束の間の平穏
それは何を育むのか
第8話
~護衛~
休憩所となっているのであろう、その場所にまばらであるが人影がいくつか見えた。そこには、面白い組み合わせの男女2人の影があった。ハジメとアリカである。
ハジメは、普段はしないサングラスと動きやすさ・実利を優先した黒を基調とした服装をしており、抱えていた随分な量の荷物を降ろし口を開いた。
「護衛されている身分というのに、随分とまぁ…買うのが好きなのか」
若干と辟易としたような、疲れた口調で尋ねる。前のように挑発めいた口調からは幾分かは柔らかくなっていた。
「うっ。私は、あまり外に買い物をするということを…じゃな。したことがなかったのじゃ。別に良いじゃろう。このくらい」
そう言って、そっぽを向くアリカ。アリカは最初ハジメにあったときのようにローブを纏っていた。
「別に構わんさ。俺にとっては休暇のようなものだ」
実際、休暇だと思っているらしく腰に刀を携えてはいない。ふと手近にあったベンチに腰を下ろし、煙草に火をつける。
「ほう。私を護衛する事が休暇と変わらんとな?」
隣に腰を下ろしたアリカは、鉄面皮のままだがどこか不服そうにハジメの顔を覗き込む。
「実際、今貴様を襲ったところで余計オスティアが混乱するだけだ。…まぁそのために襲う可能性もあるがな」
王族がまとめて消えた今、オスティアは混乱している。ハジメは紫煙を吐き出しながら続ける。
「それに、もし今、貴様を狙うというなら好都合。それは転じて、この戦争が終わった後の弱みとなる」
そうならば、
「私が死ぬ事になるとか考えんのかのぅ」
口を引きつらせるアリカは、とんでもない護衛がいたものだとハジメの評価を考える。
「愚問だな。この俺が護衛である限り、やすやすと死なせん。仕事だからな」
そう言いながら、すっと立ち上がり警戒を強めるハジメ。
「ん?どうしたのじゃ」
それに疑問を感じたのか、アリカが首をかしげる。
そんなアリカにかまわずにハジメは、目を鋭くさせある一点を見据え、その方向に向かって静かにそしてすばやく構える。
音速の衝撃が宙を舞い、直線状にあったものを貫き突き抜けていった。
ハジメが放った拳撃の方向からざわめきがおき始めた。
-おいっ、大丈夫か-
-誰か、担架もってこいっ-
「なに、五月蝿い虫が目に付いただけだ」
ハジメ達がいた場所もにわかに騒がしくなり始めた。おいていた荷物を再び抱え上げ、アリカを促す。
「場所を移すか」
「そ、そうじゃな」
見晴らしの良い丘に2人はやってきた。ここまで来ると人はまばらになっていた。
「ハジメは、いつもああなのか?」
「ん?なにがだ?」
丘から暮れ始めた空を眺めていたアリカが突然口を開いた。あまり要領を得ない言葉にハジメは聞きなおす。
「いや、先ほどの男…あれは防諜の者。違うかの?」
ハジメは内心感心した。
「目はいいようだな。そうだ…恐らく連合だろう。マクギルはあれで内に敵がいるからな」
アリカの件でなにかしらあったのだろう。ハジメはそう結論付けている。
「躊躇なく攻撃しおったなと、少々思うところがあっての」
アリカにとって間近で、戦闘があったのだ。しかも、なんら前兆が無い状態での一方的な攻撃。彼女にとって思うところがあったようだ。
「おかしなことを聞く。今の俺は貴様の護衛だ。迷えば、結果的に死ぬのは俺でなくお前だ」
当然の帰結として用意される未来。護衛としてそのあたりは当然ハジメは弁えている。
ハジメがそう言うと、なぜか小娘は少し笑みを浮かべた。
「ふふ。それはハジメの信念『悪即斬』からきておるのかの?」
「マクギルか…。あのおしゃべり爺が」
アリカはハジメのほうへと体を向ける。
「私は、ハジメの口からその信念を聞きたいと思っての。…なぜ父王が討たれなくては、ならなかったのか」
そう言って、ハジメを見るアリカ。その瞳は真剣なものであり、決して復讐などといった色は見せていなかった。
「なぜ、それを知っておきながら、俺を護衛にする事を許した?」
今日までで特段アリカのハジメに対する態度に変化は無かった。多少柔らかくなったくらいだろう。父の仇であるとしったならば変化はあって叱るべきだ。ならば、最初から知っていたことになる。
