俺と彼女と召喚獣   作:黒猫箱

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問:以下の問いに答えなさい。
『調理の為に火にかける鍋を製作する際、重量が軽いのでマグネシウムを材料に選んだのだが、調理を始めると問題が発生した。この時の問題点とマグネシウムの代わりに用いるべき金属合金の例を一つ挙げなさい』


姫路瑞希の答え
『問題点……マグネシウムは炎にかけると激しく酸素と反応する為危険であるという点。
合金の例……ジュラルミン』

教師のコメント
正解です。合金なので『鉄』では駄目という引っ掛け問題なのですが、姫路さんは引っかかりませんでしたね。


神崎達哉の答え
『問題点……まず鍋を自分で製作しようとした点
合金の例……ジュラルミン』

教師のコメント
片方合ってるだけに正論が痛いです。


土屋康太の答え
『問題点……ガス代を払っていなかったこと」

教師のコメント
そこは問題じゃありません。


吉井明久の答え
『合金の例……未来合金(←すごく強い)』

教師のコメント
すごく強いと言われても。




第2問『Fクラス』

 

 

 

「2年F組……」

 

 俺は現在、『2年F組』と書かれた木製のオンボロなプレートがぶら下げられた、これまたオンボロな教室の前にいた。

 いやはや、話には聞いていたが他のクラスとFクラスの設備の差が激しすぎるな。3階の廊下を歩いている際、最上級クラスであるAクラスを見たが本当に比べ物にならない。

 

「まあ、文句を言える立場ではないか……」

 

 不満があるなら良い成績を取れということなんだろうし、そもそも俺は寝坊して振り分け試験を未受験()()()()()()()()()()()。文句は言いたくとも言えないだろう。

 

 ともあれ、この中にいるのはこれからの一年を共に過ごす仲間たちだ。たとえ学園一バカな者たちの集まりだとしても、きっと彼らはこれからの俺の学園生活にとってもいい刺激を与えてくれるだろう。そんな期待を抱きながら俺は立てつけの悪いFクラスの扉を開け──

 

「死ねぇぇっ!!」

 

 そんな言葉と共に飛んできた拳を右手で受け止めた。

 

「ふんっ!」

 

「ぬおっ!?」

 

 そしてそのまま背負い投げ。投げ飛ばされた‟彼”の巨体が宙を舞い、『ズシン!』という重たい音と共に地面に叩き付けられた。

 

「……おはよう雄二。相変わらずお前は元気だな」

 

「……ああ、おはよう達哉。見事な切り返しだった」

 

 仰向けに大の字になっている彼を見下ろしながらそう言うと、彼はそう返した。

 坂本雄二。180センチという長身にボクサーのように筋肉質な体格。意志の強そうな目をした野性味たっぷりの顔にツンと立てた赤い短髪が特徴の、俺の悪友1号である。

 雄二はゆっくりと立ち上がり、埃をはたき落としてから悔しそうな顔を向けて、

 

「しっかし、やはり達哉にはなかなか一撃が入れられないな。今のは『()った!』と思ったんだが……」

 

「朝っぱらからぶん殴られてたまるか」

 

 確かにいい刺激を与えてくれるだろうとは言ったが、だからって物理的な刺激は求めていない。なぜだか知らないが、雄二の俺に対する挨拶ではよく拳が飛んでくる。いい加減そろそろやめてほしい。

 

「──まあ、そんなことは今はどうでもいいとして、先生はまだ来てないのか?」

 

「ああ、だから代わりに俺が教壇に立っている」

 

「代わりに?……ってことは、雄二がクラス代表なのか?」

 

「話が早くて助かる。そういうことだ」

 

 雄二はニヤリと悪どい笑みを浮かべた。

 

「そうか、お前がクラス代表か………かわいそうに」

 

 雄二がではなく、クラスメイトがという意味で。

 この男がクラス代表をしたらきっとロクなことにならないんだろうな。面白くはなりそうだから何も言わないが。

 

「安心しろ達哉。俺は優しい男だから問題ない」

 

「後半の言葉は聞かなかったことにしておく」

 

 言葉とは裏腹に邪悪な笑み浮かべている雄二に俺は浅く息を吐く。

 この悪の親玉みたいな男に良いように手駒にされるクラスメイト達の図、か……。

 

 ……オラ、なんかワクワクしてきたぞ。

 

「雄二、その時は俺も混ぜろよ」

 

「ああ、任せとけ」

 

 雄二に負けず劣らずの悪どい笑みを浮かながら、俺はぐっとサムズアップ。雄二もまたぐっと親指を立て返したのを確認してから、

 

「すいません、ちょっと遅れちゃいました♪」

 

「「早く座れ、このウジ虫野郎」」

 

 とりあえず、鳥肌が立ちそうなくらいバカみたいな──というよりバカな挨拶をして入って来たバカを黙らせた。

 

「二人揃って酷い!?」

 

 吉井明久。短めの茶髪に少々幼さの残る顔だちをしているなかなかの美少年ではあるが、頭の中身が小学生以下のいわゆるバカである。

 そして非常に不本意ながら、俺の友人であったりする。

 

