俺と彼女と召喚獣   作:黒猫箱

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問題:以下の問いに答えなさい。
『女性は( )を迎える事で第二次成長期になり、特有の体つきになり始める』


姫路瑞希の答え
『初潮』

教師のコメント
正解です。


吉井明久の答え
『明日』

神崎達哉の答え
『日の出』

教師のコメント
随分と急な話ですね。


土屋康太の答え
『初潮と呼ばれる生まれて初めての生理。医学用語では、生理の事を月経、初潮の事を初経という。初潮年齢は体重と密接な関係があり、体重が1.5kgに達する頃に初潮を見るものが多い為、その訪れる年齢には個人差がある。日本では平均12歳。また、体重の他にも初潮年齢は人種、気候、社会的環境、栄養状態などに影響される』

教師のコメント
詳しすぎです。



第13問『茜空の想い』

 

 

「さて、それじゃあ嬉し恥ずかしの戦後対談といこうか、負け組代表?」

 

 終戦後、壁を壊した痛みのフィードバックにむせび泣く明久の手を俺と秀吉で応急手当てする傍らで、雄二が力なく床に座り込む根本を見下ろして言った。

 

「………………」

 

 根本は、黙ったまま応えない。さっきまでの威勢はもはや微塵もなくなっていた。

 

「本来なら設備を明け渡してもらい、お前らには素敵な卓袱台をプレゼントするところだが………特別に免除してやらんでもない」

 

 そんな雄二の言葉に、BクラスだけでなくFクラスまでもざわざわと騒がしくなる。

 

「落ち着け、お前ら。俺たちの最終目標はAクラス。ここがゴールじゃないだろ?」

 

 俺が宥めて説明すると、仲間たちは納得して落ち着きを取り戻した。

 

「ここはあくまでも通過点だ。だから、Bクラスが条件を呑めば解放してやろうかと思う」

 

「………条件はなんだ?」

 

 力無く根本が問う。

 

「条件? それはお前に決まってるだろう、根本恭二?」

 

「お、俺、だと……!?」

 

「ああ。お前には散々好き勝手やってもらったし、正直去年から目障りだったんだよなぁ」

 

 なかなか凄い言い様だが、そう言われるだけのことをこの男はやっているのだから、Bクラスの人間も誰もフォローできなかった。根本本人もその自覚があるらしく、反論はない。

 

「そこでお前らBクラスに特別チャンスだ。Aクラスに行って試召戦争の準備ができてると伝えて来い。そうすれば設備については見逃してやる。ただし、宣戦布告はするな。あくまでも戦争の意思と準備があるとだけ伝えるんだ」

 

「……それだけでいいのか?」

 

 疑うような根本の視線。当初の予定ではこれだけで良かったのだが、今は違う。

 

「ああ。根本(おまえ)が“コレ”を着て言った通りに行動してくれたら見逃そう」

 

 と、そう言って雄二がFクラスの一人から受け取った紙袋から出したのは、先ほど秀吉が着ていた女子制服だった。背中には『これは趣味です。』と書かれた刺繍が縫い付けてある。

 これは俺と明久の要望の制服を手に入れるための手段だ。ちなみに、女子制服については雄二の個人的感情で『これは趣味です。』の刺繍は俺の趣味である。雄二に制服が欲しいと頼みに行った後、もしかしたらまた使うかもしれないと思い手芸部の奴に頼んだのだが、無駄にならなくて良かった。

 

「ば、馬鹿を言うな! この俺がそんなふざけたことを……」

 

 根本が慌てふためいて俺たちの条件を拒否する。お前に拒否権はねえよ、と俺が無理矢理制服を着せようとすると、

 

「Bクラス生徒全員で必ず実行させよう!」

 

「任せて! 必ず実行させるから!」

 

「それだけで教室を守れるならやらない手はないな!」

 

 Bクラスが思わぬ形で助力に入ってくれた。根本の人望の無さが如実に表れている会話だ。

 

「よーし、決定だな! じゃあ根本、着ろ」

 

「よ、寄るな! 変態ぐふぅっ!」

 

 うるさいからとりあえず殴って黙らせた。

 

「ふう、これで静かになったな。さあ皆、着せ替えの時間だ」

 

『はーいっ!』

 

 パンパンと手を叩くと一斉に根本に群がっていくBクラス生徒たち。協力するって素晴らしい。瞬く間に根本はパンツ一丁にひん剥かれ、剥ぎ取られた制服がゴミのように俺の足元に投げ捨てられる。

 

「これで目的のものはゲットだな。ほれ、明久。後はお前が何とかしろ」

 

 制服を拾った俺は、それを明久に投げ渡し、明久は不意を突かれながらも何とかキャッチした。

 

「ありがとう達哉! あっ、根本君の制服はどうしよう?」

 

「ゴミはゴミ箱だ」

 

 根本にその制服は必要ないだろう。替えもあることだし。

 俺の言葉に「分かった!」と元気よく返事をした明久は、そのまま一足先にFクラスへと戻っていった。

 

