Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
プロローグ/色褪せぬ日々
ぴぴぴ、と最近ようやく聞き慣れた、アラームの音。 俺はそれを発する目覚まし時計を叩き、時間を確認した。
午前六時。 初夏に入ったこの季節では、まだこの時間は冷える。 朝のジョギングにはぴったりだろうが、それも学生の身である俺には少しばかり堪えるモノだ。 タオルケットを一度だけ被り、充電充電……よし、起きよう。
そうなれば早いモノだ。 ベッドから起き、着替えを持って部屋を出て、階段を降りると洗面台へ。 そこで顔を洗うと学校指定のYシャツとスラックスを身に付け、リビングに向かう。
今日の食事当番、セラに無理を承知で俺に任せてもらった。 日頃の感謝を込めて言ったのだが、すんなり行くとは思えないものの、ちょっとは期待したのである……まぁその予想は当たりだったが。
ーーその代わり、生半可なモノを食卓に出そうモノなら、今後一切キッチンには足を踏み入れないでくださいまし。
と、半ば強引に約束させられてしまった。 本職のメイドさん相手に、まさかそんな条件を出されるとは思わなかったので、思わぬ誤算である。
しかし約束したのならば、もう後には引き返せない。 だったら胸を借りるつもりで、思いっきりやってやろうではないか。そのつもりで、いつもより一時間も早起きしたのだから。
手を洗い、キッチンの一番下の引き出しに入った、エプロンをかける。 さて、材料は何があるかな……っと。
「……何でも揃ってるな」
冷蔵庫を見た限り、一応俺のレパートリーにもある和洋中のみならず、その他にも様々な料理が出来そうだ。 ぎっしりと、だが綺麗に整頓された冷蔵庫を見回し、メニューを決める。
言うまでもなく、俺が自信を持つ分野は和食だ。 しかし今日は残念なことに、白米がない。 これもそれも、昨日手巻き寿司を作り過ぎてしまったからなのだが……理由のない悪意を感じるのは気のせいか。 かと言って洋食を作っても、それはそれでセラには負けてしまうし、何か面白くない。 ここはご飯なし、つまりパン食で和食を作ることになる。
「……難しいな。 考えたこともない」
そもそも和食って、日本人からしたら当たり前だけど、外国人からしたら意外とゲテモノなんだよな。 生卵しかり、刺身しかり。 正直納豆を受け入れてくれるあの度量があるなら、前述の二つもいけないことはない、と思うのだが……。
話が逸れた。 今日はパンで和食。 となると前菜のスープにサラダ、後はパンの他にもう二品、つまめるおかずが欲しい。
「……お」
視界に留まったのは、薄切りのベーコンだ。 思い浮かぶのはじゃがいもをベーコンで巻く肉巻きポテト。 それを和風とすると、砂糖醤油で、じゃがいもを煮込んだ大根にするとどうだろうか?
……よし、一品は決まりだ。 もう一品はやりながら考えておかないと、時間がない。
「……いっちょやりますか」
腕捲りし、俺は調理を始める。
材料を一通り洗い、手早く、丁寧に包丁で切る。 このときに大根を煮ておいて、切り終えたらサラダは完成。 お次はパンの下準備。
食パンとなれば、やはりアレだ。 日本人が大好きな明太子。 それをボゥルに入れて潰したところでマヨネーズを投入、出来たソースを食パンにかけ、千切った海苔を和える。
そうしていれば大根の煮込みが完了する。 冷えない内に大根を細長い短冊状にカット、それにベーコンを巻き付け、いよいよ料理は大詰めだが。
「……もう一品どうするか」
スープはかき玉汁に決定だが、もう一品決まらない。 和なんだし、味噌を使いたいのだが……って、あ。
「そうだそうだ、魚がある」
昨日手巻き寿司の具として買ってきていた、刺身のブロック。 冷凍されているそれを取り出し、味噌を持ち出す。
そう、カルパッチョ。 味噌カルパッチョなんて良いじゃないか。 作業が前後するものの、名案である。 全く昨日の内に考えとけって話だが、これもそれも魔術の修行がてら、古いテレビを弄り倒したせいだ。
まぁ、これで解決だ。 その後は順調に作業は進んでいき、七時前になった頃、その声は聞こえてきた。
「……おはようございます、士郎」
