俺と彼女と召喚獣   作:黒猫箱

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第7問『お弁当』

 

 

 翌日。

 今日は昨日のDクラス戦で消費した点数を補給するためのテスト漬けだった。四教科目が終了した時点で多くのクラスメイトは疲労で卓袱台に突っ伏しており、特に明久なんかは一時間目の試験官が船越先生だったせいで余計に疲れが溜まっているようだった。ちなみに明久は、船越先生に近所のお兄さん(三十九歳/独身……お兄さん?)を紹介して難を逃れたらしい。バカにしてはいい考えだ。

 

「よし、昼飯食いに行くぞ! 今日はラーメンとカツ丼と炒飯とカレーにすっかな」

 

「フードファイターかお前は」

 

 勢いよく立ち上がった雄二から出たメニューの数々に思わずツッコんでしまった。

 

「つーか、今日は姫路が弁当を作って来てくれるんじゃなかったっけか?」

 

「おっと、そう言えばそうだったな」

 

「は、はいっ。迷惑じゃなかったらどうぞっ」

 

 と、姫路は身体の後ろに隠していたバッグを出す。

 

「迷惑なもんか! ね、雄二!」

 

「ああ、そうだな。ありがたい」

 

「そうですか? 良かったぁ〜」

 

 ほにゃっとした顔で嬉しそうに笑う姫路。

 

「むー……瑞希って、意外と積極的なのね」

 

 親の仇を見るかのような目で明久を睨む島田。今の所は姫路が一歩リードのようだが、しかし島田よ、諦めるな。俺はお前のことも応援しているぞ。

 

「それでは、せっかくのご馳走じゃし、こんな教室ではなくて屋上にでも行くかのう」

 

 それはさておき、俺たちは秀吉の提案に一斉に賛同して屋上に向かうために教室を出た。

 

「皆は先に行っててくれ。俺は飲み物でも買ってくる。昨日頑張ってくれた礼も兼ねてな」

 

「あ、それならウチも行く! 一人じゃ持ちきれないでしょ?」

 

 その道中で雄二と島田が飲み物を買いに売店に行き、俺たちは先に屋上へと辿り着いた。抜けるような青空と暖かく吹く春風。絶好の弁当日和だ。

 姫路が持ってきたシートを敷いて準備を始める。屋上には他に誰もいなかったので、俺たちの貸切状態だった。

 

「あの、あんまり自身は無いんですけど……」

 

 準備が終わり、シートの上に足を投げ出していると、姫路が重箱の蓋を取った。そしてその中身を見た俺たちは『おおっ!』と一斉に歓声をあげた。

 凄く旨そうだった。唐揚げやエビフライ、おにぎりやアスパラ巻きなどがぎっしりと重箱の中に詰まっている。定番ながらも豪華なラインナップに、俺たちは揃って唾を飲み込んだ。

 

「それじゃ、雄二には悪いけど先に──」

「………(ヒョイ)」

「あっ、ずるいぞムッツリーニっ」

 

 明久が取ろうとしたエビフライを、動きの素早い康太が摘まみ取った。

 そして、流れるように口に運び──

 

「………(パク)」

 

 

 バタンッ! ガタガタガタ!

 

 

 豪快に顔から倒れ、小刻みに震えだした。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「わわっ、土屋君!?」

 

 俺と秀吉と明久は揃って顔を見合わせ、倒れた康太を見た姫路が慌てて配ろうとした割り箸を取り落とした。

 

「………(ムクリ)」

 

 しかし、康太はすぐに起き上がる。

 

「………(グッ)」

 

 そして、姫路に向けてグッと親指を立てた。多分『凄く美味しいぞ』と伝えてるつもりなんだと思う。

 

「あ、お口に合いましたか? 良かったですっ」

 

 康太の言いたいことが伝わったのか、喜ぶ姫路。しかし康太よ、もし本当に彼女の料理が美味しかったとして、それなら何故お前の足はそんなにガタガタと震えているんだ? 俺にはどう見てもKO寸前のボクサーにしか見えない。

 

「良かったらどんどん食べてくださいね」

 

 康太の感想に気を良くした姫路がどんどん笑顔で勧めて来る。しかし、目を虚ろにして身体を震わす康太の姿が脳裏に焼きついて離れず、手が動かなかった。

 

(……達哉、秀吉。あれ、どう思う?)

