俺と彼女と召喚獣   作:黒猫箱

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第8問『食後』

 

 

「……………ん……」

 

「む……おお! ようやく起きよったか、達哉!」

 

 目を覚ますと、秀吉の綺麗な顔が俺の視界いっぱいに広がっていた。

 

「秀吉……?」

 

 呟いて、頭をわずかに動かすと、プニと後頭部にやけに柔らかい感触をとらえた。それは秀吉の膝だった。どうやら俺は、姫路の弁当で意識を失っていた間、秀吉に膝枕をされていたようだ。

 フッと、俺は微笑む。

 

「そうか、ここは天国か……」

 

「帰ってくるのじゃ、達哉。ここはまごう事なき現実じゃ」

 

 そんなはずはない。気が付いたら天使が膝枕をしてくれていたこの状況を天国と言わずして、何を天国というのか。

 

「お、ようやく起きたか、達哉?」

 

 ズイッと、むさ苦しい雄二の顔が視界いっぱいに現れ、俺の楽園は一瞬にして崩壊した。

 

「そうか、ここは地獄だったか………いっそ殺せ」

 

「ほほう……なら本当に地獄に送ってやろうか?」

 

「や、やめるのじゃ雄二! 達哉はまだ寝惚けているだけじゃ!」

 

 青筋を浮かべて拳をポキポキと鳴らす雄二を秀吉が慌てて止め、それを見て俺も冗談はここまでとゆっくりと頭を上げた。

 

「ほれ達哉、お茶じゃ。お主は特にしっかりと飲んだ方が良いぞ」

 

 そう言って秀吉がお茶を差し出してきた。お茶には殺菌成分が含まれているらしいから、嬉しい気遣いだ。

 

「さてと……達哉の“食休み”もようやく終わったことだし、次の試召戦争の話し合いを始めるか」

 

 手渡されたお茶を飲む俺を横目で見ながら、雄二が口火を切る。どうやら俺が倒れた件については“食休み”ということで難を逃れたらしい。一連の出来事の元凶である姫路を見やれば、「神崎君、食事の後にすぐ寝ると牛さんになってしまいますよ」とお淑やかに笑っていた。危うく仏になりかけた身としては、牛の方が何倍もマシだった。

 まあ、それはさておき、である。

 

「ねえ、坂本。次の対戦相手はBクラスなの?」

 

 次の戦いでの作戦を立てるにあたり、唐突に島田が疑問を投げかけた。

 

「ああ、そうだ」

 

「どうしてBクラスなの? ウチらの目標はAクラスなんでしょう?」

 

 俺たちの目標はAクラスだ。そう考えると、通過点にすぎないBクラスを相手にする理由が分からないのだろう。かくいう俺だって、雄二がBクラスを標的にした理由は分かったような分からないような、という曖昧な感じである。

 

「正直に言おう」

 

 そんな中で雄二は急に神妙な面持ちになって答えた。

 

「どんな作戦でも、うちの戦力じゃAクラスには勝てない」

 

 戦う前からの敗北宣言という、最も雄二らしくない回答だった。しかし、無理もないことだ。

 元々AクラスとFクラスには天と地ほどの学力の差がある。ましてやAクラスのクラス代表、学年主席の霧島翔子ならば、一人でこちらのほとんどの戦力を撃破することも可能だ。

 試召戦争は、クラス代表を討ち取らなければ勝利はない。Aクラス代表の霧島を討てない以上、すなわち俺たちFクラスに勝ち目はないのだ。

 

「それじゃ、ウチらの最終目標はBクラスに変更てこと?」

 

「いいや、そんなことはない。Aクラスをやる」

 

 雄二の言葉から推測した島田の言葉を、雄二はきっぱりと否定した。

 

「雄二、さっきといってることが違うじゃないか」

 

 島田の台詞を引き継ぐように明久が間に入る。相変わらずバカだから言っている意味が分からないようだな、とは言わないし思わない。雄二の言葉の真意を測りかねているのは明久だけでなく、他の皆も同じだったのだから。

 しかし、雄二の言わんとしていることの意味が何となく見えてきた俺は、彼の代わりに答える形で呟いた。

 

「……クラス単位の戦争ではなく、一騎討ちか?」

 

「その通りだ。相変わらず達哉がいると話がスムーズに進むから助かる」

 

 クラス代表直々の褒め言葉は素直に嬉しく思うが、雄二は少々俺を過大評価している気がある。確かに一年の時に一度学年主席になったことがあるが、それでも頭の回転が『神童』に敵うとは思っていない。現に俺が分かるのは、雄二の説明を聞いて彼が何を言いたいのかだけ。彼の立てている計画の全貌は俺でも分からない。

 

「どうやって一騎討ちに持ち込むの?」

 

「Bクラスを使う」

 

 話は進み、雄二はAクラスと戦うための計画を俺たちにどんどん打ち明けていく。『Bクラスを使う』。その説明を受けてなお全てを理解できない者たちは、一様に首を傾げた。

 

「試召戦争で下位クラスが負けた場合の設備はどうなるか知ってるよな?」

 

「え? も、もちろん!」

 

 と、目を泳がせる明久。あれは知らない目だ。

 

「……設備のランクを落とされるんだよ」

 