そのような者に近寄りたくもないだろう。それにいくら
「分かっておるのじゃ。父王が何をしていたか。マクギルにも少し話を聞いた。…ハジメが討っておらんかったら、きっと近いうちに私が討っておったじゃろう」
これは紛れも無い本心であった。アリカは父が何をしていたかまでは知らなかった。しかし、裏で何かしているとまでは感づいていた。結果からすればいずれは、アリカ自身が父を討っていただろう。
「そして、さっきハジメは私を守った。それで思ったのじゃ。別にハジメは王族が憎いわけではない、ハジメの信念が父王を討ったのじゃとな」
アリカなりに思うことがあったのだろう。その一言にはいろいろ気持ちが混じっていることがハジメであっても察することができた。丘の先へ足を進め、ハジメの方へ振り返るアリカ。
「だからハジメの口から聞きたいと思ったのじゃ。その信念を」
ハジメは紫煙を吐きながら、アリカの瞳を見る。その瞳はいまだ穢れてはおらず、透き通った印象をハジメに与えた。
少し考えるそぶりを見せた後、設置してあった灰皿で燻った煙草の火を消し、捨てる。
「小娘。人にとって幸せとは何だと思う」
「金か?名誉か?家族か?…そんなものは人が積み上げてきたもので決まる」
ハジメの独白のような言葉に、アリカはハジメを見つめながら黙って聞いている。
「人の価値観とはその生きてきた環境で、人生で大きく変わる。家族が居ない者が家族を求めて家族を作ったのならそれは幸せだろう。なにもない、食う物にすら困ったものならば、金を権力を手に入れたならばそれは幸せだろう」
「だが、それが他のものが築き上げた幸せを踏み潰すものならば、俺にとってそれらは等しく悪だ」
そこでアリカは口を開く。
「それでは、ハジメは弱者の味方という事か?」
しかし、ハジメはそれを否定する。
「ふん。誰がそんな事を言った。弱いせいで踏み潰されるならば、それはそいつ自身のせいだ。強くなければ幸せなど手に入れることはできても守れん」
そこまで面倒を見るのは寓話の英雄だけだと切り捨てる。
「…悪・即・斬とは私利私欲に走り平和を脅かす悪。それらを斬ることだ」
「俺の信念は、悪を斬れても、幸せを、平和を守る事はできん」
それが出来ていたらなば、この信念を貫いた男も違う時代を生きていたかも知れんな。ハジメは心の片隅で詮無きことを思う。
「そして、それをするのは、お前らの仕事だ」
そう小娘に言うと、小娘は目をぱちくりとさせる。
「この戦争で腐った膿は俺らが全て片付ける。だが、戦争が終われば貴様らが舞台の主役だ。貴様に出来るか?平和を人々の幸せの基盤を築く事が」
「ふふ。何を言うかと思えば。当たり前じゃ。人々が幸せを作れるように、守れるようにするのが私たち、私の任された事であり、信念じゃ。…民は私の宝じゃ」
夕日を背にし、そう自信満々に答え、アリカはその瞳に強い光を見せる。
「それに、ハジメは私を守ってくれるのじゃろう」
そう言って普段の鉄面皮は崩れた。微笑むアリカにハジメはしばし言葉を失ってしまう。
「…」
「どうしたのじゃ?ハジメ」
アリカの問いかけに、少々身だしなみを整えつつ応える。
「いや、そろそろ帰るとしよう」
帰り支度を始め、歩き出す。
「ふむ、そうしようかの」
そう言ってアリカは俺の横に並んだ。
ハジメは決して口には出さなかったし、忘れることにした。微笑んだアリカにただただ見惚れていたという事実。ハジメにとって体験したことのない衝撃は、ハジメにどう影響するのであろうか。
ハジメがアリカの護衛を始めて幾許かの日数がたった。
ある日の朝、ハジメはいつものように、新聞や情報端末から情報を仕入れていると、
「ほう」
思わず声を上げる記事がハジメの目に入った。
グレートプリッジが奪われたとなれば、帝国も躍起にならざるを得ない。それにともなって戦況も動く。そして、
「何を見ておるんじゃ?」
突然、アリカが顔を覗き込んで聞いてきた。アリカはこの所作を気に入っている節があり、時折ハジメに対して行っている。