 

 すると、姫路に聞こえないくらいの小声で、明久が話しかけてきた。

 

(どう考えても演技には見えん)

 

(演技する必要もないしな)

 

(だよね……ヤバいよね?)

 

 表情はあくまでも笑顔のまま。純真無垢な姫路にこの会話と驚愕を気取らせるわけにはいかない。

 

(お主ら、身体は頑丈か?)

 

(正直胃袋には自信ないよ。食事の回数が少なすぎて退化してるから)

 

(明久よりも丈夫な自信はあるが、それでも平均的だろう)

 

 そもそも、たとえ胃袋が丈夫だとしてもあれを口に入れる気にはなれない。

 

(ふむ……ならば、ここはワシに任せてもらおう)

 

 すると、弱気になっている俺たちに、勇気ある秀吉の言葉が囁かれた。

 

(なっ!? 何を言ってるんだ秀吉!? そんなこと、許せるわけないだろう!)

 

(そうだよ、危ないよ!)

 

(大丈夫じゃ。達哉も知っておろう。ワシは存外頑丈な胃袋をしておる。ジャガイモの芽程度なら食ってもびくともせん)

 

 それは知っている。本当にジャガイモの芽を食べてそれでもケロっとしてた時は、タフな内臓だと感心すると同時に少し引いた憶えがあるから。

 そうじゃなくて。

 

(安心せい。ワシの鉄の胃袋を信じて──)

 

 外見は美少女でありながら、誰よりも男らしい台詞を秀吉が言おうとしたところで、

 

「おう、待たせたな! へー、こりゃ旨そうじゃないか。どれどれ?」

 

 雄二登場。

 

「あっ、雄二」

 

 明久が止める間もなく素手で卵焼きを口に放り込み、

 

 

 パク……バタンッ!──ガシャガシャン、ガタガタガタ!

 

 

 ジュースの缶をぶちまけて倒れた。

 

「さ、坂本!? ちょっと、どうしたの!?」

 

 遅れてやって来た島田が慌てて雄二に駆け寄る。

 

 ……間違いない、コイツは本物だ……。

 

 康太と同様に激しく身体を痙攣させる雄二を見下ろしながら俺たちは確信した。

 すると、雄二は倒れたまま俺たちを見上げて、目でこう訴えてきた。

 

『毒を盛ったな』

 

『違うぞ雄二、これが姫路の実力だ』

 

 俺も目で返事をし、明久もうんうんと頷いた。一緒にいることが多い俺と雄二と明久の三人だからこそできる技。こういう時に非常に役に立つ。

 

「あ、足が……攣ってな……」

 

 姫路を傷つけないように気を使って嘘をつく雄二。正直かなり無理があるが、お前は優しい男だよ。

 

「あはは、ダッシュで階段の昇り降りしたからじゃないかな?」

 

「うむ、そうじゃな」

 

「だから言ったろ、ダッシュの前は入念に準備運動しろって」

 

「そ、そうなの? 坂本ってこれ以上ないぐらい鍛えられてると思うけど……」

 

 一人事情の分かっていない島田が不思議そうな顔をする。これ以上犠牲者を出さないためにも、彼女には退場してもらった方がいいかもしれない。

 

「ところで島田さん。その手をついてるあたりなんだけどさ……」

 

 すると、明久も同じことを思ったのか、そう言ってビニールシートに腰を下ろしている島田の手を指差した。

 

「ん、何?」

 

「さっきまで、虫の死骸があったよ」

 

「えぇっ!? 早く言ってよ!」

 

 無論、嘘である。しかし島田は明久の言葉を真に受け、慌てて手を避けた。

 

「ごめんごめん。とにかく手を洗ってきた方が良いよ」

 

「そうね。ちょっと行ってくる」

 

 そう言って席を立った島田。これでリスクは低減された。

 

「島田はなかなか食事にありつけずにおるのう」

 

「全くだな」

 

 はっはっは、と男四人で朗らかに笑う。一方その後ろ側で、俺たちは必死に作戦会議を行っていた。

 

(明久、今度はお前が行け!)