「ったく、あのバカは……」

 

 男物の制服を宝物でも扱うように大事に抱えて持って行く、一種の変態にすら見える明久の背を苦笑して見届けてから、俺は再び根本を見る。

 すっかり根本は女子制服を着せられていた。

 

「おーい、折角だから可愛くしてやってくれ」

 

「それは無理。土台が腐ってるから」

 

 酷い言いようだ。

 

「確かにそうだが、根本が起きたら撮影会を始めたいし、吐き気を催さない程度にはマシにして欲しいな」

 

「それもそうね。ま、女装してるって時点で既に吐き気がするほど気持ち悪いけどね!」

 

 本当に酷いな。どれだけ人望が無いんだよ、根本の奴。この人望の無さにはむしろ尊敬の念すら抱いてしまいそうだ。抱く気はさらさらないが。

 しかし、根本も起きる気配がないな。少々強く殴りすぎたかもしれない。

 

「早く起きてくれないと、こっちも暇だなぁ………ん?」

 

 溜息を吐いて、何とはなしに教室の外に目をやった俺は、そこに一人の少女の姿を認めた。

 

「あー……雄二、後はお前に任せていいか?」

 

「うん? 構わないが、どうした?」

 

「別に。世にもおぞましい撮影会を見て吐きたくないだけだ」

 

 ここでようやく根本が目を覚ましたが、俺も“もう”暇じゃないから正直どうでもいい。

 

「なるほど……まあ、後は俺たちがやっておく。今日は達哉には働いてもらったからな、ゆっくり休んでくれ」

 

 雄二の許可も出たことだし、俺は真っ直ぐに教室の出口に向かった。いや、正確には出口にいる“彼女”の元へ。さっきからこちらの様子をちょこちょこ見ていたようだが、バレバレだ。しかも彼女自身はまだバレていないと思っているらしく、俺が近付いてきていると分かるやすぐさまサッと体を隠した。しかし、またすぐにヒョコッと顔を出すので正直無駄だった。

 

(ま、そういう一周回ってバカなところも魅力の一つなんだろうけど)

 

 苦笑しながら、そう思う。そのまま俺は出口まで到達し、すぐそばの“彼女”に声を掛ける。

 

「よっ」

 

「あ……よ、よっ」

 

 軽く手を挙げると、戸惑いながらも同じように返してきた。それがあまりにも“らしくなかった”ので、俺は小さく噴き出してしまった。

 

「な、なによ?」

 

「いや、別に」

 

 笑われて気に障ったのか、頬を膨らませる。それを「まあまあ」と宥めてから、

 

「一緒に帰ろうぜ、優子」

 

そう言うと、優子は頬を染めながらコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり陽は傾いていた。

 茜色に染まった帰り道を優子と二人、並んで歩きながら、俺は今日の戦果を語った。

 

「ふーん、そんなことがねぇ……なるほど。あの時の大きな音は、吉井君が壁を破壊した音だったんだ」

 

「ま、そういうこと。あの時の根本の驚愕に満ちた顔、お前にも見せたかったよ」

 

 話しながらその場面の出来事を思い出し、ククク、と笑う俺。反対に、優子は呆れ顔で溜息を吐いた。

 

「なんて言うか、バカね」

 

「また随分とバッサリだな」

 

 まあ、事実だから言い返すつもりもないが。壁を破壊してまで奇襲を仕掛けるなどバカでもやらないことだ。しかし、それを平気でやってしまうバカが明久なのである。

 そして、

 

「バカにもバカなりの戦い方がある。それを考えて実行に移すのがウチの代表だ」

 

 「だから……」と、俺は横目で優子を見下ろす。

 

「油断してると、本当に負けるぞ?」

 

 優子も、余裕たっぷりの表情で俺を見上げた。

 

「言ってくれるじゃない。FクラスがAクラスに勝てるだなんて幻想、まだ抱いているのかしら?」

 

「勝てるさ。Fクラスには俺がいる」

 

「無理ね。達哉はアタシが倒すもの」

 

 視線が交差し、火花が飛び交う。絶対に引けないという意地がそこにはあった。

 

「あ………」

 

 すると、不意に優子が目を逸らし、前方に映るとある一角を複雑そうな表情で見つめた。俺もそこに目をやって、優子が表情を変えた理由を悟る。

 公園だった。姉貴曰く、俺が生まれるよりずっと前からあったというこの公園は、遊具の所々に年季が入っているものの今でも近所の親交と憩いの場として賑わうスポットである。

 

 そして、“あの出来事”が起きた場所でもあった。

 

「………………」

 

 きっと優子も思い出しているのだろう。思いつめたように、公園から目を逸らそうとはしなかった。

 

(ったく……そんな顔すんじゃねえよ)

 

 俺は、はあ、と優子に聞こえないように小さく溜息を吐いて、彼女の頭にポンと手を置いた。

 

「達哉……?」

 

