青年は黄昏の姫御子に出会う
舞台へと続く道と共に
第6話
〜オスティア〜
オスティアの内部を探ろうとハジメは動いていた。
しかし、マクギルの緊急の連絡により、
マクギルの応接室の中で2人の男が一つの机をはさんで向かい合っていた。
「今、なんと言った?マクギル」
一方の男である青年、ハジメは苛立たしげに吐き出した紫煙を辺りに漂わせもう一方の男を睨む。
もう一方の貫禄を漂わせる老人、マクギルはハジメの若干殺気の混ざった視線に飄々としながら質問に答えた。
「次の帝国によるオスティアへの侵攻を食い止めてもらいたい。と言ったのじゃ、ハジメ」
マクギルの言葉に場の雰囲気が凍る。マクギルの背に一つ汗が走る。重圧も増した。目の前の男、ハジメの威圧感によって。
「断る。…俺にそのような暇はない。
その一言と共に鋭い視線をマクギルへと送る。この話は聞かなかったことにするとその目は言っていた。
しかし、マクギルはその視線を遮りなお言い放つ。海千山千、政治の世界に生きた男はこの機会を逃しはしまいとその実に力を入れる。
「それで…無関係のものが死に逝くとしてもかの?」
いくらこの戦争が帝国、連合双方に入り込んでいる
「…」
ハジメもマクギルがただでは引かぬとその身に感じる気迫から察する。煙草を灰皿へと押し付け、新たな煙草に火をつけた。
マクギルは、話を続ける。
「それにオスティアの姫御子…真実だとするならば酷いものじゃ。帝国が幾度と無くオスティアに侵攻するならば彼女もまた、そのたびに兵器として利用されてしまうのじゃろう」
マクギルは
「オスティアの姫御子…か」
オスティアの姫御子。そのワードがハジメの持つ情報の中でひときわ異彩を放つ因子として記憶に残っていた。なぜならば
「…
ハジメの一言にマクギルは、思考を一瞬停止してしまった。マクギルにとってその事実は完全に知識の外にある事柄であった。
「なっ。なんじゃとっ!」
思わずハジメに詰め寄りその真偽を問う。
「未だに不確かな情報だ。それに、もしこれを知った貴様が姫御子についてオスティアに干渉すれば
「うっ」
オスティアの姫御子についてその事実を知らなかったマクギルが、オスティアへとなんらかのコンタクトを取ればそれは十二分に怪しまれる要素となってしまう。
「だが、そうだな。帝国が侵攻してくるならば、出さざるを得ない…か」
何か思案するように、自らの中で考えをめぐらせ始めるハジメに、マクギルの額に汗が流れる。
「お主…何をっ」
先ほどと打って変わって、顔を青くしながらマクギルにハジメは、口元を不適に歪める。
「何をって…オスティアの姫御子を…だ」
「やはり、実際に会ってみないとな。百聞は一見に如かずという。オスティアの連中の内部もより知れるというものだ」
マクギルは、自身が思ったとおりの展開になっているにもかかわらず、未だ青い顔のまま考えをめぐらせる。
なにせマクギルにとってオスティアの姫御子、それも自分たちが追っている
かと言ってここでハジメを止めるわけにもいかない。実際に帝国の手がそこまで迫っているのだ。
結局、数瞬考えをめぐらせたマクギルはハジメならば大丈夫であろうと、送り出すことに決めた。
「では、オスティアに行くとしよう」
タイミングを見計らったのか、立ち去ろうとしたハジメだったが、数歩歩いて立ち止まった。
「ん?まだ何かあったかの?」
「いやなに、オスティアで
マクギルは興味があると顔を少し綻ばせた。
「ほう。それで、どうじゃった?」
お主の眼鏡にはかなったのかと言外に尋ねる。
「あー…赤鳥?鳥…鳥頭。鳥頭含め全員が一線で戦えるであろう強さを持っている。…だが」
「だが?」
「俺とは馬が会わんだろうさ」
そう言って、ハジメは背を向け立ち去った。
向かう先は戦場…オスティア。
戦場であるオスティア。その一角。祭壇を思わせるような場所にそのものたちはいた。
「くっ。奴らが来たぞっ!」
