俺と彼女と召喚獣   作:黒猫箱

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問:以下の意味を持つことわざを答えなさい。
『(1)得意なことでも失敗してしまうこと』
『(2)悪いことがあった上に更に悪いことが起きる喩え』


姫路瑞希の答え
『(1)弘法も筆の誤り』
『(2)泣きっ面に蜂』

教師のコメント
正解です。他にも(1)なら『河童の河流れ』や『猿も木から落ちる』、(2)なら『踏んだり蹴ったり』や『弱り目に祟り目』などがありますね。


土屋康太の答え
『(1)弘法の河流れ』

教師のコメント
シュールな光景ですね。


吉井明久の答え
『(2)泣きっ面蹴ったり』

神崎達哉の答え
『(2)弱り目に目潰し』

教師のコメント
君たちは鬼ですか。




第3問『提案』

 

 

 

「はいっ、質問です! どうしてここにいるんですか?」

 

 聞きようによっては失礼な質問が姫路に対して浴びせられる。しかし、これはクラスにいる全員の疑問でもあるはずだった。

 彼女の可憐な容姿は人目を引くし、何より凄いのはその成績である。

 入学して最初のテストで学年三位を記録し、その後も上位一桁以内に常に名前を残しているほどだ。そんな彼女が最下層に位置するFクラスにいるはずがない。学年中の誰もが、彼女はAクラスにいると思っていることだろう。

 

「そ、その……振り分け試験の最中、高熱を出してしまいまして……」

 

 緊張した面持ちで身体を硬くしながらそう言った姫路に、クラスの面々は『ああ、なるほど』と頷いた。

 試験途中での途中退席は0点扱いとなる。彼女は春休みに行われた振り分け試験を最後まで受けることができず、結果としてFクラスに振り分けられてしまったというわけだ。

そんな姫路の言い訳を聞いて、クラスの中でもちらほらと言い訳の声が上がり始めた。

 

「そういえば、俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスに」

 

「ああ、化学だろ? あれは難しかったな」

 

「俺は弟が事故に遭ったと聞いて実力を出し切れなくて」

 

「黙れ一人っ子」

 

「前の晩、彼女が寝かせてくれなくて」

 

「今年一番の大嘘をありがとう」

 

 ……ダメだこいつら、早く何とかしないと。

 

「で、ではっ、一年間よろしくお願いしますっ!」

 

 そんな中、逃げるように小走りで空いている卓袱台に着こうとする姫路。

 

「き、緊張しましたぁ~……」

 

 座るや否や、安堵の息を吐いて卓袱台に突っ伏した。隣の明久が姫路に話しかけようと彼女の様子をちらちらと窺っている。

 

「あのさ、姫──「姫路」

 

 よし、と決心して思い切って話しかけた明久だったが、その声に被せるように雄二が姫路に声をかけた。明久は膝と手をカビ畳についてさめざめと泣き始める。

 

「は、はいっ。何ですか? えーっと……」

 

「坂本だ。坂本雄二。よろしく頼む」

 

「あ、姫路です。よろしくお願いします」

 

 律儀に深々と頭を下げた姫路。その所作の丁寧さには育ちの良さが窺えた。

 そうしてしばらくの間話し込む雄二と姫路に途中で立ち直った明久も合流して僅かな盛り上がりを見せ始めた頃──。

 

「はいはい、そこの人たち。静かにしてくださいね」

 

 パンパン、と教卓を叩いて先生が警告を発し──

 

「あ、すいませ──」

 

 

 バキィッ! バラバラバラ……

 

 

 教卓はゴミ屑と化した。軽く叩いただけで崩れ落ちるとは。どこまで最低な設備なんだ。

 

「え〜……替えを用意してきます。少し待っていてください」

 

 先生は気まずそうにそう告げると、足早に教室から出て行った。

 

「あ、あはは……」

 

 姫路が苦笑いをしていたが、その表情はすぐに苦しそうな咳によって歪められてしまった。病み上がりだそうだし、彼女にこの劣悪な環境はあまりよろしくないな。

 

「……雄二、達哉、ちょっといい?」

 

 と、不意に俺とあくびをしていた雄二に、明久が声をかけた。

 

「ん? なんだ?」

 

「ここじゃ話しにくいから、廊下で」

 

「……別に構わんが」

 

 珍しく明久の眼は真面目だった。それを見て俺も雄二も真摯に対応し、明久に連れられて廊下に出た。

 

 

 

 

 

 

「んで、話って?」

 

 ホームルーム中なだけあって廊下に人影はなかった。壁に背を預けながら、雄二が真っ先に切り出した。

 

「この教室についてなんだけど……」

 

 と、神妙な面持ちで明久が言う。この教室というのは言うまでもなくFクラスのことだろう。

 

「Fクラスか。想像以上に酷いもんだな」

 

「ある程度は覚悟していたつもりだが、これは流石に予想外だった」

 

「二人もそう思うよね?」

 

「もちろんだ」

 

「Aクラスの設備は見た?」

 

「ああ、凄かったな。あんな教室は他に見たことがない」

 

 いや、むしろあれはもう教室と呼べる代物じゃないだろう。確かに黒板やらチョークやら一般的な学校でも見られる設備もあるにはあったが、プラズマディスプレイやリクライニングシートなど、一高校にあっていい物ではない。Fクラスの設備と比べるとまさに天と地の差だろう。

 

「そこで僕からの提案。折角二年生になったんだし、『試召戦争』をやってみない?」

 

 明久のその言葉を受けて、俺と雄二の表情が変わった。

 