 

(む、無理だよ! 僕だったらきっと死んじゃう! そうだ、達哉が行きなよ!)

 

(ざけんな! 俺はまだ人生を楽しみたい!)

 

(流石にワシもさっきの姿を見ては決意が鈍る……)

 

(じゃあ雄二が行きなよ! 姫路さんは雄二に食べてもらいたいはずだよ!)

 

(そうか? 姫路は雄二じゃなくむしろ明久に食べてもらいたいんじゃないか?)

 

(そんなことないよ! 達哉は乙女心は分かってないね!)

 

(いや、分かってないのはどちらかというとお前のことだと──)

 

(ええい、往生際が悪い!)「あっ! 姫路さん、アレはなんだ!?」

 

「えっ? 何ですか?」

 

 明久が指した明後日の方向を姫路が見る。

 

(おらぁ!)

 

(もごぁぁっ!?)

 

 その隙に、雄二の口の中一杯に弁当を押し込んだ。しかし、詰めが甘い。

 

(まだまだぁ!)

 

 俺は明久の援護に回り、雄二の顎を掴んで咀嚼を手伝った。物はよく噛んで食べましょう。果たしてこれを食べ物と呼んでいいものかは微妙だが。

 ともあれ、雄二を生け贄に、俺たちは苦難を乗り越えたのだった。

 

「ふぅ、これでよし」

 

「ああ、万事上手くいったな」

 

「……お主ら、存外鬼畜じゃな」

 

 秀吉が何か言っているが、このままでは秀吉が食べる流れになっていたのだ。俺は秀吉のためなら、鬼畜にも魔王にもなれる自信がある。

 

「ごめん、見間違いだったよ」

 

「あ、そうだったんですか」

 

「ああ。ともあれ、弁当すごい美味かったぜ。ご馳走さん」

 

「うむ、大変良い腕じゃ」

 

 本当に良い腕だった。殺傷力的な意味で。

 

「あ、早いんですね。もう食べちゃったんですか?」

 

「うん、特に雄二が『美味しい美味しい』って凄い勢いで」

 

 視界の隅で倒れている雄二がフルフルと力なく首を振ったが、俺たちは無視した。

 

「そうですかー、嬉しいですっ」

 

「いやいや、こちらこそありがとう。ね、雄二?」

 

「う…うぅ……あ、ありがとうな姫路……」

 

 雄二の目は虚ろだった。俺が言うのもなんだが、やはりお前は優しい男だよ、雄二。

 

「美味しいといえば、駅前に新しい喫茶店が──」

 

 ここで明久が、これ以上下手なことを言って『また作ってきますね』なんてことにならないようにするため、話題を逸らしにかかった。

 

「ああ、あの店じゃな。確かに評判が良いのう」

 

「え? そんなお店があるんですか?」

 

「うん。今度今日のお礼に雄二が奢ってくれるってさ」

 

「てめ、勝手なこと言うなっての」

 

 そこからすっかり話が盛り上がり、姫路も弁当のことを口に出すことはなくなった。どうやら危惧した事態は避けられそうだ。

 取りとめのない会話が続き、ほのぼのした時間が過ぎる──はずだった。

 

「あ、そうでした」

 

 (おもむろ)に、何かを思い出したように姫路がポンと手を打った。

 

「ん? どうしたの?」

 

「実はですね──」

 

 ごそごそと、鞄を探る。

 何だろう、とてつもなく嫌な予感がする。

 

「デザートもあるんです」

 

「ああっ! 姫路さんアレはなんだ!?」

 

「明久! 次は俺でもきっと死ぬ!」

 

 雄二が即座に命がけで明久の行動を阻止した。二度もあの弁当という名の化学兵器を食べたことですっかり防衛本能が働いているようだ。

 

(明久! 俺を殺す気か!?)