ローブを纏った男が声を張り上げ叫ぶ。同じようにローブを纏った男たちも、その声に呼応するかのように慌しく動いている。
慌しく動き回っていても、男たちの動きには規則性があり、その中心には幼いとわかる少女が佇んでいた。
「仕方ない。また役立ってもらうとしよう」
「このような幼子が…。不憫な」
「愚か者が。見た目に惑わされるでない。これは
男たちが思い思いに口を出す。その言葉の端々には少しの狂気が混ざっていた。
「全くもって…。はぁ。…生きぎたない連中が多すぎるな…ここは」
そこに突然、剣呑な雰囲気を纏った男が現れた。
「そんなものに頼るぐらいなら、潔く死ねば良いものを」
中心となる少女のすぐ近く。突如と現れたその男にローブ姿の男の一人が叫ぶ。
「な、何者だっ貴様。さっさと戦場に戻らんかっ」
すでにオスティアは帝国の戦艦、鬼神兵が侵攻しており、紛れも無い戦場と化していた。
「ちっ。そんな無愛想娘に頼るしか能のない貴様らのために来たというのに。早々と退け」
苛立たしげに男が髪をかき上げ、男たちを見下す。鋭い目が一際鋭くなり、相対していた男以外は早々と隅によっていく。
「はっ。貴様そんな丸腰で何ができると言うのだ。まさか、帝国のスパイか何かか?」
ローブ姿の男はそんなことには気づかず。得意げに何かしゃべっているが、男はそれを平然と無視し、帝国の戦艦や鬼神兵を見通せる場所に立ち、無手のまま構える。
「おいおい何をするつもりだ。…さっさと…っ」
そこから先は口を開くことはできなかった。いや許されなかった。男から発せられたその力と威圧に物理的に口が閉じられた。
このとき男を見て、気づくものがいれば気づくであろう。それは咸卦法という
男は、構えから武としてその力を解放する。
-牙突・零式-
たとえ素手であろうとも、その威力は生半可なものではなく込められた力は敵と定めたものに容赦なく飛んでいく。
今まで戦場を行き交っていた攻撃など生ぬるいと思える純然たる凶暴凶悪な力が、帝国の戦艦や鬼神兵を襲う。
その光景にローブの男はただ口を間抜けに上げながら呆然とするしかなかった。
力は時には戦艦を打ち抜き黒煙を上げ沈んでいく。時には鬼神兵をなぎ払い、切り裂いていった。
粗方目に付く戦艦、鬼神兵がいなくなり、男…ハジメはその構えをとき辺りを見回す。
すると、無愛想娘こと姫御子と目が合った。
「…
ハジメは無意識に言葉を紡ぐ。それほどまでに、姫御子の目は空虚なものだった。
そのままこの戦場において異質である男と少女が見詰め合い、数秒がたった。
すると突然その場に降ってきた男。
「今こっちですげぇの見たんだが、誰がやったんだ?」
のんきにそんなことをのたまう男に、ハジメは姫御子から視線をはずし、ため息を吐く。ここは戦場だぞと心に吐露し。
「なっ。
それは想定外の自体なのだろう。先ほどまでとは違う慌しさ、言うならば見られてはいけないものを見られたかのような。そんな反応であった。
そんな光景に、ハジメは思わずため息をつく。その理由はいくつか思いつく。しかし、そんなことよりも厄介なのが近づいてきた。
「お?もしかしてお前だな。どうかしなくてもきっとお前だよなっ」
鳥頭を揺らしながら、目を爛々とさせハジメに詰め寄る鳥頭こと
「黙れ。鳥頭。それより、後ろを見ろ阿呆。まだ終わってはいないぞ」
その言葉に振り返るナギ。未だに投入されている戦艦、鬼神兵は戦場にその猛威を振るっていた。
それを見たナギは、不適に笑う。その笑みは闘う者の風格を漂わせていた。
「それもそうだな。よ〜し…んじゃさっさと倒しに行こうぜ。お〜いっお前ら」
共にきていた
「ふむ、その無愛想娘をさっさと中へ戻しておくんだな。次は運悪く巻き込まれるやも知れんぞ?…貴様ら」
そそくさと移動を行い始めた男たちへ向かい殺気混じりの視線を投げかける。
「くっ。さ、さっさと戦場へいけっ」
