俺と彼女と召喚獣   作:黒猫箱

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第10問『罠』

 

「……ここはどこ?」

 

 今日の試召戦争が協定によって終わってから教室で待機してしばらく、ようやくバカ(明久)が目を覚ました。

 

「あ、気が付きましたか?」

 

 すぐ側で看病をしていた姫路が、明久の覚醒に伴って安堵の溜息をこぼす。

 

「心配しましたよ? 吉井君ってば、まるで誰かに散々殴られた後に頭から廊下に叩きつけられたような怪我をして倒れていたんですから」

 

 大正解。まるでその場にいて一部始終を見ていたんじゃないかと疑ってしまうくらい一言一句完璧な解答だった。

 

「いくら試召『戦争』じゃからといって、本当に怪我をする必要じゃないんじゃぞ?」

 

 と、秀吉は注意する。あれは戦争というより一方的な虐殺だったように思える。とはいえ、それもこれも全部このバカの自業自得だから同情はしない。

 

「ち、ちょっと色々あってね……それで、試召戦争はどうなったの?」

 

「今は協定どおり休戦中だ。続きは明日になる」

 

「戦況は?」

 

「一応、計画通り教室前まで攻め込んだ。もっとも、こちらの被害も少なくはないがな」

 

 雄二がこちらの被害が書かれたメモを読み上げる。予想の範囲内とはいえ、かなり大きい。渡り廊下での戦闘も、一見圧勝に見えるがそれはこちらがほぼ全戦力を注いだ結果なだけで、全体を通して見れば決して良いとは言えなかった。

 

「ということは、ハプニングがあったけど今のところは順調ってわけだね?」

 

「まあな」

 

 雄二は頷いた。明久の言う通りだが、根本のことだ、他にも何か企んでいるに違いない。

 

「…………(トントン)」

 

 すると、いつの間にいたのか、今までずっと情報収集に当たっていた康太が雄二の肩を(つつ)いた。

 

「お、ムッツリーニか。何か変わったことはあったか?」

 

「…………(ヒソヒソ)」

 

「……なに? Cクラスの様子がおかしいだと?」

 

「…………(コクリ)」

 

 康太の報告によると、どうやらCクラスが試召戦争の準備を進めているとのことだった。まさか俺たちのようにAクラス相手に戦おうだなんてぶっ飛んだことは考えているわけがないだろうから、おそらくこちらの勝者を潰すため──つまり漁夫の利を狙っているのだろう。

 

「どうする、雄二?」

 

「ふむ、そうだなー……」

 

 俺が雄二に訊ねると、雄二は顎に手を当てながらチラリと時計に目をやった。時刻は四時半。まだそんなに遅い時間ではない。

 

「……よし。ならCクラスと協定でも結ぶか。『Dクラスを使って攻め込むぞ』とか言って脅してやれば俺たちに攻め込む気も無くなるだろうさ」

 

 と、ともすればそれは当然の判断だった。雄二でなくとも思い付ける最善の策。俺たちも、彼のその判断に誰一人異を唱えることはせず、言われるがままにCクラスの教室へと向かった。

 

 だからこそ、俺は後悔することになる。

 

 当然の判断だったからこそ、雄二でなくとも思い付ける策だったからこそ。

 

 そこに“奴”の罠が潜んでいることに、気付くことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。Cクラス代表はいるか?」

 

 Cクラスに到着するなり、雄二はガラリと乱雑に扉を開けてCクラスの生徒たちに告げた。メンバーは俺を入れて雄二、明久、康太、姫路、島田の六人。秀吉は万が一の時に行うという作戦のために顔バレしないよう待機となった。

 

「私だけど、何か用かしら?」

 

 雄二の呼びかけに対し、一人の女子生徒が前に出てきた。鋭くつり上がった目に混じりっけのない黒髪の少女──Cクラス代表・小山友香である。

 

「Fクラス代表としてクラス間交渉に来た。時間があるか?」

 

「クラス間交渉? ふーん……」

 

 あまり女子の悪口は言いたくないが、小山は穏やかな性格とはとてもじゃないが言い難く、雄二の言葉を聞いていやらしい笑みを浮かべていた。

 

「どうしようかしら……ね、()()()()?」

 

「なに……!?」

 

 唐突に振り返り、教室の奥の机に腰掛けていた一人の男子生徒に声を掛ける小山。彼女が口にしたその男の名を聞き、俺たちの顔は驚愕に染められた。

 

「当然却下。だって、必要ないだろう?」

 

 そう言って立ち上がり、奥からやって来る“彼”。

 

 目下の俺たちの敵であるBクラス代表──根本恭二。

 

「協定を破るなんて酷いじゃないか、Fクラスの皆さん。試召戦争に関する一切の行為を禁止したはずだよな?」

 

「何を言って──」

 