 

(仕方がないんだよ! こんな任務は雄二にしかできない! ここは任せたぜっ)

 

(馬鹿を言うな! そんな少年漫画みたいな笑顔で言われてもできんものはできん!)

 

(この意気地なしっ!)

 

(そこまで言うならお前にやらせてやる!)

 

(なっ! その構えは何!? 僕をどうする気!?)

 

(拳をキサマの鳩尾に打ち込んだ後で存分に詰め込んでくれる! 歯を食いしばれ!)

 

(いやぁー! 殺人鬼ーー!)

 

 雄二が拳を握り、あわや肉弾戦になろうとした時、秀吉がすっと立ち上がった。

 

(……ワシがいこう)

 

(秀吉!? 無茶だよ、死んじゃうよ!)

 

(俺のことは率先して犠牲にしたよな!?)

 

 当たり前だ。秀吉と雄二では命の価値に天と地ほどの差があるのだから。

 

(大丈夫じゃ。ワシの胃袋はかなりの強度を誇る。せいぜい消化不良程度じゃろう)

 

 秀吉は自信ありげの顔で言う。確かに、毒までも無効化する秀吉の胃袋なら、万に一つの勝機があるかもしれない。

 

「あのー……どうかしましたか?」

 

 と、一向にデザートに手を伸ばそうとしない俺たちに痺れを切らした姫路が、おずおずと訊ねた。

 

「あ、いや! なんでもない!」

 

「あ、もしかして……」

 

 慌ててフォローする明久のあからさまな態度に、姫路が表情を曇らせた。

 バレたか、と俺たちの間に緊張が走る。

 

「ごめんなさいっ。スプーンを教室に忘れちゃいましたっ」

 

 バッと頭を下げた姫路。言われて俺たちもようやく気付いた。デザートはヨーグルトとフルーツのミックス(のように見えるもの)である。確かに箸では食べにくい。

 

「ちょっと取ってきますね」

 

 そう言ってスカートを翻して階下へと消えた姫路の背を見送った後、

 

「……では、この間に頂いておくとするかの」

 

 死地に向かう兵士のような面持ちの秀吉が、ゆっくりと容器に手を取った。

 しかし、秀吉がデザートを口に含もうとしたその時、俺は彼のその手を止めた。

 

「待て秀吉……俺が食う」

 

「た、達哉……?」

 

 俺の突然の行動に目を丸くする秀吉。その手から、俺は容器を優しく奪い取る。

 

「……正気か?」

 

「自信はあるの?」

 

「いや、無い」

 

 静かに訊ねた明久と雄二に素早く答えた。

 

「なら、どうして……」

 

 どうして、か……。そんなの、決まっている。

 俺は、秀吉を見た。

 

「大切な幼馴染の苦しむ顔は見たくない……ただ、それだけだ」

 

「達哉……!」

 

 秀吉の瞳がうるうると揺れた。秀吉、その涙は俺が無事に生還した時のために取っておいてくれ。

 

「……すまん。恩に着る」

 

「ごめん……ありがとう」

 

「はっ、らしくないことを言うんじゃねえよ」

 

 しかし、彼らの言葉は素直に嬉しかった。これが友情というやつか。

 

 満足だ。最早、思い残すことは何もない。

 

「それじゃあ………いただきます」

 

 決死の覚悟を決め、俺は容器を傾けて一気にヨーグルトをかきこんだ。そして口いっぱいに入ったそれを、ゆっくりと味わう。

 

「むぐむぐ………ん? なんだ、意外とふつ────」

 

 俺の意識は、そこでプツリと途切れた。

 

 


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