「……達哉、なんか失礼なこと考えてない?」

 

「いや、至ってまともなことを考えていたが。気のせいだろう?」

 

「そうかなぁ……?」

 

 バカだから自分が貶されていることにも気づかない。そして、バカであるが故に明久は他の生徒が持っていない、こいつだけが持っている特別な肩書きがあるのだが、まあそれは別の機会に話すとしよう。

 

 

 

 

 雄二と明久の元からひとまず離れた俺は、自分の席を確保するために教室の後ろ側に向かった。今更ながら教室内部の説明をすると、まず「汚い」の一言に尽きる。

 机とイスなんてものは設置されておらず、代わりに卓袱台と座布団がカビの生えていそうな古畳の上にぽつんと置かれ、ヒビや蜘蛛の巣が教室のあちこちに張り巡らされている。とてもじゃないが勉強できる環境とは言えない。あと少し臭い。

 改めて最底辺のクラスに来てしまったという事実を実感して顔を渋めながら、俺は空いている場所に鞄を置いて座布団の上に座った。座布団には綿が入っていないらしく、座るとふしゅーという空気の抜ける音がした。

 

「──おはよう、達哉」

 

 凛とした声が俺の耳に届いた。少年のような、しかし少女のようにも聞こえるその声の主を俺はよく知っている。小さな頃から仲がいい、幼馴染の姉弟の片割れの『彼』に、俺は笑みを向けた。

 

「よ、秀吉」

 

 木下秀吉。小柄な体に肩にかかる程度の長さの髪をゆったりと縛った居出立ちをしており、男でありながら女子と見間違う可愛らしさを持っている、いわゆる“男の娘”というやつだ。実際、長年の付き合いである俺でさえ、秀吉は実は女なんじゃないかという錯覚に襲われる時がある。秀吉には優子という名の双子の姉がおり、彼女はおそらく──いや絶対Aクラスに所属しているはずだ。

 

 彼女に関しても──また別の機会に話すとしよう。

 

「しかし、お前がFクラスね……本来ならEかDくらいの実力はあるはずなんだけどな」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが、生憎部活に肩入れしすぎてしまってのう。結果はこの通りじゃ」

 

 秀吉は特徴的な爺言葉でバツが悪そうにそう言った。演劇部に所属し、ホープと呼ばれるほどに高い演技力を持つ秀吉は、しかしそれ故か成績はあまり芳しくなく、振り分け試験の結果Fクラスになってしまったようだった。

 

「ま、まあ、達哉とまた一緒のクラスになれたから、ワシは嬉しいが……」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「な、何でもないぞ!」

 

 秀吉は顔を赤くして腕を前に突き出し、わたわたと大きく振った。ポーカーフェイスが売りの秀吉にしては珍しい。まあ、秀吉が何でもないというのなら俺は何も聞かない。秀吉はふぅっと胸を撫で下ろし、「聞かれなくてよかった……」と呟いた。

 

「……? まあいいや。それよりも秀吉、優子は元気か?」

 

 俺がそう聞くと、秀吉は表情を変えた。

 

「元気じゃが、その……やはり……」

 

 俯きながら言いよどむ。

 

「──引きずってる、か?」

 

 俺が秀吉の代わりに続けると、秀吉は小さく頷いた。

 

「俺はもういいって言ったんだけどなぁ……」

 

「達哉が気にしていなくとも姉上はそうはいかんじゃろう。それにワシだってまだ気にしている。‟あれ”はワシらが悪かったんじゃし……」

 

 はあ、と俺は頭を掻きながらため息を吐いた。

 全くこの姉弟は。性格は全然似ていないくせに、こういうところは似通っている。

 

「何度も謝ってくれたんだからその話はもういいって。こうして俺もピンピンしてるんだし、また前みたいに三人でどこかに遊びに行ったりしようぜ、な?」

 

「うむ……分かった。達哉がそこまで言うのならワシはもう気にせん。じゃが、これだけは言わせてくれ。──ありがとう」

 

 ようやく本来の秀吉らしい笑みが戻った。優子の方はまだ時間がかかるだろうが、幸いにもその時間は沢山ある。ゆっくり少しずつ元に戻していけばいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、おはようございます。二年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします」

 

 ようやく担任の教師が教室にやって来て、そのままホームルームが始まった。

 覇気のない声に寝癖のついた髪、ヨレヨレのシャツを貧相な体に着込んだリストラされたサラリーマンのような中年男性が、俺たちの担任教師だった。

 彼はぺこりと小さく頭を下げ、黒板に名前を書こうと俺たちに背を向ける。が、チョークがなかったので、そのまま何もせず再び俺たちに体を向けた。流石は最低クラス。チョークまで用意されていないとは。

 

「皆さん全員に卓袱台と座布団は支給されていますか? 不備があれば申し出てください」

 

 先生のその言葉に、生徒の一人が手を挙げた。

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入っていないですー」

 

「あー、はい。我慢してください」

 

「先生、俺の卓袱台の脚が折れています」

 

「木工ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」

 

「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」

 

「わかりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」

 

 ……酷過ぎて言葉も出ない。

 

