいな。 転校生と二人仲良く登校など、衛宮にしては随分と積極的だが?」
「別にそう言うんじゃ」
「そうですわ氷室さん。 シェロったら、同郷であるミス遠坂なんて見向きもせず、私一直線ですのよ! もうそれは積極的、恋のロケットは曲がれませんことよ!」
ない、と言おうとして、ぺらぺらとまぁよくもルヴィアは都合の良い言葉を並べる。 氷室も氷室で、
「ほう……ついに衛宮に、待ち人来るか。 これは穂群原に激震が走るな……」
「ちょっと待て、そうじゃない。 俺はルヴィアとそういう関係じゃ、ってうわぁ!?」
否定しようとして、右肩から関節にかけて何か柔らかいモノに挟まれる。 アレである、ルヴィアのあの、大きなアレが、俺の腕へと。 ぐにぐにと。
「る、ルヴィア! お前な、さっきはしたないとか何とか言って……!」
「撤・回・で・す・わ! そういう噂が流れれば、逃げ道も無くなりますし……!」
「逃げ道ってなんの!?」
女の子に乱暴するのも気が引けるし、されるがままだが……氷室もノッたは良いがこれは予想外だったらしく、目を丸くし。
「……本当に仲睦まじいな、君達は。 新聞部にリークするまでも無さそうだ」
「うぉい!? リークってなんだ、何のことをだ!?」
「シェロ、このままお供してくれますか? そうなれば公認の仲として、私達はますます深まった関係へとなるのです!」
「お前もお前でどうしたんだルヴィア! もしかして、遠坂が居たからこそストッパーがかかっていたとでも……!?」
自由奔放なお嬢様に、タジタジながらも抗戦しようとするが、こうなっては反抗しても効果は薄いだろう。
と、そのときだった。
「衛宮くん?」
つん、と廊下を通り抜けるその声。 そこまで大きくもないのに、何故か耳に滑り込んでくる。 首を動かすと、そこには今しがた登校してきた森山が、少し驚いた様子で立っていた。
「お、森山。 おはよう」
「お、おはよう……えぇと、衛宮くん。 何で彼女が腕に引っ付いてるの? 確か、転校生のエーデルフェルトさんだよね……?」
「え?……あ」
森山の視線の先は、まさに今腕にしなだれかかっている、ルヴィアだ。 不味い、誤解されてしまう。 氷室や他の面々ならばまだ良いが、森山は純粋だから簡単に信じてしまう……!! そうなっては、色々と面倒なことに!?
「あー、ほら、ルヴィアは留学生だろ? だからスキンシップとかが激しくてだな、別にそういう何かがあるわけじゃ……!」
「え? あ、そうなの? そっか……、よかった」
? 何やらホッとして、ぽつりと呟いたが、気のせいか? まぁ誤解は解けたし、良いか。
「……ていうかルヴィア。 いつまでくっついてるんだ、お前は」
「シェロ……」
「ん?」
するりと俺から離れ、ルヴィアはこれ以上ないほど目を開くと、
「ーーーーこの女、私とキャラが被ってますわっ!!!!」
そう、一ミリも思ってないことを、いけしゃあしゃあと述べてきた。
「「「……………は?」」」
「考えても見てください、シェロ。 この日本にしては珍しい、生粋のお嬢様オーラ。 振る舞い、言動、スタイル、オーラ、そしてオーラ、そのどれもが私と被っていますわ! 特に後者! あの遠坂凛に負けぬと思っていたら、こんなド田舎で伏兵に見舞われるとは……!!」
「……おい衛宮某。 彼女が具体的に何を言ってるのか説明してくれ。 それか私の言語野が可笑しくないのか見てくれ。 あと彼女も猫を被ってたのか、薄々気づいていたが」
いや、安心しろ氷室。 俺の言語野も可笑しくなったみたいだ。 というか、『も』ってことは、流石だ。 あっちも見抜いてたのか。
半目になった俺と氷室など視界に入ってないのか、ルヴィアはずびしぃ!、と指を突きつける。
「あなた、ミス森山でよろしいですか?」
「は、はい……えと、なに、エーデルフェルトさん?」
「では質問を。 ミス森山、あなたはシェロとどういうご関係で?」
「えっ、……え、えっ? か、関係って……そんな、言うほどでもないというか……」
