青年は信念のもとに斬る
運命が変わる刻
第7話
~王殺し~
月夜の中、ハジメは紫煙を辺りに漂わせながら一人佇んでいた。
考えていることは一週間前の夜。オスティアの戦いの夜のこと。途切れ途切れにしか聞こえなかったが、ハジメが見つけた手記…おそらく写しであったのだろう…の持ち主の件を話していたこと、そして、今回の戦争について帝国、連合とは違う雰囲気を纏っていた2人。特に顔こそ見れなかったが人形めいた男の影がハジメの脳裏によぎる。
(奴は…
ハジメが今回得たものは大きかった。虎穴に入らずんば虎児を得ず、目的が違えどマクギルの提案は間違っていなかった。
オスティアの上層、それもウェスペルタティア王国を筆頭とした王族が持つ闇。その闇は
マクギルが用意した証明書から、莫大な量の資料を保管するオスティアの図書館の奥。一般では閲覧できない資料があの夜ハジメが調べたことと照らしあわされた。そして、あの夜いた壮年の男のことも。オスティアの王族は
魔法世界…オスティア…帝国…連合…世界を巻き込んだ戦争とそれを執拗なまでに継続させている。そして…あの日見たオスティアの姫御子。
ハジメにはまだ分からない。
ハジメは自然と笑みを浮かべる。そして改めて決意する。
(首を洗って待っていろ…
そのための一歩となる今宵の事件、魔法世界に衝撃を与えた十数人の王族が屠られるという前代未聞の事件が起きる夜が始まる。
オスティア、王城の円卓がある広間に十数人の影があった。そこには、民なら知っているであろう王族のトップが集まっていた。
そんな彼らが集まったのは、ある議題について。彼らの悲願。
「…ふむ…順調であるな。悲願が叶えられる日も近い」
ウェスペルタティア国王が、顔をほころばせながら話す。彼に、いや、彼らにとって目的となるものはすぐそこであると、報告はそのようにされている。
「えぇ。『楽園』はもうすぐそこに」
その言葉に呼応するかのように、面々は頷いていく。
彼らの悲願、それは
もはやそれは、すぐ近くの出来事。長い時間を経て、現実になりつつあることに、この場の雰囲気は和やかなものであった。
しかし、それは突然にして終わる。彼らの願いはこの男の信念によって斬られる運命にあった。
「『楽園』…か。その話、詳しく話を聞かせてもらおうか」
突如として、広間の唯一の出入り口。その豪奢な扉を背に男…ハジメが獲物である刃を手に立っていた。
その光景に王族たちは慌てふためくことしかできない。
「な、何だっ貴様は。警護は何をしていたっ」
「ここがどこか分かっているのかね」
円卓に座るのは老人ばかり。しかし、その中には未だに若造といえるような若き王族がいた。彼は、頭に血が上る勢いのままに敵意を向ける。
「随分と無粋だな」
「生憎と俺が聞きたいのは、その『楽園』のこと…そして
「誰かは知らんが、その名を知っているからにはっ」
魔法をハジメへと放つ。一般の兵士であろうともその威力は十分に殺せるものであったが、ハジメは携えていた刀をただ振るった。それだけで、魔法は斬られ霧散した。返す刃の斬撃は、いともたやすく若き王族の命を絶った。
円卓がその空気が堅く、重くなった。老人たちは認識した。我らの命を握っているのは紛れも無くやつなのだと。
その空気を感じ取ったハジメは話を進める。
「貴様らがしてきた事は、把握している。
老人たちの顔が蒼褪める。その事実は知られていてはならない。ようやくここまでたどり着いた、その目前においてこの男が知る事実は見逃せなかった。
「ど…どこから」
老人たちが動かないのならば、動くものがいるのは当然。それすらも隠し切るには少々事が大きすぎた。
「いう必要は無い…『悪・即・斬』そのものと貴様らを…断つっ」
信念を背負い、自らがその汚泥をかぶり、なお先へと進む。何の覚悟も無く願った彼らの顛末はもはや決まっていた。
そこから先は一方的であった。戦いではない、虐殺。円卓は血にまみれ、血と汚物の悪臭が立ち込める。
「貴様で最後だ、国王」
刃に滴る血を払い、国王へと切っ先を向ける。