そう捨て台詞を残してローブの男たちは姫御子を連れて去っていった。
「…」
姫御子については、おおむね情報どおりであった。しかし、
目立つ動きが無かった。連合と帝国の戦争の裏をまだ知られてほしくは無いのだろうと結論づけた。
(これについては、やつらの動向をあとで調べるしかないか)
「ん?姫子ちゃん助けてたのか?お前」
そんなハジメに対して気さくに質問を投げかける。そんなある意味空気の読めていないナギにハジメは頭が痛くなるのを感じながら戦場へと再度足を向けた。
「ふん、馬鹿いってないでさっさと行くぞ。ど阿呆」
「くっくっく。おう。行こうじゃねぇか」
ハジメの後からナギも実に面白いといわんばかりな笑みで戦場へと向かう。
紅き翼と一人の男がオスティアの防衛に加わってからは、ただただ一方的であった。
大呪文と気砲ともいうべき拳撃や斬撃に帝国の戦艦や鬼神兵は敗れ去り、帝国のオスティア回復作戦は失敗に終わったのであった。
帝国が敗れ、一つの戦いが終わり一時の平穏が訪れるオスティア。
戦いが終わったことを労い、宴が所々で開かれた。酒を飲み、飯を食らう。この当たり前の光景を忘れぬために、その勝利を祝うために。
「なぁなぁ、お前の名前教えろよ~」
「さぁ、俺と一戦しようぜっ」
宴の一角でハジメはナギにひたすら絡まれていた。ナギからしたら、自分が知る中でもトップクラスの実力を持つであろう男と出会ったのだ。闘いたくて仕方が無かった。
しかし、ハジメからすればただ鬱陶しい事この上ない。
「静かに酒も呑めんのか、鳥頭」
あきれた様に杯を置き、胡乱な目でナギをみるハジメであったが、
「はぁ~?勝利の宴だぜ。ぱぁ~といこうぜっ」
なんともナギらしい返答のもと、ハジメは握り拳に力を込めた数瞬の後、ただ酒杯を傾けた。
「ははは、すまないな。ウチの馬鹿が迷惑をかける」
そんなナギたちのもとに、苦笑を浮かべながら近づく青山詠春とアルビレオ・イマ。共にナギの仲間であり
「ふふふ、ナギもあなたのような方とであって嬉しいのでしょう」
「知るか。鳥頭は貴様らでしっかり管理しておけ」
詠春とアルビレオに対して、少々強い口調で投げかける。するとナギがこれに反応して両腕を上げポーズをとる。
「なんだとぉ。俺は管理されるようなちっちゃな男じゃねぇ。俺は天下無敵の
どこぞの語り文句のようなせりふに、その場のノリがより盛り上がってしまった。どんどんと騒がしくなっていく面々を見ながら、ハジメは静かに退席するのだった。
あたりは宴の空気もなくなり、閑散とした路地を宵闇が支配していた。そんな中をハジメは目的の場所、ローブの男たちの本拠地となる城へと向かっていた。
そもそもオスティアへきたのは、姫御子がいるこの地が戦場となった場合、まだ得ぬ情報を手にできると思ったからこそはじめはこの地へと赴いたのだ。今回ハジメと
いつもどおりに書斎などから、手がかりになりそうな資料を洗い出していくハジメ。いくつかの部屋をめぐり、少々離れた場所の一際大きい書斎へとハジメは行き着いた。
部屋に入ろうと試みたハジメは、その違和感に気づく。
(この部屋は、何らかの魔法が施されている…)
慎重に部屋へ忍び込み、魔法が施されているいくつかの点を見て廻る。すると、一つ隠蔽、認識齟齬と複数の魔法が施されている壁にかけら手いる絵画にハジメは向かった。
ハジメが絵画をはずし、魔法を解除するとそこには普通では気づかないような隠し扉が施されていた。隠し扉を開き、中を見やるとそこには手記がおかれていた。ハジメが手記の中身を見るとそこには
「っ」
欲しかった情報に思わず目を見張るハジメ。そこに綴られていた情報を読んでいくその手は早い。組織が何時ごろから接触を始めたのか、どれだけの頻度できたかなどの情報がそこには記されていた。また、持ち主の主観であろう箇条書きの感想がいくつか添えられていた。
(白髪の青年…?)
