俺と彼女と召喚獣   作:黒猫箱

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問:以下の問いに答えなさい。
『goodおよびbadの比較級と最上級をそれぞれ書きなさい』


姫路瑞希の答え
『good ─ better ─ best
 bad ─ worse ─ worst』

教師のコメント
その通りです。


吉井明久の答え
『good ─ gooder ─ goodest』

教師のコメント
まともな間違え方で先生驚いています。
goodやbadの比較級と最上級は語尾に‐erや‐estをつけるだけではダメです。覚えておきましょう。


神崎達哉の答え
『bad ─ worse ─ best』

教師のコメント
そんな下剋上はありません。


土屋康太の答え
『bad ─ butter ─ bust』

教師のコメント
『悪い』『乳製品』『おっぱい』




第12問『vs.Bクラス(後編)』

 

 

 

 

「よしっ! んじゃあ早速、作戦を始めるとすっか!」

 

 翌朝、補給試験のために早めに登校した俺たちに向けて、雄二が開口一番にそう告げた。

 

「作戦? でも、開戦時刻はまだまだだよ?」

 

「Bクラス相手じゃない。Cクラスの方だ」

 

「あ、なるほど……で、何をするの?」

 

「秀吉に“コイツ”を着てもらう」

 

 と、そう言って雄二が自分の鞄から取り出したのは、うちの学校の女子制服だった。赤と黒を基調としたブレザータイプで、他校にも“オトナのオトモダチ”にもかなり人気のある垂涎の逸品である。

 

「ああ……さてはこれで秀吉に優子に化けてもらい、AクラスとしてCクラスに宣戦布告しようってわけだな?」

 

「大正解。そういうことだ」

 

 さすがだ、と言うような顔で雄二が頷く。これで昨日、雄二が秀吉をCクラスに連れて行かなかった理由が分かった。もし昨日秀吉がCクラスに行っていれば、Cクラスの連中に顔が割れて、優子に化けて乗り込んでもバレる可能性がある。

 いやはや、まさかそこまで予想して考えていたとは、さすがなのは雄二の方だ。『神童』とはよく言ったものだ。

 

「……で? その女子制服はどうやって手に入れたんだ、神童?」

 

「そんなゴミを見るような目で俺を見るな! 言っておくが、盗んだわけじゃないぞ! ちゃんと借りたんだよ!」

 

 借りたって、雄二みたいな男臭い奴に自分の制服を貸す女子が一体どこの世界に………ああ、いるか。そう言えば雄二にも幼馴染がいるんだったな。しかし、だからと言って“彼女”が制服を貸すことなどあり得るのだろうか。俺だって優子に頼んでも貸してもらえないというのに。どころか、パンチが飛んでくるのに。

 閑話休題。

 ともかく、雄二の指示で着替えた秀吉と共に俺たちはCクラスへと向かった。

 

「さて、すまないがここからは一人で頼むぞ、秀吉」

 

「気が進まんのう……」

 

 あまり乗り気ではない様子の秀吉。正直俺もあまり乗り気ではない。か弱い秀吉を敵地のど真ん中に送り込むなど、絶対にさせたくはない。

 しかし、これもFクラスの勝利のため。気が進まないが、やるしかない。

 

「秀吉」

 

 俺は、秀吉の肩に手を置いた。

 

「どうか頼む。Fクラスの命運がお前の演技に掛かっているんだ」

 

「達哉……うむ、分かった! 言ってくるぞい!」

 

 秀吉の瞳に強い意志が宿る。俺も大きく頷き、秀吉は悠然とCクラスへと向かっていった。

 

「相変わらず気持ち悪いくらいの信頼関係だな、お前らは」

 

「気持ち悪いって言うな……ま、幼馴染だからな」

 

 付き合ってきた時間が違う。明久と康太が悔しさのあまり目から血の涙を流していたが、あえて無視する。

 

「お、秀吉が教室に入るぞ。ここからは静かにな」

 

 雄二が口に指を当てて全員に告げる。別にここからなら俺たちの話し声は中に聞こえないとは思うが、素直に指示に従っておく。

 秀吉が、Cクラスの扉に手を掛け、

 

 ガラガラガラッ!