見れば、既に私服に着替えたセラが、少し不機嫌そうにこちらを見ている。 品定めか、ふむふむ……だがそれは、甘いと言っておこうか。
「んんっ。 おはよう、セラ。 よく眠れたか?」
「ええ、おかげさまで……ほう」
感心した様子で、セラが俺の作った料理に声を漏らす。
「いつの間にか腕を上げていたようですね……まさかパンを焼くのに、和食を作るとは」
「セラを超えるには、和食しかないからな。 ま、その和食もセラは完璧だから、創意工夫を凝らさなきゃいけないんだけど」
少し焦げ目を入れつつ、肉巻きポテトならぬ、ベーコン巻き大根を焼いていく。 ふむ、首尾は上々だ。 これなら後少しで出来るだろう。
「セラ、出来れば、料理を運んじゃってくれないか? もうそろそろ出来そうなんだ、全部」
「はい、分かっています。 それよりも士郎、味の審査がまだ残っていますので、そのつもりで」
「うぐ……は、初めての試みだから、大目に見てくれると助かる」
「善処しますが、期待はせずに」
にっこりと、朝一番良い笑顔で言ってくれる家政婦さん。 これがロマンチックな雰囲気なら大変絵になるのだが、正直料理が出来なくなるのは……死活問題ではないが、何か嫌なので、とりあえずセラさん手加減をお願いします……。
「おっはー……お、良い匂い。 味噌に明太子? なのにパン?」
そうしていると、もう一人の家政婦さんも起きたようだ。 リズはいつも通り、マイペースながらも料理を視察する。 毎度ながら、くせっ毛らしい髪は、やたらはねているため、寝起きの遠坂より酷い。 いやそんなこと本人に言っても、直すどころかほっとけと言われるだろうけど。
そんなリズを目の当たりにし、セラは腰に手を置いた。
「もう少し早く起きろといつも言っているでしょう、リズ。 ここだから良いものを、普通の家庭なら即刻解雇ということを理解しているのですか?」
「モチ。 だからだらけてる。 ぐでーん」
「こらリズ!」
ピカピカのテーブルに伏せるリズに、それを叱るセラ。 家政婦だと言うのに、最早この家で一番見る光景だ。
一応リズも、セラと同じ家政婦なのだが、困ったことにセラに任せっきりで、リズは率先して家事をやろうとしない。 前に何故やらないのか、本人に聞いたことがあるが、
ーー私が本気出したら、家が壊れるんだぜ、べいびー。
らしい。 一回腕相撲をして負けて、腕を机に叩きつけられたときは、本気で折れたと思った。 あんなモン令呪を物理的に刻まれるようなモノである、正真正銘の痣という意味で。
「リズを叱るのも良いんだけど、そろそろイリヤを起こさないのか? もう七時だろ?」
料理を皿に盛り付けながら、時間を確認する。 確かイリヤの話が本当ならば、今日は日直なんじゃないのか?
と、何を思ったか、リズがふとこんな提案をしてきた。
「なら、士郎が行けば?」
「なっっ……!?」
「……なんでさ」
いや本当になんでさ。
「あのな、リズ。 イリヤだって年頃の女の子なんだ、寝起きに俺なんかが行ったら、色々と困るんじゃないのか?」
「し、士郎の言う通りです、リーゼリットっ! あなたは何を考えているのですか、イリヤさんは今女性として、大事な時期だというのに……!!」
「?……行きたいんじゃないの、士郎は?」
「……ぬ」
行きたいか行きたくないかで聞かれれば……まぁ前者だ。 何せイリヤはまだ小学生でも、とてつもなく美少女である。 もしかすれば遠坂を越えかねないほど。 そんな少女の寝顔を見れるとなれば、男としては見たいに決まっている。
だがそれは色んな意味でいけない。 犯罪的な香りがぷんぷんだし、イリヤだって兄に寝顔を見られたくはないだろう。 子供じゃあるまいし、気にする。
「迷うならゴー。 振り向かないことが大事、これ鉄則」
「いっ、ちょ、リズ!?」
しかしリズの何がそんなに向かわせるのか、セラを羽交い締め。 催促すると、親指を立てて笑った。 頑張れよみたいな。
……何が頑張れよなのか、全く、皆目見当もつかないが、とりあえず礼は言っておこう。
「そこまで言うなら分かった。 じゃ、イリヤを起こしてくるよ」
「あっ、ちょ、待ちなさい士郎!! り、リズ、あっ、どこを触っているのですかあなたは!?」
「……これだけ差があると、分けたくなる」
「今の台詞もっぺん言ってみなさい、その贅肉袋で牛脂でも作ってやりましょうか!?」