「戦争、だと?」

 

「うん。しかも、Aクラス相手に」

 

「……何が目的だ?」

 

 俺が問う。

 

「いや、だってあまりに酷い設備だから」

 

「嘘をつくな。全く勉強に興味のないお前が、今さら勉強用の設備なんかのために戦争を起こすなんて、そんなことあり得ないだろうが」

 

 雄二が問い詰めると、「うぐっ」と明久は顔を歪めた。

 

「そ、そんなことないよ。興味がなければこんな学校に来るわけが──」

 

「お前がこの学校を選んだのは『試験校だからこその学費の安さ』が理由だろ?」

 

 更に明久の表情が歪んだ。流石はバカ。自分がこの学校に来た理由を皆に話していたことをもう忘れていたようだ。

 「えーっと、それは……」と上手い言い訳が思い付かずわたわたとしだした明久に呆れて、俺と雄二は同時に息を吐いた。

 

「……姫路のため、か?」

 

 ビクッと明久の背筋が伸びる。

 

「ど、どうしてそれを!?」

 

「本当にお前は単純だな。カマをかけるとすぐに引っ掛かる」

 

 そう言う雄二の目からは既に警戒の色はなく、代わりに楽しげな笑顔が浮かんでいた。

 

「べ、別にそんな理由じゃ──」

 

「はいはい。今さら言い訳は必要ないからな」

 

「だから、本当に違うってば!」

 

「気にするな。お前に言われるまでもなく、俺自身Aクラス相手に試召戦争をやろうと思っていたところだ」

 

「え、どうして? 雄二だって全然勉強してないよね?」

 

「……世の中学力だけが全てじゃないって、そんな証明をしてみたくてな」

 

 どこか遠い目をしている雄二。どうやら彼は彼なりの“戦う理由”があるようだ。明久はそれが分からずに頭上に大量の疑問符を浮かべていた。

 

「達哉、お前はどうする?」

 

 雄二の視線が俺に向いた。俺は顎に手を当てて考える。頭に浮かんできたのは、姫路の姿だった。Fクラスの劣悪な環境に充てられて苦しそうに咳き込む、弱々しい少女の姿。

 

「そうだな……その話、俺も乗ったぜ。明久と同じように、俺も姫路にはいい設備で勉強して欲しいからな」

 

「だ、だから違うって!」

 

 無視する。

 

「……本当にそれだけか?」

 

「ん?」

 

 雄二の褐色の瞳が俺を捉えていた。その表情は、質問しておいて全てを察していた。

 

「分かってるじゃないか、雄二」

 

 俺が不敵に微笑むと、雄二もニヤリと唇の端を吊り上げた。俺はあくまで姫路のためにこの話に乗った。だが、乗った理由はそれだけじゃない。

 それは、いつも刺激を求めている俺ならではの理由と言ってもいい。

 

「──やっぱり、面白そうだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に戻ってからしばらくして、ようやく先生も新しい──と言っても相変わらずボロい──教卓を運んで戻ってきたので、気を取り直してホームルームが再開される。

 

「えー、須川亮です。趣味は──」

 

 特に何も起こらずまた淡々とした自己紹介の時間が流れ、やがて順番が雄二となった。

 

「坂本君、キミが最後の一人ですよ」

 

「了解」

 

 先生に呼ばれて雄二が席を立つ。そして、ゆっくりと教壇に歩み寄るその姿にはいつものふざけた雰囲気は微塵も見られず、クラス代表として相応しい威厳と貫禄を身に纏っているようだった。

 

「坂本君はFクラスの代表でしたよね?」

 

 先生の問いに鷹揚に頷く雄二。クラス代表ということはつまり、このクラスで一番の成績を取ったということ。しかし、学年最底辺であるFクラスにおいてそれはなんの自慢にもならず、それどころかむしろ恥になりかねない肩書きである。にも関わらず、雄二は自身に満ちた表情で教壇に上がり、俺たちに向き直った。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺のことは代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」

 

 クラスメイトから大して注目されるわけでもない。Fクラスという馬鹿ばかりの集まりの中で比較的成績が良かったというだけの、他から見れば五十歩百歩な存在。

 

「さて、皆に一つ聞きたい」

 

 そんな生徒が、ゆっくりと、全員の目を見るように告げる。

 間の取り方も上手く、全員の視線はすぐに雄二に向けられた。皆の様子を確認した後、雄二の視線は今度は教室内の各所に移りだす。

 

 カビ臭い教室。

 

 古く汚れた座布団。

 

 薄汚れた卓袱台。

 

 俺たちもつられて雄二の視線を追い、それらを順番に眺めていった。

 

「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが……」

 

 一呼吸おいて、静かに告げる。

 

「──不満はないか?」

 

『大ありじゃあああっ!!!』

 

 二年F組生徒の魂の叫び。

 

「だろう? 俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」

 

「そうだそうだ!」

 

「いくら学費が安いからって、この設備はあんまりだ! 改善を要求する!」

 

「そもそもAクラスだって同じ学費だろ? あまりに差が大きすぎる!」

 

 堰を切ったかのように次々と不満の声があがる。

 

「皆の意見はもっともだ。そこで……」

 

 級友たちの反応に満足したのか、雄二は自身に溢れた顔に不敵な笑みを浮かべて、

 

「これは代表としての提案だが──」

 

 これから戦友となる仲間たちに野性味溢れる八重歯を見せつけ、

 

「──Fクラスは、Aクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」

 

 Fクラス代表、坂本雄二は戦争の引き金を引いた。

 

 


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