 

『静かになさい、この薄汚い豚ども!』

 

 勢いよく扉を開け放ち、開口一番優子の声で罵声を浴びせた。

 

「さすが秀吉。これ以上ない挑発だな」

 

 もう何も言わなくともCクラスの敵意はAクラスに向いているのではないかと思ってしまうくらいに強烈な一言だった。

 

『な、何よアンタ!?』

 

『話しかけないで! 豚臭いわ!』

 

 代表の小山が怒気の込もった口調で応対するが、優子(秀吉)はピシャリと小山の言葉を遮った。

 

『アンタ、Aクラスの木下ね? 昨日も根本君の邪魔をしたそうじゃない! 今度はCクラスに何の用なの!』

 

 昨日優子が俺を助けに乱入してきたことは既に伝わっていたようだった。根本が伝えたのだろう。あの二人、どうやらそれなりの関係っぽかったし。

 

『私はね、こんな臭くて醜い教室が同じ校内にあるなんて我慢ならないの! 貴女たちなんて豚小屋で充分だわ!』

 

『なっ!? 言うに事欠いて私たちにはFクラスがお似合いですって!?』

 

 おいおいおい、そこでFクラスの名前がさらっと出てくるのはいくら何でもおかしくね? 事欠きすぎじゃね?

 

『それに貴女たちには、アタシの大切な幼馴染を卑怯な手で苦しめてくれた恨みもあるから、本当は手が穢れてしまうから嫌だけど、特別に貴女たちを相応しい教室に送ってあげる!』

 

「む……」

 

「ハッハー。愛されてるなぁ、達哉?」

 

 不意に出た秀吉の言葉にほんの少し顔が熱くなり、雄二がニヤつきながら肩で突いてきた。

 

「……………(ギリギリッ)」

 

「……………(メキメキッ)」

 

 明久と康太が後ろで血の涙を溢れさせながら拳を握っているが、やっぱり無視する。

 

『ちょうど試召戦争の準備もしているみたいだし、覚悟しておきなさい。近い内にアタシたちが貴女たちを始末してあげるから!』

 

 変わって、そう言い残して大きな靴音を立てながら教室を出た秀吉。直後、Cクラスからヒステリックな叫び声が聞こえてきた。

 

『何なのよあの女!! アッタマきた! もうFクラスなんか相手にしてらんない! Aクラス戦の準備を始めるわよ!!』

 

『うおぉぉーーッッ!!』

 

「ふう……これで良かったかのう?」

 

 けたたましい怒声を背にどこかスッキリした顔で戻って来る秀吉。正直、Cクラスに罪悪感がないこともないが、まあ戦争だから仕方ないと割り切って、とにもかくにも、これで彼女たちが俺たちに戦いを仕掛けに来ることはもうないだろう。

 

「秀吉、ありがとな」

 

 俺は近寄って来た秀吉をグイと引き寄せ、胸に彼の小さな体を収めた。途端に、秀吉の顔が真っ赤に染まる。

 

「な、ななな、何をしておるのじゃ達哉!!?」

 

「悪い悪い。でも嬉しかったんだよ。演技とはいえ、秀吉がああ言ってくれてな」

 

 『大切な幼馴染』とも言ってくれたしな。

 

「……あ、あれは演技ではなく、ワシの本心からの言葉じゃ……」

 

「え?」

 

「今回はワシも根本を許すつもりはない。ワシの大切な幼馴染を──達哉を襲ったことを後悔させてやろうと思う」

 

「秀吉………はは、ありがとう」

 

 優子といい秀吉といい、俺は良い幼馴染を持った。嬉しさのあまり、もう一度ギュッと抱き締めた。

 