「グレートブリッジ奪還だ。知っているか分からんが、
慣れたもので、そう返しながらアリカの頭をどかすハジメ。ハジメにとっては邪魔にしか感じない。
「ふむ…
どかされた事に若干不満でもあるのか、口を若干尖らせ睨みながらもハジメに聞いてきた。
「一応あの鳥頭や他の連中にも会ったことはある。が、このジャック・ラカンという男は知らんな。情報によると、自ら奴隷から傭兵に成り上がったそうだ。それなりの実力者だろう」
情報行き交う中で見かけたが、
ふと時計を見ると、マクギルに少し来て欲しいと頼まれた時間が迫りつつあった。
「さて、俺はマクギルのところに行く。今日はおとなしくしておけ。くれぐれも外出など軽はずみな事はするなよ?アリカ」
「む。私の護衛はハジメじゃろぅ。私を護衛せずしてどうするのじゃ」
無愛想な顔だが、目が若干怒っている。というより拗ねているに近い。そんな機微に関係なく、ハジメは面倒だと感じながら思う。
(やれやれ。俺は父親の仇という事を忘れているのか?こいつは)
「俺の本来の仕事は諜報と暗殺だ。そもそもマクギルに頼まれた仕事だ、この件に貴様は関係ない」
ぴしゃりとそう言って、ハジメは身の回りものを片付けマクギルのところへ向かう。
納得していないアリカは、ふと何か思いついたような表情を浮かべた。しかし、ハジメはそれに気づくこともなく、アリカはその後姿に見送りの声をかけるのだった。
「早く帰ってくるのじゃぞー」
マクギルの執務室にたどり着いたハジメは、辺りの警戒を一通り行うと、中にマクギル以外の人の気配がする。しかし、問題がある気配ではなく、ハジメはそのまま声をかけ中に入ることにした。
「マクギル、入るぞ」
そう言いながらハジメが中に入ると、ハジメがにらんだ通り、マクギルの他に髭のメガネと少年がいた。ハジメが見覚えがあると思い、数瞬思考をめぐらせると、マクギルの他の情報源であることに思い至る。
ハジメに気づいたマクギルが声をかける。いささか気分が良いようだ。
「ハジメか。よくきてくれた」
それに伴って髭メガネと少年もハジメの方へと顔を向ける。
「ほう。お前があの有名な
「…マクギル喋りがすぎるぞ。…はぁ、誰だこいつらは」
マクギルに釘を刺し、紹介を促す。
「分かっとるわ。それに信用するものにしか言っておらんよ」
そう言って、目で髭メガネ達に促すマクギル。
「あぁ。まぁ知っているとは思うが、元捜査官のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグだ」
「タ、タカミチ・T・高畑です!」
髭メガネことガトウが、なかなかハジメを興味深そうに眺め自己紹介を行った。その目は覇気というものが見られないが、修羅場を潜り抜けたもの特有の色味と理知的な光が見て取れた。
それに続くように少年ことタカミチも元気よく自己紹介した。しかし、緊張しているのだろうか、声が若干裏返る。
「俺は、ハジメ・サイトウだ。知ってのとおり
「していた…?」
ハジメの含みある言い方に、当然反応を示すガトウ。このようなやり取りにハジメは多少新鮮さを覚える。
「今は、どこぞのお姫様を護衛していてな。それに、暫くは表立って動けんのだ。それが理由だ、ヴァンデンバーグ」
「別にガトウで構わんさ。それより、姫というのは?」
少し気になる単語を聞いたガトウが問う。このご時勢にその辺りの話は、十二分に危険であり、知っておかなければならない情報となりうるからだ。
「こ、これ。ハジメ」
マクギルがあわて始める。ハジメとしては、ここで情報を共有するためにきたものとばかりに思っていた。マクギルとしても、話そうとは思っていなかったが話の組み立てとして順序というもの必要だった。それほどまでにハジメが所有している情報というものは深いものであり、また、危険なものだということを示していた。
「何か隠しているのですかな?マクギル元老院議員」
若干悪い笑みを浮かべながらマクギルに問いただそうとしているガトウ。それに慌てるマクギル。ハジメが絡むと幾度も予定通りとはいかんのうとマクギルが内心思っていると、執務室の扉が勢いよく開かれた。