学生鞄で、赤くなった小さい顔を隠す森山。 するとその体から、何かピンク色のオーラみたいなものを幻視する。
「べ、別に衛宮くんと、そこまで親しいわけじゃないんだけど……あ、挨拶はするし、声だってかけられるし、普通のクラスメイトや、友達よりは上だと……思う、よ? あ、でもだからって、そのままじゃ嫌だし、これからはもっと仲良くなって、二人で出掛けるように……あっ、私ったら何を……あう……っ」
……いやすまん。 最初以外何言ってんのか、全く聞こえないんだけど。 ぼそぼそと、怯えるような彼女は、とても名前に蛇が付いている風には見えない。 しかしルヴィアはそう思わなかったらしく……。
「な、何てあざとさ……!? こ、これが噂に聞く、ジャパニーズkawaii!? 卑劣な手を……!」
「卑劣って……ただ恥ずかしがってるようにしか見えないけど」
「おい唐変木、君の耳にはサボテンでも詰まってるのか。 流石に外科医でもそれは治せないぞ」
「そこはかとなく罵倒されたのは分かるぞ、氷室女史……?」
サボテンなんか詰まってたら、聞こえないどころか生きてられないだろ。 何言ってるんだ氷室は。 俺のそんな態度が顔に出たのか、氷室は肩を落とす。
「何を騒いでいる? 朝っぱらから動物園のようにキーキー鳴きおって」
「……一成。 それ言い過ぎだぞ」
そこへ優雅に歩いてくるは、我が親友一成殿。 しかしその存在は、更に火種を持ってきただけだということに、俺は何故気づかないのか。
「ミスタ、何か? これは淑女と淑女の戦いですわ、紳士の出る幕ではありませんが?」
「俺は紳士ではないし、ただの小坊主だ。 その小坊主が忠告しておくがな、エーデルフェルト。 貴様と遠坂に、衛宮はやらんぞ。 何があろうとだ」
「「……はぁ!?」」
たまらずルヴィアと同じタイミングで、声を張る。 それもそうだ、ここではまだ遠坂とルヴィアは(表向きは)問題を起こしていないハズである。 なのに、どうして。
めぐるましく変わる事態に、氷室の口が歪む。楽しんでやがるなアイツ……!
「なんだ衛宮、不満か? しかしこの女狐とあの妖怪は止めておけ。 これは警告だぞ」
「どうしてあなたが言えるんですか、そんなことを! あなたに私とシェロの関係をとやかく言う権利など、シェロが許してもこの私が許しません!」
「いや……まぁそうなんだが……どうしたんだ一成。 何か問題が?」
「何か問題が、だと……?」
いつも小難しい表情を作る眉間が、ひく、と動く。 何かおどろおどろしい雰囲気を漂わせ、一成は眼鏡に人差し指を置く。
「ああそうだったな……衛宮は居なかったから知らなかったな。 どうせ貴様の差し金だろう、エーデルフェルト。 しかしだな、他の男は騙せても、この柳桐一成の目は誤魔化せんぞ」
「は、はん……何のことやら……」
「黙れ女生! 貴様、食堂での一件を忘れたか!?」
食堂……? 何だろう。 何となく、結末が読めた気がする。 どうせど付き合いになったぐらいだろうけど、慣れっこだから、
「お前とあの遠坂が二人揃って、食券を持って並んでいるときから怪しいと思っていたが……まさか列に割り込んだ男子生徒にカナディアンデストロイヤーを繰り出したかと思えば、そのまま遠坂と口論になって、異種格闘技JKマッチとかいうふざけた大騒ぎになったことを、ぬけぬけと忘れただと!? お前のその頭には、脳の代わりにドリルでも突っ込まれてるのか!?」
ごめん、やっぱり結末読めなかった。 甘かった、色々と。
今度は違う二人が口論になり、ちゃっかり森山が可愛らしくオドオドしていたり、俺はその対処に追われ、そんな様子を氷室は一言でまとめた。
「……面白い三角関係だ。 記憶する必要性は、余りなさそうだが。 参考にならん」
でしょうね、知ってた。
放課後。 夕暮れの車道は昼間と同じような騒がしさがあるが、それもあと一時間程度で虫の鳴き声のように消えるだろう。
ゴキゴキ、と背骨が健康的な音を奏でる。 ルヴィアと一緒に門を潜り、リムジンから降りる。
「はぁ……疲れた」