しかし、国王は恐慌などしなかった。彼は最初から慌てる事は無く円卓の上座そこにただ座していた。周りの老人が逃げ、屠られていく様を淡々と見続けたのだった。
「なぜだね」
突然の問い。その意味をハジメは図りかねる。
「なにがた」
国王は笑みを浮かべる。その瞳は、ただただ冷静であった。この場には不釣合いなほどに。
「なぜ、そこまでの
不思議そうに問う。彼には一片もわからないのだろう。彼らにとって願い、悲願はそれほどまでに聖なるもので絶対だった。
「貴様らと共に振るう剣などありはしない」
ただそう斬り捨てる。質問すること事態がありえなかった。
「くくく、それは我等のことを知らんからだろう。教えてあげよう、彼らの、
愉快そうに、子供を諭すように国王は話し始めた。
「ふむ、まずはこの世界、その成り立ちからだ…」
ハジメも初めて聞くことになる、
「…そして、彼らを…全てを救うために作り上げられる、理不尽も不幸もない『楽園』に、世界は変わるっ。素晴らしいことだっ。そうは思わんか。彼らは、我等は世界を救うのだっ」
語るにつれ、大きくなっていく国王の声は嬉々としていた。ハジメは途中から吸った煙草を片手に、国王の語った話の一部を反芻する。
(魔力が枯渇し、消えていく世界。そして、今度こそ完全なる世界を作り出す。…だからこその
「素晴らしいだろう。どうだ、今からでも遅くは無い。貴様も…」
「下らんな」
ぴしゃりと国王の言葉を遮り、ハジメは言い放つ。そんなものは下らない、聞く価値もないと。
一瞬何を言われたのか理解できなかった国王も、徐々にその顔色を朱へと変えていく。
「正気で言っているのか貴様」
腐っても国王。すさまじい威圧感と共に、ハジメに問い直す。しかし、ハジメの言は変わることは無い。
「正気も何もない…何だその世界は。理不尽も不幸もない?そんな場所に住めるほど人間はきれいではない」
苛立たしげに、それでも更に続けてハジメは言う。
「それにだ。今を生きている者が掴み取った幸せを無碍にする事が許せん。それは貴様らが行う事でも区別する事でもない。救いたいというならば、魔法世界の者全員に今の話を聞かせるがいい。わざわざ世界を滅ぼすような真似をせずともよかろう」
ハジメは根元までになった煙草を、片手に持ち燃やしつくす。
「世界を滅ぼさねば出来ぬ救いならば、しないほうが良い。神にでもなったつもりか?貴様ら…」
実に詰まらそうな目で、国王を見るハジメ。話はこれで終わる。
「黙っておればっ。好き放題言ってくれるな賊如きがっ」
憤慨するままに、王族の魔法を放つ…が、ハジメにとってそれは関係の無いことだった。詮無くその攻撃を切り払い、国王の心臓めがけて、
小さなうめき声を上げ、その胸に漆黒の闇、空となった穴を開けて国王は絶命した。その玉座とともに。
「…それは、こちらの台詞だ。あまり好き放題してくれるな。この世界はお前らの世界ではない。…たとえ作ってあったものだとしても…な」
牙突の余波で、外へと繋がる穴の淵に立ち、後ろを振り返る。
「本当に世界を、人を救うという事はそうではない。それに、人はそれほど弱くはない…」
そういい捨てると、ハジメは夜の空を駆けた。
「……王っ。…父上っ……っ…」
誰か駆けつけてきたのか、女性の悲鳴のような声があがった。
ウェスペルタティア国王含め十数人の王族が殺された事は、オスティア王都だけでなく、帝国、
「なんたることだっ」
振り上げた拳を思うままに机に振り下ろされた。振り下ろされた机はその衝撃で粉々になる。
その様を見ながら、人形のような面持ちの男…アーウェルンクスが重々しく口を開く。
「まさか、こんなことになるとはね。完全にやられたね」
机を粉々にしたローブを纏った男…デュナミスが口調荒々しく応える。
「これは、計画の見直しも…いや、早急に実行犯を探し出す必要もある」
彼らの周囲はすでにぼろぼろの状況だった。物理的な意味合いで、である。最後に形残っていた机ももはや木っ端微塵。彼らの今回の事件に対する苛立ち、焦りをうかがわせる。
「大幅な計画変更だよ。だが、計画は終わらせないさ。集合の件は頼んだよ、デュナミス」
「心得た。忙しくなるな」