皆の視線が、一斉に部屋の入り口へと向かう。
そこには、ローブをかぶった無愛想な顔のアリカが立っていた。
「ハジメ、遅いぞ。仕方が無いから私が迎えに来てやったぞ」
なぜか、得意げな口調で腕を組み、ハジメのもとへ歩いていくアリカ。
ハジメは思わず、吸っていた煙草を落としてしまった。
「…貴様…なぜここにいる」
少々、頭が痛くなるのを感じながらハジメはあえて問う。しかし、アリカはあっけらかんと応えてきた。
「今日は、中心街の方へ買い物に行きたくての。ハジメが居なかったら行けんじゃろ?」
あまりの回答にに、ハジメは思わず手でこめかみを揉みはじめた。なんだ、こいつはこれほど阿呆だったのか?と自問自答しながら、何とかアリカに対する答えを口にする。
「…今日は大人しくしておけ、と言っておいたはずだが?」
そう、マクギルのもとへ向かう際に確かに言っておいた。しかし、そんなものはアリカには関係なく。
「そんな毎日部屋に引っ込んでなどおれん」
当然とばかりに言い放つアリカ。
「ま、まさか。オスティアの……」
ローブで隠しているとはいえ、その顔に見覚えがあるのだろうガトウが呆然としている。そして、これはマクギルを責めることはできないなと、省みた。ここまで大事だと順序だてないと自らの頭がパンクするし、物理的に首が飛びかねない。
「なんということじゃ」
マクギルも呆然とするしかない。そして、ここまで向こう見ずだったかとアリカに対する評価を改めるのだった。
「ほれ、行くぞハジメ。護衛が居ればいいのじゃろ?」
そう言って、アリカはハジメの腕を掴み、引っ張る。脱力してしまったハジメは振り払うこともせず。
「では、お主ら。ハジメを借りていくぞ」
嬉々とした様子でハジメを連れ歩き、アリカとハジメは執務室を出て行った。
呆然としている三名を残して。
結局買い物に付き合うことにしたハジメだったが、アリカに対して一応釘を刺しておく。
「アリカ、貴様はもう少し自分の立場を認識しろ。ここは
片手に荷物を持ちながら、隣を歩くさまは護衛というには近かったが、それでもハジメはあたりを警戒しながらアリカについていく。
「仕方なかろう。私はあまり世界というものを知らぬ。教えてはもらったが、見た事もないのじゃ。こうして、民たちがどういう生活をしているのかを、知りたいのじゃ」
辺りを見回しながら歩き続けるアリカに疲れも反省も見られなかった。しかし、決してわがままだけでない。事実彼女は本当に民を知っていわけでなかったと、こういう接し方があったからこそ後にそれが活かされていく。
「それに、護衛であるそなたが、私を守ってくれるのじゃろう?」
そう言って笑顔でハジメに振り向くアリカ。
「…仕事だからな」
「ふふ。なら問題なかろう?」
「はぁ。あいつら固まってたぞ?それに恐らく今日、互いの情報を話し合うつもりだったのだろう。まぁ結果は…貴様が乱入したせいで、マクギルは今日貴様の件について、ガトウに話す事も多そうだがな」
そう言いながら、アリカを見やる。
「むぅ。そこまで目くじらを立てんでも良かろう。まったくこやつは…」
むくれるアリカ。最初に比べ随分と表情を出すようになった。最初の無愛想顔か睨み顔しかしなかった頃と比べればどれほどのものだろうか。
ぶつぶつといまさら文句を言い始めて歩きを止めてしまったアリカを見て、ハジメは一つため息をつく。
「ほれ、行くぞ。まだ行きたい所があるのだろう?」
そう言って、手を差し出し先を促す。その手を見ながら、若干顔を朱に染める。
「う、うむ。そうじゃな。では、…失礼して」
そして、恐る恐る差し出した手を握るアリカ。
「ふふ。…こういうのもいいものじゃ。コホン。…では、行くとするかの」
途端に笑顔となって、アリカはハジメの手を引いて歩き出した。
よく分からんやつだ。そう思いながら、アリカと歩をあわせながら進むハジメであった。
以上。また、時間とやる気が出来次第お送りいたします。
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