「そういやあ、小学生の頃はこの公園でよく遊んだっけか」

 

 不思議そうに見上げてきた優子を無視して、今思い出したかのように俺は語る。本当は、この公園が目に映った時点で思い出していた。

 

「俺と優子と秀吉。遊ぶ時はいつも三人一緒だったよな」

 

「………うん」

 

 この公園には、思い出がたくさん詰まっている。

 

 鬼ごっこをした。優子が転んで大泣きした。

 かくれんぼをした。高い木に登って降りられなくなった。

 砂遊びをした。泥まみれになって揃って親に怒られた。

 

 とにかくたくさんの思い出が、ここには詰まっている。

 

 

 

『『ゆーびきーりげんまん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます、ゆびきった!』』

 

 

 

「…………っ!」

 

 風に乗って、歌が聞こえた気がした。二人の子供の、楽しそうな歌声だった。そして思い出す。

 

(そういえば、あの“約束”を交わしたのも、この公園だったっけか?)

 

 そのことを、優子は覚えているのだろうか。そう思い、思い切って聞いてみようと俺は優子に顔を向けた。

 

「……ねえ、達哉」

 

 が、その前に優子が先に話を切り出してきたので、出鼻を挫かれてしまった。

 

「なんだ?」

 

「そういえば、あの約束を交わしたのも、この公園だったわよね?」

 

 言葉に詰まってしまった。驚いた。優子は俺とまったく同じことを考えていたようだ。あまりにドンピシャすぎて、俺の頭は一瞬真っ白になる。

 

「覚えてないかしら?」

 

「あ……い、いや! ちゃんと、覚えてる」

 

「良かった………アタシ、この前まであれは所詮子供の言葉だからって、あまり本気にしてなかったの」

 

「……ああ」

 

 頷く。俺も本気にはしていなかった。子供の時の他愛ない思い出として、記憶の片隅に押し込んでいた。

 

「でも……でもね。“あの出来事”が起きて以来、何度もあの時の夢を見るの。あなたとアタシ、二人で約束を交わしたあの場面の夢を」

 

 同じだ。俺も、同じ夢をよく見る。思えばその時からかもしれない。あの約束が、ただの子供の約束に思えなくなってきたのは……。

 

「ずっと頭から離れなかった。どうしてなのか分からなかった………でも、ようやく気付いたわ」

 

 不意に、手に暖かな感触が伝わる。

 優子が俺の手を握っていた。

 

「アタシ……アタシね……」

 

 俺を見つめる優子の顔は赤かった。きっと夕陽のせいではないだろう。

 ゆっくりと、彼女の顔が近付いてくる。

 

「達哉のことが………」

 

「優子………」

 

 2センチ、1センチ……距離がどんどん縮まっていき、俺も彼女の想いに応えるべく顔を近付けた。

 

 そして、二人の距離は、ゼロになる──

 

「おーい! 達哉ー、姉上ー!」

 

「「────ッ!!?」」

 

 その前に、聞こえてきた秀吉の声に俺たちは一瞬で距離を取った。

 

「ひ、秀吉!? ど、どうして……確か今日は演劇部の活動日だったはずじゃ……」

 

「うむ。そうだったのじゃが、Aクラス戦の準備のために早退させてもらったのじゃ」

 

 余計なことを。

 顔を赤くしたまま俯く俺たちに構わず、秀吉はどんどん話を進めていった。

 

「む? おお、この公園は懐かしいのう! 小学生の頃はここでワシら三人、よく遊んだものじゃ」

 

 そのくだりはもうやった。優子の体がプルプルと震えてきた。しかし秀吉は気付かず、「そうじゃ!」とさらに続ける。

 

「確かここで鬼ごっこをした時、姉上が転んで大泣きしたことがあったのう。思えばあの時くらいかもしれんな、姉上が泣いているのを見たのは。のう、姉う──」

 

「──こんっっのバカ秀吉がアアァァッッ!!!」

 

 優子、大爆発。

 

「ぬわあああっ!? な、なんじゃ姉上!? ワシが何をしたというのじゃ!?」

 

「うっさいわッ!! いいところで邪魔しやがって! もうちょっとだったのに……! もうちょっとだったのにぃぃぃッ!!」

 

「ど、どういうことじゃ!? た、達哉! お主からもなんか言ってくれ!」

 

「い、いやそのー…………秀吉、ごめん」

 

「ええええっ!!?」

 

 いつもなら全面的にお前の味方をさせてもらうが、今回ばかりは無理そうだ。言わせてくれ。

 空気読め、と。

 

「ま、待ってくれ姉上! まずは事情を説明してくれ!」

 

「問答無用!!」

 

「いたたたたっ! ち、違う! その関節はそっちには曲がらな──ぎゃああああっ!!」

 

 ボギンッ! と何かが折れる音と共に一輪の花が夕陽の下に散るのを見ながら。

 俺はどこかで、アホー、とカラスが鳴くのを聞いたのだった。

 

 


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