エプロンを椅子にかけ、リビングから階段へ。 後ろから聞こえる会話は耳からシャットアウトする。
とんとんと上がって、イリヤの部屋の前に来たわけだが……改めて考えると、これは緊張するな。 一回遠坂が寝ている客間に入ったことはあるが、それとは違う。 というか、緊張してる時点で俺って結構ヤバいのか? 妹を意識するなんて。
「……ええいっ」
男は度胸だ。 一回だけノックし、返事がないことを確認すると、俺は部屋に入った。
「……」
部屋に入り、まず目にしたのは、光。 カーテンでも抑えきれないほどの光が意識を漂白させ、それでも自然と目はベッドに向けられ。
そこで完全に、眼球は動きを止めた。
柔らかそうな白い肌。 空気を吐く唇は艶やかで、閉じた目は悩ましそうに時折皺を寄せる。 少しだけでも、はだけた服で否応なしに唾を飲み込み、しかし目を離せない。 動物の絵がプリントされたパジャマが何とも可愛らしく、そして身体のラインがとても明瞭になるため、それに合わせて動悸も早くなっていく。
さながら物語のお姫様か、それとも人ならざる化生の美しさか。 とにかく息も詰まるような美貌に、冗談なしに魅せられる。
「……って、こんなことしてる場合じゃ、ない」
カチコチと石になった四肢を動かして、ベッドに近づいていく。 平常心、平常心……くそっ、石化か魅了の魔術でもかかってないだろうな。 ちきしょう。
どうにかこうにか、ベッドの前まで来た。 俺は肩を揺すり、イリヤに呼び掛ける。
「イリヤ。 おいイリヤ、朝だぞ。 起きろ」
「ん……おにーちゃん……?」
「そうだ、兄ちゃんだ。 今日は日直なんだし、早く学校に行かないといけないんだろ?……って、っ!?」
するり、と。 寝惚けたイリヤは俺の首に手を回し、にへらと相好を崩した。
「えへへ……ね、起こして?」
ぐっ……!? その反則級のあざと可愛さは、ランクに換算すればAどころか瞬間火力だけならA++、まさに約束された可愛さである。 思わず仰け反ろうとするが、イリヤの何処にそんな力があるのか、引っ張られ、彼女が顔を近づけてくる。
長い睫毛、耳に届く息遣いは甘美すぎて、意識が蕩けそうになる。 目を瞑る姿に、俺は抵抗すら忘れーー。
「何、してる、の?」
そこで。
俺は、正気を取り戻した。
きぎぎぎぎ。 そっちは見たくないというのに、ああこれが人間の性なのか。 首は勝手にドアの方へ振り返り、俺は目撃した。
心優しいもう一人の妹、美遊がいつも以上に無表情なところを。
「……よ、よう美遊。 これは、その、なんだ。 とにかく誤解しないでくれると」
「お兄ちゃんがイリヤを襲ってる……いやそれなら、私にも……!?」
「いやそんなんじゃない……って何を今言った!? 俺日頃どんな風に見られてるの!?」
ガカーン!、と背後で雷でも落とし、悲し嬉しい表情な美遊。
まぁそんな騒いでいれば、当然側で聞いてるイリヤには良いアラームになるわけで。
「んっ……あれ……んん? んんっ???」
「あ」
目を覚まし、恐らく視界一杯に広がっている俺の顔。 それでイリヤはどうなっているのか現状を確認し、やがて顔を紅潮させる。
「あっ、やっ、その……これは、何というか、夢をみてて、いやそれは違くてっ、夢は現実だったみたいなんだけどっ、もちろんアリだし、にゃんというか……!?」
思考にハマればハマるほど、目を回していくイリヤ。 美遊に見られていることもあってか、やがてその処理速度を上回るぐらいの羞恥が彼女を襲い、
「……とにかくっ!! 朝からいきなりごめんなさいでしたーーっ!!」
逃げた、脱兎のごとく。 どたばたと、転げ落ちるように。
しーん、と静まり返る部屋。
未だベッドの横で固まっている俺と、そんな俺を冷静な、しかし冷徹な眼差しを叩きつける美遊。
しかし優しく、聡明な美遊は一連の事件で察したのだろう。 聖女のように微笑み。
「……大丈夫。 私は、お兄ちゃんが小さい子『だけ』が好きでも、全然構わないよ?」
「違うんですうわぁーんっ!!」
ぴゅーっ、とイリヤ顔負けでその場から泣きながら逃げる。 穴が入ったらその場で入りたい、全くもって不本意な、朝の一幕だった。
騒乱から一週間が経っても、朝は続く。
異常への兆候など、何も無かったというのに。
それでも、夜は確かに近づいていた。