「「キシャアアアア!!!」」

 

「さっきからウザいわァァッ!!」

 

 とうとう耐えきれなくなった明久と康太が包丁を振りかざして襲って来たので、咄嗟に蹴りを入れてぶっ飛ばしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドアと壁をうまく使え! Bクラスに戦線拡大の隙を与えるな!」

 

 午前9時、チャイムと同時に再びBクラスとの戦争の火蓋が切って落とされ、俺たちは昨日中断されたBクラス教室前から進軍を開始した。

 俺は雄二の『敵を教室内に閉じ込めろ』という指令の下、三人単位のBクラス生徒の相手をしながら前線の各部隊に指示を飛ばしていく。しかし、ここで一つの問題が発生した。

 姫路の様子がおかしい。本来は俺と共に前線の司令官を任されて部隊の半分を指揮する手筈だったのだが、今日は一向に指示を出す気配がない。それどころか、戦争自体の参加にも躊躇っている様子だった。

 そのため、急遽俺が全体の指揮を執ることになったが、昨日の一件で完全に根本からマークされてしまったために敵の主力が俺の所に雪崩れ込み、それらの対処で指揮まで手が回らない。一応、副司令の秀吉や島田、明久などに各所の指揮をしてもらっているが、俺と姫路が思うように動けなくなっていることで徐々に押されつつあった。

 

「左側出入り口、押し戻されています!」

 

「古典の戦力が足りない! 援軍を頼む!」

 

 三人を倒した矢先に再び現れたもう三人の敵と戦う俺の元に報告が届く。戦いに集中しながら横目で左翼を見れば、充てがっていた自軍の部隊が崩され、突破されようとしていた。

 

「ちっ、まずいな……姫路! 左翼の援護を頼む!」

 

 増援として姫路を呼ぶ。俺に呼ばれた姫路がビクリと肩を跳ねさせて、俺に顔を向けた。

 

「か、神崎君……あの……その……」

 

 しかし、姫路はそれでも動こうとしなかった。泣きそうな顔をしてオロオロしている。一体どうしたというのだろう。いくら何でもおかしすぎる。

 

(根本め、今度は何をした?)

 

 俺は舌打ちをして教室の奥にいる根本を睨んだ。根本は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、まるで姫路に見せつけるかのように手に持った何かをヒラヒラと振っていた。

 

 ハート型のシールが貼られている、ピンク色の可愛らしい封筒を。

 

 それを見るたびに動こうとした姫路が悲痛な表情を浮かべて動作を停止する。

 

 疑問が、確信に変わった。

 

「そういうことかよ……!」

 

 根本恭二……下衆野郎め!

 

「明久ッ!!」

 

 飛び掛ってきた敵を一閃で断ち切り、俺は左翼にいる明久を呼んだ。左翼はその明久の策によって何とか戦線が持ち直しつつあった。俺はまた敵が襲ってくる前に秀吉にその場を任せ、明久と合流した。

 

「達哉! 姫路さんのことなんだけど……」

 

「お前も気付いたか。分かってる」

 

「達哉……僕、もう耐えきれそうにない」

 

 俯いた明久は、拳をギュッと握り締めていた。そんな彼の肩に手を置き、俺は言う。

 

「我慢しなくて良い。俺はもう()()()()キレてるからな……」

 

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。中学生の頃、俺はかなり尖っていたが、あの時の感覚に近いかもしれない。

 

「あの野郎は完全に俺たちを怒らせた。なら、俺たちは何をすれば良いか……言わなくとも分かるよな?」

 

「ああ、もちろん!」

 

 俺と明久は頷き合い、戦場とは反対方向に──Fクラスへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「雄二っ!」

 

「うん? どうした、明久。それに達哉まで。脱走か? チョキでしばくぞ」

 

 Fクラスの教室に飛び込むと、雄二はノートに報告された現在の戦況をノートに書き込みながら、こちらを向かずに答えた。

 

