Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
四月一日 side Gr■nd Or■er
集え。
七人の担い手、七騎の英霊よ。
汝らの血肉と名誉と栄華を糧に、時代は新たな舞台へと誘われよう。
あの、新たな特異点へと。
さぁーー幕は焼け落ちたぞ、人類の守護者達よ。
死に物狂いで謳おう、
夜を引き裂くような、光の輪の下。
その一面に燃え広がる炎に、見覚えがなかったわけじゃない。鼻が曲がるようなその刺激臭と、毒素の入った灰と煙。熱気だけでジリジリと炙られて、身体中の水分が抜け落ちていく。
ああ、知っている。自分は確かに、この世界を知っている。あのときと同じだ。人が炭になり、大地となり、空へと還る。生命の終末がまたーー目の前にある。
ここには居たくない。
居たら殺される。地獄である外からも、またこの事態を引き起こした自分からも、許せなくて、どうにも出来ない自己嫌悪と怒りで。
しかし、そんなモノは今、どうだって良い。
腕の中の誰かを抱き締める。白磁のようだった肌は見る影もなく、既に火傷と煤が固まってしまっている。目と口は半開きで、シルクに似た髪は、無惨にも全て燃えてしまい、最早誰だったのかすら分からない。それが三つ。手から溢れた黒ずんだそれは、自分でも誰が誰なのか、さっぱりなのは仕方ない。
何せ見慣れた死体だ。十一年前に、何度も踏み砕き、通り過ぎた死体だ。二度と起こさせないとそう誓った、あの世界から遠い場所で。自分はまたこうやって、無力に死体の山の前で立っている。
そう、見慣れたハズだった。だから、正義の味方である自分が、こんな風に死体を大事にする行為は無駄な時間でしかない。それなら一人でも多くの人を救うため、魔術使いとして行動するのが正しいーーそのハズだった。
その死体の、手首にある。妹達にあげたハズのハート型のアクセサリーが、そこにはめられてなければ。
「……うそだ……」
頭が沸騰している。うだるような熱が、幻覚を見せている。そう思いたかった。思わなければ、人として生きていけないぐらい、自分は変わってしまった。
家族を知った、愛を知った。それは余分なモノだというのに捨てなかった。奪った身で卑しいとは思うのに、それを捨てようとしたくても、捨てられないくらい、自分にとって妹達の存在は、大きかった。
だから、見間違えるハズもない。
海に行ったあの日。自分が渡した誕生日プレゼント。それを身に付けて、見せ合って、一生に一度だけと言っても良い笑顔を、自分は守りたいと、そう思った縁の品を。
どうしたらーー見間違えるというのだろう。
「あ、ああ、……っ……」
どうしてだ。
誓ったハズだろう、お前は。
何に代えても守ると、そう決めたんだろう。あのとき、何も出来ずに姉を殺された日から。あのとき、ただ自分が生きたいがために、この妹達の兄を殺してから。
衝突があったし、周りを不幸にするだけと分かっていても。前の自分より、自分は兄らしく振る舞うことが出来なくても、せめてこの子達が傷つかないよう、泣くことがないようにと、そう誓ったハズだろう、お前は。
それが。
どうして目の前で、死んでいるなんて馬鹿げたことにならなきゃいけないんだーー!