「そ、そうだよね! 常識だよ!」

 

「では、上位クラスが負けた場合は?」

 

「悔しい」

 

「ムッツリーニ、ペンチ」

 

「ややっ、僕を爪切り要らずの身体にする動きがっ」

 

 あながち間違った答えじゃないのが一層腹立たしかった。

 

「相手クラスと設備が入れ替えられちゃうんですよ」

 

 哀れな明久に対し姫路がフォローに入る。このすぐ前の質問にもこっそりフォローを入れていたし、姫路は本当にいい子である。

 

「まあつまり、俺たちに負けたクラスは最低の設備に替えられるってことだ。だから、そのシステムを使って交渉する」

 

「交渉、ですか?」

 

「Bクラスをやったら、設備を入れ替えない代わりにAクラスへと攻め込むように交渉する。設備を入れ替えたらFクラスだが、Aクラスに負けるだけならCクラス設備で済むから、まずうまくいくだろう」

 

 雄二の説明は続く。

 

「それをネタにAクラスと交渉する。『Bクラスとの勝負直後に今度は俺たちが攻め込むぞ』といった具合にな」

 

「なるほどねー」

 

 ここまで説明を受けて、ようやく他の者たちも理解を示したようだった。学年で二番手のクラスと戦ったすぐ後に休む暇なくまた戦争。流石のAクラスでもキツイだろう。連戦という点で言えばFクラスも同じだが、こちらには『不満』という原動力があるし、そもそもクラスのほとんどは救いようのないバカだが体力だけは有り余っている野郎どもである。

 また、勝てばAクラスの設備のFクラスと勝っても何も得られないAクラスでは、モチベーションの点から見ても違う。

 

 だが、問題点がないわけでもない。

 

「しかし雄二よ」

 

 その問題を指摘したのは、秀吉だった。

 

「Aクラスが必ずしも一騎討ちを承諾するとは限るまい。向こうとしては、一騎討ちよりも試召戦争の方が確実なのだからな。それに──」

 

「それに?」

 

「一騎討ちになったとして、そもそも儂らに勝ち目はあるのじゃろうか? 達哉はもちろんのこと、姫路もこちらにいることは既に向こうにも知られていよう?」

 

 FクラスがDクラスに勝ったということは既に学校中に知れ渡っている。となれば注目されるのはその勝ち方であり、その戦争で終盤とはいえ最前に出て暴れた俺や平賀を討った姫路の存在はもはや周知の事実となっているだろう。となると、俺や姫路に対し何らかの対策を練ることは確実である。ましてやAクラスには優子もいるわけだし、俺に関してはほとんど全ての手の内を明かされていてもおかしくない。

 

「その辺に関してはちゃんと考えがある。心配するな」

 

 しかし、そんな俺たちの不安とは対照的に、雄二はあくまで自信満々に言った。

 

「とにかく今はBクラスをやるぞ。細かいことはその後に説明してやる」

 

「ふーん……ま、考えがあるなら僕は別にいいけど」

 

「……でだ、明久」

 

 ひとしきりの説明を受け、これ以上の質問がなくなったのを確認してから、雄二は話を切り替えて明久に向き直った。

 

「今日のテストが終わったら、Bクラスに宣戦布告してこい」

 

「断る。雄二が行けばいいじゃないか」

 

 さすがに同じ轍は踏まない明久はきっぱりと断った。

 

「やれやれ、ならジャンケンで決めるか?」

 

「ジャンケン?」

 

 雄二のその提案にほんの数秒悩んだ後……。

 

「OK。乗った」

 

 こうして、明久はまんまと術中に嵌っていくのであった。

 

「よし。負けた方が宣戦布告に行く。それでいいな?」

 

「いいよ」

 

「ただのジャンケンでもつまらないし、心理戦ありでいこう」

 

 さらに雄二からの提案。

 

「分かった。それなら僕はグーを出すよ」

 

「そうか。なら俺は、お前がグーを出さなかったら──ブチ殺す」

 

 ただの心理戦と信じたいが、本当に殺ってしまいそうな分、最早これはジャンケンという名の脅迫である。

 

「行くぞ、ジャンケン」

 

「わぁぁっ!」

 

 雄二→パー

 明久→グー

 

「決まりだ、行って来い」

 

「絶対に嫌だ!」

 

 負けが決まっても頑なに行こうとしない明久。往生際の悪い。

 

「Dクラスの時みたいに殴られるのを心配してるのか? それなら今度こそ大丈夫だ、保証する」

 

 真っ直ぐな瞳で雄二は明久を見る。しかし、流石に明久もその目を信じてはダメだと分かっているようで、あからさまな不信感を示していた。

 

「なぜなら、Bクラスは美少年好きが多いらしい」

 

「そっか。それなら確かに大丈夫だねっ」

 

 なんてちょろい奴。

 

「でもお前、不細工だしな……」

 

「失礼な! 365度どこからどう見ても美少年じゃないか!」

 

「5度多いぞ」

 

「実質5度じゃな」

 

「5度も無いだろ」

 

「三人なんて嫌いだっ」

 

 ちくしょーっ、と泣き叫びながらBクラスへと逝った明久を見送って、昼食がお開きとなった後に再びテスト漬けの午後が始まった。

 

 


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