「雄二、悪いが冗談に付き合うつもりはない」

 

「話があるんだ」

 

 一切のふざけもなく真面目な口調で言うと、雄二は手を止めて、ノートから目を離して俺たちを見上げた。

 

「………とりあえず聞こうか」

 

「根本君の着ている制服が欲しいんだ!」

 

「……お前らに何があったんだ?」

 

「どけバカ。俺が説明する」

 

 非常に不愉快なことをのたまったバカを突き飛ばす。俺まで頭のおかしい奴と思われたくない。

 

「言っておくが、根本の制服に一切興味はない。俺たちが欲しいのは、奴が“持っているもの”だ。そのために、俺たちはどうしても奴の制服を手に入れなくてはならない」

 

「よく分からんが……まあ、勝利の暁にはそれくらい何とかしよう。で、それだけか?」

 

「いいや」

 

 呆れ顔の雄二の問いに首を振って否定すれば、明久が後に続いた。

 

「それと、姫路さんを今回の戦闘から外して欲しい」

 

「……理由は?」

 

「言えない」

 

 俺たちが口にしていいものでもない。

 

「どうしても外さないとダメなのか?」

 

「うん、どうしても」

 

 雄二が顎に手を当てて考え込む。かなり無理な頼みなのは分かっていた。承知すれば、負ける確率はドッと高くなる。そうすればその責任を問われるのは雄二であり、慎重にならざるをえない。

 分かっている。

 分かっているからこそ。

 

「「頼む、雄二!」」

 

 俺たちは揃って雄二に深々と頭を下げた。

 普段なら絶対行わない行為に目を丸くした雄二は、やがて、はあ、と大きく溜息を吐き、

 

「……条件がある。姫路が担う予定だった役割をお前たちのどちらかがやれ。どんな方法でもいい、必ず成功させろ」

 

 この無茶な頼みを受け入れた。

 

「分かった! それで、僕らは何をしたらいい?」

 

「タイミングを見計らって根本の攻撃を仕掛けろ。科目は何でもいい」

 

「皆のフォローは?」

 

「ない」

 

 なかなかに難しい注文だ。当然の代償だが。

 

「もし、失敗したら?」

 

「失敗は許さん。必ず成功させろ」

 

 いつになく強い口調だった。つまり作戦の失敗はすなわち俺たちの敗北。

 

「それじゃ、上手くやれよ」

 

 考え込む俺たちを置いて、雄二が教室を出ようと立ち上がる。

 

「どこか行くの、雄二?」

 

「Dクラスに指示を出してくる。例の件でな」

 

 例の件とはおそらく、室外機のことだろう。作戦始動の刻は近い。

 雄二が教室を出て行き、俺たち二人が残される。

 

「よし、それじゃあ達哉、姫路さんの代わりよろしく!」

 

 沈黙を破り、明久がいい笑顔で俺の肩を叩いた。ぶっ飛ばしたい衝動に駆られたが、俺は冷静に首を振った。

 

「いいや。明久、お前が姫路の代わりを務めろ」

 

「そ、そんな! 僕に姫路さんの代わりができるわけないじゃないか! 達哉がやってよ! 元学年主席でしょう!?」

 

 こいつ……何も分かってないな。

 

「いいかよく聞け。これは“お前にしか出来ない”任務だ。他の誰でもない──『観察処分者』のお前にしか出来ないことだ」

 

 明久にしか出来ないこと。『観察処分者』だから出来ること。雄二もそれが分かっていたから、俺たちの無茶な頼みを聞き入れたのだろう。

 ヒントは与えた。気付くか気付かないかは明久による。

 吉が出るか凶が出るか。まさしく運次第である。

 

「僕にしか出来ない………あっ、そうか!」

 

 どうやら、吉が出たようだ。

 俺は一度小さく笑った後、明久に背を向けて教室を出ようとする。

 

「待って達哉! 達哉はどうするの?」

 