「では、自己紹介でも始めましょうか。そうですね、廊下側の人からお願いします」

 

 結局、何の解決もされないまま先生はホームルームを進め、自己紹介が始まった。

 トップバッターは秀吉で、車座を組んでいた彼はすっと立ち上がって自己紹介をした。男ばかりのこの教室だとますます秀吉の容姿が女子に見えてしまう。別に飢えているわけではない。

 

「騙されるな吉井明久! アイツは男だぞ!」

 

 思考をダダ漏れさせている隣のバカは無視するとして、秀吉の自己紹介が終わり、続いて後ろに座っていた男子生徒が立ち上がった。

 

「………土屋康太」

 

 おっと、彼も俺の友人だ。小柄で口数は少ないが、ああ見えて体は引き締まっていて運動神経もいい。去年からいろいろお世話になっていたりする。

 しかし、見渡す限り男ばかり。これじゃあ余計に秀吉が砂漠に咲く一輪の花だ。せめて一人くらいは女子がいてほしいものだが……。

 

「──です。海外育ちで、日本語は会話はできるけど読み書きが苦手です」

 

 と、考え事をしている内に別の人の順番になっていた。この声は女子だ。なんだ、ちゃんといるじゃないか──

 

「趣味は吉井明久を殴ることです☆」

 

 前言撤回。女子は女子でも花には程遠い女子だった。隣の明久が盛大にずっこけている。この恐ろしくピンポンとかつ危険な趣味を持つ人物は、俺の知っている限り一人しかいない。

 

「はろはろー」

 

「あぅ、島田さん……」

 

 笑顔で自分の席からこちら──正確には明久に向けて手を振っているのはまたしても俺の友人。そして明久の天敵。その名は島田美波。茶髪を黄色い大きなリボンでポニーテールに纏めているのが特徴の端から見れば美少女と言える少女である。

 

 島田の自己紹介も終わり、その後は淡々と自分の名前を言っていくだけの流れ作業が続いていく。やがて明久まで順番が回っていき、明久は軽く息を吸って立ち上がった。

 

「──コホン。えーっと、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んでくださいね♪」

 

『ダァァーーリィーーン!!」

 

 野太い声の大合唱が俺の耳を貫いたので、明久を殴り飛ばした。

 

「ひでぶっ!?」

 

「キサマは俺の耳を壊死させる気か? アアッ!?」

 

 そのまま腕を取り、腕ひしぎ十字固め。

 

「腕がぁっ!? 腕がミシミシと鳴ってはいけない音をォォっ!!?」

 

 パンパンと明久がタップするが、残念、やめるつもりは毛頭ない。それくらい俺の耳にダメージを与えた罪は重い。

 

「はいはい神崎君。気持ちは分かりますが、次は君の自己紹介の番なので続きはそれを終わらせてからにしてください」

 

 まさに明久の腕の関節が外されようとしたその時、先生が俺を制止した。いつの間にここまで自己紹介が終わったのか。どれだけ前の奴らつまらない自己紹介をしたんだ。少々物足りないが、まあ終わった後に存分にやっていいとの許しは出たのでここは素直に先生の言うことを聞いておく。

 俺は明久を解放して立ち上がった。

 

「えー、神崎達哉です。普通の人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能──」

「ストーーーーップ!!! そこで終わりにして達哉!!」

 

 明久に横やりを入れられた。

 

「なんだよ明久? あ、もしかして英語の方がよかったか? It is not interested in the normal people──」

 

「そういうことじゃないから! あと、英語で言ってもここにいる全員がなんて言ってるか分からないから!」

 

「いいから普通に自己紹介して!」と明久が必死に俺を説得する。俺もそろそろ色んな所から怒られそうなのでやめることにした。

 

「冗談はさておき、改めて、神崎達哉だ。趣味は特にこれといったものがあるわけじゃないが、最近の楽しみは明久をいじめることだ。その点でいえば、俺は島田の趣味を全力で応援したいと思う」

 

「あの、達哉。それも冗談だよね……?」

 

 いや、至って真面目だが? 島田がグッとサムズアップしていたので俺も親指を立てて返してやる。それを見た明久が卓袱台に頭を垂れた。

 とまあ、そんなこんなで俺の自己紹介も終わり、再び名前を言うだけの自己紹介という名の流れ作業が始まった。

 これと言って面白いことを言う者もおらず、本格的に睡魔に襲われ始めた時だった。

 

「──あの、遅れて、すいま、せん」

 

 不意にガラリと教室のドアが開き、息を切らせて胸に手を当てている女子生徒が現れた。

 

『えっ?』

 

 教室全体から驚いたような声が上がった。かく言う俺もその一人だった。眠気に負けそうだった目はすっかり醒め、まっすぐに教室の入り口に立っている彼女の姿を見つめる。

 

「丁度よかったです。今自己紹介をしているところなので、姫路さんもよろしくお願いします」

 

 クラスがにわかに騒がしくなり始め、その中で数少ない彼女の登場にも平然としている人物の一人の福原先生が話しかけた。

 

「は、はい! あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします……」

 

 小柄なその体をさらに縮こめるようにして、姫路瑞希は自己紹介をした。

 

 

 


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