「お疲れさまです、シェロ。 病み上がりのあなたに頼るのは忍びなかったのですが、今日もまた世話になってしまいました」
苦笑するルヴィアは、実に楽しげだ。 忍びなさの欠片もない。
朝のルヴィアVS森山から始まり、十分休憩と授業で勃発した、VS慎二(一ラウンド十秒でKO)、そして極めつけの昼休みに行われたVS黒豹との決闘などなど。 とにかくルヴィアは猫を被るくせに、問題を起こしまくっていた。 生徒指導室に連行されなかったのが本当に不思議である。 本当に。
「……お帰り。 随分仲良さそうじゃない、アンタ達」
屋敷に入ると、ふて腐れた猫のように、むすっとした顔の遠坂が出迎えてきた。 相変わらず優雅なメイド服なのに、不純で情けない理由で汚れているようにしか見えないのは、気のせいではあるまい。
「おっす、遠坂。 そっちもお疲れさま。 今日は一日ここで仕事してたのか?」
「そうよ。 ま、魂まで売ったつもりはないけど、わたしだって宝石がなきゃ魔術師とは名乗れないし。 少しの辛抱ね」
「……そんな羽振りが良いのか、ここ? バイトだろ?」
「勿論、何と言っても私の侍女ですのよ? それ相応の給金を支払ってますわ。 まぁそここの女は、特別雇用ですが」
痛いところを突かれたと、顔を背ける遠坂。 背中から立ち上る貧乏神オーラが、これまた哀愁漂う。 何だろう、泣けてくる。
「……頑張れ遠坂。 負けるな遠坂……うっ、……うっ……」
「アンタにだけは言われたくないっつうのっ! その目止めなさいってば、アンタわたしの父親か!? というかホントに泣かないでよちょっと !」
いや、好きな女の子がこんな格好してこき使われてるなんて、ちょっと面白いようでよく考えると切なすぎるんだよ。 もうミスパーフェクトどころの騒ぎじゃないよちきしょう。 ミス中っ腹である、心の贅肉だけに。
……とまぁ、ふざけるのもここら辺にしておいて。
今日この屋敷に来たのは、イリヤと似た黒い少女ーークロから情報を聞き出すためである。 ただ単に情報を聞くなら、俺がここに寄る必要はない。 遠坂やルヴィアならば、俺なんかとは比べ物にならない話術で翻弄し、そのまま心の奥まで抉り取れる。
しかしクロ相手ではそうも行かなかったようで。 代わりにクロは、俺を指名してきた、というわけだ。
「……何つうか、甘く見られてるよな、絶対。 俺を呼んでからかってるんじゃないだろうな」
「?……ああ、クロの話? なら違うと思うけど?」
「……なんでそう言い切れるんだよ。 アイツ、結構自信家っぽいぞ。 俺なんか屁でもないって息巻いてたし」
先程までとはうって変わり、遠坂は真面目に説明する。
「だってあの娘、衛宮くんの話するときだけは、心の底から笑ってるもの。 ほら、安直だけど構ってもらえる犬みたいに。 だから悪戯心もあるでしょうけど、本心はあなたに会いたいだけなんじゃないかしら」
「それは私も思いましたわ。 クロは現状、あなた一人にしか懐いていません。 それに痛覚共有のこともありますし、あなたにお任せする他に案がないのです」
……痛覚共有。 俺の知らない間に、クロと俺、イリヤの間にそんなモノを構築したと言われたときには、心底驚いたモノだ。 誰に使うかはさておき、なるほど。
「なら、早いところ行った方が良いな。 一日お預け食らってるってことだろ? 遠坂、案内頼めるか?」
「わ、私ではダメなのですか、シェロ!?」
「アンタはこの工房の主でしょうが、もしものときはアンタが外から迎撃しないといけないでしょ? そんなわけで、じゃあついてきて、こっちよ」
そそくさとルヴィアと別れ、遠坂についていく。 いくらメイド服を纏っていようと、その歩きはきびきびとしていて、いつもの赤い私服が目に映るようだ。
クロが拘束されている場所は、広い屋敷の奥かと思っていたが、どうやら違ったらしい。 階段の裏へと回ると、遠坂は床に指を走らせて、何やら言葉を紡ぐ。
「
床に魔力が走り、音を立てて抜ける。 松明がぽつぽつと底を照らすと、石造りの階段が姿を現した。まさか、地下があるのか?