 その背を、明久が呼び止めた。俺は振り返らずに答える。

 

「俺にしか出来ないことをやる」

 

 幸運を祈るぜ、戦友。

 

 

 

 

 

 

 明久と別れて、俺は再び前線へと戻った。前線では変わらず熾烈な戦いが繰り広げられており、FクラスとBクラスの怒号と悲鳴が轟いていた。

 

「達哉、戻って来たか!」

 

 最初に俺に気付いた秀吉が駆け寄ってくる。

 

「ああ、しばらく任せきりにして悪かったな」

 

「問題ない……とは決して言えぬが、まあ何とか持ち堪えておる」

 

「そうか」

 

 報告を聞き、秀吉の頭を撫でる。しばらく秀吉はされるがままだったが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。

 

「そうじゃ。お主の指示通り、準備は整えておいたぞい」

 

「……俺の指示?」

 

 指示をした覚えはないのだが。

 俺が首を傾げると、なぜか秀吉も首を傾げた。

 

「なんじゃ、違ったのか? 雄二がお主の指示だと言ったから、“彼”を連れてきたのじゃが……」

 

 と、秀吉が指を指した方を見ると、そこには雄二と、その隣には一人の教師の姿があった。彼の姿を見て、俺は自然に笑みをこぼす。

 

「雄二の奴、気が効くじゃないか」

 

 ちょうど俺も頼もうとしていたし、手間が省けた。ニヒルに笑って親指を立てている代表に同じく親指を立て返して、俺は再び秀吉に向き直った。

 

「ありがとうな、秀吉。後は任せろ」

 

「うむ……武運を祈っておるぞ」

 

「心配ないさ。俺が“この”勝負で負けることはない」

 

 そして、雄二たちが連れてきた“彼”を引き連れてそのまま前線部隊に合流する。

 

「来たか神崎……昨日の続きと行こうぜ! 殺れぇ!」

 

 俺の姿を確認した根本が恨みのこもった声で号令を出した。それに従い、Bクラスの本隊が一斉に俺に雪崩れ込む。しかし俺は、悠然と立ったまま逃げようとはしなかった。

 逃げる必要はない。何故なら、こいつらが何人来ようと、“この教科”で俺が負けることなど、あり得ないのだから。

 

「……Fクラス神崎達哉、Bクラスに試験召喚バトルを申し込む」

 

 さあ、教えてやるよ根本恭二。元とはいえ、学年主席をとった俺の実力というヤツをな!

 

「試験召喚獣──試獣召喚(サモン)ッ!!」

 

 紡ぐ三つの言葉。炎と共に生まれる召喚獣。

 

 

  日本史

 

 Fクラス

 神崎達哉 547点

  VS

 Bクラス

 佐山孝信 177点

 冴島杏花 186点

 村岡大成 184点

 杉山徹  197点

 中島葵  179点

 

 

 Bクラスの召喚獣は、炎に包まれ一瞬で灰塵となり果てた。

 

「ば、バカなぁぁっ!!?」

 

「ご、五百点オーバーだと!? そんな点数あり得ないだろっ!?」

 

「こんなの……勝負にならないじゃない……!」

 

 Bクラスからは絶望の悲鳴が、Fクラスからは歓声が轟き響く。

 雄二たちが連れてきたのは、日本史教師の大東壮太先生だった。日本史は俺が最も得意とする分野である。この教科でのバトルで、俺の敵はない。

 

「神崎……貴様ァ……!!」

 

 教室の奥では、根本が歯軋りしながら顔を醜く歪めていた。全くもっていい気味だ。

 

「達哉に続くぞ! Fクラス総員、突撃開始ッ!!」

 

 一方反対側では、雄二が先頭に立って全部隊に突撃指示を出していた。Bクラスは一気に激戦地へと変わり果て、怒号と悲鳴に一層激しさが増す。

 Bクラスのエアコンが止まっていた。どうやら雄二の方もDクラスを上手く使って空調機の破壊に成功したようだ。Fクラスが大挙したことで、教室内は一気に熱気を帯びていく。