最後は帝国が侵攻する数日前の日で終わっている。その内容として、近いうちに
(近いうち…オスティアはこの戦いを予定調和としてみていた?)
ならば、と。ハジメは考えをめぐらせる。そして一つの可能性を考慮し、部屋の状態を元に戻し、颯爽と部屋を後にした。
王城の裏手にある木々に囲まれたテラスに2つの人影があった。王城の裏手とあって人の通りは無いに等しく、また、この時間帯ではその姿をとらえらることはない、絶好の場所で密談が行われていた。
「言われたとおり、秘書も手記も始末しておきました。しかし、驚きましたよ。まさか手記に残していたとは」
人を傅かせる雰囲気を纏った壮年の男が口を開く。その雰囲気とは打って変わって、随分と腰の低い丁寧な物言いが際立っている。
「いや、始末したならいいよ。僕らの組織は公にならないなら越したことが無いからね」
もう一つの影は、どこか人形を思わせる雰囲気を纏った青年であった。
「その通りですね。では、話を変えることにしまして。これからの話に移るとしましょう」
「そうだね」
そして、彼らには見えない位置で一人の男がそれを聞いていた。
先ほどの手記から戦いが終わった今日、密会が行われていると考えたハジメは王城の中を探し周り、そしてここへと行き着いた。
(なるほど、普段ならば完全に死角になる場所…ということか)
どこかで密会が行われていると考えなければたどり着かない場所、ハジメは少々感心した。
そして、静かに密会を行っている者たちの会話に神経を集中させるのだった。
「今回の件は少々驚いたね。まさかこんなにも早く終わるとは思わなかったよ」
青年は、驚いたというようには聞こえない口調で淡々と言葉を紡いていく
「だけど、進行の度合いとしてはやっぱり想定外になりそうだね…
口調としては平坦。しかし、男は少々薄ら寒さを感じた。
「は、はい、そうですね。あまり思ったとおりに動けない駒は不自由ですからね。駒は自在に動いて欲しいときにでもまた」
男は笑みを浮かべて媚を売る。
「お姫様は、まだ君たちが持っていていいよ。今回はちょっと危なかったみたいだけど。…君たちも気をつけてよね」
青年の言葉に冷たいものが混じる。それに気づいた男は即座に了承の意を返した。
「最後に…そうだな。
話の終わりにふと思い出したかのような口調で青年は、巷でうわさの殺人鬼。そして、青年にとっては危険な存在となりうる者について男に問うた。
「いえ、ですがうわさは聞いておりますが、ここではそのようなものはまだ出ていないようです」
「そう……っそこにいるのは誰だっ」
青年の雰囲気が一瞬で変化する。その変わりように男は心臓が縮み上がる思いで硬直した。
一層険しい雰囲気になって数秒。その緊張は突如ほどかれた。
「……気のせい…だったみたいだね。動きがみられない」
「お、驚きましたよ。寿命が縮まるかと」
いやぁ驚きましたと、少々大げさなリアクションをとり続ける男と、緊張感こそとけたが、青年は静かに佇んでいる。
「ま、僕の勘違いかな」
「珍しいこともあるのですねぇ」
どっと汗を噴出し、深呼吸している男と未だに、気配を感じたのであろう場所へ視線を送っている青年。
「………そうだね」
そう言って、やっと視線をはずした青年は空を見上げた。
夜の空には輝く月と数多の星が瞬いていた。