デュナミスは、ひとまず未だに八つ当たりをし続けている面々をおとなしくさせるために広間へと向かった。
「まさか、
そう独りごちると、アーウェルンクスは部屋を出て行った。
歯車は加速する。
ハジメは真実を知ることとなった。しかし、その信念はその願いを否定し、ハジメは
そして、幾つかの刻が過ぎた。
今、ハジメは途轍もなく不機嫌であった。
「で、これはどういうことだと聞いている。マクギル」
少々目つきがきつくなるのを自覚しながら、ハジメはマクギルに問う。その口調は普段から不機嫌と思われる口調をさらに冷たく、不機嫌さを増したものだった。
「ふぉっふぉっふぉ。もう会って話をしたようじゃのう。…印象は最悪のようじゃが」
マクギルは額に汗をかきながら、どう誤魔化そうかと試行錯誤しながら今の事態に頬を引きつらせる。なぜ、こうなったといわんばかりに心で泣いていた。それでも笑みを崩さない辺り政治家である。
「策士策におぼれるか…今度はどんな依頼だ?マクギル」
ひとまず、話を続けろとハジメはマクギルに停戦を突きつけると、マクギルはほっと息を漏らしながら、手を隣に少々掲げながら一言今回の依頼を述べる。
「この方を護衛してもらいたいのじゃ」
先ほどから、ハジメを終始にらみ続け、ハジメが不機嫌な理由、マクギルが慌てふためいている原因である娘。アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。先日起こった王族惨殺事件その被害者であり、ハジメが殺したウェスペルタティア国王の娘、ウェスペルタティア王国皇女の姿がそこにはあった。
そもそもの話は約一時間前にさかのぼることになる。
朝となり、人が行きかって騒がしい時間を過ぎた辺り…ハジメは静かな喫茶店の奥で一服していた。
この喫茶店は、ハジメがマクギルの秘書と契約の確認をした喫茶店で、それからというもの、ハジメがマクギルと本国で執務室以外で会うときは、この喫茶店を利用するようになっていた。今回もいつもの通り割符となる半月状となった銀貨を渡し、奥の部屋に行く。
つまり、ハジメはマクギルと待ち合わせのために今ここにいる。しかし、
「…遅い」
すでに約束の時間から30分は経過していた。普段はこんな事はないため、ハジメも
(襲撃でもされたか?それとも、とうとうボケが始まったか?)
と若干抜けた考えをめぐらせていた。
そんな風に時間を過ごしていると、
「すまぬ。道が分からなくてな。遅れてしもうた」
現れたのはマクギルではなく、ローブをかぶった小娘だった。当然ハジメには面識もなく。
「…小娘…貴様何者だ?」
ハジメの言葉に、娘はハジメの顔を見ると、その整った顔を顰める。
「む…おぬしこそ誰じゃ。気安く話しかけるな下衆が」
ミシリと空間が悲鳴をあげた。
「ほう。小娘如きが、偉そうな口をたたくな。程度が知れるぞ?」
ハジメは新に煙草に火をつけながら、軽く言葉を投げる。
「話しかけるなと言った筈なのじゃが。言葉が通じておらんかったのかのぅ」
ここは何処じゃったかのうと、娘はとぼけ混じりにハジメに応える形で挑発する。
空気がどんどん冷たくなっていく。普段は冷静なハジメも、この空間においては少々気を置かないのが習慣になってしまっていたため少々熱くなっていた。
「なぜ貴様の様な小娘の言など聞かなくてはならないのか…少々、いや、多大に自らを省みたほうが良いな。妄言もほどほどにしておけよ、小娘」
今お前は恥をかいているぞと、努めて冷静に、なおかつ相手を挑発させるような物言いと、静かな雰囲気を保ったままハジメは言葉の暴力を浴びせる。
「っ。…ふっふ、私を知らんと?無知もほどほどにしてほしいものじゃ」
ローブの陰になって見えないが、頬を引きつらせながら、娘も応戦するが、
「ふぅ。名乗ってもいない、姿を隠している…そんな者を知っているとでも?その年で呆けたか小娘。または、そんななりで自意識過剰の阿呆かどちらかか」
最後にせせら笑うようにハジメは口元を歪めたのだった。
「…っ。ならば、私の顔を見て後悔するがよいっ」
もう我慢ならんと、そう言って娘はローブを取り払った。