「先に協定を破ったのはそっちだからな? これはお互い様、だよな!」

 

 根本が合図を送ると同時、Cクラス生徒の人混みを縫って現れたBクラス生徒。そして俺たちの背後には、先ほどまで戦場にいた数学担当の長谷川先生が配置されていた。

 

「長谷川先生! Bクラス芳野が召喚を──」

 

「させるかよ! Fクラス神崎達哉が相手をする! 試獣召喚(サモン)!」

 

 

 数学

 

 Fクラス

 神崎達哉 345点

  VS

 Bクラス

 芳野孝之 161点

 

 

 Bクラスの敵が雄二に攻撃を仕掛けようとしたところを、俺が割り込んで間一髪防いだ。

 

「雄二! ここは俺に任せて、お前は皆と共に退却しろ!」

 

「ま、待ってよ達哉! 僕たちは協定違反なんかしてないじゃないか! だって、これはFクラスとCクラスの──」

 

「無駄だ明久!」

 

 あくまで平和的に解決しようとする明久を、雄二が強い口調と共に制した。

 

「そう言ったところで、根本は条文の『試召戦争に関する一切の行為』を盾にしらをを切るに決まっている」

 

「ま、そーゆーこと♪」

 

 俺たちが結んだ協定はあくまでFクラスとBクラス間のものであり、この二クラス間以外での試召戦争に関する行為は正確には協定違反には当たらない。

 しかし、そう思っているのは俺たちだけであり、『試召戦争に関する一切の行為』が対象を明確に指定していない以上、Cクラスとの協定を違反と先に指摘されてしまえばこちらに反論の余地はなくなるのである。

 

 全ては根本の策だったのだ。

 

 俺たちは敵が教室に妨害工作をすることが目的で協定を結んで来たとばかり思っていたが、正確にはその逆、()()()()()()()()()協定を結び、『試召戦争に関する一切の行為の禁止』という条約の穴に気付かせないために妨害工作をして俺たちの目を欺いた。

 そして次なる一手──Cクラスに試召戦争を匂わせる動きを見せることで俺たちを誘き出し、俺たちから条約を破らせるように仕向けた。

 

 完全に根本の策略勝ちだった。

 

 俺はギシリと歯を食い縛った。

 雄二が協定を結んだあの時から嫌な予感はしていた。にも関わらずその不安を放置してしまった。

 その結果がこれである。どうしてあの時に気付けなかったんだ。俺は大バカ野郎だ!

 しかし、後悔してももう遅い。今はとにかく雄二を逃すことが最優先である。

 

「とにかく今は逃げろ! 明久たちは全力で雄二を守れ! 雄二が討たれたら、その時点で今までのことが全て無駄になるぞ!」

 

 襲い来る芳野の召喚獣を一刀の下に斬り伏せてから、怒鳴る。その声を聞いてようやく我に返った仲間たちが一人、また一人とCクラスの教室を飛び出した。

 

「達哉……どうか無事で!」

 

「殺られるんじゃねーぞ! 秀吉を悲しませんな!」

 

 背中越しに聞こえてきた明久と雄二の激励に俺は振り返らず、グッと親指を立てるだけで返した。二人がそれを見たのか見てないのかは分からないが、その時には足音は遠くに行ってしまっていた。

 俺の前に、根本と彼が率いるBクラスが近寄って来る。その数はおよそ十人といったところか。

 

「神崎……仲間を逃がすためにたった一人で俺たちに立ち向かうとは、英雄だな、お前は」

 

「そりゃあどうも。お前に言われても全く嬉しくないがな」

 

 軽口を軽口で返すと、ハッ、と根本は鼻で笑った。

 

「だが、正直失望したぜ。かつて学年主席の座を獲得した男が、学園最底辺のゴミクラスに所属しているとはな。しかも、そのゴミクラスの代表を逃がすために囮にまでなるとは……もしかしなくとも、奴らのバカが感染ったんじゃないか?」

 

 途端、嘲笑の渦が巻き起こった。まあ九割がた事実だから反論をする気はないが、ここまでバカにされるとカチンと来るわけで。

 

「……ゴチャゴチャうっせーなァ、クソ野郎」

 

「………あン?」

 

 無意識のうちに、俺自身あまり好きではない“もう一つ自分”を、久しぶりに解き放ってしまっていた。

 

「御託は良いからさっさとかかって来いよ。雄二たちが逃げ切るまで、俺がたっぷりと遊んでやらァ!」

 

「ッ……じょ、上等だ! ここで貴様をぶちのめして補習室に送ってやる! お前ら、殺れッ!!」

 

 根本の号令と共に召喚呪文が唱えられ、数体の召喚獣が俺に襲い掛かる。

 

 Fクラスの命運を懸けた殿戦が、開幕した。

 

 


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