「暗いけど、足元気を付けてね」
それだけ言うと、ずんずん階段を降りていく遠坂。 慌てて後を追い、地下に足を踏み入れる。
地下は、屋敷とは違った趣がある。 何と言うか、現世に残った古城といった雰囲気だ。 階段を踏みしめる音が、嫌に反響し、鼓膜を震わせる。
階段を降り、石道を進む。 黙々と歩を進めると、そこにたどり着く。
「ここよ」
地下への道を開くように、遠坂は扉の仕掛けを魔術で弄ると、どうぞと言わんばかりに片手を広げる。
大きな扉だ。 鉄製の物々しいそれは、視るだけでいくつもの呪阻が蠢いているのが分かる。 遠坂は恐らく、その呪阻の対象から、俺を外したのだ。 もしクロが外に出ようとしても、それを妨害するために。
「……随分と厳重だな」
「それ、襲われたあなたが言う? 仮にも英霊の力を宿した英霊モドキよ、むしろこれで足りるのか心配なぐらいよ。 それより扉を触ってみて、触れるなら何の影響もないから」
「……もし影響があったら?」
「そのときはそのときよ。 少なくとも、手遅れにはならないだろうし」
うへぇ。 それってつまり、死にはしないがそれなりにヤバいんじゃないのか。 そんな愚痴は言わずに、扉をペタペタと触る。 当然、何の魔術も発動せず、冷たい鉄の感触が手の平を伝わるだけだ。
「じゃ、わたしは外で待っておくけど……何かあったらじゃ遅いだろうし、突入するときもこちらの独断でするわ。 だから衛宮くんは、彼女が危険な行動を取る前に、出来るだけ多くの情報を得ることに専念して」
「分かった。 けど俺、かなり口下手だから、多分そんなに情報は得られないぞ」
「あらそう? 衛宮くん、わたし達のことは全部知ってるのに、自分のことは何も話さないじゃない。 家の事とか。 わたしからみても、あなたって結構やり手だと思うけど?」
そりゃ嬉しいんだか嬉しくないのか分かんないな。 何せ世界は違えど、お前から仕込まれたんだから。
臆面にも出さずに、肩を竦めてみる。 しかし遠坂は柳眉を逆立て、そしてすぐに困ったように息を吐いた。
「……クラスカードの借りのこともあるし、詳しい話は聞かないけど。 これは警告よ。 あなたみたいに、全部抱え込んでる人ってのは、周りからしたらバレバレだから。 特に家族はね」
その言葉は、少なくともひやりとした感触を背筋に這わせた。 なんだ、やっぱり騙しきれてないじゃないか。
「……遠坂」
「あなたが何か、大きなことを隠してるのは、初めて会ったときから分かってたわ。 魔術師にしても多すぎるイリヤの魔術回路に、魔術への適応力。 更にはポンコツでも二流の魔術使いと来れば、何か裏があると思うのは当然でしょ。 ま、調べてもほとんど何も出なかったけど。 ムカつくぐらい隠蔽は完璧ね」
そう皮肉を口にしたが、彼女はむしろ楽しんでいる風にも思える。 いくら遠坂が良い奴でも、俺との関係なんて精々同業者程度のハズだ。 なのに。
「なぁ遠坂」
「なによ?」
「……お前、じゃあなんで俺に、クロのこと頼むんだ? 遠坂も分かってるだろ、クロが誰から生まれたか。 俺がクロをどうこうしようとか、そういうことを考えないのか?」
「じゃあ逆に聞くけど、衛宮くんは妹と同じ顔の女の子に、暗示をかけることが出来るのかしら?」
……むむ。 それは。
「あ、これは意地悪な質問だったわね、ごめんなさい。 でもわたし、あなたのそういうところ好きよ、衛宮くん」
「ばっ、……!?」
な、何を言うのだこやつ!? ずざざざっ、と後ずさる。 遠坂は人の悪い、彼女によく似合う人懐っこい笑顔を向日葵のように浮かべる。
「ほら、そうやってすぐ行動に出る。 確かにあなた達の周辺はきな臭いし、放っておいたらいつか爆発するかもしれない。 けど、何かあなたとイリヤをみてると、どうもそこら辺がすっぽ抜けて、信用しちゃうのよ。 らしくないけど」
……ああ、なるほど。 ここで俺は、遠坂凛という女の子の本質を、もう一度確認した。 つまり、
「だから任せるわ。 これがあなた達の問題なら、精一杯サポートする。 あなたの背中は、とても頼りになるから」
コイツはやっぱり、とんでもなく良い奴なのだ。
霞がかった記憶の中の彼女も、ここに居る彼女も変わらない。 同じ名で魂を燃やす遠坂凛は、いつも衛宮士郎の道を照らす、太陽なのだろう。 だから、こんなに眩しい。
「……そっか。 さんきゅ、遠坂」
「ふん。 まぁわたしだって、色々言いたいけど、今はそんな場合じゃないしね。 分かったならいけ、この唐変木」
「へいへい。 借りは返すよ、ちゃんと利子付きでな」
壁に寄りかかった彼女の横を通りすぎ、扉を開ける。 遠坂は片目でこちらを一瞥したが、どうやら本当に干渉しないらしい。 重厚な扉は軋みながら開き、中に足を踏み入れた。