「いやぁ、すまんのぅ。少々ごたごたが起きておって…のぅ」
なんともタイミングの悪い苦労性のマクギルがここで入室する事となった。
「ふぉっふぉっふぉ…なんじゃ、この空気」
そして、話は冒頭に戻る
「な。誰がこんな無礼な男を護衛になどっ」
小娘ことアリカ・アナルキア・エンテオフュシアがマクギルに食って掛かる。先ほどのことがよほど腹に立ったらしく、ハジメをにらみつける様は肉食獣を思わせる。
「いや、じゃがしかし、そこに居る男、ハジメは世界の情勢を良く知っておるし、暗殺などにも鼻が利く。なによりも王女を任せられるほどに…強い」
そんな思いとは裏腹に、マクギルは今の情勢に必要な人材であると、アリカに冷静に語りかける。
「む。しかし…」
そんなことは当然承知しているアリカ。しかし、なんとも第一印象が悪すぎた。
うなり続けるアリカとは対照的にマクギルが来た時点で既に切り替えは済んでいたハジメ。思うところがあってマクギルには釘を刺しておいたが、今の現状をハジメはとりあえず考える。
ハジメは、いつものように煙草を吸い、紫煙を吹く。
「マクギル。護衛の必要性となぜ俺なのかの理由を教えろ」
そうマクギルに聞くハジメ。理由として大体の見当がついているが、こういうことにおいて確認は怠らない。
「ふむ。まず必要性じゃな。国王が死んだ事はもう知っておるの?」
これは確認となる。あの事件の内容はすでにマクギル自身にも入ってきている。そして、その背景も。王族の
「…あぁ。もちろんだ」
故に、ハジメは複数の意味合いを持つこの問いに是と応えた。しかし、ハジメにはマクギルの意図が分からない。
「もちろん、次期王になるのはここに居るアリカ王女なのじゃが。ウェスペルタティア王国は今、ごたごたしておっての。なにせ、国王含め十数人の王族が暗殺されたのじゃからなぁ。無理もない」
そのごたごたが何を指すのか、真実を知るものと知らぬものでは大きく意味が異なる。
それを聞いたアリカはきゅっと拳を強く握った。
アリカの様子を盗み見たハジメは、なんとなくマクギルがしたいこと、そして、王族が全て
「…王国が沈静するまでの間暗殺や洗脳がされる恐れがあると、言うことか」
「まぁ、そういうことじゃのう。そして、それをお主に頼んだ理由はの…」
ハジメが不可解に思うその一点。なぜハジメにこれを頼んだのか。
「…お主最近、少々派手に動きすぎたようじゃ。勘付かれておる可能性がある」
今回の一件については、少々規模が大きかった。なおかつ敵となる
「…ふむ。確かに、俺も少々仕事を控えようと思っていたところだ。受けてやってもいい。お前もそれでいいな?小娘。現状を把握できていないほど愚かではあるまい?」
ハジメも、手に入れた情報を精査し、
「ぐっ。いちいち腹が立つ言い方をする…。嫌な奴だ…」
ぼそぼそと何か独り言をのたまうアリカ。やはり不満は大いにあるみたいだが、原状が理解できていないほど暗愚というわけではない。むしろ、マクギルがハジメに護衛を頼むほど重要な存在であるのだとハジメは認識する。
「嫌な奴で結構だ。…それで、良いのか悪いのかどちらだ」
再度アリカに問いかける。紫煙を吹き付けるというサービスつきで。
「けほけほっ。むぅ」
聞かれていたことと煙草の煙で少々あわてているためか、鉄面皮が崩れるアリカ。
(面白い顔もするのだな)
しかし、それは数秒のことですぐさま普段の表情へと戻った。
「マクギル殿、この度の件ご配慮感謝いたします」
マクギルに了承の意を伝える。
「いえ。当然のことをしたまでです。アリカ皇女。ハジメ、頼んだぞ」
こうして、ハジメはアリカ王女の護衛となった。
束の間の平穏な時間か。はたまた、新たな騒動の火種となるのか。しかし、
喫茶店を出て、マクギルを見送るとハジメがアリカに向かい改めて挨拶を行う。
「期限は何時までかは分からんが…護衛は引き受けた」
「うむ。ほれ、さっさと行くぞ。ハジメ」
そう言って、先に進んで物珍しいのか辺りを見回しながら先に進むアリカ王女。
それを見ながらハジメは若干早まったかもしれないと内心思うのであった。