 

「どけどけどけぇッ! 神崎達哉がまかり通る! 狙うは根本恭二の首ただ一つ! 邪魔する者は叩き斬る!」

 

 俺は一直線に根本の元に向かっていった。途中で進軍を阻もうと根本の近衛部隊が立ち塞がったが、その全てを宣言通りに叩き斬って邁進する。

 

「ひ、ひいぃ……!」

 

 恐れをなした根本は恐怖の表情を浮かべながら壁際へと逃げていく。俺は内心でほくそ笑んだ。そう、それでいい。お前はもう、“俺たち”の掌の上だ。

 俺はピタリと前進をやめる。すかさず近衛部隊が俺を取り囲み、形勢が逆転したと確信した根本は一転して表情を元に戻した。

 

「ハ、ハハハハっ! どうやらお前の快進撃もここまでのようだな?」

 

 見下すような歪な顔で俺を見ながら、厭らしく笑う根本。どうやら奴は気付いていないらしい。

 この怒号と悲鳴が入り混じる戦場に紛れて、ある音がさっきからずっと響いていることに。

 

 

 根本が笑うその後ろで、壁がパラパラとひび割れていっていることに。

 

 

「──だぁぁーっしゃぁーっ!!!」

 

 

 突如聞こえてきた、明久の叫び声。

 そしてそれと同時に砕け散るBクラスの壁。

 Dクラスから壁を殴り壊して、明久が奇襲を仕掛けた。

 

「な、なんだとぉっ!!?」

 

「くたばれ、根本恭二ぃーっ!!」

 

 思いがけない場所からの奇襲に虚を突かれた根本。その隙を見逃さずに明久と、彼が連れていた島田が根本に突撃する。

 

「遠藤先生! Fクラス島田が──」

 

「Bクラス山本が受けます! 試獣召喚(サモン)!」

 

 しかし、ほんの僅か、最低限の根本の護衛に回っていた近衛部隊が明久たちの対処にあたり、奇襲は失敗に終わった。

 

「ハハッ! 神崎といい、どいつもこいつも驚かせやがって! だが残念だったな! お前たちの奇襲は失敗だ!」

 

 勝ち誇ったように笑う根本。俺は近衛部隊とBクラス本隊の数人に取り囲まれ、明久たちも奇襲を阻まれてしまった。対して雄二のいるFクラス本隊は、元々の点数差に押されて雄二が殺られるのも時間の問題だ。

 もはや俺たちに打開の一手はない。根本はそう思っていたようだ。

 

 それが、命取りとなる。

 

 

 ダン、ダンッ!

 

 

 出入り口や室内を人で埋め尽くされ、四月とは思えない熱気がこもった教室。そこに突如現れた生徒と教師、二人分の着地音が響く。

 エアコンが停止したので、涼を求めるために開け放たれた窓。

 そこから屋上より、ロープを使って二人の人影が飛び込み、根本恭二の前に降り立った。

 

「………Fクラス、土屋康太」

 

 Dクラスを使ってこの教室の空調機を破壊したのも。

 

 俺が()()()突貫して多くの敵を引き付けたのも。

 

 明久が壁をぶち壊して奇襲を仕掛け、残る近衛部隊を引き剥がして根本を丸裸にしたのも。

 

 全部が全部、この時のために。

 

「………Bクラス根本恭二に、保健体育勝負を申し込む」

 

 それが、『神童』と恐れられる坂本雄二の、対Bクラスのプロセスの全てだったのだ。

 

「──試獣召喚(サモン)

 

 

 保健体育

 

 Fクラス

 土屋康太 441点

  VS

 Bクラス

 根本恭二 203点

 

 

 康太の召喚獣は手にした小太刀を一閃し、一撃で敵を斬り伏せる。

 

 今ここに、長かったBクラス戦は終結を迎えた。

 

 


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