「あっ、ぅ、ぐ、ぅ……、ッ!!」
泣き叫びたい想いを堪えて、三つの内の一つの、顔だった場所に手を当てる。ゴツゴツとした硬質的な感触。しかしそれでも、彼女達に触れているだけで、勝手に感情と記憶が暴れ出す。もう流さないとしていたモノまで、両目から頬に伝っていく。
思い出すのは、怒ったり、困ったりしている顔が多い。記憶がそもそも途切れ途切れなのだから、それだけ印象に残ることしか頭には残っていない。
だけど、だから覚えている。
こんなことになるとも知らないで、側に居た三人のことを。何よりも大切だからこそ、何よりも心に刻み込んでいる記憶が、呪いのように反芻する。
そして。
ボロ、と。まるでクッキーのごとく、その顔の一部が割れてーー。
「あ、あッ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
叫ぶ。膝をついて、崩れる。心も体も。喉が裂けるまで、脳裏に焼き付いた思い出が裂けるまで。叫んで、叫んで、叫んで、叫んだ。
でも消えない。消えないから考える。もうこの顔が怒ることも、泣くことも、悲しむことも、笑うこともない。こんな何もない表情のまま固定されて、すぐにその表情も消えて、生きた証すら無く、忘れ去られる。
一体どれほどの業を背負えば、こんな死が当たり前だと言われるのだろう。こんなに罪深い自分ならともかく、ただ友達と一緒に居て、ただ家族と暮らして、ただ平凡でありたいと願った少女達が、どうしてこんな理不尽な闇に晒されなければならなかったのだろう。
何が見慣れた死体だ。
見慣れてたんじゃなくて、ただ見ようとしてなかっただけではないか。こんなにも酷いモノを、見慣れてしまったなら、最早人ではなく機械ではないか。
「……ぁ」
ああ、そうか。
だから救えなかったのか。
自分は今、変わりかけていた。この世界に来てから、人でも機械でもないモノになっていた。
だから救えなかったのだ。
機械であれば、救えなくても許容出来よう。人であったのならば、きっと誰よりも早く家族の元へ駆けつけ、救っただろう。
でも自分はどっちでもない。人でもないから、家族は救えなかったし。機械でもないから許容出来ない。
……何て、間抜け。
イリヤ達が死んで、ようやくそんな当たり前のことが分かった時点で、自分はどうしようもなく、正義の味方としても、人の兄としても破綻している。
それなら、ここで死んだ方がマシだ。
イリヤ達と同じ死に方をして、誰からも忘れられて。そうでもしないとイリヤ達が余りにも浮かばれないし、自分を許せるハズもない。
炎はいずれ、俺が居る場所まで這い寄ってくる。そのときまでは、せめて彼女達の側にーー。
と。
「衛宮士郎か」
カッ、と近くの瓦礫の山に、足をかける音。それと男の声だ。のろのろと振り返ると、そこには誰も居ない。否、居ないわけではない。厳密にはそれが浮かんでいる、という表現が正しいか。
聖杯。
黄金の聖杯が、宙に浮かんでいた。
「無様なモノだな。かつては聖杯戦争の勝者として、そして英雄になり得る逸材だったというのに……今のお前は、そのどちらの資格もない。精々、墓守りが関の山だ」
声は……何処からかは分からない。まるで世界から語りかけられているような感覚。しかし節々から嘲るニュアンスは伝わってくる。
このタイミングで、出てくる都合の良さ。ああ、なるほど。
「お前……この大災害の元凶か」
「いかにも。骨だけの屍かと思っていたが、存外まだ頭は回るか。なるほど、まだ耐えてくれるというのか。実に面白い猿だ、人間」
声は笑いを噛み殺し、
「まあ、有り体に言えば、選別だよ。聖杯を得る権利をお前達にくれてやった。しかし権利を得るには少しばかりお前達は不要だった。聖杯を持つ者は一人で良い、時代の覇者だけがな。それ以外の人間は、時代は、要らない」
なるほど。コイツが、イリヤ達を殺したのか。そんな事実を客観的に受け止め、そして飲み下す。
「どうした? 貴様ならば拳の一つでも握って向かってくるのかと思ったが、随分と大人しいな。それともまだ耐えているのか、フェイカー?」
「……」
言う通りだ。何故何も感じない。黒い憎しみなど欠片も生まれないのだ。悲しみだけが、心に残ったまま。
つまりーー自分は、悲しみ以外の感情すらも壊れたのか。
「……用件はなんだ」
視線を外し、倒れる。虚ろな意識のまま、目を閉じようとする。声は淡々と、問いかけた。
「イリヤスフィールを生き返らせたいとは思わないのか?」
「!」
ぞわり、と背筋が寒くなる。たまらず跳ね起き、聖杯を睨む。
まさか。
「お前は馬鹿か? こうして聖杯を持ってきてやったというのに、それを見ずに死ぬと?」
「……まさか」
「なにかだ? 聖杯をくれてやる、ということがか? なに、こんなモノどうにでもなる。お前は生き残り、権利を得た。ならば報酬を与えるのが筋というもの。違うか?」
言っている意味が分からない。遅れて、何となく理解して。
瞬間、狂おしいほどの情念が、欠落したハズのモノが集まり、爆発する。
イリヤ達を生き返らせられる。それが本当に可能なら、今すぐにでも願いたい。そうしてまた笑った顔が見たい、そのためなら何だってしたい。何だって出来ると自負する。
だけど。
でも。
「……」
「何を迷う? 生き返らせられるならば、それが一番の正解だ。何を躊躇う? イリヤスフィールの笑う顔が見たいだろう。そら、願ってしまえ」
迷うに決まっている。仮にも、イリヤ達はコイツに殺されたのだ。そんな相手からの提案を二つ返事で呑み込める奴なんて早々居ない。
嘲る声を繰り返す。
繰り返して、繰り返して。
何度も何度も繰り返し、イリヤ達の顔を思い浮かべて。
俺はーーーー。
「シロウ」
とん、と肩を叩かれ、衛宮士郎は目を覚ます。夢うつつだった意識が、すぐさま現実に戻る。
目を開け、彼が見たのは絢爛とはほど遠い内装だった。大小様々な瓦礫に、装飾の壊れたシャンデリア。石床と壁は灰と蔦に絡み付かれ、不思議とそれが自然体の部屋だった。
アインツベルン城の一室。それが、この城の主たる衛宮士郎の今の寝床だ。
「目が覚めた? 悪い夢でも見たんでしょう、泣いてるもの」
後ろから囁き、白い指先が士郎の目尻を撫でる。士郎が振り向くと、そこには少女が一人蠱惑的な笑みを浮かべて立っていた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。しかしその姿に、かつての純真無垢な面影はない。黒いカーテンのようなドレスを纏った彼女の体には、呪いのように、幾何学的な模様が浮かんでいる。
そして士郎も同じように、赤銅だった髪は黒に、肌も浅黒く、赤い外套とバンダナ、そして桜が描かれた羽織を外套の上から被っている。その佇まいは感情を無くしたようで、何処か浮世離れしていた。
「ああ、すまんイリヤ。少し昔の夢を見ちまったからかな」
「ふーん。ね、どんな夢見たの?」
「え?」
困ったな、と士郎は髪を掻き、
「……
「もー、夢じゃないもん! わたしはちゃーんと現実に居るもん! ホント、シロウったら失礼しちゃうんだから」
不満を漏らすイリヤに、士郎は笑みをこぼして立ち上がる。多分彼女には、本当の意味が分かってないのだろうな、と。士郎が言うイリヤはとっくに死んでいて、目の前のイリヤはただの影でしかないことも。彼女には伝わっていないのだろうな、と。
イリヤと大広間に向かいながら、士郎は思う。
あのとき。士郎は聖杯に願って、特異点を作った。イリヤ達を蘇らせずに、こう願ったのだ。
墓を作ってくれ。
イリヤ、クロ、美遊、三人の妹の墓を。
生前に何もしてやれなかったから、死後だけは三人にどうしても安らかに眠ってほしかった。
死んだら何もないのかもしれないけれど。
それでもただ花束を置き、手を合わせることよりも、何か為になることをしたかったから。
結局は自己満足なのかもしれないけれど。
それでも、と。
そのときあの声ーー人類史焼却の元凶である魔術王ソロモンは、笑いながら言ったモノだ。
ーー己を正義とし、家族を救済する道を蹴るか。私から逃れられはせんというのに、健気なことだ。
人類史の焼却。それがソロモンの計画なのだと言った。そして監視として、聖杯の泥に汚染されたイリヤを生き返らせた。士郎が反逆しないように、という建前だったが、間違いなく嫌がらせだろう。
しかし今の士郎にとって、人類史がどうなろうと、知ったことではない。
ただこの世界がーー三人の墓が無事ならば、人類が滅びようが構わない。そう思ってしまえるほど、今の士郎は何もかもが欠落していた。
半端者だ、どうしようもなく。でも半端者でも、守りたかったモノくらいは守りたい。それが例え死んでしまって相手でも。いや死んでしまったからこそ、その眠りが妨げられないように。
士郎が廊下から、景色を眺める。外は吹雪で、森にはこんもりと雪が積もっており、その向こうの冬木市も、同じように銀世界が広がっているだろう。数ヵ月前の大火災なんて、なかったかのように。
「ねー、シロウ」
と、楽しげに。イリヤは無邪気に笑って、
「これからも、ずーっと一緒だよね?」
それに、士郎は微笑し、
「ああーーーーずっと、ずっとな」
これからも、ずっと。
死んでも、それだけは変わらないのだと。そう言うように、墓の守り人は頷いた。
ーー以下、近未来観測レンズ『シバ』の調査報告書より
新たな特異点を発見。しかし歪み自体は微小であり、他の特異点と比べ規模も小さいですが、聖杯が微弱な物も含め、計四つを観測。これ以上の拡大を防ぐため、早急な解決を求めます。
人理定礎値 E-。
“正義の焼け跡” AD.2016 理想終点鏡界。
スターログ。